「今日は皆の大事な時間を貰ってカウンセリングをするわ。ここに皆にそれぞれ割り当てた時間を書いたから、ちゃんと時間通りに来てくださいね」
限界だった。何度もループする一か月余りの短くされど果てしなく長い時に精神は摩耗し心は削られ堆積する苦痛だけが時間の流れに逆らい周期を無視して俺に噛みつく。
この環境の全てが苦痛だった。
終わらない作業の緊張が、鎮圧時の痛みが、胃からせり上がる内容物の感覚が、剣を振るった手首の先が消えていたトラウマが、へそを境に横切りされずり落ちていく体の感覚が、友人の頭が潰れたあの光景が、通信機から叫ぶ声が聞こえず自身の脳天に突きつけた拳銃の質感が、全身が炭化し痛みすらない死が、穴という穴から何かが生えてくる俺が、親友を殺した己の血濡れた手が、何もできず施設が崩壊していく無力感が、土木工事をしていたかつての俺が、パソコン傍らに暖かい飯を食べていた郷愁が、目から泥のように流れる重い涙が、[C҈̧͇͎̣҇̿̒̋͐̈Ę̷̮̜̄́̽͠Ń̷̡̲̱̔̔̕S̶̡̤͍̩̭͔̿̀͊͠Ǫ̵̫̀́͑̽͡ͅŖ̴͔̗̤͔̲̂͌̇̿̚͡E̷̡̛̠̦͖̔͊͗D̵̨͔̞͍̄̐̔̍͠]の[C҉̶E̸N̸̴S̶̵O̸҉R̴E҉D̵҉]に飲み込まれた時の恐怖が、糸で身動きが取れない俺の足が蟲に食いちぎられていく痛みが、訪れる朝が、全員に見送られて胃袋に自らの足で行かなくてはならない絶望が、管理人の声が、誰かの悲鳴が、ファンファーレが、夢に見る四畳半の狭い自宅が、永遠に続く終わらない未来が、遠い過去が、
辛かった。それでも俺は前を向いて戦わなくてはいけない。ただ肉体労働をするだけでよかった、管理人となって職員に指示するだけでよかったあの日々が羨ましくて、希望で、縋りつかんと戦っていた。
まったく阿保らしい。がこの時の俺はまだ折れていなかった。…ただ折れるだけならいいが、なにかが拗れて狂った俺自身を恐れていた。
「こんにちはオリヴァー。私はホドよ。何かこの会社で嫌な事はない?なんでも相談してくださいね」
それでもやはり限界はあった。それがたまたまこのループでホドのカウンセリングの真っ最中に爆発してしまったのだ。誰にも話せずにいたこの世界であっても俺の信じがたいであろう事情。それがわかっていたからこそこの世界でできた友人や親友に話せずにいた絶望を吐露できる、強制的であったからこそ寄る辺のなかった俺はホドという相談相手に出会った。
「うんうん…うん?」
その時の俺は余すことなく、洗いざらいに吐露した。俺がこの世界の住人じゃないことや、この世界を故郷でゲームとして知っている事。
「え、えええ…!?ちょ、ちょっと、話に頭と耳が追い付かな…」
辛い事。苦しい事。死ぬたびに楽になりたいと、終わりたいと願ってしまい心が砕けそうだと。
「助けてくれ」。俺はホドの前で手を地に付け涙を流して大人げなく機械を相手に懇願してしまった。精神的な歳でも十数年、ループを含めてなら下手すりゃ二桁後半も年下の人間ですらない人工生命体に赤子のように泣きじゃくることしかできない俺は酷く滑稽だっただろうな。今振り返れば精神崩壊とみなされ処分されていてもおかしくない軽率な行為だが、実際その時は精神がいつ壊れて銃口を自身に向けても不思議ではない精神状態だったからあながち間違いでもないだろう。
「お、落ち着いて。何を言ってるかそれじゃわからないよ。ほら、涙を拭って、それから深呼吸を…。話すのはそれからでも遅くないはずよ」
「俺は、俺は…!!」
だが結果としてホドは俺を狂人扱いせず話を聞いてくれた。
「しばらく人はこないから、落ち着いて。管理人にも、今日は仕事ができないことを伝えておくから」
ぼろぼろと流れる涙はなかなか止まらずしゃくりあげながらなんとか落ち着こうとする俺の背中に鉄の手が添えられる。
金属の塊に節のような脚と腕。温もりがまるでない人工物特融の機械的な感触。偽善や自己満足の類から湧き出た行動だったのかもしれない。
しかしそれでも、そのとき俺は確かにホドに救われていた。
『なんで私を責めるの!?こんなにみんなの為に動いてあげてるのに…そんな職員は私のチームにはいらない!』
ホドは生前含めていい人格の持ち主だとはいえない。自分の部下の最期に悪態を吐くような奴だ。いい奴なわけがない。
『なにかあったら、すぐ私に言ってね。あんまりよくないけどエンケファリンも私ならあげられますから』
『…けど、うん。エンケファリンの使用はなるべく避けてね。あれは鬱を抑えつけるだけでその反動はあるから』
『仕事を手伝うことはできないけど、状況の説明くらいならできるので』
『一緒に頑張りましょう!』
けど、あいつも自分なりに俺を助けようとしていたような気がする。暗い顔でうろつく俺を見つけては心地いいような、気恥ずかしいような人情を向けて俺に接するホドは確かに"人間"だった。肉体は消滅し泥に汚れた精神だけが受け継がれたとゲームを通して解釈していたが、暴走を乗り越えずとも綺麗になれたんだな、お前は。
『ダメです!いってはいけません!!』
当時の俺はぐちゃぐちゃな心の整理がつかず意思が乱立し動作が痙攣するだけだった。心が常に動き続けて何かをしなくちゃいけない、恐怖心と行動力だけが先行し心が休みを知らず怖がり続ける。狂う日は近かっただろう。
けど俺はその時にようやくホドを通して諦めることができた。…諦めきれず希望へ前進し続ける俺はそこでようやく安寧を得られたんだ。
「ありがとう」
一言だけ残して、もう忘却した何かが起こりそのループは終わって新たな日々に回帰する。その後俺はホドに話しかけることはなく、当然のことながら記憶を持たないホドからも俺への接触はなかった。
捻じれて狂うことも雑巾絞りのようにぎゅるりと心を捻じ曲げられることもなく、静かにぽきっと折れることができた。一進一退もできないこの世界で初めて俺は前に進めたんだ。今の今までその感謝を忘れてはいない。
嫌な奴に戻っているホドを見て俺は二度と周りと交友を持たないと決めた。友人を死なせないとか、片思いのあの子を助けるとか。そんな思いを想起させてはいけない。諦めさせてくれたホドの努力を絶対に無にさせたりはしない。それが何も引き継げない俺のできる精いっぱいだ。
「ああ…」
俺は久しぶりに自分の機嫌が悪くなるのを感じていた。俺が周囲とコミュニケーションを取らないのは、要は怖がっているからだったってわけね。昔の俺は随分と弱かったようだ。願いも希望も、愛情も友情も全て断ち切り唯一背負っていけると願っているかつてあった無い出来事に執着し続けている。まるで自分の弱さを見せつけられているような気分だ。
イラつく。イラつくが…それは俺の心が揺れた証左だ。動作が停止しもう二度と動かないと思っていた心にマッチが投げ込まれる。ちりちりと微かな炎が燃え始めていた。
ならば、今なら希望や愛情を求めてもいいのか?
「…おいおい」
呆れを含んだ驚きが思わず噴き出る。何かを求める人間的な欲求がまだ俺にあるとは思わなかった。自分の言葉ではあるがもう散々諦観に徹したというのにまだ性懲りもなく何かを求めようとするというのか、俺は。
けれど俺は不思議とその思いを否定する気が起きなかった。
服のポケットに突如熱源が発生し熱を帯びる。
それを取り出してみれば今まで決して燃えることのなかった
灰は炎に。希望は絶望に。愛情に執着し続ける誰かの心と俺は何故か同調し始めていた。しかしこの誰かと心を同じにするのははたして可能なのだろうか。
彼女は希望が折られ、周囲の明るさを憎み、得たかった愛情を黒焦げになっても欲し続ける。そのどれもが俺にはない。折れる希望も無ければ明るさにはただ目を細め愛情などもうとうに諦めている。
ただしそれは一つ前の俺の話。かつて少女にあったはずの希望と愛情の欲求は燃えカス同然の俺の心にも再燃し始めていた。
欲しい。
「…それは」
大きく見開かれる眼球に反射して見える俺の姿は轟轟と燃える嵐のようだった。つま先から髪の毛の一本一本まで炎が巻き付き俺を焼いている。だが燃え尽きることはなく灰になることも色を失い黒焦げることもなく俺は俺のままだ。懸念があるとすれば俺の心を身体以上に焼いていることだろうか。だが諦め癖が付きまくっている俺にはちょうどいい。
諦観と怠惰。それらを燃料に欲望を燃え上がらせる。俺はその欲望を悪しき現象と断じて律することもできたが、目をつぶって心に問いかける。俺の欲望は?
救ってくれた彼女へ
希望を
その言葉に少女は、マッチガールは相槌を打つ。手には筒形の
「俺は皆を見捨てた」
回想に囚われる前のイェソドの問いにようやく答える。
俺は情のない人間じゃない。同じ部門の同僚の友人になったこともあれば恋人になったこともあった。しかし真に皆を救うことは不可能だった。誰も殺さず、知人を殺さず、友人を殺さず、恋人を殺さず、全てを見捨てても50日を迎えることはできなかった。知人は処刑弾に殺されるし知らない内に化け物に変貌していた恋人は俺の手で斬ったし狂乱する友人が撃ち殺される光景は何度も見た。だからその理想は早くから捨てた。ホドのこともあって二度と俺は親しい知人をつくらなかった。死なないセフィラ達も少しループを挟めば全てを忘れて友人だった俺の前に立つ。そんな彼らと交友など取るわけがない。彼らが何れ死にゆこうと手を伸ばすことははおろか声をかける事すらしないだろう。
だが、そうだな。
「この炎が燃えているうちは、努力くらいはしてもいいだろ」
恩人の手助けをする程度はな。
軌跡には火災旋風が巻き起こり道中の血溜まりや肉片を焼き焦がしながら地を蹴り廊下を走る。けたたましいアラーム音の中で機械生命体がガトリングガンの銃口を俺に向けるがそれより早く打たれたばかりの鉄のように赤熱する
廊下の端を爆破し開通させ時間短縮を図りながら突き進む。リンゴが根を生やしサンタが闊歩しているが例えそれが壁であろうが幻想体であろうと俺を阻むものは全て燃やす。その思いが武器として再現されていく。大砲のような
廊下の端から端まで射程圏内だ。サンタはその袋の中身もろとも炭化させリンゴは余波のみで焼き尽くした。阻むものは誰もいない。
叫ぶような嘆きが聞こえる部屋の扉が開く。
"みんなが私を必要としてほしいです"
"私が頑張った分だけ職員たちが助かるんです。 でも感謝してくれる職員は誰もいない..."
「ならそれはきっと希望じゃない」
かつてのお前は言っていた。決して拭えない罪をどうにか拭おうと、焦りと罪悪感と偽善で昔に縛られていたと。
『貴方に本気で向き合うって決めた時、わかったんです。私はあなた達を通して過去を見ていたんだって。貴方たちに向き合わず自分のことばかり…。』
ならその焦りを焚べよう。罪悪感を焚べよう。偽善を焚べよう。罪悪感に苛まれ昔に報いる為だと焦りの中行ってきたその行為が独りよがりで自己中心を生み偽善と成って希望への道を絶つというのなら。
「俺はそれを燃料に希望を燃え上がらせる」
触手のような黒い手にマッチを近づける。未だ轟轟と燃えるその火はやがてホドの体に伝播していく。金属でできた体は錆びることも赤く熱せられることもない。その中で絶望の根を燃料に希望を燃え上がらせていた。
「お前は俺を、まっすぐな諦めをもって救った。なら俺はお前に燃えるような希望を…」
それがたとえ偽善だろうと俺は構わない。
ギョロリと俺を睨むホドの瞳が閉じていく。燃え盛る炎は安寧を与えていた。
"最初から私はいい人じゃなかったかもしれない..."
「だから、もう焦らないって決めたんです」
「そうしていけば、私はもっといい存在に成れるかもしれません」
「そうやって、希望を持って生きてみませんか?管理人」
管理人のいる部屋から漏れ出る音を盗み聞きする。俺の用はそれだけだ。
希望をもって生きているのなら、それでいい。
表情さえもわからないがその声音が安らかだった。
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