そして、あの国民的ヒーローが登場です。
四国に来てから、一ヵ月が過ぎようとしていた。数日後には横手君が愛媛に引っ越すことになっている。
横手君に引っ越しについて伝えたところ、桐生さんも一緒ですか? と聞いてきた。
横手君がそこまで自分を信頼していてくれたのは嬉しい。だけど自分は香川に残って、勇者のサポートをすることになったと伝えると、そうなんですね……。と残念そうな顔をしていた。
たまに様子を見に行くと言っても、横手君の気分は晴れなかった。
このままだと、また悲しい別れになってしまう。
橋の上で高嶋君と烏丸と別れてしまったあの時のように。そう考えた桐生は、明日どこか遊びに行こう。と提案し、横手君は少し嬉しそうにして、それを了承したのであった。
翌日。桐生と横手は朝からレンタカーを借りて、高知県の東側にある、『香美市』というところにやってきた。
この香美市というところは……、
『街も近い、空港も近い、けど自然も近く、標高も高い。そんなバランスのよい田舎暮らしができるところが香美市一番の魅力です。
また、香美市はものづくりが盛んな地域で、地元の伝統産業、土佐打刃物とフラフを筆頭に、移住して加工品やハンドメイド作品をつくられる方も多くいらっしゃいます。』
……とのことです。(『香美市移住ポータルサイト』より抜粋)
さて、なぜ桐生たちは高知県の香美市までやってきたかというと、ここはとある国民的ヒーローの作者、そのゆかりの地であり、その作者に関するミュージアムがあるからなのである。
駐車場に車を止め、桐生は入館チケットを購入するため施設に入ろうとしたが、大きな像の前で横手君に呼び止められた。
「あの……、桐生さん。」
「な、なんや……?」
「なんでここを選んだんですか?」
横手君の言いたいことはなんとなく分かっている。だが聞かないでくれ。桐生は心の中でそう思っていた。
先日、桐生は横手君を遊びに誘ったのはいいものの、中学生の女の子をどこに連れて行けばいいのかわからなかった。遊園地にでも連れて行けばいいのかと思っていたが、横手君はジェットコースターなどのアトラクション系で喜びそうにないなと思い、彼女の夢でもある絵本作家に関することで連れて行く場所を探したのである。
すると、あるではないか。ちょうどいいところが。
絵本関係で、しかもヒーロー関係。
この変わってしまった世の中に対する桐生の考えと、国民的ヒーローの作者が作品に込めたメッセージを伝えるためにはちょうどいいと考え、桐生はここを選んだ。
「もう一度聞きますね。なんでここを選んだんですか? ボク中学生ですよ? 流石に『アンパンマン』は対象年齢が違っていませんか……?」
そう。ここは国民的ヒーロー『アンパンマン』の作者、やなせたかしゆかりの地なのである。そしてここは『やなせたかし記念館』
通称『アンパンマンミュージアム』である。
だが、どうやら横手君はお気に召さなかったらしい。当然と言えば当然か。
「や、やかましい。誰もが知っている国民的ヒーローやぞ。ヒーローとは何たるか、正義とは何たるかを教えてくれる素晴らしい作品なんや。それにアンパンマンは元々、重たい背景と歴史が詰まってる深い作品なんや、それを横手君に知ってもらおうと思ってわざわざここにしたんや。文句言うな。」
実はこの男、小さいころ、日曜日の朝に戦隊モノやライダー系・魔法少女系を見るために早起きして、ついでにアンパンマンも見ていたので、人並み以上に詳しいのである。
リアルタイムでアンパンマンを見るとは、なかなかの猛者である。
あんな時間に子供が起きているわけがない。皆、録画してビデオで見ていたと筆者は勝手に思っているのですが、これを読んでいる皆さんはどうでしょう。
朝の五時半ですよ、五時半。地方局とはいえ、どうなっているんですか。なんでそんな時間帯に子供向けアニメを放送しようと考えたのか、筆者は理解に苦しむね。
……話を戻して、チケットを購入した桐生と横手君はミュージアムの中に入って行った。ちなみにチケット代は大人が八百円、中高生は五百円です。
ミュージアム内は横手君の好きなように見学していたが、しばらくしてアンパンマンの歴史が展示されている場所へと差し掛かった。
「横手君、これ見てみ。これが『初代アンパンマン』や」
「えっ、これがアンパンマンなんですか!?」
横手君が驚くのも無理はない。なんせ初代アンパンマンは『ただの空を飛べるだけのオッサン』なのである。人間なので顔を千切って食べさせることはない。
「ここにも書いてるとおり、初めはコレやったんや。お腹をすかせた子供たちにアンパンを配るところは一緒やけどな。」
『お腹を空かせた子供を助ける』と言う部分は、初代も現代でも同じである。しかし、圧倒的に違うのは子供がお腹を空かせている原因である。
なんと『戦争』である。
某国で戦争が起こり、物資が不足し、子供たちは飢えていたのである。
子供たちに食糧がいきわたっていないことを知った初代アンパンマンは、彼自身に戦争を止められる力はないため、アンパンを焼き、飢えた子供たちに配ったのである。
「そこは同じなんですね。」
「ああ、パンを配るという発想は、生みの親でもあるやなせたかしが第二次大戦中に物資が不足しても国が頻繁に『正義のため』と言っていたことに疑問を抱いたからって言われとる。せやけども、この作品にはまだまだ続きがある。」
アンパンを配っていた初代アンパンマンだが、そのさえない外見からメディアにも取り上げられず、助けた子供からも『かっこわりぃ! あんなの駄目だなぁ』と言われる始末。誰一人として「ありがとう」すら言わないのである。
「世界が荒んでいると、人の心までもが荒む。誰もみんな自分のことで精一杯や。お礼を言わないどころか陰口をたたく始末や。
四国に来るまでの俺みたいやのう。飯も水も金も分けたのにボコボコに殴られた。……アカン、思い出したら腹立ってきたわ。」
「………」
横手君は黙っていた。
「そんでな、横手君。初代アンパンマンはとんでもない結末で幕を閉じるんや。」
初代アンパンマンは助けた子供たちにもバカにされ、さらには特殊能力を持ったヒーローたちも彼を「ニセモノ」だと呼んだ。
後ろ指を指されながらも、彼は弱音を吐かず、アンパンを焼き、皆に配り続けた。
そんな初代アンパンマンが、戦争が起こっている地域にアンパンを配るため、国境を越えた、その時だった。
突如大きな音がして、初代アンパンマンの胸から白い煙が上がる。
敵機と誤認した高射砲が、初代アンパンマンを撃ち落としたのだ。
それから初代アンパンマンの話題は上がることはなかった。
まるで初めからいなかったかのように。彼の物語は終わってしまったのだ。
横手君は初代アンパンマンの最後を見て唖然としていた。
その後は、展示物を見る気に無くなってしまったのか、ミュージアムを後にしていた。
桐生は内心慌てていた。まさか横手君がここまで引きずるとは思っていなかった。
「よ、横手君。そんな思い詰めんといてや。俺はただ、アンパンマンにもああいう一面があったんや。ってことを知ってほしかったってのと、あれじゃ一般受けしないから、絵本となって今のアンパンマンに変わったんやぞ。とか、生みの親がアンパンマンに込めた『ほんとうの正義』とは何たるか。とか、環境が人を変えてしまうってのを言いたかったんや。」
横手君は黙ったままだ。どうしよう、誰だここを選んだバカは。昨日の自分です。
悲しい別れにならないようにこうやって遊びに来たのに、このままじゃお通夜で終わる。何とかここから挽回しなければ。
「ゆうちゃんも」横手君が口を開いた。
「お、お、なんや。」
「ゆうちゃんも、ああなってしまいそうで怖くなったんです。誰かのために頑張って、知らないうちにいなくなっちゃう……。そんな気がして……。」
それは桐生も思っていた。
高嶋君のことだ、横手君の言ったとおり、誰かのために身を削って守ろうとするだろう。そしてその最後は悲劇的な結末を迎えるかもしれない。でも、そうはさせたくない。
『仕方がなかった』
『でも、どうしようもないじゃないか』
『勇者だけがバーテックスに対抗できる』
『戦える力があるものが戦うのは当然』
果たして本当にそうだろうか?
人類の命運をこんな少女たちに押し付けて、自分たちはのほほんと箱庭となったこの四国で、今までと同じように平和を求めて、指をくわえて待っているだけでいいのだろうか。
決して横手君の平和を求める意見を非難するつもりはない。
烏丸も言っていたように、横手君には眩しい夢がある。それを追い求めることは優先されるべきだ。
だが、もしバーテックスが四国に攻めてきて、本当に困ったときにアンパンマンがやってきて、助けてくれるのだろうか。
そんなわけがない。アンパンマンはおとぎ話だ。
ここには、四国にはまだ幼い少女たちが、勇者として選ばれた五人しかいない。戦う覚悟も理由も後付けだ。
ただ無作為に選ばれただけ、運命とでも言っていい。
そんな運命に少女たちが雁字搦めにされていいんだろうか。
仕方が無いから彼女たちは夢を見ることすら、夢を追いかけることすら制限されていいのだろうか。
自分は、勇者たちにも、巫女たちにも、横手君みたいにキラキラした眩しい夢を見つけて、追い求めてほしい。
特に無自覚だが、高嶋君からはやりたいことの片鱗が聞けたのだ。
横手君に謝りに行きたい。
四人でどこかに遊びに行きたい。
運命が彼女を選んだのだとしても、せめてその願いぐらいは、俺は叶えてあげたい。
「せやから、俺が高嶋君の傍でサポートするんやないか。」
「でも! ゆうちゃんはここに来るまであれだけ傷ついて戦ってくれたんですよ! この先も戦うことになるなんて! ゆうちゃんがそんなことする必要があるんですか!? 大人たちが前に出て戦えないんですか!?」
しまなみ海道で横手君が皆に語ったことを主張する。
俺もそう思っている、だがこのままでは横手君の言う通りになってしまうことは明らかだ。おまけに横手君は『日本列島奪還計画』を知らない。終わりの見えない防衛戦をずっと続けるように聞こえてしまうのも無理はない。
横手君を安心させるためにも、ここは情報を少しだけ教える方がいいかもしれない。
「横手君。これは国家機密やけどな。俺のこれからの仕事について説明するわ。
俺の仕事は勇者たちのサポートもそうやけど、その力を極限まで引き出して、人類が汎用的に使える方法を模索することや。
生き残った人類総出で神樹っていう神様の力を引き出して、あいつらと対抗できるシステムを作ろうとしてるんやって。嘘みたいな話やろ? でもみんな本気や。それが完成すれば多分、自衛隊とかに配備されて大人たちが戦うことになる。四国へ奴らが攻めてくる前に完成させれば、高嶋君は戦わなくて済むかもしれん。」
「ゆうちゃんが……戦わなくていい……?」
「そうや、確かに今はまだ、高嶋君が戦うしかない状況や。だけど、勇者たちの力を人類総出で分析中や。高嶋君が戦わなくて済むように、間に合わせて見せる。四国が攻められる前に奴らに対抗できる力を作るんや。」
横手君は少し安心していたような顔をしていた。
「それとな、高嶋君が君に謝りたいって言ってたわ。」
「え? ボクにですか?」
「そうや、いつか落ち着いて、気持ちの整理がついたら謝りに行きたいんやって。あの橋の上での別れかたは良くなかったと思ってるらしいわ。
だから、その時には笑って許してやってくれ。俺と烏丸も含めて四人でどこかに遊びに行きたいって言ってたし、多少の無茶言って、好きなとこ連れてってもらえ。」
「それ、ボクに言っていいんですか?」
「高嶋君も烏丸に情報売ってたから、これくらいかまへん、かまへん。」
ケラケラと笑っていた桐生を、横手君はジト目でにらみつけていた。
夏だからまだ日は高いが、明日は引っ越しもあるし、そろそろ帰ることになった。
帰りの車で桐生は横手君に話しかけていた。
「横手君ってさあ、変な奴やな。」
「どの口が言ってるんですか?」
容赦のないツッコミが桐生を襲う。
「いや、あの時、俺が殴られてる時もそうやし、リボンの子に絵を描いてた時もそうや。
あんな状態になっても夢を語ってた。きっとまた元の平和な状態に戻るって。周りは四国に行くことばかりや、俺だってそうやった。だから君にあんな提案をした。」
生きるか死ぬか。そんな状態でも将来の夢を語る。周りに、平和になった時後悔をする。と説く。現実が見えていないのかと思ったら、そうでもない。そうじゃなきゃ、烏丸にボールペンをブッ刺すこともない。
明けない夜が突然やってきて、人々の心が荒んでしまった。
でも、その中で輝きを失わない横手君が、桐生にはとても眩しく見えた。
「横手君。やっぱり君はすごい奴や。あの時、烏丸が君を巫女にしなかったのもわかる。その眩しさにアイツも惹かれたんかもしれん。ま、知らんけどな。
横手君。君には絵本作家になる夢を頑張って追い続けてほしい。絵本作家がどんなもんか知らんし、どんな苦労があるかもわからん。分からんことだらけやけど、俺はその博打に賭ける価値があると思った。
絵を描くことが好きでも、辛くなる時もあると思う。辛くなったらいつでも頼ってほしい。何なら電話番号も渡しとくわ。解決できるかどうかは分からんけど、愛媛まで行って、今日みたいに一緒に出掛けて、飯でも食って話ぐらいは聞いたる。
だから、横手君はその眩しい道を思いっきり進んでみてくれ。」
烏丸がなりたかったと言っていたもの。横手君の生き方と目標があるならそれを一番とすること。それが横手君の求めるものなら、こんな狂ってしまった世界となっても、それを追い求めてほしい。
「桐生さんは、久美子さんと同じような人だと思ってました。変な人ですけど。優しい人です。きっとそんな優しい桐生さんなら、ゆうちゃんを助けてくれると思ってます。
ボクも桐生さんも、ゆうちゃんみたいに化け物と戦えないですけど、出来ることはあります。
久美子さんにもボクの生き方を貫いてほしいって言われましたし、ボクはボクにできることをやります。ボクは絵本作家になって見せます。だから、桐生さんはゆうちゃんのために出来ることをやってください。」
桐生は、『そうや、その意気や。あの二人が羨むような夢の輝きをぶつけたれ!』と返したのであった。
「ところで、周りがものスゴイ専門家しかいないんやけど、俺に何ができると思う?」
「アンパンマンみたいにパンを焼き続けたらいいんじゃないですか。」
「アホウ、それじゃ撃ち落とされるやろ。」
沈む太陽から逃げるように、車は家路へと走っていった。
初代アンパンマンはミュージアムでアニメ化されているらしく、CVはバイキンマンの声を担当していらっしゃる方らしいです。ホンマかいな。
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