俺は基本的にセフィラと会話をしない。ひとりで寝てるか時々話しかけてくる同僚と適当にだべるだけだ。例外はそれこそネツァクかケセドくらいだ。
ホドのチームに配属されると強制的に「カウンセリング」を受講させられる。皆のためと嘯いておきながら皆の意思と無関係に行われるその場に俺も何度か行く事があった。うまく騙くらかせばいくらでも薬を寄こしてくれたからな。緑色の麻薬を俺に軽々に手渡すホドはとても嬉しそうな表情だった。愚かしいと思いつつも利用している立場。嘲る気持ちが沸く訳もなくありがとうと一言告げればそれだけで機嫌よさそうにホドは笑っていた。
ただしそれは薬を娯楽にしていた頃の俺の話だ。最近の俺はそれを止めコーヒーかほろ酔い程度の酒に頼っている身。今やホドのカウンセリングはつまらないだけの無駄な時間。「辛くないですか?」「困ったことがあればなんでも私に言ってくださいね」やらなんやら、相手にも自分にも耳障りの良い言葉に相槌を打つだけ。
だから俺のカウンセリングの時間は決まって短い。俺の精神力は実はそんなに多くはないが、いろんな激やばシチュエーションに会いすぎて余程の事じゃなきゃ心が驚いてくれなくなっている。心が太くなったと言うべきか鈍くなったと言うべきか。
だからこうして利害関係なしにホドと俺の関係を見つめてみれば薬を貰っていた時とはまた違った感情が起こる。
嫌な奴。カウンセリングの必要がまったくない俺に向けた視線はつまらなそうだった。
セフィラコアの抑制が必要
「…体がだるい」
新たな朝が来た。人狼ゲームならまだ人狼がいるってことなわけだが、ならさっさと殺してゲームから抜け出したいところだがそうはいかないのがこの職場。狼は敵兼味方だからな。
そして今日の敵は、
「ホドだな」
ホドの性格とは裏腹にセフィラコア抑制はかなり難敵だったと記憶している。イェソドはモザイク、ネツァクは回復不可、マルクトは作業シャッフル、そしてホドは…
誰かの叫び声が聞こえてくる。
システム初期化…
TT2加速…
TT2復元確認
「ステータスの減少か」
俺は今周のループでは他のと比べてあんまりやる気が出ていない。何故なら上層で一番ムズイホド抑制を今回の管理人は上層最後に置いているからだ。
ホド抑制は全抑制中、中層を含めてもかなりの高難易度を誇っている。それはホドがかけてくる異常がこのゲームの仕様と密接に関わっているからだ。
ステータスの異常減少。勇気慎重自制正義の値をクリフォト暴走レベルに応じて-15/-25/-35しそれに応じてランクを下げる。
単純だがこれはクソ厄介だ。例えば今収容されているアブノーマリティの中に[規制済み]がいるが、そいつは見た目がキモすぎて常人じゃ見た瞬間失禁しながらガクガク膝を笑わせて自暴自棄になり作業をほっぽり出させる能力がある。だから本来は胆の座ってるランクV以上の職員に作業を担当させなんとかエネルギーを取り出させているわけだが、ホド抑制により俺らはステータスがめちゃめちゃ下げられている。すると施設にランクV職員がいなくなって誰もそいつ作業できなくなりクリフォト暴走の対処ができなくなって大暴れを許しちまうってわけだな。無論規制済みはALEPHなわけでもし外に出たら俺らには基本どうしようもなくなる。幸い収容室は抑制済みの所にいるから今回はその事態は起きないが。
要はアブノーマリティがよく要求してくる「自制IV以上」とか「勇気V以上」等の条件から外れて色々されやすくなるということだ。戦闘面も貧弱にされるから一度脱走されたら鎮圧するのも一苦労だしな。俺が管理人だったころはクリフォト暴走の鎮静が不可避かつ鎮圧もできない奴に暴走が来ちゃったら職員のいない過疎地域にそいつをおびき寄せて実質いない者扱いにし且つ試練で戦闘面が強い蒼と緑が来ないことを祈ってなんとかしていた気がする。
上層で一番難しい抑制。つまりここでこの周は終わる可能性が高いということだ。今までの苦労も水の泡。だからやる気がでない。俺が少しやる気が出るのはまず最初の難関ホド抑制が終わった後だ。
いやここを超えたらループ抜け出す可能性が高くなるんだから普通はやる気が出るところじゃないのかって?お前は元々毛ほどもやる気の出ない夏休みの宿題にある数あるムズめの問題一つ目にやる気なんて出るのかって話。
それに宿題とかパズルとか、俺が今やっているのはそういう系統じゃない。一度崩れたら終わりのジェンガだ。
ジェンガにも一応終わりはあるらしいが、あいにく俺の手元にあるのは上面のヘリポートが全く見えない程空高く上っているビルのようなジェンガだ。ずっと孤独な俺には一緒に崩してくれる知人さえいないしな。
……………
そこまで考えて思考を閉じる。目を開けて周りを見渡せば紫の壁紙が目に入り忙しく動き回る職員たちがいた。
今日の俺の所属は情報チーム。新たな部門に人が雇用されるたびに既存の部門の優秀な同僚がそこに回されるせいで俺が開いた枠にたらい回しさせられているらしい。まあ、なんにもしないし邪魔しかしていない自覚はあるから当然だが。
「管理人、ジョシュアのパニックが別の事故を起こす前にすぐに確認してください」
置物のようにソファにうずまった状態で目線だけ動かし周りの状況を観察していると誰かがパニくったのかイェソドが管理人に報告をしていた。抑制後なのもあり従来の毒舌さは消えている。
「…何ぼんやりと見ているんですか。貴方が呑気に寝転がっている間にも職員は危機に晒され続けて居るのですよ」
そうでもなかった。ただ好感度が高い相手には毒を吐かないだけだなこりゃ。けどこういう(イェソド
「そうだな。お前のお仲間が超大暴れしてるせいでな。毎回死者ゼロで切り抜けようとする管理人さんはすげーもんだぜ」
文句が言えないなら皮肉を言えばいいじゃない…今は皮肉を言いたい気分だ。しかしまあ改めて思うが感情に揺さぶられる機械もどきを重要な器官として運営する施設って正気じゃないな。しかもセフィラ崩壊したら機能がいくつか消える、とかじゃなくて職権乱用しはじめて殺しにかかってくるんだろ?それを全部いなしつつセフィラといい関係築いてエネルギーを貯めまくろうって、光の種プロジェクト細い道過ぎないか?マジでAは馬鹿だし俺は超可哀想。っぱ現実じゃゲームみたいにうまくいかないもんだな。現に俺が一生閉じ込められてるわけだし。
「この事態の責任に私は関係ありません。むしろこの危機的状況でなにもしない貴方の方に責任の重荷が掛かっているのではないですか?」
「知るかそんなもん。ま、お得意の情報規制じゃこの事態はどうにもなんねえもんな。責任遂行能力のないお前にかかる責任なんてあるわけなしか」
関係性をこう(イェソド
システム初期化…
TT2加速…
TT2復元確認
「また戻ったか」
もの珍しくはない。わざわざ口に出したがここではこれが日常だからな。あくび一つで噛み潰して何事もないかのように起き上がった。
自販機に向かって歩き缶コーヒーを一つ選ぶ。蓋を開けて飲めば何とも言えない雑で安っぽい味わいが脳みそを駆け巡り脳が活性化していくのを感じる。
どうせ今日はまだ始まったばかり。今はまだやる気が出ているが、繰り返す時と終わらない今日にそのうち飽きてこうやって体を上げてコーヒーを飲みに行くことすら怠いと感じてしまうんだろう。
「夢見る流れが脱走しました。いつものように、すぐにそれを抑えてください」
適当にまたドカッとソファに座りこみぼーっとまたも忙しく働いている同僚連中を眺めて過ごす。こういう時、俺は大抵一人で暇を潰すしかない。当たり前だが他の同僚は管理人に指示を与えられて忙しく働いている。俺と仲良くしりとりに興じる暇がある知り合いなんてものはいないともとよりわかってはいたが、いざこの状況になるとやはりひどく退屈だ。
だからこうやって人間観察をしていても目が合う事などほぼほぼないのだが、ふとちょうど報告を終えたイェソドと目が合う。ああこりゃまたマタドガスよろしく毒を吐かれるのかと思っていたが、
「…やはり貴方は時間逆行に影響されていないようですね」
黒い包帯でぐるぐる巻きにされた筐体に付くでかい目ん玉が俺を射抜く。
そういえばこいつらセフィラもそこそこ時間逆行を認識しているんだったな。チェックポイントに戻ってセフィラコア抑制とかの進捗そのままにアブノーマリティの取り直し、とかできたわけだし。
特段隠しているわけでもなかったが改めてそれについて言及されるとどう答えればいいかわからなくなる。そういえばこいつら目線の俺ってどう見られているんだ?俺がもしあっち側なら妙に情報通の謎職員、それともセフィラに似た何か、なんなら幻想体の一種なんじゃないかと疑うだろうが、真実は俺にもわからない。もしかしたらアンジェラなら事の次第を全部把握しているのかもしれないが、残念ながら俺はこの施設にきて一度もアンジェラと遭遇したことがない。ゲームの方じゃ管理人とセフィラの会話の途中で登場したはずだからいないわけじゃないんだろうが…。たぶん避けられてるんだろうな。本気で施設中を、壁とか破壊しながら探し回ったらたぶん見つかるんだろうけどそれしたらアンジェラは今まで黙認してきた俺の存在を敵対存在とみなして無限に撃ち殺してきそうだからなあ。自分と同じく時間軸を跨げる存在って味方のメリットより敵のデメリットのがでかすぎるから俺の方からも干渉していない。そしてこのことをアンジェラは俺がアンジェラを認知していない故だと思ってるだろう。
「先ほどと行動が違う。管理人に命令を受けたのならまた別ですが、貴方はそんな従順ではないでしょう」
「けど他の職員はそうじゃないだろ?周りの職員の動き方の違いで俺が起き上がったりコーヒー飲みに行ったりするかもしれないぜ」
詭弁で返してみるが「確かに!」と納得するわけがなく、まるで俺の言い訳が聞こえていないかのようにまたスピーカーから合成音声を流す。
「貴方、何者なんですか。いままでは無視していましたがその力と能力は一介の職員では済まされないでしょう」
「んなもんどうでもいいだろ。ただそういう役割を持ったネジとでも思っておけよ。お前だって経歴が凄まじい割にここではただの部門統括セフィラだろ」
「…そうですね。私が本当に聞きたいことは貴方の正体などではありません」
ようやく諦めがついたかと思ったがさらに質問を重ねてくるらしく、周囲は抑制でてんやわんやしているであろう時にこいつは未だに口を閉じない。
「何故それほどの力を持っているのに貴方は何もしないのですか。己がもっと尽力すれば少ない犠牲で業務は進むとわかっているでしょう」
そういえばこいつ、冷徹的な口ぶりではあるが意外と職員の被害を気にする奴だったな。抑制中も犠牲やらどうたら言ってたし。*1
俺一人だけじゃ手が足りないから…とか聞きたいわけじゃないだろうな。マルクトん時みたく周りから人手を集めて手取り足取り作業させればいいだけだし。
この手の質問は何万と言われ続けている。それはネツァクだったり、ケセドだったり、仲の良かった同僚だったり、はたまた自分自身に。
だからもう慣れていると、そう思っていたがそうでもないようで俺はまだこの手に対するうまく言い訳が思いついていない。
それは俺の事情を知らない人物にどう説明すべきなのか、という問題だったり。
俺自身が既存の言い訳に納得できていない故だ。
要はどれだけ同僚を救ったとしても全て無に帰す。俺の功績は誰にも残らず誰の記憶にも残らない。そう言いたいのだが俺はそれに自分でもどこか納得できていなかった。俺も不思議でならないが、永久ともいえる時間の中で浸かっているというのに答えは未だ出ていない。
「それを俺がする義理があるのか」
口から転げ落ちた言葉は誰も納得しないであろう理由付け。無論目の前のこいつも追及を止めないようで依然として目線を俺から逸らさない。
「自分でも貴方はこの施設の誰とも交友を取ろうとしない。ネツァクとの関係性も、見ている私ですらわかる程酷く浅いものです。義理といいましたが、それは欺瞞ですね。本当は自分の力を用いても救えない周囲を見ないようにわざと交友を絶っているのではないですか?」
無意識に俺の方から目を逸らす。
なぜの部分はまったく見当違いだがわざと交友を絶っているという部分に俺は何か、心がざわつく。両の足はしっかりと地についているはずなのに揺れ動いているような気がしてならない。まるで体が心に同期しているかのようだ。
「俺は…」
はるか昔に記憶の底に押し込んだ、思い出したくもなかった記憶がよみがえる。
俺は、そうだ。昔…ループし始めて日が浅い頃、俺が二度と友人を作らないと心に決め周囲に無関心になった出来事があった、のか。
その日々が急激に視界を犯し今から離され記憶の今日にたどり着く。
それは奇しくもホドと深く関係する出来事でもあった。
しかし本人は何も覚えていないのだろう。
長いので一旦切り