設定だけで1週間以上も費やしてあれこれ考えていました。
遅くなりましたが、次話も投稿しますのでどうぞ。
本作品では、日本国内に在日米軍基地は存在していません。全て国防軍に統合されています。
・事の経緯・
第二次世界大戦後、日本は連合国軍に負けた為、日本各地にアメリカ駐留基地が設置された。
厳密に言えば、太平洋戦争でアメリカ軍には勝ったけど、総合的には連合国軍には負けたという一般人にはよく分からない状況からだった。
とはいえ、戦後に起きた米軍進駐に反発する声は意外にも起きなかった。
太平洋戦争初期のハワイ占領後から、ハワイから避難しそびれたアメリカ人も日本国民とした影響か、若しくは太平洋戦争終結後からアメリカ人の渡航を許していたからか、または互いに都市爆撃をし合い甚大な被害が双方に出た事もあり、軍も疲弊していた事も関連してそこまで大きな反発が起きなかった。(鬼畜米英という標語も生まれなかったのは、日本軍内部にハーフの将官や外交軍務官が存在していたからだとされている。)加えて、進駐した地域は新たに基地を作った訳では無く、元々あった日本軍基地を同地軍と合同使用だった事も起因した。
第二次世界大戦後、米軍主要進駐拠点
・飛行場 千歳飛行場、美幌飛行場、三沢飛行場、横田飛行場、厚木飛行場、岩国飛行場、嘉手納飛行場、普天間飛行場
・軍事基地 千歳陸軍基地、大湊海軍基地、座間陸軍基地、横須賀海軍基地、首里陸軍基地、那覇陸軍基地
戦後経済が進むにつれ、進駐軍拠点は減っていったが、北海道と首都東京と沖縄に拠点が集中した。(太平洋戦争において米軍との戦闘で直接的なモノは硫黄島しかなかった。沖縄戦の前に戦争終結している。尚、硫黄島における損害から米軍はあらゆる戦線戦力の8割を沖縄上陸に注ぎ込もうとしていたという調査結果が出ていた。)
北海道に戦力集中の要因は主に当時ソビエト連邦を警戒して、沖縄は中華人民共和国を警戒しての事だった。
それから起きた第三次世界大戦中、大亜細亜連合による日本侵攻が相次いだ理由から在日米軍は増強。増強戦力の大半は元在韓米軍(大亜細亜連合に高麗自治区として併合される前に在韓米軍は撤退している)より補填され、一部アメリカ本国軍も含まれた。
しかし、幾つかの侵攻戦、国防軍による防衛戦が行われたものの、その過程で多くの在日米国人が戦闘に巻き込まれると、アメリカは日本を非難。ネット上に戦闘に巻き込まれた者が所有していたと思われるビデオカメラが発見されると非難は一時集中したが、複数のビデオカメラの発見と街中の防犯カメラ映像の解析から避難を促す国防軍の制止を振り切って戦闘を撮影しに行った複数の外人男性の姿と、その後の状況が映し出された。
無論全てネット上に流出した情報で、防犯カメラ映像がビデオカメラの映像と角度が違うだけで同じ状況を映した映像である信憑性が取れた上、この外人数人の所為で大勢の民間人を危険に晒したとして非難の的は日本政府から外人達にひいては率先して非難するように仕向けていたアメリカ政府に向いた。
また、日本国内でも在日米軍各基地から出撃すべきと声を上げる在日米軍士官が続出したが、最終的に本国からの許可が下りない限り、防衛戦参加は認められなかった。
だがある時、それは唐突で誰も予期せず、いきなりの発表だった。
『アメリカ政府 在日米軍 切り捨て』
世界の警察アメリカ、を魔法の発達と共に維持出来なくなった等と言う理由で撤退の指示も無く、無秩序に海外の自国戦力を切り捨てたのだ。切り捨てられたのは日本以外にはドイツ、イタリア、イギリス、ノルウェー、イスラエルの米軍基地戦力でそれ以外は事前撤退が完了していた。
それは用意周到にして計画的な行動で、同基地に所属していた軍人等の国籍を一切抹消。二度と祖国の土を踏ませないという行動を取った時の大統領の決定に非難は相次いだが、当時大統領への高い人気とアメリカのアメリカによるアメリカだけのから北アメリカ大陸の北アメリカ大陸による北アメリカ大陸の為の政治を実施などとスローガンにして周辺国を吸収して僅か半年で北アメリカ大陸合衆国(USNA)を成立させていた。その間の日本等に取り残された元友軍に対する対応は無視に一貫した。日本政府も当初は対応に困ったが、先の侵攻もあり、防衛力に不安を抱えていた国防軍からの提案を政府は飲み、元在日米軍戦力国防軍化を推し進めた。
当然ではあるが元とはいえ、在日米軍の陸海空各トップは難色を示したが、大使館を通じても取り合わない元祖国より、誠実で長い間過ごして来た隣人が手を差し伸べて来ているのに払うのは愚者のする事だと対応を一変。日本政府の提案を受け入れ段階的に国防軍への加入とそれに伴い、在籍軍人、並びにその家族、関係者の日本国籍の取得を優先的に受けた。
そして在日米軍が完全に国防軍に編入されたのは、切り捨て発表から1年8カ月経った後だった。だが、その時になって思い出したようにUSNA大使館の対応が変わったと国防軍統合陸軍(在日米軍のこと)中将は言う。
「今からでも遅くないから祖国に帰還せよ、と言われた時は気でも狂ったかと思った。散々コケにしてくれたくせに何の変化があったにせよ、国防軍としてこれから動く事に変わりは無いし、何より親日的な我々を見くびり過ぎたのだ、合衆国の連中は。」
大使館の大使どころか大統領特使まで送って元在日米軍の撤退を宣言したものの、それに従う部隊は一分隊たりとて無かった。大統領が来訪して呼びかけたりしたものの、帰順するという者は出ず、それどころか大統領の演説中に、
食事する者、ボードゲームする者、携帯ゲームする者、読書する者、寝る者、別の会話をし出す者、誰も彼もが大統領相手にしっかりと聞いている者は居なかった。将官、佐官クラスでさえ、下士官と交じって食事をしたり遊んだりしている始末なのだからどういう状況かはお察し付くだろう。
説得が無理だと判断すると、今度は兵器類を返還するように日本政府を経由して通達してきた。戦車や戦闘機もそうだが、大きい物で海軍の原子力航空母艦がそのまま日本の物になっている状況を良く思っていない為、即時返還を求めてきたが、統合海軍トップが
「返して欲しかったら、移動の為の人員と燃料を寄こすんだな。」
と、挑発。航空兵器、陸上兵器、海上兵器、全てを動かし、輸送するコストが見合わないとして結局は見捨てた彼らの慰謝料代わりだと言ってそれ以上の関与をしなかったという。
在日米軍から国防軍統合軍集団という変わりようとなったが、名称以外で現場に混乱は無かった。変わった事がそんなに無かったからだとされている。元在日米軍基地は国防軍基地として統合されており、2090年でもその面影を見る事は可能である。
ただ、現在までも言われているのが、本国に有った大多数の戦力を日本へ移したのは元から切り捨て予定だったのでは無いか、魔法戦力拡充の為の贄となったのでは?とインターネット上では囁かれているが真偽不明のままだ。
統合軍集団 戦力(2090年時)
統合陸軍 主戦力
・第1ストライカー旅団
・第2ストライカー旅団
・第16戦闘航空旅団
・第40機甲連隊、第21歩兵連隊
・第593兵站コマンド
・第2歩兵師団
・第37戦域支援連隊
・第65医療旅団
・第10支援群
・第1陸軍航空大隊
・第5工兵連隊
等
統合海軍 艦艇数並びに航空団
・原子力航空母艦 2隻
・航空母艦 1隻
・ミサイル巡洋艦 4隻
・ミサイル駆逐艦 18隻
・戦略型潜水艦 10隻
・原子力潜水艦 3隻
・強襲揚陸艦 7隻
・揚陸指揮艦 1隻
・その他支援船 28隻
・第7空母航空団(VFA-25、VFA-103、VFA-106、VFA-206、VAQ-121、VAW-24、HSM-64、HMS-47)
・第5空母航空団(VFA-606、VFA-124、VFA-31、VFA-84、VAQ-76、VAW-42、HSM-58、HMS-97)
・第6空母航空団(VFA-28、VFA-66、HSM-44、HSC-27、HSC-172、HSC-173、HSC-187、HSC-97)
統合空軍
・第36戦闘航空団(FB-22、F-35D)
・第42戦闘航空団(F-26SW、F-30)
・第18航空団(F-24ダークスター、)
・第322空輸航空団(C-51)
・第870航空機動団(AH-20YGヘロン、MH-60Lペイヴホーク、MV-24セイカー)
・第227爆撃航空団(B-5ヴァラー)
各軍特殊部隊
・グリーンベレー(1個中隊72名全8個中隊)
・第75レンジャー大隊
・デルタフォース(3個中隊)
・SEALsチーム(8個小隊)
・第160特殊作戦航空連隊第1大隊
・特殊作戦舟艇チーム(3チーム)
・
・
陸軍戦力の数が多く、またUSNAに統合した際も多くの陸軍戦力を刷新し解隊や解散している事から、日本国内に移動した軍戦力は本国に戻っても解隊の可能性が高かったのではないかという専門家の意見が出ている。また表記には無いが、USNA成立後解隊となった部隊員が日本に多数渡航し、国防軍に編入されているという報告が相次いでいる状況でUSNAは編入した元軍人に帰国せよと命令を達しているという(大半が命令拒否、一部が情報横流しの為に帰還したとされている(その一部が軍事情報旅団所属だった者だと噂されているが真偽不明))。
原作と異なるのは、在日米軍が統合軍となったという事です。
尚、統合軍の9割以上が親日派になっている上、日本国内における事件事故に関しては積極的に捜査協力しており、本国から関わるなという命令も無視して行動を起こしていた為、国防省と在日米軍との間に一定の溝がありました。
在日米軍人が事件を起こして基地に逃げ帰ると治外法権により手出し出来ないという状況で基地憲兵隊が被疑者を拘束後、日本の警察に引き渡したりした為、溝が深くなり、最終的に切り捨てられたとも言われているという。
在日米軍基地が無くなった事により日本国内で罪を犯したUSNA人の退避場所が大使館しか無くなった事と、治外法権の権限が弱くなったことも起因して日本国内での外国人による犯罪発生件数は激減したとされている。