ヒスイカズラは今日も咲く 作:いわば体液
アクティ:最近の趣味はイニオン・クレイドルのヒスイカズラの花粉をくっつけたコオリコウモリをヒスイカズラちゃんの周りで飛ばすこと。
エジル:最近の趣味は的当て。
家の近所のコンビニでオレンジジュースにメロンソーダと自分が飲むための缶コーヒーを購入した俺は事故に遭うことも無く無事に家へとたどり着いた。まあ、そんな簡単に事故に遭っていたら堪ったものではない。
「ただいま、っと」
『たっだいま~』
俺とアクティ以外にはヒスイカズラちゃんくらいしか居ない家なのだが、一人暮らしをする前の両親と過ごして居た頃の習慣というのは中々抜けないものだ。そりゃまあ一人暮らしをし始めたのはここ数年の話で、人生の大半は家族一緒に過ごしていたのだから当然だろう。
『ん~あれ~?』
俺が靴を脱いでいる間に先に中へと上がったアクティはリビングで何かを見つけたらしい。とはいっても、そこにはヒスイカズラちゃんくらいしか無いはずなのだが?
『あらら~』
「うわぁ!?」
そこにはヒスイカズラちゃんの横で溶けながらぶっ倒れている『氷水のエジル』の姿があった。
カードの精霊は自身を媒介するカードの近くから離れることは出来ない。エジルのカードは俺のデッキに3枚入っているのだが、実は4枚目も持っている。同じ弾のパックをずっと剥いていたらよくある事だ。
つまり、エジルは俺が肌身離さず持っているデッキの中にある自分のカードではなく、家のレアカードファイルに収められている4枚目のエジルのカードを通してこちらの世界に来てしまったばかりに誰も居ない家に一人寂しくお留守番の上、暑さにやられて目を回してしまったのだろう。
今年の酷暑でエアコンも点けずにずっとここに居たのであれば精霊とは言え耐えられなかったか……。アクティがいつも暑い暑いと言っていたのも決してポーズだけではなかったのだな。
「って、早く部屋を涼しくしてやらないと!」
☆
『はふぅ……助かりました……』
すぐさま冷房の電源を入れ、せめて少しでも涼しくなればと思い、ヒスイカズラちゃんに水をやって部屋に水気を供給してみたのだが、これは湿度があがって余計にしんどくなっただけの様な気もする。
コンビニで買ってきたオレンジジュースの蓋を開けてエジルの前に置くことで、彼女はペットボトル自体に触ることは出来ないので不思議な力で中身だけを吸い上げてゴクゴクと飲んでいる。氷水の彼女たちは液体に対してはある程度の干渉を行うことが出来るのだが、いつ見ても不思議な光景だ。
オレンジジュースを取り込んだエジルの身体がほんのりオレンジ色に成っている。
アクティにも同様にメロンソーダを渡したら待ってましたと言わんばかりに一気飲みしている。
そして、彼女の身体はほんのり緑色を帯び、その上なんだかシュワシュワ? パチパチ? していた。『うおー! 私こそがスプライト・グリーンだー!』とか言っているが、それは無理があると思う。何しろレベルが2ではないのだから。
「ところで、エジルちゃんはどうして保管用のカードの方に出てきちゃった訳?」
エジルが俺の前に姿を現すことは別にこれが初めてではない。アクティほど人間界に入り浸っては居ないが、彼女もちょいちょいこちらに遊びに来る事はあるし、その時はいつも俺の傍に姿を現してくれるのが常だった。
『うーん……それがいつも通りこっちの世界に来たつもりだったんですけど、何か変な空間にどーん! って突き落とされたと思ったら知らないうちにこっちのカードに出てしまいまして……』
「……あ」
もしかして、デュエル中にダーク・ロウの効果でエジルが除外ゾーンに送られた時に丁度こっちの世界に来ようとしておかしな事になったって感じか?
何とも不憫な子である。
「……おかわりは要る? おやつも食べる? アイスあるよ」
『え? え? なんでそんな急に優しいんですか?』
『全く、エジルちゃんには甘いだから~』
アクティが身体をシュワシュワさせながらそんなことを言っているが、この子本当に不憫なんだもの。
そう言えば前回こちらに来た時は俺もアクティもすでに就寝していたものだから朝まで一人寂しく待ちぼうけを食らっていたな。精霊界と人間界で時差があると知ったのはその時だ。今回は時差も気を付けてこちらの昼時に来たというのにまた一人で待ちぼうけを食らっていたとは……。
『ところで、エジルちゃんはまたどうしてこちらに来たの?』
『あ、はい! コスモクロア様からアクティさんがお友達にご迷惑を掛けていないか見て来て欲しいと言われまして』
『えっ……迷惑だなんてそんなそんな……私がそんな事する訳ないじゃないですか~』
目を逸らしながら余ったメロンソーダを飲み続けているアクティをエジルちゃんがじっと見つめている。
『いやいや、ホントだって!』
『……』
アクティは身振り手振りを交えながら何やら弁明らしき事をしているが、やはりエジルの視線は冷ややかである。
小柄なエジルに必死に訴えを繰り返しているアクティの姿はまるで出来の悪い姉を窘める出来の良い妹の様だ。
『実際のところはどうなんですか?』
アクティに聞いても埒が明かないと考えたのか、エジルは話をこちらに振って来た。
エジルを挟んだ向こう側に居るアクティにちらりと目をやると、俺が何を言うのか不安なのかアワアワしながらこちらを見つめている。彼女の身体そのものもさっきまで飲んでいた炭酸のせいで泡泡しているかなんだか笑えるな。
「まあ、アクティが居てくれて毎日が楽しいのは間違いないよ」
『ほうほう』
『でしょー!』
初めての一人暮らしという事で不安な日々を過ごして居た頃に彼女はやって来てくれたので家で一人で居るという寂しさとは無縁の生活をさせてもらっているのは間違いない。
『でもまあ、確実に俺一人で生活するより電気代と水道代と飲み物代は多いかもな』
『……』
『……』
アクティは夏に入り切る前からエアコンを点けたがるし、結構な頻度で風呂に水(残り湯はNG)を貯めることを要求して来るし、食費こそかからないが様々な飲み物を買って欲しいと言ってくる。
人間界にやって来る精霊が飲んだり食べたりする事は普通なのだろうか? 俺以外に精霊と共にいる人を見た事も無ければ聞いた事もないので普通を知らないのだが、常識的に考えてこの世界で幽霊みたいな存在である彼女達にそう言った物は必要ないのでは?
まあ、日々を過ごすための楽しみを否定する気はないし、そもそももっと常識的に考えればカードの精霊なんていう非科学的な存在を認識している時点で普通なんて無いだろう。
『……』
『……』
『フッ!!』
『痛い!』
エジルが首にかけていた吹き具を勢い良く吹くと、その先から何かが飛び出してアクティの顔面にヒットした。
アクティに当たったビー玉大の何かが俺の足元までコロコロと転がって来る。それは氷の塊だった。
よく見るフワフワ浮かぶシャボン玉氷は中が空洞で軽いのだが、これは完全に密で質量を感じる。だから床に落ちたのだろう。
普段アクティが作ってくれるシャボン玉の氷は淡く碧がかった透明なのだが、今目の前にあるのは透き通ったオレンジ色をしている。まるでオレンジジュースを凍らせた様だ。
「パクッ……オレンジジュースの氷だ」
興味が沸いたので足元のシャボン玉氷を口に含んでみると、しっかりとオレンジジュースの味がした。
もしかして彼女たちが飲んだ飲み物に影響されてこのシャボン玉氷は味を変えるのだろうか? 新しい発見だ。という事は、今のアクティのシャボン玉氷はメロンソーダの味なのだろうか? 今度アクティに頼んで色々試してみよう。でも、一度に色々な種類の飲み物で試すとドリンクバーの滅茶苦茶ミックスジュース味みたいになりそうだから程々にお願いしてみようと思う。
『やっぱりご迷惑かけてるんじゃないですか』
『いやいや、掛けてない掛けてない! もう! 余計なことは言わないでよぉ』
『もうこれはトレモラお姉さんにしっかり言って貰う必要がありますね』
『えぅ……トレモラさんには何卒……』
彼女たちの会話に出てきたトレモラさんとは『氷水のトレモラ』の事だ。
確かあれは去年の夏頃だったかな。彼女も一度こちらに来てくれたことがあり、その時は冷房の真下でぐーたらしていたアクティに『シャキっとしないさい!』と一喝してから懇々とお説教をしていた事を覚えている。
さしものアクティもその時は正座で大人しく話を聞いて居たな。俺には優しくしてくれたけど、結構厳しいヒトなのかもしれない。
『じゃあこれからはあまり無茶な事は言ってはいけませんよ』
『はい……』
すっかりエジルに窘められてしょんぼりとしてしまったアクティが少し可哀そうに思えてしまったので、助け舟を出してやる意味も込めて話題を変える事にした。
「ところで、エジルちゃんはいつまでここに居てくれるんだ?」
『コスモクロア様から良い機会だから人間界について勉強して来なさいと言われたのでしばらく居させて欲しいのですが……ご迷惑でしょうか?』
「まさか。いつまでだって居てくれて構わないよ。それなら明日はどこか行くか」
今日もプールで散々遊んでおり受験勉強をするべきなのだろうが、夏休みはまだまだ残っている。それに、今日は土曜日なのだから明日は日曜日だ。明日も学校の夏期講習はお休みなので、構わないだろう。
『え! またお出かけ! じゃあ山の上の渓流とかもしくは遊園地とか……』
『……』
『というのは冗談で、どこでも楽しみだなーあははー』
行き先のリクエストを挙げるアクティに対してエジルがじとーっと視線で刺している。
『……フッ!』
『させるか! フッ!』
再びアクティを狙い撃つエジルだが、今度はそれに負けじとアクティも首にかけた吹き具からビー玉大のシャボン玉氷を打ち出して応戦しているが……
『いたーい!』
「いったぁっ!」
エジルが吹き出したシャボン玉はしっかりとアクティに被弾しており、アクティが打ち出したシャボン玉氷はエジルに当たらず俺の額に当てられる。
とばっちりにも程がある。
『……』
『えっとぉ……あーこれはぁ……』
もはや四白眼になりそうな勢いで目を見開いてアクティを見つめるエジル。
流石にマズイと思ったのか冷や汗を流すアクティ。
ぶつけられたアクティのシャボン玉氷を味わう俺。うん、予想通りメロンソーダ味だ。炭酸の気も抜けていない。不思議だ。
「とりあえず、アクティをリリースしてトレモラさんを召喚するか」
『いやー、お情けをー』
そんなやり取りを、今日も元気に満開のヒスイカズラちゃんは見ていた。