バスは瀬戸大橋に向かって走り続けていた。
横手君は気絶するように眠っている。
先ほど出発する前、あのタコヤキどもが襲ってきて、ひと悶着があったのだが、その時横手君は血を見てしまい、取り乱してしまったのだ。
そのせいで、まだお礼も言えていない。
せっかく気持ちを固めたのに…、桐生は梯子を外された気持ちになり、少し困っていた。
「両親が化け物に殺された?」
物騒な言葉が聞こえてきた。視線を横手君から外して、声の主を探す。
「茉莉さんのお父さんとお母さん…あの白いお化けに殺されたみたいなんです。私、亡くなったところを見たわけじゃないんですけど…私が初めて出会った時、茉莉さんは血まみれで、目も虚ろで…目の前でお父さんとお母さんが白い化け物に殺されたって…」
烏丸さんと高嶋君が横手君について喋っていた。なるほど、それであんなにも血を見るのが怖いのか。
桐生はこの眠っている少女を哀れに思った。それと同時に、この少女の強さにも驚いた。
両親を目の前で亡くし、孤独の身。世界は滅茶苦茶。これからどうなるかわからない。それなのに、先ほどは『絵本作家になりたい』と自らの将来の夢を語っていたその強さに桐生は大層感心していた。
どれだけ強い心の持ち主なのだろう。高嶋君に負けず劣らず、なかなかのものじゃないか。
私はこんなところで終わらない。きっとまた元のような日常が戻ってくるはず。そして自分のやりたいこと、絵本作家になるんだ。
横手茉莉と言う少女はそんなことを一言も口に出していない。
だが、桐生は自分と比べてこの一回りも小さい彼女がそんな風に言っているように感じられた。
「すみません、そろそろ…」
例の医者が烏丸さんに対してバスを停めるよう伝えていた。
なんだかここしばらくは走っている時間が初めより短くなっているように感じられた。
実際、三〇分ごとにバスを停めて休憩をとっているため、桐生がせっかちだという訳では決してない。
だが、乗員からは不満の声が上がっていた。
「ねえ、また停めるの?」
茶髪の女が苛立ちを隠さずそう言う。
医者が優しく諭すように説得するが、茶髪の女は医者にも噛みつくように反論した。
結果的に烏丸さんが強い口調で、不満があるなら降りろ。と茶髪の女の意見を一決し、その場は収まった。
キナ臭さが増しているのは確実だった。ここらで何とかしないと、そろそろマズいぞ…。
桐生はそんなことを考えていた。
バスはコンビニエンスストアで停まった。
御所市を出発してから多分三日は経っていると思う。太陽が昇らず、いつまで経っても真っ暗なため、感覚がマヒしてきそうだ。
ここ最近は生きている人に全く出会わない。みんなあの化け物に食べられてしまったのだろうか。街灯や住宅の明かりもないためバスのヘッドライトだけが頼りだ。
私たちはバスを降りてコンビニ内を物色し始めた。桐生だけは明かりのついていない住宅の方へと走って行ってしまった。
コンビニの窓ガラスは割れており、棚は倒れ、あるいは千切られたように壊されている。
無事な棚はいくつかあったが、商品はほぼ何も残っていなかった。
食べ物や飲み物はもちろん、衛生用品や電池などもキレイさっぱり持ち去られていた。
烏丸はレジの奥へ入り、水道が使えるか確認してみた。
水は出なかった。
バックヤードを覗いてみると、先に来ていた黒シャツの男とその取り巻き達が、かろうじて残っていたペットボトルの飲み物をレジ袋に詰めているところだった。
「他の人間の分も残しておけよ」
私が釘を刺すと黒シャツ男がじろりと私の方を見た。
「わかってる。俺らだけで独り占めするつもりはねえよ。ちゃんとバスに乗ってる奴らにも分けてやるよ」
黒シャツ男は不満げにそう言うと、再びペットボトルの飲料を集める作業に戻る。
「もらっていくぞ」
私はそう言って、返事も聞かず彼らのレジ袋から勝手にペットボトルのミネラルウォーターを三本抜き取った。彼らは人を殺しそうな目で私を睨んだが、ただ睨むだけで、何も言ってこなかった。
コンビニを出ると、降りた時よりもバス周辺が明るいことに気がついた。
休憩時間はそれぞれが自由に過ごしていいようになっているが、ここ数時間は休憩になってもバスから外に出てくる人間が減っていたので、変だなと思いながらも私はバスへと歩みを進めた。
バス周辺をよく見てみると、桐生がどこからか調達してきたのか、地面の上にカセットコンロを置いて、その上に大きめの鍋を置き、友奈と一緒に何かを調理している。
桐生はこっちに気が付いたのか、お。と声を上げ、私を手招きした。
「何をやってるんだ」
私は桐生に尋ねる。
「おん? 見りゃわかるやろ。カレー作ってるんや。レトルトやけどな。」
鍋を覗き込むと、確かにレトルトのカレーとパックのご飯が一食分ずつ入っていて、ぐつぐつと煮込まれていた。
「こんな物、どこから」
コンビニの中には飲み物はまだしも、食料なんて無かったはず。
「あ? 決まってるやろ、ご近所さんから『おすそ分け』してもらったんや。」
何を当然のことを、と言いたげな表情をしている。
「コンビニなんて、みんな考えることは一緒や。そんなところにメシや水があるわけないやろ。ちょっとは頭使えアホウ。」
コイツ、一人でどこかに行ったと思ったら、近くの住宅から調理器具や食料・水を持ってきたのか。腹は立つが頭のいいやつだ。
「さ、もうエエやろ」
桐生はそう言って、アチチ…とやけどしながら、箸でカレーとご飯を鍋から取り出して、食器に盛り付け始めた。
「ほれ、完成や。さあ高嶋君、食べて食べて。君が一番や! 熱いから気を付けや。」
皿にたっぷりと盛られたご飯とカレーを友奈に手渡した。
スプーンと濡れた手拭きまでついている。用意のいいやつだ。
「わあ! 桐生さん、ありがとうございます! いただきます。」
友奈は手を拭いた後、スプーンを使って手渡されたカレーを口に運び、おいしいです! と感想を伝えていた。
桐生は、そうかそうか。と言いながら別のカレーとご飯を鍋に入れ、
「ポンカレーは、どうつくってもうまいのだ」
と言いながら、ぐつぐつと煮込み始めた。
数分後、コンビニから黒シャツ男とその取り巻きたちが、飲み物を詰めたレジ袋を担いでバスに戻ってきたのだが、カレーを作っている桐生を見て、ぽかんとしていた。
「お前ら、そこにカレーとご飯があるから自分で作れ。辛さは適当に持ってきたから知らん。」
と桐生は黒シャツ男たちにそう言いながら、新たに出来上がったカレーを食器に盛り付けて、
「ほい、つまらないものですが」
と言いながら、私に手渡してきた。
何が、『つまらないものですが』だ。『くすねてきたものですが』だろうが。
だが、私も腹は減っている。
素直に受け取って、一口食べてみた。
温かい。
少し甘口だがまあいい。久々の温かい食事に自然と笑みがこぼれた。
この狂ってしまった世界に楽しさを感じて、ここまで友奈や茉莉たちと共に過ごしてきたが、こういう楽しさも悪くないと思った。
思い返せば、私は誰かとの友人関係が長く続いたことがない。きっと友奈や茉莉との関係も長続きはしないのだろう。
しかし、考えてみれば『何日も友人と一緒に旅行する』と言うのは初めてだ。
ならば私は、今まで他人と築いたことのない関係性をこれから友奈と茉莉と、それから目の前でカレーを作っているこの桐生と言う男と築いていくことになるのだろうか。
カレーの匂いがあたりに漂い始めたのか、何人かが気付いて、バスから降りてきた。
皆久しぶりの温かい食事だったのだろう。沈みがちだった乗員たちに少しではあるが、笑顔と会話が戻っていた。
「よかったです…。 みんな笑顔になって…」
食べ終わったのか、食器を片付けた友奈が近づいて話しかけてきた。
「桐生さんって、ちょっとアレですけど…いい人ですよね。」
桐生、お前は小学生に『アレ』呼ばわりされているぞ。
友奈の桐生に対する評価に心の中で苦笑していると友奈が話を続ける。
「さっきまでバスに乗っている人たちの様子がなんだか変だったんですけど、これなら大丈夫そうです。」
「変だった?」
私は運転席から動けないから、バスの中全体の動向を把握することが出来ない。だが、友奈は時々バスの中で席を移動して、他の同行者とも話しているようだった。私よりも全体の状況をわかっているかもしれない。
「バスの休憩になっても、外に出たがらない人が増えていたんです。今は皆さんカレーのために外に出てますけど…」
桐生がバスから出てこない人のために、車内にカレーを持ち込んでいるのが見えた。
「ああ、それは私も気づいていた。移動が長引いているから、疲れているせいじゃないか?」
「なんだか、それだけじゃないみたいなんです。疲れているというか…外に出ることを怖がっているみたいで…」
怖がっている…?
もし友奈の感覚が正しいとしたら、確かに「疲労で動くことが億劫だから外に出ない」というのとは話が違う。あの化け物どもを怖がって外に出ないというのは心理的に理解できるが、御所市を出たばかりの頃は外に出ることを怖がっている者はいなかったはずだ。
現に今、ほとんどの同行者は外に出て、それぞれカレーを作りながら談笑している。
友奈が言っていることにも心当たりはあるが、考え過ぎではないのか…?
桐生がタッパーにカレーとご飯をせっせと詰めているのを見ながら、私はそんなことを考えていた。
病気というものは、治りかけが一番怖いんです。
誤字脱字など、一応投稿前にチェックしてますが、もしあれば遠慮なくお願いします。
文体や表現方法、視点描写、その他読みづらいなどのご指摘がありましたら、こちらも指摘していただければ極力反映しようと考えております。