Butterfly Effect   作:オルタンシア

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第六話

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それはまるで、昇る朝日のように眩く、世界を照らし出すような光。

 

黄金の輝きが、今まさに大輔の目の前にある。

相棒であるブイモンが、黄金に輝く謎のデジメンタルによって、アーマー進化した姿。

その名もマグナモン。

その身体から発せられる強いエネルギーと聖なる力を、大輔はビシビシと肌で感じた。

 

──これなら、あいつを……

 

大輔は拳をぎゅっと握りしめ、自分を見下ろしているデジモンカイザー……一乗寺賢を睨みつけた。

 

 

 

幽体となってまでテイルモンに逢いに来た、ウィザーモンの言葉を聞いた子ども達は、これまで以上に気を引き締めてデジタルワールドを偵察した。

デジモンカイザーこと一乗寺賢の暴挙を止めるべく、ダークタワーを倒しながらカイザーが潜伏しているであろう場所を特定しようとしたのだ。

用事があって来られなかった子ども達の分も含め、懸命に捜索した結果、伊織と光子郎がカイザーの基地らしき建造物を見つけた。

子ども達はいよいよ、決断を迫られた。

カイザーを倒し、デジタルワールドの平和を取り戻す。

しかしそのためには、問題が2つあった。

まずは、時間である。

太一達が冒険した時、デジタルワールドと現実世界では、時間の流れが違った。

デジタルワールドの1日が現実世界の1分と仮定して、どれだけデジタルワールドで過ごそうが、それこそ1年間デジタルワールドに滞在していようとも、現実世界ではたった6時間ちょっとしか経っていないことになっていた。

しかし3年前の、2つの世界を巻き込む激しい戦いの余波で、デジタルワールドと現実世界の時間の流れは同じになってしまった。

それにより、以前のようにデジタルワールドに長期間滞在する、ということが出来なくなってしまった。

もう1つは、保護者達の存在だ。

3年前に我が子達が2つの世界を救うために選ばれ、敵と戦う姿を見ていたとはいえ、まだデジモンの存在を公にしたくない子ども達は、今回の事件についても親には話していない。

話せばきっと親として、止められることは分かっていた。

そんなことやらなくていい、他の誰かに任せればいい、なんて言われてはいと返事ができるならやっている。

しかし大輔達は彼らの意思とは無関係に、デジタルワールドによって選ばれた“選ばれし子ども”、世界の救世主だ。

やらない、やりたくない、という選択肢など、初めから大輔達に与えられていないのである。

それでも選ばれた以上、大輔達はそれを成し遂げたいと思っているから、ここにいるのだ。

親や他の大人が反対しようとも、大輔達を止めることなどできやしない。

それでも、反対されることが目に見えているのだから、最初から親に話す気など、大輔達はさらさらなかった。

そんな大輔達をフォローしてくれたのは、3年前に選ばれ、事情もよく知っている太一達先代の選ばれし子ども達である。

キャンプに出掛けたふりをして、大輔達がデジタルワールドに滞在している間の、アリバイ工作として名乗り出てくれたのだ。

大輔の姉のジュンも、事情を知っている数少ない協力者だ。

両親が不審に思ったりしないよう、ヤマト達とうまく連携してくれると約束してくれたので、大輔達は安心してデジタルワールドに赴いた。

途中、タケルやヒカリの言葉で少々追い詰められてしまった京が暴走し、ホークモンが命に係わる大怪我を負う、という事故はあったものの、それ以外は順調であった。

 

子ども達の前に、悍ましい姿をしたデジモンが姿を現すまでは。

 

『ギシャアアアアアアアアアアア……!!』

 

がしゃあん、と派手な破壊音を立てて要塞の壁が壊れる。

砂埃を掻き分けて現れたのは、凡そ生物とはかけ離れた存在。

頭部はカブテリモン、メタルグレイモンの髪が生えており、グレイモンの身体から伸ばされたのはガルルモンの脚とモノクロモンの尻尾だ。

背中にはエンジェモンとエアドラモンの羽が生えていた。

極めつけはクワガーモンの左腕と、スカルグレイモンの右腕、そして……デビモンの両腕。

3年前のトラウマとも呼ぶべき、タケルの心の傷を抉るには十分であった。

その合成魔獣の名は、キメラモン。

名前の元ネタとなったのは、ライオンの頭とヤギの胴体、蛇の尻尾を持ち、口から火炎を吐くとされている、ギリシャ神話に出てくるキマイラという怪物だ。

それが転じて、同一の固体内に異なる遺伝情報を持つ細胞が混じっていることを、生物学でキメラと呼んでいる。

様々なデジモンのパーツを組み合わせて、デジモンカイザーのオリジナルデジモンとして作り出されたキメラモンは、強かった。

圧倒的な力の前に、成す術もなく子ども達は撤退を余儀なくされた。

調子に乗ったカイザーは、キメラモンを使って次々とエリアを征服し、其処に住んでいるデジモン達の命を、まるで虫けらでも踏みつけるように奪っていった。

沢山の罪なきデジモンが死んだ。

森が、川が、大地が、海が汚された。

留まるところを知らないカイザーの暴挙を止めるべく、大輔達は決死の覚悟でカイザーの基地に侵入したが、そこでもキメラモンに阻まれた。

5体の力を合わせても、所詮アーマー体では成熟期程度の力しか出すことが出来ず、完全体相当の力を持つキメラモンにとっては、塵芥に等しい。

1体、また1体と戦闘から強制的に離脱され、ライドラモン、ホルスモン、ディグモンは幼年期に、ぺガスモンはパタモンに、そしてネフェルティモンはテイルモンに退化してしまった。

しかし何故か、大輔達を追い詰めるチャンスだというのに、キメラモンは動きを停止してしまった。

突然のキメラモンの行動に大輔達は困惑したが、しかし倒れたパートナー達を回収するチャンスでもあったので、大輔達は急いでチビモン達を連れて物陰に隠れた。

 

「……脱出しよう」

 

キメラモンが動く気配は、まだない。

デジモンカイザーは一体何を考えているのだろうか。

いずれにしても、今の大輔達の力ではキメラモンには到底叶わない。

それがよく分かっているタケルは、大輔達のためにもそう進言した。

 

「これじゃあ、もう戦うことすらできない。作戦は失敗したんだ……いったん引き上げて、またチャンスを待とう!」

 

タケルの言っていることは正しい。

今の大輔達だけでは力不足だ。

完全体相当の力を持つキメラモンに、成熟期程度の力しか持たないアーマー体では、何匹集まっても敵うはずがない。

前回の冒険で、レベルの差と言うものを嫌と言うほど理解しているタケルの言葉に、他の子ども達も最早諦めムードが漂っている。

だが、やはりというか、大輔はそんなタケルの当然の意見を、きっぱりと一蹴した。

 

「またなんて、悠長なこと言ってらんねぇよ……っ!今俺達が引き上げたら、またこいつら攻撃しまくるに決まってるだろっ!」

 

動かないキメラモンを睨みつけながら、大輔は言う。

 

「もう1回この要塞に入れるかどうかも分からない……だからっ、今しかないんだっ!」

「ダイくん……無茶だよ……」

「そうです……」

「みんな、幼年期に戻っちゃったんだよ!?」

 

大輔の言いたいことも、理解できないわけではない。

今回要塞に侵入できて、ここまで進んでこられたのは、運がよかったからだ。

キメラモンを生み出し、すっかりデジタルワールドの王になった気でいるデジモンカイザーが油断をして、碌な戦力を送ってこなかったからこそ、大輔達はここまで進めた。

しかしその快進撃も、キメラモンによって阻まれてしまった。

キメラモンは強すぎる。

きっとダークタワーがなくて太一達が戦力として加わったところで、完全体に進化する術を失ってしまっている今、キメラモンには敵わないだろう。

だけど……。

 

「……みんな、見ただろ?街が破壊されていくのを……俺達は、黙って見てるしかなかった……もうあんな光景は、2度と見たくない!もうこれ以上、こいつらの好きになんか、させてたまるかっ!」

 

それだけではない。

大輔には分かっていた。

キメラモンは強すぎるだけではない、危険すぎる。

他の仲間達には分からないだろうが、多分ヒカリも感じているはずだ。

分かっているはずだ。

ここにこうして立っているだけでも、キメラモンから発せられる、強大な“闇”の力。

まるで冬の冷たい風が吹きつけるように、ピシピシとした痛みにも似た闇の力を、肌で感じるのだ。

諸々の理由で大輔は初めてキメラモンが登場した時、その場にはいなかったが、それでも遠くからでも、キメラモンが発する闇の力の強大さを感じ取った。

ぞわり、と背筋に、足元に、脳内に寒気が走り、心臓を鷲掴みされたような感覚だった。

基本的にそう言った類のものは跳ね返すタイプなのに、その大輔の“力”さえ及ばないような、暗黒の力。

そんなとんでもない闇の力を作り出してしまったデジモンカイザーが、無事でいられるはずがないことも、大輔には分かるのだ。

だから、だから……。

 

「だから、俺だけでも行く。ここで諦めるわけにはいかないんだ!ここまで来たら、前に進むしかないんだっ!」

 

大輔の真っすぐなその言葉に、最初に賛同したのはチビモンだった。

大輔の腕に抱かれていたチビモンは、ひょいっと大輔の頭の上に登り、見下ろす。

 

『いこう?だいしけ。だいしけがいくなら、オレもいく』

「……よぉーし!チビモン!しっかり捕まってろよ!」

 

カイザーの基地を動かす動力室は、卵型の空間の中心にある。

大輔達がいる箇所は、その空間を見下ろすことが出来る一室で、大輔とチビモンは荷物を引き上げる滑車とチェーンを利用して、その一室から下へと降りていった。

……諦めない子どもを見た子ども達は、立ち上がった。

 

「……僕達も行こう」

「はいっ」

「大輔だけに、いいカッコさせられないもんねぇ?」

「ほーんと突撃隊長なんだから」

 

しかし、事態は思うようには進まない。

大輔達の後を追おうとしたタケル達の前に現れたデジモンカイザー。

不気味なほどに動きを見せなかったキメラモンに対し、タケル達を攻撃するよう指示するが、キメラモンは予想に反してタケル達を攻撃はせず、それどころか戦闘で空いた穴へと向かって飛び去ってしまった。

直後に聞こえてきた、不気味な笑い声。

ひっ、とヒカリの声が引きつる。

デジモンカイザーも、その笑い声を聞いた途端、何故か蹲ってしまった。

 

……もう、何もかもが遅いんだ。

 

ワームモンは、心を決める。

自分を見てくれない賢は、きっとワームモンがこれからしようとしていることなど、興味がない。

それはパートナーとして、とても哀しいこと。

それが賢の望みなら、と何もせず、ただついていくだけだった弱い自分とは、決別しなければ。

……罪は、償わなければ。

 

 

 

 

「……お前」

 

チェーンから十字の通路に飛び移った際、距離が届かずに落ちかけたが、出っ張りに捕まって落ちずに済んだ大輔は、何とかよじ登って通路に立つ。

目の前の小部屋が、この要塞を動かしている動力室だ。

それを壊すなり何なりすれば、この要塞は止まるはず。

デジモンカイザーやキメラモンのことは、また後で考えればいい。

そんな大輔の目の前に降りてきた、緑色の大きな芋虫。

 

「カイザーの……」

 

賢のパートナーの、ワームモン。

何となくブイモンを彷彿とさせる顔のワームモンが、大輔の前に立ちはだかる。

こいつも自分の邪魔をしに来たのか、と一瞬身構えたが、ふと、目を瞬かせる。

じ、と見つめてくるワームモン。

そのワームモンから伝わってくるのは……。

 

『……こっちだよ』

「え?」

『早く。動力室を探してるんだろ』

「……何でお前が教えてくれんだよ。罠に嵌める気か?」

『違うっ!』

 

ワームモンは叫んだ。

 

『僕はただ、ケンちゃんを救いたいんだ!』

「……………」

『キメラモンは、恐ろしい……アイツを生み出したばっかりに、ケンちゃんは手の届かないところに行ってしまいそうな気がするんだ……!キメラモンは早く倒さないと、きっと取り返しのつかないことになる……っ!』

「……………」

『お願い……っ!僕を、信じて……!』

 

……やっぱり、そうだ。

ワームモンから、“空気に乗って”伝わってくる気持ち。

それを真正面から受け止めた大輔の心に、もうワームモンに対する警戒心はなかった。

 

「……分かった」

『え……?』

「お前のこと、信じるよ」

 

賢を助けたい。賢を止めたい。

ただその一心で。

 

『……ありがとう!』

 

こっち、とワームモンは目の前にある動力室へと先導する。

自動ドアが開くと、中からぶわり、と高エネルギーの塊が風のように押し出される。

うわ、と思わず声を上げ、大輔は両腕で顔を庇った。

何だ、これは。

光でも闇でもない、未知の力が部屋に充満している。

安心感も、恐怖もない。

言うなれば、畏怖。

キメラモンやスカルグレイモンにだって、そんな気持ちを抱かなかったのに、この力は一体……。

チビモンも圧し潰されそうな、それでいて包み込んでくるような力を感じたようで、その力を発している真ん中の黒い物体から、目が離せないようだった。

 

『ケンちゃんが見つけたんだ。これがこの要塞を動かしてる』

「じゃあ、これを外せば、この要塞は止まるんだな?」

 

しかしどうやって外せばいいのだろう。

持ち上げればいいのだろうか。

黒い物体から発せられるエネルギーをビシビシと感じているせいで、手を伸ばせない。

触れてはいけない類のものではないだろうが、近づくほどに押し返されるようなエネルギーに襲われてしまい、さしもの大輔でさえ手を伸ばすことを躊躇するほどだ。

どうしたものか、とまた1歩近づいた時である。

 

「……え!?」

 

黒い物体が、まるで大輔を待っていたかのように、突然浮かび上がったのだ。

エネルギーを断たれた要塞は、当然動きを止め、煌々と点いていた明かりが消える。

次の瞬間、黒い物体が黄金の光を放った。

そのあまりの眩さに、近くにいた大輔とチビモン、ワームモンは薄目しか開けられない。

だいしけ!と言いながら、チビモンが黄金の光を放つ黒い物体を指す。

両腕で影を作りながら、何とか目を開けると、その黒い物体に模様のようなものが浮かび上がるのが見えた。

それは、花の蕾のような形をしていた。

更に、その光を浴びて、チビモンがブイモンに進化する。

キメラモンのせいで力を使い果たしていたはずなのに。

でも、大輔には分かった。

この光、黒い物体が放つ光。

幼馴染の女の子が“持っている力とよく似ていた”。

 

光は更に強くなる。

その光は、動力室の壁さえ突き破るほど。

光が治まると、動力室は跡形もなく破壊され、残ったのは大輔とブイモンとワームモン、それから黒い塗装が剥がれて黄金に輝く……“デジメンタル”。

 

──────。

 

「……………っ!」

 

目を見開く大輔。

黄金のデジメンタルは、すーっと音もなく大輔の手に収まる。

じ、と見下ろし、ゆっくりと、大輔は目を閉じた。

そして、

 

 

「デジメンタルアーップ!!」

 

 

冒頭に至る。

黄金の鎧に身を包んだブイモンは、マグナモンへとアーマー進化を果たした。

とてつもなく巨大な要塞を、掌に収まるサイズの物体だけで動かしていただけあって、その黄金の鎧から凄まじいエネルギーを感じた。

ブイモンは、否、マグナモンは徐に自分の手を見下ろす。

 

──これなら、きっと……!

 

下層部の壁から破壊音がして、砂煙が上がる。

ぞわり、と悍ましい気配を感じた大輔とヒカリは、表情を顰めた。

その強い闇は、強すぎる闇の気配は、大輔とヒカリのような力を持たないタケル達でさえ感知してしまうほど。

先ほどカイザーの命令を無視して、何処かへと飛び去って行ったキメラモンが、マグナモンの力を察知してなのか戻ってきたのだ。

下から飛んできたキメラモンが、大輔がいる十字の通路に向かってきたので、マグナモンが咄嗟に庇う。

直後に、十字の通路が抉れた。

 

『ダイスケ、ここは俺に任せて!』

「ああ、分かった!」

 

頭上を飛ぶキメラモンの後を、マグナモンは追う。

 

「こんなことは、もう──」

 

手袋越しに、掌に爪が食い込むほど、大輔は拳を強く握りしめる。

 

「今日で、終わりだぁあっ!!」

 

カイザーとの、最終決戦が、始まる。

 

 

 

 

キメラモンの身体は推定15メートルから20メートルほど。

対するマグナモンは、大きく見積もっても2メートル弱だ。

普通に考えれば身体の小さなマグナモンが不利だが、通常とは違う黄金のデジメンタルを纏っているからなのか、繰り出されたパンチはキメラモンの巨体を呆気なく吹っ飛ばした。

勢いあまって、キメラモンのデビモンの腕が壁にめり込み、身動きが取れなくなる。

すかさず、マグナモンは怒涛のラッシュを繰り広げた。

しかしその程度でやられるほど、キメラモンは柔ではない。

めり込んだ腕を引っこ抜き、必殺技であるヒートバイパーを、マグナモンに向かって放つ。

直撃は免れたものの、ヒートバイパーの余波を食らい、左肩の装甲にダメージを負ってしまった。

 

避けられた光線は、見学していたカイザーがいる箇所の斜め上に直撃した。

創造主たる自分に向かって攻撃をするなんて、とカイザーはキメラモンを咎めるも、最早キメラモンはカイザーの言うことなど聞かない怪物に成り下がっている。

やはりデビモンのデータを採取し、移植したことが原因だろうか。

否、きっと初めから間違っていたのだ。

様々なデジモンのデータから新たな命を作り出すなど、神であってもやってはならぬこと。

しかしカイザーは、賢は、やってしまった。

それがどれだけ愚かなことなのか、気が付かぬまま。

 

『これで分かったでしょ、ケンちゃん!』

 

今までも、これからも、ずっと賢の傍に居続けたワームモンが縋りつく。

悍ましい闇の気配を漂わせ、恐ろしい形相を浮かべたキメラモンに怯えるカイザーに、ワームモンは必死で説得した。

 

『僕達は間違ってたんだよっ!』

「間違い……!?莫迦なっ!僕のすることに間違いなんかないっ!僕はいつでも完璧なんだっ!」

『きっと、今度は今までとは違うんだよ、ケンちゃん!』

 

それも、カイザーは気づかない。

必死に止めてくれるパートナーを足蹴し、更に鞭で叩くという追い打ちをかける。

 

「これはゲームなんだっ!そして最後に勝つのは僕だっ!」

「まだそんなこと言ってんのかっ!!」

 

痛みで呻くワームモンを見下ろしていたら、響いてきた煩わしい声。

忌まわしくも、自分と同じ“選ばれし子ども”を名乗る、身の程を知らない奴ら。

カイザーは嗤う。

 

「僕が作ったキメラモンは、お前らなんかに絶対負けないんだ!」

 

だって、これはゲームなんだ。

 

「ゲームに勝つとか負けるとか、そんなこと聞いてる場合じゃないんだよっ!」

「大体デジモンを作るって何!?そんなことしていいと思ってんの!?」

「色んなデジモンのデータを寄せ集めて、僕のデジモンだって喜ぶなんて、莫迦です!デジモンは玩具じゃないんだっ!」

 

この世界はゲームの中で、デジモンはゲームのキャラクター。

 

「このデジモン達をよく見るんだっ!デジモンにはね、命があるんだ!生きてるんだっ!僕達のかけがえのない、大切なパートナーなんだよっ!?」

「貴方、選ばれし子どもなのに、そんなことも分からないの!?そのデジモン、貴方のパートナーなんでしょ!?」

 

自分はこの世界を征服するプレイヤー。

 

「……………僕に相応しいデジモンは………っ!」

 

少しでもゲームを有利に進めるために、仲間を作って何が悪い?

 

「………キメラモンだぁああああああっ!!」

 

それでも、賢は、気づかない。

 

 

 

 

 

広大な砂漠のエリアに、空を我が物顔で浮遊していたカイザーの基地が墜落する。

キメラモンが光線を乱射したのと、エネルギー源としていた黄金のデジメンタルを失ったせいで、カイザーの要塞は浮遊力を失ってしまった。

兵どもが夢の跡、とはよく言ったものである。

あれだけ暴力を働いた要塞は、そのエネルギーを断ってしまえばただのガラクタだ。

そのガラクタがなければ、カイザーは威張り散らすことだってできやしないのに、カイザーは足掻き続ける。

まだキメラモンは、やられていない。

 

『うぁあああああああああああああああああああああああああっ!!』

 

マグナモンの悲鳴が響き渡る。

有り余っていた力は、もう殆どないに等しい。

いくら黄金色の輝きを放っていても、所詮は仮初の進化ということなのだろうか。

それともそれほどまでに、キメラモンの力が強大なのだろうか。

最後の切り札とも言える技を使っても、キメラモンにダメージを与えられても、倒すまでには至らなかった。

消耗していくだけの体力で、疲労が溜まってきたところで、マグナモンはキメラモンに囚われてしまった。

鎧のお陰で何とか保ってはいるものの、痛みはある。

ぎしり、と力いっぱい握られているのと、疲労のせいで振りほどけない。

このままではいつ鎧が砕けて握り潰されるか、分からない。

そんなキメラモンを見て、カイザーは勝利を確信した。

それなのに……。

 

『頑張って、マグナモン……!』

 

デビドラモンの頭部で、キメラモンではなくマグナモンの肩を持つような発言をするワームモンが気に入らない。

仮にも自分のパートナーだというのなら、何故キメラモンや自分ではなくマグナモンなんかを……!

 

『ケンちゃんは……まだ分からないの……!?』

 

鞭で叩けば、打たれた跡がくっきりとワームモンの身体に刻まれる。

そんなの、いつものことのはずなのに、それなのに、どうしてか今日は様子が違った。

 

『昔のケンちゃんは、そんなんじゃなかったよ……っ!初めて一緒にデジタルワールドを旅した時のケンちゃんは、こんなんじゃなかった……!』

 

一緒に笑って、一緒に泣いて……。

 

『普通の優しい、ケンちゃんだったよ……!』

 

今でもはっきりと覚えている。

初めて出会った時、賢はおっかなびっくりワームモンを触ったけれど、それもほんの一瞬のこと。

賢は優しい笑顔を浮かべて、ワームモンを受け入れてくれた。

旅をしていた時は確かに大変だったけれど、それと同じぐらい、いや、それ以上に楽しかった。

ずっとずっと待っていた、大切なパートナー。

 

『それが……次に逢った時はデジモンカイザーって呼べって……そんなの、無理だよ……っ!だって、どんな格好をしたって、ケンちゃんはケンちゃんだもん……!』

 

だから賢がどうなろうと、デジモンカイザーとしてデジタルワールドを、デジモン達を痛めつけようとも、いつか必ず昔みたいに笑いかけてくれると信じてきた。

何度鞭でぶたれても、酷い言葉を浴びせられても、パートナーじゃないって見限られても……。

だから、ワームモンは、決めたのだ。

 

……ワームモンの、マグナモンの身体を、優しい光が包み込む。

 

『僕は、これからもずっと、ケンちゃんを信じるよ。本当のケンちゃんは、デジモンカイザーじゃない。本当のケンちゃんは……っ!』

 

願いは、奇跡を起こす。

 

『優しい、ケンちゃんなんだぁーっ!!』

 

パートナーデジモンは何処までも哀しくて、何処までも愚かで……何処までも愛おしい。

賢に対する思いが形となったのか、光り輝いたワームモンはデビドラモンから賢を突き飛ばし、デビドラモンと共にキメラモンに向かっていく。

マグナモンを捉えているスカルグレイモンの腕に体当たりして、マグナモンを解放したワームモンだったが、やはり力の差というのは埋められないものだ。

デビドラモンは払いのけられ、ワームモンは殴り飛ばされる。

完全体を凌駕するほどの力を持ったキメラモンに、成長期のデジモンが殴られればどうなるか、同じデジモンであるマグナモンには分かっていた。

ワームモンを助けようとしたが、光り輝くワームモンの身体から、一筋の光がマグナモンに差し込み、動きを止める。

……ああ、

 

──ワームモン……。

 

ワームモンの力が、気持ちが、光になって、マグナモンの身体中を巡る。

その想いは、願いは、たった1つ。

 

『エクストリーム!ジハードッ!!』

 

マグナモン最大の技、全身から強い衝撃波を放つエクストリーム・ジハード。

黄金の鎧から放たれた光は、深すぎる闇を抱いたキメラモンを飲み込むほどに、強大だった。

大輔には、ヒカリには見えていた。

黄金の鎧が急速にエネルギーを失っていくことを。

光に飲まれたキメラモンは消えた。

カイザーの要塞も、最早なんの力も持たない。

勝った。諦めなかった子ども達の、勝ちだ。

歓喜の声を上げる、子ども達とデジモン達。

 

でも、まだ終わっていない。

 

ゆっくりと落下していくマグナモンを見て、大輔は急いで駆け付ける。

マグナモンの身体が光り、ぎゅっと縮小され、治まった光の中でぐったりとしていたチビモン。

チビモンを包んでいた光は、大輔の下へ、正確にはポケットへと吸い込まれていった。

不思議に思ったが、それよりも今回の功労者であるチビモンが先だ。

そっと抱き上げてやれば、チビモンが力なく微笑みかけてくる。

少しだけ息が荒いのは、気のせいではないだろう。

労わるように優しく、強く抱きしめてやれば、嬉しそうに抱き着いてきた。

 

キラリ

 

ふと、チビモンがいたところで何かが光った。

手に取る。小さなプレートがあった。

そこには、模様が描かれていた。

 

「僕が……負けた……っ!何でだよっ!全て完璧だったはずなのにっ!」

 

勝つ者がいるということは、負ける者がいるということ。

子ども達が勝者なら、カイザーは敗者だ。

それは揺るぎない事実。

しかしカイザーは納得いかない。

 

「こんなのっ、こんなの最低だっ!最低のバッドエンディングだよっ!こうなったら、初めからやり直しだっ!何もかもっ!デジタルワールドをリセットしてやるっ!」

 

せっかく楽しいゲームだったのに、途中までは上手くいっていたのに、何もかもが全部台無しだ。

邪魔が入って、せっかく作ったキメラモンも失った。

だから、カイザーは言った。

デジタルワールドをリセットすると。

 

「……デジタルワールドを、リセットするだって?」

 

冷たくも憐憫の籠った声が、カイザーにかけられる。

カイザーは気づかない。

 

「だから……っ!だから、1度家に戻って、パソコンのデータを全て消去してっ、そして、そしてもう1度初めからやり直すんだ……っ!」

「……お前、何言ってんだよ」

「本気で言ってるの?パソコンのデータを消したら、デジタルワールドがリセットできるって」

 

そんなこと、できるはずがないのに。

 

「とんでもない思い違いだ!デジタルワールドを何だと思ってるんだよ!」

「……何?」

 

俯いていたカイザーが、その言葉を聞いて顔を上げる。

 

「……これは、ゲームじゃありません。デジタルワールドをリセットするなんて、できないんです」

「何だって……!?」

 

そしてやっと、カイザーは大輔達を“見る”。

大輔達だけではない。

その足元に、腕に抱かれている“命”。

何処かで見たと思っていた。

現実世界で初めて大輔達を見た時にいた、あのぬいぐるみにそっくりだった。

 

『オレたち、ぱそこんのなかだけの、でーたじゃないんだ』

「デジモンも俺達と一緒さ。みんな同じに生きてるんだ!」

「デジモンは……生き物……?」

 

賢の脳内に、これまでのことが蘇る。

デジモン達を強制的に支配下に置くためにばら撒いたリング。

昔の貴族が行っていた、キツネ狩りの模倣。

支配の証である黒いモノリスを建てるために、地上を動くのがあまり得意ではないデジモンにやらせた、強制労働。

全部全部、賢はゲームをクリアするためのクエストだと思っていたのに、そのことを自覚した途端、急に罪悪感が伸し掛かってきた。

ついさっきまで、妙に心が軽かったのに。

 

「デジタルワールドは、夢や幻の世界じゃないんだ」

「私達の世界と同じ、現実のもう1つの世界なのよ」

 

追い打ちをかけるように放たれた言葉が、決定打となった。

それまで纏っていたカイザーとしての鎧を全部脱ぎ捨てる。

全てを脱ぎ去れば、そこにいたのは非道の限りを尽くしたデジモンカイザーではなく、罪の意識に苛まれる1人の平凡な少年だった。

 

何で、何でこんなことになったんだ。

何でこんなことをしたんだ。

どうしてこんな莫迦なことを、僕は平気でやっていたんだ!!

 

不幸は続く。

キメラモンに殴り飛ばされたワームモンを、子ども達は見つけた。

まだ息はある。

しかし、もう永くない。

あんな小さな身体でキメラモンに体当たりしただけでなく、最期の力を振り絞ってマグナモンに力を、想いを、願いを届けたのだ。

パートナーデジモン達は、ワームモンの気持ちがよく分かったから、何も言うことが出来なかった。

 

『昔の、ケンちゃんに、戻ってくれたんだ……』

「昔……?」

『その方が、似合ってるよ……』

 

少しずつ小さくなっていく命の灯に気づきながらも、ワームモンは微笑む。

やっと、やっと逢えた。

昔の、初めて逢った時の賢だ。

嬉しそうに笑うワームモンの言葉に反応したかのように、大輔の手に握られていたものが光る。

そっと手を開けば、ピンク色に光るプレートがすーと吸い寄せられるように、賢の下へ。

 

「……動力室でさ、その紋章から声が聞こえたんだ。本当の持ち主のところに、帰りたいって」

 

大輔には、聞こえていた。

ワームモンの願いと一緒に、その紋章も願っていたことを。

帰りたい、ケンちゃんのところに帰りたい。

優しいケンちゃんのところに、還りたい。

ずっとずっと、泣いていたのだ。

 

──ただいま、おかえり、ケンちゃん。

 

『それは、ケンちゃんの……っ、やさしさの、もんしょう、だよ……っ!』

 

太一の勇気、ヤマトの友情のように、賢の個性が紋章となったもの。

 

『優しさが闇に堕ちた時、奇跡の輝きが生まれる……ウィザーモンが言っていたのは、このことだったのね……』

 

賢の下に帰りたかった優しさの紋章が、あの黄金のデジメンタルを生み出したのだろう。

優しさが生み出した黄金が、賢にとり憑いていた闇を、闇の化身であるキメラモンを見事に晴らした。

まさに、奇跡。

 

『だって、ケンちゃん、やさしいもんね……』

「……ワームモン」

 

足元をふらつかせながら、賢はワームモンに歩み寄る。

どさり、と崩れるように座り込み、そっと抱き上げたワームモンの身体は、自分が思っていた以上に小さかった。

 

「……お前……こんなに……軽かったのか……」

 

小さい頃はあんなに大きく感じたのに、変だな、おかしいな。

ワームモンて、こんなに小さかったんだ。

 

『………………サヨナラ………ケン………………ちゃん……………………………』

 

消える、命の炎が。

蝋燭に灯った小さく、頼りない()が、ほんの少し吹いた風に、いとも簡単に吹き消されるみたいに、呆気なく。

それがワームモンの、最期の言葉。

最期まで、ワームモンは賢のことだけを考え、心配していた。

 

「………………ワーム、モン?」

 

腕に抱いていたはずの、小さな身体が細かい粒子になって、消えてしまった。

デジモンは、生きている。

生きているけれど、それはとても緻密で重たい、データの塊。

細かい粒子となって消えたということは、それは事実上デジモンの──。

 

「……死んだんだ」

 

小さく、でもはっきりと、タケルは言った。

その現象を、タケルは誰よりもよく知っていたから。

 

「………しん、だ……?」

 

脳内に響き渡った、耳障りなブレーキ音。

次いで、ドン、と硬いものが柔らかいものにぶつかる音。

真っ白な光の中で、誰かが跳ね飛ばされる。

その衝撃で、身に着けていたものが何処かへと飛んでいった。

 

「死んだ…………っ!」

 

白い光の中で、いやに鮮明な色が映し出される。

賢と同じ色合いの髪。季節は春ごろで、でもまだ少し冷たい風が吹いていて、寒がりだった──は半そでのパーカーの下に薄い長そでを着ていた。

周りが騒がしい。

悲鳴が聞こえたり、怒号が響いていたり、忙しない周囲の中、賢は目の前で倒れる──を見下ろしていた。

ぐったりと横たわった──は、母が幾ら呼び掛けても返事をしない。

救急車のサイレンの音が、遠ざかっていく。

 

「ぅ……っ、うぅ……!こんなはずじゃなかった……!!」

 

蹲る賢の両目から、大粒の涙が流れて、砂漠の砂に吸い込まれる。

涙を止める術など、今の賢は持ち合わせていなかった。

 

「僕はこんな気持ちを思い出すために、ここに来たんじゃない……っ!!」

 

ずっとずっと忘れていたのに。

ずっとずっと、忘れていたかったのに。

どうしようもない喪失感と、圧し潰してくる罪悪感が一気に伸し掛かって、賢を責め立てる。

大切なものは失ってから初めて気づく、なんて詭弁で陳腐な言葉だけれど、賢が自分を責めるにはそれで充分だろう。

 

「……………」

 

賢の嗚咽だけが聞こえ、子ども達もデジモン達も口を噤む中、大輔は1人思い出していた。

賢が行方不明になった時、テレビの取材に答えた賢の両親の姿。

一体賢に何があって、どんな時を過ごしたのか、大輔は知らない。

 

「……お前、家に帰れ」

 

それでも、賢を心配する両親がそこにいる、ということだけは紛れもない事実だ。

だったら……。

 

「お前のことを心配して、待ってる人がいるんだっ!」

 

呆然と立ち上がり、フラフラとした足取りで何処かへ行こうとする賢を、子ども達はただ見送ることしか出来ない。

 

「帰れよー!」

 

どうするかは賢が決めることだ。

まさか自ら死を選ぶ、なんてことはしないだろう。

ワームモンの死を、あんなに悲しんでいる人が、自ら死を選ぶとは思えない。

本当なら賢の家まで帰るところを見届けてやりたいのだが、大輔が抱き上げているチビモンが、そろそろ限界そうだ。

息はまだ荒い。

黄金のデジメンタルのお陰で、そこまで体力は消耗していないはずなのだが、恐らく最後に放った強い光が原因だろう。

うとうとしているチビモンに、眠ってていいぞって優しく話しかければ、安心したように目を閉じた。

遠ざかっていく賢を見送り、子ども達はやっと一息つく。

終わった。今度こそ、やっと、全部終わったのだ。

京はその場に座り込み、伊織も大きく溜息を吐く。

お疲れ、ってタケルとヒカリはそれぞれに声をかけ、デジモン達も労わりの言葉をかけあった。

 

「………………」

 

そんな仲間達を、輪の外から見守る大輔。

チビモンを抱いていた右手を解き、握っていた拳をゆっくりと開く。

 

 

その手の中には、恐竜の足跡のような紋章が描かれたプレートがあった。

 

 

 

 

 

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