迷い人と星の子   作:ポテチバタースキー

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お気に入り、感想始め、皆様読んでいただきありがとうございます。
今話はセクシャルな描写&重めな話になりましたので、その点ご注意ください。
では、どうぞ。


第5話ー②:ターニングポイント2

 

 

 

 

 拝啓

 皆様如何(いかが)お過ごしでしょうか。

 皆様、ますますご健勝にて、多方面でご活躍されていることかと存じます。

 此方(こちら)は冬真っ只中を告げる、冷たくも緩やかな夜風を受けながら、蛇に(にら)まれた蛙、否、虎に睨まれた仔兎(こうさぎ)の様相を呈しておりますれば――。

 

「何か失礼なこと考えてる? ふふっ、まぁいいやぁ。……シスイ君は、どこに行こうとしてたのかなぁ? どうしてシスイ君が2人居るのかなぁ?」

 

 布団から出てきたアイは、おどろおどろしい声を発しながら、ベッド脇にて腕を組んで仁王立ちした。

 部屋に射し込む月明かりに照らされた彼女は、見ている側を自然と()き付ける神秘的な美を放っている。まるで、神話の女神が顕現(けんげん)したかの如き光景だ。

 ただ、……彼女の瞳は爛々(らんらん)と輝きながらも、コールタールのようなドロッとした何かしらの感情を宿しているように思えた。

 不味い不味い不味い!

 どう見ても、決定的な現場を押さえられた!

 言い逃れが出来ない!

 俺の胸中は焦り一色に染まっていく。

 

「い、いやぁ、これは何かの見間違い――」

「嘘」

「いぃ……」

 

 駄目元であったが、誤魔化すのは無理だった。直ぐに看破されてしまった……。

 ……ど、どうすべきか。

 そもそも、俺がかつて(忍時代)の力を取り戻したことは、絶対に秘匿すべきだ。たとえ相手がアイであっても。

 内容が巨大な不発弾そのものだからな。

 何かの拍子に、俺がこの世界の基準で人智を超えた力を行使できると露呈したら、俺個人の問題に留まらず、アイや節子姉さん達にも累が及ぶのは必至。

 無限月読(つくよみ)で夢の世界へ(いざな)う事も、(まばた)き1つで全人類を消滅させる事も出来ない以上、俺達が文字通りの皆殺しになる事態を視野に入れなくてはならない。

 仮に神威(かむい)で緊急避難しても、所詮は一時(しの)ぎだ。

 それは、兵站(へいたん)の無い籠城戦のようなもの、つまりジリ貧を意味する。

 

「シスイ君は、いつまで黙ってるつもりなのかな? シスイ君だから、1回だけ嘘を見逃してあげたんだけどなぁ」

「そ、それはそのぅ……」

「あ、そうそう。さっきね、ベッド(そっち)のシスイ君の眼が変だったんだよねー。いつもの青じゃなくて()だったんだよ。しかも()()()()()()()()()()()()()()()の」

「なっ!――」

 

 思いもよらぬ情報に、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。

 影分身の俺が諦めたような仕草をしていたのは、()()()()()()か!

 即ち、アイが安眠できるよう、万華鏡写輪眼で幻術を掛けたが失敗したと。

 いやいやいや、何で?

 確かに俺は、幻術が苦手だ。それでも永遠の万華鏡写輪眼まで至った俺の瞳力は、それなりのレベルと自負している。

 ましてや、この世界の人間に抵抗する手段があるとは思えない。

 考えれば考える程理解不能な現実を前に、俺の脳内は疑問符で埋め尽くされた。

 

「シスイ君、とりあえず……正座、しよ?」

「……は、はい」

 

 ニッコリと口元だけ笑みを浮かべたアイが指差した場所――アイの目の前の床――に、俺は小鹿のように震える体を動かして、ゆっくりと正座をしたのだった。

 尚、影分身の俺は静か~に布団に(くる)まり背を向けて、本体の俺を見捨てる選択をしていた。

 影分身の俺を(うらや)んだのは言うまでもない。

 

 

 

 

※※※※

 

 

 

 

 脚の感覚が無くなってから、どれほどの時間が経っただろうか。

 俺の部屋にて突如開廷した弾劾裁判は、(ようや)く終わりを迎えた。

 結論から言おう。

 超絶敏腕な審問官アイを前に、なす術が無かった。

 俺が質問に答える度に、アイは腰を屈めて俺の眼を至近距離から(のぞ)き込み、等身大の真実か否かを確認するのだ。

 見慣れたアイの顔が目と鼻の先にあっても、心休まり緊張が(ほぐ)れるなんてことは無く、(むし)ろビビってケツの穴がキュッと(すぼ)まった。

 (いず)れにせよ俺は、転生前の出来事をアイに概説せざるを得なかった。

 前々世(1度目の生)で虐待の末に病死した事も、前世(忍時代)で大切な人を全員(うしな)った事も。

 

「――と、いうことでな……。これが、今までアイに隠していたことだ」

「そうだったんだね……」

 

 アイは一言漏らした(のち)、沈黙した。

 小学5年生のアイに重い話をしたく無かったが、嘘を()く事も伏せる事も出来なかった。

 気まずい空気が部屋に充満していく。

 

「……正直、引くだろ? 俺のこと」

「えっ? 何で?」

「俺は子どもの皮を被ったオッサンみたいなもので、何食わぬ顔をして生活してたんだぞ?」

「でもシスイ君は、ずっとシスイ君のままだったんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「ならいいじゃんっ」

 

 あっけらかんと言い放ったアイを、俺は呆然と見上げた。

 アイは悠然と俺の視線を受け止める。

 先程とは対照的に、彼女の瞳には、慈愛を感じさせるような優しい光が(とも)っていた。

 

「今までシスイ君は、行動で示してきたんだよ。シスイ君が信頼できる人だって」

「……」

「それにね、私を救ってくれたのは他でもないシスイ君だよ? 時々、私考えちゃうんだー。『もしシスイ君に出会ってなければどうなってたんだろう?』ってね」

「それは……」

 

 言い方は悪いが、(すさ)んだ生活をしていたかもしれないし、何かしらのトラブルに巻き込まれたりしていたかもしれない。

 それだけ、アイの毒親の影響を受けていただろうから。

 そもそも人格形成は遺伝子ではなく、その(ほとん)どが経験によってなされる。

 人格が遺伝子で先天的に決まっているのであれば、どのような経験をしても一貫して人格は変わらないであろう。俺も含めて、そのような人間は存在しない。

 どういう環境で、どんな人と出会い、どのような出来事を経験したのか。その積み重ねの結果として人格が形づくられると、俺は信じている。

 

「だからさ、私はてんせー? とか、りんね? とか、気にしないよ! むしろ凄いよね!」

「ははっ、……アイには(かな)わないなぁ」

「ふふーん♪ 節子お姉ちゃんに鍛えて貰ってるからね!」

 

 動じた様子も無く、得意げに胸を張っているアイ。

 アイの成長した姿を見れて嬉しい一方、不甲斐ない自身に情けなさが込み上げてくる。

 これじゃあ、どちらが大人か分からんな。

 

「とりあえず、シスイ君は自分を大事にしないとね」

「……ああ、善処(ぜんしょ)するよ」

「善処って、出来る限り頑張るって意味でしょー?……それじゃ駄目」

 

 アイの声のトーンがいきなり下がった。

 彼女の穏やかな雰囲気が一変する。

 

「えっ……?」

 

 アイは、動揺している俺の頬を両手で包み、お互いの鼻がつきそうなくらい近くで見つめてきた。

 彼女の瞳から柔らかい色が消えていき、暗い影を帯びた、けれども、グツグツと煮込まれた情感も感じさせるそれへと変じていく。

 そんなアイの視線に()い止められたように、俺は身動きを取れなくなっていた。

 

「私、考えたんだぁ」

「な、何を……?」

「『シスイ君の一番』になるために、どうしたら良いのかなぁって」

「い、一番?」

「そっ。一番」

 

 (いま)だに顔を離さないアイの吐息が、俺の口元にかかる。

 まだ小学5年生なのに妙に(なまめ)かしい。

 一番って、どういうことだ……?

 これまで俺は、アイの事を最優先にしてきたつもりだったんだけどなぁ。

 優先されてるように感じなかったということならば、俺の力不足だった……ってことか……。

 相変わらず駄目だな、俺は……。

 顔には出さないように(つと)めるものの、心の中で自己嫌悪が膨らんでいく。

 

「ふふっ。シスイ君は何も悪くないよ。でもさぁ、……りんどーせんにん? の言う事きいて、自分も幸せにならないとね?」

「……」

 

六道仙人(りくどうせんにん)の裁定に逆らう腹積もりがバレてるぅ……。

 けれども、……かつて大切な人を全員死なせ大量殺人者たる俺が幸福を享受すること(など)、あって良いわけがない。

 

「だからね、私が教えてあげる。シスイ君も幸せになって良いんだって。『シスイ君の特別』は私なんだって」

「いや……俺には――んむっ!?」

 

 瞬間、俺の頭は真っ白になった。

 唇に当たる柔らかい感触。

 俺の後頭部に回された誰かの手。

 目の前にある、目を(つぶ)ったアイの顔。

 俺は……今、何をやっている……?

 これは一体……?

 こ、これ、……ま、まさか……キ、キキキキィィ!?

 

「ん゛!?」

「んふっ……んふっ……」

 

 俺が状況把握した丁度その時、アイが俺の口内に舌を()じ込んできた。

 これは不味(まず)い事態になったと理解した俺は、アイの肩を(つか)み即座に離れようと試みる。

 

「ん゛ぶっ!!」

「んふふっ」

 

 アイの手で後頭部をガシッと押さえられ、失敗した。

 チャクラで肉体を強化して離れようとしても駄目だった。

 どうやってか綱手のBBA並みの怪力を発揮しているアイに、俺は抵抗しようがない。

 その間も、アイの独壇場が続く。

 『じゅるっ』『ちゅぱっ』という音と共にアイの舌が俺の舌に(から)み付き、ドロドロに溶け合うような、余りの快楽的刺激に脳が焼け焦げしまいそうな感覚すらある。

 キャパオーバーで白目剥きそう。

 神威のすり抜けで逃げるか……?

 いや、……そうしたらアイが深く傷つく。

 乙女の初キスと童貞の初キスでは、天と地ほどの差がある。

 アイも覚悟があっての事だろうし。

 ……どうしてこうなった!?

 内心パニックになりつつも成り行きに身を委ねる他無く、アイが満足するまで(むさぼ)り食われる事を受け入れざるを得なかった。

 

「んはぁっ……。ふふふっ、初めてのキス、あげちゃったっ。これが『好き』って事なのかな?」

 

 俺の口内を余すところ無く蹂躙(じゅうりん)したアイは、漸く離れた。その拍子に、とろっとした銀糸(ぎんし)の架け橋がぷつりと切れる。

 惹き寄せられるように眼前で立っているアイを目で追うと、彼女は、年齢に似合わぬ蠱惑(こわく)的な笑みを(たた)えていた。

 

「あ、あああああのなぁ!? キ、キキキスは、俺なんかじゃなくて、もっと大事な――」

「なんかじゃないよ。シスイ君だからしたんだよ」

「そ、それでも――」

「私がしたいからしたの。シスイ君は私じゃ嫌?」

「そんな事は……無いけど……」

「じゃあ、いいよねっ」

 

 ニコッと微笑んできたアイ。俺に有無を言わせない迫力のある微笑みだった。

 それでね、とアイは続ける。

 

「シスイ君はねー、何というか自分を(いじ)め過ぎてるよ」

「……」

 

 図星だった。自罰的なのは否定できない。

 だが、そうなるだけの事をやってしまったのだから、それは当然の報いというもの。(おの)が罪に責任を負うべきなのだ。

 

「それと、見ててさぁ、……そのうちどこかへ行っちゃいそうなんだよねー。私を置いて」

「……アイを置いて行くつもりは全く無いぞ。今までもそうだっただろ?」

「それはそうなんだけどー……、(かん)?」

「勘って……んなアバウトな……」

 

 言い出しっぺにもかかわらず、アイは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべている。自分でもそう思った理由が分からないらしい。

 少なくとも俺としては、アイのお兄ちゃんポジを全うするつもりなんだがな。

 

「こほんっ! とにかくシスイ君は、もう私とキスしちゃったわけで、『シスイ君の特別』は私なんだよ。シスイ君が抱えてるものを私も背負ってあげるし、シスイ君が泣きそうになったら私が抱き締めてあげるっ! だから、……だからさ、シスイ君も幸せになっていいんだよっ! 私と一緒にね!」

 

 咳払いをしたアイは、自信満々な表情で『さあ、飛び込んでこい!』と言わんばかりに両腕を広げる。ただよく見ると、アイの体は(かす)かに震えていた。

 アイも自覚しているようだ。

 この一件が終わった時、どういう結末に至っても元の関係性には戻れないということを。

 

「……」

 

 直ぐに言葉を返さないといけないのに、俺の口から中々言葉が出てこない。

 アイが勇気を振り(しぼ)って踏み込んできている事は、容易に理解できる。俺には勿体(もったい)無い、それ相応の感情を伴っている事も。

 だが脳裏に(よぎ)るのは、前世の繋がり――両親と妹、それから、……家族同然の仲であり(ねんご)ろの仲になり掛けていた幼馴染みの姿。

 アイの想いに応えるべきなのに、過去の罪禍(ざいか)が俺の心を雁字(がんじ)(がら)めにしていく。

 

「シスイ君……?」

 

 ゆっくりと腕を下ろしたアイの表情は曇り、彼女の目は涙で潤み始めた。

 アイを悲しませたくないのに、幸せにしたいのに、この体たらくとは……。

 ……そうだ。アイと出会った日の夜、俺は誓ったじゃないか。

 アイが幸せになった姿を見届けると。

 アイが幸せを掴めるよう万難を排すると。

 ……誠実に、アイに向き合おう。

 これから言う事は、今、彼女が望む答えでは無いけども。

 避けては通れないことだから。

 

「……正直に言うと、今も俺は自分自身を(ゆる)せないし、幸せになる権利は無いと思ってる。俺はそれだけの失敗をしたんだ」

「っ……」

「けど、アイにここまでさせているし、アイの気持ちに応えたいとも思ってるんだ。年齢的には早すぎると思うんだけど、その、清く正しい男女交際って形で。だから、……少しだけ待って欲しい」

 

 涙目のアイから目を逸らさずに言った。

 正直、アイに対する責任と、己の罪とで板挟みになっていて、この選択が正解だったのかは分からない。

 ただ確実なのは、今後、アイと新しい関係を築くにあたって、彼女を傷つける要因を残すべきでは無いということだ。

 今までアイを妹のように見ていた事もあるが、それ以上に、過去を引き()ったままアイと交際した場合、アイを通して前世の幼馴染みの姿を度々見てしまいそうな予感がある。

 それはアイへの裏切りそのものだ。過去に(とら)われ、『星野アイ』その人を見てないのだから。

 過去を悔やむのは変わらずとも、何とかして折り合いをつけなくては。

 アイの尊い想いを無下にしないために。そして、彼女がいつまでも屈託のない笑顔を浮かべられるように。

 

「……少しって、どれくらい?」

何時(いつ)とは言えないけど、出来る限り早く。アイを待たせたくないと思ってるよ」

「……私もシスイ君の失敗を背負ってあげるのに、……何で駄目なの……っ?」

「アイを愛しているから。命を懸けられる程に大事だから、……俺の罪を、重荷を背負わせたくないんだ」

 

 正座を崩した途端(とたん)(しび)れ始めた足で何とか立ち上がり、華奢(きゃしゃ)なアイに目線を合わせて、噛んで含めるように告げた。

 それと同時に、彼女の星を宿した眼から、つぅーっと涙が一筋流れていった。

 

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!! お母さんも『愛してる』って言っておいて迎えに来てくれなかった! シスイ君もなの!? 『愛してる』って言って私から離れていくの!? 私を見てよ!! 私を信じてよ!! 私をっ……私を1人にしないでよ……っ」

 

 感情を爆発させて俺の胸元に(すが)りついてきたアイ。俺の服が、じんわりと濡れていく。

 彼女の悲痛に満ちた言葉が、俺の心に深く深く突き刺さった。

 「私を1人にしないで」か……。

 前々世(1度目の生)前世(忍時代)で孤独の恐怖、絶望を経験した身として、その想いは痛いほど分かる。

 俺としては、俺個人の事情でアイに苦痛を与えたくない、要らぬ負担を掛けたくない一心だったのだが、俺がアイを突き放したように、彼女に感じさせてしまったようだ。

 俺は相変わらず失敗だらけだな……駄目な奴だ……。

 

「……今までみたいに、一緒に居る事には変わりないぞ? その、か、彼氏彼女の関係は少しだけ待って欲しいってだけで。……駄目か?」

「……嫌だっ」

「そっか……」

 

 俺の胸元に顔を押しつけたままのアイは、サバ折りせんばかりに、俺の体を強く抱き締める。

 メキメキと俺の体が(きし)んでいるのを我慢して、俺はアイをふんわりと包み込むように、彼女の背に腕を回した。

 このアイの取り乱し具合を鑑みるに、アイの望みを受け入れた方が良いんだろうなぁ……。

 今度こそ大切な人を護り通せるのか。

 『ありのままの星野アイ』を見続けることが出来るのか。

 そして、……前世の大罪を抱えている俺が、人並みの幸福を求めて良いのか。

 そういった不安や罪悪感を(いま)だに(ぬぐ)えず、それらは強く心に残っているが、事此処(ここ)に至ってはやむを得ないのかもしれない……。

 せめて男として、けじめをつけよう。

 

「やっぱりアイには(かな)わない、か。……参った、降参だ。……アイ、いや、星野アイさん。俺のパートナーとして、こ、恋人として、……付き合ってくれますか?」

「……ほんとに?」

「本当に。それで、お返事の方は……?」

「……私の事、好き?」

「好きだよ。好きでもない人に色々する程、俺は優しくない」

 

 (もっと)も、交際相手の異性として見れるようにならないといけないけど。

 

「……私の事、愛してる?」

「勿論、愛してる。言ったろ? 命を懸けられる程に大事だって」

 

 元より、アイのためなら死ぬ覚悟は出来ている。

 

「……私を頼ってくれる?」

「ああ。……迷惑掛けて申し訳無いけど、アイを頼るよ。それと、アイも俺を頼って欲しい。問題を抱えていても少しは楽になるだろうし、一方的に頼るのは良くないから。あの、それで、その……お返事は……」

「……仕方ないなぁー。……とーへんぼくなシスイ君の彼女になってあげるっ」

「アイ、ありがとう」

 

 俺を抱き締めているアイの腕の力が緩む。

 俺の胸元から顔を上げたアイは、ふにゃっと笑って、未だ涙が(にじ)む瞳を俺に向けてきた。そこに悲しみの色は無く、月夜に照らされた彼女の瞳は、まるで夜空に浮かぶ銀河を宿しているかのような、燦然(さんぜん)とした輝きを放っていた。

 

「ごめんな、泣かせるような事して」

 

 俺は謝罪してから、アイの頬に手を添え、親指の腹で彼女の目元に溜まった涙を優しく(ぬぐ)う。

 

「ほんとだよ、もうっ……。そうだっ、キスしたら許してあげるっ!」

「キ、キス?」

「そっ、キス。シスイ君からしてくれたら許してあげるよ」

 

 童貞には余りにもハードルが高い要求をして、アイは目を(つぶ)った。噂に聞く、キス待ちっていうやつらしい。

 

「俺達、まだ11歳なんだけど……。まぁ、泣かせちゃったし、な……」

 

 1人ぼやいた(のち)、アイの唇にそっとキスをした。

 先程アイが俺にやったようなディープなやつは、当然しない。

 なんちゃって童貞ではなく、真の童貞だからな。

 真の童貞はチキン・オブ・チキンなのだ。

 ……唇の柔らかい感触とか、アイから(ただよ)うドキッとするような良い匂いとか変に意識しちゃって、もう一杯一杯なんです。許してください。

 

「んっ。今回はこんなものかなー。ギリギリ合格点だね」

「俺、かなり頑張ったんだけど……初めての彼女に初めてするキスだったんだけど……」

「そっかぁ……、初めてだったんだぁ……。ふふっ、シスイ君の初めてゲットだぜー」

「言い方ァ!」

 

 ポケ○ンのサ○シは、そんな(きわ)どい事言いません!

 ドヤァとした満足げな笑みを浮かべたアイに、俺は思わずツッコミを入れた。

 

「でもさぁ、シスイ君だって私の初めてをたくさんゲットしてるんだよー?」

「そういう部分はあるかもしれないけど、人聞きが悪過ぎる!! それ、他の人の前で絶対に言っちゃ駄目だぞ! 俺が社会的に死ぬ!!」

「えぇ〰〰どうしよっかなぁ」

 

 アイに抱きつかれていることに構わず、頭を抱える俺。

 そんな俺をニヤニヤと笑いながら、アイは俺に回している腕を解いた。

 アイの表情は、正にいたずらっ子のそれだ。

 メンタルが回復しつつある証左ではあるが、『美少女(11歳)の初めてを数多く手に入れた男(11歳)』なんて風聞が広がったら……!

 

「『私の特別』はシスイ君で、『シスイ君の特別』は私だってアピールするのに、丁度良いと思うんだけど? 本当の事だし」

「よぉし、分かった! 1回だけ俺に出来る事なら何でもやってあげるから! だから、本当にやめてぇ〰〰!! 幸燦園(ここ)で『あいつ、やっぱり手出してたのか。これだから男は……』みたいな目で見られるのは嫌過ぎるんだぁ〰〰!!」

「えっ?……何でもって本当に何でも?」

「ん?……あ、ああ。俺に出来る事ならな」

 

 アイの眼つきが一瞬だけ(たか)のような鋭いものに変化したのは、俺の見間違いだろう。

 アイはアマゾネス共とは違うのだ。

 突発性アマゾネス症候群による汚染など、あってはならない。

 

「ん〰〰……、今はまだ使わないでおくね」

「分かった。何か思いついたら、俺に言ってな」

「うんっ。……それでさ、シスイ君はこれからどうするの? 寝るの?」

「そうだなぁ〰〰……。少し鍛練してから、こっそりシャワー浴びて寝ようと思う」

 

 アイにバレている以上、隠しても仕方無い。俺は素直に話した。

 継続は力なり。

 スポーツであれ、勉学であれ、何であれ共通していると思う。

 忍としての能力も日々の鍛練を積み重ね、やっと本番の有事で使い物になるかどうかだ。

 前世の(あやま)ちや、今世の肉体が前世よりも脆弱であるからには、サボって良い理由が無い。

 

「ねね、私も観ていい?」

 

 アイは、興味津々な様子で俺に訊いてきた。

 アイからすれば、超常的な力を幼馴染み兼彼氏が使えるのだから、気にもなるか。

 

「良いけど、……夜更かしは美容の大敵じゃないか?」

「だいじょーぶっ! 昼間寝たし!」

「あぁ〰〰……だからか。こんな夜中でも元気が有り余ってるのは」

「そーいうことっ」

 

 アイは自身の細腕で力こぶを作りアピールしている。可愛い。

 どうしてさっきは、俺が抵抗してもびくともしなかったんだろうなぁ……。結構本気で抵抗してたんだけど……。

 謎だ、謎過ぎる。

 

「それで、鍛練ってどこでやるの?」

「それは、勿論(もちろん)別の場所さ。行ってからのお楽しみかな」

「それじゃあ、(くつ)取りに行かないといけないねー」

「いや、ベランダ用サンダルで大丈夫だぞ。上着を羽織(はお)ってサンダルを履けば、それでOK。ベランダから移動するから、少しの間寒いけどな」

 

 アイが1階の玄関に向かいそうだったので、引き留めた。

 オビトパイセンの神威(かむい)がどうかは知らないが、俺の神威の時空間は特段暑くも寒くも無い。その上、基本的に平坦な石造りの地面が何処(どこ)までも続いているから、土煙で汚れる事も全く無い。

 ……ただ、螺旋丸や千鳥の練習で抉れてるエリアがあるけど。

 

「パーカーで良いかな?」

「ああ、大丈夫。俺もトレーニングシューズを履く以外は、特に上から着ないし」

「分かった。じゃあ、とりあえず準備してくるー」

 

 そう言って、アイは身支度をしに自分の部屋へ戻った。

 俺はそれを尻目に、もう1度僅かにチャクラを練って影分身の術を発動する。ぼふんという音と煙を立てて、影分身の俺がもう1人現れた。一言で言えば、カモフラージュ要員だな。2体目の影分身の俺をアイに変化させるつもりだ。

 数分程して、白いパーカーを着たアイが戻ってきた。

 予定通り、ベランダ用サンダルを持参している。

 

「わっ! 今度は私がもう1人居る! 便利だよね、その影分身の術って」

「まぁな」

 

 ベッドに寝っ転がってるアイに変化した影分身の俺を指差して、目をキラキラと輝かせているアイ。

 初代卑影こと、二代目火影卑劣様(千手扉間)が作った術だ。アイが言うように便利なのは間違いない。

 流石(さすが)、合理主義の卑劣様。卑の意志を生み出しただけの事はある。

 だが、この術、リスクもある。影分身の術発動時に練ったチャクラを等分割する性質上、加減を間違えればチャクラ切れであの世逝きだ。加えて、影分身が得た情報、経験値の還元も、相応の負担が掛かる。

 この系統の術を戦闘で多用できる忍は、うずまきナルトと初代火影全身柱間細胞(千手柱間)くらいだろう。両者とも化け物級の強さだが、特に後者。貴方は一体何者なんだ……。

 

「さて、そろそろ行くか。アイ、俺の手を掴んで」

 

 改めてベランダに立った俺は、アイに左手を差し出す。

 

「うんっ」

 

 弾んだ声で返事をしたアイは、俺の隣に立ち、俺の手に指を絡めてきた。お馴染みの恋人繋ぎだ。

 昔、遊園地に行った時から、基本的にアイと手を繋ぐイコール恋人繋ぎになってしまった。慣れとは恐ろしいもので、普通に手を繋ぐよりも恋人繋ぎの方がしっくり来る。

 

「よし、行くぞ」

「わぁっ!?」

 

 そうして俺は、左眼に宿った瞳術・神威で、吸い込まれるようにしてアイと共に時空間へ移動した。

 余談になるが、忍術や体術等の鍛練後、観ていたアイにねだられて、須佐能乎(スサノオ)完成体で時空間内を遊覧飛行したり、(あらかじ)めマーキングしていた場所へ転々と移動してみたりと、図らずもちょっとした深夜デートになった事を此処に報告しておく。

 アイの生活サイクルが逆転してしまわないか懸念はあるが、アイが興奮気味に頬を上気させていた辺り、彼女を楽しませる事は出来たのだろう。

 

 

 

 








2023.12/9:補足関係以外削除しました。
2024.3/14:補足関係を一部削除しました。

個人的に、原作も含めてアイは恋愛では不器用なタイプかなと見ています。

以下、読み飛ばして構いません。補足です。

■補足

・拙作のシスイの永遠の万華鏡写輪眼の模様は、オビトの万華鏡写輪眼の4枚刃ver.のような形をイメージしています。

・シスイは未だ過去を引き摺ったままです。幸せになる権利は無いという考えも変わっていません。それでも、一般論として幸せな関係性である男女交際を良しとしたのは、あくまでアイ優先だからです。(第3話―②最後、間話②で自身を『亡霊』と例えている事)
前述のように、アイの幸福の障害が自分自身(の過去)になってしまって懊悩し、アイからのディープキスに対する責任&アイの内心の吐露&アイの涙で折れました。

・アイもシスイが折れた事を察しています。だからこその「仕方ないなぁ」です。

・アイがNARUTO的な力をちょいちょい見せている事も、一応裏設定があります。拙作のアイも日本生まれ日本育ちな事には変わりないです。


補足は以上となります。お付き合いいただきありがとうございました。
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