筋の硬い肉だ。実に食べにくい。
一般的にクマの肉は筋肉質だとか硬すぎるとか言われているが、これもこんな感じなんだろうか。
適した調理法はやはり、塩漬けか、スープか。
少し前に流行った塩麹あたりでも使うべきか。
いや、二度と食べない方が確実にいいだろう。
まあ、自分がグルメになった気分だけは味わえたが、それだけだ。まあ、食事に困ったらまた手を出すか。
テキパキと、机の上に転がる骨と肉塊を片付ける。狭い家で助かった。食事の後始末で右往左往してはカッコつかないだろう。大きめのゴミ袋に適当に放り投げ、キッチンに投棄。後で捨てに行こう。
とりあえず換金できそうなものは持ったし、質屋にでも行くことにした。
結果だけ話すと、全く金にならなかった。衝動的に暴れてやりたくなったが、店主は何も悪くない。むしろよく金を出してくれたものだと感謝している。そう思うことにした。
まあ、いいのだ。とりあえず住処として最高の場所だからあの家にしたのだし。ついでにお金を手に入れようと思った自分に落ち度がある。
いや、やはり駄目だな。俺は食事と風呂が大好きなのだ。金は必要だ。
そろそろ就職活動を再開しなければ、人として最低限の生活すら維持できなくなるに違いない。
どうして計画段階で思い当たらなかったのか。自分の計画性のなさを恨みながら、帰路につき、眠る訳だが。ここで明暗を思いついたのだ。
次の日から、俺は畜産を始めることにした。
我ながらこれが上手くいき、実際食うに困ることはなくなった。風呂には入れないが、まあ食欲は満たせているので概ね成功だろう。自給自足の生活である。
「なにを、言っているんだ……?」
目の前に座る、男が不思議そうな顔をする。
何って聞かれたことに答えただけなんだがな。
「だから、俺の活動を正直に話してるだろ」
「お前の食事の話はどうでもいい! お前の周りで行方不明になった老人たちについて、話せと言ってるんだ。証拠なら──」
実に不思議な男である。
「だから、畜産を始めたんだよ」
食うのに困ったらまた食べようと思ったと、言ったはずなんだが。
「で、私が生まれたってワケ」
そう、それでこの女が──
この女、が──?
気付けば目の前に、女が立っていた。
青髪ロング、青い瞳は背中まで伸びた、思わずじっと見つめてしまうほどの美少女。
その甘い香りが、美しい声が、男としての欲望を限りなく掻き立てる。
「いや、そうじゃない。俺はさっきまで警察署に、いて………?」
気付けば俺は、包丁を片手に、住処としていたホームレスの家の中にいた。
俺が売り払ったハズの物も元通りだ。
「疲れてたんだね。長いこと呆けていたよ」
女が近付く。
そこに俺はどうしようもない恐怖を感じて逃げ出そうとした。しかし、いつまで経っても出口は近付かない。
「コウモリ男って知ってる? なんか階段を下りられなくして疲れて立ち止まったら血を吸う怪異らしいんだけど。
酷いよね。被害者は泣きべそかいて自分が“終わる”のを待つしかできないんだぜ」
背中から女の声が聞こえる。
何を言っているのかまるで分からないし、分かってはいけないような気がしている。だから走る、走る、走っているのに。
「どうしてッ」
永遠に到達できない。
自分が終わる瞬間を待つことしか出来ない。
もしやこの女───
「まあ、私は優しいから、そんなことはしないんだけどさ。
とりあえず真面目に働いた方がいいよ。川の下とか、住んでるのはホームレスだけじゃなくてさ。
人が生きてるのとは違う世界の奴らも、混じるから」
指先が首を撫でる。
その瞬間、俺は自分の首が落ちるのを幻視した。
しかし実際には俺は出口まで辿り着いていて、その場から慌てて逃げ出す。
うん、そうだ。
人の肉なんか食う暇あったら就活しよう───。
「優しいのね。橋の下に住まう怪異にしては」
逃げ走る男を見送っていると、後ろから声をかけられた。
知らない声だ。
「─── 」
振り向く。
やはりというか、人間ではなかった。先程の男とは次元の違う『外れ』具合。恐らく私のいた世界ならば、求道の極みに立っていた可能性もあるだろう。
「お前、誰だ?」
「追々分かるわ。それより、
これが彼女との、いや。
私と幻想郷とやらの、馴れ初めである。