ヒスイカズラは今日も咲く   作:いわば体液

9 / 10
主人公:乗り物の中でも本を読めるタイプ

アクティ:乗り物の中で爆睡するタイプ

エジル:乗り物の中から移り変わる景色を楽しむタイプ

ヒスイカズラちゃん:お留守番


水底の使徒

『起きろ~! 起きろ起きろ起きろ~~~~!!!!』

「……なんかデジャヴだなごぼごぼぉ……」

 

 ショッピングセンターに買い物に行っただけなのに聖痕とかいう変な力を暴走させて暴れるプロデュエリストを緋色が鎮圧してからもう1週間。日曜日が終われば全人類に平等に訪れる月曜日となる。相変わらず平日は夏期講習で受験に向けて勉強をする日々であった。そのせいもあって構ってやる時間が減ってアクティが喧しくしていたが、再び土曜日となった事でテンションが上がったアクティがさらに喧しくなってしまった。

 どうやっても静かになってくれない彼女はもしかしたら無敵なのかもしれない。

 

 それにしても、俺を起こそうとするたびにアクティの身体を実体化させて彼女の身体で俺を物理的に溺れさせようとしてくるのは本当にやめて欲しい。

 

「ごくごくごく……」

『うひゃう!! ちょ、ちょっと……わざと飲まないで!』

「ぷはぁ! だって、言っても聞かないじゃないか」

 

 今までだったら突然呼吸が出来なくなる事に慌てふためいてから飛び起きていた所だが、今回は事前に察知が出来たので一泡吹かせてやろうと思ってわざと水を飲みこんでみたのだが、アクティは俺から距離を取って凄い目つきでこちらを見つめて来ている。

 

「ごめんて」

『………………まあ、良いけど……』

 

 あれ? なんだか思った以上にキモがられている?

 そっかぁ……それは駄目だったかぁ……。アクティのレッドラインはイマイチ分からないな。今までだって溺れさせられた時に幾らか水、というか彼女を飲んでしまっていたし、そもそも麦茶を冷やすために使っていたシャボン玉の氷も彼女自身……いわば体液みたいな物じゃないのか? わからん……。

 でも深く考え始めたらやっぱり俺はキモイかもしれないのでこれ以上思考を巡らせるのはやめておこう。

 

『それはそうと、今日は約束していた渓流巡りの日だよ』

「分かってるって。ちゃんと覚えてる」

 

 先週色々あった時に無理やりアクティに約束させられた事ではあるが、一度約束した物を反故にしてしまっては彼女がどれだけ拗ねてしまうか事か。考えただけども頭が痛い。

 

『ほら、エジルちゃんなんて楽しみ過ぎてもう6時間くらい前からそこで待ってるよ』

『おはようございます!!』

 

 これもなんかデジャヴ。

 

「6時間って……」

 

 俺は時計を見る。今の時刻は朝の7時。俺が床に就いたのは少し夜更かしをしたから深夜の1時くらいだったはず。

 

「それはもしかして……エジルちゃん寝てないんじゃないか?」

 

 あ、でもエジルちゃんが眠りにつく時間はかなり早いから少しは眠っているのかな?

 

『大丈夫です! 私は大丈夫なので大丈夫です!』

「うーん? あんまり大丈夫じゃなさそうだけど……」

 

 目の下にクマみたいなのがあるし、それなのに目はギラついてる。

 いかにも深夜テンションと言った所だ。まあ、エジルちゃんもこんな容姿ではあるがデュエルモンスターズの精霊、つまりは人ならざる者である訳だから徹夜くらいなんて事は無いだろう。

 例え視線が定まっておらず頭がフラフラ揺れていても多分大丈夫……なのだろう。

 

「あー、目的地に着くまで電車で2時間くらいあるからそこで少し眠ればいいでしょ」

『そうさせてもらいますぅ……』

『おっとっと』

 

 エジルちゃんはそれだけ言うとフラッと倒れてアクティに支えられる。結局眠気に負けて力が抜けてしまった様だ。そのまま完全に脱力してしまったエジルちゃんをアクティをそのまま背負う。

 

『よいしょっと。それじゃあ行くぞー!』

「いや、俺まだ寝巻のままだからまだ家は出ないよ?」

 

 

 ☆

 

 

『う────んっ! 良い空気だね、エジルちゃん!』

『はい! 人間界にもこういう場所があるんですね!』

「結局エジルちゃんは全然寝てなかったな」

『乗り物から見る風景はどんどん変わって行って楽しかったです!』

 

 家から最寄り駅までバスで15分。そこから電車を乗り継ぎ2時間。さらにそこから現地のバスで25分。最後に目的地まで徒歩だ。

 

 小さな崖から小滝が流れ落ち、辺りを囲う木々はその葉を風に揺らされる。真夏だというのに清流の水気と木陰によって涼しさすら感じる。この空間にただ居て呼吸をしているだけで身が清められる思いだ。

 この渓流に来たのは初めてではないが、何度来ても良いモノである。俺達が住む街中では味わうことが出来ない自然に触れてアクティもエジルちゃんもいつも以上に羽が伸ばせているみたいだ。やはり、彼女達が住むイニオン・クレイドルと近い雰囲気の自然というのは彼女達にとっても特別なのだろうか。

 

『はぁ~……力が高まるのを感じるねぇ~』

『そうですねぇ~』

 

 そんな事を言いながらも二人はプカプカと浮きながら川の流れに揺らされている。

 河童の川流れならぬ、氷水の川流れ……。ん? 氷水の一族は水みたいなものだから流されている訳では無く川自体なのか?

 

『あびゃびゃびゃびゃ』

 

 と思っていたらアクティが滝壺に巻き込まれて沈んで行ってしまった。小さい滝とは言え、滝であるため、滝壺周囲には複数の流れがある。そこに巻き込まれて浮いては沈み、沈んでは浮かびを繰り返している。人間であればそのまま死にかねない状況だが、氷水である彼女であれば大丈夫だろう。きっと遊んでいるだけだ。

 

『あびゃー! た、助け……助けてぇ!』

『アクティさーん! ……あひゃー!』

 

 そんなアクティを見かねてかエジルちゃんも滝壺に向かうが、彼女もまたアクティと同じ様に滝によって作られる複雑な流れに巻き込まれて浮いたり沈んだりを繰り返している。

 

「よっこいしょ、っと」

 

 俺は川辺に転がっている岩に腰かける。

 水のせせらぎ、鳥のさえずり、木々のざわめき、そして氷水の少女達の叫び声。

 うーん、これが……

 

「侘び寂びと言う物なのだろうか」

『そうなのですか? この世界の人々はこの情景に侘び寂びを感じるのですね』

「おわ!?」

 

 この場所には俺とアクティとエジルちゃんしか居ないと思って声に出してしまったが、そんな俺の呟きに返答をする者が居た。

 

「びっくりした……。君、いつからそこに居たんだ」

『つい先ほどです。あの子達の内の誰かの気配をこの辺りで感じたので来てみたら、見知った顔を見つけたもので』

 

 それはこの間のショッピングセンターの騒ぎの際に現れた異様に白い肌をしたクエムと名乗った精霊の少女だ。あの後家に帰ってからカード図鑑やインターネットで彼女の事(彼女のカード)について調べてみたが、該当するカードは結局見つからなかった。

 彼女が追い求める子達とやらに関係している『聖痕』から推測するに『氷水のアクティ』や『氷水のエジル』とも関係があるエクレシアが属する『ドラグマ』に関連していると思ったが、彼女の姿が記されたカードは何を調べても見つからなかった。もしかしたら聖痕というのは俺の思い違いで実は『星痕』だったりするのだろうか? だとすると『星遺物』テーマと関連している様な気もしてくるが、星遺物テーマにそんな話があっただろうか? 俺は別に全てのイラストストーリーの内容を完璧に把握している訳では無いが、少なくともそんな話は聞いた事はない。

 だとすると、彼女は全く別のテーマと関りがあるカードなのだろうか?

 

 とはいえ、今そんな事を考えても答えは出ない。別に彼女が俺達に何か害を成そうという訳でもないだろうから深く気にする必要も無いだろう。

 

『ちょっとー! 助けてって言ってるんだから助けてよー……ん?』

「いや、俺が行ってもただ被害者が増えるだけだろ……」

 

 滝壺の流れってのは人間を殺し得るんだぞ……。精霊、しかも水属性水族に分類される2人が溺れ死ぬなんて笑い話でしか起こらないだろうが俺は死ねるぞ……。夏休み中に学生が水難事故なんて……洒落にならん。

 

『目が……回りました……あれ? クエムさんじゃないですか』

『ごきげんよう、皆様』

 

 クエムについて思考を巡らせていると、滝壺の流れから抜け出して来たアクティとエジルちゃんがこちらにやって来る。どうやら2人もこの場にクエムという想定外の人物が増えた事に気が付いた様だ。

 

『あなたは今日も例の探しモノ?』

『はい。この付近に気配を感じるので』

 

 クエムと出会ったのは先日の一件以来だが、アクティとエジルちゃんの2人はクエムと結構話が盛り上がっている。やはり人間界に居る精霊というのはほとんど居ないため彼女達にとっても親近感があるのだろう。

 となると、アクティはこちらの世界に居っぱなしで寂しい思いをしているのだろうか? エジルちゃんの様にたびたびこちらに仲間が来てくれる事もあるが、何を思ってか彼女はここ数年俺の傍から離れて精霊界に一時的にでも帰った覚えはない。まあ、俺が寝ている間に里帰りしていたら分からないけれどな。

 

『と、これ以上は皆様のお邪魔をしてしまいますね。(わたくし)はそろそろかわいい迷子探しに戻るとします』

『あ、はい。クエムさん、さようなら』

『ばいばーい』

 

 どうやらクエムはもう行く事にしたらしい。

 

「おう、じゃあな」

『それでは皆様、失礼致します。またいつか、どこかで』

 

 それだけ言うとクエムは元からそこに居なかったかのように姿を消してしまった。

 相変わらず良く分からない精霊だ。幽霊か何かか? いや、精霊だったか。

 

「ところで、満足したか?」

『まだまだ!』

『その……出来ればもうちょっと……』

「だよね」

 

 こんな自然が豊かな水場に来られる機会は人間界ではほとんどない。折角の機会なのだからアクティはもちろん、エジルちゃんもしっかりと楽しんでいる様だ。まあ、急ぐ必要も無いし帰りのバスと電車の時間を考えても遊ぶ時間はある。

 

 小走りで再び川に駆け寄る二人を尻目に俺は持ってきたレジャーシートを出来るだけ平らな場所に敷いてから寝そべる。直射日光に当たれば肌がジリジリと焼かれる季節だというのにこの場所はそれを全く感じさせることが無い。冷房代を節約しながらゆっくりするには絶好の場所だ。このまま目を瞑ればすぐに眠りにつく事も出来るだろう。

 

『きゃぁぁぁ……!』

『エ、エジルちゃーん!!』

 

 目を瞑った瞬間にエジルちゃんの悲鳴とアクティの叫び声が聞こえてくる。どうせまた滝壺に突っ込んで遊んでいるんだろう。

 

「……またやってんのか……って、なんだこりゃ!」

 

 てっきり滝壺の流れに翻弄されているエジルちゃんがそこに居るかと思ったが、そこにあるのは滝の水を全て飲み込むようにして空いている大きな穴。ひし形を象ったその大穴は先程まで滝の水が流れ落ちる終着点である滝壺に大きな口を開けており、それだけならず大穴の周りに存在する水までもどんどんと飲みこんでいる。

 

『エジルちゃんが、ホールに!』

「ホール?」

 

 アクティが今まで見た事が無い程狼狽えながら指で指し示すそれをホールと呼んだ。あれには俺も見覚えがある。『天底の使徒』という魔法カードにおいて『灰燼竜バスタード』が落っこちて来る大穴として描かれている。アクティやエジルちゃんが住む世界ではホールから異世界の物品が流れ込んでくると言う設定があったはずだ。

 つまり、あのホールの先は異世界へと繋がっている可能性がある。

 

『たす……けて……だれ……か……』

「な、なんだ?」

 

 突然聞こえて来た俺とアクティ以外の声。そして、それはエジルちゃんの物とも違うようだった。

 

『誰かが向こう側に居る?』

「……少なくとも、エジルちゃんと助けを求めている誰か。そして、その誰かが助けを求める必要がある元凶が居るだろうな……」

 

 そんなよく分からない状況の場所に彼女をそのまま置いておくわけにはいかない。

 

「……行くぞ、アクティ」

『ええ! 危ないよ!』

「お前が居れば大丈夫だろ?」

『う、うーん……あんまりあてにしないでね?』

 

 アクティの了解を取るとすぐに荷物の中に仕舞っていたデュエルディスクを左腕に装着し、デッキがセットされている事を確認する。

 ホールの向こう側の異世界がどうなっているのかは俺には分からないが、ぐずぐずしていたらエジルちゃんの身に何が起きるか分かった物では無い。もし、エジルちゃんの身に何かあればトレモラさんやティノーラさん、そしてコスモクロアさんにも面目が立たない。

 

「よし!」

『ひえ~~~~』

 

 そのまま俺はアクティの手を取り、ホールへと飛び込んだ。

 

 そして、俺達は重力に従う様にして下へ下へと落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

『あらあら、こんな所に居たのね。それにしても、あの子達に迷惑を掛けるつもりは無かったのだけど……』

 

 

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