迷い人と星の子   作:ポテチバタースキー

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お気に入り、感想、評価始め、皆様読んでいただきありがとうございます。
前話同様に、オリ設定及び、一部登場人物についてのアンチ・ヘイト描写がありますので、予めご了承いただければと思います。
では、どうぞ。






第8話:決裂

 

 

 

 

 俺とアイ、節子姉さんの3人で話を聞きに行くと決まった日から約1週間。

 とうとう、(くだん)の苺プロダクションを訪ねる日がやってきた。単純に説明を聞くだけで終わるとは思えず、俺達にとって戦いの日となりそうだ。

 

「それじゃ、そろそろ行くぞー。支翠(しすい)、アイちゃん、準備は万端か?」

「私は大丈夫だよーっ」

「俺も準備出来たよ、節子姉さん」

 

 玄関で最終確認をしてくる節子姉さんの呼び掛けに応じつつ、斉藤壱護のスカウト以上に悩みの種になっている事へ思考のリソースを割く。

 相手方の事はこの約1週間で概ね把握できた。

 苺プロダクションの実態も、斉藤壱護の行状も、そしてアイに何をさせたいのかも。

 疲労が凄まじかったものの、影分身の術と神威(かむい)様々である。

 実際に調べてみて思ったのは、やはり苺プロダクションはアイに値する事務所では無いという事。斉藤壱護のスカウトにはNO一択で良い。

 ただ、……情報収集する中で、()()()()()()()を目にしてしまい、それへの対策をどうしたものかと難儀している。

 俺が知っている存在ならば何とか円満な方向で終わる……だろうが、そうでなかった場合は殺し合いに発展しかねず、節子姉さんのみならず苺プロダクションの連中にも俺の前世(忍時代)がバレてしまうだろう。

 とにかく、今日の一件が無事に終わる事を祈るばかりだ。

 ガチャッと解錠する音が耳に入ってきた。

 節子姉さんは一足先に外に出て、玄関扉を開けたまま俺とアイが外に出るのを待っている。

 

「シスイ君? 行こっ?」

「ああ」

 

 アイが差し出してきた右手に指を絡めて、お馴染みの恋人繋ぎをする。

 彼女の、まだ幼さが残る小さな手。

 その体温が伝わってきて、尚の事思う。

 基本的に人当たりが悪くないにしても、こんな華奢(きゃしゃ)なアイを、自身の野心のために利用しようとする斉藤壱護はクソ野郎だと。

 『夢』などという綺麗な言葉で隠している辺り、(たち)が悪い。

 

「アイ」

「んー?」

「将来の事だけどさ、お金の事は俺がどうにか――んむっ!?」

 

 左隣のアイへ顔を向けた俺が言い終える前に、視界一杯に目を(つぶ)ったアイの顔が映っていた。

 『やっぱり絶世の美少女だなぁ』とか、『睫毛(まつげ)長いなぁ』とか、『枝毛が全く無いアイの髪を、世の女性は(うらや)むだろうなぁ』とか、意識を逸らして平常心を保とうとしたものの、アイの瑞々(みずみず)しく柔らかい唇の感触によって、一気に(ほお)に熱が帯びたのを自覚する。

 

「おぉ〰〰っ!!」

 

 俺達を急かすこと無く、高みの見物を(野次馬化)している節子姉さん。女性にとって恋バナ系の出来事は、何歳になっても気分が高揚するものらしい。

 ……小学生が目の前でキスしている事について、幸燦園(こうさんえん)の施設長として注意しなくて良いのだろうか。

 

「んはぁっ……。シスイ君はね、1人で抱え込み過ぎなんだよ」

「それは……。けど――」

「大丈夫っ。私とシスイ君の2人ならね。協力し合うから『パートナー』なんだし」

 

 至近距離で俺の目を(のぞ)き込みながら、アイはそう言った。彼女の真っ直ぐで強い輝きを放つ瞳は、『助けられるだけなのは嫌だ』と訴えているように感じられる。

 

「……強いなぁ、アイは」

 

 優しい彼女の、(しん)のある前向きさを前にして、思わず言葉を漏らしてしまった。

 ……あの日の夜、確かに俺はアイに告白した。

 パートナーとして、恋人として、付き合って欲しいと。

 その言葉に嘘偽りは無いし、現在に至るまでアイを100パーセント信頼している。

 ただ、それとは別に、苦労するのは、泥水を(すす)るのは、俺1人でするべきだとも思っている。

 今まで大変な思いをしてきたアイを思えば、彼女には伸び伸びと生活して欲しいのだ。

 けれどもアイは、そんな俺の考えを察した上で易々(やすやす)と越えていく。

 

「ふふっ、私は『シスイ君の一番』で『シスイ君の特別』なんだから、当然(とーぜん)だよっ」

 

 破顔したアイは、ゆっくりと俺から顔を離していった。その拍子に、彼女の優しい香りが鼻腔(びこう)(くすぐ)る。

 

「……ま、アイちゃんも支翠も時間はまだまだあるんだ、焦る事はないさ。そもそもアタシなんか、色々やらかした挙げ句、まともな仕事に就いたのは20代半ばだしな!」

 

 中々衝撃的なカミングアウトに驚いた俺とアイは(そろ)って、張本人たる節子姉さんに視線を移す。

 その節子姉さんは、俺達を安心させるように笑い掛けてきたかと思いきや、一転して、ずぅーん……と落ち込み始めた。

 身を張った自虐ネタで自爆しとる……。

 人の過去を掘り返すのもどうかと思うが、その『やらかし』について気になってしまうのが人の(さが)というもので。

 

「えぇ〰〰っ!! 節子お姉ちゃん、何やってたの?」

「えっ!? あぁ〰〰……、いや、その、まぁ、な? ちょ〰〰っとヤンチャしてただけで……」

 

 アイの質問を受けて、『動体視力のトレーニングですか?』と言いたくなる程に、右に左にと節子姉さんの目が泳いでいる。

 格好良い大人然とした節子姉さんは何処(いずこ)へ……。

 以前、ちらっと聞いた時には小学生の時だけかと思ったが、どうも節子姉さんの言う『ヤンチャ』は結構なレベルのもので長期間だったようだ。

 勿論、それに感づいたのは俺だけでなく――。

 

「『ちょっと』じゃないでしょ~。 私、嘘に敏感なんだよー? 気になるなぁ」

「うぐぅ……」

 

 審問官モードに入りつつあるアイに対して、あのパーフェクトママンな節子姉さんが冷や汗をボタボタと()き始めた。

 おぉう……見ていて気の毒になってきた。

 アイに身バレしたあの日の俺も、アイからはこんな風に見えていたのだろうか。

 同じく黒歴史を持つ者として、いつも世話になっている節子姉さんに助け船を出してあげよう。

 

「ま、まぁまぁ、それくらいにして、そろそろ行こう。遅刻して俺達側の落ち度を作る必要は無いし」

「そ、そうだな! 行こう行こう!!」

「むぅ……後で教えてよ?」

「そ、そのうちな!」

 

 可愛らしく頬を膨らませて不満を表明しているアイから逃げるように、節子姉さんは門扉の解錠をしに行き、俺とアイも、開けっ放しの玄関扉を施錠して節子姉さんの後を歩き始める。

 そんなこんなで俺達は、たわいもない話をしながら、苺プロダクションの事務所へ向け出発したのだった。

 

 

 

 

※※※※

 

 

 

 

 電車を乗り継ぎ、最寄り駅より歩く事暫く。

 苺プロダクション前に到着した。斉藤壱護の自宅も兼ねていて、立派な3階建ての建物だ。

 インターホンを押すと、斉藤壱護自らが応対して建物内のリビングらしき場所へと通され、そこには横長のテーブルと、手前側に3脚、向こう側に1脚の椅子が置かれていた。

 

「今日はご足労いただきありがとうございます。皆出払ってる事もあって、今は私1人でしてね。どうぞお掛けになってください」

 

 そう言って、斉藤壱護は反対側の椅子に腰かける。

 初対面の時とは違って、ビジネス用の仮面を被っているみたいだ。見た目とのギャップで胡散臭さが倍増しているが。

 とりあえず、左から俺とアイ、節子姉さんの順で座る事にした。

 

「どうぞ」

「いつもありがとー」

 

 中央の椅子を引いて、アイに先に座って貰ってから、俺も左側の椅子に座る。

 俺達が全員着席したのを見計らって、対席にてテーブルに両肘をついて手を組んでいる(司令官ポーズの)斉藤壱護は、節子姉さんの方へ向き、(おもむろ)に口を開いた。

 

「単刀直入に言いますとね、お宅のお嬢さん、星野アイさんと専属マネジメント契約を結びたいと思ってるんですよ。これから結成予定のアイドルグループの顔としてね。仕事柄、私は様々なタイプのタレントを見てきましたが、彼女程、人の目を惹き付ける子を見た事がない。間違いなく芸能界で天下を取れる逸材です」

 

 その言葉に、俺もアイも驚きは無い。

 影分身での内偵調査通りの情報だ。

 それらの情報は、既にアイに伝えてある。

 

「アイドルグループの顔……ねぇ……。今まで成功例はあるのか? 商業登記簿を見たが、この事務所、設立したてだろ」

 

 言外に『苺プロダクションでの成功事例は無いだろ?』と含意した節子姉さんの言葉に、斉藤壱護は少しだけ頬を引き()らせていた。

 

「え、ええ。独立したてでしてね……。ただ、今まで芸能マネジメントに(たずさ)わってきた身ですので、ノウハウはしっかりあります。もし(よろ)しければ、前勤務先の名刺もお渡ししますよ」

「その名刺、(もら)っておこう」

 

 斉藤壱護の名刺を受け取った節子姉さんは、手早く手提(てさ)げバッグに仕舞った。

 後で俺も見せて貰おう。変化(へんげ)して調べるかもしれないし。

 

「ところで、……そちらの金髪のお子さんも同席させたのは何か理由がおありで?」

「アンタらにとっては不都合だろうけどな、アイちゃんの彼氏の支翠(しすい)だ。だから連れてきた」

「あぁ〰〰……」

 

 (うめ)くように声を出しながら、天井を仰ぎ見る斉藤壱護。

 彼の立場に立って考えれば、まぁ気持ちは分かる。

 逸材だと思った美少女は、既に彼氏持ちだったわけで。

 ビジネスプランの前提が完全に崩壊しているのだから。

 

「ふぅ……やるしかねえかぁ……」

 

 溜め息を吐いた後、俺に向き直った斉藤壱護は何かしらの覚悟を秘めた顔つきをしていた。

 

「……支翠君といったか。申し訳無いんだが、……君の彼女、星野アイさんと別れてくれないか? 君の彼女は10年、いや、30年に1度、居るか居ないかというレベルの逸材だ。芸能史に名を残す事だってあり得るだろう。俺も言いたくは無いが、……君という存在が彼女の可能性を(せば)めかねない」

 

 確かに、『俺がアイの将来の可能性を狭めかねない』と言われて、否定できない部分はある。

 当人である俺ですら、アイには不釣り合いな男だと自覚しているしな。

 だが――。

 

「俺は――」

「私はシスイ君と絶対に別れないよ。おじさんの話を聞きに来たのも、シスイ君とずっと一緒に居られる方法を探すためだし。おじさんは私をアイドルにしたいみたいだけど、シスイ君と別れるくらいならアイドルなんかにならないよ」

 

 俺が答えるのを遮って、隣のアイが答えた。

 大木の如く揺らぎの無い毅然とした彼女の表情に、嬉しさ反面後ろめたさも感じる。

 過ちを犯し続けた俺が、こんな、心が満たされるような喜びを感じて良い(はず)がないのに……。

 そんな複雑な心持ちの俺を余所(よそ)に、アイに続いて節子姉さんも口を開く。

 

「なぁ、斉藤さんよぉ……。アンタがアイドルグループ作るのは勝手だけどな、契約もしてない小学生のプライベートに口を挟むのはどういう了見だ? アンタ、何様のつもりだ?」

 

 節子姉さんの、普段からは想像もできないような怒気を(はら)んだ声音に、場の空気が一変した。

 節子姉さんから発せられる、心臓を鷲掴(わしづか)みにされたと錯覚するような重圧に、俺の本能が警鐘を鳴らし始める。

 『ヤバイヤバイヤバイ!! このままだと死ぬぞ!!』と。

 右隣のアイもそれを感じたらしく、少し震えながら俺の右腕にしがみついてきた。

 直接当てられていない俺達でこれなのだ。

 今、節子姉さんの視線に射貫かれている斉藤壱護は――。

 

「ひぃっ!!……お、俺だって言いたくねえさ! だが、アイドルになればナンバーワンになれる逸材を前にして、黙っていられねえだろ! こ、このままじゃあ、才能を最大限引き出せず埋もれちまうかもしれないんだぞ!? それが星野アイ(その子)にとって幸せな事なのか!? 大人として、胸クソ悪い事でも言うのが筋だろ!」

 

 ビクついて(おび)えながらも、勢いそのままに言い切った。

 俺でも経験した事が無いレベルの威圧感を正面から受けても尚、言い切る気概だけは評価しても良いかもしれない。

 

「余計なお世話だ。支翠が言ってた通り、アンタは野心の塊だな。結局のところ、アンタらの都合の良い様にアイちゃん(この子)を利用したいだけじゃねえか!!――2人とも帰るぞ」

「うん」「う、うん」

 

 斉藤壱護を一喝した節子姉さんに(なら)って、俺とアイも席を立ち、反転して玄関へ向かおうとする。

 激怒している節子姉さんの隣で(こわ)ばった顔をしているアイが()ぐさま俺の左腕を抱き寄せてきたので、俺は「さっきはありがとう」とアイの耳元で告げてから彼女の頬にキスをした。

 この状況下で俺からキスされるとはアイも思っていなかったらしく、アイの表情が、ふにゃっとした力の抜けた笑みへと変わっていく。

 照れ臭いが、彼女が喜んでくれているようなので良しとしよう。

 

「わ、分かった!! 2人の交際は認める! アイドルに恋人はご法度だが、特例的に認める! だから苺プロ(ウチ)と契約してくれ、頼む!! 自前のアイドルでドーム公演する事が俺の、俺達の夢なんだ! どうか協力して欲しい!! どうか……!!」

 

 背後をチラリと見遣れば、其処(そこ)にはテーブルに両手をついて頭を()り付けている斉藤壱護の姿。

 俺に釣られてか、アイも振り返って斉藤壱護をまじまじと見つめている。

 アイドル業界を詳しく知らないが、アイドルに恋人厳禁な事は経済的側面において理解出来なくもない。アイドルを同じ人として見ていないようで、個人的に納得は出来ないが。

 その恋人厳禁ルールを特例的に撤廃するという事は、苺プロダクション側が白旗を()げているに等しい。

 だが、それで節子姉さんの怒りが収まるわけもなく……。

 

「『夢』っつうのはな、自分が主体になって、自分自身の力で叶えるものだ!! 子どもを利用して叶えるものじゃねえ!! 今後、幸燦園(ウチ)の子達にちょっかい出してみろ、タダじゃおかねぇぞ!!」

 

 その瞬間。

 斉藤壱護を鋭い眼光で睨み付けている節子姉さんを起点として、フローリングされた床や内壁の至る所に深い亀裂が走った。

 

「ひゃぁ!」

 

 悲鳴を上げたアイが俺の胸元に顔を(うず)めて抱きついてくるが、それに構う余裕が無い。

 俺の思考は絶賛混乱中だ。

 信じられない事に、体を押し潰さんばかりの強烈なチャクラの波動が節子姉さんから放出されているのだから。

 咄嗟(とっさ)に俺は写輪眼に切り替え、バレないよう薄目で節子姉さんを確認すると、節子姉さんは、前世(忍時代)の俺よりも多く、今の俺なんかとは比べ物にならない程の膨大なチャクラを有していて、それを一気に放出していた。

 マジで節子姉さん、何者なんだ……。女版全身柱間細胞(千手柱間)と言われても信じるよ、俺。

 

「ひぃっ、ば、化け物……っ! こ、殺さないでくれっ……!!」

 

 斉藤壱護はというと、流石に耐えられなくなったようで、嵐が過ぎ去るのを待つかの如く頭を抱えて、床に(うずくま)り始めた。

 節子姉さんのチャクラ放出に恐がって、現在俺の体に抱きついているアイもそうだが、失禁や気絶をしないだけ大したものだと思う。

 俺なんか、ちょっとチビって……。いや、何でもない。

 

「ふぅっ……。支翠、アイちゃん、恐がらせてごめんな。それじゃ、帰ろう」

 

 チャクラの放出を止めた節子姉さんは表情を和らげて、俺とアイの頭を撫でてきた。

 その優しい手つきに、俺に抱きついているアイの体から余計な力が抜けていく。

 良かった、いつもの節子姉さんだ。

 

「節子お姉ちゃん、す、凄かった……」

 

 俺の胸元から顔を離したアイの呟きに、俺もコクコクと何度も(うなず)く。

 前世(忍時代)の俺にも無理な芸当をやってのけて、疲れた様子を全く見せていないのだ。

 そもそも俺のような例外的な存在を除いて、この世界の人間はチャクラを練る事すら出来ない筈なのに……。

 アイへの幻術失敗といい、節子姉さんの『柱間ァァァ!!』振りといい、謎が深まるばかりだな……。

 

「まぁ、その話はまた後でな。さぁ、帰ろう帰ろう」

 

 節子姉さんに背を押される形で俺とアイは玄関へ歩いていき、俺達は欠陥住宅化した苺プロダクションの事務所を後にした。

 ……『星野アイの保護者の超能力で家の中が損壊しました』なんて主張は警察や裁判所で通用しないだろうし、苺プロダクション泣き寝入りだなぁ……と、少しだけ同情してしまったのは内緒だ。

 

 

 

 

※※※※

 

 

 

 

 幸燦園(こうさんえん)に帰ってきて、夜も更けていき……。

 後は就寝するだけとなった自由時間。

 皆、各々の趣味なり何なりに勤しむ時間帯に、アイが俺の部屋に入ってきた。いつも通りである。

 ベッドの縁に腰かけている俺の(もも)に座ってきたアイは、俺に背中を預けて、どこか緊張気味に話し掛けてきた。

 

「ねね、シスイ君」

「ん?」

「私ね、あのおじさんの話を受けようかなって思ってるんだ」

「……えっ?」

 

 俺の思考が白く染められてしまった。

 何をどうしたら、そういう結論に至ったんだ……。

 

「シスイ君は反対?」

「ああ、反対だな。あの男は、アイの事を『星野アイ』としてではなく、『アイドルの原石』としてしか見ていないから」

 

 節子姉さんの逆鱗に触れた結果、白旗を()げていたが、根本的な考え方は変わっていないだろう。

 あくまで、あの男にとっての最優先事項は、『自前のアイドルでドーム公演する事』だ。

 アイを使うだけ使って『夢』という名の野望を達成しようとするに違いない。

 

「でもさ、私達の交際を認めてくれるって言ってたの、嘘じゃなかったよ?」

「それでもだ。……アイ、まだ焦る事は無いんだ。年寄り臭い言い方になるけど、子どもの時間は貴重なんだよ。大人になれば、嫌でも働かないといけなくなる」

 

そう言ってから、俺はアイのお腹に腕を回して抱き締める。

彼女の心が少しでも安らぐようにと想いを込めて。

 

「んっ……。やっぱりシスイ君は『私の特別』だね。胸の奥がポカポカするんだぁ」

「……アイは『俺の特別』なんだから、当然だろ」

「ふふっ、照れながら言うシスイ君、可愛いー」

「うぐっ……」

 

 体を(ねじ)って、熱を持っている俺の頬をツンツンと(つつ)き始めるアイ。

 俺の頬を(もてあそ)ぶだけ弄んで一段落したアイは、再び俺に背を預けて話し始める。

 

「私さ、1番嫌なのは、シスイ君と離ればなれになる事なんだ。2番目に嫌なのは、幸燦園(ここ)から出て行かないといけなくなった時に、遠くへ行っちゃう事」

「ああ」

「それでね、『それを防ぐにはどうしたら良いんだろう?』って考えて思ったんだ。あのおじさんが私を利用しようとしたように、()()()()()()()()()()()()()早めにお金を稼げば良いって」

「お、おう……」

 

 悪い事では無いけど、アイが卑遁を習得しかけていることに気づかなかったわ……。

 ちょっとビックリ。

 

契約書(けーやくしょ)でお金とか条件とか決まるんだよね?」

「基本的にはな」

「じゃあさ、私の条件を全部、あのおじさんに飲ませちゃえば良いんだよ。契約書に書いてね」

「そう上手くはいかないぞ? あの男の肩を持つわけではないけど、相手も慈善事業をやってるわけではないからな」

 

 芸能事務所も会社だ。

 金を稼いで事務所の規模やネームバリューを大きくしていく必要もあるし、当然、タレントや従業員の雇用を守らないといけない。

 俺達のケースで言えば、仮に、俺達が逆オファーしたとして、苺プロダクション側が1人のアイドルの原石に全面降伏するような内容の条件を飲むとは思えない。

 

「けどさ、私が頑張ってまんげきょーしゃりんがん(万華鏡写輪眼)? を使えるようになったら、出来そうじゃない?」

「いや、残念ながら無理だ。万華鏡写輪眼は努力で習得出来ないから」

 

 元々俺の場合は、宗家ではないものの前世(忍時代)の両親が千手とうちはの血を引いていた事もあって、写輪眼系統の瞳術を使用できるわけで。

 ……あれ?

 俺のこの体は前世のものとは違う以上、写輪眼の反動が無いと可笑(おか)しいのに、何故普通に写輪眼を使えているんだ?

 あれれ?

 思考が横道に逸れていき、俺の脳内が疑問符で埋まりかけていたところで、アイの声によって思考が中断される。

 

「うぅ〰〰……シスイ君のケチッ」

「……そう言われても仕方無い事なんだ。それに、節子姉さんの顔に泥を塗る事になるぞ。節子姉さんがあんなに怒ってたのは、アイを大事に想っているからなんだからな」

「そ、それはそうだけどさぁ……」

 

 後ろからアイの顔を(のぞ)くと、アイも流石にばつの悪い顔をしていた。

 日頃からの恩人へ恩ではなく仇を返すような行為に気が引けるのは、誰でもそうだろう。

 

「でも、……シスイ君や節子お姉ちゃん達と一緒に居れるように、出来る限りの事をしたい。もう、1人になりたくない……」

「……」

「また1人になったら、私、……耐えられないよ……」

 

 次第に(うつむ)いていったアイは、パジャマのズボンをぎゅっと握り締めて黙り込んでしまった。

 俺達が不安定な立場に居るのは間違いない。

 アイはまだ11歳だ。将来への不安や恐怖は消し難いものがあるだろう。

 アイにはありのままの『星野アイ』で居て欲しい、屈託なく笑っていて欲しいと思っている俺の役目は、そういった不安や恐怖を解消し、アイが心満たされた状態になるよう、状況を整える事。

 アイの望みを叶えるために、一肌脱ぐか。正直、個人的には反対だし、リスクを抱える事になるけども。

 それに、『あれ駄目、これ駄目』だけ言って、何も行動しない奴にはなりたくない。

 

「……よし、分かった。それじゃあこうしよう。まず明日、節子姉さんに俺の前々世と前世の事も含めて全部話して、事前に斉藤壱護側と交渉する機会を設ける事にOKして貰おう。それで後日、斉藤壱護に対しては、俺が強めの幻術で()めて、アイと俺、節子姉さんの条件を全部飲んだ契約書を用意させる。もし、節子姉さんからOK貰えなかったり、幻術が上手くいかなかったら、苺プロダクションの件は諦める。……これでどうだ?」

「……本当に良いの? シスイ君に嫌な事させちゃうのに……」

「ああ。それこそ、アイの『パートナー』にして『恋人』なんだからな」

 

 アイが出来るだけ安心できるように、彼女に微笑みかける。

 アイには伏せているが、苺プロダクションの従業員の中に居る()()の反応も見たいというのもある。

 やぶ蛇になる可能性もあるものの、後手に回るよりは良い。

 ……もし、俺が知っている存在ならば、俺自身が過去に向き合うべき時が来たという事だ。

 アイと懇ろの仲になった手前、殺されるわけにはいかないが、甘んじて罰を受け入れよう。

 

「シスイ君、ありがとうっ! 大好きっ!!」

「ぐえぇぇ」

 

 アイが身を(よじ)って熱烈な抱擁をしてきて、俺はベッドに押し倒された。

 サバ折り・アイちゃんスペシャルです。ありがとうございます。

 真ん中辺りの肋骨が軒並み()し折られそう……。ついでに胸骨も。

 この綱手のBBA並みの怪力も何由来なのか調べないとな……。

 (もっと)も、調べる伝手(つて)が無いんだよなぁ……。

 

 

「シスイ君っ」

「ごほっ、ごほっ……ん?」

 

 アイの力が弱くなり、()せながら直上のアイを見上げる。

 アイの瞳には、何と言えば良いのか……、爛々とした輝きと共に、数多の感情が横溢(おういつ)しているように見えた。

 確実に分かったのは、淡い感情ではなく、深く底無しの感情である事。

 お、俺、殺される……?

 

「あのね、先輩達に聴いたんだけどね、愛し合ってるカップルって『えっち』するんだって」

「……は?」

 

 な、何をいきなりおっしゃっておられるのか……。

 

「だからね、『えっち』しよ?」

「いやいやいや、それは本当に不味(まず)いから!! 俺達、まだ11んむぅぅ!?」

 

 アイが覆い被さってきて、俺の口の中に舌を()じ込んできた。

 それから、俺とアイの間で突如勃発(ぼっぱつ)した夜の戦いは長く長く続き――。

 翌朝のベッドには、絶対防衛線(パンツ)だけは何とか死守した、ほぼ全裸の俺と、不完全燃焼気味に頬をぷぅーっと膨らませている、女の子座りをしたアイの姿があった。

 

 

 

 

 








2023.12/9:補足関係以外削除しました。
2024.3/14:補足関係を一部削除しました。

・壱護が独立したてというのはオリ設定です。ただ、現実的に考えた時にノウハウ・経験なく芸能事務所を経営するというのは無理ですので、前職から独立→苺プロ設立の流れは外れていないかな? と個人的には思っています。

・それから、斉藤壱護がクソムーブした事について、ご質問がある方は個別にお答えしたいと思いますので、ご容赦ください。

以下、補足(ネタバレ注意)です。読み飛ばして構いません。ごめんなさい……。

■補足

・原作との相違点について(ネタバレ注意)

原作(確か10巻辺り)の苺プロでは、ミヤコが『事前に事務所に話を通していれば交際OK』の旨、発言しています。
個人的に、原作1巻の壱護の言動や現実的な部分を鑑みるに、苺プロが当初からそういうスタンスだったのかは、疑問を覚えました。
恐らく、アイが妊娠した事案を経験して、『変に隠されて大変な事態になるよりも、事前に知っていた方が対処が楽でいい』と方針転換したのではないかなと思います。
それ故、拙作の現時点の苺プロはアイドル系事務所のセオリーに従い、アイドルの交際は原則厳禁という事になっています。

補足は以上となります。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
ではでは、また次話にてお会いしましょう。
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