「……ここか」
向かった先の病室には、一人の女性が眠っていた。意識不明の重体だと聞いていたのに、生命維持装置はついていなかった。これ以上の延命は無意味、とニュースで聞いたような覚えがあるから、恐らく外されているのだろう
「……多分、さ」
ここは、別の世界線だ
時を止められない俺。上手く動かない時間停止。年齢の微妙なズレ。ここまで揃えば流石にわかる。ここは俺がいたキヴォトスじゃないし、あの写真の俺は俺であって俺じゃない
「あんたを起こせば、全部元通りになるの?」
でも、きっと無理だ
やってはいないけど、感覚でわかる。この世界では、俺の力は上手く働かない。撃ち込んでも、中途半端に体を治すだけになるだろう。それじゃ駄目なんだ
「……何とか、俺の世界に連れて行かないと」
最悪、シロコだけでも
「……リンネ?」
「は?」
高い声だ。女性特有の、高い声。この世界にも女はいるし、それは別におかしくはない。けど、このタイミングでその呼び方は
「え、嘘、マジかよ」
起きていた。先生が、目を開けている
「……どうしたの、こんな所で」
「あー、いや、その。どっから説明したものか」
先生は俺の名を呼んだけど、それはあくまでこっちの世界の俺の事であって、俺はその俺じゃなくて。説明が面倒くさい
「私に会いに来てくれたんだ」
「そう、だけどさ」
「そっか」
先生は笑った。初めて会う人の、初めて見る笑顔だった
「……リンネ、話したい事があるなら、ゆっくりでいいから」
……あぁ、これは。本当に、いい人だ
「……色々省くけど、俺は先生が知ってる俺じゃない」
「うん」
「先生が知ってる俺は……その、もう死んでるみたいで。俺は多分、こことは別の世界線の俺だと思う」
「……うん」
「……信じて、くれるの?」
「信じるよ」
ちょっと、恐怖まで感じてしまった。俺が言うのも何だが、こんな突拍子もない話をあっさりと信じてくれるなんて
「……あ、馬鹿!起きあがろうとするんじゃない!」
「私が寝てる訳には……」
「黙って寝てろ!」
意識が戻ったのすら奇跡なのに、無理をさせるわけにはいかない。ベッドに押し戻してやった
「……でも、本当に起きただけだなあんた。先も長くないし、歩くのがやっとってところだろ」
「……お見通しか。うん、もうすぐ死ぬかもね」
「そんな他人事みたいに……」
「でも、そうなる前に会えて良かった」
先生は、ベッドの側の机に置いてあるタブレットを手に取った
「これ、リンネにあげる」
「……タブレット?何でそんな物」
「絶対役に立つから。凄い物なんだよ、これ」
「待て、待て待て待て。そんな凄い物を何で俺に渡す。それじゃ、まるで別れの品じゃないか」
「そうだよ」
さも当然かのように、先生は言った
「……助かるかもしれないだろ」
「無理だよ、絶対」
……やっぱり、俺の力でこの人を治す。それしか────
「──駄目だよ、リンネ。私は先生だから。生徒の命を使って生き延びるなんてできない」
「え───」
知らない筈だ。運命を定める骨の腕の事を、俺以外誰も知らない筈だ。何故それを、この人が知っているのか
いや──きっと、知らないんだ。知らないけど、わかるんだ
「それに、治せる確証もないんでしょ?」
「……何で、わかるんだ」
「違っても、リンネはリンネだから。わかるよ」
どうして、この人は
「……リンネは優しい子だよね。自分より他人を優先しちゃうくらいに」
「……」
「だから──うん。先生としては恥ずかしい限りだけど、ちょっぴり大人なリンネにお願いがあるんだ」
腕に纏わせていた骨を消す。あぁ、そうだ。ここで半端に先生を治して俺が死んだら、シロコはどうなる?
はっきり言おう。この世界はもう駄目だ。どうにかして骨を正常に作動させて、元の世界線に戻らなければいけない。でも──それができるまで、きっと先生は生きていられない
多分、俺の力でも死者を蘇らせる事は不可能だ
「リンネ、私の頼み、聞いてくれる?」
──────────────────
先生から渡されたタブレットを持って、病室を出る。適当な椅子を探して座り、教えてもらった言葉を話す
「……我々は望む、ジェリコの嘆きを。我々は覚えている、七つの古則を」
その言葉で、タブレットは起動した。映ったのは教室と、一人の少女
「……君は?」
『この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS──A.R.O.N.A、命令待機中です』
どこか、無機質な声だった
「アロナ、アロナかぁ……何となくだけど、プラナって呼ぶね」
『構いません。先生との話は聞いていました。シッテムの箱の権限は貴方に譲渡されています。生体認証も完了済みです』
「……そっか」
やらなきゃいけないかな、と思ってた事が全てやられている。なるほど、確かに役に立ってくれそうだ
「いきなりこんな事になって申し訳ないけど、状況が状況だからね。頼りにしてるよ」
『先生はリンネさんに全てを託しました。私もそれに応えます』
「……ありがとう」
いつのまにか、外は大雨になっていた
「プラナって雨平気?」
『問題ありません』
機械だから大丈夫かなと思ったけど、大丈夫らしい。ならいいんだけど
「……さて」
濡れるけど、早いとこ帰ろう
足を一歩、踏み出し────
「え────」
シロコが、居た
「さよなら、リンネ先輩」
雨音の中、一発の銃声が響いた