月日が流れるのは早いものだ、あの後俺は冀州東部のとある山の中に小屋を建て暮らしていた。麓の村の人々に開拓に関する知恵を貸す代わりに建築用木材を提供してもらったり時々襲ってくる賊を追い払う代わりに食料を提供してもらったりと持ちつ持たれつな関係になっている。
「鏡夜さーん、村長さんから大根いただきましたよー?」
「師匠ー、度さんが屋根直して欲しいって言ってたっすよ」
そしてこの一年で同居人が出来た。
おかっぱ頭で背が小さく、小動物のような雰囲気を出す少女。徐庶、字を元直、真名を灯里・・・・元々は荊州のとある私塾で軍師になるべく勉学に励んでいたらしい。で一年ちょっと前に無事卒業、仲の良かった子たちと別れ仕官先を探すも外見で断られ続け食うものも食えずに行き倒れしていたところを俺が保護。以後、「恩返しを」と住み着いて家事をやってくれている。
腰ほどまである長髪、キツネ目な灯里とは真逆の小動物系。李厳、字を正方、真名を伽耶。ある日突然押しかけてきた少女、半年程前に突如現れ「弟子にしてください!」と突然言われた時は何事かと思ったがどうやら戒の紹介だったらしい。何でも何時しかどこかに仕官してバリバリ働きたい、との事らしい・・・・どういう経緯で戒と知り合ったかは戒がなぜか言い淀んでいるので良くわからない。
「なら今日の夜は大根粥にしようか・・・・度さん家の屋根は明日直しに行こう」
日々を畑仕事をしながら灯里と兵法、政治の勉強をし村の仕事をしながら伽耶に武術の鍛練を施し、たまに戒と顔を合わせ話をしたりと・・・・それが今の俺の日常。
「了解、じゃあ度さんに伝えてきますー」
「ああ、気をつけて行くんだぞ」
「うぃうぃー」
元気よく駆け出していく伽耶を送り出す。
「じゃあ伽耶が戻ってきたら夕飯にしようか」
「はい」
――――――
暫くすると・・・・なんだろう、伽耶の声なのだがそれ以外の声が聞こえてくる。聞きなれない声だから客人なのだろうが珍しい事もあるものだ。
「灯里、九人分の茶を用意してくれ・・・・どうやら客人のようだ」
「分かりました、お茶請けはどうしましょうか?」
「時間も時間だし・・・・大根粥も作り置きする程あるから場合によっては夕飯を馳走する事にしようか」
「ではそのように」
灯里が湯を沸かすために水を汲みに裏手へと回った頃に、伽耶が門をくぐる。
「師匠ー、お客様っすよー」
「ああ、お通ししてくれ」
何にせよ村人以外が訪ねてくる事はまれ、ともなれば久々の客人をもてなす事にためらいは要らない。
「えっと・・・・お邪魔しまーす」
「こんばんはー」
「夜分遅くに押しかけ申し訳無い」
「なんかいい匂いがするのだ・・・・」
「はわわ・・・・」
「あわわ・・・・」
珍妙な集団だ、いやまぁ俺たちも人のことは言えないが実に珍妙な集団だ。この国のものではない異国の衣装を身にまとう青年、やたらめったら一部自己主張の激しい少女、美しい黒髪が印象的な少女、元気という言葉がそのまんま歩いているような少女、人見知りの激しそうな少女が二人。
「あれ・・・・朱里ちゃん?雛里ちゃん?」
「え?灯里ちゃん!?」
「灯里ちゃんだぁ・・・・」
そしてどうやら人見知り少女二人は灯里とは知り合いのようだ、というよりも真名で呼び合う程の親しい仲なようだ。灯里は水鏡塾の出身だと言っていたからその繋がりなのだろう。
「ふむ、親友同士の再会といったところか」
「女三人、寄ればかしましいなどと言うが正しくその通りだな。灯里・・・・徐庶も普段は口数多い方では無いのだがね」
「確かに、それに・・・・」
灯里たちから視線を逸らせば元気っ子二人組がそれぞれ薙刀と蛇矛を構えながら話をしている。
「いやいや、だから組み合ったらどりゃあああ!って感じで押し返せば良いっすよ」
「うにゃ?鈴々はえりゃああ!!って感じで押し返しているのだ」
ダメだ、あちらの世界に入り込めない。
「あー、えーっと・・・・取り敢えず」
来客でたった一人の男性である少年が居住まいを正す。
「鈴々、朱里、雛里・・・・そろそろ本題を切り出したいから・・・・」
「分かったのだ」
「はわわ!しゅみません!」
「あわわ・・・・」
あちら側は少年と緋色の髪の少女が一歩前でその後ろに残る四人が並んで座る、こちらは俺の後ろに灯里と伽耶が控えている。
「それでは改めて、初めまして・・・・俺は北郷一刀、って言います」
異国の衣装を身にまとっていた少年・・・・北郷君がまずは自己紹介をする。と言うか本当に異国の出身のようだな、名前からするに。
「あ、私は劉備って言います」
「関羽、と申します」
「張飛なのだ!」
「諸葛亮れしゅ!」
「ほ、ほーとーれす」
と、続けて自己紹介をしていく。と言うか後ろ二人は大丈夫か?すんごい噛んだりしてるが・・・・ああ灯里の表情で察した、昔からそうなのね・・・・だって「ああ、懐かしいなぁ」って顔してるし。
「俺は劉懿だ、で後ろの二人が・・・・」
「徐庶、です」
「李厳っす」
さて、これで自己紹介が終わった。で視線で話をするように促す。
「劉懿さんの力を借りに来たんだ」
「ふむ・・・・俺のような隠者に何を」
「ご謙遜は結構です」
俺の言葉を遮ったのは劉備だ。
「私、実は数年前まで魯植先生の開いていた私塾の門下生だったんです」
魯植、文官だが軍学者として名高く怜悧な知将としての評判がある人物だ。後世を担う人材を育てる、と言う事で私塾の経営もしていたと記憶にある。
「それで・・・・ここにいる皆と義勇軍を立ち上げたんです、ほんの一月前に」
ふむ、劉備は魯植先生に学んだぐらいだから優秀なのだろう。関羽、張飛も立ち居振る舞いと放つ気からかなり手練であると予想出来る。諸葛亮、鳳統に関しても灯里と同窓と言う事だから相応の知力なのだろう。
「先生に久しぶりに会ったのは一週間前でした」
「武力、知力に旗印」
ここで諸葛亮が口を挟んできた。
「桃香様はまだ何かが足りないのではないか?とお考えになり魯植先生に助言をこいに行ったんです」
おそらくだが並みの人物ならば現状に満足してしまうだろう、後は兵だけだと、これ以上今は要らないと考えてしまうだろう。だが劉備はそれでは納得しなかったというわけだ。
「その時、魯植先生から聞かされたのが・・・・劉懿さんの事だったんです」
「俺・・・・の?」
「はい、・・・・軍事、政治両面に通じた人物であり今の私たちに必要な力を持った方だと伺いました」
どうやら党固の禁のことは黙っていてくれたようだ、あれが露見すると今でも命の危険はある。
「それで、君たちに足りないものは何だと思う?」
「経験です」
そう淀みなく答えたのは北郷君だ。
「若さもそうだし場数もそう、俺に至っては戦も無いようなところにいた。圧倒的に経験が足りない」
「俺だって大差無いさ」
「それでも!少なくともこの中では最も経験があります、そして『表』も『裏』も知っている」
北郷君、意外と聡いみたいだね。異国故かは知らないが思考に柔軟性がある、しっかりとした人物に師事すれば大化けするかも知れない。
「・・・・まぁ、仮にそうだとしよう。君らが俺を誘ってまで求める理想とはなんだ?」
それが一番大事だ、おそらくは俺が行くと言えば灯里も伽耶もついてくる・・・・二人のためにもハッキリとさせなければならない。少なくとも権力欲に塗れたような連中や非道を平然と強いるようなやつに力を貸させたくはない。
「私たちは・・・・皆が笑って暮らせる世の中を作りたいんです、一人一人が理不尽に虐げられたりしない世の中を・・・・」
「・・・・」
照れながら言う劉備の姿に、俺は思わず固まっていた。
『私はね、民が・・・・民だけではない、官も、商人も、農民も、王侯貴族も・・・・誰一人残さず皆が笑って暮らせる世の中を作りたいんだよ。夢物語と笑われても構わない、叶わぬ夢を追う馬鹿だと罵られても構わない』
頬を伝う雫を気にも止める事なく、頭の中ではかつての主君が語った言葉が今目の前で言われた事のように思い浮かべられる。
『それは勿論、公斥・・・・お前も含まれている。よかったら手を貸してはくれないか?私がつまづきそうになったら手を貸してくれ、勿論私も手を貸す』
「・・・・っ」
ボロボロと溢れる涙を拭う事すらしない、北郷君や劉備、灯里や伽耶、他の皆が驚いた顔をしているが構わない。
『もし私が志半ばで倒れたら君が代わりに紡いでくれ、共に夢に挑む仲間を見つけ出し』
『成し遂げてくれよ』
あんな夢物語を真顔で言うのは陳蕃様ぐらいだと思っていた、そんな酔狂に付き従う自分の事をも酔狂だと思った。陳蕃様が死んだ時、全てを自分でやらなければならない気がした。灯里にも伽耶にもこの夢のことは語っていない・・・・それで灯里と伽耶が離れていく気がしていたんだ。
「劉備殿」
だが、目の前にいる。かつての陳蕃様と同じ夢を同じ目で語る人が、その夢に付き従おうと共に戦う仲間たちが。彼女らと一緒にならば出来るかも知れない、あの日々で追いかけた夢を再び・・・・
「この劉公斥、貴殿の一臂の力となり尽力しよう」
ここから・・・・再び始まるんだ。
ちなみに私が好きな三国の登場人物ですが蜀が李厳、法正。魏が張遼、劉曄。呉が諸葛瑾、魯粛ですね。文官に近いほうが多いですよねぇ・・・・ゲームの三国志でも武官は少数で文官を大量に雇い込むタイプです。
さて次回予告、一刀、桃香と共に行く事を決めた鏡夜。再び時代のうねりに身を投じた鏡夜が向かう先は幽州。懐かしい顔との再会、新たなる出会い、乱立の兆しを見せ始めるフラグ!「何の話だ?(in鏡夜)」次回!『幽州に行こう』をお楽しみに!