「シーラカンスって知ってるか?数億年もの間、形を変えずに生き残った古代魚だ」
相手の動揺をまるで気にする事無く、口を開き続ける
「シーラカンスの価値は、変わらなかったって所にある。変わらなかったからこそ生き残り、変わらなかったからこそ、数多の魚の中でも特に価値ある存在として認知された」
仮面が砕け、素顔を晒した状態で話す俺に対し──ホシノは攻撃する事無く、黙って聞いている
「俺も同じだ。あれだけ渇望した才能、あれだけ呪った才能──永遠に輪廻を続ける魂という才能が、何故俺の元に来たのか。……それは、俺が不変であったからだ」
「俺の心はシーラカンスだ!どれだけ死を重ねようと!その本質はいつまでも変わらなかった!だからこそ、俺という存在には価値が宿った!」
「価値が宿った!これでやっとスタートラインなんだ!やっと、やっと証明されたんだ!俺だって幸せになれる──俺だって幸せになる権利はあるんだ!」
価値のない一人の人間が、誰かの為に自分を使い潰して死に、それでも尚変わらなかった。だからこそ永遠に輪廻を続ける魂を手に入れた。才能が無ければ人は幸せになれない。幸せになれない人間に価値はない
変わって仕舞えば、俺という存在は無価値のまま消えていった。変わらなかったからこそ才能を得て、俺に価値が生まれたんだ
「……反応を見るに、お前らのうち何人かは前の俺の事を知っているらしいな」
「俺の心はシーラカンスだ。きっと、お前達が知っている俺も…誰かの為に自分を潰して死んだんだろう」
「小鳥遊ホシノ。お前に──お前達に、俺を撃てるか?その震えた手で、引き金を引けるのか?」
ホシノの顔には冷や汗が流れている。極端なまでに震えた指は、引き金を引けるか怪しかった
『リンネ!君なんだろう!?何をやっているんだ!私は──そんな事の為にそれを作ったんじゃない!』
「……一つ言っておこう。俺は、お前達の事を覚えていない」
『え───』
「そのセリフから考えるに、この銃の製作者だな?礼を言っておこう。この銃には随分と助けられたからな」
『そん、な───』
通信越しに、絶望の感情が伝わって来る。それは俺が期待していた感情とは違った
「さて、無駄話は終わりだ。プレナパテスの正体は分かっただろう?さぁ、もう一度俺にゼロ距離で弾丸を撃ち込めばお前の勝ちだ」
「君は───」
「……先生、黙ってて。相手がリンネなら、先生の出る幕は無い」
震える体を引きずって、ホシノは俺に近づいて来る。そして──俺にある程度近づいた時、銃を落とした
「……リンネ、なんでしょ?変わってないって、言ってたもんね?だから──だからさ、一緒に帰ろ?帰ろうよ、リンネ」
「……0点だ、小鳥遊ホシノ」
高威力の特殊弾に切り替えたハンドガンを、ホシノに向けた
「ホシノ先輩!」
「ホシノ!」
「あ────」
銃弾が、ホシノへ向かって飛んで行き───
「──させない!」
俺とホシノの間に飛んできた盾に、阻まれた
「……盾を投げた、か。お前は──あぁ、あの写真にも写っていたな」
「……リンネ君、何やってるの」
「ちょっ…ユメ先輩速い…」
「あれが──プレナパテス?」
……あんた、か
「ユメ先輩、と呼べば満足か?」
「……一緒に帰るよ。その後で、ちょっとお説教だからね」
「……どいつもこいつも」
動かないホシノの元へ、ゆっくりと歩き始める
「ぁ────」
無抵抗なホシノの腹を、思いっきり蹴り飛ばした
「っ!リンネ君───」
「安っぽい感情で動いてるんじゃあないッ!」
俺の絶叫に、その場の全員が固まった
「覚えていないから、お前達を撃つことに俺が何の感情も抱かないと、本気で思っているのか?」
「え…?」
「お前達の事は覚えていない。だがな、お前達と過ごしていた俺が、幸せだった事は覚えている。お前達は俺にとって、幸せだった過去そのものだ」
「俺は、それに銃を向ける覚悟ができている」
地面に落ちたショットガンを、ホシノに投げ渡して口を開く
「プレナパテスを殺し!キヴォトスを救う為!お前達はここまでやって来たんだろう !正体が俺だったからと言って、今更躊躇うのか!」
「躊躇えば死ぬ!お前達だけじゃない、キヴォトスが死ぬ!それだけは絶対に阻止しなければならない!」
「さぁ来い!全身全霊で!プレナパテスを殺して見せろ!」
「俺の心はシーラカンスだ!一度決まれば、どれだけ経とうと変わらないぞ!」
ホシノの顔が、苦悶に歪む。迷い、苦しみ、それでも──ホシノは銃を手に、立ち上がった
「う──ぅああああぁ!」
「リンネ先輩!」
「動くなシロコ!」
止まった時間の中、眼前に迫るホシノに向けて、高威力の特殊弾を放ち───
「っ───!」
左腕で、弾丸を全て受け止めた
「……あぁ、それで良い」
次の瞬間──ホシノのショットガンから放たれた銃弾が、俺の顔面に直撃した
「リンネ先輩!」
「リンネさん!」
倒れ込む体は、地面に触れる前にシロコに抱き留められる。意識もはっきりしないし、頭から血も流れている。でも──震えるホシノは何故かよく見えた
「……え?」
その困惑が誰のものなのか、最早分からなかった。何かが弾けるような音──俺の腕の一部が破裂し、腕に小さな穴が出来た音
「……これ、は」
その穴から、黒い光が漏れ出した
「これは……あの光…」
「色彩そのものを体内に閉じ込めた…?こんなの、いつ体が破裂してもおかしくは……いや、そもそも激痛で立っている事なんてできないはず……」
「……シロコ、プラナ」
俺の言葉に、二人は思考を止め、ただ耳を傾けた
「──幸せに生きて」
シロコにシッテムの箱を押し付け、右腕に骨を纏わせる。狙う場所は──先生が持つ、シッテムの箱
「っ───!?」
『先生!脱出シーケンスの制御が奪われました!』
「……さっさと帰りな。ガキのいる場所じゃない」
船内にいるホシノと先生以外の全員を、脱出シーケンスでキヴォトスに帰した。シッテムの箱がシロコと共に帰ったことにより、プラナもそれに引っ張られて消えた
「……あーあ、疲れた」
「リンネ!」
地面に倒れ込んだ俺に、ホシノが駆け寄って来る
「……いい後輩を持ったな。俺がいなくなった後も、上手くやれたみたいで安心した」
「何、言って──」
「覚えてるよ、ホシノ。ごめんね?」
ホシノの頭を撫でながら、口を開いた
「……髪、伸びたね」
ホシノの体が、光の粒になって消えた
「……あとはあんただけだな、先生」
「……私は、君の事を知らないけど…君も、私の生徒だから。一緒に帰ろう。方法はきっとある筈───」
「……皆、先生を信じて死地まで来た。信頼されてるんだね、合格だよ、先生」
「リレーみたいなものだったんだ。色彩そのものを体内に閉じ込めて、先が長くないこの体で、誰かにシロコとプラナを託さなきゃ行けなかったから」
「その点、先生は合格だよ」
俺の言動から、何かを察したであろう先生が、俺に向けて走り出した
「リンネ──!」
「シロコとプラナをよろしく、先生」
骨の弾丸が、先生に命中し──先生の体が、光となって消えた
「……はぁ、本当、貧乏くじばっか」
誰もいなくなった空間で、地面に倒れ込む。体の穴は増えてきて、そろそろ死ぬ時間だってのは痛いほど分かった
「……さて、と」
地面に骨の弾丸を撃ち込み、方舟の自爆シーケンスを起動させる。俺の体は色彩と同化している。このまま俺が死ねば、色彩も俺と同じ運命を辿るだろう
「……念には念を、だな」
骨の弾丸を、自分の体に何発も撃ち込む。あの色彩が相手だ。一発では殺せない。なら、俺が死ぬまでの僅かな間に、ありったけを撃ち込んでやるまでだ
「…………」
……やっぱりこうなるのか、なんて、諦めに近い感情を抱く。色彩が、俺の魂を刺激した。結果──俺は、全ての記憶を思い出した。アビドスの事も、山海経の事も、トリニティの事も、ゲヘナの事も、ヴァルキューレの事も、ミレニアムの事も全て、今の俺は覚えている
俺の目的は、シロコとプラナを俺の世界に連れて行く事。それだけなら、骨の弾丸を使って仕舞えばそれで終わりだった。いや、そうするべきだった。シロコをこの戦いに巻き込んでしまうから
なら、何故こんな事をしたのか
単純だ。我儘を言いたかったのだ
死ねば、また皆の事を忘れてしまう。それが嫌だった。一秒でも長く、皆の事を覚えていたかった
皆を戦いに巻き込むことになったとしても──ただ、一度ぐらい我儘を言ってみたかったのだ
「……本当、最悪」
気づいたのは、いつの事だっただろうか。覚えていないが、そんな事はもう関係ない
俺が手に入れた、俺の才能。やっと俺の命に価値ができた。やっと幸せになれる。やっと救われる。そう本気で思っていた
無限にあるものに、価値が宿る筈無いのに
この才能が無ければ、俺は無価値なまま終わっていた。だが──この才能がある以上、俺は幾度となく死に続け、幸せだった記憶を忘れていく。そんなのは、本当に幸せと言えるのか?
才能を得て、やっとスタートラインに立てた。俺が幸せを手に入れる為の、救われる為のスタートライン。しかし──あぁ、何という事だ
俺が手に入れた才能が、何よりも俺を救われないものと定めてしまった
「本当に───最低だ」
……あぁ、そろそろ意識が保てなくなってきた。死ぬという感覚は何度も経験しているが、何度やっても慣れないし好きにはなれない。だが、それでも──最後ぐらいは、我儘を言わせてもらおうか
「──皆、幸せになれよ」
骨の腕が、俺の頭に迫る瞬間────
『────』
何かが、俺の左手を掴んだ