偉大なる星漿体 天内理子   作:ベルルー

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作者A「(尊鷹のキャラよくわからんけど)どないする?」
作者B「(原作の時点でよくわからんし)まぁええやろ」
作者C「◇この作品の目的は…?」


本編を超えた本編
RIKO 鷹を継ぐ女


「ねぇ理子知ってる?"裏山に住む仙人"の話!」

「仙人?」

 

 正午過ぎ。

 授業も終わり、各々が親しい友人の元へ、それぞれが用意した昼食を持ちながら歩き出す時間。

 先ほど終わった授業が、予想以上に時間を食ってしまったせいで、昼休みも含め、時間にさほど余裕がない。

 そのため、少しでも時間を節約しようと、皆が急いで食事を済ませて、少ない昼休みを堪能しようと躍起になっている。

 それは、こうして話題を振られた少女、天内理子も例外ではなく。

 箸を持ち、食事を始める丁度その頃に、突如として振られた"仙人"という話題に、天内は興味を示した。

 

「なにそれ、学校の七不思議とかそういうの?」

「ある意味それ以上かもね、話によると…マジで意味わかんないらしいよ」

「…?どういう意味?」

 

 丁寧に切り揃えられた、その前髪を揺らして、「うーん…」と、少し考える。

 天内は首を傾げて、目の前の友人の言葉を聞く。

 

「もう卒業しちゃった先輩なんだけどね?その人が言うに、授業をサボった時だったらしくて…」

 

 神妙な顔つきで、()()()()な雰囲気を醸し出しながら、彼女は語る。

 まだ幼さの残る、その可愛らしい声を、精一杯怖くしようと、低く喉を震わせる様子が、愛らしい。

 

「学校内じゃ、巡回中の先生に見つかっちゃうでしょ?でもだからといって、街中に制服で出たら不味いじゃん?」

「サボること自体が駄目だと思うんだけどなぁ…」

「それはそれ!てか今はそこじゃなくて…」

 

 びしっ、そんな軽やかな音を立てながら、理子の肩をまるで、お笑い芸人のツッコミのように、軽く突いて言う。

 そして2回ほど、()()()と、わざとらしい声を漏らしてから、続けた。

 

「そこで、先輩が目を付けたのが裏山よ」

「なんで?」

「知らない?今はもう伐採されちゃったって噂だけど…あそこには昔、それはもう綺麗な桜があったらしくてね…」

 

 その言葉を聞きながら、天内は自然と、教室の窓に視線を向けて、硝子の向こうに見える、その噂の裏山を見る。

 なんてことはない、緑と茶。そして代わり映えのしない、統一感を感じる木々の壁。

 だがその緑の絨毯の中に一か所、不自然なほどに草木の生えていない、巨大な岩の壁を見た。

 

「ほら、あそこ見えるでしょ?あの()()た場所、あそこにあったらしいよ?」

「ふぅん…」

 

 彼女が言うに、天内がこの廉直(れんちょく)女学院に入学してから、ずっと当たり前のように認識していた、ただの風景の1つ。

 そこにはかつて、それはもう美しい、立派に生えた桜があったのだという。

 

「裏山なんて、わざわざ学校が終わった後に行きたいなんて思わないでしょ?で、いい機会だから…ついでに見に行ってみようって思ったらしいの」

 

 語りに熱中し、目の前に置かれた弁当に手をつけるのを忘れ、物語はここからだ、というように、声量を上げ始めた。

 天内はそれを聞きながら、既に食べ終えた弁当を片して、目を向ける。

 

「で、やっぱり人の手が入ってないからなのかな、雑草も凄くて…でも折角見ようと思ったのと、あとはここで引き返したくないってプライド?で、必死に登ったらしいの」

「それで?」

「勿論!ちゃんと着いたよ?で、ここからなんだけど…」

 

 唇を尖らせ、少し声量を落としてから、彼女は天内の耳に、その口を近づける。

 深く、息を吸ってから、話した。

 

「それでね、やっと雑草の波を超えて、お目当ての桜が目の前に…とその時!」

 

 そして、彼女は()()()と、両腕を上に、天内に迫る。

 声量を更に大きくして、一気に言葉のテンポを上げて、叫んだ。

 

「桜の下に!動物たちに囲まれた半裸の男が――」

「あっチャイム」

 

 キーンコーンカーンコーン。

 いかにもな間、そして一気に迫る行動や声、それらが見事に、昼休みの終わりを告げる、チャイムの音にかき消された。

 目の前には、未だ半分以上残っている、彼女の弁当。

 

「次音楽だよ、礼拝堂、先行くね」

「あっ!ちょ…完全に忘れてたあああああっ!」

 

 なんてことのない、ありふれた日常の中の、何気ない会話。

 しかしこれが皮肉にも、彼女の運命を変えるに至る――

 

 

 

 


 

 

 

 

「またねー!」

「うん!また!」

 

 日も傾き、再び鳴り響くチャイム、それを背後に、天内は歩き出す。

 クラスメイトに別れを告げ、自宅へ戻ろうと、まずは目の前の赤の信号機に向かって、足を踏み入れた時だった。

 

『ォ オ オ オ …』

 

 何かのうめき声、それが聞こえた瞬間、天内はサッと顔を下に、そしてゆっくりと、視線のみを動かし始める。

 左だ、そのうめき声の正体に気づかれないよう、顔を動かさずに、器用に目だけを向けた。

 

『見、ミッ…み………ミ…』

 

 真っ黒な泥、一言で表すならそうだろう。

 天内の視線の先、そのアスファルトに染みのように、そしてビチャビチャと粘性の高い音を立てて、それは動いていた。

 それを確認し終えてから、天内はそっと視線を元に戻して、軽くため息を吐く。

 

(呪霊…運悪いなぁ、まさか学校にいるなんて)

 

 呪霊、それは人間の負の感情から生まれ、本能のままに牙を剥く存在。

 普通、呪霊を見たり、その存在を認知できる人間はごくわずかで、今こうしている間も、天内以外に、その呪霊に気づいた者はいない。

 目の前を走る車、その列を見ながら、いつ青信号になるのかと、天内はため息を吐く。

 

(早くどっか行ってよ…)

 

 呪霊というのは大概、「見られた」という事実がトリガーとなり、その人間を襲う傾向がある。

 故に目が合うのを避け、こちらが見えていないという風に演じ、呪霊に目を付けられないようにしないといけない。

 これは、天内自身の実体験と、家に住み込みで勤めている、あるメイドの助言から得た対処法だ。

 もう一度、ため息を吐いた――

 

(あー…早く青に…)

 

 ――その時だった。

 

『ア ッ …』

 

 異変が起こる。

 あの、生理的嫌悪を刺激するうめき声が、突如として苦しみの怨嗟へと変わり、泥のような身体が、たちまち四散していく。

 いきなり起こったその異変に、天内は目が合ってしまうことも気にせず、呪霊に顔を向けて、そしていきさつを見守る。

 たちまち、その身体と苦しみの声が縮小し、呪霊は最後に、ある方角に腕を伸ばして。

 

『バト…キン…』

 

 ――ザフッ!

 呪霊が一言残し、そして消える。

 呪霊特有の、あの独特な消失反応を見て、天内は目の前の出来事に、困惑を隠せなかった。

 

「消え…た」

 

 呪霊は呪力でしか祓えない。

 これは、天内のような、特殊な立ち位置に身を置く存在もそうだが、呪霊という社会の裏に潜む悪意、それに対処する特殊な人材、呪術師たちの常識でもある。

 つまり、ある特殊な場所…それこそ神社などといった、呪いを跳ね除ける特殊な何かに入りでもしない限り、あのような反応は起こりえない。

 

「………」

 

 消えた呪霊、それが先ほどまでいた場所は、何の偶然か、昼休みの時間に、天内が友人から聞いたあの場所の、入り口だ。

 管理の行き届いていない、今も開けられたままの、鉄格子付きの扉。

 ――好奇。

 

「…裏山の、仙人」

 

 危険すぎる、それは天内も充分に理解していた。

 ただでさえ、呪霊が見える立場の人間であり、しかも自分は、日本という国を守るための、大切な人柱でもある。

 もし自分の身に何かが起これば、立場を無視し、純粋に自分を慕ってくれている、あの優しいメイドの彼女にも、申し訳ない。

 

「………………」

 

 だが、天内は足を踏み入れた。

 

「……………」

 

 経年劣化で壊れた鍵、天内は扉を開け、裏山に一歩足を踏み入れる。

 その時、全身をある違和感が包み込んだが、気のせいだと決めて、歩を進める。

 腰まで伸びる雑草の波、それの間を器用に進み、頭上にある木の枝に、髪を引っかけないように歩く。

 

「…………」

 

 坂を登る。

 少し柔らかい、油断をすると足を滑らせてしまうような、そんな傾斜を越えていく。

 できるだけ制服が汚れないよう、雑草を手でかき分けて。

 

「………」

 

 雑草の波を越え、坂を登って…と、同じ動作を数回繰り返して。

 やっと、その長い坂を登り切って、あの校舎から見た、不自然に草木のない地面に到着した。

 天内は、ふーっ…と息を吐き切って――

 

「…………えっ」

 

 そして前の景色に、目を奪われた。

 

 

 

 

 崖の上に、男がいる。

 筋肉質。天内がテレビでよく見る、ボディビルダーと比べれば、二回りは細めの身体だ。

 しかし"肉"が違う、一切の無駄も、隙間も存在しない、極限まで凝縮された、真に意味を発揮する筋肉の芸術。

 袴に似た、ゆとりのある黒ズボンの隙間から、その異様な気配を醸し出す"(あし)"が見える。

 

 鳥が、風が鳴いている。

 

 男は腕を広げていた。

 風を、大地を、この地球()の全てを受け止めるように、美しい肉体を、この世界に晒していた。

 リスが、蝶が、鳥が、あらゆる森の生命が。男を祝福するかのように、男を囲って、そのいきさつを見守っていた。

 ――その男は、1万人の強者を相手に、たった1人で闘い抜いた。

 

「…うむ、客人か」

 

 男は、招かれざる客であろう天内に向けて、その瞳を向ける。

 だがそこには、敵意といった悪感情はない。

 

「ここに人が来るのも久しい…鉄格子は閉めてあったはずなのだが…」

 

 男は、十数mはあるだろう、その崖から飛び降りる。

 崖にある、ほんの少しの突起に()を置き、まるで恐怖などないように、軽やかに落下する。

 それはまるで、風を切るが如き、疾く空を飛ぶ(ファルコン)

 

「…学生か、だがもう下校の時間のはずだが…」

 

 右手に持つ、道着に似た上着を羽織りながら、男はそう言う。

 ただ立っているだけ、だがその佇まいから、人体を超えた美しさがある。

 ――その男は、いかなる苦境にも決して逃げなかったと。

 

「しかし、先に気づけてよかった」

 

 少し白の混じった、黒い長髪を後ろで纏めている。

 しかし、それによる老いを感じさせないほど、生命力に満ちたその立ち姿と顔。

 "静かなる虎"は語る。彼こそが、この世で最も高潔なる魂を持つ男――

 

「寄り道は感心しないな、早く帰った方がいい」

 

 ――偉大なる長男、宮沢(みやざわ)尊鷹(そんおう)

 

 

 

 

「ウアアア不審者ジャーッ助ケテクレーッ」

「なにっ」

 

 哀しき現在…

 

 

 

 


 

 

 

 

 ――満月まで、あと3日。

 着実に近づく時。それは天内理子という人間の、その価値が最大に、そして最後に輝く時。

 一週間、あとたった72時間で、この学校とも、クラスメイトとも別れ、この国を守護する要となる。

 

 そんな時期に、自分はあれと出会ってしまったのだ。

 

 それは偶然の出会いで、そして流れるように形成された、この奇妙な関係。

 あの日、己の直感…好奇に従って、この裏山を登ったことが、どう影響を及ぼすのかはわからない。

 彼は術師なのか、それとも呪術を知らない一般人なのか、そもそも味方なのか。

 国を守る要であるはずの自分が、今こうして、あの謎の男と会ってもいいのか、それが本当に正しいことのかはわからない。

 

「ふぅ…」

 

 が、間違いなく言えることは。

 

「尊鷹ー!いるー?」

「君か、飽きないな」

 

 ――彼は、かなり面白い男だということ。

 

「今日は焼きそばパン持ってきたよ、どう?」

「いただこう」

 

 右手に握る、その焼きそばパンを持ち上げて叫ぶと、すぐに返事が返ってきた。

 ひゅうう…あの肌を撫でる心地よい風が吹いて、軽やかな音を立てて、天内の目の前に、あの男が、彼が降り立つ。

 辺りに広がるソースの匂いと、そして動物たちの去る動き、それの気配を感じる。

 

「焼きそばパンか…それにこの匂いは…」

「ガーリックパウダーが入ってるんだって、新作らしいよ」

「ほう、ガーリック…それにソース自体の香りもいい。フン、熹一(きいち)が見たら喜びそうだ」

 

 天内から受け取った、その焼きそばパンを眺めながら、彼…尊鷹はまるで懐かしいと、目を細めてそう呟いた。

 その様子を見て、天内は相変わらず、あの浮世離れした気配もそうだが、変に俗っぽい、この奇妙な喋り方もだ。

 

「命を…いただきます」

「焼きそばパンにも言うんだ」

 

 ――変な人。

 ファーストコンタクトの時点で薄々察していたが、尊鷹という男の性格を、一言で表すならこうだろう。

 

「それで、今日はどんな話をしてくれるの?」

「ん、そうだな…年に一度開かれる国際的格闘祭のハイパー…」

「やめて、ついこの間"男魂祭(だんこんまつ)り"の話聞いたばっかりだもん」

 

 もう勘弁だと、手を目の前でいやいやと振る。

 心なしか、少し落ち込むような空気を纏った彼に、ほんの少しの罪悪感を抱く。

 

 聞いたところ彼は、ある代々続く武術の継承者なのだという。

 

 1つ聞けば3つ出る、一応非術師であるはずの彼と、その家族たちの摩訶不思議な世界。

 そして、その"縛り"から逃れ、自由に生きたいと悟った彼には、生まれつき役割の決まっていた自分とは別の、ある一種の敬意を持っていた。

 ただその結果が、今のこの山籠りなのは少々疑問だが。

 

「あぁそうだ、椅子も用意したんだ、座っていいぞ」

「うわっ…岩の断面って、こんなに綺麗になるものなんだ…」

 

 自慢げにそう言いながら、彼が示すその物体を見て、天内は感心した声を漏らす。

 目の前に鎮座するのは、彼女が学校で使用している椅子、それとさほど変わらない高さの岩。

 しかし特筆するべきは、その鋭く、滑らかに削られた岩の上部。

 まるでやすりで磨いた木片のような、誤差数ミリ未満で仕上げた、金属加工品のような、芸術的な美しさだ。

 

「でもなんで今更?このタイミングで椅子なんて…」

「レディファーストというのだったか、女性に対して思いやりを…と、パソコンで調べたら出てきたんだ」

「パソコン持ってるの!?」

「スマート・ウォッチも持ってるぞ」

 

 そう言いながら、彼は服の袖を捲って、その右手首に巻かれたそれを見せる。

 基本は灰色で、黒色の控えめな装飾の施された、山に籠る変人が選んだとは思えない、割と洒落たデザインの時計。

 そう、これこそがスマートウォッチである。

 

「うわぁ…似合わない……」

「むむ…」

 

 浮世離れした空気を纏っているくせに、スマートウォッチやらパソコンやら…文明の利器に興味津々な彼の仕草は、どうにもシュールな笑いが産まれる。

 そんなことを思っている天内の顔を見て、彼は不満そうな顔をした。

 

 あの、偶然の出会いが数日前のこと。

 

 今でも天内は断言できる。突如降りてきた半裸の男、そして山に住んでいるという事実からも、彼は間違いなく不審者そのものだ。

 ある種の恐怖で慌てる天内を前に、どう説得しようかと、困ったような顔をした彼。

 その、変に愛嬌すら感じる仕草を見たおかげで、すぐに誤解は解けた。

 しかし数年前から山に籠る、彼のその異常行動には絶句したが。

 

「そういえばさ、尊鷹はいつまでここにいるの?」

「むっ」

 

 整えられた岩に座って、パンを一口齧ってから、天内は尊鷹にそう問う。

 彼は、少し考えるように頷いてから、呟く。

 

「そうだな…ここも充分住んだ、あと3日ほど滞在するつもりだ」

「…そっか、じゃあ丁度いいね」

「というと?」

「私もね、3日後には…もう学校に来れなくなるの」

 

 ――満月まで、あと3日。

 天内理子は"星漿体"である。呪霊の発生抑制、そして人を守る術師たち、それらの結界術の底上げを行い、この国を守護する偉大な術師天元。

 しかし天元、"彼女"は不老だが不死ではない、そのため肉体情報が一致し、そして適合の資格を持った人間…すなわち星漿体が、国を守るための生贄となる。

 つまりその時がくれば――

 

「…住居を移すのか?」

「あ~…大体合ってるかな、家の都合でね」

「そうか」

 

 嘘だ。

 ほんの少し、心が痛む。

 

「ふむ、少し寂しくなるな」

「またまた~動物たちと仲良くやってたくせに」

 

 彼は、呪術界(こちら)のことは知らない。

 呪霊も術師も、そして星漿体(わたし)や天元、この国の在り方も。

 いくら常識の外にいる、浮世離れした変わり者だとしても、彼は真の意味での理解者には成り得ない。

 

(…もし)

 

 もし全部話せたら、少しは気が紛れるのだろうか。

 

(…いや)

 

 何を馬鹿なことを。

 

「ね、今日はどんな技を見せてくれるの?」

 

 頭に思い浮かぶ、その一瞬の気の迷いを振り払い、天内は目の前の彼に、そう笑いながら問う。

 一度、頭から消したその感情を、決して勘付かれないよう、なんとか自然な顔を意識して。

 彼は相変わらず、何を考えているのかわからない、どこか達観したあの瞳を向けて。

 

「見世物ではないのだが…」

「いいでしょ、ただ見るだけなんだから」

「しかしな…」

 

 彼は、ある有名な一族の長男で、今では死んだことになっているらしい。

 天内は以前、彼が語ったその身の上話を思い返しながら、目の前に立つ彼へ、話しかけた。

 

「いいなぁ、1個くらい私にも教えてよ」

「いやっ家のしがらみを脱したのは確かにそうだが…それでも、一子相伝の技術をそう易々…」

「けち~~~!」

「…はぁ、あくまでも見せるだけだぞ」

「お~!」

 

 やれやれと首を振って、彼はゆっくりと起き上がりながら、天内の目の前に立つ。

 そこから一歩、更に二歩と距離を離して、深く腰を落とした。

 足が、大地が、尊鷹という武人の肉体に宿る、その力の波を余すことなく、地面に向けて垂直に放たれる。

 

「しゃあっ」

 

 ――跳躍。

 人体の限界を超えた、人間の壁を破る、常軌を逸したその動き。

 まるで風に吹かれる羽毛、本来人間が持つはずの、体重の影響すら見られない。

 瞬きする間に、彼はその理外の跳躍力で、地上から数mほど浮くように滞空、そして足を振りかぶる。

 重力を無視した、高い次元での瞬間移動、そしてそこから放たれる――

 

"灘神影流"…

 

 刹那。

 

「"鷹鎌脚(おうれんきゃく)"」

 

 足を振り、その鍛え上げられた筋肉が捻じれ、そして(ファルコン)は鳴く。

 バオッ!と、まるでビュンビュンゴマを回した時の、あの小さく鋭い空気の切断音が、人間の足から発生した。

 そして一周。彼がその凶器と化した足を回転させ、空中に月輪を形成すると、すぐに異変は起こった。

 ――ミシリ

 

「お~…」

 

 メキッ!バキッ!

 彼が跳躍したその周りに生えていた木々、それらがまるで、金属製の刃物で削られたように幹が抉れている。

 年輪の奥、バランスを崩し、直立ができなくなるほどのダメージを負った木々は、彼が地面に降り立つと同時に、一気に6本もの木々が、その命を失う。

 その光景に、天内は拍手をしながら、呆気に取られて呟いた。

 

「すっご…呪力使ってるのかな…」

「…?どうした?」

「なんでもない」

 

 ――あと3日。

 たった72時間で、自分はこの学校とも、こうして放課後に裏山を登る時間とも、全てと別れを告げないといけない。

 これも全て、この国のため。

 ――でも、せめて最後が来るまでに。

 

「ねぇ、どうしても教えてくれないの?」

「…()()、宮沢尊鷹だからな」

「そっか」

 

 一度くらい、真似してみたかった。

 今更そんな、普通の子供みたいなことを考えた自分に、天内は少し、苦い嫌悪の色を感じた。

 

 

 

 

 

「ただいまー!」

 

 午後6時過ぎ。

 白く塗装された玄関、その扉を開いて、天内は右足のローファーに指を引っかけながら、声を出す。

 普段は授業が終わってからすぐ、自宅に帰るまでの数十分の余裕の間に、裏山を登って彼と会うことにしているため、いつもより長居していた今日は、時間が押していて結構危なかったことは秘密だ。

 天内は星漿体。その命の価値は天秤では測れない、故に少しでも安全な時間を増やすため、学校以外の外出はほとんどできないのだ。

 だからこそ、この唯一自由を許された時間の内に、あの奇妙な彼と会う。

 しがらみに生きる自分とは違う、あの自由な彼と。

 

「黒井ー!今日の晩ご…」

「理子様」

 

 フローリングを滑るように歩き、そしてリビングに出た天内を待っていたのは、普段より更に真面目な顔をした彼女。

 天内が事故で親と別れ、それからの幼少期をずっと、共に過ごした大切な存在。

 黒井美里、その美しく皴の1つも存在しないメイド服の姿のまま、苦虫を嚙み潰したような表情で、すぐに頭を下げた。

 

「申し訳ございません…理子様の所在が、どうやら外部に漏れたようで…」

「…えっ?」

「これからすぐに、呪術高専と連絡を取ります。護衛の人間が来るまでの間…あるホテルに隠れて欲しいと」

 

 ――嗚呼、やっぱりもっと聞くべきだった。

 

「学校も…やはり厳しいかと思います、もし護衛の方が…」

「うん、わかった」

 

 時計の針が進む音、そして自分の発する声。

 それが妙に鮮明に、リビングに響いたように感じた。

 

「ほら、とりあえずごはん食べよ?早く出た方がいいんでしょ?」

「…理子様」

「護衛かぁ、どんな人なんだろうね」

 

 せめて、最後に一度。

 

「学校、行けたらいいな」

 

 そう呟く天内に黒井は表情を暗くし、強くスカートを握りながら「はい」と、絞り出すように言う。

 天内を幼少期から見守り、そして外出も自由にできない不自由な生き方も、だからこそ唯一それができる、学校への登校がどれほど大事なものかも。

 しかし、その友人のカテゴリ内に、ある高潔なる鷹が入っていることは、まだ知らない。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ――満月まで、あと1日。

 重い空気が、身を包み込んでいる。

 不快…というわけではない、むしろこの、全身を包む感覚、どこか湿った空気の毛布が、この場所では心地の良いものだった。

 

「…………」

 

 青い。

 目の前にいっぱいに広がる、透明な水槽の向こうにある、もう1つの世界。

 青く、蒼く、その藍い水槽という、偽りの世界に生きるものたち。

 それらが生み出す、生命のエネルギーというべきだろうか、そんな漠然とした圧迫感が、天内の身体を支配した。

 

「………きれい」

 

 同化までの2日、その間に経験した、そして聞いた世界。

 アスファルトの上から眺める空と、県を越えた海の中から見つめる空が、こんなにも違って見える。

 花も、学校に生えていたものとは違う、そして何より――

 

「明日、か」

 

 この世界の秘密、それをいつの間にか自分は、知っている側の人間だと勘違いしていた。

 違う、この国は、世界は術師、非術師…呪霊といった、たった3つで分けられるものではないのだと。

 あの出会いが、そして彼の生き方が、教えてくれた。

 

(もう、山降りたのかな)

 

 いきなり来なくなって、彼は自分を心配しているだろうか、それとも気にしないで、またあの不思議な日光浴でもするのだろうか。

 呪詛師の襲来、そして自分にかけられた懸賞金のせいで、最後まで学校生活を続けることは叶わなかった。

 しかし、いくら自分が信頼しているとはいえ、あの護衛の2人を、特に現代呪術界最強と言われている、あの男…五条とは会わせたくなかった。

 家のしがらみから解放され、今も自由に生きている彼に、無駄な負担はかけたくなかった。

 

(元気にしてるかな)

 

 ヴーッヴーッ!

 懐かしい思い出に浸っていると、ポケットに入れていた携帯が震える。

 誰からだろう、もしかして黒井かな。そう首を傾げながら、送られてきたメールを確認する。

 新着の未開封のメールが2つ、まず最初は上から二番目の、最初に送られてきたメールの内容を確認しようと操作する。

 

「なんだろ…」

 

 そして、メールに添付された、謎の動画ファイルを選択し、それを開く。

 一瞬動作が停止し、すぐに再開されると同時に、天内の携帯に、ある場面が映し出された。

 ――そこには、上半身で裸筋骨隆々な、歯茎が剥き出しとなったグロテスクなマスクを被った、マッスルポーズをとる謎の男。

 

「私はキャプテン・マッスル。このメールを見てる君は選ばれし者、3000万円を掴むチャンスを与えられた強き者。単刀直入に言おう、日本にいるある少女をぶちのめしてほしい。名は天内理子。星漿体で"天元との適合"を可能とする少女だ、もちろんめちゃくちゃ弱い。しかもこの戦いには、絶対守らなければならない条件がある。天内を倒すには呪術でなければならない、銃や刃物などの猿の使う武器は使用禁止。なぜなら万が一にも"融合"をさせてはいけないからだ、何よりも"融合阻止"が大事なんだ。ぶっちゃけこのガキの命なんてどうでもいいんだ、"融合"さえ阻止できればなぁ。さぁ腕に自信のある者は今すぐ日本へ行け、天内を失神KOさせろ。急げっ乗り遅れるな、3000万円を掴むんだ。"セイショウタイ・ラッシュ"だ」

「誰からのメールかな」

 

 流れるような動作で、すぐに動画ファイルを閉じて、もう用済みとなったスパム・メールを削除した。

 もう今の天内の脳内には、先ほど見た動画の存在など微塵も存在しない、完全に記憶を消去し、もはや思い出すこともないだろう。

 ダチョウもビックリ天もビックリ、明日は大雨警戒注意報な、そんな切り替えの早さである。

 

「…これ」

 

 もう1つのメール、それも先ほどと同じ、動画ファイル以外は全て「unknown」で統一されたもの。

 ただ少し違うのは、今回のメールを送ってきた相手が、何故か「アンノウン」とカタカナ表記なことだろう。

 再びの硬直、そして動画の再生が始まり、その内容が明らかとなる。

 

「…山?」

 

 携帯画面に映るのは、辺りが真っ黒に染められた、木々で囲われた謎の場所。

 撮影したのが夜だった、としてもだ、この暗闇の濃さはありえない。

 ビルも、住宅街も、文明の光の主張を、どこからも感じない。

 

「…あっ」

 

 ――思えば、この時点で、誰から送られたのかを、わかっていたのかもしれない。

 

『初めまして』

 

 あの、道着に似た衣服と、1つに纏められた黒の長髪。

 画面の向こうの、暗闇のベールをかいくぐるように、彼の姿が、露わになる。

 空を駆ける鷹のように素早く、そして力強いその足と。

 ――謎のマスク。

 

『私はバトル・キング』

「いや尊鷹じゃん」

他人(ひと)はバトル・キングと呼ぶ』

「尊鷹だよね?」

『我が名はバトル・キング』

 

 いや、よく見れば顔の骨格が違うか、いやそれでも、あの独特な衣服と髪型はそのままで。

 よく聞けば少しだけ声も違う…が、それでも共通点は多く、何よりあの奇人特有の雰囲気が、全く同じものだった。

 しかしそれでも、既に録画し終えたメールだというのに、こうして会話が成立していること自体がおかしいのだが。

 

『私がこれから教えるのは、ある古武術の奥義』

「………」

()()、バトル・キングだからな』

 

 不器用というか、屁理屈上手というか。

 まさかこんな方法で、そしてこんな形で、別れも告げずに消えてしまった自分の為に、彼が身を削って学んだその技術。

 その1つが、ここに。

 

『こんなものしか与えられんが、それでもいいなら…』

 

 彼が画面の中で、頭上から垂れる糸を引く。

 すると突然、カコンッと木片の擦れる音が聞こえて、すぐにその異変の全貌が明らかとなる。

 

『盗んで見せろ』

 

 一斉に上空から落ち、そして一定の高度を保ったまま固定された、無数の弓。

 それが一斉に、両手を前にした彼に向かって、一斉に矢を放つ。

 彼は、それを――

 

 

 

 


 

 

 

 

 ――満月まで、残り数時間。

 

「帰ろう、理子ちゃん」

「……えっ」

 

 最後の別れ、今までずっとそばにいてくれた、もう1人の家族である黒井。

 互いに涙を零しながら、抱き合うその姿を見て、彼はそう言った。

 

「なん、で」

「悟とも既に話は終わってある、それに…君はずっとこの2日間、どこか辛そうに見えたから」

 

 星漿体の護衛、それに選ばれた男、夏油傑はそう言う。

 

「悟は"おセンチだと思ったら"…なんて言ってたけど、私はそうは見えなかった、やりたいこと、もっと沢山あるんじゃないかな」

「…しかし、それでは」

「大丈夫です」

 

 とても…涙で晴れた目を向けて黒井がそう言うが、夏油は何も心配いらないと、力強く笑って、手を差し伸べる。

 

「君たちの未来は私たちが保証する、誰が来ようとも、何が襲って来ようともね」

「…いいの?」

 

 天内がそう問うと、夏油はより表情を優しく、そして安心感を与えるように、天内の両手を握る。

 ――消えた足音が、1つ。

 

「"君は昔から特別だ"って言われてた…でも最近ね、本当はもっと色んなことをしてみたいって」

「うん」

「思っちゃ駄目なのに、皆の為に、同化しなくちゃいけないのに」

「うん」

 

 夏油、そして黒井も静かに、天内の独白を聞き、そして受け入れる。

 ――消えた装填音が、1つ。

 

「もっと皆と、一緒にいたい!」

「…うん」

 

 ――消えた音が、静かに狙いを定めた。

 

「もっと皆と色んな場所に行って、色んな物を見て…」

「…うん、わかってる…だから」

 

 "男"は静かに、その顔を勝利の確信で歪め、その引き金を引く。

 そして、その凶器が――

 

「帰ろう、理子ちゃん」

「…うん!」

 

 天内の脳天を。

 

「ハイお疲れ」

 

 無情に、貫い――

 

 

 

 

 

 鮮血が飛び散る。

 その異常事態に、コンマ遅れて反応したのは夏油。

 黒井は未だに、何が起こったのかを理解できていない。

 スローモーションになる視界。その中で、夏油は額から血を流し、そして身体のバランスが崩れ、身体が回る天内を見て――

 

(はっ?)

 

 ()()()()()

 音からして、彼女を襲ったのは拳銃。しかしいくら小さいものとはいえ、呪術を使えない彼女にとっては、絶命不可避の一撃だ。

 だがおかしい、いくら拳銃とはいえ、いくら彼女が一般人とはいえ。

 ――ここまで、勢いよく回るものか?

 

「しゃあっ」

「なにっ」

 

 靴底が擦れ、ゴムが削れる甲高い悲鳴、そんな音が響き渡る。

 それは彼女の肉体が生み出す回転エネルギーを全て、地面が吸収し受け止めたことで、軽く熱すら生まれたことで発生した音色。

 まるでスイッチが切り替わったように、声を上げて笑う天内。

 その、赤色に塗れた顔面と血走った目は、まるで悪魔のように輝いていた。

 

「…マジか」

 

 あまりにも予想外。

 目の前の光景に、隙を晒すという考えすら忘れて、侵入者の男、"術師殺し"伏黒甚爾は、呆気に取られてそう呟く。

 

「おいおい、間違いなく頭を撃ったはずなんだが?どんなトリ…」

 

 ――違う、避けていない。

 よく見れば、天内の額には線を刻むように、額に走る銃弾の痕がある。

 決して少なくない出血量と、そして肉体に掛かる負荷、呪力強化もままならない、ただの一般人が何故。

 

「…まさか」

 

 ()()()()()

 そうだ、確かに自分は額を撃ったはずだった。

 それなのに結果はこうだ、まるで彼女の額に当たった瞬間、銃弾が軌道を変えでもしたかのような。

 なにより、甚爾は思い当たる存在があった。

 

 その突きは、人体だけならず岩をも砕く。

 その関節技は、人間だけに飽き足らず、あらゆる肉食動物までもを支配する。

 ある血縁者にまで影響を及ぼす、毎夜襲う幻覚の蝕み。

 これら全てが、非術師の生み出した技術。

 

 呪術(オカルト)を越えたオカルト。

 それが本当に存在したのか、それとも結局、これらも術師が作っただけの技術と歴史なのか。

 真相は誰にもわからず、その名前と中身だけが、人々の間で語られてきた。

 一子相伝の暗殺拳、そしてその奥義の名は――

 

「"灘神影流(なだしんかげりゅう)"か!」

正っ解っ!(You got it !)灘神影流"弾丸(たま)すべり"」

 

 ――これこそ、灘神影流、奥義"弾丸すべり"

 スリッピングアウェーというものがある。

 相手の拳の勢いに合わせ、自身も肉体の回転を挟み、そして衝撃を受け流す、ボクシングでよく見られる技術だ。

 今回天内の命を救ったのはそう、銃弾の勢いに合わせ、自身も回転することで弾を受け流す技。

 だがありえない、それなりの鍛錬を積んだ武術家が、見様見真似でやってみたでもない。

 今回は少女。今まで戦いというものを知らなかった、ただの一般人の少女が、秘匿された一子相伝の技術を知り、そして今体現したのだ。

 

「ガキ、それ誰に教えてもらった」

 

 そう問うと、天内はニコリと、満足そうに笑う。

 

「バトル・キング。スマート・ウォッチも持ってるけどね」

「ハッ、ふざけやがって」

 

 答えるつもりはない…ということか。

 ならもはや完全に用はない、もう一度頭を狙って引き金を――

 

「させるとでも?」

「チッ…」

 

 しかしこの一瞬が、甚爾にとっては死活問題だった。

 

 ――射線を遮られた。

 

 今の会話数秒で、完全に意識を戦闘に戻した夏油が、複数の呪霊を一気に出して、そして彼女たちを守っている。

 こういう時、下手に揺さぶるのは危険でしかない。

 守れない、力を持った子供がそう焦ると、計算外のことをする確率が高い。

 

(面倒臭ェ…少しずつ削って、それで隙を見て…)

「あっ」

「あっ…」

「ア?」

 

 内心でそう愚痴る甚爾の前でぽかんと、先ほどまで険しい表情をしていた夏油、そして黒井が目を丸くして、完全に動きを止める。

 その視線は、甚爾の背後に向けられており――

 

 背後から感じる、圧倒的なプレッシャー。

 

 ありえない、確かに

 甚爾がまさかと顔を青くして、振り向いた先には、一番信じたくない光景が広がっていた。

 

「…………おいおい」

 

 ――青。

 全身を血だらけに、そしてギラギラとした殺意と瞳を向けながら。

 ――現代術師最強、五条悟は立っていた。

 

「よぉ、久しぶり」

「…マジか」

 

 そう言葉を漏らして、甚爾は手に持つ呪具を、八つ当たり気味に更に強く握る。

 その、勝ち目の薄い戦いに、己の身を投げ出して――

 

 

 

 

 

 そして甚爾は絶命した。




 リモート・授業で弾丸滑りを会得した偉大なる星漿体…天内理子
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