「………はぁ~…」と深く、心底疲れ果てたと言わんばかりの長い溜息が、彼らが活動拠点としている街へと帰還の途にあるサトウカズマの口から漏れ出したのは致し方が無い事だろう。背中から伝わる人肌の温もりと、ねっとりとした粘液質で生臭い匂いと湿り気と背中から感じる極々僅かだが柔らかな膨らみを感じるが、カズマは今その感触を喜ぶ気持ちなぞ微塵もおきなかった。
「カズマ知っていますか?カエルの口の中って意外な程に温いんですよ。まあそんな知識など知りたくはありませんでしたけど、フフ。」
カズマの背でシニカルを装いながら呟くめぐみんに、カズマは少し苛つきを覚える。
そしてカズマの右隣、並んで歩くのはやはりめぐみんと同様に粘液に塗れ生臭い匂いを放ち、泣きべそをかきながらトボトボと歩く問題児の青い駄女神アクア。
「女神なのに……うぐっ、私、女神なのにぃ………」
カズマはえぐえぐと泣きべそをかくアクアを一瞥し、気持ちがささくれ苛つき感が増してゆくのを自覚するが、努めて心の平静を取り戻そうとアクアから目を逸らし青空を仰ぎ見る。そして。
「…………………ハァ。」
カズマはもう一度、深く小さく溜息を吐くのだった。めぐみんを背負ったカズマとアクアが並び歩くその後ろを数歩分の距離を置いて成り行きから彼らに着いて行く同行者、頭部の角以外は隠してメイド服姿のほぼ完全な人間態を為したトール。
「貴方も苦労しているんですね、サトウさん。」
カズマのそんな姿に、トールは学校で日々天之河一派や
「………そうっすね。」
パーティーメンバーの晒す残念すぎる醜態に、テンションの落ち込んだカズマはトールの同情の言葉に力無く一言ボソリと返す。さて、カズマ達が拠点への帰還に至るまでのあらましを、此処で軽く説明しよう。
トールに呈示された写真に写る人物、彼女の最愛の少年である『南雲ハジメ』の事だが、あいにくとサトウカズマはその人物に対する心当たりは無かった。
「すいませんけど、俺には心当りは無いっすね。」
トールの真剣な眼差しに、何故だかカズマは若干の申し訳無さを感じながらその旨を伝えると、彼女も端から其れについて期待をしていない様で気落ちする事もなく『そうですか、やはり』と一言そう漏らした。
その正体が威容を誇るドラゴンとは云えども、この世界に来るに当たり、そして暮らし始めてからもアクアやめぐみんの様な癖のあり過ぎるキャラとばかり出会ってきたカズマには、トールの知性と良識とを感じさせる態度に新鮮さを感じた事もあり、加えて彼女のその見事なまでの肉感に下世話なスケベ心も刺激されてか、少しでも彼女の歓心を惹きたいと思ってしまうのも仕方がなかろう。思うが早いか、意外にも速い計算能力を持つカズマは直ぐ様に仲間内で何かを知っている可能性がある者に思い至り声を掛ける。
「おいアクア。お前曲がりなりにも向うじゃ俺以外にも日本から此方に若いヤツを送り込む仕事をしてたんだよな?ならお前ならもしかしたら何か知ってるんじゃないのか。」
日本で死んでしまった自分をこの世界へと転生させ、カズマ以外にも多くの日本人の死亡者をこの世界へと転生させる役割を担っていたアクアならばと思い、アクアへと呼び掛けてみたのだが。
「もう、何だってのよ!いくら私が華麗にして万能の女神だって言っても知らない事だってあるんだからね!」
彼女の普段を見ているだけに、カズマからすると彼女の何処をどう見て評すれば万能だなどと、そんなに高い自己評価をくだせるのか理解出来ないし、その評価に苛つきを覚えるが取り敢えず今は抑えるかと努めて冷静にと自らに言い聞かせ「いいから取り敢えず、この写真の男の事を確認してみろよ」とアクアに促すのだった。
「もう……しょうが無いわね!」
カズマに促され「フムフム、どれどれ」とトールが提示する写真にアクアは目を通すと。
「ふぅん……プフっまあカズマ程じゃ無いけど、何だかこの子も冴えない感じの結構地味な子ね!」
しばらくの期間共に行動をするカズマからすると、毎度の如くの様にアクアは何気なく普段カズマをディスる様に、彼女からするとちょっとした軽口のつもりでそう言ってしまったのだろうが。
「ばッ!おま……」
いくら美貌の少女の姿に身を変えたとは言え、その本質は威容を誇るドラゴンである。なのでカズマはアクアのその要らん一言に、瞬時に顔が青褪めて心臓の鼓動も数舜の間止まり、動き出した時にはチグハグで不規則で不必要な程に速すぎる鼓動を刻み出す始末だ。
そしてカズマは自分の間近から不穏な空気が沸き立つ気配を感じてそちらに恐る恐る目を向ける。当然その気配はトールから発せられているのだが、それはまるで質量を持っているかの様にカズマを圧迫し怖気さされるに充分過ぎた。
ドス黒い怒りの波動とオーラを放ちトールは意外にゆっくりとした動作で首を傾げて、ガン決まりな鋭い眼差しをアクアに向け底冷えのするドスの効いた低い声で言う。
「あァぁン!?今、何やら物凄く失礼な事を言われた気がするんですけど、私の気のせいじゃあありませんよねぇ!!」
「ひぃぃいぃ……なっ、何よ!?そんなに睨まなくたって良いじゃないのよっ!私はアクシズ教の御神体に据えられている女神なのよ。敬われて当然の存在なのよ!」
トールの迫力に気圧されタジタジになってしまい、アクアは隣のカズマの腕に縋りつきその身を半ば彼の後ろに隠しながら、涙を流しつつも反論をするのだからいっそ大した物だと言えるだろう。
「貴女、黙って聴いていれば私の大切なハジメさんの事を冴えないだとか地味だとか、確かに言いましたよねぇ!それに、貴女自分の事を女神だとか宣いやがってましたけど。私の前でよくぞそんなセリフが吐けたもんですね。成る程喧嘩上等って訳ですか!?」
しかしトールが更に彼女の反論に世紀末救世主伝説宜しく、拳の骨をボキボキと鳴らしながら凄んで見せると、ついにはアクアの反抗心もポッキリと折られてしまい彼女はその場に力無くへたり込んでしまう。
その様に慌てたカズマはアクアの代わりに誠心誠意もう一度土下座迄してトールに謝罪し、何とか彼女からの赦しを得られアクア同様その場にへたり込んでしまったのだった。
それから暫くし、気を落ち着けた心身の状態が回復したカズマは一つの提案をトールに示した。それはアクアによってこの世界へと送られた日本人はほぼ例外なく、この始まりの街であるアクセルに送られると言う事。更にその者達はカズマ同様にアクセルの街で冒険者として登録し活動を始め、レベルの上昇に伴い活動の場を他の地へと拡げて行く事などを。
「なるほど、ではそのギルドとやらに行けば或いはハジメさん達も冒険者としての登録をしている可能性があると云う事ですね?」
「はい。ギルドの受付のお姉さん達なら商売柄、この駄女神と違って冒険者の事とか覚えていると思うんですよね。まあドラゴンさんの探している相手がこの世界に居ればですけど………」
その様な会話がなされカズマ達はトールをアクセルの街の冒険者ギルドへと案内する事となったのだが。
「けど、悪いんですけど少しだけ待ってもらえませんか。実は俺達ギルドからあのカエルの討伐の依頼を受けて此処に来てるんすよ。だから期日までに所定の数だけ狩って置かないと、クエスト失敗になってしまうんですよ。」
カズマはトールを案内するに当たり、ジャイアントトード討伐の任を片付けねばならない事を伝える。
「そうですか解りました。しかしならば御礼と言うわけではありませんけど、私も少しだけお手伝いをしましょう。」
カズマの話を受けてトールは自らも彼らを手伝うと申し出る。仮に討伐の依頼頭数より多く狩ったとしても、ギルドはその頭数によって依頼料以外にも上乗せして支払ってくれるのだし、その申し出はカズマとしては非常にありがたい話であるのだが、一つネックとなる事がある。
「えっ、それはありがたい提案ですけど。実は俺達が持ってるギルドカードにどう言う仕組み化は解んないすけど、討伐の記録とかが残るんですよ。だからどっちにしても俺達自身も討伐をしないと意味が無いんですよ。」
詳しくは割愛するが、この世界の仕組みにより他者の命を奪う行為が己の生命力となり自身を強化する。
そして、ギルドカードを持つ者はカードにそのデータが反映される仕組みとなっているのだ。トールはこの時は知る由も無い事だが、其処はハジメが連れ去られた異世界のステータスプレートの仕組みと近しいモノだあると云う事を。
「そうなんですか、じゃあこうしましょう。貴方達が狩らなければならない数だけ残しますから、それ以外は私が潰しておくと言うのはどうでしょう?」
「それはナイスな提案ね!ねぇねぇカズマ、その提案受けなさいよ。それって私達にとっても悪い話じゃないんだから。」
トールの提案にアクアが真っ先に食い付いてくる。討伐数が増えればそれだけ報酬も増え、アクアの取り分も多くなる。トールが墜落した衝撃も相まり、この周辺には現在二十頭にも及ぶジャイアントトードが蔓延っている。それだけの報酬があれば今夜は思いっきり羽目を外して飲み明かせる。こう言った事にだけは矢鱈と計算が早いアクア。目先の欲目につられて直ぐに調子に乗るアクアをジト目で見つつカズマは、そう言うのを”捕らぬ狸の皮算用と言うんだよ“と言ってやりたかったが、カズマとしてもトールの申し出は正直ありがたかったので、その言葉をカズマはグッと飲み込む。
「だけどアンタ。怖い奴かと思ったけど、ドラゴンのくせに案外律儀なヤツなのね。見直したわ!」
バチコン!とトールにウインクをかましてアクアはまたしても調子に乗った一言を発する。
「何でしょうかね。この自称女神が何か言う度に、私のイライラがつのっていくのは。」
「その、気持ちはものすごく分かりますよ、俺にも。」
一言の元、もう相手にするのも馬鹿らしいとトールとカズマは、精神的疲労による溜息を吐いてアクアの事は無視するに限ると結論付ける。
話し合いの結果、トールの提案を受けカズマ達はジャイアントトードの間引きを彼女に手伝ってもらう事となり、トールは周囲をザッと見渡す。カズマ達から大凡百五十メートル程の距離をおき、ジャイアントトードは気ままに草原を飛び跳ねている。彼らからそれだけの距離を取っているのは、野生の本能としてトールの存在の脅威をカエル達が嗅ぎ取っているからだろうか。
「フムフム、まあ私が本来の姿になればどうと云う事も無い大きさですけど、人間程度の大きさだと結構脅威となる大きさなのでしょうか。大きさとしてはさしずめ、炎の匂いが染み付いて咽る鉄の棺桶位の大きさと言ったところでしょうかね。まあ私には別に大したモノでもありませんけどね。」
確かにトールが本来の姿ならばジャイアントトードの大きさなど、彼女の脚で踏み潰せてしまう程度の大きさだろうなとカズマもそう納得するが、それよりもカズマとしてはトールが発した別の一言が気になってしまった。
「何で、そんなネタ知ってるんですか。」
彼もそれなりにオタクとしての知識があり、年代的に世代では無く全話を視聴した訳では無いがある程度は目を通していたので、彼女が口にしたネタの出処にも心当たりがあった。
「えっ!ソレ聞きますかもう!そんなの決まってますよ。私の未来の旦那様が好きな物ですからね。妻としては愛する人の好みを把握して然るべきでしょう。やだもう、何を言わせるんですか!きゃっ♡」
ほんのりと紅く染めた自分の頬に両手を添えて、テレテレとたわわに実る果実と艶めかしい肉感のヒップラインを揺らすトールに、カズマは生唾を呑み込み、そしてこう思う。
『ちくしょう!いくら本当の姿がドラゴンとは言っても、こんなエロ可愛い美少女に想われているとか、マジムカつくぜ!』
トールに示された写真でしか知らないハジメと云う男に、カズマは激しい嫉妬の感情を抱かずにはいられなかった。殊に自分の隣りに居る駄女神と未だ魔力が尽きて横たわる中二病のアークウィザードを見るに、その思いは尚一層の事募りカズマは溜息を吐きたくなってしまうのだった。
「それじゃあチャチャッとやっちゃいましょう!」
何気ない口調でそう言うと、カズマ達の側から前に数歩前進してトールはバラけて飛び跳ね周るジャイアントトードの群を一瞥し、力むでも無く軽い調子で右腕を後方へと構えを取って、ごく自然体に軽く腕を水平に振るう。
「ふんッ!!」
トール自身からすると軽く振るっただけの動作であったが、其処はドラゴンとしての驚異的な彼女の膂力もあって、それは音速を超えた衝撃波となり鎌鼬の様に飛び跳ねまわるジャイアントトードの大群の九割以上を、一瞬のうちに真っ二つに両断してしまったのだった。
「…………」
ドラゴンなのだから、凄いだろう事はカズマも端から解っていた事ではあったが、いざ目の前でその力の程を見せ付けられ、あまりの事にカズマは言葉も出ず呆けているが。
「へぇ!やるじゃないのアンタ!まあ流石はドラゴンだけの事はあるわね。これは私も女神としては負けちゃいられないわね見てなさいッ、ほらボサっとしてないで私達も行くわよカズマッ!」
相棒であるアクアはトールの素晴らしい戦果に刺激を受け、
「はあっッ!?お前、ちょっと待てッアクアッ!!」
それに気が付きカズマは慌ててアクアを止めようとするが、アクアの耳にはカズマのその静止の声も届かず、脚を止めること無く一直線にジャイアントトードへと向かう。
ジャイアントトードと云うモンスターは注意を払い対処すれば、初心者でも容易に狩る事が出来る程度のモンスターだ。斬撃や刺突には滅法弱く、それを一撃さえ食らわせれば容易に生命活動を終わらせる事が出来るのだが、その逆に打撃には対しては高い耐性を持っている。
「良ぉく見てなさいよ!カズマにめぐみん、そしてドラゴン娘ッ!私のこの拳が光って唸る、魔物を倒せと轟き叫ぶッ!行くわよッ、コレが必殺のゴッド…ブローォッ!!」
なので、高速ダッシュで助走を付けての高威力のパンチを持っても、残念ながらジャイアントトードにはさしたるダメージを与える事も出来ず、そのぶ厚い脂肪に相殺されてしまうのだった。
「女神の力と誇りを乗せたこの一撃を受けたモノは即死ぬ!………えっ!?」
自らの放った技がジャイアントトードにまるで通じていない事実にアクアは疑問の声を小さく上げ、そして恐る恐るとその顔を上げてジャイアントトードを見上げる。
「私、よく見るとカエルってけっこう、カワイイと思うの………」
いくらおべっかを使おうとも、ジャイアントトードにアクアの言葉など届こう筈も無く、アクアはジャイアントトードが伸ばした長い舌に絡め取られ、その大口に上半身からパクリと食われてしまったのだった。
「わぁーッ馬鹿ヤローッ!ギルドで説明された事、すっかり忘れてんじゃねぇか!この鳥頭ッ!」
二束三文で手に入れた初心者装備の剣を構えてカズマはアクアを咥えたカエルに斬りつけ、彼女をジャイアントトードの口中から助け出す事は出来たのだが、しかしその騒動を聞き付けたカエル達の数匹が餌と認識したカズマとアクアの周りに集まり出ししてまう。
「全くもう、しょうが無い人達ですね。これだから下等生物は。」
まるでコントの様な彼らのやり取りにトールは呆れと苦笑を混ぜ、ため息と共に呟く。
「其処の貴女は取り敢えず、暫くそうしていなさい。」
「えっ?あのですね、今の私は身動ぎ一つ出来無いのですが。ちょっとこの状態は不安で仕方が無いのですが………」
魔力が回復しないめぐみんに、トールはそう一声掛けると、ジャイアントトードに群がられるカズマ達に助太刀すべく、瞬間移動も斯くやの速度で彼らの元へと到達するとサッと二人を救出すると、ジャイアントトードから十メートル程離れた場所に二人を降ろす。カズマは助けられた事をトールに礼を述べるが、ジャイアントトードの粘液まみれでグズグズと嗚咽を漏らすアクアは、それ所では無いようだ。
「さあ、もう大丈夫でしょう。まだカエルを狩る気があるのなら仕切り直してみてはどうですか?」
若干呆れを感じさせる声音でトールは両手と膝を草地に着いて、ハァハァゼィゼィと荒い息を吐きつつ呼吸を整えるカズマとアクアに声を掛ける。そして暫く置いて二人の呼吸も整い、トールが言った様にカズマはジャイアントトードへと再度のアタックを掛けるのだった。
「ハァハァ、やっ……やっと終わったわ……フゥ~。」
数分の時間を掛けて残りのジャイアントトードを討伐したカズマは額から滴る汗をジャージの袖で拭って一息つく。この奇妙な世界に転生し初めての戦闘を、トールのバックアップがあったとは云え何とかクエストを達成出来たのだから、カズマの冒険者としての出だしは何とか上出来と言えるだろう。彼が転生にあたって得たモノの存在を抜きにして。
「あっ、ありがとうございます。トールさんお陰で俺達どうにか依頼を達成出来ました。」
「いえ、どういたしまして。所で彼女をあのまま放置しても良いんでしょうかね?」
卒直にトールに対してカズマは頭を下げて礼を述べるのだが、トールは彼らが元居た場所に目を向けつつその感謝の言葉を受け取るのだが、その場所をカズマに指で指し示しつつ促す。トールの指さす方向にカズマが目を向けると、其処には先程のアクアと同様にジャイアントトードにその身を飲み込まれかけているめぐみんの姿があった。
おそらくは、カズマとアクアを救出すべくトールがその場を動いた事により、脅威となる外敵が去った事を察知したジャイアントトードが地中より地上へと姿を現し、その場に倒れ伏せるめぐみんを餌と認識し、一口のもとに飲み込んだのだろう。
「だぁアァーッ!?次から次へと俺の周りはこんなんばっかりかよ、全く!!」
カズマはパーティーメンバーが巻き起こすトラブルに、もうこの日何度かも覚えていない絶叫をあげながらめぐみんを救出すべく駆け出すのだった。
そして、物語は冒頭へと戻り。
「俺も、トールさんの様な出来る人とパーティーを組みたかったっすよ全く。」
アクセルの街へと戻る道中、カズマは自分に同情的な言葉をくれたトールに、心底からの本心を愚痴る。
アクアと少しだけ魔力が回復し始めためぐみんが、そんなカズマの愚痴に対して反論したり、後ろから彼の首を締めたりと騒ぐ彼らの痴態をトールは少し微笑ましげに見つめながら、トールはそんな彼らを見て思う。彼らはきっとこれから良い関係になって行くのだろうと。
カエルに飲み込まれ粘液まみれなうえに、その生臭い匂いを発し魔力切れで動けぬめぐみんを、嫌な顔を見せつつも何も言わずさり気なく背中に担ぐカズマを、トールは少しだけ好意を持っていた。人間を下等生物と言って憚らない彼女だが日本に於いて一年程生活し、南雲家の面々に実の家族同様に惜しみない愛情をしめされ、トールとカンナ、そしてイルルまでをも自分の娘だと言って憚らぬ愁と菫の存在。そして命を賭して彼女を救ってくれたハジメ。
その愛情を知ってしまった彼女からはもう既に、本当は人間を下等生物などと見下す気持ちなど消え失せていた。
「その気持ちは察しますよ。ですがあいにく私は人ではなくドラゴンなんですけどね。」
道中の騒ぎは治まる事無く一行はアクセルの街へと帰着するのだが、流石に粘液まみれのままに冒険者ギルドへと赴く事は憚られ、三人は一旦街の銭湯で身を清め衣服を整えてから向かう事となり、その流れでトールもアクアとめぐみんと共に久方振りの風呂にあずかり、ハジメ捜索の旅の垢と疲れを癒やした。
まあその間、めぐみんから自分の胸に向けられる嫉妬混じりの視線には些か辟易とさせられたが、途中からはトールもその理由を察しめぐみんを挑発する態度を取ったりもしたのだが。
「ナグモハジメさんですか。申し訳ありませんが、この方はこの冒険者ギルドに於いての冒険者登録を行った記録は御座居ません。」
「そうですか、解りました。わざわざ調べてくださってありがとうございます。」
銭湯から出た一行は直ぐ様冒険者ギルドへと向かい、ギルドの受付嬢達にハジメの写真を確認してもらった結果、ハジメがこの街を訪れてはいないとの事をギルド一の美貌の人気職員である、ルナ嬢により知らされた。
実のところ、トールはもう既にこの世界にハジメ達が居ない事は察していた。もしも彼がこの世界に存在していたのならば、よほどの事がなければトールは彼の存在をこれまでに培って来た絆故に察知出来るのだった。
ならば何故彼女がそうと知りながらカズマ一行に付き合ってこのギルド迄同行したのか、それはトール自身も気が付いていないのかも知れないが、カズマとアクアの二人が日本語を話せると云う事に郷愁を覚えたからなのだろうか。
「すんませんトールさん。結局俺達、何の役にも立たなかったみたいですね。」
場所は変わり、トールとカズマ一行はアクセルの街の郊外の草原へと足を運んでいた。ハジメ手掛かりを得られなかった事をカズマが謝罪するが、トールは静かに首を横に振りカズマに伝える。
「いえ、良いんですよ。まあ多分こんな事だろうとは思ってましたからね。」
「じゃあ、また違う世界を探しに行くんですよねトールさん。」
ハジメが居ない以上トールがこの世界に居る理由は無く、彼女はこの世界から旅立つ。
「ええ、そうなりますね。けれど一旦日本へ戻ってみますけど。もしかするとアチラでも何らかの新しい手掛かりが見つかっている可能性もありますしね。」
「そうっすか。まぁ、そうだと良いっすね。」
「もう行ってしまわれるのですかドラゴンさん。まあ大切な人を探す道中ならば仕方がありませんね。ですが、機会があればまた会いましょう。その時まで私は更に爆裂魔法に磨きを掛けて、次こそは貴女を討ち滅ぼして見せましょう!」
「この馬鹿ッ!何でお前は俺達の恩人を討ち滅ぼすんだよ!?」
「何を言いますかカズマ!我が身に付けし爆裂魔法はこの世界最大級の破壊力を誇る、究極の攻撃魔法なのですよ。ならばそれを操る者としては世界最強種たるドラゴンをも打ち倒せるレベルにまで到達して然るべきではありませんか!!」
「そうねめぐみん!その意気や良しだわ。カズマも少しはめぐみんを見習って力を付けて、私のためにも一刻も早く魔王を倒すのよ。」
「お前もかこの駄女神ッ!どんだけ恩知らずなんだよお前らは!?」
「まあ今のは冗談に決まってるでしょう。ドラゴンさんにはお世話になりましたし、誇り高き紅魔族としては恩を仇で返す様な真似などしませんよ。」
軽口を叩きあうカズマ一行、何だかんだと彼女達もトールとの別れを惜しんでいたのだ。トールもそんな彼らの気持ちをそれとなく察していて、めぐみんの宣戦布告の様なセリフも本気とは取ってはいない。
「それではこれまでですね。サトウさん達もお元気で。」
ふっと微笑みトールは彼らに別れの言葉を告げると、彼らもまたそれぞれの為人に応じた別れの言葉を告げるのだった。
「ハイ!また何時か、今度はそのハジメってヤツと一緒に。」
「まあ世界は無限に存在するし、探し人を見つけるにも時間は掛かるんでしょうけど、せいぜい気を付ける事ね。」
「お元気で、ドラゴンさん!」
別れの挨拶を済ませ、トールは本来のドラゴンの姿へと身を変えると空へ舞い上がり空にゲートを開く。地上から別れを惜しみ手を振るカズマパーティを一度だけ振り返る。カズマ達三人の他に、もう一人分の人間の気配をトールは感じているが、何の言葉も掛けずに彼女はゲートを越えこの世界から完全に消え去ってしまった。
「行っちまったな。」
「そうですね。でも私はまた何時かドラゴンさんとは会える気がしますけど。」
「そうだな。何か俺もそんな気がする。」
「ええっ、私はもうドラゴンなんてお腹いっぱいよ。」
「お前はちっとは空気を読めッ、この駄女神がっ!」
カズマパーティーがそんな会話をしているとはつゆ知らずトールは日本へと向かう。其処でトールはハジメの行方の一端を掴む。それによりハジメの捜索範囲は絞られるのだがしかし、それでも彼との再会は今暫く先となる。それだけ次元世界は、数えきれぬ程に無数に存在しているのだ。
「うむ。あの様なドラゴンにも怯ます、メンバーの少女達を粘液まみれにしても動じないとは。やはりあの男こそが私のご主じ……いや私が所属するパーティーよリーダーに相応しい男だ!」
遠目にカズマ一行の様子を隠れて見届けながら、何やら不穏当な発言を口にする一人の人物。その人物と彼らの出会いの時も、もう間もなく訪れる。
トール様inこのすばワールド編完結です。この様な感じでトールはハジメと再会するまでに幾つかの他作品世界を巡るのですが、それは本編では無く。機会がありネタを思い付けばその終了後にでも。と思っております。