灰色の神   作:パスタ

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察知

(マズいマズいマズいマズい……聞こえた音に、そして灰色に染まった聖宝……全ての符号が、あの神の到来を示している……!)

 

 リアスト教枢機卿、ゼニア・アーデン。最年少にしてその座に登り詰めた彼は、焦りを押し殺しながら小走りで移動していた。

 そして、足早に目当ての扉へ手を掛けた瞬間──。

 

「──アーデン卿、まだ礼拝の時間ですよ? なにをそこまで慌てているのですか?」

 

 にこやかな声が響いた。それにアーデンは固まる。この場で会うには余りにも珍しい声だったからだ。

 軽く息を吸うと、ゆっくりと振り向く。

 

「……お久しぶりです、()()殿」

 

 そこにいたのは女だった。その肉体は艶やかな曲線を描き、端正なその顔は見る人が一度は振り返らせる魔性を秘めていた。

 白銀の瞳と金の髪。聖女共通のそれを見せつける様に、聖女は首を傾げる。

 

「はて? そうでしたでしょうか? まあ、それは良いです。それよりもなぜ書庫へ?」

 

「……聖女と呼ばれる貴女なら、気が付いておいででは?」

 

 質問に質問に返しながら、アーデンは違和感を抱き始める。そもそも、礼拝の時間と言ったが、それなら聖女は何故この時間にここにいる?

 

「気が付く? さて、はて……ああ、()()ですか? 数刻前のあれは怖かったですね、孤児院の子たちで敏感な子達に至っては起きてしまって……」

 

「……それは……大変でしたね」

 

 言葉を選ぶ。なにかおかしなことが起きているのは明白だった。

 いつもならいないはずの聖女。高位の聖職者なら、気が付いて良いはずだ。【あの神】の再臨に。だが、聖女はやけに言及を避ける。

 

「それよりも気になっていたのは、卿。貴方は何故先ほどはあれほど慌てていたのですか?」

 

 そして、だからこそアーデンはこの返答を迷った。素直に聖女が気が付いていないとして伝えるべきか、否か。

 

「……それは──、」

 

 ゆっくりと口を開く。何か大きな選択をしているかのような気分だった。そして、決定的な言の葉が伝わる前に──。

 

「──おや、アーデン卿」

 

 しわがれた声が響いた。アーデンが後ろから響くそれに驚くのを横目に、聖女はにこやかにほほ笑む。

 

「猊下、お待ちしていました」

 

「いや、待たせてしまって申し訳ない。この老体に早起きはきつくてね」

 

 はっはっはっ、と軽快に笑う教皇を前に、アーデンは状況を理解しようと頭を回す。

 

(聖女と教皇様は、書庫で待ち合わせをしていた……? このタイミングで?)

 

 二人の談笑が続く。そして、ついにアーデンに矛先が向いた。

 

「それで、アーデン卿は何故ここに? 古書あさりかな?」

 

 顔は穏やかな笑みだった。だが、瞳が笑っていなかった。

 なにか不味いことが進行しているのではないか。そんな予感がアーデンの脳裏を過る。

 

 

 そして、アーデンは──。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 少女の形をしたそれは、祭壇の上で、手になにかを握っていた。

 形容するなら、藍色のモヤ。ふわふわとわたあめのように揺れるそれを、彼女はしげしげと眺める。

 

「……ふむ」

 

 そして、一度頷くと──かぶりついた。

 

 わたあめのような見た目に、反し、それは芳醇な果実を思わせる音だった。

 しゃくしゃくと咀嚼音が鳴る。鼻腔をくすぐる、快晴の下の寝起きのような、爽やかな匂いが辺りへ広がった。

 

 最後に何度か確かめるように噛み締める。

 そして、空っぽになった手を見つめた。

 

「……悪くはないな」

 

 評が下される。そして、彼女はいつの間にか目の前に広がる()()()()の海へ目を向けた。

 

 

 暴食が、始まった。

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