美少女に転生したので配信者になりますっ! 作:Senana..
12月・オーストリア -- ウィーン
頬をかすめていく風が冷たく外に出るのも億劫に思い始める12月、グレーのニット帽に焦げ茶色のサングラスをかけた少女、七海七瀬はその姿でなお美しさをオーラとして周囲に漂わせながら、音楽の都・オーストリアのウィーンの街中をある場所に向かって歩いていた。
「ここらへんかな。お、あったあった」
白く堅牢な壁でできた歴史を感じさせるその建物は、この街の警察署である。
今日の俺は、ここオーストリアでストリートライブを行うため警察署の許可を得に来たのだ。
街を歩くと道端で演奏している人をよく見かけるが、正式な許可をとって演奏している人はほとんどいない。警察官たちもそれを黙認している状況だが、俺のような世界的な知名度のある存在がそれをすることはできない。告知をしてライブをするわけではないが、相当な人数が集まるだろうことが予想されるからだ。
俺は白い柱で囲われた入り口をくぐり、警察署の中へと入った。
「やあ、お嬢さん。ここへどんな用かな?」
警察署の入り口から右奥、一般向けの窓口であるカウンターにやってきた俺は、窓口にいるスっと通った鼻筋が凛々しいワイルドな雰囲気のお兄さんに声を掛けられる。
「こんにちは、今度ストリートライブをしようと思っていて、ここで申請すれば許可を得られると聞いたのでやって来ました」
俺はここへ来た目的をお兄さんに告げる。
「なるほど、路上演奏の申請だね。たしかにここでは場所と時間は少し指定させてもらうけど、許可を出すことができるよ。でもね、それにはひとつ必要なものがあるんだ。それがないと正式な許可を出すことができない」
お兄さんは人差し指をピンと立てて言った。
「必要なもの、ですか?」
「ああ、ライセンスだよ。それもここで申請してもらえれば取得することはできるんだけど、すこし審査があってね。たとえば音楽大学で学んでいることを示す学生証や卒業証明書、演奏技術の証明となるコンクールなどでの賞状などだ。
この街で正式な許可を得てストリートライブをするには、この審査を受けてライセンスを取得したうえで、演奏許可の申請をしないといけないんだ」
さすが音楽の都、ストリートでの演奏でもクオリティが低いのは許さないということか、と俺は感心していた。
「少し面倒だし条件もあるから、この街でストリートライブしている人のほとんどは許可を得ずに演奏しているかな。ほんとはよくないんだけど、なんせ数が多くてすべてを管理できなくてね。それに、ストリートライブをしようとするぐらいの人たちは一定の技量があるから黙認されてるんだ」
「なるほど、まずはライセンスが必要なんですね」
「ああ、お嬢さんは高校生くらいに見えるけど、なにか審査に提示できそうなものはあるかな?初めて聞いたならいまは何も持ってないだろうし、家から持ってくるならまた後日にするかい?」
ふむ、つまり俺が一定以上の技術を持っていることを示せる何かがあったらいいわけか。
「お兄さん、それはなにか書類とかでなくても、ちゃんと演奏できることが実績として分かればそれでも大丈夫ですか?」
「ああ、まあすでに音楽家として活動していたりして分かりやすい実績があるならそれでも大丈夫だと思うけど、お嬢さんは歌手か何かかい?」
お兄さんは俺の方をみて首を傾ける。
ちなみに俺は今もニット帽とサングラスをかけたままの姿なので、この状態だと七海七瀬だとは分からないだろう。日本ではこの格好で屋内に入ったりすると"怪しいヤツが来た"と訝しむような目を向けられたものだが、海外では日中だとサングラスをかけて過ごしている人が割と多いので、あまり目立つことはない。
「ふふふ、それならこれで大丈夫ですかね?」
俺は、かぶっていたニット帽とサングラスを外してお兄さんに素顔を見せた。
「……。っはあああ!?!?お、お嬢さん、あ、あ、あの七海七瀬ちゃんだったの!?」
俺の顔をみたお兄さんは目を真ん丸にして大声を上げた。
その声を聞いた周囲の警察署の人たちや、やって来ていた一般人の人たちも俺の方をみて騒ぎ始める。
「ちょっと、お兄さん、あんまり大きな声で言うから皆さんにバレちゃったじゃないですか、もう」
俺は少し困った顔を作ってお兄さんに言った。実際はまったく困っていないが。
「あ、ああ、すまない!奥の応接室に案内するから付いてきてくれ」
お兄さんはそう言って窓口のカウンターから出ると、横にあった通路を進んで俺を応接室に案内した。
ーーーーー
「ほら、これがライセンスだ。本当は10分やそこらで渡せるようなものじゃないんだけど、七瀬ちゃんは調べたりしなくても実力が明らかだからね。審査に時間をかけずに済んだんだろう」
お兄さんは応接室にやってきた別の職員の方から書類のようなものが入ったファイルを受け取ると、俺の前にある机の上に、俺の名前が書かれた隣に大きな印鑑の押されている小さいなカードを置いた。
「ありがとうございます。この後も寄ろうと思っている場所があったので、早く発行していただけて助かりました」
俺は机に置かれたカードを手に取り財布にしまう。
「いやいや、世界的スターである七瀬ちゃんをこんなところで事務作業に手間取って長時間拘束するわけにはいかないからね」
お兄さんはそう言って机に置かれたコーヒーに手を伸ばす。
「それと、演奏の場所や日時についてだけど、まず場所はケルントナー通りにあるシュテファン大聖堂の前の広場でどうかな」
お兄さんはコーヒーを1口飲むと、演奏の場所についての話題に移った。
「えっ!あの広場で演奏させていただけるんですか!?」
俺はお兄さんの口から出たシュテファン大聖堂の名前に驚いた。ケルントナー通りというのはこのウィーンでは特にストリートミュージシャンの多い通りなのだが、その途中にあるシュテファン大聖堂はここウィーンのシンボルとも言われる大聖堂であり、有名な観光名所のひとつなのだ。
その大聖堂の前にある広場は連日たくさんの観光客で賑わっており、ここで演奏出来ればたくさんの人に見てもらえることは間違いないのだが、ここで演奏するには必ず許可を得る必要があるうえ、滅多なことでは許可をもらえないのだ。
「ああ、これは上からの提案だから間違いないよ。それに、最低限あれくらいの広さがないと、ゲリラでの演奏とはいえ人が集まりすぎてパンク状態になるだろうからね」
「あんなにいい場所で演奏させてもらえるなんてすごくありがたいです。ちゃんと許可を貰いに来て正解でした」
俺は思ってもみなかった最高のステージをもらえた嬉しさで口角を無意識に持ち上げながら言った。
「ははは、それは良かった。というか七瀬ちゃんが俺たちに知らせずにライブなんて始めたら通りが人で埋まって大混乱になっていただろうね。その混乱を収拾することになっていたかもしれないと思うと、君がここに来てくれて本当に良かったよ」
お兄さんは俺が無断で演奏を始めていた場合のことを想像したのか少し苦笑いを浮かべてそう言った。
「あと、日時については来週以降ならいつでも大丈夫ということになったよ。ただその代わり、いまこの場で決めてもらいたいんだ。当日は相当な数の人が集まるだろうから、警備や交通整理の人員を集めないといけない」
なるほど、俺が演奏しようと思うとそういった人手も必要になるのか。
"今は知名度があるからちゃんと許可を取った方がいいよな"という軽い気持ちでこの場にやって来ていた俺は、思っていた以上に多くの人の手を借りることになるということで、自分の人気と影響力に対する認識を改めたのだった。
「音楽の都といわれるウィーンの街で演奏してみたいなという軽い気持ちでやって来たのですが、たくさんご迷惑をお掛けしてしまうようで申し訳ありません」
俺はそう言って頭を下げる。
「いやいやいや、全然いいんだよ。無断で演奏してる人が多いなかこうやって前もって来てくれるだけでありがたいし、これも俺たちの仕事だからね。
それに、俺たちにとってはここでデスクに座って書類仕事してるよりもよっぽど良い仕事だし、持ち場によっては七瀬ちゃんの演奏も聴けるだろうから全く迷惑なんかじゃないんだ。気を遣ってくれてありがとう」
お兄さんは優しい笑みを浮かべて言った。
ハンサムな人の笑顔は精神が男の俺からみてもかっこいいな、と俺は思った。
「ふふ、そう言っていただけて気が楽になりました。それじゃあ演奏の日時ですが、10日後の12月24日の18時でお願いしたいです」
俺はここに来る前から"このタイミングで演奏できたら最高だな"と考えていた日時を伝えた。
「おお、クリスマスイブだね。分かった、申請しておくよ。楽しいイブの夜になりそうだ」
お兄さんは手に持っていた手帳に俺の言った日時をメモすると、そう言ってまたハンサムスマイルを浮かべたのだった。
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「ピアノのレンタルですね、申込用紙を持ってまいりますのであちらにお掛けになってお待ちください」
お店に入ってすぐ俺を出迎えた、丁寧に整えられた口髭がトレードマークの店主と思しきおじさんは、そう言って店の奥に入っていった。
俺はいま、警察署の次の目的地、ピアノ専門店にやって来ている。今回のストリートライブのために、グランドピアノのレンタルをしに来たのだ。
しばらくすると口髭のおじさんがカタログのようなものと書類を持って戻ってくる。
「お待たせしました、まずこちらが当店で現在貸し出し可能なピアノのカタログになります。この中からお好きなものを選んでいただいて、こちらの用紙に番号をご記入ください。
それと、別料金にはなってしまいますが、ピアノの運搬もこちらで承れますので、ご希望の際はお声かけください」
おじさんは店の窓際に置かれたテーブルの俺の前に座ると、カタログと申し込み用紙を広げて説明をしてくれた。
「わかりました。ピアノを選ぶのに少し試奏させていただいてもよろしいですか?」
ピアノのメーカーや種類に詳しくない俺は善し悪しを弾いて確かめるしかないので、おじさんにそう聞いてみた。
「もちろんです。レンタル可能なピアノを案内しますので、一通り試奏なさいますか」
「はい、お願いします」
俺はおじさんの言葉に頷くと、店内のピアノを試奏してまわった。
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「いやはや、本当に驚きました。お若くて可憐なお嬢さんが1人でピアノをレンタルしに来られたかと思えば、試奏すると言ってサングラスを外したらあの七海七瀬さんだったんですから…」
試奏したなかで気に入ったピアノの前に座り、お気に入りのクラシック曲のフレーズを少し弾いてみた俺は、ピアノの横に立って拍手をしている口髭のおじさんの言葉に笑顔を向ける。
「ふふふ、驚かせてしまい申し訳ありません。普段からサングラスで顔を隠して過ごしているのであまり意識していませんでした。それとこのピアノ、すごく気に入りました。これを是非お借りしたいです」
俺は目の前のピアノの鍵盤を優しく撫でながらそう言った。
「いえいえ、あなたほど知名度のある方では仕方のないことでしょう、私はこうやってお会いできたのを光栄に思います」
おじさんは嬉しそうに笑顔でそう言った。
「それで、こちらのピアノですね。七瀬さんのタッチにとても合っていて良いと思います。申し込みの用紙にはO-12とご記入ください。
貸し出しまでに1度調律を済ませておきますので、次演奏なさるときは今よりさらに和音の響きが豊かになると思いますよ。貸し出し日時や運搬についてはどうされますか?」
「はい、運搬をお願いしたいと思っているのですが、12月24日の18時にシュテファン大聖堂前に運搬をお願いすることはできますか?」
俺は用紙に"O-12"とピアノの番号を記すと、顔を上げておじさんの方を見て言った。
「シュテファン大聖堂前ですか!?しかも24日!これはこれは…そこで演奏なさるということはきちんと許可も取られているということでしょうし、ははは、これは年末に大きな仕事が舞い込んできましたな」
おじさんは"シュテファン大聖堂"の名前に、本日二度目の驚いた顔をみせた。
「はい、きちんと警察署の方からも許可をいただいていますし、当日は周辺の警備などに何人か人員を割いてくださるそうです」
「いやいや、すごいですね。たしかに七瀬さんほどの方であればあの場所は相応しい舞台かもしれませんね。当日に七瀬さんがご自身の音楽を表現できるように、しっかりと整備させていただきますね」
おじさんの、暖かい雰囲気ながらも真剣な顔でのその言葉に、俺は微笑んで"よろしくお願いします"と返したのだった。