「……生きて、たの?」
驚愕と、その中に確かな歓喜を含ませて、彼女は言った。体には細かい擦り傷が多いし、目には光が宿っていない。肉体的にも精神的にも、かなり酷い状態なのは間違いないだろう
「いや、俺は───」
「良かった……良かった!本当に……!」
俺の言葉を遮るようにして、抱きついてきた。身長差的に、彼女が胸に飛び込んでくる形になる。彼女の体は震えていた。恐怖で。不安で。孤独で
「……えっと」
覚えていない。知らない人だ。それを伝えなければならない。知らせる事は残酷かもしれない。けど、知らせない事の方がもっと残酷だ
「リンネ先輩……?どうかしたの?」
「……俺は君を知らない」
言った。言って、しまった
「────え」
俺を見上げる表情が、絶望に満ちたのがわかる
「記憶が、無いんだ。だから、君の事は……」
「え、あ、そんな、嘘、嘘だよね」
「本当なんだ。ごめん」
「あ……あ……あ……」
俺から離れ、よろめきながら後退りしていく。目からは涙が溢れ、今にも倒れそうだ
「私の事も──皆の事も、覚えてないの……?」
「……ああ」
……だから会いたくなかったんだ。だから二回は訪れなかったんだ
「……そう。わかった。うん、大丈夫。わかってる」
自分に言い聞かせるような言葉だった。何度も深呼吸をして、無理矢理にでも自分を落ち着かせようとしている。
さっきまであんなに取り乱していたというのに、強い子だ
「……だから、その。何があったのか教えて欲しい。君の事とか、キヴォトスの事とかさ」
彼女が落ち着くのを待って、そう切り出した。わからないまま、止まっている訳にはいかない
「……わかった、教える。知ってる事全部」
それから、この世界で起きた事を簡潔に説明してもらった。先生が重体になってから、あのロボットみたいなの──まぁ、他にも変なのがいるらしいが、よくわからない敵が暴れまわっていた事。そして──俺を含め、彼女以外のアビドスの生徒は全員死んでしまった事
彼女の名前が砂狼シロコである事。俺は、彼女の先輩であった事など
「……なるほどな」
ただ、そうなるとおかしな点がいくつか出てくる。まずは先輩、という点だ。死んでも、自分の学年ぐらいは覚えてる。俺はもうすぐ二年生になる筈だった。先輩、というのは少し変だ。そもそも、俺が二度もアビドスに行くとも思えないし
「……本当に、覚えてないんだね」
「……ごめん」
「いいの。生きててくれるだけで嬉しいから」
ずっと一人で、誰よりも泣きたいのは彼女だろうに。気丈な態度で俺に接してくれている。こんな状況なのに
「シロコ、ちょっと手を動かしてもらってもいいか?数秒間だけでいい」
「?いいけど……」
シロコが手を動かし始めた瞬間に時を止める
「……お前も動けるのか」
シロコも同じだ。二秒間動いた後に静止した。こうなるともう例外はないだろう。誰もが止まった時の中を二秒間だけ動く事ができて、三秒目で完全に停止する
「……ねぇ、今何したの?」
「見えたのか?」
「うん。急に体が動かなくなった」
しかも、止まった時間を認識できている。これもまた、俺と同じだ
「時を止めた。前の俺は、こんな事できなかったのか?」
「時……って。そんなのできなかった」
……やっぱり、変だ
「……まぁいい。傷だらけじゃないか。ちょっとぐらいは処置できるから見せてみろよ」
「あ……う、うん……」
──────────────────
あれから、二十五日ぐらいが経過した。こんな状況でも、ある程度生きている企業やら契約やらはあるようで。アビドスが抱えているらしい借金を返す為に、一人シロコは頑張っていたらしい
「おう、寝ろ寝ろ」
俺の膝の上で眠るシロコの頭を撫でてやる。気持ち良さそうにしてるが、疲れが溜まっているのは明らかだ。無理もない
「……泣けるな、本当」
状況も酷いが、俺も少しだけまずい状況にあるかもしれない。あの日、シロコに指摘されて初めて気が付いた
ヘイローが、黒くなっている
前はもっと鮮やかな色してた筈なのに、今ではもう真っ黒に近い灰色になっている。これがどういう意味なのか、俺にはわからない。けど、最近微妙に体調も変だ。たまに頭痛がする
「リン、ネ…せんぱ……」
「寝言でも俺かよ」
悪い気分じゃないが。シロコの寝顔を見てると、なんというか、癒される。守ってやりたいと思う
「……先生、ね」
前の俺は知り合いで、いい人だったらしいシャーレの先生。今では意識不明で、もう蘇生の見込みもなくなったらしい
……だから、まぁ。無意味かもしれないけど
「行ってみるか」
シロコを起こさないようにソファに寝かせて、部屋を出た
「………だめ」
「いか、ないで」