ヒスイカズラは今日も咲く 作:いわば体液
アクティ:道に迷ったら歩き回るタイプ
エジル:道に迷ったら現地の人が優しくしてくれるタイプ
アクティを引き連れてホールへと飛び込んだ俺達は、しばらくの間重力に従って紐無しバンジーを強制される事となった。
「うわああああああああああ!!!!」
『落ちてるうううううううううう!!!!』
ホールの向こう側から声が聞こえて来た位だからすぐ向こう側に誰かが居る=足場があると考えていたが、実際にホールを越えてみると俺達が放り出されたのは前後左右はもちろん上下すらあやふやな大空だった。顔面にぶち当たる空気の壁のせいで満足に目も開けられない状況だが、なんとか周囲を観察してみると地上には広大な森が広がっているのが分かる。このまま何もせずに地上まで落ちてしまえば口に出すのも憚られる程見るも無残な姿になってしまうのは必至。
「ア、アクティ! 何とかして~~~!!」
アクティの手を握っている俺の右手には身体中の水分が抜けきるんじゃないかと云うほどの汗がにじみ出ている。
『もう! 仕方が無いんだからっ!』
彼女はそう言うと持っている杖を地面に向けると、その杖の先から螺旋を描きながら緩やかに地面に届く水流が現れた。俺達はその水流に乗る事でなんとか地面に激突するという惨事を回避する。
ウォータースライダーを滑るようにして降りたため、身体中びしょ濡れだが死なずに済んだのだからこの程度安い物だ。
「あー、今が冬じゃなくて良かった……」
人間界とホールの向こう側の世界で季節が同じなのかは分からないが、少なくともこの場所は水に濡れても凍えてしまう事は無いくらいには温かい。これが真冬だったと考えると……風をひいてしまうだろう。
『全く……無策でホールに飛び込むなんて、信じられない……』
「アクティが居てくれたじゃないか」
『……それはそうだけど』
「何にしても助かったよ。ありがとう」
『どういたしまして』
「……あれ? 俺達がこんな目に遭ったという事は、エジルちゃんは大丈夫なのか!?」
俺やアクティが大空からのフリーフォールを強いられたように、先にホールに落ちたエジルちゃんも同じ状況に陥っている事に気が付いてしまった。
『まあ、大丈夫でしょう。あれでエジルちゃんは優秀だから。私で何とかなったのだからきっと無事だよ』
「そうか? じゃあひと先ずは安心か」
アクティによってエジルちゃんに一先ず心配は無い事が分かったため、改めて周囲の観察をしてみる事にする。そこには見渡す限り木と草で覆われた正しく森と呼べる環境だった。
先程まで居た自然豊かな渓流とは違うタイプの自然。木々が多いというのは同じだが、渓流傍の森林は太陽の光を良く通して明るかったのに対し、この森は木の葉が生い茂り陽の光がほとんど届いていないため薄暗い。
空に居た時に陽が昇っているのは確認できたため今は昼間なのは確実のはずだが、この森の中ではそれも疑ってしまいそうだ。
「アクティはここがどこだか分かるか?」
『うーん、私はイニオン・クレイドルの外の事は余り詳しくは無いから何とも……少なくとも、こんなに暗くて深い森がイニオン・クレイドル近くにあるなんて話は聞いた事が無いなぁ……。氷水儀で外の様子をよく見ていたトレモラさんなら何か分かったかもしれないけど』
「そうか。まあ、俺だって近所の地理を全部知ってるかと言われた知らないし、仕方ない」
とにもかくにも、ここがどこかに関わらず、行方不明となっているエジルちゃんを探し出して人間界に帰還するのが目的だ。この場所がどういった場所か分かれば危険の予知もしやすいと考えたが、情報が無いなら慎重に行動すればいいだけの話。
「エジルちゃんがどこにいるかとか分かったりするか?」
『ムリ。コスモクロア様かエジルちゃんだったらそう言う事も出来たかもね』
「その本人が迷子じゃ話にならないな……」
こんな深い森を歩いた経験が無い為不安はあるが、足で探すしかないみたいだ。
「とりあえず、ここを中心にして周りを捜索していくか。エジルちゃんもこの近くに落ちた可能性が高い。それに、エジルちゃんがアクティの気配に気が付いてこっちに来てくれるかもしれない」
『そうだね。さっさとエジルちゃんを見つけて、さっさと帰ろ……って、うわあ!』
「アクティ!?」
気を付けながら進もうと思った矢先にこれである。
突然聞こえて来たアクティの短い悲鳴に驚き彼女の方に視線を向けると、そこには誰も居なかった。いや、正確には直前までアクティが立っていた場所に人が一人は余裕で入るほどの大きな穴が開いていた。
「これは、落とし穴?」
俺自身も落とし穴に落ちない様に注意しながら穴の縁まで近づき、中の様子を見て見ると、底に溜まっている謎の液体と何だかいつもよりねっとりしているアクティが居た。
「おーい、大丈夫か?」
『うえ~……なにこれぇ。気持ち悪いぃ……』
アクティの身体は氷水から作られているため、オレンジジュースと混ざればオレンジ色に成り、炭酸と混ざればパチパチはじけたりする。そこから考えるに今のねっとりしているアクティは落とし穴の底に溜まっている謎の液体に触れた事で何らかの変化が起こっているのだろう。
アクティが落とし穴に落ちる前に落としたのであろう彼女の杖を拾い、俺は落とし穴の中に居るアクティが掴めるように向けてやる。
「ほら、これで登ってこられそうか?」
『おっけー』
アクティが彼女の杖をしっかり握ってから落とし穴の壁に足を掛けた事を確認すると、力いっぱい引き上げて彼女が穴から脱出出来るように補助をしてやる。
『ふいー、助かったぁ……』
「何事も無くて良かったな……って、うん?」
俺は見てしまった。
森の中という事で先程から多くの虫が飛んでいる訳だが、その中の1匹がアクティの身体に当たった瞬間に溶けて消えてしまった所を。普段の彼女の身体ならそんな事は起こらないだろう。ならそれは落とし穴に溜まってた謎の液体の影響を受けて彼女の身体が変質した結果だと思われる。
生き物を一瞬で溶かす液体と言えば強力な酸? 硫酸とか? 本当に硫酸で虫が一瞬で溶けるのかと聞かれると俺は知らないが、ここは人間界ではなく異世界であることを考えるとそんな物質があってもおかしくない。
『どうしたの?』
「ああいや、大丈夫だ。でもそれ以上こっちに近づかないでくれ」
『なんで! 酷い!』
「いやいや、冗談ではなく……ああ、バカ! そんなに激しく動くな! 汁が飛ぶ!」
『汁!? 汁って言い方何!? そんな事言ったらさっき手を繋いでいた時に君の手汗をちょっと吸っちゃったんだよ!? なんか嫌なんだけど!』
「おまっ、そう言う事は黙っておくものだろ!」
薄暗く嫌に静けさが蔓延る森の中で俺達2人の騒がしい声が響き渡る。そんな中でも明らかに異質な、森の中では聞こえないはずの金属が擦れる音が聞こえる。
「なんかヤバそうなのが近づいて来てないか?」
『う、うん。一度そこの草陰に身を隠そう』
さっきまで言い争っていた事は一旦忘れて、俺はアクティと一緒に背が高い草が密に生えた草むらに潜り込むようにして姿を隠す。そこでしばらく息を潜めていると、黒と赤で構成された全身鎧が俺達の前を歩いて行く様子が伺えた。
「……なんだありゃ」
『分からないよ……あんなの見た事も聞いた事も無いし……』
鎧の隙間から見える中身はまるで闇を圧縮しましたと言わんばかりに真っ黒な何かであり、この森の住人とは考えにくい。世界観が違い過ぎるからな。
「はぁ……あんな訳分らん化け物を避けながらエジルちゃんを探す必要があるとは……」
『まるでホラーゲームだねぇ』
「俺、追いかけられる系の戦いは嫌いなんだけど……」
『でもあれに真正面から戦いを挑むのも怖すぎるよ?』
「そうだな……」
『あなた達、大変そうね』
「ん?」
『うん?』
これからについてアクティと作戦会議を始めようとした所に突然俺達に話しかける声が聞こえてくる。
俺達が隠れた草むらのさらに向こう。そこに俺達に声を掛けて来た少女を見つけることが出来た。
初対面の少女であるが、俺は彼女の姿に見覚えがある。
「あ゛……こいつは!」
そんな俺の動揺に気が付いていないのか、アクティは普段通りに少女に対して対応を始めてしまった。
『君は誰なんだい?』
『私? 私はティオ。そっちは危ないよ? ほら、もうちょっとこっちに来なよ』
『そうだねぇ……向こうには怖そうな鎧がうろついてるし……』
「ちょ、ちょっと待てアクティ! そいつに近づくのはマズイ!」
『え?』
俺の焦った呼びかけに気が付いたアクティは足を止めてこちらに振り替える。それと同時に彼女の目の前を大きな何かが通り過ぎる。それは俺達の世界で最も有名な食虫植物の1つであるハエトリグサ。しかし、その大きさはハエを取るためのものでは無く、人間だって丸ごと飲み込むことが出来そうなほどに大きい。あのままアクティが歩みを進めていたら彼女はあの巨大ハエトリグサに丸飲みにされていただろう。
『ちぇー。なんだ、お兄さん知ってたのかー』
『ひょえ! なになに!?』
「あいつは……『ティオの蟲惑魔』だ……」
蟲惑魔。
落とし穴系の罠カードをサポートするテーマモンスター達の総称。
可愛く、愛らしい見た目とは裏腹に、その本質は
ティオの蟲惑魔は食虫植物の中のハエトリグサが元となったモンスター。よく見れば彼女の頭飾りはハエトリグサの特徴的な形をしている事が分かる。
『残念。いつも森に入って来るチョーサイン? って人達は簡単に捕まえられるのに』
『ちょっ、よく見たらあの子の傍に骨とか落ちてるんだけど!?』
アクティの言う通り、ティオのすぐ傍には人間の物では無さそうだが、人間大の頭蓋骨が転がっており、彼女の餌食になった犠牲者であることが伺い知れる。しかし、チョーサイン……調査員達の飽くなき探求心は結構な事だが、彼女曰く未だにホイホイ釣られて食われているのはどうかと思う。絶対分かってて行ってる奴いるって。
『はぁ……今日はご飯無しか……もうムリ……』
ティオがそう言うとその身を水っぽい素材でできたクッションにもたれて気だるげに呟く。それと同時にアクティを食おうとしていた巨大なハエトリグサも心なしかしんなりしている様な気がするが、気のせいではないだろう。
今目の前に居るかわいい少女の形をしたティオは餌を呼び込むための擬態であり、本体は後ろでしんなりしている巨大ハエトリグサだからだ。
『あれ? あの子急に元気なくなっちゃったけど、どうしたのかな?』
「ハエトリグサは葉を閉じるために結構な量のエネルギーを使うそうで、餌の確保に何度も失敗したらそれだけで枯れてしまうらしい。だから彼女は今アクティを食い損ねてへとへとになってるって訳」
『はえ~』
これでも俺はヒスイカズラなんていう我が国では中々お目に掛かれない珍しい植物を育てている人間であるため、有名どころに限られるだろうがそれなりに植物の知識は有している。まあ、うちのヒスイカズラちゃんはいつの間にか意味不明な生命力を持った意味不明な植物と化していたので俺が調べた普通のヒスイカズラの育て方知識は意味を無くしたのだが、それは今は良いだろう。
いつだったかハエトリグサについて調べたネットの知識をアクティに披露しながらも俺はある疑問を抱いた。
「なあ、アクティは蟲惑魔について知っているか?」
『いいや。こんな生態の生き物がいるなんて聞いた事が無いよ』
「だよな」
薄々感じてはいたが、ホールの向こう側であるこの世界はデュエルモンスターズのカードの精霊達が住まう精霊界だろう。こうして目の前に『ティオの蟲惑魔』が居るのだからそれは間違いが無い。
ホールはアクティも認知していた事から彼女達が住む世界に存在する現象のはずだ。だが、アクティやエジルちゃん、そして『白の聖女エクレシア』や『アルバスの落胤』が住むとされる世界と蟲惑魔の世界が同一とは聞いた事が無い。デュエルモンスターズ学の教科書でもそう言った言及は無かったはずだ。
もちろん、精霊界なんて人知の及ばない世界を俺達の尺度で測る意味があるのかと聞かれれば苦しい所だし、先程森をうろついていた明らかに蟲惑魔とは関係が無さそうな鎧の事を考えるとこの精霊界にはカードの背景ストーリーは無視して色々なモンスター達が暮らしている可能性もある。
あ、でも待てよ。ホールは異世界と繋がっているという設定がある訳だから、異なる精霊界に出現してその世界に存在しないものを呼び寄せる事もあるのか……。ならあの鎧は……。
『ねぇねぇ、この子を家に連れて帰ってヒスイカズラちゃんの虫よけに使ったら良いんじゃないかな!』
『お助け~』
俺が1人でこの世界の仕組みについて思考を巡らせていた所に、アクティは危険な目に遭ったばかりだというのに脇に手をいれてぶらーんと持ち上げられたティオを見せつけながらそんな事を言ってきたので俺は考えるのをやめた。
この世界がどういうものなのか考えても仕方がないからな!
ホールだけに、って事!?