「アリスちゃん……なの?」
「アリス……それは王女の名でしょう。私の名はケイ。王女とはまた別の存在です」
その場の全員が、目の前にいるのが天童アリスではない事は理解した。だが、それだけだ。危険な存在なのか、そうではないのか。敵なのか、味方なのか。全く判断がつかない
だが──一部の人間は、ある言葉に反応した
「リンネ、って……何で貴女がその名前を……」
反応を示したのは、ヴェリタスの部員の一部と先生。ゲーム開発部は全員が一年生。骨崎リンネとの関わりは全く無かった
「……そうですね。退路を断っておくのもいいでしょう。骨崎リンネは生きています。貴方達の事など全て忘れて」
骨崎リンネが生きている。それはミレニアムにとって朗報だ。ずっと行方不明だった人間が、生きているというのだから
「──アリスちゃんはどうしたの!?」
「私の中で眠っています。王女が外界で活動していた間、私が中で眠っていたように」
「じゃあ、アリスちゃんは───」
「……必要なのは器です。もう一つの肉体があれば、私はそちらへ移りましょう。そうすれば王女は以前と同じように活動できます」
「別の肉体さえあれば、の話ですが」
別の肉体さえあれば、アリスとケイは同時に外界で活動できる。逆に言えば、肉体が無ければアリスはケイの中で眠るしかない。それにはケイの協力が必要不可欠だが、大切なのはケイにその意思があるかどうかだ
「キヴォトス全域の監視カメラ………リンネの姿が無い?いや……映像が加工されている…?この精度…加工されている事すら気づけないレベル……こんな事を一体誰が……」
「……これは、骨が折れそうですね」
その場の全員が動けなかった。総力を上げて戦っても、ケイを制圧できるという確信が持てなかった。C&Cがいれば──いや、それでも厳しいのかもしれないと思うほど、目の前の少女から放たれる重圧は強かった
「……ケイ、でいいんだよね?」
「貴女は……シャーレの先生、でしたね」
そんな重圧の中、真っ先に口を開いたのは先生だった
「リンネの事を探してるんだよね?」
「その通りですが」
「……リンネの場所、知りたい?」
「……話を聞きましょう」
先生が話す内容は、ケイにとって聞き捨てならないものだった。先生の持つ情報を全て聞き出す。骨崎リンネに会うための最短ルートは、恐らくそこだ
「リンネを呼ぶ。その代わり、アリスの体を作るのに協力してくれない?」
「……なるほど、取引ですか。……分かりました。いいでしょう」
──────────────────
「まさかミレニアムに呼ばれるとは……」
「過去が追って来た、か。私達のように」
先生の連絡を受け、俺たちはミレニアムまで向かっていた。FOX小隊を連れ、既に全員が臨戦態勢だ。他のメンバーは俺の位置を常に補足して遠方から見守っている。直接近くで俺を守ってくれるのがFOX小隊だ
「ミレニアム……前の俺も行った事があるらしいが……」
「……ま、仕方ないと割り切るしかないんじゃない?」
「……だな」
幸いなのは、どうやらミレニアムでの俺は行方不明扱いになっているらしい事だ。行方不明と死人では出会った時の反応は大きく変わってくる。多分ホシノの時ほどの騒ぎにはならない筈……だ。うん、多分大丈夫
「そろそろ着く……はぁ、怖」
「大丈夫だって、私達がついてるんだし」
「ありがとオトギ」
オトギの励ましがありがたい。いや本当にありがたかった。一人じゃ絶対無理、心細くて泣いてた
「……着いた。行こっか」
目的地はヴェリタスの部室。そこに先生と……ケイ、という人がいるらしい。ケイについて…というより先生以外の人は全く知らないから、結構緊張する。オトギの後ろに隠れて行こう
「失礼しまーす……」
記憶を失っている事は先生が説明してくれているらしいので、そこは楽だった。
「……あー、その、久しぶり…」
顔と名前はプラナから聞いている。でも、やっぱり何も思い出せない。ユメ先輩の時のようにはいかないな、やっぱり
「……下手な嘘つかないで。覚えてないんでしょ」
「あー……ハレ、さん?」
「……そっか。やっぱりそうなんだ」
何かを察した、というような感じだ。でも、それ以上は特に何も追及されなかったし言われなかった
「──いつまで話しているつもりですか、リンネ」
「……君が、ケイ?」
ホシノより少し背が高いぐらいの少女。見た目は年相応だ。だが、その瞳に宿る光はどこか違うように感じた
どういう存在なのかは知らないが、俺が生きている事、記憶喪失の事まで完全に知っているとなると、警戒が必要───
「──魂に刻まれた記憶は、そう簡単には消えません」
「は?」
「貴方に、私以外の記憶は必要ありません」
『!リンネさ───』
焦ったようなプラナの声が途中で途切れる。それと同時に───
「───え?」
目の前に、ケイがいた
それだけじゃない。ここはヴェリタスの部室じゃない。中心にベッドのような何かがある、もっと別の何処か───
「──私の体は、貴方です」
ケイの両手が俺の顔を挟み込んだ。何でそんな事を───
「貴方は覚えている筈です。私の事を、貴方の魂が、必ずどこかで覚えている筈です」
意識が朦朧とする。ケイの目に吸い寄せられるようだった。このまま意識を全て奪われてしまうような──違う、これはまるで────
──何かが、呼び起こされるような
「あ────う……あぁ……っ!?」
頭に、何かが流れ込んでくる。知らない記憶と知識の濁流が、俺の記憶と混ざり合った
「あ、ぁ……ぐ───」
脳が焼き切れるような感覚。意識が遠のくが──ケイの手がそれを許さない。意識を手放すな、というメッセージかのように俺の顔を摑んでいる両手に力がこもっている
「……ッ!は……は……!」
視界がぐらつく。意識を失いそうで失えない。そんな苦痛と快楽の入り混じった感覚が、俺の脳を支配していた
「……そう、それでいいんです」
「や────め……」
感覚でわかる。呼び起こすだけじゃない──元あった物を、消そうとしている。何も無かった状態から、時間をかけて築いてきた物を、無かった事にしようとしている。
それを理解した時──俺の体は、自然と動いていた
「──わす、れ……たく、ない……!」
ケイの両手を掴む。ケイのやろうとしている事は、俺の現在の記憶の消去とケイの記憶を蘇らせる事。記憶を蘇らせるのは別にいい。ダメなのは記憶を消そうとしている事
「……強情。変わっていませんね」
ケイの手が離された。おかしな感覚も同時に消える。だが、俺はそれどころじゃなかった
「はぁ……っ!ゲホッ……」
「リンネ?」
「……何でもない」
目に映る景色はヴェリタスの部室に間違いない。さっきのは──ケイの精神干渉…どころの話じゃないか
目の前には、ケイ──いや、アリスと言うべきか。アリスは気を失って倒れていた
「リンネ、どうなったの?」
「……先生か。中々とんでもない奴と関わらせてくれたな。ケイが俺の精神の中に入り込んだ。ケイは俺の中にいる。アリスもすぐ起きると思う」
「……大丈夫なの?」
「自分から関わらせといて……はぁ、多分大丈夫だろ。少なくとも、悪い奴じゃない」
「そう……」
「リンネ?」
少しふらついたところをオトギに支えられる。アリスとケイは大丈夫そうだ。だが──俺の脳の疲労だけはどうにもならないらしい
「……ケイの奴、とんでもない事しやがって。…悪い、ちょっと寝るわ」
──────────────────
「──さん。リンネさん」
誰かの声が聞こえる。ケイじゃない──プラナの声だ
「ようやく起きましたか」
「……何だ、お前もいたのか」
ケイに触れられたあの空間。ここにいるのは俺とケイとプラナの三人だけ。まぁ、大方眠ったから精神世界に来ちゃったってオチだろう。そう考えるのが自然だ
「久しぶり、ケイ」
「ちゃんと思い出したようで何よりです」
さっき触れられて、ケイの事は完全に思い出した。精神に干渉して記憶を呼び起こす……詳細は知らないが、とんでもない奴だ、本当に
「プラナは何でここに?」
「私の精神干渉を防げなかったので、今更精神に干渉できるようになってここにやって来た、といったところです」
「……そうなの?」
「……間違ってはいません」
ちょっとへこんでるのがわかる。でも、流石はシッテムの箱のOS、と言ったところか。できなかった事をできるようにするとは
「……で、何で記憶消そうとしたの」
「貴方に、私以外の記憶は必要ですか?」
「必要だよ」
「……リンネさん、このAIはやはり危険です。即刻破壊するか、ここから追い出すべきです」
「シッテムの箱のOS……貴女はリンネの精神を守れなかった。リンネ、貴方の補佐として、どちらが優れているかは明白ですね」
「人の頭の中で喧嘩しないで欲しいな……」
ケイの記憶を思い出してから、なんか相性悪そうだなと思ってたら案の定。AIなんだから仲良くして欲しいのに
「俺はプラナもケイも必要だよ。だから喧嘩しないの」
「……貴方がそう言うのであれば、従うほかありませんね」
「ありがとうございます、リンネさん」
……目覚めても、覚えていない人との再会が待っている。ケイならその記憶も呼び起こせるのだろうが…多分やってくれない。アリスの意識を外界に起こす為、仕方がなかったとはいえ…
「……恨むぞ、先生」