アリウスの自治区を、一人歩く。ミカはいない。スクワッドの面々もいない。今ここにいるのは俺だけだ。わっぴ〜アイス作戦のおかげで、俺がアリウス自治区を歩いていても別に何も言われなくなった
目的はただ一つ、マダム──ベアトリーチェの殺害だ。黒服を脅して得た情報は、居場所、黒服達の組織であるゲマトリアの一員であるという事だ
正直、居場所以外はどうでもいい。何も知らない子供に、人の殺し方を教え、全ては虚しいものだと教えているベアトリーチェを野放しにはできない。未来ある奴らの一度目が、そんなくだらない事のために使われるのはダメだ
問題も起きるのだろうが、それを全て無視してでも、一刻も早くベアトリーチェを殺さなければ
「……ここか」
目的地についた。大きな教会だ。この先に、全ての元凶がいる訳だ。ゲマトリアの一員である以上、黒服との関係に溝ができるかもしれないが──関係ないか
教会の中を、早歩きで進む。恐らくここの最奥に、あいつは居るはずだ。急ごう
「……おや、貴方は?」
そこにいたのは──見上げるほどの巨躯を持つ、赤い女だった
「骨崎リンネって言えばわかるか?ベアトリーチェ」
「リンネ……あぁ、黒服が目をつけていたのは貴方の事ですか。それで、何の用があってここに?」
「お前を殺しにきた」
「……へぇ」
醜悪な笑みを浮かべ、俺を見つめる。わかる。目の前の女はただの邪悪だ。本当に、一秒でも早くこの世界から消し去らなければならない
右腕に骨を纏わせ、指で銃を形作り───
「──残念です。貴方との初対面がこのような形で終わるとは」
瞬間、気付く。足元に何かがある。これは───爆弾?一つだけじゃない。足元だけじゃない。いくつもの爆弾が、壁に、床に、天井に張り巡らされている
「ッ……!?」
「いくら輪廻を繰り返すと言えど、所詮は子供。私に勝てるなどと思い上がったのが間違いです。そのまま無駄死になさい」
回避は不可能。爆発が俺に迫り───
「……あっぶな」
俺に当たるギリギリで静止した。静止したのは爆発だけじゃない。風に揺れる花も、あの女も、何もかもが、写真で切り取った風景のように静止して動かない
「……俺が時を止めた。ちょっと感動だよ。誰でもやってみたかった事だろうからな」
あの瞬間、咄嗟に骨を自分に向けて撃った。引き起こした運命は、ごく単純なもの
──突如、俺が時を止める能力に目覚める
「人間、命賭ければ何だってできるのさ」
実は、こっそり考えていた事がある
毎回、骨を使ってから死を迎えるまでに、微妙なタイムラグがある
「……二発目、いくか」
中指を伸ばし、ベアトリーチェに向け──放つ。止まった時の中を飛んでいった骨の第一関節は、ベアトリーチェの肩を貫いた
「……限界か。時は動く」
時間が動き出し──爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。全身が痛いし死にかけてる。やっぱりただの爆弾じゃなかった訳だ。だが──運命を定めた以上、何があっても俺は死なない
「貴様──何をした、骨崎リンネ!」
「バーカ。もう運命は定まった。何があったか知らないまま死ね」
ベアトリーチェの腹を突き破って生えてきた五本ほどの骨の腕。ベアトリーチェの四肢を引きちぎり、頭を握り潰した
……憂鬱だ。ああやって死ぬのか、俺
「……後悔、無し」
激痛と、嫌な音が聞こえ──同じように、頭が握り潰された
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「サオリ、リンネ君知らない?」
「知らないが、トリニティにいないのか?」
「こっちはどこ探してもいなかったの。連絡もつかないし……」
彼を探し、アリウス自治区まで出向く。骨崎リンネ。少し前にティーパーティーの補佐に任命された男の子。ナギちゃんは求心力を買っていたみたいだけど、それが納得できるぐらいにはいい子だった
……他の子にも同じように接してるのは、ちょっとだけ気に食わないけど
そんな彼と、連絡が取れなくなった。トリニティの周辺を探し回ってもいなかったから、アリウス自治区に探しに来たけど……
「……ミサキ達も知らないそうだ」
「うーん…じゃあ私探してくる!」
「……好きにしろ」
相変わらず冷たいサオリに突っかかるのを今日だけやめて、自治区の奥へと駆け出した。道中出会ったアリウス生の子から話を聞きつつ、リンネ君の捜索を続ける
「骨崎リンネなら、あっちの教会に向かうのを見た」
手に入れた情報を頼って、教会へと向かう。迷い込んでしまったのかな、なんて思いながら教会を進む。もしそうなら可愛いけれど、心配させるのは良くない。叱ってあげないと
随分教会の奥まで進んできた。この部屋にいなければ、もっと念入りに探さないと───
「……え?」
部屋の中にあったのは、死体だ
一つは、巨大な赤い女の死体。四肢を落とされて達磨になり、顔は原型をとどめていない。握り潰されたかのようだ
そして、もう一つ。私と同じぐらいの背丈の誰かの死体。赤い女の死体と全く同じ状態になっている
直感でわかった。死体の正体は、骨崎リンネだ
「───うっ」
吐き気が込み上げてくる。初めて死体を見たからか、それの正体が、可愛がっていた男の子のものだと知ったからか、わからない。ただ一つ言えるのは、ここで骨崎リンネという少年が死んだという事実だけだ
「は──っ、はぁっ───!」
膝をつき、下を向いて必死に死体を視界の中に入れないようにしながら、全力で吐き気を抑える。どんどん増えていく床の水滴が、私の涙だと理解するのに時間はかからなかった
「何──なんなのあれ!?違う、絶対違う!リンネ君なわけない!あんなの、あんなの──」
精一杯の現実逃避。そんな事はわかっている。でも、どうしても、受け入れられない。認めたくない
「──あ、ミカじゃん。どうしたのこんなところで」
「え……?」
後ろから、聞きたかった声が聞こえてきた。探していた人。死んでしまったと思っていた人の声が
「───」
振り向いた瞬間、心の底から安堵した。骨崎リンネがそこにいる。やっぱり死んでなんていなかった。さっきのはただの幻───
「───え?」
ぼとり。何かが落ちたような音がした。落ちたのは、目の前の骨崎リンネの右腕だ。いや─右腕だけじゃない。左腕が落ち、両足が根本から外れた
倒れ込む彼の顔がちょうど私の目の前に来た瞬間──爆ぜるように、無惨な姿になった。まるで、先程の死体のように
「ひっ───」
顔に飛び散った血に指で触れる。だが、指は綺麗なままだ。困惑して目の前を見れば、骨崎リンネはどこかへ消えていた
恐怖が体を支配する。行き先もよく考えずに後退り──何かにぶつかった
「─────」
手元に感じた感覚に目を向ける。手のひらサイズのカードのようなものだった。血を拭って、何なのかを確認する
『骨崎リンネ』
その文字と写真を見て、もう逃避すらできなくなった事を理解した
「リンネ…君」
恐る恐る、拾ったカードの反対側に目を向けていく。思考が、その行動をやめろと叫んでいるが、体は止まらない
顔を向けた先には、無惨に潰れた頭がある筈だ。見るな、見るな見るな見るな見るな────
「──あ、ああぁぁぁあぁぁ!!」
──そこには、潰れた頭があるだけだった
「やだ、やだやだやだやだやだ!リンネ君!リンネ君!!嫌──うっ」
喉の奥から込み上げてくる感覚に耐えきれず、私の意識は途切れた
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「っ…リーダー、これ…」
「……あまり見るな」
少し後、アリウススクワッドが発見したのは、骨崎リンネと思われる死体と、それの側で倒れている聖園ミカだった
何が起きたのかはわからないが、この場でわかることは一つ。骨崎リンネは死んだということ
「………死体を運ぶぞ。ミカもな」
「……了、解」
おかしな挨拶と共にアイスを配ってきた少年の死に、何も思わない訳ではなかった。ただ───
「……やはり、虚しい」
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その日、トリニティ全土に激震が走った
虚ろな目をした聖園ミカが、骨崎リンネのバラバラ死体を抱えていたからだ。幸い、一番最初にそれを見つけたのが蒼森ミネであった為、それが大勢の目に触れることは避けられた
骨崎リンネの死は学園内で処理されたが、当の学園内は、陰鬱な雰囲気に包まれていた。当然だ。誰とでもある程度仲が良く、それ故に次期ティーパーティーにも選ばれていた生徒の突然の訃報なのだから
「……セイアさん。予知はできなかったのですか?」
「……見えなかった。彼のことは何も。黒く塗りつぶされていて、何も見えなかったんだ」
「そう、ですか」
「…………」
初めて会った時は少しぶっきらぼうだったけれど、蓋を開けてみればちょっと素直すぎるだけの男の子だった。それが───
「……ミカは?」
「登校拒否が続いています。当分は無理でしょう。もしかしたら、ずっと……」
幼馴染の事を想う。骨崎リンネの死体を最初に発見し、それ故に深い傷を負った少女。完治する事はなくとも、時間がそれを埋めていく事を願わずにはいられなかった
「……リンネさん」
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シスターフッドの礼拝堂にて、一人呆然と佇んでいた
私のイメージ改善の為、陽気な挨拶と共にアイスを配った彼。素直で、優しくて──少し、憧れていた彼
「……二度と、このような事は起こしません」
彼が祈った世界平和。あの挨拶を知る者として、私にはそれを成し遂げる責任がある
……あぁ、でも
「……また、貴方を抱きしめたかった」
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救護騎士団のベッドに腰掛け、ただ呆然と時間が過ぎるのを待つ。このベッドをよく使っていた少年の事を思い出しながら
あの日、彼の死体を抱えたミカ様を見て取り乱さなかったのは幸運だった。だが、良かったのはそこまでだ。それ以外に良いところなんて一つもない
「……リンネさん」
何が救護対象だ。何が守るだ
結局、口だけで何もしなかったじゃないか、私は
頬から流れ落ちた水滴が、服に幾つかの跡を作った
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「……つまんないっすね〜」
つまらない。つまらないつまらないつまらない
何をしてもつまらない。隣に彼がいないからか?普段、彼がいなくとも楽しかった事すら、今はつまらないというのに?
「ハスミ先輩も暗いし……リンネさんのせいっすよ?」
これじゃ、スイーツを食べてるハスミ先輩を驚かす遊びができない。つまらない。本当に、何もかもがつまらない
そもそも、何で話してくれなかったのだろうか。何があったのかは知らないが、こうなる前に話せる事が一つぐらいはあったのではないのか?
「……抱いてあげてたんすけど。そんなに頼りないっすかね、あたし」
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「ん〜…ちょっと休憩」
机に広げたノートと教科書に突っ伏しながら、肺の中の空気を吐き出した。ふと目に入った机の上にある四つのマカロン。何だか嫌な気分になって、一つとって口に入れた
最近、調子は最悪だ。スイーツもあんまり美味しくないし、成績は下がるし散々だ
……理由なんて、ここに私一人しかいない事以外に無いんだけど
「……やっぱり、あんまり美味しくない」
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『面倒くさい事は進んでやる物好きに任せて、貴方は好きに学生生活楽しんで。一回だけなんだから』
「骨崎リンネ、骨崎リンネ、骨崎リンネ……」
最近、気づけばこの名前を呟いている
興味なんてないというのに、私の頭脳がどうこうと政治の世界に引っ張り出そうとしてくる生徒達。まぁ、それは別に良い。ただ鬱陶しいだけだ。この言葉を永遠に覚えていれば、そんな鬱陶しいだけの言葉は気にならない
ただ──何が骨崎リンネが死んだ今こそ、だ。何が目障りな骨崎リンネだ
この学校の生徒は死者への礼も知らないのか。その口で彼の名前を呼ぶな。その口で、その名前を語るな
怒りは見せず、ただあしらうだけ
「……本当に、くだらない」
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「…………」
部屋の中、電気も付けずに布団を纏って座り込む。もう何日も登校していない。心配して家まで来てくれたナギちゃんとセイアちゃんも、今では寄り付かなくなった
「……私の、せいだ」
私が骨崎リンネをアリウスに連れ込まなければ、彼は死なずに済んだ。あんな惨い姿になることも無かった
血まみれの学生証を握りしめる。今となっては、これが彼を感じる唯一の手段だった
「リンネ君……」
会いたい。ただそれだけが心を支配する。会えないのなら、せめて謝らせて欲しい。こんな私に、どうか赦しを
「ごめんなさい。ごめ、なさ……」
改変不可能な現実が、ただ全てを押し潰していた