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眩い閃光が一瞬にして部屋全体に拡がり、その空間に居たハジメ達は全員が瞬く間も無くその閃光につつれる。その余りの眩しさに、皆が咄嗟に己の目を閃光から庇う為に手や腕を光源方向へと翳し、或いはその光源から顔を背けると云った防衛行動を取る。
しかし、その行動に然程の意味があった訳では無く彼らは一人も余す事無く、閃光に飲まれると同時に重力が失われたかの様な浮遊感に囚われる。ハジメはそれに身に覚えがあった『コレってあの時と……』身の中でハジメはこの世界へと連れ去られた時の事を思い出す。
転移の魔法が発動したのだと理解するが、こうなってしまってはハジメ達に対処法などありはせず、彼らはその場から一人残さず消失してしまったのだった。
『ドスッ』とハジメは尻もちを着いて床にへたり込む。それは目も眩む眩い閃光も収まると同時に思い出したかの様に万有引力の法則が働いたからだった。
「あっ……たた……」
臀部から腰部にかけて走った痛みにハジメは体勢を立て直しつつ、その部位を手で擦りつつも周囲を確認する。
「何だったんだ……あれっ?此処は何処だ……」
「どっ、どうなったの私達……」
「ヤバいんじゃねぇかコレ、何かマジで!どうすんだよぉ……」
周りを見渡すと、ハジメの近くに居るクラスメート達が自らの置かれた状況に戸惑いの声をあげている者や急変した事態に行けずパニックに陥る者もいる様だ。其処から判断するに、どうやらハジメを含めて全員が先の二十階層から何処かへと転移させられた様だった。
『ちょっと不味いかな。置かれた状況が解らないからみんなもパニックになりかけてるんだ』
ハジメは周りを見渡し、自分自身を含め飲み込めない状況をどう立て直せば良いのかと思案し。
『メルド団長や騎士団の人達も多分こんな事態は想定外なんだろうけど、でもこんな時に頼れるのは』
二十階層にて転移させられる前の隊列とは“てんでんばらばら”な状態でこの場に飛ばされてしまった為に何処に居るのか分からないメルド団長達大人組を探してみると、数メートル程離れた場所にメルド団長と三名の騎士団員が既に警戒態勢と状況確認の為か、忙しなく周囲を見渡していた。
それは極めて重要な事ではあるのだが、今はそれと同時に未熟な子供である自分達を叱咤し現況を脱する為の指示を与えて貰いたかった。
「メルド団長指示をッ!!」
ハジメは声をあげてメルド団長に呼び掛ける。必死な表情を見せて。
「ハッ、坊主。解った!」
ハジメの意図を過たずに悟りメルド団長は直ぐ様頷いて了解の意を伝えると、ふ~っと大きく息を吐いて口を開く。
「お前達ッ!早く体勢を立て直すんだッ!」
ハジメの様に尻もちをついた者も居れば、身体能力の高さから確りと両足で着地を決めた者も居るが、しかし殆どのクラスメート達は少なからず判断力を失っていた。そんな状況を打開するにはやはり、メルド団長の様な頼り甲斐のある大人の指示に沿って行動する事が己の生存確率をより高めるであろうと、理屈よりも本能的にクラスメート達も判断出来たのだろう。
皆がメルド団長の指示に従い、立ち上がり始める。
「そして周囲の状況をよく見て確認しろっ!」
子供達の動きを見て取りメルド団長は次の行動を指示する。それに従い皆も首やその身を振り周囲を見渡たす。
どうやらハジメ達が転移した場所は巨大な石造りの橋の上の様だ。ざっと見積もって見てそれは、大凡百メートルはあるだろうか。天井も高く優に二十メートル超えていそうである。橋の下は川もある様には見えず、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。
橋の横幅は十メートル程あるのだが、しかし手摺や縁石も無く、足を滑らせたり、淵に追い込まれたりしてしまえば掴む物も無く奈落の底へ真っ逆さまだろう。ハジメ達はその巨大な石橋の中間に転移させらていた。橋の両サイドには其々、奥へと続く通路と上階への階段が見える。
自分が居る場所がどの様なところであるか、全員が理解した事だろうとメルド団長はこの場でグズグズはしては居れぬと次の指示を矢継ぎ早に伝える。
「どうだ、向こうに階段が見えるだろう!良いかみんな、其処まで一気に駆け抜けるんだ!」
この巨大な空間いっぱいに響き渡る大音声でメルド団長が促すと、その言葉に従い戸惑いを見せつつも皆一斉に動き始める。
「みんな行くんだ!メルドさんの指示通りに速く!」
天之河が其処に発破を掛けてクラスメート達を逃す為に促す。この辺り欠点や問題点があれども、彼の責任感の強い性格の現れだろう。しかしこの迷宮の底意地の悪い、悪意に満ちたかの如きトラップがこの程度で済む筈もなく、ハジメ達の撤退は叶わなかった。ハジメ達が向かった階段側の橋の入口に、淡い光を放って現れた魔法陣からお約束の様に大量の魔物が出現した。更には、反対側の通路側にも同様に一際大掛かりな魔法陣は出現し、その大きさに見合う巨大なシルエットが浮かび上がり徐々にその姿が現界し始める。
「なっ……まっ、まさか、ベヒモスなのか……」
次第に形をなしてゆく巨大な魔物の姿を見留め、その正体を認識したメルドは驚愕に途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
橋の両端を塞ぎ一行を一人たりとも逃さない、と迷宮の創造主の底意地の悪さをコレでもか顕したかの様な二つの魔法陣。階段側からはザッと見繕って見て百を越える数の、剣を片手に武装した骸骨型の魔物『トラウムソルジャー』が、通路側には巨大な四足歩行型の体長十メートルにも及ぶ、まるで全身を強固な全身鎧で覆われた様な恐竜を彷彿とさせる魔物、先のメルド団長の呟きからそれは『ベヒモス』と言う名の魔物だと知れる。
「“前門の虎・後門の狼”だなコレって。けど危険度から言えば、逆かな。」
トラウムソルジャーとベヒモスに挟み撃ちにされ、ハジメは呟く。内心にこの状況に恐怖心を抱いてはいるものの、どう動けば生き残れるだろうかと頭を働かせ、脅威度はベヒモスの方が高いだろうと判断し。
「みんなッ!急いでガイコツの方に行くんだ。そっちの方がデッカイ化け物よりも弱いはずだよ。」
挟撃された状況に半ば思考能力を奪われたクラスメート達に、声を大にして呼び掛ける。
「坊主の言う通りだ!アラン、生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ。」
その声にベヒモスに出現に呆然としていたメルド団長も正気を取り戻し、ハジメの指示を是とし追加指示を出す。
「カイル、イヴァン、ベイル、全力で障壁を張れ!ヤツを食い止めるぞ!光輝、お前達も早く階段へ向かえ!」
『俺達が正気を失っている間にも冷静さを失わず、誰よりも速く行動をして見せるとはな、坊主には俺以上の指揮官としての才があるのかも知れんな。全く大した坊主だ』
更に騎士団員に指示を飛ばしながらメルド団長は内心に、逸早く状況を把握し正気を失わずに行動を起こしたハジメに感心する。この遠征に於いて示した、戦闘技能の面では他の生徒達に一歩劣るが、アイテム作成などの高い技術や冷静な判断力からハジメに対してそう評価を下すのだった。
「了解しました、団長ッ!ヨシみんな俺たちに続くんだ!」
メルド団長の指示を受けた三名の騎士団員が鞘から剣を抜剣し、生徒達の先頭に立ってトラウムソルジャーの蔓延る階段側へと向かい石橋を駆けて行き、生徒達も其々の武器を手にして後を追う。
それを見届けるとメルド団長はベヒモスに対しての防御を張る為に残った団員達に、準備を督促するべく声を掛けようとしていたところに。
「待って下さいメルドさんッ。俺達もやります!どう見たってあの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう!なら俺達も。」
相手がどれ程のモノなのかも、メルド団長達が何を為そうとしているのかも知らずに、天之河が戦闘意欲を剥き出しに申し出るが、メルド団長は天之河の状況を読まない申し出に眉間に皺を寄せ眉を顰める。
「馬鹿野郎ッあれが本当にベヒモスなら、今のお前達ではまだ無理だッ!いいかヤツはな六十五階層の魔物で、かつて最強と云われた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ。さっさと行け!俺はお前達を死なせるわけにはいかないんだッ!」
メルド団長から発せられる怒気に一瞬怯むも天之河は尚も『メルドさん達を見捨てられない!』と反論しその場に留まり撤退しようとはしない。それは天之河光輝と言う少年の純粋な正義感の発露ではあるのだろうが、この状況に於いては余にも近視眼が過ぎると言うモノだ。
メルドの脳裏に過る。この状況に於いて的確に己の役割を果たそうと奮闘しているハジメと、状況を理解できていない光輝。その光輝を見てメルドは思わず口から溢れ出そうになる。少しは坊主を見習って成すべき事を成せ!と。
しかし、メルドはその言葉をグッと飲み込む。人を教え導くうえで誰かと比較して告げる事は最も行ってはならない事だと、メルドは団長として此れ迄の教導経験からその様に学んでいた。
人と比較されたうえで諭される事は、時としてその者の精神に傷を与え腐らせてしまうと云う事がある。それは古今東西、次元を異にしようとも共通項だ。
その様なメルドの思いを慮る事無く無情に時は進み、顕現を終えたベヒモスは大きく咆哮を上げて石橋へと向かい突進し始めた。このままではベヒモスの突進により生徒達は蹂躙されてしまうだろう。もう、天之河達と口論をしている暇はない。
しかしそうはさせまいと、騎士団員達はベヒモスを迎える準備を終えていた。
『全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず、聖絶!』と三人の騎士団員が詠唱する。
二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣を拡げ、四節からなる詠唱し三人同時発動。魔法陣の媒体となるモノが紙である為に一度しか使えない上に持続時間が一分間しか保たないが、何物にも破れない絶対の防壁が顕現。
純白に輝く半球状の障壁がおそらくは数百トンを超えるベヒモスの突進を防いだ!
「グッ……ぬぅぅッ!!」
衝突の瞬間の衝撃が波となり空間を大きく震わせる。更にはベヒモスの脚が硬い石橋を粉砕し大きく揺らし、クラスメート達はバランスを崩し倒れる者、ベヒモスの発する咆哮に恐怖心を抱き悲鳴をあげる者も居り、多くの者が恐慌状態に陥る。
「わっ……わぁぁぁーッ!?」
統制も取れぬままに、右往左往するクラスメート達の中には両サイドから迫る魔物の恐怖にパニック状態のままにトラウムソルジャーへと向かい、教練により学んだ技術も放り捨てて無造作に斬り掛かる者や狙いも定めずに魔法を放つ者とこの空間はカオスな状態となる。たとえどんなにチートな脳力を持った集団だとて、統制が取れて無ければ烏合の衆でしか無い。このままではいずれ遅かれ早かれ犠牲を出すだろう。
「きゃーッ、来ないでぇ!!」
バランスを崩し転倒した一人の女子生徒が、立ち上がる事もままならず手に持つ杖を無造作に振るう。がその抵抗は何らの意味も無く、彼女の後方からトラウムソルジャーが近づいて来ている事に気が付いていない。
「…………」
声帯を持たぬ故に声を出す事無く剣を掲げ、女子生徒に狙いを定めてトラウムソルジャーは振り下ろす。
「ウォーター・ブレード!」
女子生徒の危機を察知してハジメがトラウムソルジャーの右側方から横薙ぎに剣を振るいさしたる抵抗も無く両断する。このトラウムソルジャーと言う魔物は迷宮三十八階層に現れる魔物だと言うが、ハジメが造り上げたウォーター・ブレードの5000MPaの超高水圧の刃が、ソレに対して十分に通用する事を証明した。
「大丈夫園部さん?しっかりしてッ、どこも怪我して無いよね。危ないから立って、早く!」
ブレードのスイッチを切り、魔力を流す事を止めてハジメは倒れている女子生徒、園部優花へと駆け寄ると強く呼び掛ける。
「………あっ、南雲……私……」
恐怖に我を失っていた園部がハジメの呼び掛けに、徐々に正気を取り戻す。うっすらと瞳に滴を溜めて、ハジメの名を呼ぶ。
「うん、大丈夫だよ園部さん。あんな骨、僕のブレードでもアッサリ切断出来たんだ。だからみんななら十分に対処出来るよ。」
「でも……私」
ハジメは、おそれに震える彼女に優しく呼び掛ける。当初ハジメが懸念していた状況が、今目の前に訪れている。あまり余裕の無い状況下にあって時間は掛けられない。ハジメは努めて優しく微笑み、静かに彼女に語り掛ける。
「うん。落ち着いて、冷静になって。一旦深呼吸しようか。」
ハジメのアドバイスに従い、優花はゆっくりと深呼吸をしてみる。すると不思議と彼女の中から恐怖心が薄れた様な気がする。
「良い?訓練で学んだ事を思い出して。君達は強いんだ、みんなで力を合わせれば絶対に助かるよ。」
ハジメの激励に温かさを覚え、優花の中に次第に勇気が溢れてくる
「うん!ありがとう南雲。」
笑顔で優花はハジメに感謝を告げると、キッと表情を引き締め立ち上がりトラウムソルジャーへと向かい駆けてゆく。それを追いハジメも周辺のトラウムソルジャーを討伐して行く。見渡すとパニックから立ち直った幾人かのクラスメートが周りに檄を飛ばしながら対処している姿が見える。だがしかし、未だ大半のクラスメートは恐慌状態から抜け出せずに出鱈目に動いている。
「なっ、アレは不味い。」
逸早く橋の付け根近くに到着した騎士団員が必死にトラウムソルジャーを討伐して行くが、しかしそれを無駄にする様に魔法陣からは次から次へと新たにトラウムソルジャーが溢れ出して来る。
「このままじゃジリ貧だよ、何かこの事態を打開する方法が……」
周りのトラウムソルジャーを討伐しながらハジメは打開策を練る。四方を見渡し、クラスメート達に目を向ける。
「一撃必殺の高火力が、マップ兵器レベルの……そうだ、天之河君なら!」
残念な事だが、現状ハジメの背嚢の中には範囲攻撃を行えるアイテムの持ち合わせは無かった。しかし先の二十階層で見せた天之河の聖剣による一撃は、周囲一帯を魔物諸共に破壊してみせた。決断したならば速いもの、ハジメは天之河のいる石橋の中心部へと引き返して行く。
中央へと駆けるハジメはベヒモスと、それを抑えるメルド団長達の様子を見る。騎士団員が張った防護壁に、何度も轟音と衝撃を轟かせて突進するベヒモスの姿が見える。
その度に衝撃波が撒き散らされ、石橋が罅割れ崩れて行く、障壁も石橋と同様に罅割れが見える。それは恰も光子力研究所に張り巡らされたバリアが機械獣の攻撃の前に罅割れ崩れていくかの様に。状況はまさに風前の灯、もう残された時間もあと僅か。
「ええい、くそッ!もうもたんぞぉッ!光輝、早く撤退しろ。お前達も早く行けッ!」
自らの置かれた状況を理解しているメルド団長が天之河グループに撤退を促すのだが、しかし。
「嫌です!メルドさん達を置いていくわけには行きません。アイツを斃して絶対皆で生き残るんです!」
状況も自らの実力も把握出来ず、あくまでも己の理想を追い求める天之河は、それを拒否して我を通す。
「くっ、こんな時に、まだ我儘を言うのか……」
人の思いも状況も顧みない子供の自己満足に、メルドはまたしても苦虫を噛み潰した様な表情を作る。そして彼らと出会った当初から気が付いていた、天之河の一見真っすぐでひたむきにも見えて実はかなり歪な正義感を。
それに気が付いていながらも子供達の技能的な成長を優先し、心身の健やかな成長の為の教えを後回しにし、促せ無かった事を此処に来て悔やみ後悔する。それをなすには時間が足りなかったとの言い訳も出来ようが、厳しい戦場で子供達を生き残らせる為には『心技体』その全てが必要だと知りながら、その為のカリキュラムが組めなかったのだ。
「光輝、団長さんの言う通りにして。私たちは撤退しましょう!」
しかし、この雫は状況を理解している様だ。光輝を諌めようと力一杯に彼の腕を掴み撤退を促す。それに続き坂上も天之河に呼び掛ける。
「光輝ッ、俺も気持ちはお前と同じだけどよ、団長の言う通り、悔しいけど今の俺達じゃヤツには勝てねぇよッ。本当ぁ、お前だって解ってんだろうそんな事ァ!?」
天之河に負けず劣らず武闘派の坂上までもが、天之河に撤退を促す。武道を嗜む彼としても本当は天之河と共にベヒモスと戦い斃したいとの思いもあるのだが、それ以上にベヒモスと言う魔物が今の自分の実力では対処も難しい相手だと肌で理解しているのだ。
「そうだよ光輝君、雫ちゃんと龍太郎君の言う通りにしようよ!」
「雫、龍太郎、香織……三人共何で、俺はメルドさんを犠牲に出来ないんだ!」
幼い頃から共にあり成長して来た幼馴染の三人が、自分の“決定”に異を唱える。その事実に天之河は驚愕する。自分を理解してくれている筈の幼馴染達が、解ってくれない。
そんな事はあってはならないと天之河は、己の正義感からメルド団長を犠牲に出来ないと、持論を譲らない。
「いい加減にしてッ!アンタは何時まで自分に酔ってんのよ。だからちゃんと話を聞きなさいよ!団長さんは戦う為じゃ無く、みんなで此処から脱出する為に残ってるんじゃない!何でアンタはソレが理解出来ないのよ!?」
流石に人の良い雫もこの発言には呆れるよりも怒りが勝ってか、声を大にして雫が天之河に言い募る。何の為にメルド団長達が障壁を張ったのか、それは生徒達を逃がす為にであるのは勿論の事として、ベヒモスに勝てないと重々に理解しているメルド達、歴戦の勇士である騎士団ならばこそ戦わずして生存の為の選択をし、その為の行動に出ているのだと。
「アンタは何処までもッ、この馬鹿者ッ。勇気と無謀を履き違えてんじゃ無いわよ!」
雫が、聞き分けの無い幼馴染を痛烈に叱責する。
大きな壁を乗り越えようと巨大な敵に立ち向かうことに対して、勇気と呼ばれることもあれば無謀と呼ばれる事もある。失敗を恐れずにチャレンジする精神、それは尊いかも知れない。しかしそれだけでは無謀となんら変わらない。己の力量や相手の力量を相対的に見れず、戦略も持たないままで突っ込むのは単なる無謀なのである。将来の為に一時の敗北を受け入れ、撤退を決断する事もまた勇気ある行動なのだ。
天之河に限らず経験不足の多くの若者や、追い詰められた状況に置かれた者は得てしてそれが理解出来ないか、或いは理解出来なくなるのだろうか。歴史的に見てもその様な事象は多々散見されるのだが、此処で敢えて例題を出すのは控えよう。
「だけど!」
尚も自説を通そうとする天之河に雫は頭の痛い思いを味わう、こうなれば力尽くで強制的にでもこの場から連れ出そうかとの考えが過ぎったその時。
「天之河君ッ!」
其処にハジメが早足で駆け寄り天之河に呼び掛けて来た。思わぬ闖入者の登場に、険悪なムードが流れていた天之河グループの口論も止まってしまう。
「南雲君?どうして!?」
「南雲、何だぁ!?お前が此処に居るんだ!?」
香織と龍太郎が突然この場に現れた事に疑問を投げかける。しかしハジメは、今はそんな場合じゃ無いと二人を置いて天之河に詰め寄る。
「天之河君!今すぐ此処から撤退するんだ!早くッ!!向こうは今君が必要なんだ!」
額から汗を滴らせて、普段のハジメからは想像もつかない程にキツイ口調で、天之河に皆を助ける為に階段側へと向う様にハジメが促す。
「何を言っているんだ南雲。それに何をしに来たんだ?此処は君が来て良いような場所じゃ無いんだ、君こそ早く此処から離れるんだ!俺はあのバケモノを斃さなきゃならないんだ。君に構っている暇はない!」
しかし、先の雫達との口論やメルド団長に対して宣った対ベヒモス戦への参戦表明もあるのだろうが、天之河はハジメの言葉を禄に聞きもしないで、追い返す様な事を言い返すのだった。
「そんな事を言ってる場合じゃ無いだろうッ!!」
天之河の胸ぐらをつかみ取ってハジメが吠える。
事の最初からハジメはこの場に居た訳では無いが天之河の今の発言から、ハジメは大まかに天之河の言動に対して雫達が苦言を呈していたのだと想像が付く。時間的猶予も無い中で、変わらぬ自己中心的な主張を続ける天之河に対し、ハジメの中に沸々とした怒りが込み上げた故に。
「あれが見えないのか!?みんなパニックになってるんだよッ!今あそこには皆を引っ張るリーダーがいないから、ああなってんだよッ!」
天之河の襟首を掴んでいた左腕を離し、トラウムソルジャーと終わりの見えない絶望的な戦いに身を投じているクラスメート達を指さしてハジメは問い掛ける。
「それが僕にできるんならとっくにやってるよッ!だけど僕には力が無いんだ。一撃で形勢を逆転出来る超必殺技も、みんなの士気を高める事の出来るカリスマも。僕には無いそれを君は持ってるんだ!」
変わらず強い口調で、今何が必要で何が求められているのかを天之河に理解させる為に、切々と。
「南雲……君は俺をそんなふうに思っていてくれたのか!?」
それが通じた、通じたのだろう。天之河はこれまでと違う色合いの瞳でハジメを見つめ、そのハジメの肩に手を置いて感激もひとしおとばかりに語り掛ける。
「へっ!?」
一瞬、急に変わってしまった天之河の雰囲気に背中にゾクりとした寒気が疾走り、ハジメは間の抜けた疑問符を浮かべる。
「解った、君の言う通りにするよ南雲。俺はみんなを助ける!」
この一連のやり取りだが、決して一部の界隈の腐の属性を持つ女性達が求める方向の感情を、天之河がハジメに対して抱いたのでは無く、ただ単にハジメが語った言葉がガチりと天之河の琴線に触れ、彼をその気にさせてしまっただけなのだと此処に明記しておこう。
天之河のこのハジメに対する変意を解説するならばこうだろう。自らの力量を過大に評価している天之河は、自分ならばベヒモスをどうにか出来ると過信しメルド団長に対してそれを伝え戦いを望むもそれを聞き入れてもらえず、尚且つメルド団長は自分に対して逃げろとまで指示してくる始末。言わば天之河は、自分を認めてくれないメルド団長に対して鬱屈を抱えていたのだった。
其処にきてハジメが突然自分の前に現れて、クラスメート達の危機を救うには自分の力が必要なのだと、彼の力こそが状況を打破する力なのだと、皆を導くカリスマ指導者なのだと(ハジメは指導者だと迄は言っていない)言って如何に天之河が必要な存在であるのかを力説してくれたのだ、と彼はハジメの言葉を都合よく解釈したのだった。
兎に角、ハジメはトラウムソルジャー相手に右往左往しているクラスメート達を救う為の一手が打てた。
「すみませんメルドさん!俺、みんなを助けに行き……」
踵を返し階段側へと向うに当たり天之河がメルド団長に声を掛けようとしたその時、天之河の声にかぶせる様にメルドの声が響く。
「下がれぇーっ!!!」
その声が響いた一瞬の後、強固な結界によりその場を護っていた障壁がタイムオーバーを迎え、呆気なくも音を立てて崩れ去ってしまった。