「……カイ?」
「どうした」
「これ……何?」
「触診だと説明した筈だが」
俺の背中に密着したカイが、体の正面部位をやたら触ってくる。腹、胸、肩、背中。手つきがなんかおかしい。具体的にはねっとりしてる。あと背中に柔らかい二つの山が押し付けられてる
「心拍が早い……体温も僅かに上がっている」
「そりゃあ、ね?」
「……実際、本当に触診も兼ねてるんだけどね」
「やり方考えて欲しかったな」
「もうすぐ終わるから我慢してくれ」
そのまま数秒触られ続け、やがてカイは手を離した
「異常無し、健康そのものだ」
「……ちゃんとすごいから何も言えない」
「あぁ、もう一つやる事があったんだった」
「なになに───」
気になってカイの方を向いた瞬間──
「……んっ!?」
「……」
頭を両手で挟まれ、口に舌をねじ込まれた
「っ、ふ……ちゅ……」
「……ん、むっ…」
口内に入ってくる唾液のような液体を、無意識のうちに飲み込む
「ん──ぷはっ」
やがて、カイの唇が離れ───
「───まっっっっず!」
「あ、やっぱりかい?」
この女、キスに乗じて薬飲ませやがった。しかもとんでもなく不味い。口の中が苦味で染まった
「何の薬飲ませたの本当………」
「効果が出てからのお楽しみさ。協力感謝するよ」
コーヒー飲まなきゃ……口が苦い……
「……どうしてこうなんだ、私は」
──────────────────
「──先生、骨崎リンネという生徒について知っていますか?」
「……知らないけど、急にどうしたの、ユウカ」
いつものようにシャーレで仕事している途中、ユウカにそう声をかけられた。正直なところ、とんでもないキラーパスが来た。知らないわけがない
「ミレニアム近辺で行方不明となっている生徒です。……私も、個人的に交流が」
「……そっか。その子がどうかしたの?」
「ノアは一度見聞きした情報を完璧に覚えていられます。だからこれは間違いありません」
「アリスちゃんが着ている上着は、間違いなくリンネの物です。……先生?アリスちゃんについて知っている事を全て教えてもらえますか?」
「本人に聞いた方が早いんじゃない?」
「本人にも聞きますよ。アリスちゃんがゲーム開発部に入ったのは先生がミレニアムに訪れてから。先生にも……ゲーム開発部の皆にも、話を聞かせてもらいますから」
……廃墟の最奥で眠っていたアリスには、最初から誰かの上着がかけられていた。側には、真っ二つに割れた人の骨もあった。……あの骨は、恐らく
「…………」
私が選べる選択肢はそう多くなかった。アリスの事を話すか、話さないか
ユウカは行方不明と言った。つまり、ミレニアム内ではリンネはあくまで生死不明の扱い。あの場所にあった上着と骨を見れば、リンネがどうなったか容易に想像できてしまうだろう
リンネは、自分の過去と出会う事を受け入れている。ただ、自分からは動かないというだけの話だ。忘れているのが辛いから、忘れられてしまった人を見るのが辛いから、自分からは過去を掘り返さない。過去が自分からやって来るのを、彼はただただ待っている
……ただ、私が話そうが話さなかろうが、結果に違いはあるのだろうか。ユウカはゲーム開発部の子達にも話を聞くと言った。恐らく、何があってもミレニアムはアリスを受け入れるだろう。部員不足による廃部の心配がない以上、ゲーム開発部がアリスの事を話さない理由はない
「……私からは何も言えない、かな。言っても言わなくても変わらないと思うよ」
「……そうですか」
……運命、とでも言えばいいのだろうか
リンネの過去が、確実にリンネを追って来ている。勘だが、これが最後ではないように思えてならない
「……」
……もし、私が話してしまったらどうなるだろうか。リンネは、どんな気持ちになるだろうか
「……先生?どうかしましたか?」
「ううん。なんでもないよ」
……私が口を挟める事じゃない、か
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「……この上着、ですか?」
「はい。それは……そうですね。例えるなら、キーアイテムのようなものかもしれません。それについて、覚えている限りのことで構いませんので、教えてください」
「アリスちゃん、覚えてる限りでいいからね」
アリスに質問を投げかけたのは生塩ノア、早瀬ユウカの二人。天童アリスが着ている上着が骨崎リンネの物である確信は既に得ている。問題は、それについてアリスがどう思っているか、というだけだ
「……気づいたら持っていた物なので、よくわかりませんが…」
「きっと、とても大切な物です。上着だけじゃない、この黒い汚れも含めて」
汚れで黒く変色した部分を、アリスは手で撫でる
「だから…その……アリス、これが誰のものなのかは分かりません」
「……そっか。ありがとう、アリスちゃん」
望んでいた答えでは無かったが、アリスが嘘をつくような人ではない事は二人もよく分かっている。結局、行方不明の骨崎リンネの居場所を掴む事はできなかったが、それでも得たものは確かにあった
確かに得たものを頭の隅に抱えたまま、時間は平等に過ぎていく
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「アリス……?」
側に球体の体を持ったロボットを侍らせ、人が変わったように黙り込んでしまった生徒を見つめる。何が起きているのかはわからないが、この場にいる全員が、本能的に危険を理解していた
「──コードネーム『AL-1S』起動完了」
青かったはずのアリスの瞳が、怪しい紫に染まっており、その瞳で周囲を見渡していた
「プロトコルATRAHASIS──
「……どこにいるのですか、リンネ」