迷い人と星の子   作:ポテチバタースキー

14 / 34
お気に入り、感想始め、皆様読んでいただきありがとうございます。
今話において、オリ設定及び、一部人物へのアンチ・ヘイト的描写がありますので、予めご了承いただければと思います。
では、どうぞ。






第7話:ファーストコンタクト

 

 

 

 

 年が明けて(しばら)く経った。

 俺とアイが交際しているという情報は幸燦園(こうさんえん)内を駆け巡り、俺はアイの彼氏として幸燦園で認知されている。

 (もっと)も、交際開始の事実だけでなく、俺がアイにキスした一件まで周知されていたのは想定外だったが。

 どうも、アイが例の女子会で話したらしい。

 俺は勿論の事、アイも初めての男女交際だ。自慢したくもなるのだろう。多分。

 ……流石(さすが)に、幸燦園の女子会メンバーへの牽制では無いよね?

 そんな殺伐とした、胃がキリキリするような場じゃないよね? ね?

 ごほん!

 個人的には、節子姉さんだけに留めて欲しかったが……、もう起きてしまったからには仕方無い。

 『月明かりが差してるシチュでキスなんて、支翠(しすい)君ロマンチストだったんだねー』、『大人っぽく振る舞ってる支翠君も何だかんだ言って、お年頃だったんだー』みたいな生温かい視線は気恥ずかしい上に中々慣れないが、甘んじて受け入れよう。

 アマゾネス3姉妹の奇行からも(ようや)く……よ〰〰うやく、解放されたことだしな!

 

「シスイ君、そろそろ帰ろー?」

「ん?……ああ、ごめん」

 

 ここ数ヵ月の出来事を思い返していたら、いつの間にかホームルームが終わっていた。教室に居るクラスメイトは既に(まば)らで、(いま)だ席に座っているのは俺と他数人だけ。

 ランドセルを背負って立っているアイが、左側から俺の顔を(のぞ)き込んでくる。

 

「どうしたの?」

「いや、大した事じゃないんだ。ここ数ヵ月の事をちょっと思い出してな」

「色々あったもんねー。ふふっ」

 

 含み笑いをしてから、アイは少し(ほお)を赤らめた。

 俺の前々世(1度目の生)前世(忍時代)がバレた日であり、交際開始の日でもある、あの日の出来事を思い出したのだろうか。

 彼女の少女らしからぬ(つや)やかな表情に、俺の目は自然と吸い寄せられていく。

 ……いかん。このままでは、いつまでも魅入ってしまいそうだ。

 

「ご、ごほん! 俺にとっても、アイとの交際開始(あの日の事)が一番大事な出来事だったけど、アマゾネス共の奇行が(ようや)く終わった事も大きかったな。この4、5年間、飢えたライオンの群れに放り込まれた子羊の気持ちが良く分かったよ……」

「あぁ〰〰……、先輩達、シスイ君には猛烈(もーれつ)だったからねー」

 

 ブルッと身を震わせた俺を見て、アイは苦笑している。

 アイと節子姉さんが居なければ、俺の童貞は()うの昔に食い散らかされていたに違いない。

 とりわけ、年長のアマゾネス1号と2号は、数年前に18歳になって幸燦園から居所を移したかと思えば、昨年の俺の誕生日(11月11日)に幸燦園の試用職員としてカムバックしてくるなんて誰が想像できたか。

 しかも、数年振りに顔を合わせた時の第一声が「はぁ〰〰んっ……支翠君、良い体つきになったねぇ。お姉ちゃん達が居なくなって寂しかったぁ? ぐふふっ……私達、()()になったから、手取り足取り()()出来るよぉ……じゅるっ」というヤル気満々な発言もとい襲撃予告だったわけで……。

 『何かキメてるんですか?』と()きたくなるような恍惚(こうこつ)とした表情も合わさって、普通に引いたし恐かった……。

 

「うぅっ……ア、アイがアマゾネス共に上手い事やってくれたんだろ? 俺だと何やっても喜びそうで、手の打ちようが無かったからさ……。ありがとうな」

「どういたしましてー。年末にね、女子会で話したんだぁ。『何処(どこ)ぞの女だったら支翠君をひんひん言わせるところだけど、可愛い妹分のアイちゃんなら仕方無い。泣く泣く許すっ!』って言ってたよ」

「おおっ……! 本当に、本当にありがとう……っ」

 

 思わず、幼馴染みにして初彼女にして救世主なアイを拝んでしまった。内容からして、アマゾネス3姉妹に完全勝利したと言っても過言ではない。俺がアイにキスした一件の噂など、ほんの些細(ささい)な出来事だったのだ。

 あ、安堵の余り、(むせ)び泣きそう……。

 

「そんなに恐かったんだぁー……。よしよしっシスイ君、頑張ったね~っ。もう大丈夫だよーっ」

「おっふ」

 

 拝んでる俺を優しく抱擁し、俺の頭を撫で始めたアイ。

 交際開始以降、アイのバブみが日増しに強くなっているような気がする。

 アイの包み込むような女性的な香りとママン的ボイスが、するするっと入り込んできて、俺の自制心も月日が経つにつれて形無しになっているような……。

 アイのポテンシャル?

 パーフェクトママンな節子姉さんの影響?

 それとも、天然系の(しおり)姉さんの影響?

 理由は分からないが、今の年齢でこれだとすると、大人になった時のアイのバブみは如何(いか)程か。

 ……大人のアイにオギャる、赤ちゃん姿の大人の俺を幻視してしまった。

 ギルティーですね……。

 

「続きは幸燦園(いえ)に帰ってからにしよ?」

「い、いやいや、もう大丈夫っ! うん、大丈夫になったから! それじゃ、帰ろう!」

「うん……まだまだ足りないなー。しぶとい。でも、確実に少しずつ……」

 

 アイが何かボソボソッと呟いた気がしたが、気のせいだろう。

 俺も席を立って、手早くランドセルを背負う。

 そうして、俺とアイは教室を後にした。

 

 

 

 

※※※※

 

 

 

 

 学校正門を出てから少しして、アイが俺の左手に指を絡めてきた。

 勿論俺は、それに応じる。タコだらけの俺の手とは違って、アイの手は相変わらず小さくて柔らかい。

 

「やっぱり私、シスイ君の手、好きだなー。ゴツゴツしてて安心するっ」

「ありがとう。俺もアイの手、好きだよ。ふにふにしてて、温かくて、ずっと触っていたいと思うくらいに」

「ほぅほぅ、シスイ君は手フェチなんだね~。もうちょっとで幸燦園(いえ)だけど、それまで存分に味わいたまえー」

「え? あ、いや、あの、俺は手フェチじゃないと思うんだけど……」

 

 アイは、息子のエロ本に理解ある母親のような目をしている。

 アイに誤解されたのかもしれない。

 正直言うと、手フェチじゃなくて、おっぱ……。

 駄目だ!

 思考を止めないと!

 アイに見抜かれた時、どうなる事か……!

 焦る心を抑えて恐る恐る隣を歩くアイの様子を(うかが)うと、幸運な事に、アイは晴れ渡った青空に視線を移していて、いつもの調子で話し掛けてきた。

 

「ところでさぁ、私、学校で猫被るの止めようかなって思ってるんだよねー」

「ん? 突然どうして?」

「とーへんぼくなシスイ君は、どーせ自覚がないんだろうけど、女子に結構人気あるんだよ? 『金髪碧眼で格好良い』とか、『細マッチョな体をペロペロしたい』とか、『陸路(りくじ)君の使用済み体操服が欲しい』とか」

「こっわ……」

 

 俺に視線を戻したアイの口調が少々刺々しいものに変わったのも気にかかるが、小学校にも突発性アマゾネス症候群を発症している輩が居るのかぁ……。気づかんかったわ……。

 アマゾネス3姉妹といい、世紀末かな? この地域は。

 

「カノジョの私としては、面白くないんだよねー。『シスイ君の特別』は私なのにさ」

 

 唇を尖らせてるアイ。どんな仕草をしても可愛いし映える。

 女性は自分がどう振る舞えば可愛く見えるのか意識せずとも理解していると、嘘か本当か分からない話を聞いた事があるが、アイを見るに本当なのかもしれない。

 

「他人がどんな噂をしても、俺のパートナーで、こ、恋人はアイ1人だけである事に変わり無いぞ?」

 

 つっかかりながらも何とか言えた。

 口先だけ達者なのは当然アウトだが、だからといって行動だけすれば良いわけではない。自身の想い、意志を伝える事の重要性は自明の理だ。

 (ほお)火照(ほて)りから意識を逸らしつつ、住宅街の十字路を右に曲がった。今歩いている道をそのまま真っ直ぐ歩けば、もうすぐ幸燦園(いえ)に着く。

 

「そうだけどぉー……って、あれ? あの人誰だろう?」

 

 (いま)だに不満そうにしていたアイが、目をぱちくりさせて前方を指差した。

 俺も釣られて、左隣のアイから前方へ目を移す。

 そこには、見知らぬ1人の男が俺達の家――幸燦園の門扉前に立っていた。サングラスを掛けた金髪のオッサンで、スーツを着てはいるがラフな装いをしている。

 普通ならば、すぐに門扉のインターホンを押す(はず)だ。

 しかし男はというと、インターホンを押そうとせず、尚も門扉の前から動こうとしない。

 ……不審者である確率が高そうだな。

 

「アイ、一旦戻って身を隠すぞ」

「う、うん……」

 

 男が俺達の存在にまだ気づいていないのは僥倖(ぎょうこう)だった。

 俺はアイの手を引いて、通った道を逆行する。

 最優先にするべきは、アイの身の安全を確保する事。

 ついさっき曲がった角のマンションの外壁で……良いか。

 十字路を通過する時に丸見えになるため遮蔽物としては心許(こころもと)ないが、俺に神威(かむい)がある事を考えれば、僅かな時間、身を隠せればそれで良い。

 先にアイをマンションの外壁に隠してから、俺も続いて身を隠す。

 その後、恋人繋ぎを一旦止めて、すぐさま周囲に視線を走らせた。

 ……危険物、人影、防犯カメラは無し、と。

 

一先(ひとま)ず、ここなら大丈夫そうかな。早く移動しないといけないけど」

「シスイ君、……恐い顔してたよ?」

「ん? ああ、ごめんな。恐がらせちゃって」

 

 ランドセルを地面に置いてから、道路に背を向ける形でアイと向き合い、アイの頬を撫でる。

 アイは(くすぐ)ったそうに、けれども、嬉しそうな顔をして俺の右手を受け入れてくれた。

 不安定で平和とは言い難かった前世(忍時代)で色々経験してしまった事もあり、無自覚の内に険しい顔つきをしていたらしい。

 

「アイ、これから言う事をよく聴いて欲しい」

「……うん」

 

 アイは緊張した面持ちで(うなず)く。

 

「まず、アイを神威(かむい)幸燦園(いえ)に帰す。マーキングしてる俺の部屋に移動するから、あたかも今帰ってきたかのように演技して欲しい。移動した時に土足のままになるけど、気にしなくて良い。後で掃除すれば良いだけだから」

「……シスイ君は?」

「俺は、あの男を尾行して素性を探ってくる。初めて市民プールへ行った時のゲスチン野郎の仲間だった場合、後々厄介な事になりかねないからな」

 

 (およ)そ4年半前に発生した事件――大柄の若い男が(しおり)姉さんをナンパしようとして失敗し、ナンパの邪魔をした俺を殴った事件――の裁判は、案の定というべきか執行猶予付きの判決で確定した。

 言うまでもなく被告の男に非があるのだが、逆恨みをする可能性は否定できない。

 『4年も経って今更?』と疑問を抱かなくは無いが、逆恨みの可能性がゼロとは言えない以上、トラブルの芽を確実に摘むべきだ。

 ……もし、俺の懸念が当たってしまった場合には、こっそり始末する。

 防犯カメラが少ないこの時代(2003年)、忍術や瞳術を使えば、完全犯罪を(はか)るのは容易(たやす)い筈。

 死人に口無し。相手を皆殺しにする事で、相手の負の感情も(まと)めてあの世送りにする。

 悪辣(あくらつ)だろうが何だろうが構わない。今更だ。

 アイや節子姉さん達に災いが降りかかるならば、俺はその全てを振り払うまで。

 

「……駄目っ」

 

 俺の考えとは裏腹に、アイは拒否した。

 彼女の顔から緊張の色が消えていき、彼女の瞳には、揺らぎの無い強い輝きを伴った確固たる意志が現れている。

 

「アイッ、今回ばかりは――」

「シスイ君、危ない事しようとしてるから。シスイ君に、もう傷ついて欲しくないっ」

 

 絶対に離さないという意志を示すかの如く、アイは俺に抱きついて、ぎゅ〰〰っと俺の胸元に顔を(うず)めてきた。

 本当、罪に(まみ)れた俺には勿体無い彼女だなぁ……。

 

「……優しいな、アイは。でもアイも知っての通り、俺はワケありだからさ。大丈夫だよ」

 

 抱きついているアイの頭を撫でて、彼女を安心させようと試みる。

 しかし、効果は無かったみたいで、――アイの腕の力が急激に強くなった。

 い、痛たたた!

 メキメキいってる!

 肋骨折れる、折れちゃう!!

 

「……それでも、駄目。どうしても行くなら、私も行く。……そもそもさぁ、シスイ君のパートナーでカノジョは私なんだよ? シスイ君が抱えてるものを私も背負うって言ったよね?」

 

 一転してアイは、グツグツと煮え(たぎ)る何かしらの感情を(はら)んでいるような、はたまた、聴いてる此方(こちら)が底冷えするような声を発した。

 アイが(かも)し出す威圧感も相まって、最強に見える……。

 だが、それ以上に……。

 

「痛だだだ!! ア、アイ様、ストップ! ストップして! 体千切(ちぎ)れちゃうから、下半身バイバイしちゃうからぁ!!」

「嫌だっ。シスイ君が1人で行くのを諦めるまで止めないよ! 安心して! ケガしたら私が看病してあげるっ!」

 

 何とか声を抑えて懇願するも、アイは更に力を込めて俺を抱き締めてきた。最早、サバ折り・アイスペシャルと言ってもいいかもしれない。

 うごごご……単独行動は諦めよう……。

 このままだと本当に死ぬぅ……。肋骨()し折られて、肺の空気絞り出されちゃうぅ……。

 

「ごほっ……ぐふっ……わ、分かった! アイと一緒に居るから、今は危ない事しないから、だから力を――」

「坊主達、其処(そこ)で何やってるんだ?」

 

 不意に背後から声が掛かった。

 首を動かして見遣ると、先程まで幸燦園の門扉前に居た男が其処にいた。

 アイに意識を向け過ぎていて察知し損ねた事に内心で歯噛(はが)みしながらも、冷淡に返事をする。

 

「ごほっごほっ……いえ、何でもありませんよ。どうぞお気遣いなく」

 

 (くだん)の男の声を聞いてアイが抱擁を解いてくれた事もあり、俺はすぐさま反転し、アイを(かば)う格好で男と対峙(たいじ)した。

 

「坊主、大人みたいな言葉遣いするんだな。ところで後ろの嬢ちゃん、君が『星野アイ』か?」

 

 男は、俺の言葉に大した反応もせず、アイへじろりと視線を向けた。品定めするような嫌な目つきだ。

 

「っ……」

 

 視線を向けられたアイは、(おび)えたように俺の服を掴み、俺の背中にくっつく。4年半前の事件を想起したのかもしれない。

 これは、どうしたものか……。

 困った事に、万華鏡写輪眼での幻術は迂闊(うかつ)には使えないな。

 安眠促進のためであったもののアイに幻術を掛けようとして失敗した事と、アイが特殊体質なのか否かについての結論がまだ出ていない事を鑑みれば、ただでさえ苦手な幻術が成功するのか、疑問符が付く。

 もし、この男にも幻術を掛け損ねた場合、その時点で殺害以外の選択肢が無くなるのは明白だ。

 この場にアイが居ることを考えれば、それは避けたい。

 とりあえず、この男の素性と目的を探ろう。

 今の状況では、この男は『アイが幸燦園で生活しているのを知っているが、アイの顔までは知らないらしい』という事くらいしか分からないし。

 

「まず、ご自身のお名前とお勤め先、それから、その『星野アイ』とやらを探す理由をお話しいただけますか? 失礼を承知で申し上げますが、貴方の言動は不審者のそれですよ?」

「うぐっ、……それもそうだな。俺は斉藤壱護。苺プロダクションっつう芸能事務所の社長をやっててな、ここら辺で美少女と(もっぱ)ら噂の『星野アイ』をスカウトしに来た」

 

 そう言って、目の前の男――斉藤壱護は名刺を差し出してきた。

 俺は差し出された名刺を受け取り、ざっと目を通してからポケットに突っ込む。

 背後のアイに目配(めくば)せすると、アイは首を横にフルフルと振った。アイの嘘感知レーダーに引っ掛からなかったという事は、斉藤壱護が話した内容は嘘ではないという事。

 苺プロダクション、ね……。聞いた事も無いな。

 

「それで、さっきの質問だが、後ろの嬢ちゃんが『星野アイ』か? いや、『星野アイ』だろ? そんな美少女が何人も居るわけがねぇ」

 

 確信があると言わんばかりに、確認するような口調で訊いてきた斉藤壱護。

 流石(さすが)にバレたか。

 アイは神の造形とも言うべき美貌の持ち主だ。

 個人情報の管理がザルなこの時代柄、情報収集して噂と照合すれば見当はつく。

 とはいえ、……素直に認めて赤ベコのように肯定するだけなのは(よろ)しくないな。

 わざわざ会話の主導権を相手に与える必要は無い。

 

「彼女が類稀(たぐいまれ)な美貌の持ち主である事は否定しませんけど、斉藤さんのスカウトに、この場で『はい、分かりました』とは応じられませんよ? 見ての通り未成年ですから、保護者とじっくり話し合う必要がありますし」

「確かにそれは正論だがな、ここまでの逸材を(のが)すわけにもいかねぇんだ。これから、近くの喫茶店で話だけでもしねぇか? 一対一(サシ)で話したいところだが、坊主、君も一緒で良い。2人の関係が気になるってのもあるが、明らかに見た目と合ってねえ面白そうな奴だしな」

 

 未成年を理由にこの場を離れる旨を暗に伝えるも、斉藤壱護は食い下がって話を進めようとする。

 「ここまでの逸材を(のが)すわけにもいかねぇ」だの、「一対一(サシ)で話したい」だの……。

 コイツ駄目だな。

 野心ばかりが先行していて、モラルやコンプラ意識が低そうだ。

 大方、相手が子どもだから上手い事丸め込んで、保護者と話す際に自分の味方につける魂胆なのだろう。

 そんな斉藤壱護を見限った俺は、地面に置いていたランドセルを背負い直し、切り捨てるように言い放った。

 

「申し訳無いですが、帰らせていただきます。保護者と相談の上、後日お電話させていただきますので。では、これにて。――それじゃ、帰ろう」

「えっ? う、うん」

 

 ビジネスライクな会釈をした後、俺はアイの右手を取って、幸燦園へ足早に歩き始める。

 

「お、おい!」

 

 斉藤壱護は、横を通り過ぎかけた俺の右肩を強く(つか)んで引き止めた。

 しつこい奴だな……。

 辟易(へきえき)とした感情の赴くまま、俺は斉藤壱護を()めつける。

 まだ瞳術や忍術は使わない。今はまだ、な。

 

「まだ何か? 執拗(しつよう)に引き止めるのはお勧めしませんよ? 斉藤さんへの心象が悪くなる事は、流石にお分かりでしょう?」

「ぐっ……、坊主お前、思ったより生意気だなッ!」

「お褒めに預かり光栄です」

 

 俺の皮肉を聞いた斉藤壱護は、苦虫を噛み潰したような表情で手を離した。

 怒気を(あらわ)にすれば、俺がビビると思ったようだ。

 前世で何度も殺し合いを経験した俺には、その程度じゃあ通用しないぞ。俺をビビらせたいなら、全身柱間細胞(千手柱間)クレイジーサイコホモ(うちはマダラ)クラスのやべー奴らを連れて来い。

 心の内で斉藤壱護をせせら笑った俺は、アイと共に幸燦園へと歩を進め、門扉を(くぐ)った。

 さてさて、頃合いを見計らって……忍らしく追跡調査、するとしようか。

 

 

 

 

※※※※

 

 

 

 

 斉藤壱護が背を向けて去っていくのを視認した俺は、アイ以外に見られないように注意しつつ影分身の術を発動し、斉藤壱護を3体の影分身の俺に尾行させた。勿論、変化(へんげ)の術でカモフラージュ済みである。

 まずは身辺調査をして、斉藤壱護の生活拠点や事務所に神威のマーキングしておく予定だ。

 (ちな)みに、影分身の術を隣で見ていたアイは、目をキラキラさせて「私もやってみたい」と言っていたが、何とか(なだ)めて一先(ひとま)ず思い留まって貰った。

 気持ちは分かるが、こればかりはどうしようもないし、仮にチャクラを練ることが出来るようになっても、生半可な忍術は命取りになる。アイが影分身の術を使って死亡したら……なんて想像したくもない。

 そうして時計の針は回っていき、夕食等も済ませた現在、俺とアイは、リビングテーブルで節子姉さんに相談しているところだ。いつも通り俺の右隣にアイ、対席に節子姉さんが座っていて、相談内容は当然、苺プロダクションからのスカウトについてである。

 

「苺プロダクションについてインターネットで調べてみたけど、あんまり良くなさそうだな。資本金がショボ過ぎるし、事業実績を検索しても出てこなかった。芸能事務所に詳しくはないけど、この先、苺プロダクションが健全なマネジメントを出来るのか疑問だな。会うのは止めた方が良いと思う」

 

 節子姉さんが苺プロダクションへ辛辣(しんらつ)な評価を下していた。

 まぁ、社長がチンピラ系の時点でお察しではある。

 敏腕なビジネスマンなら、清潔感のある容姿やフォーマルな服装をチョイスし、子ども相手でも細やかな気配りをする。初対面なら尚更だ。自分に対する心象を良くする事で、次回だけでなく、それ以降の中長期的なビジネスチャンスに繋げられるからな。

 

「そっかー。私は話くらいは聞いてあげても良いかなーって思ってたんだけど」

 

 アイの予想外の言葉に、節子姉さんは目を見開いて驚いた表情を浮かべた。

 鏡で見れば、俺も同じような顔をしているだろう。

 今までアイは、芸能界に興味がある素振(そぶ)りを見せてこなかった。突然言われたら誰だって驚く。

 思わず俺は、アイにその理由を訊いた。

 

「それはまた、どうして?」

「チヤホヤされる事に興味は無いけどさ、芸能界って、私みたいな小学生でもお金稼げるでしょ? お金稼げるようになったら、シスイ君と離ればなれにならないで、これから先もず〰〰っと一緒に生活できるなぁって。それが1番の理由かなー」

「……まだお金の事を考えなくて良いんだぞ、アイちゃん」

「っ……」

 

 節子姉さんは沈痛な面持ちで話し掛け、俺は情けない事に言葉に詰まってしまった。

 近い将来、世知辛(せちがら)い現実が訪れる事を、アイは自分なりに理解していたのだ。

 厳然たる事実として、日本では原則18歳で児童養護施設を退所しなくてはならない。

 それはこの幸燦園(こうさんえん)も例外ではなく、実際に年長のアマゾネス1号と2号も18歳で退所した。

 退所者が出来る限り幸燦園の近くで生活できるよう、節子姉さんは裏で色々と動いてくれているみたいだが、限界はどうしたってある。

 先の2人は幸燦園の職員として驚天動地のカムバックをしてきたが、今後もOB、OGを雇用するだけの予算面でのキャパがあるかと言えば、確実に否だ。

 俺もアイも、今すぐと言わずとも退所後の身の振り方を考えなくてはならない事には違いない。

 だが……。

 

「それでも、あの社長が居る所は駄目だと思う。野心ばかり先行していて、アイを1人の人間として、ありのまま見てくれるとは思えない」

「人の悪口を言わない支翠(しすい)がここまではっきり言うって事は、それだけ問題ありって事だからなぁ……。なぁ、アイちゃん。芸能界を選択肢に持つのは良いけどさ、この苺プロダクションは止めにしないか?」

 

 俺と節子姉さんは、アイに翻意するよう促す。

 アイが芸能界の(くず)共に奴隷の(ごと)く使役される事など、あってはならない。全く許容できない。

 

「ん〰〰……、でも、嘘は()いてなかったし、シスイ君にバッサリ切られてもスカウトしようとしてたのを見てて、『素人の私に芸能界で何させたいんだろう?』って気になったりもするんだよねー。『大人になる時に参考になるかも?』って思ったり。それに、話を聞くだけなら、働かないといけないわけじゃないでしょ?」

「それはそうだけどなぁ……」

 

 (いま)だ節子姉さんは、眉を(ひそ)めて難色を示している。

 俺も同様に眉間に(しわ)が寄っている自覚がある。

 当然だ。話を聞きに行くという事は、わざわざ相手の土俵に上がる事になるわけで。敵に塩を送るようなものなのだから。

 そんな俺や節子姉さんの様子を見て、何故か照れ臭そうにしていたアイは、少しだけ不安げに瞳を揺らして、口を開いた。

 

「……もし今、私がスカウトのおじさんの話を聞きに行こうとしたらさ、シスイ君と節子お姉ちゃんもついて来てくれる……?」

「勿論」

「当たり前だろ」

 

 俺と節子姉さんは即答した。

 俺はアイが幸せになれるよう今生を捧げると、彼女に降りかかる万難を排すると誓った身だ。

 節子姉さんだって、施設長という枠を超えて、俺やアイの『義母さん(かあさん)』になってくれてる人だ。

 アイを危険な場所に1人で行かせるわけがない。

 

「えへへっ……なら、大丈夫だよっ! 話を聞きに行っても、私には絶対に味方になってくれる人が居るんだからっ」

 

 そう言ったアイは、目を潤ませて、安堵を(にじ)ませた柔らかい笑みを浮かべていた。

 もしかしたら、『リスクを(おか)そうしている自分は見限られるのではないか』という恐怖が、彼女の中にあったのかもしれない。

 俺も節子姉さんも、アイを見限るなんてあり得ないんだがな。

 苺プロダクションの一件は反対だけど。

 ――それからも、俺と節子姉さんはアイの説得を試みたものの、奏功すること無く。

 結局、『その場での契約は絶対にしない』と条件付きで俺と節子姉さんが折れ、近い内に苺プロダクションを訪れる事になった。

 

 

 

 






2023.12/9:補足関係以外削除しました。
2024.3/14:補足関係を一部削除しました。

拙作の斉藤壱護の扱いは、かなりor結構悪くなりそうです。その点、ご容赦ください。

毎度お馴染みになりつつある補足です。ごめんなさい。
読み飛ばしてもOKです。

■補足

・苺プロの経営状態(資本金云々)はオリ設定です。

拙作では、アイスカウト時点での苺プロの経営は、創業して間もなく、かなりカツカツという事にしました。
原作1巻において、
①苺プロの経営がアイの活躍に依存しているように見受けられる事
②アイにスポットが当たっているとはいえ、苺プロ所属の他のアイドルグループやタレントが全く出ていない事
③だだの弱小芸能事務所と言っている事(ミヤコ談)
を根拠にしています。

個人的に、旧B小町は壱護プロデュースのファーストグループだったんじゃないかなぁと、推察しています。
後々、原作設定と矛盾した際には、拙作は別の世界線という事で……。
というか、NARUTOクロスオーバーの時点でry

補足は以上となります。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ではでは、また次話にてお会いしましょう。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。