ヒスイカズラは今日も咲く 作:いわば体液
主人公の体温36度:実質人間
アクティの水温28度:実質温水プール
「はぁ……暑い……暑すぎる……7月だとしてもこの気温は異常だ……おかしいだろ本当に……」
家の中に置いてある植木鉢に日課の水やりをしながら、昨今の異常気象に対して恨み言を言う。借り家のこの家は小さいながらも一人暮らし学生の俺だけでは完全に持て余すものであり、俺の言葉を聞いてくれるのは植木鉢ですくすく育つヒスイカズラだけ……
『暑い……暑い……暑いよぉ……』
ではなく、この家には奇妙な同居人が居る。
『溶けちゃうよぉ……』
「どうせ溶けるなら植木鉢の上で溶けてくれるか?」
『……ひどぉい……』
奇妙な同居人は俺が持つデュエルモンスターズのカード、その中の1枚である『氷水のアクティ』に描かれている少女と同じ姿をしている。彼女は決してコスプレをした人間ではない。かといって俺の妄想が見せる幻覚でもない……と思う。
彼女は自分のことをカードの精霊だという。
大切にされたカードには精霊が宿る。
そんなのはこの世界で生きる人間ならば誰もがよく知る都市伝説、噂話、ネットのオカルト、つまりは御伽話だ。だが、こうして自分の目の前には意思を持って会話もできる『氷水のアクティ』が居るのだから御伽噺と切って捨てることはできない。
俺にとって彼女は確かにここに存在しており、なんだかんだ結構長い時間を共に過ごしてきた友人でもある。
『エアコン点けようよ~。ヒスイカズラちゃんもそう言ってるよ』
アクティはそう言いながら俺が水をあげていた植木鉢を指さしている。
本来ヒスイカズラはフィリピン原産の植物であり、寒さにはめっぽう弱いが暑さには強いとされている。しかし、フィリピンの平均気温は一年を通して30度前後であり、今年の異常な暑さも耐えられるかは俺は知らない。
「このままだと冗談抜きに死にそうだからエアコンを点けるのは賛成なんだけど、こいつは大丈夫なんじゃないかな?」
ヒスイカズラの花の一つをつつきながらそう言った。
ヒスイカズラの開花時期は本来3月から5月頃であり、かつ一つ一つの花の開花期間は非常に短いため、7月まで花をつけているという事は基本的に無い。
だが、アクティが現れてからうちのヒスイカズラに何かが起こったのか、一年を通して咲き続ける異様な植物に変質してしまったのである。そんな謎のヒスイカズラへと進化を遂げたうちの”ヒスイカズラちゃん”が異常気象に負ける所が想像できなかった。なんなら庭に植えても普通のヒスイカズラなら出来ないこの国での冬越えもしそうな気がする。
本当に何が起こったんだろうね。彼女に聞いても知らぬ存ぜぬ記憶にございませんで原因は結局不明のままだ。
『は~や~く~は~や~く~』
さっさと動き出さない俺に業を煮やしたのか、彼女は俺の肩に顎を乗せながら小声で囁いてくる。
いつもなら傍に近づくとひんやりするアクティの体も今日の暑さのせいか何とも言えない生温さを肌に感じる。人肌のように温かい訳ではないのだが、さりとて冷水かと言われると肌を刺すような感じはしない。それはまるで温水プールのような程よい温度感と言った所だろうか。
「はいはい。温水のアクティさん」
『誰が温水か』
リモコンの冷房ボタンを一度押し、しばらくするとひんやりとした心地の良い風が部屋の中へと吹き込んでくる。
『ああ~生き返るぅ~』
彼女が持つ原始的な模様を宿す髪がエアコンの風によって靡かれることで一層の清涼感を演出してくれる。髪と一緒に彼女の頭に付いている角? 頭飾り? の様な何かもピコピコと動いている。アレが彼女にどういった作用を齎す器官なのかは永遠の謎である。何度聞いても教えてくれないのだが、何か秘密にしたい理由でもあるのだろうか?
「……」
と、アクティはエアコンを作動させてから割とすぐに体が冷えたらしいが、人間の俺はそうはいかない。
さっきまで肌に張り付いていた汗が気化して頑張って体温を下げようとしてくれているのは感じるが、残念ながら快適さを感じるまでには未だ至らない。
『まるでイニオン・クレイドルに居るみたいね~』
アクティはさらに扇風機の前に陣取ってエアコンから出た冷風を効率よくその身に浴びている。
足を投げ出してぺたりと座り込んでいるその姿はもはやただの暑さを凌いでいる人間のようにしか見えない。
「…………」
すぐ傍に露骨に涼しそうにしている涼しそうな奴が目の前に居るものだから、いたずら心2割と涼しくなりたい欲8割の考えで俺は彼女の背後に回り込んだ。
「あ、冷たくて気持ちい」
『わひゃ!?』
出来るだけ広い面積で触れられるように頬をアクティの背中にぴったりと当てる。
この表現で本当に良いのかは疑問だが、思った通り彼女の体はすっかり冷たくなっており、頬を通して気持ちの良い冷たさが伝わってくる。
「おごっ!」
『あ、ごめん』
そんな心地の良い冷たさを楽しめていたのはほんの一瞬であり、次の瞬間には床に激突した痛みで俺の頬はジンジンと熱を持っていた。
『びっくりして透かしちゃった』
「……痛い」
カードの精霊である彼女は普通の人には見えないが俺には見える。そんな彼女だが、俺に見える状態の時でもさわれる時とさわれない時がある。
基本的に彼女は見えもしなければ触れもしない精霊であるのだが、何らかの方法で「ぬんっ!」と気合を入れれば彼女のことを見ることが出来る俺となら接触が可能となるらしい。
つまり、ふとした瞬間や気を抜いた時等は俺は彼女に物理的接触が出来なくなる訳で、ある程度体重をかけていた俺は重力に導かれて彼女の体をすり抜け、その先にある床に対して熱烈な頬ずりをしたという事になる。
『ぬんっ!』
足を前に投げ出して座っていたアクティの後ろから俺は前に倒れこんだ。その位置関係から現在の俺の頭の位置は彼女の臀部から大腿部にかけてめり込むようにしてある。この状況を見ることが出来る人が俺以外にも居たらそれはそれはさぞ愉快な光景となっているだろう。
話を戻して、そんな状態でありながら彼女が実体化するとどうなるか?
「ごぼぼぼぼぼぼぼ!?」
『何やってるの?』
「……気にするな」
暑さでどうにかなっていた頭は皮肉にも一連の流れですっかり冷えており、俺は冷静にアクティに埋もれた頭を引き抜いて起き上がる。
女性の太ももに溺れて死ぬというのは特定の男達にしたら夢の様な状況だろうが、そんなことを気にする間もないくらいに普通に苦しかったので俺はそんな馬鹿な夢は抱かないと心に決めた。
「はーあ。俺もイニオン・クレイドルに行けたら夏の暑さから逃れられるのになぁ」
『駄目駄目。普通の人間のあなたが行ったら一瞬で全身が溶けて氷水に帰っちゃうわ』
「……イニオン・クレイドルってそんなに怖いところなの?」
氷水のフィールド魔法カードとして描かれている『氷水底イニオン・クレイドル』はアクティ達の故郷である。そこは豊富に存在する水のお陰で非常に涼しそうな土地である。そんな場所に遊びに行ければ避暑地として最高だろうと思ったのだが、イニオン・クレイドルにそんな恐ろしい設定があったっけ……?
確かあのカードにはエクレシアと竜化が解けなくなったアルバスが描かれていたはずだが……あっ、エクレシアは聖女だし、アルバスはドラゴンだしで普通の人間ではないな。
『さ~ね~』
「まあ、アクティがそう言うならそう言う事にしておくか」
俺は少しだけ行ってみたいと思っていたイニオン・クレイドル行きを即諦めることにした。流石に全身が溶けてしまうのは御免こうむるのである。
「じゃあせめて、この暑さを何とかするためにアレ頂戴」
『しょうがないなー』
「よっしゃ」
俺は彼女の承諾を得られたので急いで部屋から台所へと向かい、コップ一杯の麦茶を汲んでくる。普段なら彼女の気まぐれでしか得られないアレを貰えるというのだからこれはラッキーだ。
部屋に戻るとアクティは首にかけている金属製の吹き具を口に咥えて一つのシャボン玉を作り出す。
シャボン玉は吹き具から離れるとフワフワと辺りを漂うが、天井まで届くことも無ければ床に落ちることも無く、自然に割れることも無い。
薄く凍っているそのシャボン玉はその場でフワフワと浮き続けている。
「よっ、と」
そんなシャボン玉を俺は優しく手で掴むと麦茶が注がれたコップへと投入する。
そして、その麦茶をゴクリと一気に喉へと流し込む。
「ぷはー!」
アクティが作ってくれた凍ったシャボン玉で冷やされた麦茶が今日も美味い!
それは俺と精霊と”ヒスイカズラちゃん”が過ごすなんて事の無い夏の一幕。
大体のトラブルはデュエルで片が付くし、デュエルを専門に教える学校があるし、警察はデュエルで犯罪者を拘束するし、リアルソリッドビジョンを使った興行が盛んだし、AR、VR技術も発達している。
そんな世界。
ちなみに、人知れず何度も世界滅亡の危機に瀕したことがあるらしい。
気が済むまでこそこそ書くよ。