あなたと私とこの大地 作:ハクゲツロウ
前回のあらすじはキャンセルです。
「日焼けするといけねぇからな。これ使え。アタシのお下がりだが、まぁ大丈夫だろ」
トットさんから体をすっぽり覆えるくらいのフード付きのマントを貰う。少し大きいが、問題はなさそうだ。
「ありがとう、トットさん」
「気にすんなって。お前肌きれいだからよ、大事にしな」
「うん、分かった」
ロドスを離れ、荒野を向かうこと数日。ようやく暑さや車の揺れにも少し慣れてきたころ。トットさんの車は、荒野の真ん中にある村に止まった。
「うっし。奏、少し手伝え。薬を配る」
「分かった。…運ぶのはこれ?」
「そうそう、頼んだぜ」
うっ…重たい…。少し時間かかるかも。
「よいしょ、っと」
「………」
そんなわたしを尻目に、トットさんはわたしが持っている物と同じのを一気に五個も持っている。信じられない。…わたしが動かなすぎなだけか。
「………(ヴィクトリア語)医者か?」
「おう、薬を配りに来たから通してくれ」
「………そっちは?」
「助手だよ助手。そんな邪険にすること無いだろ?」
門番のような男からは警戒されているようだ。穏便に済ませられるだろうか。…重いから早くしてほしい。
「…お前は前にもここに来たな。確か二ヶ月前だ。トットだったか?」
「覚えてもらってて恐縮だな」
「その時はそいつは居なかったはずだ」
「二ヶ月もありゃ、人はいくらでも変わるだろ」
「……まぁいい、通れ」
「サンキュ。カナデ、行くぞ」
「う、ん……」
そろそろ腕が限界だ。
その村の実態は、それはもうひどいものだった。路傍に得体の知れない動物の死体があるのは当たり前。人と思しき死体もあった。子供も大人も痩せ細っているし、目に活気がない。募金のCMでしか見たことのない世界だった。
「……おかしい」
「……何がおかしいの?」
『可笑しい』じゃないとは分かるが、一応聞いてみる。
「二ヶ月前、アタシが来た時はこんなんじゃなかった。貧しいのは変わりねぇが……こんなに死体が増えてるとはな……」
なるほど、そういうことか。
「…二ヶ月もありゃ人は変わると言ったが、村全体が変わるのは少し不穏だな」
そこまで言ってトットさんが立ち止まる。どうやら着いたようだ。限界はとうに超えている。何度か止まってもらっていた。
「ここのはず…この村唯一の病院…」
その建物は、どう見ても廃墟にしか見えないが、医者がいたようだ。
「(ヴィクトリア語)あんたら…ここに何しに戻ってきた。金目の物は何もねぇぞ」
突然話しかけられる。声をした方を見ると、髭面のホームレスのような男がいた。後ろには子供が何人かいる。敵意はむき出しだ。
「ハイム、アタシだ。トットだ」
「トット? ……トット! 今までどこに…」
「アタシは放浪医だぜ。定住は性に合わねぇ。……ここに、この村に、何があったんだ? 何がこの村をこんな風に変えた」
ハイムと呼ばれた男は、ため息をついて話し始めた。
「盗賊さ……二週間も前になる。名乗ってたが、そんなクズ共に割く頭の容量は無いんでな。覚えてねぇ。片っ端から家を襲って、逆らう男は皆殺し、女子供は連れて行かれた」
「お前と子供たちはなんで無事なんだ?」
「この病院の地下に隠れてたんだよ。惨めに、オリジムシのようにな。今村にいる奴らはそれで助かった」
許せない。
真っ先にそれが出てきた。人を人とも思っていないような外道。
トットさんは冷静を装っていたが、体がわずかに震えていた。それが怒りなのか、怯えなのかは、わたしには分からない。
「……とりあえず手伝ってくれ。薬を持ってきたんだ」
「ありがてぇな…ここらじゃもう疫病ばっかで…」
「セルゲイはどうした?」
「殺されたよ。あいつらに逆らってな。医者が何やってんだか…」
「…カナデ、それ、ここに置いといてくれ」
「……うん、分かった……ねぇトットさん」
トットさんが振り向く。
「何だ?」
「わたしに、何かできることはない?」
「そうだな…ハイム」
「子供たちと遊んでやってくれ。何か遊び道具がありゃ良いが、それももう無くなっちまったからな…」
「分かった」
となると…わたしに出来ることは、あれだけだ。
「こんにちは。隣に座ってもいい?」
「…(ヴィクトリア語)おねえちゃん、だれ?」
「(ヴィクトリア語)わたしは、奏」
「かなでおねえちゃん」「あそんでー」「おなかすいたー」「かみながーい」
子供たちが口々に言いたいことを言う。…その痩せ細った体と、痛々しく生えた黒い鉱石を踏まえても、微笑ましい光景だった。
「…鉱石病、流行ってんのか」
「そこだけ相変わらずさ。…[ヴィクトリアスラング]。憎いったらありゃしねぇ」
そんな会話が背後から聞こえる。
鉱石病。この世界にある感染症で、源石という鉱石に長く触れていると発症する。それが、この子たちにも。
「…ねぇ、お歌は歌える?」
「おうたはね、おうたはわかんない」
「うたえないよ」
「じゃあ、わたしが演奏してもいいかな?」
そう言って、わたしは懐からオカリナを取り出す。エーベンホルツから貰ったアーツユニットだ。
──アーツユニットと言っても、その見た目の通り楽器としても問題なく使える。
とのことだ。…オカリナはあまりやったことはないが、やってみるだけはあるだろう。
「いくね……」
──────────────────────
「……あの嬢ちゃん、腕がいいな」
「ああ…アタシも初めて聴いた」
見れば、カナデが子供たちに向けてオカリナを奏でているところだった。思わず手が止まる。
「…セルゲイにも聴かせてやりたかったな」
心にするりと入って来るような。悲しい曲調だが、それでも光を探して足掻くような。そんな美しい曲だった。
気づけば、村の人々がカナデの周りに集まっていた。カナデの曲を聴きに来たのか、音のする方向に来ただけの廃人なのかは分からない。だが、一つだけ確信するのは。
「みんな、救われてぇんだなぁ…」
この村は、救いを求めている。薬や、食料では補完できない、心の安寧を求めている。それができるのは、恐らくここにカナデしか居ない。
「……お前は」
ただ一つの、疑問。それをカナデに、その小さい背中に負わせるのは、あまりにも酷だと分かっている。
しかし、どうしても、問うてしまう。求めてしまう。それはきっと。
「感染者を…この世界の心を救えるのか?」
アタシもそうだから。
──────────────────────
オカリナから口を放して、目を開ける。光に慣れるまで少しかかったが、その前に子供たちの声が聞こえた。
「おねえちゃんすごい!」「じょうず!」
「かみのけさわっていい?」「ねぇこれなにー?」
「うわっ!?」
一人の女の子から飛びかかられ、後ろに倒れる。頭をぶつけなくて良かった。
「えへへー。おねえちゃんつかまえた」
微笑ましいと思ったのも束の間、その子のあまりの軽さに戦慄を覚える。わたしでも苦にならない程の重さとは相当だ。
「はは。捕まっちゃった」
なんとかそれを抑え、その子の頭を撫でる。髪質もキシキシとしていて枯れ枝のようだ。
「お名前なんていうの?」
「チシル!」
「チシルちゃん、起きれないから、ちょっと降りてもらえる?」
「いいよ!」
チシルちゃんが横にどき、わたしが起き上がる。他の子達とも目があった。
「みんなの名前、教えてくれない?」
「テンシル!」「フクス」「サイオ!」
「うん、みんないい名前。演奏聴いてくれてありがとうね」
「きれいだったよー!」
見回せば、いつの間にか大人たちも立っていた。ほとんどの人は無表情だったけど、涙を浮かべている人もいた。
「コラ! フクス! お嬢ちゃんに迷惑かけてねぇだろうな」
「してないよ!」
フクスくんはハイムさんの息子のようだ。
「サイオ! もう行くよ!」
「はーい!」
サイオちゃんもお母さんらしき人に連れられて行ってしまった。
「…チシルちゃん、テンシルくん。お母さんかお父さんは居ないの」
「ううん…おかあちゃんはビョーキでしんじゃったの」
「おとうちゃんもどっかいっちゃった」
目を見開く。そっか、この世界は親が居ない子供なんて、こんなにも普通に居るんだ。親近感を覚えた自分に罪悪感を感じる。
「カナデ! アタシたちもキャンプ地探すぞ!」
「……分かった! ねぇ、二人とも。帰るところはある?」
「ろじうら!」「もうふもあるよ!」
……見てみないことには分からないが、こんなに痩せ細っているなら、良い環境では無いだろう。
だから、わたしは決断する。
「…わたしたちについてこない?」
「…で、連れて来た、と」
「………ごめんなさい」
張られたキャンプの近くに、わたしたち以外に小さな二つの影。チシルちゃんとテンシルくんだ。
「…まぁ食料に余裕はあるから、子供二人くらいどうとでもなるんだがよ」
「! なら…」
「だがな、お人好しもいいが、加減は覚えろよ? それにつけ込む人間なんて、この世界にゃ掃いて捨てるほどいる。…悲しいことにな」
そう言うと、トットさんは悲しそうな顔で遠くを見つめた。
「おねえちゃーん!」
テンシルくんがこちらに走ってくる。チシルちゃんも一緒だ。
「いっしょにねよー!」「いっしょー!」
「うん、いいよ。でも、寝るのはちょっと待ってて」
わたしはカバンから万年筆と楽譜を取り出す。これらはドクターからの贈り物。旅を始めてからは、寝る前に曲作りをするようにしている。
「トットさん、ランプつけていい?」
「おう。だけど早く寝ろよ」
トットさんに許可をとって源石ランプをつけ、楽譜に万年筆を走らせる。
今日は良いインスピレーションが沢山あったから、夢中になってやってしまった。いつの間にかテンシルくんもチシルちゃんも、わたしの隣で寝てしまっていた。
「(小声)ようやく終わったか」
わたしの家と違って、この旅では資源が有限だ。夜中までやるわけにもいかない。
「…ごめんなさい」
「いいよ。ほら、寝るぞ」
言われるがままに寝袋に包まる。疲れが出たのか、すぐに瞼が重くなって、意識を沈めた。
──────────────────────
「…あれか?」
「へぇ、あれでさぁ。あいつらならたんまり持っとる筈です」
「よし…野郎ども、次の標的はあれだ。いいな」
「「「「「ウス」」」」」
「にしても…ロドス、感染者の裏切り者め」
「……親分も、感染者なんで?」
「口を閉じろ。殺すぞ」
「ヘヘ、すいやせん」
──────────────────────
物音がして、目が覚める。元々眠りは浅い方だったから、すぐに気づいた。
いくつもの足音がこちらに近づいている。耳を澄ますと、何やら話し声も聞こえて来た。
「………い物………」
「薬…………高値…………」
「………中の………殺す……………」
まずい。少なくとも『殺す』と聞こえた。こちらの命が危ない。
「(小声)トットさん! トットさん!」
「…んぅ……なんだ? カナデ。こんな時間」
トットさんも気づいたのか、声を潜める。幸いまだ包囲はされてないようだ。
「(小声)子供を抱えて裏から逃げるぞ」
「(小声)でも、みんなからの贈り物…」
「(小声)バカヤロウ! んなもん命の方が…」
「なぁんだ起きてんじゃねぇか」
冷や汗が吹きでる。気づかれた。
「なら、遠慮はいらねぇなぁ?」
「走れ!! アタシが抑える!!」
「かかれ!!」
テンシルくんとチシルちゃんを抱えてテントから出る。この二人がわたしが抱えられるくらい軽くてよかった。
「ハッ……ハッ………ハァッ………」
「おい! ガキが逃げたぞ!! 追え!」
「行かせるかよ!!」
後ろで戦う音がする。
「振り返んな! 走れ!」
言われた通りに、無我夢中で走る。途中何度も転びそうになったが、それでも走り続けた。
もうどれほど走っただろうか。テントの明かりも見えなくなった頃、ここが荒野のど真ん中であるということに気づいた。
「ハッ…………ヒュッ…………ふぅー………」
深呼吸で息を整える。…こういうこともあるから、運動しなきゃな。
トットさんは大丈夫だろうか。結構人数がいたように見えたけど…。
「おねえちゃんだいじょうぶ?」
「うん…もう…大丈夫…だよ…」
強がりである。息も切れ切れだ。もう足一本も動けない。
「見通しが甘いんじゃないのか? クソガキ」
無遠慮な声が荒野に響く。さっき聞いた声だ。恐らくリーダー格の男。
「ガキを渡せ。俺は優しいから、苦しまねぇように殺してやるよ」
「優しい人は人殺しはしないよ」
「あっそ。じゃ慰み物にしてやる。女なら本望だろ?」
外道が。
「はは、こんなに長い髪して! 良いご身分だなぁ? えぇ?」
「ッ! いつの間に…!」
急に近づいて来た奴に対応できず、髪を掴まれてしまう。
「邪魔だろ? 切ってやるよ」
「やめ…ろ……」
奴の剣が迫ってくる。多分髪だけじゃ終わらない。殺される。
「やめろー!」「おねえちゃんからはなれろ!」
「……あ゙………?」
テンシルくんとチシルちゃんがそれを止めに入る。当然、大の男である奴に敵う訳がない。
「やめて! 二人と…」
「邪魔だガキ」
奴が蚊でも払うかのように剣を振り上げる。それだけで、たったそれだけで。
「……チシル、ちゃん……?」
チシルちゃんが、殺された。
顔を真二つに割かれて、赤い血を飛び散らせた。何を言う暇も無く。
「チシル!」
「お前もだよクソガキ」
そのままテンシルくんにも刃を突き立てる。
心臓を突いたのか、大量の鮮血が吹き出した。最期に片割れの名を叫びながら。
「チッ…おい! テメェのせいでガキが二人も死んだじゃねぇか! 大損害だ畜生。ガキは高く売れるってのに」
この外道の言葉も、もう何も届かない。
「はぁ〜…もうお前でいいか。おい! さっさと着いてこいよ! お前のせいなんだか……」
その瞬間、二人の遺体が発光し始める。
「チッ…感染者かよ。なら大した金にもならなかったな。おい、お前も感染者じゃねぇだろうな」
どんどんと光が強まる。
「おい無視してんじゃねぇよ! さっきからずっと死体ばっか見やがって! 気持ち悪ぃ!」
確か、感染者になったら、アーツがうまく使えるようになるって教わった。…なら、アーツが使えないわたしなら? わたしが感染者になるとどうなるの?
…どうせ、もう、こんな世界なら。
「……どうだって、いい」
「あ゙? なにを……」
二人が爆発する。習った通りだ。大量の源石粉塵が辺に撒き散らされる。
「は? …クソ! クソ!! このクソガキ!! これを待ってたのかよ! 最悪だ!」
わたしを蹴り飛ばして、奴は逃げていく。
わたしは逃げる気もなく、粉塵を全身で受け止めた。
「………救えない、救われない、なら」
──────────────────────
「っシャア! どうだコラ!」
襲撃してきた奴らは倒した。大した強さも無く、集団で強がっていただけのようだ。
「おーおー、やってくれたじゃねぇかクソアマ」
新手が現れる。一目見るだけで分かる。手練れだ。
「口が悪ぃな。お前がリーダーか?」
「うるせぇ、そんなこたぁお前に関係ねぇだろ。落とし前つけろオトシマエ」
「そりゃこっちのセリフだ」
一つだけ謎がある。ここにアタシたちが居ることは、アタシたちと村の人間しか居ないはずだ。……まて、村の人間?
「…どうやって、アタシたちがここに居ることを知った?」
「あぁん? あぁ。親切な村人さんが教えてくれたぜぇ? なぁハイム」
「……は……?」
聞き慣れた名前。出てきた見慣れた容姿。間違いなくハイムだった。
「ハイム! テメェ……」
二ヶ月前は誠実な男だったはずだ。貧しくても、村を愛していて、盗賊に村を売るなんて…。
二ヶ月もありゃ、人は変わる。
「…最悪だ」
「へへ、この世界じゃ、いかに勝ち馬に乗るかだぜ。ねぇ旦那」
「まったくだ、馬鹿正直に人助けなんてしてるからこんな事になんだよ。あのガキみてぇにな」
……あのガキ?
「……ッ! おい! カナデはどうした!」
「カナデ? …あのクソガキか? 付いてたガキ二人は殺したぜ。あいつも、今頃感染者だろうなぁ。二人分の源石粉塵浴びちゃ堪らねぇだろ」
「……こんの…クソ外道が!!」
沸々と怒りが込み上げてくる。
「今すぐぶっ殺して…」
突如、荒野に響き渡るオカリナの音。昼間にも聴いた、美しい旋律。同じ曲のはずなのに、何もかもが違って聴こえる。
冷たい風。こちらを責め立てるような激情。永遠の闇の中でただ藻掻くような、心に強引に入ってくる音。
「う…うわぁぁぁ!! な、なんだコレ!! やめろ! 俺に…おい! ハイム! 俺を助け…」
「…あ……ごぉ……げぇ………」
眼前の二人が苦しみ出す。体から血の気が引いていく感覚。これは…アーツの気配。
やがて、二人が動かなくなった頃、カナデが現れた。手には源石が露出している。それは残酷な現実をアタシに訴えた。
どれ程怖かっただろう。どれだけ絶望しただろう。事情はドクターから聞いていた。少し前まで戦争のせの字も知らなかった少女が、眼の前で二人も殺されて、感染者になって。
「トットさん…ごめん」
しかし、月を背負って歩いてくるカナデは、とても綺麗で。
とても、恐ろしかった。
アークナイツらしくなってきましたねぇ…。
信じてもらえないかもしれませんが、私の最推しは奏ちゃんです。ではなぜこんなに酷い目に遭わせるのかって?
愛、愛ですよ。ナナチ(幻覚)。
普通の人間って感染者になるのかな〜なんて思ってましたけど、大陸の情報で源石が他の惑星をいくつも滅ぼしてるって聞いたので、まぁ大丈夫かなって思ってやりました。悔いはありません。
テンシルとチシルは、まぁ見ての通り『天知る地知る我知る人知る』から取りました。フクスは『覆水盆に返らず』、サイオは『塞翁が馬』です。ハイムとセルゲイは特にありません。語感重視。