「……あ、レイジョおはよー」
「おはようござい……それ、どうしたんですか?」
「あぁ、ちょっと料理中に切っちゃって」
今日も今日とてお仕事だ。玄武商会に訪れて、一番最初に出会ったのはレイジョだった。彼女はルミ会長の護衛であり、俺とも仲良く接してくれるいい人だ
今、俺の指には絆創膏が巻かれている。単純な話、料理中に包丁で切ってしまったからだ。結構深く切ってしまって、出血もしていたのだが、今はもう血は止まっている
「料理中に……?変ですね。包丁程度で私達の体が傷つくのでしょうか。銃弾だって平気なのに…」
「ん〜?確かに変だね?」
考えてみれば確かに妙だ。銃弾食らっても平気な体が、どうして刃物で傷つくんだろう
「二人ともどうかしたの?」
「あ、ルミ会長。いや、俺たちの体が刃物で傷つく事ってあるんですかね?」
「私も間違って指に当てちゃう事はあるけど……怪我した事はないかな。でもその絆創膏は…実際怪我してるし、確かに変だね」
『うーん……』
総評としては、やっぱり何か変だ。最近微妙に体調も優れない気がするし。風邪引いたりはしないけど、何だかダルい。まぁ、この程度なら別に気にする程でもないけど
「……ま、気をつければいい話ですね」
「そうだね。それじゃ今日も一日──」
「あ、すみません。電話出ますね」
スマホに着信が入った。誰からだろうと画面を見ると、そこにはキサキの文字が。珍しい。遂に家来る事の事前連絡だろうか
「もしもしキサキ?どうかした?」
『リンネか。いきなりですまんが、妾の元に来い』
「え?」
それだけ言って、一方的に切られた。電話になってもブレない女だ
「キサキ?」
「あぁ、はい。なんかよくわかんないんですけど、急に来て欲しいと……」
「門主様から直接のお呼び出しなら、急いだ方がいいでしょう。早く行ってあげてください」
「うん、わかった。行ってくるんで、よろしくお願いしますね」
──────────────────
「執行部長の近衛ミナだ。門主様から話は聞いている。ついてこい」
「あ、はーい」
なるほど、この人がミナか。キサキから度々話を聞いていたので、会ってみたかった。思っていたより随分と真面目そうな女性だ。口調が硬いのは仕方ないだろう
「二人にしろと言われている。くれぐれも粗相のないようにな」
「……はーい」
相当手遅れだよな、とか思いつつ、扉の先に入る。すっげー広い。明らかに二人でいるような部屋じゃないよな
「失礼しまー」
「おお、待っておったぞ」
明らかに高級そうなソファにキサキが
座っていた。テーブルの上にはお菓子とか飲み物とか色々置いてあって、完全に寛いでいる。なんというか、予想通りだ
「ほれ、其方も座れ」
「あー、うん」
キサキの隣に腰掛ける。柔らかい。このソファすごい。でも高いやつっぽいので汚さないようにしないと……
「んで、何の用?」
「そう急ぐな……とも言えぬの。妾も早く話がしたかったところじゃ」
キサキはそう言うと、俺を真っ直ぐに見つめてきた。まるで品定めをするかのようにじっくりと……そして口を開いた
「リンネ、妾の元に来い」
「…………はい?」
気の抜けた声が口から漏れ出た。キサキの元に来る……?どういう意味だ?
「……えっと、それってつまり……玄龍門に入る……的な?」
「そうじゃ。妾直属の部下となってもらおう」
「直属!?」
話が急すぎてついていけない。俺には玄武商会があるし……いやでも恩人のキサキの頼みを無下にするのも…
「拒否権は無いぞ」
「えぇ…んな強引な……コミュ障かな?」
「ふふっ、妾にそんなことを言えるのは其方だけじゃな」
そう言って、彼女は笑った。とても綺麗で、可愛らしい笑顔だ。こういう表情を見せられると、ついドキッとしてしまって困る
「今日から其方の所属は玄龍門。これは決定事項じゃ」
「はーい……」
困った表情を浮かべながらも、了承の意を示す。すると、またもや満面の笑みを見せる。本当にずるいと思う
「話は終わりじゃ。ルミに伝えてこい」
「はーい…」
──────────────────
「───って事がありまして、お世話になりました……」
「あっはははは!キサキも大胆だね!」
「ほんとですよ……」
玄武商会に戻り、ルミ会長に事情を話した。俺がキサキの直属の配下になったと知った時は驚いた様子だったが、すぐに受け入れてくれた。会長は優しい人だ
「なーんでこんな事したんですかね……」
「うーん……多分、キサキが肩書を抜きにして話せるの、リンネ君だけだからじゃないかな?」
「あぁ……確かにあいつ、友達がどうこうみたいな話碌にしなかったな……」
確かに、他の人には敬語だったり、門主様って呼ばれていたりする。ただ、キサキも年頃の高校生な訳で。普通に話してくる俺を気に入ってくれたのかもしれない
「だからってこんな……まぁ、直球なのはあいつの良いところでもあるか」
「結構満更でも無さそうだね?」
「そりゃあ、はい」
正直悪い気はしない。あんな美少女に好かれて嫌な気持ちになる男はいないだろう。それに、あの笑顔を見てしまった以上、断れるはずもない
「──ねぇ、リンネ君」
「はい?」
「キサキの事、お願いね」
「……はい」
何というか、有無を言わせぬ迫力があった。この人はきっと、キサキの事を心の底から大切に思っている。キサキはルミ会長の話をした事もあったし、二人の立場は相容れないものだけど、個人としては仲が良いのだろう
「やるからには全力です。悔いは残しませんよ」
ならば、それに応えよう。俺は彼女のために出来る限りの事をしよう。そう、心に誓った
「遅いぞ、何をしておる」
「お前来るのかよ」
「お、久しぶりだね」
「……久しぶりじゃな」
普通にキサキがやってきた。あんまり時間経ってないと思うんだけど、結構せっかちだなこいつ
「早う帰るぞ」
「わかったわかった引っ張るなって」
腕を引っ張られながら、玄武商会を後にする。最後にルミ会長に手を振って別れを告げ、帰路につく
「てか、どこ向かってんのこれ」
「リンネの家じゃが?」
「俺の家〜?」
「何か問題あるか?」
「いや、別に無いけど……」
「今日は泊まるからの」
「マジで!?」
「マジじゃ」
いや、それは流石にまずいのでは……?
スキャンダルとか無い?今更か。にしても、本当にどこまでも直球な奴だな。そういう所嫌いじゃないよ
「……はいはい、泊まりね。わかったよ…げほっ、げほげほ」
「大丈夫か?」
「んー、ちょっと風邪気味っぽいけど、平気だよ」
咳き込んだ時に喉が痛かった。やっぱり体調が優れないのだろうか。でも、そこまで酷いわけでもないし、気にするほどのものじゃない
「今日の晩飯どうする?」
「妾に作らせろ」
「お、珍しいじゃん」
「たまにはな。妾も料理くらいできるわ」
「へぇ……んじゃ、楽しみにしとくよ」
「任せておけ」
気になるな、なんて思いつつ、キサキと他愛のない会話をしながら、家へと向かう。いつもより足取りが軽い気がするのは、気のせいではないだろう
本当、楽しい毎日だ
──────────────────
「げほっ、ごほ……っ」
深夜、家の中で一人咳き込む
最近、やけに咳が止まらない。ただの風邪にしては長引きすぎている。もしかしたら、別の病気なのかもしれない
「ん、くっ…ぷはぁ」
水を一口飲む。もう夜中だし、寝たいところだが、一向に眠れそうな気配はない。明日は休みだからまだいいものの、これが平日ならかなり困っていた
「ごほっ、駄目だ…ルミ会長にキサキを頼まれたばっかなのに体調不良とか……げほ、げほっ───」
咳き込み、口を手で押さえ───
「……冗談キツいぜ」
手が、真っ赤に染まっていた
「……リンネ?」
「────!」
この、声は
「……それ、どうしたんじゃ」
「……キサキ」