TSした俺は、ヤリチン時代に堕とした妖達に攻守一転、百合百合される。 作:ホクホクなタイプのポテト
かんかん照りの真夏日。田舎の畦道は青臭く、砂利を踏む音、蝉の鳴き声が絶え間無く響いている。高層ビルのような高い建物は無く、降り注ぐ陽光を遮る陰も無い。何処までも澄み渡る青空は、少女の鬱々とした気分とは真逆だった。
「あっちぃ……。」
薄地のワンピースを見に纏い、少女は一人、歩みを進める。時折夏の熱風が身を襲っては、持たされた麦わら帽子が吹かれた。
「帽子があるって、案外快適かも。」
少女——リンドウは小さく呟く。
自分の頭を覆う、つばの広い麦わら帽子。直射日光を避ける事が出来、快適さすら有る。当初はユキハレから持たされ、鬱陶しく思っていた。しかし、男の時よりも外気温に弱く感じる少女の躰だと、必需品とさえ思えた。
「もっと陽が傾いてからにするんだった……。」
誰もいないと判ると、つい独り言が漏れてしまうのはどうしてだろうか。リンドウは住み慣れた町の過疎った道を歩む。
今の彼の姿を見て、リンドウその人であると繋げられる者など存在しないだろうが、余所者と思われるのも面倒である。少女が一人で歩いているとなれば、高齢化の進んだこの町では猫可愛がりのように構われて仕方ないだろう。
すれ違うのは目付きの悪い野良猫ばかりで、人々によって餌付けされた太々しさを感じられるのだった。
「此処、上んのかよ……。」
果てしなく続く石段を見上げると、少女は嘆いた。強靭な男の身であったなら、一段飛ばしと言わず、五段飛ばしでも汗ひとつかかなかっただろう。けれど、今や少女の身。一段ずつ上るので精一杯だった。
竹林を切り開くかのように伸びた、一本の石段。リンドウの目的地は、此の上に居を構える人物だった。
「ひぃ、ひぃ、ふぅ……。」
どっと吹き出る汗を拭いながら、鬱蒼とした石段を進んで行く。少女の小さな口から息を吐き出し、呼吸を整え、一つ、また一つと着実に目的地へと近づいて行くのだ。
幼少期のリンドウは、カブトムシがなんだ、クワガタがなんだと理由をつけて、しばしば此処に赴いていたのだが、近頃はめっきり途絶えていた。現在、彼が足を運ぶ時といえば、
「おわったぁ……。」
長い石段を、漸く上り切ったリンドウは、ふぅと一息ついた。
足元ばかりを見ていた頭を上げると、大きく立派な屋敷が視界に広がった。男の家も広い日本屋敷であったが、此方は別ベクトルで大きく、平安屋敷のようだった。——此の場所こそが少女の目的地だったのだ。
「おい、クソババア!来てやったぞ!」
リンドウは、我が物顔で玄関扉を開くと、所構わず大きな声で騒ぎ散らす。男にとっては当たり前の行為で、家主も別段気にしていない。
少女が「ババア、ババア」と喚いていると、中から女がやって来た。客人を出迎えるにしては少し遅いが、リンドウは客人と言えるような存在でもなかった。
「はて?どちら様でしょうか?」
そう言うと、冷めた目をする女。血の通っていないような透けた肌に、漆のような黒い髪。女は少女の存在を見極めるように、じっくりじっくりと舐めまわし見る。
「リンドウ!八神リンドウだよ!話聞いてないのか、クソ式神。」
「ふっ……。」
とぼけたような顔をする目の前の女に腹を立て、リンドウは地団駄する。男の名前を口にし、騒ぎ立てる少女の姿は、滑稽に写っただろうか。女は嘲笑った。
さて、リンドウが『クソ式神』と呼んだ女。確かに其の正体は式神であり、印象通りに血が通っていない。リンドウを呼び出した存在の式神である彼女は、男とも既知の仲であった。術者に似て腹立たしい性格をしている、とはリンドウの語った事である。
「ようこそいらっしゃいました、リンドウ様。カバラ様より聞き及んでおりましたが、まさか本当に女となっていましたとは。」
あくまでも客人をもてなす礼節を欠いていない体で、目深く頭を下げる式神。彼女としては女になった糞餓鬼を笑い飛ばしてやりたかったが、主の面子を潰すわけにはいかない。だからこそ、式神は自分よりも大分背の低い少女に頭を下げたのだった。
「カバラ様は奥の部屋でお待ちです。」
初見であれば、奥の部屋と聞いても何処を指しているのか判らなかっただろう。其れ程までにカバラの屋敷は広く、迷路のようであった。
しかし、リンドウは迷わない。勝手知ったるといった具合に、目的地へと向かう。
「おい、クソババア!来てやったぞ!」
「おうおう。婆の言い付け通り来たかい、
其の部屋には、煙管から漂う煙草の煙が充満していた。
部屋の上座、どっしりと構えた少女の姿。煙管片手に、脇息に右肘をつく少女は、此の世の全てを憂いたような瞳をしては薄気味悪い笑みでリンドウを見た。
「その坊ってのどうにかならねぇのか……。」
「私にしてみれば、母親の腹ん中いた頃から知ってるような餓鬼は“ぼん„以外に言いようがないのさ。それとも、今は“御嬢„と呼んだ方が良いかい?」
少女は何かとリンドウを子供扱いする。しかし、其の容姿とは裏腹に、少女はリンドウが胎児として躰を成す以前から存在していた。
「頼むから御嬢呼びだけはよしてくれよ、
「くすくす……。」
「ずっとその姿で、本当に気持ち悪いババアだ。」
——カバラ。祓い屋のトップにして、姓、年齢不明の女。
祓い屋達が知っているのは、彼女がカバラという名前である事、祓い屋として絶大な力を有する事。尤も、名前自体も本人が言うだけであって偽りの名である可能性すら有る。其れ程までに彼女は正体不明の存在だったのだ。
「随分悲しい事言ってくれるじゃあねぇか。坊の
古い言い回しを使い、そう言うと、カバラはくすくす笑う。リンドウの爪先から頭まで知り尽くしている彼女は、まるで男の思い出アルバムのようだった。
「出任せ言ってんじゃあねぇ。お前に筆まで下ろされた憶えはねえぞ。」
「抜きまでだったかな?……くすくす。」
現、祓い屋最強の男とて掴みきれない。其れがカバラという女性だった。
「良かったじゃあねぇか。
実際問題、リンドウはカバラに惚れていた時期が有る。其れも短くない期間惚れていた、寧ろ初恋だった。
幼い頃のリンドウは、今と違って子供らしい純粋無垢な性格をしていた。其の純朴だった少年は、子供ながらに恋をした。相手は祓い屋の家系として小さな頃から面識の有るお姉さん。
時に遊び相手であり、時に面倒を見てくれる姉でもある。同年代の少女達とは違う雰囲気を持つ、何処か扇情的なお姉さん。其れがリンドウがカバラに対して抱いていた印象。つまり、幼い少年が惚れるには十分だったのだ。
羨望にも似た恋心を募らせたリンドウ少年だったが、相手が千年以上の時を生きる存在だと知ったのは、想いを告げてからの事であった。
——そう、カバラは千年以上の時を生きるクソババアなのだ。
「実際、アンタいつから生きてんだ……?」
「さてね。憶えてもないさ。それでも、一番古い記憶と言えば、平安の夜の三日月のなんつー美しさと、晴明ってぇ名の男が居たなぁ……くらいなもんだ。」
カバラは何かに浸るように目を細めた。
思い出す。
今よりもススキが多く豊かな野原を。揺れる水面に映る月を。高い建物無い時代の、広いひろい夜空を。夜が人間の物では無かった時代を。そして、陰陽師に助けられた過去を——。
「ところで坊。自身を女に変えた力の正体くらいはぁ、見当ついてんだろうな?」
「あぁ、呪術だろ。」
思い出は所詮過去。何時迄も過去に浸る高齢ほど、みっともない物も無し。カバラは直ぐに立ち直っては、リンドウに話を振った。
「なんだい。ちったあ知に長けたのを囲ってるみたいじゃあねぇか?……くすくす。」
カバラは、まるでリンドウ自身が至った考えでは無いかのように言う。しかし、リンドウからしてみれば言い当てられた事であり、自分が妖怪を囲っている事さえバレている事を意味していた。
此の女は、何処まで知っているのか。リンドウは途端に目の前の存在が千年以上も生きているという事を意識したのだった。
「……ちっ。千年も生きてるお婆ちゃんには、なんでも御見通しってか?」
「さてね。……あぁ、坊。女を囲うたぁなると、強くなくちゃあねぇ。気付いてるかい、坊。お前さん、随分弱くなってるぞ?」
毒を吐いたリンドウの態度を物ともせず、カバラは警告する。カナキリの口からも漏れ出た言葉。其れを祓い屋の頭であるカバラからも告げられる。つまりは、リンドウは傍目から見て判る程に弱体化しているという事。其の事実に、男は喉を鳴らした。
「他の奴にも言われたよ……。」
「坊の力は男の時の十分の一……いや、百分の一程度まで落ちてる。自分じゃ気付かなかったのかい?」
カバラに馬鹿にされたような気がして、リンドウは「ぐぬぬ。」と唸る。
現に、男は自身の弱体化に気付いていなかった。気付けなかった。
此れが頭痛、吐き気といった体調不良のようであれば何れ程良かっただろう。体調不良のように自分で解るモノであれば、弱っている事も解る。体調が悪くて万全の力を引き出せる人間等いないのだから、自分がベストの状態で無い事くらいは判る。
しかし、そうはいかなかった。と言うよりも、女にされてから祓術を使う機会が無かった為に他人から見て言われるまで気付けなかった。しかし、其れは足元を掬われたとも言える。任務の前に判って良かったのである。
「見る人によっちゃあ、弱った事は判るだろうね。」
カバラとしても、今のリンドウが心配なのか。親心のように気遣った。其れは、自身が手塩にかけて育てた男が、弱くなった事に気付きもせず、何処の馬の骨とも知らない妖怪に食われてしまうような事があってはならないと思っての事だった。
「坊が最強の座に胡座を掻いて、踏ん反り返ってる事を良しとしない連中も少なく無い。うちの陰陽寮の連中だってそうさ。そいつらに坊が弱くなったと知られちゃあ、明日には強姦・蹂躙・フルボッコだろうね?……くすくす。」
カバラは可笑しそうに笑う。何が可笑しいのか解らないリンドウは、口をむっとするしかない。其れでも、他人の口から自身が如何に恨まれているのか教えられると、以前までの我が振りを振り返ったのだった。
「まぁ?言っても、レンカ嬢を十として、男だった時の坊が一万。一万の百分の一……百くらいが坊の現在値。しょうもない連中が、束になっても勝てないだろうさ。」
男だった時の百分の一。其れが女になったリンドウが、今の躰で引き出せる最大値。其れ以上はキャパオーバー。許容範囲を超えて、躰という器がボロボロに壊れてしまう。
リンドウは肝に銘じた。以前迄の感覚で形振り構わず感じたままに、やりたいように動かない事を。
「本当に惜しいねぇ。男の坊なら陰陽寮の頭くらい一発だったのにねぇ。……くすくす。」
——
表向きは何でも屋のように振る舞う、個人の祓い屋と違って、陰陽寮は妖怪専門。組織的に統率の取れた立ち回りによって、何処までも妖怪跋扈を憎み、滅する存在。言わば祓い屋の在るべき姿だった。
「今の坊でも全然やれる。一席や二席も遠くはない。なんなら、私が御膳立てしてやっても良い。どうだい、陰陽寮に入る気はないかい?」
手厚い高待遇。其れ程までにカバラはリンドウという男を買っており、行く末は自身の後継に、とすら考えていた。
其れは女となって弱くなった後でも変わらない。今の姿でも、リンドウにはポテンシャルが有り、野生児のようなストイックさも有る。陰陽寮の頂点に立つには十分な素質だった。
「其の話は、何回も断ってんだろ。」
しかし、男は興味が無い。地位も冨も名声も。男にしてみれば必要としない物であり、況してや誰かに用意された物等まっぴらごめんだった。
けれど、其れがリンドウがリンドウであるという事であり、女になろうと変わらない物だったのだ。
「……そうかい。まぁ、気が変わったら言ってくれや。」
カバラは残念そうに頭を掻いた。更には煙管に口をつけ、吸い、煙を吹かし落ち着く。何度も断られた事であっても、リンドウの口から断られる度に気落ちしているのだった。
「しかしなぁ、坊。さっきも言ったが、お前さんを良しと思わない連中もいる。そういう輩に今のお前さんが弱くなってる事を知られるのは不味い。たとえ勝てても、現に呪術のような理不尽は有り得る。」
カバラは言葉を続ける。全てはリンドウの身を案じてのもの。
「だから、だからな?坊が女になった事は秘匿しよう。幸いにも、八神リンドウが女になって、弱くなったなんて知るのは、私と坊、後はレンカ嬢だけ。三人だけの秘密にするのさ。」
カバラは提案する。八神リンドウを男として生かし続け、周りに舐められないようにする策を。
「そうしたら、祓い屋の連中は何時迄も強いお前さんの存在に怯え続ける。なぁに、男に戻る迄の間さ。戻った後は、またいつものように傍若無尽に振る舞えばいいさ。……くすくす。」
悪魔の提案のようだった。しかし、同時に魅力的な提案。
リンドウが女になったと知られさえしなければ、以前迄と変わる事は無い。男からすれば面倒な襲撃や侮られる事も無く、八神リンドウは八神リンドウのままで在り続けられる。
「そう、そうだよな……。知られなければどうって事ないよな……。」
「あぁ、そうさ。八神リンドウは女になんかなっていない。何処か遠く……西洋妖怪でも退治しに行った事にすればいいのさ。……くすくす。」
カバラは口実を全て用意してくれる。まさに我が子を可愛がる母親のようであった。
「其れなら、他の祓い屋の前では一人称くらいは変えな。少しでも違和感は取っ払わないとね。俺なんて言い方してる童はいない。せめてボクっ娘、頑張って『私』って言うんだね。」
カバラの言う事は尤もであったが、今更口調を変えられるか、リンドウは危惧した。
其れでも、バレるよりはマシか。自身を知る輩の前くらいでなら努めてみようと男は決心する。
「カバラ、これから世話になるな。」
「なぁに。私としては早く戻ってもらいたいだけさ。其の間の尻持ちくらいは婆に任せな。」
カバラとしては、リンドウに男に戻ってもらいたい。其れが本心だったのだ。
「じゃあ、今日は帰るわ。」
「またな坊。あぁ、後、お前さんを戦力と数えてた手前、流石に祓い屋としての責務は全うして貰うが構わないだろ?」
「バレないように、名前を記さないなら構わない。」
「そうかい。レンカ嬢には私から話しておくよ。」
立ち上がったリンドウに、カバラは最後に話を振った。祓い屋としては此れ迄通りに働いてほしい旨の話。其れと同時に、責務でもあるが、祓い屋として働く事で解呪の糸口を探せという意図もあったのだ。
そうとも知らずにリンドウは呑気に踵を返す。『アイツ本当に解ってんだろうな。』と言いたげなカバラだったが、一先ずは男に任せてみる事にしたのだった。
◆◆◆
「——ハジメ。出てこい。」
暗い部屋の中、和蝋燭の火だけを明かりに煙管を吹かし、カバラが呟く。そうすると、彼女の眼前、下座に突如として人影が現れたのだった。
「はい、カバラ様。」
絶対君主に仕えるように、ハジメと呼ばれた女は頭を垂れる。現代社会では先ず見ない和装の女。ハジメとはカバラの式神の名であり、カバラが名を与えた存在であった。
「どうも少し心配でな。リンドウの坊に気付かれないよう、悟られないよう見張っておいてくれねぇか?」
「……またですか。カバラ様はお優しいですね。」
主にも物怖じせず、ずけずけと言いたい事を言うハジメ。また、という口振りから何度も任じられた事であるようだった。
「なぁに、少し予定は狂ったが変わりはしない。むしろ今の方が私好みさ。」
カバラは怪しく笑うと、煙管の火皿に溜まった灰をとんっと落とした。彼女がそうした素振りをすると、背後の闇からもう一人の式神が現れ、煙管に刻み煙草を詰めて手渡した。
「あぁ……、楽しみだな。坊は
そう言うカバラの表情は、まさに恋する