迷い人と星の子 作:ポテチバタースキー
第2話:3度目の人生スタート
誰かの声が聞こえる。
あれ? 俺は……どうなったんだっけ?
「りく……! り……じくん!! 目を……!!」
少しずつ五感が再び機能し始める。
真っ暗闇を
ああ、……そうだった。
「
“りくじ„とやらが誰を指しているのかは知らないが、至近距離で大きな声を耳にするのは疲れる。
寝起き早々に大音量のラジオを耳元でつけられたら、程度の差はあれ誰でも不機嫌になるだろう。うるさい、静かにしろと。
目を開けることすら億劫なのだが……。
仕方無いな。
「先生!
ここは病室で、俺はベッドの上に寝かされているらしい。
看護師が、院内用PHSで医師を呼び、小走りで去っていった。
とりあえず俺は、周囲に目を走らせる。
もう直ぐ医師や看護師が駆けつけてくるだろうが、現在、このICUらしき病室には俺しか居ないようだ。
「なんか頭と胸痛いし、あちこち処置されてるし……いきなりハードすぎるだろ……」
転生先――正確に言えば憑依先か?――の幸先悪さに、俺は思わず溜め息をついた。
※※※※
3度目の生を得てから1週間経った。
一言から言えば、慌ただしい1週間だった。
一般病棟に移された俺の元に、医師や看護師のみならず、警察官や家庭裁判所調査官始め、様々な関係職種の人が訪ねてきたからだ。
こちとら人生ハードモードな5歳児なんだから、もう少しのんびりする時間をくれ……。
そんな内心を押し殺しつつ、俺は頑張って5歳児らしく振る舞った。
素で居れないことによる精神的な疲労はあったが、俺が置かれている状況を
どうも、今生における俺の名前は
バブル期の業績は良かったものの、バブル崩壊の煽りを受けて資金が焦げ付き、あれよあれよと借金塗れ。
いよいよ首が回らなくなった両親は、家族全員を乗せた自動車で真冬の川に突っ込み無理心中を決行。
その後、救急隊を始めとした医療関係者による可及的速やかな処置・治療が行われたものの、両親は死亡。
そして、発見時心肺停止の俺も死亡するかと思われたが、何故か息を吹き返して奇跡的に生き残ったと。
心肺蘇生の際に、胸骨が折れたみたいだけど。
因みに、扶養者に関しては、親族が皆拒否していて現在も見通しが立っていない。
「はぁ〰〰……」
5歳児には似つかわしくない、重い溜め息をつくことくらいは許してほしい……。
今後を考えれば、どれだけ楽観的に考えても前途多難だ。
まず、借金塗れである以上、相続財産は期待できない。
仮に相続しても、早晩、差押えだの競売だのといった事態になることは明白。つまり、相続放棄一択だ。
次に、扶養者もいないから居住地が定まらない。
最後に、残された当人は、ただの5歳児。
衣食住の当てがなく、人生詰みでファイナルアンサー。
「ふひっ」
意図せず変な笑いが漏れてしまった。
人間は詰んでる状況に直面すると、何故か笑うことしか出来なくなる時があるらしい。
初めて知った。
確か、笑顔って本来攻撃的な意味があるんだっけ?
つまり、この変な笑いは、理不尽な現実に対する防衛本能的なサムシング?
俺が、ぼけーっと益体もないことを考えて現実逃避していた、その時。
カツカツと、近づいてくる複数人の足音が聞こえた。
「陸路君、大事なお話をしに来たよ」
俺が寝ているベッドの脇に、看護師と見知らぬ女性が訪れた。
年齢は30代半ばくらいだろうか。中肉中背で、髪は茶髪のポニーテール。服装は白いコートと紺色のジーンズ。 少なくとも、ゴテゴテしたブランド品ではない。顔つきや目つきは快活そうに見えるが……。まだ判断しかねる。
そもそも人の本性は、苦難や危機に直面した際の言動において、最も明瞭に現れる。逆説的に言えば、それ以外の場面では、人の本性は現れづらいということだ。
何にせよ、その本性を見定めるまで相手を信用しないし、するべきではない。
「大事なお話って?」
純真無垢な子どものような
すると、その女性はベッド脇の椅子に手提げバッグを置いた後、中腰になって俺に目線を合わせてきた。
「初めまして、アタシは
「これから生活する場所?」
「そう。
「ん~?」
いたいけなショタを演じている俺の頭へ手を伸ばし、優しく撫でる栗林節子。
これは、今後の居住地が決まったということなのだろう。
その居住地は児童養護施設でほぼ確定。
全く油断出来ないな。
実際のところ、日本はノルウェー、フィンランドなど北欧諸国よりも社会的扶養に熱心ではない。
今よりも未来であった
「皆良い子達だから、安心しな?」
「わぷっ」
俺を安心させようと思ったのか、栗林節子は身を乗り出して横になっている俺の頭を優しく抱いてきた。
今のところ彼女に害意はないのかもしれないが、それでも警戒してしまう。
善人面して近寄ってくるクズを、それなりに見てきたからな。
悪辣なクズ程、ファーストインプレッションで善人のように振る舞うのが現実だ。
「支翠君は、具合が良くなったら退院して、そのまま幸燦園で生活することになる。分からないことがあったら何でも
「うん、分かった!」
抱擁を解いた栗林節子は、そう言って俺の頭をまた撫で始める。
この女、……ボディタッチが多いな。
そんなに俺の警戒心を解きたいのか、それとも純粋に俺を可愛がりたいのか。
繰り返すが、相手の本性を見定めるまで信用するつもりはない。それまでは、あくまでビジネスライクな関係に終始するつもりだ。
……子どもが相手の時は別だけど。捻くれてる俺とは違って、子どもは素直で可愛いからね仕方ないね。
「栗林さん、そろそろ面会時間が終わりますので……」
「分かりました。……支翠君、また明日な」
看護師の少々申し訳なさそうな掛け声に応じた栗林節子は、名残惜しそうにしながらも俺を撫でるのを止め、看護師に従い帰っていった。
※※※※
約1ヶ月半が経過した。
年が明けて退院した俺は、
良い意味で予想外だったのは、幸燦園が所謂グループホーム系の小規模児童養護施設だったこと。建物や敷地の規模は、3階建ての戸建て住宅より一回り大きい程度。
この時代で、かなり珍しい施設であることには間違いない。控えめに見積もっても、この時代の施設は9割方大規模施設の筈だ。
「ここが、今日から支翠君の家になる
門の前に立ち、両手を広げてニカッと笑う栗林節子。
俺が入院していた時、毎日見舞いに来ていたから善良な人なのかもしれない。
まだ最終判断はしないけど。
「よ、よろしくお願いします……」
俺は、遠慮がちな子どもの振りをする。
5歳児が大人のような振る舞いをしていたら、気味悪がられるのがオチだからな。
「……ま、いきなり言われてもビックリするよなぁ。……よし、一緒に入ろう!」
栗林節子は俺に手を差し出してきたので、俺もその手をとった。そして、開けられた門扉を通り、玄関扉を開錠した栗林節子に促されて施設内に入っていく。
そこには、施設職員と入所者らしき人達が、一堂に会して玄関で出迎えてくれていた。
特に何か言われたわけではないが、最初に俺から自己紹介をしておくことにする。何回も自己紹介するのは面倒だ。
「り、
「おぉ! 支翠君、よく頑張ったな! 皆も支翠君のこと、よろしく頼むな!」
自己紹介後に一礼している俺の頭を、栗林節子はぐしゃぐしゃと撫で回す。
止めろぉ!
天パはなぁ! 掻き回すとツバメの巣の出来損ないになって、
分かってんのか、このクソBBA!!
一礼して頭を上げた後、ピクピクしそうな頬を必死に抑えて、職員と入所者一人一人と挨拶を済ませていく。
途中、中学生と高校生らしき女子3人に、「金髪ショタ可愛いぃぃいいい!!」と揉みくちゃにされた。
具体的には、幼子特有の柔らかい頬をぷにぷにされたり、俺の腹や髪に顔を埋めてスゥハァスゥハァしていたり、ぎゅ〰〰っとハグされたり……。
彼女達の内なる母性が爆発したのか、それとも、ただのショタコンだったのか……。
ともかく、俺が5歳にして貞操の危機を感じたのは気のせいだったに違いない。そうだとも。
そうだと言ったら、そうなのだ!
ギラついた目なんか……み、見なかったのだ!!
閑話休題。
それからは、施設長である栗林節子による施設内の案内と、夕食や入浴等の時間で、今日はタイムアップ。
部屋割りの都合上、狭いながらも一人部屋を与えられた俺は、新生活1日目を終えて眠りに就いたのだった。今後、自分の童貞を守れるのか不安を抱きながら……。
……余談になるが、就寝直前の時間帯に、高校生らしき年長の女子が暴走した。
彼女は人目を盗んで「お姉ちゃんと一緒に寝ない?」などと鼻息荒く
「あんな可愛い金髪ショタを、自分色に染めずにはいられないでしょっ!!」とか、
「『お姉ちゃん、大好きっ!』とか、『お姉ちゃんのお婿さんになるっ!』とか言われてみたぃぃいいい! ふへへへっ」とか、
「婚姻届貰ってきて、サインさせちゃって良いですよね!? 私、あの子とあの子の子どもを養いますっ!!」とか、
「今の年齢なら、一緒に手取り足取りアレ取りお風呂とかも良いですよね!? ねっ!?」とか、
説教部屋から漏れ聞こえてくるヤベーシャウトに、俺は恐れ
「幼い子どもを手篭めにする気満々だろ! バカチンが!! そんなことしたら縛って吊るすからな!!」と、
年若き現代版アマゾネスをまとも? に叱っていたので、恐らく良識を持っているのだろう。
……これからは、節子お姉ちゃんと呼ぶことにしようと思いましたまる。
人物紹介
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児童養護施設
茶髪ポニーテール。年齢は35歳。姉御肌な気質。
若い頃はヤンチャをしていて、地元ではそれなりに名が知られていたりする。
若かりし頃の異名は、『