「……どうしたの?」
狐の面を被った少女と、全体的に白い獣耳が生えた少女、チャイナドレスを着た白黒な少女の三人。お客さんの見た目は独特だが、とりあえず対応する事にする
どうやらこの三人、割と仲が悪いらしく、一旦整列してもらうまで言い合ってた。なんなら撃ち合い始まりそうだったので流石に止めた
「……とりあえず、お久しぶりですね、リンネさん」
そう言ってきたのは全体的に白い娘だった
正直、俺は今の今まで自分の状態がよくわかっていなかった。名前以外の事を覚えていない→記憶喪失と取ることもできるが、無くしたかもしれない記憶がキヴォトスでのものとも限らない。その想像を加速させたのは、俺が身分を証明できる物を何一つ持っていない事だ
もし骨崎リンネがキヴォトスで生活していたのなら、流石に身分を証明できる物……例えば学生証とかは持っていないとおかしい
だが、今回で明確に久しぶりと言われてしまった以上、前の俺はキヴォトスで生活していたと言う事が確定した
ここで問題になるのが、俺は彼女の事を何も知らないという事だ
「……ええっと、ごめん。会った事あるんだよね、俺たち」
「……?私ですよ、清澄アキラです」
「うーん……」
まずい。割とまずい。ここで『誰だテメェ!』とか言ったら間違いなくこの娘を傷つけてしまう。どうしたものか───
「だから言っただろう、彼は記憶喪失なんだ。君の事なんて覚えてないよ」
そう言ったのは白黒の少女だった。人が悩んでる時にとんでもない事言いやがって
「え……?そんな…う、嘘ですよね?覚えておくよって、私を捕まえた時に…」
「……ごめん。君の事、知らないんだ」
「……そう、なんですね」
畜生あの白黒女め
「……それじゃ、とりあえず自己紹介してくれる?」
自己紹介してもらった所によると、狐面の少女が狐坂ワカモ、白い娘が清澄アキラ、白黒が申谷カイというらしい
よし、前の俺を知る手掛かりだ!
「俺との関係は?」
「助手」
「従者」
「私を捕まえられる人」
おれはあたまをかかえた
何なんだこいつら。仮に一人が本当の事を言っているとして、残りの二人は嘘をついているということになる。なんなら本当の事言ってる奴がいるかどうかすら怪しくなってくるぞこれ
「……あの、誰が本当?」
「「「私」」」
無理無理。詰んでる
「……まぁ、確かに貴方も困惑しているでしょう」
「そらそうよ」
「でしたら──私が連れ出して差し上げましょう。全てを思い出す為に」
「っ、しまった!」
「あなた様!」
ワカモとカイの焦ったような声と共に、アキラの姿が掻き消えた。と思ったら、次の瞬間には目の前──それもゼロ距離にアキラがいた
「私は怪盗。盗むことは専門です」
アキラに捕まる──その瞬間
「っ────」
体が、横に引っ張られた
「………?」
アキラの手は俺を掴む事ができずに空を切った。怪盗、と言っていた彼女。本当に修羅場を潜り抜けてきたのだろう。想定外の事態にも関わらず、冷静に俺の方を見つめていた
そして、今俺の胸の前には、俺を引っ張ったであろう誰かの左腕が抱きしめるように回っていた
「……もう、失ったりしない」
俺を掴んだ──黒いドレスに、銀髪、獣耳が特徴の少女は、右手で銃を向けながらそう言った
「リンネ先輩は、私が守る」
……この娘は誰だろう。俺は先輩だったらしい。情報が完結しない。今日は厄日かもなぁ、なんて思った
「……あの、悪いけどさ、俺は君を知らないんだ。……君の名前は?」
「……シロコ」
シロコと名乗った少女は、一瞬だけどこか悲痛な表情を見せて、俺の目をまっすぐ見据えた
「難しいかもしれないけど、お願い。必ず守るから、私を信じて」
「いや、信じても何もさ、争う必要あるの?」
「シャーレに居る。それがリンネ先輩の意思。でも、あいつらはリンネ先輩を無理矢理連れて行こうとしてる」
「……なんで?どこに?」
「わからない。でも、良くないのは確か」
……なんか、直感だけど、この娘の発言に嘘は無さそうだ。少なくとも二人、多ければ全員嘘をついている可能性のある三人と、助けてくれた女の子。……どう考えても俺が選ぶべき選択肢は一つだろう
「……面倒だな。牢屋での一件といい、君と会うとどうも邪魔が入る」
「安心して欲しい。この場で一番強いのは私」
一触即発。何か些細なきっかけがあれば、すぐにでもこの場は戦場となるだろう。仮にシロコの言葉を信じるとして、あの三人の目的は俺をどこかに持っていく事、シロコの目的はそれを阻止する事。強い方の目的が果たされる。それだけの話────
「ただいま〜」
扉が開く音と、どこか気の抜けた声。この数日で聴き慣れた先生の声が、緊張しきった空間を霧散させるように響いてきた
「………その、修羅場?」
「……いや、その…はぁ。皆、できれば止まってくれると嬉しいな」
「シャーレの先生ですか。……まぁ、いいでしょう。今日のところは引くとします」
アキラの発言を皮切りに、三人とも武器を収めて窓に向かっていく。シロコも、帰るのなら追う理由は無いのだろう。去っていく三人を、俺をしっかりと抱きしめながら見つめていた
「あなた様。ここは去りますが、いつか、また」
「リンネさん、今度は二人で」
「リンネ、私達は離れられない。そういう風にできているんだ」
三人とも思い思いの言葉を口にして、窓から飛び降りてどこかに消えていった
「怪我は?」
「特に無いです」
「そっか……君もありがとね、リンネを守ってくれて」
「……………いや、私がやりたかっただけだから」
シロコは──相変わらずどこか辛そうな表情を浮かべていた。俺が彼女の記憶を失っているからか、それとも別の何かが彼女を悲しませているのか。何にせよ、現状の俺は彼女について何も知る事が出来ない
「リンネ先輩、これ」
「?なにこれ」
渡されたのは、何の変哲もない一つのタブレット端末。目立った傷はないが、新品にも見えない
「……!それって…!」
「そう、シッテムの箱」
シッテムの箱……と言うと、先生が持ってるなんか凄いタブレットだった筈
「どういう事?何でそんな物が」
「……色々と、説明が大変だから。持ち主はリンネ先輩って事だけ伝えておく。詳しいことは、中の娘に聞いて」
それじゃあ、とシロコは背を向けて───ちょっと待て
「どこ行くの?」
「……私のやるべき事は、もう終わったから」
「……駄目。行かないで」
「どうして?」
「そんな顔してる子を放っておけるほど、薄情な人間じゃないよ、俺は」
シロコは、終始どこか辛そうな表情を浮かべていた。その表情の理由は知らないけど、それでも。俺は彼女の味方でありたいと思ってる
「一度でも先輩なんて呼ばれたら、その瞬間からもう先輩なんだ」
────瞬間、シロコは思い出す
『先輩だからね、後輩は必ず守るよ』
目の前で散っていた、目の前のリンネとは違うリンネ。わかっていた。あちらの世界で、リンネと出会ったあの日から。骨崎リンネと、骨崎リンネは違う。声も、顔も同じ。それでも、違う存在──わかっている、筈なのに
それでも、二人を重ねてしまう
「……リンネ、先輩」
シロコがリンネの胸に顔をうずめた。その声は、今にも泣き出してしまいそうな程震えていた
「嫌……いやだ。思い出してよ。私、あの時、あなたに助けて貰ったのに」
シロコの背中に、リンネの手が回る
「先輩……せんぱいしか、いないのに。忘れちゃやだ。全部忘れたなんて、そんなの……」
「………シロコ」
「……うぅっ……ぁ……」
リンネは何も知らない。シロコが本気で悲しんでいる事はわかった。だけど、リンネには身に覚えが無いから、どうしていいかわからなかった
「……ここ、だよ」
だから、ただその頭を撫でていた