建物と建物を移動しながら、化け物に狙撃を続ける。だが、高い威力を持つはずのスナイパーライフルだろうと、あの装甲を貫くことは叶わなかった。やはり、戦車や戦闘機なんかで戦うべき相手だったのだろう。そんなもの用意できるわけがないが
「馬鹿みたいにミサイル撃ちやがって……!」
考えろ、力で正面からはまず無理だ。なら知恵を絞るしかない。そうじゃなきゃ、最終手段に頼ることになる
「目玉でも撃ってみるか……」
装甲を貫けないなら、貫ける部位を探せばいい。巨体に似合わず素早い奴だが、それでも動きは単調だ。落ち着いて狙えば外さない
「───そこ!」
目玉に放った銃弾は命中した。流石に効いたようで、痛みに身を捩っているようだ。機能停止まで持っていくダメージは無いようだが、このまま全ての目玉を潰して仕舞えば有利に立ち回る事ができるだろう
「こんな事ならホシノぐらい強くなっとくんだった───!?」
別の建物へ移動しようとした瞬間、視界が黄土色の煙に覆われた。化け物が巻き上げた砂埃。この中を走っていくのは自殺行為だ
だが、さっきの狙撃で場所はバレている。このまま留まり続ければ───
「……早くない?」
上には、直下してくるミサイルが見えた
「やっべぇ!!」
慌てて横に跳ぶが、爆風と衝撃で吹っ飛ばされた。それによって砂埃の中に放り出された。目は開けない。音で周囲の地形を把握するようなスキルもない。だから、ただただ勘で動くしか無い
「ぐぅ……!クソッタレ……!」
どうする?どうやってこの状況を打開する? 砂まみれになりながら、必死に思考を回転させる。逃げる事は不可能。そもそも動く事ができない。だからと言って、このままここにいてもいずれ殺される。なら───
「やるしか、ないよな」
目を瞑ったまま、スナイパーライフルを構える。銃口の先にいるであろう、化け物に──正確には、その背中辺りに向けて
「一発勝負だぞ、おい……」
音で周囲の地形を把握するなんて事はできないが、化け物のいる方向と、ミサイルの発射音程度ならわかる
「……よし」
呼吸を整えて、目を閉じたまま耳を澄ませる。集中しろ。神経を研ぎ澄ませ。今から放つ弾丸は、文字通り俺の命運を決めるものだ。失敗は許されない
「───今!」
銃弾を放ち──爆発音が響く。直接命中したのか、跳弾が運良く当たったのかは知らないが、ミサイルを撃ち抜く事には成功したようだ。発射されてからそれほど経っていないだろうし、爆発は化け物に当たったはずだ
「──やっと晴れたか」
砂埃が晴れたのを確認して、化け物を視認するよりも前に建物の陰に隠れた。まだ健在なのは音でわかった。とにかく、勝つには目を潰して、またミサイルを爆発させるしか無い
「なら、賭けてみるか」
ビルの壁から生やした骨の腕を握り、壁面を走って駆け上がる。ジュースすら持てないものだと思っていたが、サボってただけらしい。まさか役に立つとは思わなかった
「よく見えるぞ!」
屋上から、化け物の目玉に照準を合わせる。狙って撃つまでは一瞬だ。引き金を引くと同時に、スナイパーライフルが反動で軋む。化け物が悶え、背中のミサイル発射口が開く
「それを待ってたんだぜ俺は!」
発射されたミサイルが──そのまま落下していく
「……中に骨を生やした。よく見えるからやりやすいな、本当に」
ミサイル内部に生やした骨が、中で大暴れしている。それはジェットエンジンを停止させ、推進力を失ったミサイルはそのまま下に落下
「確かに装甲は強いが──中身はどうなんだろうな、お前」
落下したミサイルが、開いたままの発射口に入り込んで爆ぜた。体内での爆発は流石に効いたのか、化け物は苦しみ、のたうち回っている
このまま次の目を───
「───いや」
化け物が口を開いた
「──何か、ヤバい!」
屋上から飛び降り、化け物との射線を切る。直感が体を押した。何を撃ってくるのかは知らないが、このビルを貫く事はいくらなんでもあり得ない───
「───え?」
背後から感じた、暴力的なまでの熱と光。反応する間もなく、その光が俺を飲み込んだ
──────────────────
「何なんですかさっきの音!」
「わかんないけど急がなくちゃ!」
砂漠の方から聞こえた轟音の元に、ホシノとユメは走っていた。音の大きさを考えれば、それほど遠くない場所の筈だ
だというのに、まだ音の正体は見えてこない。通り過ぎてしまったのか、あるいは──
「こんな時にリンネは何を……!」
「連絡つかないの!?」
「ダメです!繋がらない!」
「もう……!」
骨崎リンネ、二人にとって確かに大切な存在だ。別の場所をうろついてるならそれでいい。だが──二人とも、妙な胸騒ぎを感じていた。嫌な予感というより、もっと漠然としたもの。焦燥感のような、不安のようなもの
「リンネ……」
──────────────────
「………っ」
ズルズルと、体が引きずられるような感覚。目を開ければ、骨が俺の体を必死に引っ張って移動していた。あの光は──レーザーみたいなものだろうか。建物をいくつも貫通して、着弾地点がドロドロに溶けている。余程高温だったのだろう
「───あぁ、クソッ」
あの瞬間、咄嗟に横に飛んだおかげで直撃は免れたようだが、それでも重傷だ。見る限り、スナイパーライフルは銃身がゴッソリ溶けて無くなっている。俺の怪我は───
「……まじ、かよ」
左腕が、無くなっていた。傷口は焼けて塞がっていたから血は出ていないが、断面からは肉やら何やらが見えた。これじゃ、ライフルどころか拳銃だって握れない
建物を背にもたれかかり、深く息を吐く。痛覚は無い。ただ、喪失感だけが残った
あぁ──やっぱり、負けた
力も、知恵も、運もなかった。元々、それを覚悟で挑んでいたし、こうなる事も何となくわかってた。だから───
「……これ、使う羽目になっちゃったな」
あの時、黒服に向けたのと同じ事をする。今度は構えるだけじゃない。残った右腕に骨を纏わせ、親指を立て、人差し指を伸ばし、それ以外の指を曲げる
勝ち目のない戦いに挑めた理由。それは──例え負けても、必ずこの化け物を殺せるという確証があったから
生まれた時から、使い方は知っていた。それを使えば、どうなるのかも何となくわかっていた。だからこその、最終手段だ
「……二人を守れたんなら、後悔は無い」
前提として、俺は死人だ
それが、どういう因果かこの訳の分からない世界に飛ばされて、十五年と数ヶ月生きてきた
死人が蘇った理由──誰よりも、俺がわかってる
「死人の二度目──生者の一度目に捧げるよ」
建物の陰から飛び出し──指で形作った銃を、化け物に向ける
「──あばよ」
銃弾のように、人差し指の骨が一部千切れて飛んでいく。それと同時に、化け物の胸に小さな穴が空いた
装甲は貫通した。しかし、あの程度のサイズの穴では殺すまでには至らない。だが──これでいい。充分だ
「─────」
深く息を吸って、叫ぶ
「──貫いた胸のその傷はッ!お前の運命が定まった"証"の痕だッ!」
確実に迫ってくる恐怖を振り払うように、できる限りの大声を出す
「最早誰にも変えられない!──カウント開始!五秒前ッ!」
俺の、俺だけの隠し玉。これが最後の切り札だ
「──リンネ!」
「リンネ君!」
絶叫にも近い、二人の声。振り向く暇は無かった。化け物がまた口を開いたからだ
あの光が、また放たれる───
「──無駄だぞッ!無駄ァ!」
それを、右腕で掻き消した
既に運命は定まった。それが訪れるまでは、化け物も俺も死ぬ事はない
「──カウント、ゼロ」
瞬間──化け物の胸から、巨大な骨の腕が生えた。一本だけではない。無数に生えた巨大な腕が、化け物の体をバラバラに引きちぎっていく
そして──最後に、頭を握り潰した
「……終わった」
「リンネ!」
「リンネ君!怪我は……!」
二人が近づいて来るのが分かる
……駄目だ、来ないでほしい。今、来ては駄目なんだ
「……本当に、楽しい十五年と数ヶ月だった。夢が……覚めるだけ、なんだ」
俺の力──運命を決定づける力
対象の運命を決定し、少し後にその運命を強制的に引き起こす。どんなに強い相手だろうと、必ず殺す事ができる文字通りの必殺技
……そして、決定した運命は、自分へと返ってくる
「……元に、戻るだけ…」
つまり──相手と全く同じ方法で死亡する
──────────────────
「───リンネ!」
最悪の予感が的中してしまった。骨崎リンネは音の正体である化け物とたった一人で戦っていた。妙な力を使って勝ったようだが、片腕は無くなっている
腕が無いだけならまだいい。今すぐ治療すれば命は助かるかもしれない。そう思って、手を伸ばした瞬間───
「───え?」
リンネの胸から、骨の腕が生えてきた。一本だけじゃない。何本も何本も生えてきて、リンネの体を引きちぎっていく。さっき、あの化け物を引きちぎったのと同じように
そして──最後に、頭が潰された
「……りん、ね?」
隣から膝をつく音が聞こえた。歪なブロック状になったリンネが、アスファルトの大地を真っ赤に染め上げて散らばっている
「……治さ、ないと」
散らばったリンネの元に歩きだし──足に、何かが当たったのがわかった
「……これ」
それは、ひび割れ、真っ赤に染まったクジラのキーホルダーだった。昨日、リンネも自分の分を買っていたのだろう。それを拾って──なんだか、漠然とした実感が襲って来る
昨日まで、水族館であんなにはしゃいでいた、誰よりも全力なアイツ。それが──今は、もう
「……ごめん、なさい」
何もかもが、遅すぎた
助けるのも、謝るのも、感謝を伝えるのも、全部が遅かった
「……リンネを、連れて帰りましょう」
「……うん」
最早誰かもわからなくなった肉塊を拾い上げ、私達はその場を離れた
そうして、時は過ぎていく
──────────────────
「もー!借金は減らないし!本当に返せるのかしらこれ……」
「まぁまぁ、おじさんもバイト頑張るからさ。悔いを残さないように頑張るしかないよ。ユメ先輩も手伝ってくれてるんだしさ」
あの時よりは生徒の数も増え、今では五人。卒業生のユメ先輩も含めれば、廃校の危機に立ち向かう仲間は六人に増えた
「……ホシノ先輩。そのキーホルダー、随分ボロボロだね。ひび割れてるし、黒っぽいし」
「これ?まぁ、思い出の品だからね〜。気になったの?」
「ん、気になった」
ホシノのショットガンに付けられた、彼のキーホルダー。それが誰のもので、どういう経緯でホシノの元に渡ったのか、誰も知る事はない
「……気になると言えば、アビドスの旧校舎って何があるの?」
「あ、それ私も気になった」
「……旧校舎、か。行っちゃダメだよ?お化けが出るから」
「お化け?」
「うん。結構昔から伝わる話でね。行っちゃダメだよ、本当に」
「…ん、行かない」
……旧校舎。あそこには、私とユメ先輩以外を入れるわけにはいかない
「……リンネの部屋だからね」
「ホシノ先輩、何か言った?」
「いや、何も?」