「おかしい……この時間帯なら、もうとっくに空が明るくなってるはずなのに…」
横手茉莉は自身の腕時計を確認しながらそうつぶやく。
ここは先ほどの工業地帯から離れているため、火災によって空が明るくなっていなかった。しかし、時計の針はもう午前九時を過ぎている。奈良を出発してからすでに半日以上が経過しているが、空は夜のように真っ暗だった。
空から化け物が降ってきて、人を食い殺し、都市は赤く燃え、人々の営みは感じられず、太陽すらも昇らない。この世界は七月三〇日を境目に壊れてしまったのかもしれない。
「おトイレに行ってくる」
高嶋友奈はそう言うと、バスから降りて行ってしまった。
「お、ほな俺も」
桐生も後に続く、あいつにはデリカシーってものがないのだろうか。
横手茉莉も同じ気持ちらしく、桐生の後ろ姿をにらみつけていた。
そういえば、私と横手茉莉との間にはほとんど会話がない。最後に話をしたのは奈良を出発した際のあの私の笑顔についてだけだ。
ふむ、ちょっと話してみるか。
別に特に話すことはないが、私は少し、この少女の心を逆なでしたくなった。
そのころ、トイレで用を足し終えた桐生は、ちょうど女子トイレから出てきた友奈と鉢合わせていた。
ちょうどいいし、と今すぐ聞かなければいけないことではないが、桐生もこの少女と話したくなった。
「ねぇ、高嶋君」
「あ、はい! なんでしょう桐生さん。」
トイレから出てきた少女に声をかける男。
傍から見れば事案確定案件なのだが、すでにこの大阪には取り締まる警察官も、通報する善良な市民もいない。
まさしく世も末である。
「横手君とは昔からお友達なンかい?」
誰かこの男を通報してくれ。
「いえ、実は茉莉さんとは昨日出会ったばっかりなんです。」
「え? あ、そうなんや。それにしては仲がエエなァ。」
高嶋友奈の話を聞いていくうちに、だんだんと話の中心が横手茉莉に移って行った。
「茉莉さんもすごいんですよ! この手甲だって茉莉さんが神社で見つけてくれなかったら私、あのお化けに食べられて今頃死んじゃってたかもしれないんです。」
衝撃の事実を聞き、桐生は横手茉莉に心の中で感謝していた。
高嶋友奈が死んでいたら、自分もあの時、化け物との地獄のグルメレースに敗北し、お陀仏となっていただろう。
「え、じゃぁその手甲があの白いたこ焼きをボコボコにできるってことなん?」
「いえ、そういうわけじゃないみたいです。茉莉さんにも一度つけてもらったんですけれども、全然力が湧いてこないどころか、何も感じないけど…って言ってましたし…」
「へぇ~、あ、ちょっと俺も試していい?」
「多分、茉莉さんも駄目だったので、桐生さんも駄目なんじゃないかと思いますよ…?」
「まぁまぁ、物は試しや、一回だけ貸してくれ! な?」
「うーん。わかりました。一回だけですよ。」
傍から見ると少女から物をねだる男、いわゆるカツアゲにしか見えないのである。
そんなカツアゲ男はか弱い少女からねだった手甲を両手につけて、高嶋友奈が戦っていた時のように拳を握り、腰を落として戦闘のポーズを決めてみた。
当然、何も起こらなかった。
桐生は手甲を高嶋友奈に返し、バスに戻った。
何も起きなかったからだろうか、高嶋友奈からは少しいじけているようにも見えた。
小休憩も終わり、バスが再出発して数時間、神戸市に入ったはいいが、大阪と同じように道が使えないところが多く、行ったり来たりを繰り返していた。それでも何とか明石海峡大橋はもう間もなくと言ったところまでやってきた。
突然、横手茉莉が桐生に対して、今の位置情報とこれから進む進路を教えてくれと言い出した。
横手茉莉のこの行動は実はこれが初めてではなく、今までも何回も桐生に対して同じことを繰り返していたが、桐生が現在地とこれから進む進路を伝えると、その道なら大丈夫です。と言って引き下がっていたため不思議に思っていたが、特に問題にはしていなかった。
しかし、今回はどうも様子がおかしい。
桐生がパソコンで見せたマップとGPSから得られた位置情報を確認した彼女は、自身のスケッチブックを開くと大まかな地図を書き、そして想定される進路上に黒い丸を書き加え、烏丸にその手書きの地図を見せ、こう言った。
「この黒い部分に、あのお化け達がいます。」
黒丸は明石海峡大橋の要となる、舞子トンネルを示していた。
烏丸達数十名を乗せたマイクロバスは一時停車し、どうするかを相談しあっていた。
「桐生さん、何とかしてこのトンネルを避けて明石海峡大橋を渡れないんですか?」
「無理や、明石海峡大橋を渡るためにはどうしても舞子トンネルは避けて通られん。昔はフェリーが通ってたからそれに乗れば淡路島までは海路で行けたけども、今はもう廃止されてて、車でしか通られんのや。」
本来であれば世界が崩壊する僅か数日後の八月二日に、新造船『まりん・あわじ』が初就航することによって本州―淡路島間の海路が復活するのであるが、この世界では存在すら知られず、来もしない自身のお披露目を待つため、ただ、プカプカと海に浮かんでいた。
「まずいな。この道が使えないとなると、明石海峡大橋から四国へ入るのは無理だ。あの化け物はずっとここにいるのか?」
烏丸は横手茉莉に問いかけるが、彼女は自信なさげに、わかりません。と答えるのみであった。
あのさ、と桐生が何かを質問しようとしたその瞬間、バスの中の同行者たちから声が上がり始めた。
「なぁ、なんで停まってるんだ?」
「どうかしたのか?」
バスの中がざわざわとし始めた時、例の黒シャツの男が立ち上がって運転席までやってきて、苛立たしげに
「なんでいつまでも停まってるんだ? さっさと進んでくれ」
と言ってきた。
「明石海峡大橋へ向かう途中の道に、例の化け物がいるらしい。このルートから四国へは入れん。」
「いるらしい…ってなんでそんなことが分かるんだよ?」
「この子は化け物の居場所を感知できるんだ」
私がそう言うと、黒シャツの男はじろりと横手茉莉を見る。視界の隅では、『ンなアホな…いや、でも…うーん?』と少し苦笑しながら私たちを見ている桐生がいた。
そういえばこいつには話していなかったな。
そうこうしているうちに黒シャツの男がヒートアップしていく。
「なあ、本当なのか? なあ、なんでわかるんだよ?」
「え、いえ…なんとなくです。」
「なあ、なんだよ、なんとなくって! じゃあ、いるかどうかわからねえだろ! なあ! 本当にいるのかよ! なあ!」
このままではまずい。高嶋友奈が化け物を倒すのはこの目で見たから信じられるが、横手茉莉の化け物の居場所を察知する能力は、誰も見ていない。本当にそんな力があるのか、私にも確証はない。
「わかった。だったら、このまま進んでみるか」
「「え!?」」
横手茉莉と桐生が同時に驚いた声を上げる。
横手茉莉はともかく、なぜ桐生まで声を上げるのだろうか。
「もし、本当にあの化け物がいたら、危ない距離までは近づかないさ。遠くから確認するだけだ。」
さて、試させてもらうぞ。横手茉莉。
「え、ホンマにおったんかいな」
舞子トンネルに入り、バスを途中で停車させ、いつでも引き返せるよう反対向きに停めた烏丸さんはゆうちゃんとさっきボクを怒鳴りつけた黒シャツの男と一緒にトンネルの奥へと行ってしまった。
流石に不安だったのか、桐生さんは烏丸さんと通話アプリをつなげて、状況をリアルタイムでバスの中から聞いていた。
スマートフォン越しに聞こえる烏丸さんの声は少し途切れ途切れだ。
「だから言ったじゃないですか…、本当にいますって…」
桐生は以前、高嶋友奈から手甲を見つけたのは、横手茉莉のおかげだと言うことを聞いていたからなのか、初めは非科学的だな、と少し疑っていたが今ではもうすっかり横手茉莉のその察知能力を信用していた。
「高嶋君は戦隊モノの『ヒーロー』みたいな力を持ってて、横手君には『妖怪アンテナ』が付いてるんだな。なるほど、なるほど。」
と横手茉莉の髪の毛を持ち上げてふむふむと一人で納得していた。
勝手に髪の毛を触らないでください、と桐生の手をはねのける横手茉莉であったが、ふと疑問に思ったことがあったので、この目の前の失礼な男に尋ねてみた。
「インターネットはもう使えないんですよね? なんで烏丸さんと通話できているんですか?」
「ん? そりゃ屋根の上に乗せたWi-Fiルーターでローカル通信してるからやで。トンネル内なら遮る障害物も何も無いし、まぁ、言ってしまえばこのバス自体が小さな基地局になってるって考えてくれや。」
何を言ってるか全然わからないといった感じで横手茉莉は首をかしげる。
「あー、横手君は友達と携帯ゲーム機で対戦したことがあるかな? あんな感じだと思ってくれたらそれでええわ。とりあえず、理論上障害物がない状態、要はこのトンネルの中やな。ほなら、百~二百メートルぐらいだったら通話できるんや。便利やろ?」
ふーん。そんな顔をして横手茉莉は桐生の言ったことを大雑把ではあるが理解をした。
この男は失礼ではあるが、物知りだ。そう思っているとトンネルの奥から烏丸さんとゆうちゃんと黒シャツの男が帰ってきた。
バスに戻った烏丸さんはボクの察知能力が本物であること、また舞子トンネルは崩落して塞がっているため引き返し、瀬戸大橋かしまなみ海道へ向かうことを一行に伝え、ボク達は舞子トンネルを後にした。
今回は原作にない、友奈ちゃんとの会話、違和感ないといいな。
茉莉ちゃんともお話し。実はあんまり信用してなかった。
誤字脱字など、一応投稿前にチェックしてますが、もしあれば遠慮なくお願いします。
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