Butterfly Effect   作:オルタンシア

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第九話

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「お前、何でサマーメモリーに行きたいんだ?そこに何があるんだ?」

 

先ほどまでの喧噪が嘘みたいに、穏やかだった。

そよ風が大輔とウォレスの頬を撫で、足元の草がさわさわと肌をくすぐるように小さな自然の音楽を奏でている。

道路を挟んだ草原は所々穴が開いて土がむき出しになっているし、看板も幾つか大きな風穴が開いていたり、真っ二つに破壊されたりと、なかなか悲惨な状況になっている。

それに加えて滅多に車が通らないために、ヒッチハイクでの移動はほぼ絶望的だ。

どうしたものか、と看板の柱の陰にもたれかかって座り込むウォレスに、大輔も同じく柱の陰に座って、話しかけた。

出逢った時から、ウォレスは社交的ではあったものの、肝心なことはのらりくらりと躱して、話さないようにしているような印象を受ける。

京や伊織はどう思ったのかは分からないが、大輔は誤魔化せない。

太一達が謎のデジモンによって連れ去られ、行方不明になっていると聞いてから、ウォレスの心はずっと落ち着かなかった。

それが電波のようにビシビシと大輔に伝わってくるから、大輔の前で隠し事など無意味である。

勿論、ウォレスは大輔のそんな不思議な能力(チカラ)のことなど、知る由もないのだけれど。

 

楽ち~んとか言いながら、グミモンがブイモンの頭上に乗っている。

グミモンを乗せているブイモンは、大きな手でグミモンが落ちないように支えてやりながら、穴が開いていない草原を走り回っていた。

それをぼんやりと見守るウォレスに、大輔は語り続ける。

 

「さっき、花畑で会おうって言ってたよな。あれ、どういう意味だ?」

 

大輔の言葉を聞いて反応したのは、ウォレスではなくグミモンであった。

円らな瞳をぱちくりとさせ、大輔の方を振り向いたグミモンは、今自分が何処にいるのかも忘れて、大きな耳を広げて飛び上がる。

突然頭上にあった重みがなくなり、ブイモンはバランスを崩して転んでしまった。

 

『わっ、ブイモン、ごめんね!』

『ぅえっ、草が口ん中入った……!あはは、平気、平気!』

 

転んだ拍子に入ってしまった細い草を吐き出して、申し訳なさそうにするグミモンにニカッと笑いかけた。

が、すぐに真剣な表情を浮かべる。

 

『……なあ、あのデジモン、チョコモンっていうの?チョコモンのこと、何か知ってるんだよね?』

『……チョコモン、は』

 

誤魔化しきれない、隠しきれない。

グミモンはウォレスよりも、そのことをよく理解していた。

このまま黙っていたって、被害が増えていくだけだ。

だって、だってチョコモンは……。

 

「グミモン」

 

でもウォレスはそれを望んでいない。

チョコモンのことを話したがっているグミモンのことを、ウォレスはよく分かっている。

分かっているから、グミモンを呼んだ。

これ以上巻き込むわけにはいかないから、話す必要はないと、ウォレスの気持ちは分かる。

分かるけれど……。

 

これ以上は、無理だ。

 

『ウォレスゥ、チョコモンのやつ、捕らえた子ども達と昔に帰ろうとして……』

 

ぴたり、と。

 

ブイモンが硬直したことに、誰も気づかなかった。

 

「どういうことだ?」

『……その子達をどんどん子どもにしようとしてる』

「……何で、そんなことが分かるんだ?」

 

グミモンの確信めいた言葉に、大輔がそう尋ねるのも尤もだった。

まるで見てきたかのように、見ているかのように、グミモンはチョコモンがしようとしていることを、きっぱりと断言している。

自分や幼馴染の女の子も、そういう予感めいたことを感じることはよくあるが、それにしたってグミモンははっきりと主張していた。

 

『……だって、僕は…………』

 

呟かれた言葉が、続くことはなかった。

円らな黒い眼が、不安げに揺れている。

ウォレスも、じっとグミモンを見るだけで、特に何かを言ってこなかった。

ここまで来てしまったら、もうウォレス達とチョコモンは無関係だなんて誤魔化せないのに、それでもウォレスは言おうとしない。

……大輔の前で、沈黙など無駄なのに。

 

「………………」

 

電波になって空気中から伝わってくる、グミモンの不安とウォレスの気持ち。

大輔は目を閉じ、ゆっくりと息を吸った。

 

「……とにかく、サマーメモリーに行かないとな」

 

え、とウォレスとグミモンは大輔を見上げる。

仕方ないやつだな、と言いたげな、少し呆れたような笑顔を浮かべていた。

ウォレスが何も言いたくない、というのなら、それでいい。

誰にだって心の奥に仕舞っておきたいもの、というのはあるものだ。

大輔はその実、猪突猛進に見えて、そういう気持ちを汲み取るのが、とても上手な子だった。

他人の気持ちに寄り添って、その人の扉をそっと開けてくれる子。

隣に座って、一緒に景色を眺めてくれる子。

だから今は何も聞かない。

ウォレスが、グミモンが言いたくなるまで、大輔は待ってくれるという選択をしてくれたのだ。

もしかしたらずっと言えないかもしれないのに、全部が終わって、さようならってなっても大輔に言うとは限らないのに。

それでも大輔は、何も聞かないでくれることを選んでくれたのだ。

 

──ごめん、ダイスケくん……

 

本当はウォレスだって分かっている。

チョコモンがこの事件の中心にいるのなら、大輔達がそれに巻き込まれたというのなら、ちゃんとそれを話してごめんなさいをしなければならない。

でもウォレスは、信じたくなかったのだ。

信じたかったのだ。

チョコモンのせいだって、信じたくなかった。

チョコモンのせいじゃないって、信じたかった。

だって、チョコモンは……。

 

「よっし、ブイモン!…………ブイモン?」

 

ブイモンからの返事はなかった。

いつもなら呼べば元気な声で返事をしてくれるのに。

不思議に思った大輔がブイモンを見やると、少し離れたところでブイモンは突っ立っていた。

………ブイモンの気持ちが、電波になって大輔に届く。

 

「……ブイモン!」

『っ』

 

眉を顰め、少しだけ険しい声色でブイモンを呼べば、ブイモンはやっと反応を見せた。

びくり、と肩を震わせ、赤い大きな目をパチパチさせて、大輔の方を見やる。

大丈夫か?って歩み寄りながら尋ねれば、何でもない、といつもの笑みを浮かべて返した。

目を細め、ブイモンを見下ろす大輔から目を逸らし、少し離れた位置へと移動すると、ガッツポーズをとって大輔を急かす。

こいつもか、と大輔は小さく溜息を吐いたが、今はブイモンを問いただしている暇はないのも確かなので、一旦隅に追いやるとした。

 

「デジメンタルアーップ!」

 

チョコモンと戦った時と、同じ掛け声を大輔は叫ぶ。

アメリカでは見かけない、ポータブルな電子通信機から、不思議な光が大輔のデジヴァイスに伸びていった。

データ化されていた進化アイテム、デジメンタルが大輔達新しい選ばれし子ども達に与えられた新しいデジヴァイス・D-3によって変換され、実体化する。

先ほどと同じ手順のはずなのに、飛び出してきたのは先ほどの赤い卵のようなオブジェとは違う、黒いピーナッツのような形をしたオブジェ。

鋭く尖った金属が角みたいに生えたそれが、くるくる回りながらブイモンに纏わりついた。

 

『ブイモン、アーマー進化!轟く友情、ライドラモン!』

 

青い電流がブイモンとデジメンタルを包み込む。

四つ足の形になったかと思うと、青い電流が放電され、現れたのは先ほどの赤い鎧を纏った竜人とは、また違う姿をしたブイモンだった。

 

「早くコイツに乗れよ!」

 

ひょい、とブイモン、基ライドラモンの背中に飛び乗った大輔に、ウォレスとグミモンは目を見開かせる。

デジモンが違う姿に変身する、ということすら知らなかったのに、ブイモンは2つの異なる姿に変身できるのだ。

興奮しない方がおかしいだろう。

 

──僕、グミモン達のこと、本当に何も知らないな

 

グミモンとはウォレスが4つの時からの付き合いだが、ウォレスにとってグミモンは“人間とは姿が違う友達”という認識でしかなかった。

グミモンがどういう生き物で、何処から来たのかとか、ウォレスは何も知らないのだ。

だってグミモン自身が、グミモンのこともデジモンのことも、知らなかったのだ。

知らなかったから、ウォレスとそういう会話になることもなかった。

ウォレスも、グミモンはグミモンであることが当たり前だったから、疑問すら浮かばなかったのである。

2人にとって大事だったのは、一緒に遊ぶことと、ずっと一緒にいることだったから。

……どうして、それが大事だったのかも、グミモンは忘れてしまっていたことを、ウォレスもグミモンも知らない。

グミモンは大きな耳を膨らましてぴょいと飛び、喜んでライドラモンの背中に乗った。

ウォレスは、恐る恐る、と言った様子で大輔が伸ばした手を掴む。

力強く引っ張られ、ライドラモンの背中に乗れば、意外と乗り心地のいいことに気づき、自然と笑みが浮かんだ。

 

「よっしゃ、サマーメモリーに向かって、しゅっぱーつ!」

『おーう!』

 

その日、アメリカの広い草原に、黒い稲妻が走った。

馬とも牛とも、犬とも違うその影は、稲妻のようにほんの一瞬で目の前を駆け抜け、それを目撃した大人には突風が吹いたようにしか見えなかったという。

その稲妻の正体を見ることが出来たのは、子どもだけだった。

ライドラモンが駆け抜ける度に、耳元でびょおびょおと風が置き去りにされていく。

前から叩きつけられる風圧で目を細めていたら、離れたところで子ども達がライドラモンと追うように走っているのが見えた。

 

「Which direction is Summer Memory!?」

 

大輔やウォレスよりも年下……伊織と同い年ぐらいの子だろうか。

他者との境界が曖昧な子ども達は、ライドラモンを見ても恐怖を感じるよりもカッコよさの方が強く出るようで、目を輝かせながらサマーメモリーの方角を指さす。

Thanks!と礼を言い、子ども達が指さした方向へ向かうよう、大輔はライドラモンに指示する。

あ、とウォレスに抱えられているグミモンが、思い出したように声を漏らしたかと思うと、衝撃発言をぶちかました。

 

『ねーねー、ダイスケェ』

「んー?何だぁ?」

『ダイスケってぇ、アメリカにガールフレンドいるの?』

「はあっ!?」

 

反射的にぐるん、と後ろを振り返る。

その拍子にライドラモンから落馬(ライドラモンは馬ではないが、便宜上)しそうになったので、ライドラモンは慌てて身体を傾けて大輔が落下しないように体勢を整える。

ライドラモンの首にしがみ付く形で、何とか落下を免れた大輔は、再びグミモンの方を振り返って怒鳴った。

 

「いねぇよっ!生まれてこのかたいたことねぇよっ!女友達はいるけどもっ!」

「何でそんなこと聞くんだ?」

 

言ってて悲しくなってきたのか、前を向いて腕で両目を抑える大輔を無視してウォレスが尋ねると、グミモンはだってーとマイペースな言動を崩さずに続ける。

 

『ウォレス、気づいてないの?さっきっからダイスケとウォレス、通じ合ってたよ?』

「……へ?」

『だぁかぁらぁー、英語!ウォレスの英語、ダイスケ分かってたみたいだよ?』

 

ママに電話した後、英語で喧嘩してたでしょ?と何でもないように言うもんだから、ウォレスも大輔も一瞬グミモンが何を言っているのか理解できなかった。

 

「…………ぇ、あ、えっ、えぇえっ!?そ、ういえば……!」

 

最初に再起動したのは、ウォレスである。

目をパチパチさせながらグミモンを見た後、ゆっくりと大輔の方に目線を上げた。

大輔も、ほぼ同時グミモンからウォレスの方に目線を移した。

狼狽えたように声を上げるウォレスに、大輔は合点がいったのか、あー、と気の抜けた声を出しながら再び前を向いた。

 

「……I was born in the US and lived here until I was 6 years old.」

「……Really?」

「嘘言ってどうすんだよ」

 

英語と日本語を交えながら、大輔はウォレスとグミモンに言う。

実は大輔、アメリカ生まれのアメリカ育ちで、小学校に上がる直前までアメリカに住んでいた。

英語はネイティブ並みに喋ることが出来るため、京と伊織はアメリカへの子どものみの旅でも呑気に構えていたのは、そのためだ。

両親も、せっかく覚えた英語を忘れさせるのは忍びないとして、週に1度英語教室に通わせてくれているのだが、完全に余談である。

 

『俺は知ってたぞ!』

 

えへん、と奔りながら胸を張るライドラモンに、お前が威張ってどうする、と大輔は苦笑しながら軽くその頭を叩いてやる。

 

「で?グミモン!」

『はえ?』

「はえ?じゃねぇよ!お前は何で俺がアメリカにガールフレンドがいるって思ったんだ!?」

『あー、だって、ウォレスが日本語覚えたのは、日本人のガールフレンドがいたからだもん』

 

だからダイスケもそうなのかな、って。

悪びれもなくそう言い放つもんだから、大輔はがっくりと肩を落とした。

 

『でもそっかー。ダイスケ、アメリカで生まれたんだね!』

「おーう。だから俺、アメリカと日本の国籍、2つ持ってるんだぜ」

 

にしし、と得意げに笑う大輔に、ウォレスとグミモンは釣られて笑った。

日本は二重国籍を認めていないので、20歳になるまでにどちらかの国籍を選ばなければならないのだが、今は置いておくとしよう。

それよりも。

 

「さっさとサマーメモリーに行こうぜ!」

『ミヤコ達も待ちくたびれてるだろうしな!』

「……うん!」

『レッツゴー!』

 

日は暮れ始めている。

夜に成る前に京達と合流をしなければ。

大輔はライドラモンの首を軽く叩き、ライドラモンもそれに応えるべく、走るスピードを上げた。

 

 

 

 

 

広い広いアメリカの、緑しか見えない草原。

視界に映る家屋も辛うじて点在しているのみで、大輔が生まれ育ったコンクリートジャングルのニューヨークと比べれば、空がとても広かった。

 

「すげぇ田舎だな」

「ニューヨークよりはね」

『ウォレスってば、素直じゃないんだよねぇ』

 

小川を渡るための小さな橋の欄干の上を、バランスを取りながら歩くグミモンが、ウォレスをからかうように言った。

時刻は夕方。辺りもすっかりオレンジ色に染まり、樹々の影と草原の境目が溶けだす頃に、大輔達を置き去りにしてサマーメモリーで待機していた京達と合流した。

遅い!と京は開口一番に文句を言うも、俺達を置いてさっさと行ったのが悪い、と大輔はジト目で睨みつけて京を黙らせた。

ウォレスと言い合いをしていた大輔も大輔だが、京が大輔を強制終了させて乗せるなりなんなりの方法はあったはずなのも事実であるので、一概に大輔を責めるのはお門違いというものである。

おまけに、次のヒッチハイクでサマーメモリーに向かう予定が、行先の違う車に乗ってしまい遠回りになった挙句、突如現れたチョコモンによって足止めを食らい、更に戦闘の余波で道路が穴ぼこだらけとなってしまったので、ヒッチハイクをしたくともできなかったのだ。

これでも早く来た方だ、と喧嘩になりそうなのを、伊織とパートナー達がどうどうと宥めて、何とか一息。

 

「ヒー達、まだ来てねぇの?」

「D-ターミナルに連絡があって、途中でチョコモンに遭遇したらしいわ」

「そのせいで汽車が使えなくなって、今バスでこっちに向かっています」

「……なるほどなぁ」

 

自分とヒカリ、見えないものを視て、聞こえないものを聴く力を持つ自分達の前に現れたのは、偶然か必然か。

それとも……。

大輔はちらりと目線だけをウォレスに向ける。

至って平静を装って京の方を見ているが、電波となって伝わってくるウォレスの心情は、つい先ほど自分達がチョコモンと遭遇した時と同じような気持ちになっていた。

 

「それだけじゃないの」

「汽車に乗っていた人たちが、消えたんです!」

「……他の、人達も?」

 

ウォレスの、縹色の空と同じ色の目が、揺れている。

戸惑いの感情を隠しきれない様子のウォレスに、伊織は凛と佇んで口を開いた。

 

「ウォレスさん、話してください。あのチョコモンというデジモンは、何なのか」

「……そろそろ話しても、いいんじゃないか」

 

事態はもう、ウォレスとグミモンだけの手には負えないところまで広がっている。

そもそも、太一達が消えた時点で、ウォレスとグミモンだけではどうにもならなかったのだ。

無関係のはずの太一達が、何故突然消えたのか。

大輔とヒカリは、それがチョコモンの仕業だということは、とっくにお見通しだった。

しかし原因は分かったが、理由が分からなかった。

チョコモンが何のために太一達を攫ったのかまでは、大輔とヒカリにも流石に読めなかった。

ただ……泣いていることだけは、分かった。

泣きながら探して、ずっとずっと探していて、でも何処にも見当たらなくて、ずっとずっと泣いていた声だけは、聞こえていた。

京と伊織にも、そのことは共有している。

だからチョコモンが泣きながら何かを探している、イコールウォレスを探している、ということは推理せずとも理解できた。

 

だからこそ、理解らない。

 

「太一さん達は、何処へ連れ去られたのか……」

「………………」

 

じ、と見つめてくる3対の目から逃れるように、ウォレスは顔を背ける。

パステルカラーのように、色味が薄い記憶を掘り起こして、最初に思い出すのは微かな泣き声だった。

自分のものではない。勿論妹のものとも違う。

母の趣味だったか、父のものだったか忘れた陶器の白鳥の置物は、ニューヨークの家でも飾ってある。

その前を通り、ウォレスは腕の中でめそめそ泣く小さな友達を自分の部屋へと連れて行った。

母の目を盗んで救急セットも自室に持っていく。

母が自分や妹にやっていたように、見様見真似でチョコモンの怪我をした部分に消毒液をかけ、ぎこちない手つきで包帯を巻いてやる。

めそめそ泣くチョコモンを心配して、グミモンがぴょこぴょこ跳ねてきた。

だいじょうぶ?ってチョコモンにつられて泣きそうになっているグミモンと、一生懸命治療をしようとしてくれるウォレスが嬉しくて、チョコモンは泣きながら笑っていた。

これでよし、ってウォレスが額を腕で拭い、グミモンがわーいって言いながらチョコモンに飛び込んできたから、せっかく巻いた包帯がほどけてしまったのは、いい思い出だ。

……それも、もう、遠い記憶の彼方の想い出。

 

「………………」

「おい……」

 

ウォレスは何も言わずに歩き出す。

大輔が苛立たし気に声をかけるが、ウォレスは答えない。

ウォレスはまだ迷っている。

例えウォレス達の前から忽然と姿を消して、それから何年も経ってしまったのだとしても、ウォレスにとってチョコモンは大切な家族で、友達だ。

そんな家族が何の目的で日本人の子ども達を連れ去ったのか、ウォレスには分からない。

分からないから、言えない。

そもそも“アレ”が本当にチョコモンなのかなんて、分からないじゃないか。

いや、“アレ”はチョコモンだ。だってあの花畑で待っているって言ったら、反応してくれたんだもの。

ほんの少しだけ、あの血みたいに毒々しい真っ赤な目の奥に、僅かな感情を捉えたのだ。

でも、いや、もしかして、だから、しかし……。

 

『多分あいつは、ウォレスを探してたんだ。デジヴァイスを目印にして』

 

独り歩き出したウォレスを見ながら、グミモンが口を開いた。

大輔達の目線が、一斉にグミモンに向けられる。

グミモンは怯むことなく、大輔でも京でも伊織でもなく、況してやブイモン達でもなく、ウォレスを真っすぐ見つめた。

 

『あいつはウォレスに逢いたがっている……幼いウォレスに、逢いたがっている』

「……だからイチ兄達を子どもにしようとしているのか」

 

数時間前の戦闘後、風に攫われるようにして消えたチョコモンを“視た”時、太一達らしき影を、大輔は見た。

だがその姿をはっきりと見たわけではない。

例えるなら、遠くにいる人影を、目を細めて見るような感覚だった。

その影が、やたら小さく見えたのは、しゃがみこんだり座り込んだりしているからだと思っていたのだが、そうではなかった。

文字通り、太一達の姿が小さくなっていたのだ。

年齢がどんどん下がっていって、幼くなっていったのだ。

もしもグミモンの言う通りなら、太一達はデジヴァイスを持っていたからチョコモンに連れていかれたということだ。

大輔達が持っているデジヴァイスは、D-3という新しい形のデジヴァイスだったから、チョコモンからは認識されなかったのだろう。

 

しかし謎はまだ残っている。

 

「………………」

 

グミモンから目を逸らし、ウォレスの視界に入ったのは手押しポンプ。

赤く錆びついているが、ウォレスが小さい時はまだ現役だった。

よく母が近所の奥様方と、そこで井戸端会議をしていた。

母や近所の方がいない時は、グミモンとチョコモンがポンプの手すりを上下で挟むようにして動かして、水をくみ上げて遊んでいた。

鮮明に思い出されるセピア色の景色に、ウォレスは軽い眩暈を覚える。

 

「……なあ、いい加減話せよ。お前も分かってんだろ?」

「………………」

「もう戻れないんだよ。戻れないところまで、来ちまってるんだ。何でもないって言ってる場合じゃねぇし、悩んでる暇だってない。このままだと……本当に、後悔するのは、お前だけじゃ」

「行かなきゃ」

 

大輔の言葉を遮るように、ウォレスは力強く言った。

 

「あの花畑に行くんだ。そうすればチョコモンは、昔のチョコモンに戻る……きっと」

 

ウォレスの気持ちが、電波になって大輔に届く。

大輔は感じ取ってしまったウォレスの気持ちに、一瞬目を見開いたが、すぐに戻した。

どうあっても、ウォレスはあの花畑とやらに行くつもりだ。

チョコモンに逢うために、もう1度家族に、友達になるために。

……いつの間にか大輔の隣に立っていた京と伊織だけが、大輔が吐いた小さな溜息に、気づいていた。

 

 

 

 

 

 

茜色だった空はいつの間にか夜の帳が降りていた。

筆につけた白い絵具を散らばせたような星々が煌めいている下で、湖がさざめいている。

森の樹々は夜の闇を吸って黒く染まり、周りを取り囲む岩の壁が上から圧倒するように聳え立っていた。

アメリカは大都会、というイメージが強かったらしい京と伊織は、この壮大な景色に感動していたが、大輔とウォレスはここ自然保護区だったらどうしよう、と2人で額を突き合わせて心配していた。

アメリカの野生動物は色々と洒落にならないから、デジモン達に辺りを何度も探ってもらい、安全を確保できたところで腰を落ち着けることにした。

ここに来る途中、個人でやっている小売店を見つけた大輔達は、夕飯用に買ったサンドイッチやらお菓子やらを夕飯代わりにした。

味は、推して知るべし、という奴である。

懐かしいアメリカの味を堪能していた大輔だったが、日本食に慣れきってしまっている京達は、一口食べてとても微妙な顔をしていた。

しかし明日にはいよいよ、ウォレスが言っていた花畑に向かわなければならない。

そこで待っているであろうチョコモンとどうなるか分からない以上、体力は温存しておかなければならないのだ。

その時に、食べなかったせいで力が出ませんでした、は洒落にならない。

だから味が合わなくとも、無理をして食べて腹を満たしておかなければ。

 

「………………」

 

微かに吹く風で、湖がゆらゆら揺れて、さざ波を立てている。

心地いい音に耳を傾け、ぼんやりとしているウォレスに、眠そうなグミモンが口元をむにゃむにゃさせながら寄りかかる。

 

『ウォレス~……?寝ないのぉ……?ぼく、もう、きょうは……つかれたぁ………』

 

耳を器用に動かして、目を擦るグミモン。

すー、という静かな寝息が聞こえたので、ウォレスは柔らかく微笑みかけながら、自分の分の毛布をかけてやる。

グミモンが起きないよう、そっと立ち上がり、足元の砂利を静かに踏みしめながら、ウォレスは大きな岩陰から離れた。

遠くで、何かの生き物の遠吠えが、微かに聞こえてきた。

いつ夜行性の野生動物とかち合うか分からない大自然の中、ウォレスは危ないと頭の片隅で理解しながらも歩き続ける。

横幅が2メートルほどしかない小川沿いに進めば、開けていた湖から樹々が立ち並んだ森の中へ。

足元の砂利はいつしか草が多い茂った土となり、坂道を上がると申し訳程度に舗装されている、土がむき出しになった道に出た。

 

「待てよ」

 

さく、さく、と足元の草を踏みしめながら道なりを進もうとするウォレスの背中にかけられた、この1日で聞きなれてしまった声。

徐に振り向けば、いつの間についてきたのか、木の陰から大輔が現れた。

 

「1人で行く気か?」

「………………」

 

ウォレスから見た大輔は、とても不思議な子であった。

ぱっと見は年相応、もしかしたら見た目よりも少しばかり子どもっぽい、典型的な日本人の男の子なのに、いつの間にかす、と静かに、でも遠慮なく自分に踏み込んでくる子。

その癖ずかずかと足音を立てるわけでもなく、デリカシーのない言葉をかけるでもなく、入ってきた時と同じようにそっと寄り添ってくれる少年。

チョコモンと何があったのか、チョコモンに何があったのか、それを何度も尋ねては来るけれど、無理やり聞き出そうとはしてこない。

京達と合流する前、チョコモンと戦闘を繰り広げた後だって、大輔は何か言おうとするグミモンを遮った自分を、責めたり問いただしたりはしてこなかった。

物言わぬ人形のように、口を噤み続ける自分に苛立ったり怒ったりする権利はあったはずなのに、それなのに……。

 

大輔は、笑っていた。

 

太陽のようにニカリと笑って、先に進もうと手を差し伸べてくれたのだ。

ブイモンがチョコモンと戦った時とは全く違う姿に進化した時は驚いたし、その背に乗って風になっている間は本当に楽しかった。

ウォレスが抱えているものを、ほんの一時でも忘れてはしゃいでしまう程度には。

……だから、甘えてしまった。

大輔が何も言わないから、ウォレスの心に入り込んでも踏み荒らしたりしないから、それが心地よくて自分の心から目を逸らしてしまった。

大輔達は巻き込まれた被害者でもあるのに、1度だってウォレスを責めなかったのに。

それなのに……。

 

「……チョコモンてさ、お前のデジモンだろ」

「っ!」

「俺さ、何て言うんだろ。そういうの、分かっちまうんだよ、昔から。何て言うかさ、こう、人の気持ちが分かっちまう、みたいな」

「……人の心を、読めるの?」

「読む、とは違うなぁ。俺の幼馴染が言ってたんだけどさ、俺ってラジオとかテレビみたいなもんらしいんだ。あれってさ、ラジオ局とかテレビ局とかが発信してる電波を受信してんだろ?あんな感じ、らしいんだ」

 

これは大輔自身どうしようもないようで、人の気持ちが電波のように空気を伝って、勝手に受け止めてしまうのだそうだ。

聞いただけでは凡そ信じられない話ではあるが、ウォレスは1度それらしき現象を目の当たりにしている。

チョコモンと戦った後、大輔はチョコモンが泣いていたと言っていたのは、つい数時間前のことだ。

大輔の仲間でセンパイ、とやらの光子郎が消えた時、大輔はちょうどその場面に出くわしていたようで、光子郎が消える直前に、誰かが泣いている声も聞こえたらしい。

これから合流する予定の2人のうちの、女の子の方もチョコモンが泣いている声が聞こえていたとのことだ。

 

「……つまり、ダイスケは、知ってたの?最初から……」

「……まあ、結果的にはそうなるかな」

「……そう」

「ただ全部分かったわけじゃねぇんだ。チョコモンが泣いてたのと、イチ兄達を連れてっちまったことは分かってたんだけど、何でそんなことすんのかまでは、流石に」

 

原因は分かっていた。ただ理由が分からなかった。

だから、知りたかった。

原因を取り除いても、理由が分からなかったら意味がないと分かっているから。

 

「……チョコモンは、グミモンと同じデジタマから生まれた、双子のデジモンなんだ」

「……そうじゃないかな、とは思ってた」

「そんなことまで分かるの?」

「分かる、っていうか……グミモンの、チョコモンの行動説明してた時の様子、ヒーとそっくりだったから……」

 

太一に言わせればきっと、お前も同じだよ、と頭を小突いていただろうが、大輔は自覚がないのできっとキョトンとしただろう。

ともかく、グミモンがチョコモンの、謎の行動を事細かに、まるで見てきたかのように、否、自分がチョコモンになったみたいに話していて、その時の様子がこれから来るはずの幼馴染と全く同じだったから、きっとグミモンととても近しい存在なのだろうな、というのは想像ついていたらしい。

 

「僕のところに来たデジタマからは、そっくりのデジモンが2体生まれた」

 

樹々の間から見える湖は、先ほどまでウォレスと大輔達が休んでいた場所。

京と伊織は、パートナー達は大輔達がいないことにも気づかず、夢の中だ。

今日は満月のようで、夜の帳がとっくに降りている湖は、目を細めるぐらいに白く光っている。

思い出すのは、一面の黄色い絨毯に、縹色の空。

自分とグミモンとチョコモンは1日中、その花畑で遊んでいた。

母には内緒の、秘密の友達。

毎日毎日、飽きることなく異形の友達と遊んで、楽しい日々を過ごしていたが、7年前。

突如として、その平和と平穏が崩れてしまった。

 

「7年前って……イチ兄達が光が丘の団地でデジモンを見たのと、同じ年……」

 

今から7年前の、1995年。

光が丘に住んでいた八神兄妹のパソコンから、突如として現れた謎の卵。

幼馴染の女の子は、声が聞こえたと言っていた。

そのデジタマから孵ったデジモンを、太一とヒカリは親に内緒でこっそり匿っていたのだが、その日の夜に異変が起こった。

ボタモンはコロモンに、コロモンはアグモンに、そしてグレイモンに急速進化をして、パロットモンと共に大暴れしてしまい、光が丘の一部団地は見るも無残に破壊されてしまった。

後に“光が丘爆弾テロ事件”と呼ばれることになるその事件の真相を知っているのは、それを目撃した複数の子ども達だけ。

そしてその子ども達の中にいたのが、太一とヒカリを含めた8人の選ばれし子ども達である。

その光が丘爆弾テロ事件が起きたのと同じ年に、チョコモンがいなくなった。

これは、偶然の一致なのだろうか。

 

「あれからチョコモンのことは、忘れたことはなかった。ニューヨークに引っ越してからも、ずぅっと……」

 

痛みが残る思い出話をしながら歩いていたら、いつの間にか少し小高い崖に辿り着いていた。

木の天辺が目の前に見えるほどの小高い崖の上、肌寒い風が大輔の髪や服をあおる。

 

「あんなに仲がよかったのに、どうしてチョコモンはあんなになってしまったんだ……助けられなかった僕を、恨んでいるのか……」

 

譫言のように呟きながら、崖の淵で湖を眺めていた大輔の隣に立つウォレス。

大輔は眉を顰めた。

対峙した際、チョコモンからは恨みや辛み、憎しみと言った負の感情は感じなかった。

あるとすれば、寒さ。

まるで太陽の光も届かない、叩きつけるような吹雪と氷の世界のど真ん中に、独り放り込まれたような感覚。

その感情は、まるで……。

 

「……違う」

「え……ダイスケッ!?」

 

ぽつりと落とすように呟かれた大輔の言葉に、湖を睨むように見つめていたウォレスは反射的に大輔の方を振り向き、ギョッとなった。

大輔が、ウォレスを見つめている。

両目から沢山の涙を流しながら。

 

「ダ、ダイスケ?どうしたの?何で泣くの?」

「違う、違ぇよ、違ぇんだよ、ウォレス。チョコモンは、ウォレスのこと、うらんでない。にくんだり、してない。いっただろ、泣いてた、って。泣きながらウォレスのこと、さがしてたって。チョコモンは、ウォレスに逢いたいんだ。ずっと、ずっと、逢いたいって、何処、って、ウォレスのこと、探してんだ」

 

ずっとずっと、大輔には聞こえていたのだ。

ウォレスどこ、あいたいよ、どこ、どこ、ってウォレスを必死に探すチョコモンの声が。

泣きながらウォレスに逢いたがっているチョコモンの声が。

ウォレスと離れ離れになって、7年。

たった7年、されど7年。

チョコモンの気を狂わせるのに、十分な時間だったのだろう。

デジモン達にとって、パートナーの子ども達は何よりも誰よりも、自分の命よりも大事なのだと教えてもらった。

その時はふーん、程度にしか思っていなかったのだが……。

 

「耐えられねぇよ、耐えられるかよっ。こんなっ、こんなのって、あっていいわけねぇだろ……っ!何が哀しくて大事なパートナーと、戦わなきゃいけねぇんだっ!こんな……っ!!もしも、ブイモンが、チョコモンみたいになっちまったら……っ!」

 

大輔のブイモンは、太一のアグモンやヒカリのテイルモンとは少し違う。

暗い洞窟の中、デジメンタルと共に封印される形で眠っていたのを、大輔が選ばれし子どもとなったことで目を覚ましたのだ。

いつから其処に居たのか、どれぐらい眠っていたのかはブイモン本人も覚えていなかったのだが、そのことが心に“しこり”のように残っているのか、すすり泣きながら起こされたり、夢を見て魘されているところを、何度か見ている。

その度に、サミシイ、カナシイ、ここどこ、おれここにいる?ちゃんとここにいる?って尋ねてくるものだから、その度に胸が痛んだ。

チョコモンと直接対峙したから、大輔には分かる。

チョコモンはウォレスを恨んでなどいない。

ただ逢いたいだけ。逢いたい気持ちが、強すぎただけ。

でもその逢いたい気持ちが強すぎたせいで、淋しさに押し潰されたせいで、チョコモンがあんな風になってしまったのだとしたら……。

 

「できねぇよ……っ!!」

 

太一達を取り戻すには、チョコモンをどうにかしなければならない。

どうにかするとは?

勿論、戦って倒すことに他ならないだろう。

だがあれがチョコモンだと分かったら、ただ逢いたかっただけだったのに、ウォレスに逢いたかっただけだったのに、戦わないといけないなんて、そんなこと……。

 

「……ありがとう、ダイスケ」

 

両手で顔を覆い、その場に崩れるように座り込んでしまった大輔に、ウォレスは礼を言った。

まるで自分のことみたいに泣いてくれるなんて思っていなかったから驚きはしたけれど、でも泣いている大輔を見て心がほんの少し軽くなったのは事実だ。

だって大輔は言ったんだ。

チョコモンはウォレスを恨んでない、ただ逢いたがってるだけだって。

大輔にはどういう訳か、人の気持ちが普通の人間よりも分かるらしい。

チョコモンと対峙した時、その鱗片を見せていたから、少なくともチョコモンが逢いたがっているというのは本当のはずだ。

……それだけで、ウォレスの心は救われる。

 

「でも、君が泣くことないだろうに」

「お前がっ、泣かねぇから……っ!言っただろっ、俺には人の気持ちが電波みたいに届いちまうってっ!お前が泣かねぇからっ、必死で我慢してっからっ、お前の涙がこっちに来てんだよっ!」

「何それ、僕のせい?」

 

変なの、と笑うウォレスに、大輔の両目から更に涙が溢れる。

ウォレスのせいにするわけではない。

だが感受性の高い大輔は、人の気持ちを電波として受け止めてしまう彼は、ウォレスが我慢している涙を受け取ってしまったのだ。

幾ら拭っても涙が止まらないのは、きっと長い間ウォレスが泣くのを堪えていたから。

ウォレスのパートナーはチョコモンだけではない。

グミモンもいるのだ。

ウォレスにとってチョコモンが大切なパートナーで、家族で、友達であるのと同じように、グミモンだってチョコモンは双子の兄弟で、大切な家族なのだ。

そのグミモンが泣かないのに、自分もめそめそするわけにはいかないって、きっとこれまで必死で我慢してきた。

しかし溜め込みすぎた感情は、いずれ決壊するものである。

 

「……もしかすると」

 

蹲る大輔の背を撫でながら、ウォレスはぽそりと呟いた。

 

「もう1度逢えば……あの花畑で逢えば、チョコモンは、昔のチョコモンに戻るかもしれない」

 

根拠はない。

でも、大輔が言っていた、チョコモンがウォレスに逢いたがっているという言葉を信じたい。

もしも本当にウォレスに逢いたがっているのなら、想い出の花畑に行けば、また昔みたいに……。

 

「……強ぇな、お前」

「ダイスケほどじゃないよ」

 

ようやく泣き止んでくれたらしい大輔が、悔しそうに顔を上げるから、ウォレスはわざとらしく謙遜する。

誰かの気持ちが電波みたいに伝わるなんて、そんな超能力染みた力、逢ったばかりの自分に言うなんて、すごく勇気がいるだろうに。

そう言ったら、俺はイチ兄の勇気を継いでるからな、と自慢げに返された。

 

「戻ると、いいな……いや、きっと戻る!」

「そうさ!そしたら、戦わずに済んで、君の友達も助かるかもしれない!」

 

どうしよう、と怖気づくよりも、こうなってほしいと願う方が、ずっといい。

チョコモンはウォレスに逢いたがっている。

ウォレスだって逢いたかった。グミモンだって。

だから伝えよう。チョコモンに。

戻っておいで。帰っておいで。

戻ってきたら、グミモンと一緒に思いっきり抱きしめてやりたい。

話したいことも、一杯あるんだ。

チョコモンと離れ離れになってからあった出来事を、一杯いっぱい話したいんだ。

友達になった日本人の子ども達と、一緒に遊ぶのも楽しいかもしれない。

だから、

 

「1人で行くなんて、言うなよ」

 

笑っていた顔が、真剣な表情になる。

ウォレスは、小さく頷いた。

やはり分かっていたようだ、大輔は。

自分1人でチョコモンに逢いに行こうとしていたことに。

きっとその気持ちも、電波になって受け止められていたのだろう。

大輔の目は、真剣そのものだった。

 

『そうだよ』

 

置いてきたはずの声が聞こえた。

 

『僕も行くよ、ウォレス』

「っ、グミモン?」

『置いて行かないでよ』

 

いつの間に起きていたのか、グミモンが毛布を身体に包んで佇んでいた。

真っすぐウォレスを見つめるグミモンに戸惑いながらも、ウォレスは言う。

 

「だってお前、あいつとあんなに仲がよかったのに……それなのに、戦わせるわけにはいかないよ!」

『ウォレス……』

「そうだろ!?」

『僕なら大丈夫だよ』

 

ウォレスと一緒に行きたい。

円らな目が、ウォレスを捉えて離さない。

ウォレスがチョコモンを迎えに行くと決めたのと同じように、グミモンも決めたのだ。

ウォレスと一緒に、チョコモンを迎えに行くと。

だってチョコモンは、グミモンの大切な兄弟だから。

迷子になった兄弟を迎えに行くのは、当たり前なのだから。

どうする?と大輔が茶化すように尋ねてくるものだから、ウォレスはふっと小さく息を吐き、肩の力を抜いた。

オーケー、分かった、自分の負けだ。

 

「戻るよ。ミヤコの寝顔、もっと見たいしな」

 

びしり、と太一からもらったゴーグルのレンズに、罅が入った音がした。

 

「You ARE’NT German-American after all, are you !?」

「I’m sorry, but I’m definitely German-American!」

 

You kidding me!?と喚く大輔を尻目に、ウォレスはグミモンの下へと歩み寄る。

 

「ちゃんと着てないと風邪ひくぞ、グミモン」

 

先ほどの会話の際、羽織っていた毛布がずり落ちたので、巻きなおしてやった。

くふくふ笑うグミモンに、何笑ってるんだよ、とウォレスは軽く小突いてやり、再度立ち上がってグミモンの小さな手を取った。

京達の下へ戻るウォレスとグミモンの背中を見て、大輔は胸を撫でおろす。

2人から電波みたいに伝わってくる、互いを思いやる気持ち。

本当ならそこにチョコモンもいただろうに、離れ離れになってしまったせいで2人の傍にチョコモンはいない。

 

──きっと、大丈夫だ。

 

ネガティブなことを考えれば、ネガティブなことを引き寄せてしまうし、危惧したことが本当に起こってしまうから、なるべく明るいことを考えな、と幼馴染もよく言っていた。

……きっと、戦いは避けられない。

それはウォレスもよく分かっているはずだ。

だが戦わずに済む方法があるのなら、それを試してみてからでも遅くはない。

それでうまくいけば、ウォレスの言う通り戦わなくて済むのだ。

だから大丈夫、きっと、絶対、上手くいく。

 

 

 

それなのに、大輔の頭の中に嫌な予感がこびりついて、離れてくれなかった。

 

 

 

 

 

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