キングボンズ・イン・オラリオ 作:マルボロ
数日、数年、数億年? あるいは数十分程度かもしれない。どれほどの時間が経ったであろうか。かつて王であったボンズ、ダイバンは光も音も空気もなく、どこが右で左で上なのか下なのかもわからぬ場所でザゼンを組み、イマジナリー・ゼンモンドーを繰り返していた。全ては何もかもを先送りにした結果、何一つ答えを得ることができなかった罪の反省。贖罪と言うにはあまりにも空虚。しかし彼にはそれ以外にできることがなかった。
(((フィア=サン、金仮面=サン、ラニ=サン、ギデオン=サン……メリナ=サン。私はどうすれば良かったのでしょうか……)))
脳裏に浮かぶのは新たなる律を見出した者たち、そして共にエルデンリングの探求をした者たち。そして皆、それぞれの探求末に己が律、すなわちサトリを得た者たちだった。
だが彼らの律では救われぬ者たちが出てきてしまう。生きる者、死に生きる者、神々、律に縋る者。故にダイバンはどの律も掲げなかった。そして己が律を探求すべく無限の思案、無限のネンブツ、無限のザゼンに取り組んだのであった。
(((しかし、私は失敗した)))
律は見出されることはなく、世は滅びた。自分の力で世の在り方を決めようとしたダイバンの傲慢ゆえの、滅び。ミヤモト・マサシはこのボンズの姿を見てどんなコトワザを残すであろうか。ブッダは怒るであろうか。マリカは悲しんでいるのだろうか。
ああ、何もわからぬショッギョ・ムッジョ。
(((む?)))
ふと彼の目蓋の上から光が示された。ついに開いたサトリへの道か? 否。それは物理的な光だ。ゆっくりと目を開き、ダイバンはその光に手を伸ばす。錆びついたジョルリ人形めいた体がギシギシと音を立てる。細い指先が光に触れた瞬間、闇がガラガラと音を立てて崩れて光が広がった。
「グワー!」
ダイバンの体が落下して彼は地面に叩きつけられた。石と埃まみれの服を払いながら立ち上がる彼の目に入ってきたのは石の壁だった。右を見ると奥の方は闇、左も同様だ。
「ここは……」
どこまでも続いてそうな石の廊下。それがダイバンのいる場所だ。よもや、彼の肉体は滅び、インガオホーとしてアビ・インフェルノ・ジゴクへと落とされてしまったのだろうか?
「風が……」
導くような静かな風がダイバンの頬を撫でる。それは彼に生を実感させるには十分だった。まだジゴクではない。黄金の肉体はまだ生きている。
他に目的もない故、ダイバンは松明を手にその風に従って歩き始めた。炎が尾を引く。まるで祝福の導きのように。
ここは洞窟内であろうか。センポーテンプルにおけるタイナイ・ダンジョンが無限に続いているかのように長大。ひんやりとした空気の中、ダイバンはどれほど続いているのやもわからぬ回廊を練り歩く。
「おや?」
進む先で彼の目に人の姿が映った。四人だ。後ろ姿からして全員女性。フロアの壁にあるくり抜かれたような別の通路を覗き込んでいる。
((((はて、さて)))
ダイバンはどう接触したものかと思案する。かつて狭間の地において正気を失った人々は狂ったように褪せ人であった彼に襲いかかってきた。話しかけただけで即交戦となりかねない。かと言って敵かもわからぬ相手にアンブッシュをしかけるのはありえない。
「……よし。コンニチワ!」
ダイバンは四人組から離れた位置から大声でフラットなアイサツを投げかけた。「取り敢えず動けば案外なんとかなる」とミヤモト・マサシのコトワザがある。軽度のシツレイではあるがこの距離からならば相手がどう出ても対処しやすい。
「「「「!?」」」」「だ、誰!?」「いつからそこに!?」「へんな帽子」
四人組が驚いた様子で一斉に振り向く。皆、美しい少女たちだ。しかし彼女たちはダイバンを見た途端に剣を抜いて構えてみせる。やはり敵対か? とダイバンも構えそうになったが、四人組は警戒しているだけで近づいてくる気配はない。
「ドーモ、ダイバンです」
先手を打ってアイサツだ。
「え? え? こ、こんにちは。アイズ・ヴァレンシュタインで」
「いや返さなくていいから! アンタ誰!? どこのどいつよ!」
アイサツを返そうとしたブロンドの少女を褐色肌で髪の長い少女がインターセプトする。その胸は豊満であった。アイサツを返さず、更に他人のアイサツを中断させるのは中々のシツレイだが襲いかかってこないだけでも友好的と言えよう。ダイバンはこの出会いを嬉しく思った。
「いきなり声をかけて申し訳ございません。繰り返しますが、私はダイバン。一介のボンズです。ここがどこかわからないのです。よろしければ外までの出口を教えていただけないでしょうか?」
努めて穏やかな声色で少女たちに問う。しかし若干ながら警戒心を解いた様子があるのは褐色肌で髪の短い少女のみ。その胸は平坦であった。他の三人は尚も警戒続行だ。
「……まずどこの派閥なのか明かしなさい。話はそれからよ」
派閥? ダイバンの頭にうねるクエスチョンマークが小さく浮かぶ。彼女たちは何らかのグループないしクランに所属しているということだろうか? 他者を警戒する武装したクラン……下手な答えを返せば争いになるかもしれない。
「私は黄金樹信徒です。その中では……黄金律原理主義者に近いでしょう」
あくまでダイバンは正直に答えた。下手な誤魔化しは後々の不和の種になる。そして彼は模範的なボンズらしく元来嘘をつけない性格だ。「正直にしていればいい事がある」ミヤモト・マサシの言葉だ。
「何言ってんのかわからないわ。悪いけど、
褐色肌の少女が武器を振って威嚇する。豊満な胸がつられて揺れる。マサシは「正直にしていても怒られることもある」とも言っている。
「……わかりました。貴女の言う通りにしましょう。驚かせて申し訳ありません。皆さまにブッダとマリカ=サンのご加護があらんことを。オタッシャデー」
ダイバンは松明を持っていない方の手を立ててオジギをし、上体を戻した所で体を反転させようと左足を正面から九十度の方向へ向けた。
「うわああああああ!!!」
その時突然通路の奥の方から叫び声が響いてきた。明らかに恐怖や苦痛と言った声色だ。
「今のは!?」「ラウルの声!」
仲間の声だったのだろう。四人はダイバンをチラリと見て、やはりと声の方へ駆けて行った。不確定要素であるダイバンへの警戒といち早く仲間の安否確認をするとことを天秤にかけたのだろう。華奢な見た目とは異なり凄まじい足の速さだ。
「……救いを求める者あらば」
ダイバンは指笛を吹く。人差し指にはめられた金色の指輪が星のように瞬き、青白い光と共に頭から角を生やしたオバケ・ウマが出現した。コワイ!
「そこへ駆けつけましょう。頼みますよ、トレント=サン」
ダイバンは浮かび上がりオバケ・ウマ、トレントに跨る。
「ヒッヒーンッ!」
キング・ボンズの忠実なる脚トレントが石の回廊を疾駆する。その姿はニンジャ動体視力の無い者が見れば色付きの風にしか見えないだろう。オバケ故に疲れを知らぬトレントは常にトップスピード! 悲鳴の発生源にすぐに追いついた。
「「「うおおおおおお!」」」「何あれ何あれーッ!?」
ダイバンが曲がり角を曲がると先ほどの四人と一緒に別の四人が全力で彼の方へ走ってくる。いや、目的はダイバンではない。彼らの後ろを見よ。おお、ブッダ! 回廊の半分以上を埋めるほど巨大なイモムシが八人を追いかけているではないか! コワイ!
「イヤー!」
「ヒッヒーンッ!」
ダイバンはイモムシに向けてトレントを走らせる! 八人のうち一人背の小さい少年がいる。彼はトレントに気がついた。
「馬のモンス」
「イヤーッ!」
トレントの勢いを乗せたままダイバンは飛び上がり八人の頭上を飛び越える。トレントは消える。内七人が思わず彼を目で追った。そしてダイバンは空中で身体を捻りながら強靭な脚を伸ばした!
「センポー! イヤーッ!」
ゴウランガ! ダイバンの放ったキックはイモムシを地面に叩きつけた! あれはセンポー・キャック。蹴ることでサトリに至らんとするセンポー・カラテの技だ!
「気をつけるんだ! そいつは一匹だけじゃない!」
少年が警告を飛ばす。その直後、ダイバンが叩き伏せたイモムシを乗り越えて更にイモムシが殺到してくる! その数は二匹や三匹以上、数えきれないほどだ!
ならばと武器を取り出そうとした時、少年から更なる警告が飛ぶ。
「奴を武器で傷つけるな! 溶解液が漏れて武器が溶けるぞ!」
ダイバンは手を止める。一体倒すにつき一つ武器を破壊されるのであれば全滅させるには足りない。ならばと彼は左手に輝く黄金のインロウ・オブ・セイントを頭上に掲げた!
「ナムアミダ・ミケラ=サン!」
インロウを中心として巨大なヒカリ・スリケンが出現! ダイバンはそれをピザ職人めいて回転させて三枚同時に投げた! 黄金律原理主義の中位祈祷「三つなるスリケン」だ。かつてデミゴッド・ミケラと父ラダゴンとの口論がスリケン・ラリーに発展した際に用いたと言われている。
三つのヒカリ・スリケンはイモムシを切り裂き、さらに回廊を封鎖するように滞空! 全自動ネギトロ・グラインダーめいて押し寄せるイモムシを次々と切断! まるでツキジだ!
「なに今の魔法!?」「はやっ! ってか詠唱した!?」
離れた所で足を止めて戦闘の成り行きを観戦する八人。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
ダイバンは追加オーダーをされたピザ・ショップの店員めいて次々にスリケンを投げる! 飛び散る溶解液が他のイモムシを溶かしてダイバンの足元に飛び散る!
その時!
「う、後ろからも!」
ダイバンの後方、本来八人の向かう先だった回廊の向こうからもイモムシの群が! 前門のタイガー、後門もタイガーだ!
「全員! 右手の横道へ飛び込め!」
少年の指示で七人がダイバンが来た通路へ逃げる! ……七人? あと一人は?
「お前も来い!」
「ハッ!」
ストリートギャングめいた銀髪の男がダイバンの首根っこを掴んでダッシュ! 横道へ飛び込む!
「わ、私は自分で走れます! 手を」
「るっせぇ! つべこべ言ってるんじゃねぇ!」
子供が引き回すテヌグイめいて空中で足をバタつかせるダイバン。
「君! どこの誰かは知らないが乗りかかった船と思って協力してくれないか!」
少年が振り返りながら頼む。先ほどのやり取りからして彼がこのグループのリーダーだろう。
「無論です! 困っている人を助けないのは腰抜けとも言います! 私も全力でご助力致しましょう!」
ダイバンは足をバタつかせながら力強く頷いた。