違和感は減ったと思いたい
「ぇ、あ───」
忘れていた
ずっと、ずっと忘れていた
誰かにハグを求め続けたのは、心のどこかでこの人を求めてたからか。ユメ先輩を、一度目のこの人を、何回死んでもどこかで覚えてたからだ
「……何だ、やっぱり覚えてるんじゃん」
「…………」
………少し、頭が冷えた
「……記憶喪失なんだ。ユメ先輩の事はなんとなく思い出せたけど、お前の事は覚えてないし、思い出せない」
「……嘘」
「……ごめん」
「私の事は、覚えてるの?」
「……なんとなく」
今回に関しては俺も迂闊すぎた。もっと早くに気付くべきだった。ブラックマーケットに昔の知り合いがいる訳ない、みたいな先入観が邪魔をした
「……そっか。あはは…ごめんね、酷い事しちゃった」
「……いや、俺も悪かった」
夜は寝よう。本当に
「じゃ、行こうか」
「え?」
ホシノに引っ張られ、ユメ先輩にも運ばれる。こういう雰囲気だったかな。しんみりした雰囲気でストップかかる展開じゃないの?
「待って、違うじゃん。しんみりした雰囲気で止まるのが普通じゃん」
「さっきも言ったけど、痛くしないからさ。ほら、暴れないで」
「……ここにいましたか」
今度は、聞き慣れた声が聞こえた
「ファーストコンタクトというのは非常に重要なものです。相手が初対面でも、知り合いでもね」
「アキラ!」
「今は休業中ですが、私の本業は怪盗……まぁ、今回は奪い返す、という表現が適切ですが」
やっと助けが来てくれた。これでとりあえずは帰してもらえるだろう
「っ───!」
「煙……!?」
視界が煙で満ち、体が宙に浮く感覚がする。アキラが俺を抱えて飛んだんだろう。これなら安心して帰れる
「……奪われる側というのは、こういう気分ですか」
──────────────────
「……ここまで来れば大丈夫でしょう。これどうぞ、大事なものなのでしょう?」
「ありがとアキラ……」
カフェに戻る前に、一旦どこかの廃墟で休む事にする。シッテムの箱もアキラから受けとり、ようやく落ち着いた気がする
「……ユメ先輩、ホシノ、か」
「私は存じませんが、過去の貴方が知っている方でしょうか」
「……多分な」
ユメ先輩はともかく、ホシノは多分そのポジションだ。今回で完全に捕捉された。……まぁ、監禁されたとはいえ冷静じゃなかった。反省しないと
「帰ったら覚悟しておいてくださいね。私はそこまでですが、カイさんはかなり怒っていますよ」
「え、マジか……」
「こればかりは仕方ありません」
「……だな」
誰も連れてかなかったのもそうだし、ここまで事態が荒れたのにも俺に責任の一端が有る。怒られるくらいで済むのであれば、甘んじて受け入れないと
「終わったら慰めてあげますので」
「本当……?」
「はい。私が嘘をついた事がありますか?」
「……無いけど」
アキラがそう言うなら信じよう。……ちょっと怖いけど
「……ところで」
「ん?」
「何もされていませんよね?」
「されてないけど」
「目覚めてからどれぐらい経ちましたか?体感で構いません」
「えっと……1時間ちょいくらいか?」
時計が無いから正確な時間は分からないが、それくらいだと思う
「拉致されたのは?」
「深夜だね」
「……眠っている間に何かされた可能性も捨てきれませんか」
「えぇ……」
俺の体をペタペタ触りながら質問してくる。正直、少し恥ずかしい
「……ちょっと待って、何するつもり?」
「私の本業は怪盗ですので。汚されたかもしれない宝を目の前に何もしない程、私は無欲ではありません」
拘束は未だ外れていない。外すつもりもないらしい。壁際に座り込む俺の前に膝立ちになり、俺の顔を見つめてくる
「……アキラ?」
「──ふ、ふふふっ。あはははははっ!駄目じゃないですか、この私の──慈愛の怪盗の前で、こんなに無防備な」
急に笑い出したと思ったら、俺の首に手をかけてきた。そしてそのまま体重をかけられ、押し倒される。両手は縛られたままだから抵抗できない
「やめろ、何を──」
「あははっ!」
首にかけられた手に力が込められていく。息ができない。苦しい。でも、振りほどけない
「あき、らっ……!」
「あぁ……!その顔、美しいですね……!」
完全に予想外だ。まさかアキラがこんな事をするとは思わなかった。……でも、何だろ。なんか心地良いような……
駄目駄目駄目駄目
「はな、して……!」
「私は貴方の全てを見たい。苦しむ顔も、喜ぶ顔も、悲しむ顔も」
「や、めて……くれ……」
「ご安心を、殺しはしませんよ」
死ぬギリギリまではやるって事か。ちょっとだけなら……いやいやいやいや
「───?」
バチっと、静電気のような音がして、アキラの手が離れる。一気に空気が流れ込み、咳き込んでしまう。プラナが助けてくれたのだろう。危ない所だった
「……なるほど、あまり長い間は無理という訳ですか」
「……っ、げほっ……!」
まだ頭がクラクラする。もう少しで意識が飛ぶところだったが、何とか耐えた。……本当に危なかった
「……アキラ、お前」
「今の顔は……恐怖?安堵?それとも───期待?」
「っ───!」
アキラに顔を掴まれ、まじまじと見られる。そんなに変な表情をしていただろうか。……多分、どれも正解なんだろう。俺の心なんて、アキラには筒抜けなんだから
「……今回はここまでに致しましょう。続きはまた、二人の時に」
……この女、勝てない
──────────────────
「ごめんなさーい!」
「本当に何を考えてるんだ君は!」
「おはよ……どういう状況?」
「あ、カヨコ先輩。リンネ先輩が深夜徘徊して拉致られたのをカイに怒られてる」
「えぇ……」
二人の視線の先には、正座しているリンネとカイ。リンネはしょんぼりしているが、カイはかなり怒っていて近寄りがたい雰囲気だ
「何で誰も連れてかなかったんだ!」
「いや…深夜徘徊に連れ回す訳にもいかないかなって……」
「何時だろうとどんな用事だろうと着いて行くさ!」
「はい……」
「拉致られたって…前のリンネの知り合い?」
「ん、そうみたい。なんかリンネ先輩にしては対応が結構変だった」
「……にしてもすごい怒りようだね」
七囚人組はアキラ以外はピリついた雰囲気だ。ワカモは正座しているリンネに視線を合わせる為屈んでいるが、結構顔が怖い
「誰かを連れて全力で周囲を警戒するか!そもそも外に出ないか!君にある道はこの二つのどちらかだ!」
「はい……」
「平和ボケしすぎだぞ本当に!」
「ごめんなさい……」
カイが本気で怒ってるのは珍しい。普段は冷静なカイだが、流石に今回の件は許せなかったのだろう。……私も心配したしね
「平和ボケか……でもそれってさ」
「ん、リンネ先輩がゆっくりできてる証拠。私の世界に来た時のリンネ先輩ならこんなミスしなかったから」
「だよね……心配はするし思う事がない訳じゃないけど、素直に怒れない」
「ん……分かる」
「……もういっそのこと首輪でも───」
『……首輪』
「何でハモるの?」