南雲さんちのメイドラゴン   作:佐世保の中年ライダー

12 / 52
今回は複数視点の話となります。


第十二話

 

 その場所をどの様に形容するのかは今現在、この時点では置いておく事としよう。其処に在るただ一つ、唯一のモノは遥かな昔に肉体を失い精神体と成り果てたモノ、それはとある世界の知的生命体に唯一絶対の神として崇め奉られていた。

 ソレがその様な存在と成り果ててしまってから幾星霜、しかし件の存在たるソレの精神は遥かな昔に倦み果ててしまい、何時しかそれは自らが導いて来た筈であった愛し子であるその世界の知的生命体達を、己が悦楽を得る為の道具と見做すようになっていた。

 

 その様な存在であるソレこそが、ハジメ達を地球からトータスと云う世界に召喚した迷惑極まり無いモノであった。当然ながらハジメ達を地球から喚び寄せた理由も悦楽を得る為であり、そしてもう一つ隠された理由があるのだが。

 

 『可怪しい…………』

 

 その存在は今、外界を覗き見ながら不可思議な違和感に幾許かの戸惑いを感じていた。それは、科学技術がトータスと比して大きく発達している地球より、その世界の人間を集団で召喚してしまったが故に、トータス世界に地球の科学技術の産物が多少は流入してしまう事は予想していたのだが、しかし召喚した者達は未だ年端も行かぬ子供だった筈。

 にも拘わらず、トータス世界に齎されたその技術は子供が授けた物にしては破格の出来映えのモノであり且つまた、予想を超えた点数であったのだ。

 

 『しかし何故“それ”を齎した者の存在を我は、まともに認識出来ないのだ?』

 

 異世界トータスに喚ばれた事により獲得した能力により南雲ハジメが齎した技術的革新は、現時点では未だ爆発的な拡がりは見せてはいないのだが、しかしそれも時間の問題だろう。それ故に、寧ろその存在を認識出来無いと云う事態の方がソレにとっては重要事項である。であれば早急にその原因を識り場合によっては、それに対応をせねばならないだろう。

 

 『ではあるが、我はこの場を離れられぬ身、この件も傀儡に任せる他に無いか………』

 

 そして身動きの取れぬソレは、己が造りし傀儡に対し、詳細な調査の司令を下すのだった。

 

 

 

 

 

 

 ハジメ達がエヒト神により、異世界トータスへと拉致同然の格好で召喚されてから早一月が過ぎ去ったこの日、昼食を終えたハジメはこの世界に於いてのルーティンワークと化した自主鍛錬と職人達との研究開発とを熟すべく、王城の廊下を急ぐでも無くゆったりとした足取りで歩いていたのだが。

 

 「おお、南雲殿丁度良かった。実は貴殿に少しばかりお聞きしたい話がありましてな。少々時間を頂いてもよろしいですかな。」

 

 丁度対面から歩いて来ていた人物に声を掛けられたのだった。それはハジメ達をこの世界へと召喚した張本人たる神エヒトを崇める、聖教教会の教皇。

 

 「……イシュタルさん……ええ僕は別に構いませんけど、何処でお話をしますか?僕は応接室だとか貴賓室の場所は知りませんし。」

 

 聖教教会教皇、イシュタル・ランゴバルド。召喚されたその日から油断のならない、ある種の危険人物としてハジメはこの老人に対しその様な印象を抱いている、しかもその人物がハジメと話がしたいなどと。その所為もあり、この邂逅にハジメは危機感を覚えてしまう。

 

 「いやいや、その様な改まった話ではありませんのでな。そう、ちょっとした立ち話程度の物と思ってくださって構いません。」

 

 ハジメの言を右手で軽く制してイシュタルは、ハジメ達に対し初日にも繕ってみせた好々爺前とした物腰でそう言う。立ち話で済む程度の会話か、ならばいきなり政治犯とか邪教徒とか背信者だなどとのレッテルを貼られての即粛清。と、その様な事態にはならないだろうな。しかし、だからと油断は禁物だろう、とハジメは内心の警戒心は解かずにイシュタルの言を受け入れた。

 

 「そうですか……はい。イシュタルさんがそれで良いのなら僕は構いませんよ。」

 

 ハジメからの肯定の返事に気をよくした風を装いつつ、イシュタルはこれまでのはハジメの功績をコレでもかと言う程に美辞麗句を盛って褒めそやす事から話題に入る。クリエイターでありその道の師とも呼べる両親の薫陶を受けるハジメには、この時点でもうイシュタルは何某かの目的を以てハジメに接触を図って来た事がアリアリと見て取れた。

 しかし、それでも内心の警戒心を極力悟らせない様にと、馴れてはいないがハジメもごく普通の少年らしい態度の演技で示しつつ、さっさと本題に入ってくれよと辟易としながら数分間を待った。そして。

 

 「でありましてですな。これまで南雲殿が齎した物の見事な出来栄えを鑑みまして、単刀直入にお聞きしますが……南雲殿。貴殿の技能を以てこの世界には無い、戦況を我々人間族を有利に導ける様な武具を造り出す事は可能でありますでしょうかな?」

 

 『来た!』とハジメはイシュタルからの問に、そう思った。

 

 「はぁ、いつかはそう言った話もあるかも知れないとは思っていましたけど、僕もイシュタルさんの様に単刀直入に言いますけど、それは少し難しいと思います。」

 

 創造者(クリエイター)の天職と錬成をはじめとした技能によって、トータスにちょっとした技術的革新を成したハジメに対して、何れは国家かそれとも貴族、もしくは教会あたりから遅かれ早かれそう問われるだろうと言う事はハジメも当初から推測していた。そしてその時の返答もまた予め用意していた。

 

 「ほう、理由をお聞きしても?」

 

 若干、普通の者には先ず悟られない程の僅かな瞬間、目に力を込めたイシュタルだったが直ぐに其れを治めると元の好々爺的態度を再度繕いハジメに尋ねる。

 

 「はい。コレは僕の気質と僕達の故郷の国の歴史とにも関係があるんですけど。」

 

 ハジメがイシュタルに促され語り始めたのは、全世界規模で展開された第二次世界大戦、大東亜戦争に於ける日本国の開戦から敗戦までの歴史についてであった。そしてその後の日本国と日本人が辿った道筋を、少しだけ、いや実はハジメの都合に合わせて暈したい部分は暈して大雑把にだがイシュタルに伝えた。

 

 「そう言った理由で僕らの国は敗戦国となり、戦勝国によって固有の武装を取り上げられてしまったんです。その所為で……いやそのお陰かもですけど、僕達の国はもう八十年近くも実質的に戦う力を手放していて、僕ら一般の人間が武器や何かに触れる機会はそう滅多にある事では無いんですよ。まあ料理に使うナイフとか樹木を伐採する為の鋸だとか、工具とか使い様によっては武器として転用出来る物は見知っていますから、その程度のモノなら作れるとは思いますけど。」

 

 ハジメがイシュタルに伝えた事はほぼ事実である。一般のごく普通の国民ならば確かに銃器等の武具に触れる機会は皆無に等しい。その面に於いてはハジメの返答に偽りは無いのだ。

 が、しかし。其処は『南雲ハジメはオタクである』訳で、しかも両親の薫陶により広範な守備範囲を誇る、オタク界のサラブレッド。その育成環境はLRやURとまでは言わずとも、SSRレベルは超えているまであるだろう。故に銃器や艦船や戦闘車両や戦闘機に関する知識もあれば、更にはオタクと言う呼称を産んだ国の民であれば当然、創作上の数多の兵器やスーパーロボに其れらの動力たる架空のエネルギーに至るまで。其れを何処まで再現出来るかは不明だが、もしかすると少しくらいならばそう言った架空兵装も再現ができる可能性はあったのだ。

 

 「成る程、そうでありましたか。畑山様が仰られていた話、誇張では無かったのですな。」

 

 ハジメの返答にイシュタルは、ふむと頷く。どうやら初日の教会での意義申し立て以外にも、畑山教諭は機を見てイシュタルに対して何かしらの会談の場を持ったのかもしれないなと。そしておそらくその場で畑山教諭はイシュタルに対してハジメの様に日本の歴史を持ち出して、何かを語ったのかも知れないとハジメは推察する。一見して頼り無い印象の畑山教諭だが、彼女は彼女なりに自らの責任として生徒の安全を確かな物とする為の行動を起こしていたのだろうか。尤も今現在彼女はその類稀なる天職を以て、このハイリヒ王国の食糧事情の改善の為各地を遠征して回っているのだが。

 

 「はい。戦争に負けると言う事はそう言う事なんでしょうね。」

 

 そして、その知識と技能とを教会のために揮いもたらせば、特別扱いしてもらえる可能性もあるだろう。

 だが、ハジメには其れをする気は無かった。何故なら、トールが必ず自分を迎えに来てくれる事は微塵も疑っていないし、何より自分が作り出したモノが直接的に人の命を奪う為に使われるなどゾッとしないなとの思いがある。   

 それに、地球では何かとハジメに対して否定的な者が大多数であったが、このトータスにてハジメが頭角を現し地球の生活用品を再現し使える様にしたハジメに一目置いてくれる様になり、かつての自分の態度をハジメに対し正式に謝罪してくれた事もあり、そんな彼ら彼女らに人殺しの片棒を担がせたくはないと思うからだ。しかし其処に付いてはハジメに出来る事は少なく、一刻も早いトールの迎えが来るのを祈るしか無いが。

 

 まあそれでも一部の生徒は未だハジメを認めなかったり、以前と変わらずハジメに悪意を向けてくる者もいるのだが。

 

 「そう……なのでありましょうな全く……しかし我々には偉大なるエヒト様が着いておられますれば、その様な事にはなりますまいて。」

 

 ハジメの言に独りごちるように呟き、そしてお約束のごとくエヒト神を崇める言葉を発して納得をしたイシュタルは、今後も精進をなさいます様にとの一言を残すと、片手を上げて『では、これにて』との挨拶と共に去って行くのだった。

 

 

 

 

 その翌日、昼食を終えたハジメと遠藤は昼の木陰で肉体的にはリラックスしながらも、あまり気持ち的には気楽に構える事も出来無い様な事を話し合っていた。

 昨昼、ハジメがイシュタルとの思わぬ邂逅から始まり、そのイシュタルからハジメに問われた内容を遠藤に語ると。

 

 「本当に南雲が前に言っていた通りの事を言ってきたんだな。まあ確かに戦争をやってんなら、相手よりも強い武器とか欲しくなるだろうしな。相手が魔物とか使役して数の上でも優位に立たれれば尚更か。」

 

 「うん。地球の人類の歴史だってさ、時代が進んで行くと文明圏もだけど戦の規模の拡大して行ってさ、それに比例するみたいにより殺傷力が高くて、より効率よく大勢の命を奪える武器の発明と発展がされてきたからね。いくら世界が違っても、人間の考えなんて大して変わらないだろうって思ってたんだよね。」

 

 この辺りの話に付いては、語り始めると長くなりすぎるので割愛するが、人類学、歴史学、戦史などを学んでいる方ならば基本的教養として知っている方もおられよう。要するに武器とは、使い手がより簡単かつ安全に遠くから反撃を許さず、殺した感触が伝わらない様に進化して来たのだ。

 

 「そりゃあそうだな。南雲の依頼でスパイっぽい事やってみてさ、貴族連中ってのも欲望まみれな人間が多いもんな。どうにかして南雲の作った物を自分が独占販売出来ないかとか、そんな事考えてる奴が結構居るしなぁ。まあソレは置いて、俺達がコッチに来て一ヶ月位だろう。このタイミングでイシュタルの爺さんが、南雲にコンタクトをしてくるって何の魂胆があるんだろうな。」

 

 地球では一ヶ月が約三十日の十二ヶ月で一年であるが、その暦はトータスでも多少の違いはあれどほぼ同じサイクルの様だ。と言う事をハジメ達も座学で学んでいた。其れを知るからこそ、遠藤も一つの区切りの三十日目にイシュタルがハジメに接触して来た事を訝しむ。其れが意味するものは何なのだろうかと。

 しかしそんな二人の元に、左側方より幾人かの近付いてくる足音と気配を感じ、二人はそちらへと顔を向ける。

 

 「あら、何だか面白そうな話をしている様ね。南雲くんに遠藤君だったのね。」

 

 そう声を掛けてきたのは八重樫雫であり、彼女と共に数名の女子がこの時は共にあった。そして珍しくも彼女の幼馴染男子二人の姿は其処には無かった。殊にあのキラキラ正論勇者天之河が彼女達と一緒で無かった事にハジメも遠藤も内心ホッとしていたが、そんな本心を彼女達に公言する事は無いのだが。

 

 「南雲くん、遠藤君、ごめんね。私達お邪魔だったかな?」

 

 次に白崎香織が二人に小さく頭を下げで詑びた。バツの悪そうな申し訳無さそうな表情を見せて。その白崎の右隣には元気っ娘の谷口鈴とその親友の眼鏡っ娘の中村恵理、そして園部優花の計五名。

 

 「いや……別に、謝罪なんか必要無いよ白崎さん。ただ何となく二人で、今後の展開とか話してただけだしね。」

 

 「そうだな、俺と南雲だけで考えるよりも、もう少し他の人の考えとかも参考にできるかもだし、丁度よかったかも。」

 

 「うん。そうだね、確かに。」

 

 ハジメと遠藤は白崎に謝罪は不要と答え、遠藤が言う様にこの際は彼女達にも参加してもらうのも、良い機会だと得心し彼女達も交えて話す事とし、木陰に七人で車座に座り直しハジメはもう一度、イシュタルとの昨日の邂逅からその会話のあらましを語り直した。

 

 「魂胆と言うのなら最初から解ってたじゃない。」

 

 雫が静かな口調で、さも当然とでも云った風に遠藤の疑問に答える。

 

 「あっ!そうだよね。私達を魔人族と戦わせるって事だよね。その為に教会は私達を喚んだんだし。」

 

 得心と、香織が親友の言葉を継い

で答えると遠藤はじめ女子達も『成る程、確かにね』と頷きあう。

 

 「でも、僕が最初の日にイシュタルさんにも言った様に、僕達にはコッチの人と比べて圧倒的に不足しているモノがあるよね。」

 

 『流石に成績トップクラスの二人だな直ぐにみんなに状況を周知してくれたな』とハジメは、雫と香織がサラッと話を回す話術に感心しつつ自らもそれに続けて提起する。

 

 「う〜ん。」

 

 「実戦経験とか、だったよね?」

 

 元気っ娘の鈴が小さな身体で腕を組んではてなと唸り、眼鏡っ娘の恵理が眼鏡をクイッと角度調整しながら答える。

 

 「うん。それと前に天之河君にも言ったけど、それ以外にも生き物の命を奪うって行為全般にもね。でも僕達も一ヶ月あまりこの地で、基礎訓練を積んできたよね。数値的な伸び率で言えば天之河君がずば抜けているけど、みんなだってメルドさんが驚く程の数値で伸びてるし、きっともう頃合いだと考えてるんじゃないかな。」

 

 「えっ!?だったら南雲は近い内に、教会が私達を戦争に駆り出すつもりでいるって言うの?」

 

 ハジメの言葉に優花は、愕然とした様子でそう問う。ハジメが言った理屈を彼女もあり得る事だと理解はしているが、覚悟の方が決まっているかと言われれば否である。畑山教諭以外は皆、未だ十代の少年少女なのであるのだからそれは致方のない事であろう。

 

 「うん。主体が教会なのか王国なのか、それとも貴族連中からせっつかれてかは解らないけど遅かれ早かれね、でもまさかいきなり最前線送りって事は無いと思うし、メルドさんもそれは反対すると思うんだ。ポテンシャルはあったとしても経験がなけりゃそれは烏合の衆でしか無いんだから、前線指揮官としてはそんな選択はしないだろうね。」

 

 「そうすると………比較的簡単なところで経験を積んで、そっから徐々に激戦地送りとかか。ゾッとしないなソレも。」

 

 「うん。まあ、そんな事が推察出来たからってどうにもならないだろうけど、その時の為の覚悟と対応の段取りくらいはやったほうが良いかもね。」

 

 こうして、ハジメ達のとある日の午後のひと時は過ぎて行った。

 

 そしてその翌日。メルド団長よりの指示により、午前の全体訓練は二時間程の短時間で切り上げられた。

 解散の前にメルドはクラスメイト一堂を集合させ、一つの決定事項を皆に告げるのだった。

 

 「皆聴いてくれ、明日から遂に実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く事となった。」

 

 そのメルドの一言に、生徒達の間にざわめきが拡がって行く。ある者達は不安げに、ある者達は気合を込めた一言を発し、またある者達はいよいよ来たかと気を引き締める。

 

 「必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ。」

 

 「まぁ、お前達にとっては初の実戦訓練となる訳だか、今回は上層までと初歩の初歩だから油断せず、これまでの訓練で学んだ通りに動けば滅多な事は起こらんだろう。しかし油断は禁物だ、心身のコンディションも含めて万全を期してくれ。なので、今日はゆっくり休み英気を養えよ、では解散!」

 

 オルクス大迷宮への実践演習出立通知、其れを伝え終えるとメルドは皆に解散を宣告する。ゆっくり休めとは伝えたが、まだ若い少年達ゆえにメルドの言葉通りに休む者は少ないだろうと、己の若かりし頃を思い起こしつつ。

 

 「解りましたメルドさん。俺達の覚悟なら既に決まってますよ!何時だって行けます!」

 

 そして一同を代表する様に天之河が決意表明を告げる。天之河の能力ややる気に対してはメルドも不安視はしてはいないが、若さ故かそう言う性分なのか天之河には向こう見ずに先走りするきらいがある、メルドとしては天之河のその辺りの気性を幾許かの不安要素と見ているのだが、余り細々とした注文を付けて若者を萎縮させるマイナスを慮り、最小限の注意に留める。

 

 「ああ、頼もしい返事だ光輝。しかし年長者としては、時として疾走りがちになる若者を制する事も仕事の内なのでな。今のうちから気負い過ぎるなよ、今日だけは気楽に構えて構わん。」

 

 

 

 

 

 

 

 青い空に幾筋かの雲が浮かぶ空を大地から空へと向けて突き刺すかの様に高くそびえ立つ無数の灰色の摩天楼群。そこから僅かに離れた空間に、人間の眼にも最先端の電子機器を持ってしてさえも感知できない時空の揺らぎが発生する。

 そして、やはりそれらの物に知覚される事無く侵入してくる一対の翼を持つ巨大な姿。それは一ヶ月に渡る探索の中途結果を報告すべく、日本へと帰還を果たしたトールであった。

 

 「到着っと。取り敢えずは人間の姿に変わっておきますかね。」

 

 その巨体には不釣り合いな小さな羽根を持つドラゴンの姿から、トールは人の姿へと変わりそのまま愁が経営する会社へと直行する。僅か数十秒間の飛行の後、トールは目的地へと到着すると社長室に於いて執務に励む彼の姿を確認し、外側からサッシガラスを軽くノックする。

 

 「……トールちゃん!!」

 

 その音に気が付き窓の外を見た愁の目にトールの姿が映り、疲れた表情から一変。愁の顔に喜びの表情が浮かび、勢いよく彼はサッシ窓を開きトールを招き入れるのだった。

 

 「おかえりトールちゃん。良く帰ってきてくれたね。」

 

 「只今戻りました父様。すみません実はまだハジメさんを探し出せていないんです。」

 

 笑顔を向けてトールの帰還を喜ぶ愁ではあるが、先に見た疲れを滲ませた顔色にトールは彼の心労の度合いの深さを思う。

 

 「いや、良いんだよ。そう簡単に見つかるとは思ってないからね。」

 

 「ですけど。私は自分が不甲斐無いです!」

 

 未だハジメを見つけられず父と慕うこの人の心労を取り除く事も叶わない自分を、トールはそう言って自らの忸怩たる思いを伝える。

 

 「それなんだがね。トールちゃんが旅立ってからしばらくしてね、いや、アレは直接見てもらった方が良いか。トールちゃん、済まないんだけど、一度家に僕を連れて行ってくれないかい?」

 

 悔恨の言葉を口にするトールを止めて、愁は自分を連れて自宅へ向かう様にと依頼する。疲れはあれど、息子達を救う事の出来る存在である彼女にソレを伝える為に。

 

 「えっ……お家へですか?」

 

 「うん。警察からちょっとした証拠物件になるモノの解析を頼まれたんだけど、アレはトールちゃんに見てもらうのが一番早いだろうと思うんだよ。」

 

 その一手を彼女に見てもらう事こそが、ハジメ達の救援の為の最善の道と信じて。

 

 「解りました。任せてください。」

 

 愁に頷きトールは自分が入って来た窓から、フワリとスカートを翻して華麗に再び外へと躍り出る。

 

 「それじゃあ僕は社員達に一度ここを離れる旨を伝えてから屋上に行くよ。」

 

 愁もまたその一言の後、社長室から退出してゆく。

 

 

 

 

 

 

 東京都某区のとある集合住宅の一室にて、部屋一杯にうず高く積み上げられたゲームソフトや書籍の山脈に埋もれた一角。液晶モニターの一点のみに、その目を固定し視線を外すこと無くゲームに興じる長髪の男の姿があった。

 

 「戻って来たか。」

 

 この世界へと帰還したトールの魔力をいち早く察知して、ゲームに興じながらファフニールはボソリとそう一言漏らす。

 

 「まあ取り敢えずは、このステージまでクリアするだけの時間はあるだろうな。」

 

 ファフニールはコントローラーのレバーとボタンを操作しながら、モニターからあくまでも目を離さずにボソリと呟く。奇しくもそれは、時空を越えた遥かな世界でハジメ達がオルクス大迷宮への実践演習の実施を伝えられた時間と、然程の時差も無く近しい時間であった。

 




エヒトさん、実はハジメの存在を認識出来ておりませんでした。トールとエルマのご加護の一端によるお陰でしょう。
気になって手を打っては見たもののタイミングが噛み合わず、傀儡による調査の開始は皆がオルクス大迷宮に出立した後でした。



年のはじめからコロナに罹っておりました。皆様もお気をつけ下さい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。