平日はちょっと時間が足りないです…。
大社の神官による、霊的技術に対する勉強会が始まった。
そもそも大社は『神道』を軸とした宗教である。
神道とは日本独自の古くから受け継がれてきた宗教であり、主に自然や人、土地や物と言った、有形物から無形物までありとあらゆる存在を『八百万の神様』として崇めているのが神道である。
キリスト教などの一つの神様を崇めている宗教は『一神教』に分類されているが、神道はたくさんの神様が存在しているので『多神教』に分類される。(諸説あるが大まかにはそう)
凄く乱暴に言うと、アイドルグループを事務所ごと『箱推し』しているようなものである。
日本人はよく、『自分は無宗教だ』と言っているが、実はそんなことはない。
意外と身近なところに神様が宿っていると認識しており、恐れたり有難がったりしているものである。
身近な例えで言えば、『お祭り』である。
お祭りというものは、元々は神様に祈りや感謝をするための儀式であった、さらに元をたどるならば日本神話が起源とされている。
須佐之男命の悪戯に怒って、天照大神は天の岩戸に篭ってしまったため、世界は真っ暗に。
天照大神をどうにかして引っ張り出すために、他の神様たちが戸の近くで踊ったり、手を叩いたり、笑ったり、歌を歌ったりして天照大神を誘い出したことで、世界は明るさを取り戻した。
これがお祭りのどんちゃん騒ぎの起源だと言われており、古事記にもそう書かれている。ゴウランガ!
そんなわけで、稲作を中心に暮らしを営んできた日本人は、春には豊作を、夏には風雨の害が少ないことを祈り、秋には収穫を感謝するなどと言った様々な伝統がお祭りとして残り、地域をあげて毎年行われているのである。
他にも、豊作を願うための儀式として『雨乞い』がある。
昔の人は、『雨は神様からの恵みである』と考えていたため、『雨が長期間降らないと言うことは神様を怒らせてしまったのだ』と解釈をしていた。
そのため、様々な手法を用いて神様に雨を降らせていただくよう、お願いをしたのである。
今となっては『雨が降るのは自然現象だ』の一言で片づけられてしまうが、当時はそう考えられていたのである。今でも一部の地域では豊作を願う儀式として雨乞いを起源としたお祭りが伝統として残っており、毎年開催されている。
そんなお祭りを楽しんでいる人を指さし『雨乞いなんてバカバカしい』などと口走ったら、スゴイ・シツレイなのでムラハチの対象となり、ムゴイ仕打ちを受ける事となるのは明らかである。コワイ!
正しいことを言っているはずなのに、なぜ?
それが伝統だからである。それが文化だからである。それが日本人の無意識の奥底に根付いている価値観だからである。
それが『神道』という日本独特の宗教の大きな特徴なのである。
ちなみに、『神道』とよく一緒に混同されるのが『仏教』である。
これも凄く乱暴に言うと、『仏像』が祀られてたら仏教、『御神体』が祀られていたら神道である。
神道は『神社』、仏教は『寺院』である。
仏教はインド発祥のお釈迦様を信仰する一神教である。(厳密には違うが)
仏教が日本に伝わってきたのは飛鳥時代。聖徳太子がいたころである。
紆余曲折あったが、八百万の神様(数字の『八百万』という意味ではなく、数えきれないほどたくさんという意味)を信仰していた日本人に、いまさら神様が一人増えたところでどうってことはない。良くも悪くも適当だったので、『変なことしないなら、いいよ。』と受け入れたのだ。
その後、キリスト教をはじめとする、さまざまな宗教が日本に伝わってきたが、日本人は『なんだ、また新しい神様か』と、よほど変なことをしない限りは受け入れ、良いトコ取りをしていったのである。
そういった文化が根付いているため、クリスマスの後にお正月を過ごし、神社とお寺にご挨拶に行く、トンチキなことになっているのである。
身近に存在しているが生活の中に浸透しすぎて、認識できていない。
それでも、心の奥底では『神様というものが存在している』と考えられているのが、日本の伝統的な宗教。『神道』なのである。
さて、神道について簡単に説明をしたが、これを神官が専門用語を交えながら、さらに深く長々と喋ったのである。
あの、『適当』で『おおらか』かつ『良いトコ取り』をした神道を……。
聞かされた技術者たちはたまったものではなかった。
桐生は自分がまとめたノートを見返してみたが、どう見ても感化された中学生が押し入れに封印する『アレ』にしか見えない。
今までなら、そういう考えもあるんだな。と冗談半分で聞き流すものだったが、『これが世界の真実です』と言われているのである。ちゃんと理解して、活かせなければ人類は滅亡する。桐生たちは疲れ果てていた。
「フフフ……ハハハハ!」
ふと横を見ると、勉強会に参加していた水川先生が笑っていた。
皆、何事かと視線を水川先生に向けるが、誰も近づこうとせず、ヒソヒソ話を始めた。
「とうとう水川先生がおかしくなってしまわれた。」
「無理もない。水川先生は物理学の先生だ。自分の研究分野を土足で踏み荒らされたあげく、今まで信じてきた科学を真っ向から否定されたようなモンだ。ああもなるさ。」
「お労しや……水川先生……」
皆、言いたい放題である。
そんな水川先生はひとしきり笑った後。
「フフフ……さっぱりわからない。」
と言ってのけた。
「大体なんだ、このあいまいな定義は『精霊』と『魂』の何が違うんだ。」
「精霊とは幅広い意味を持ちますが、一般的には様々なものに宿っていると考えられる超自然的な魂のことです。」
講義を行っていた大社の神官がなんてことない様に答えを返す。
「じゃあ、精霊と魂は同じもので、どこにも宿っていなかったら『魂』なのか?」
「いえ、違います。」
水川先生は眩暈がしたのかふらついていた。
「そ、そもそも『超自然的』ってどういう意味だ? 自然に上位存在があるのか?」
「『超自然的』とは自然現象とは思えないこと、現代の科学の法則では説明がつかないことを指します。」
ドサリ。
とうとう水川先生が倒れてしまわれた。とても同じ言語を喋っているとは思えない。桐生も技術者も皆、頭がパンクしそうになっていた。
これをあの勇者と巫女たちは理解して、使いこなしているというのか……?
高嶋君、横手君。年下だからと言って見くびっていたよ……ごめんな。
桐生は心の中で高嶋と横手に謝っていた。
とにかく、今日の講義は終わった。皆ノートを片手に頭を突き合わせていたが、分からない者同士で相談し合っていても仕方がない。
烏丸と出会った時にも口にしていた、
『学者ってのは、この世でトップクラスのバカの集まりさ。自分の専門分野外については無知無能だから、何でも知っているとは思わない方がいい。』
という言葉を思い出し、改めてその言葉の真意を噛み締めていた。
とにかく、分からないものは仕方がないので、大社神官による勉強会を今後も開催することになった。桐生は倒れそうになった。
また数日が過ぎた。もう八月もそろそろ終わりそうだ。
四つの班のうち、初めに進展があったのは神樹班だった。
定例と化した有識者会議で、神樹班と政府関係者が驚くべきことを口にしたのだ。
なんと生活必需品や食料・石油などのエネルギー関連など、人類が必要としていたモノが神樹から生み出されているという。
今度は『質量保存の法則』と『エネルギー保存の法則』の二つを同時に無視された。なんでもアリかよ。もう、何が何だかわからない。
要は食料やエネルギーが『ポン』と生まれるのである。現代科学は過去のものとなってしまったようだ。学者たちは頭を抱えている。
しかし、「そのおかげでとあることが分かりそうだ」と神樹班は告げた。
詳しく話を聞いてみると、物資が生成されるまでには数段階のプロセスがあるようだ。
まず、第一段階。神樹が突然発光すると同時に、『花びらのようなもの』が神樹からあふれ出す。
第二段階。あふれ出た花びらのようなものが地面に接触すると、花びらのようなものが増殖を始める。
第三段階。増殖した花びらのようなものが集まり、結晶のような半透明の塊となったあと、姿を変えて物資となる。
以上が神樹から物資が生成されるプロセスのようだ。
大社神官たちは、この結晶を『神樹の恵み』と呼んでいた。
神樹班はその『神樹の恵み』を物資に変化する前にサンプルとして確保することに成功したらしい。未知の霊的要素が初めて科学技術者たちによって観測されたのだ。
すぐさま調査を開始したようだが、非常に高密度なエネルギーを検出したこと以外は、まだ分かっていないらしい。
ちなみに、大社神官によると、神樹の恵みには『有償』と『無償』の二種類があるらしい。お金を取るのだろうか?
また、四国を守っている結界の調査も進んでいるようだ。
神樹の主成分と外壁の材質が一致したため、バーテックスが四国に侵攻できない理由は神樹を構成している成分の内のなにかだと言うことがわかる。
神樹班は『神樹の恵みがカギとなるのではないか』とあたりを付けていたが、詳しいことはまだ分かっていない。それが科学的なものか霊的なものかは分からないが、やはり神樹や外壁には存在するだけでバーテックスを阻む力があるらしい。引き続き調査を進めて行くとのことだ。
ようやく対バーテックスに関する情報が出てきた。
もう、九月になろうとしている。もうすぐ新学期だ。
横手君が愛媛に引っ越す日が間近に迫っていた。
次回は横手君回を予定しております。
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