前話の一部、後半の天之河の心情描写を付け加えました。
メルド団長の叫びに反応し、その場に残っていた天之河達も、コレは不味いと慌てて疾走りはじめるものの暴風のように荒れ狂う衝撃波が橋上を襲う。
「錬成ッ!!」
咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出した事によって、幸いにも衝撃波の威力を半減させる事が出来たのだが、しかしそれでも完全相殺とはいかずに一行は衝撃波により数メートル程吹き飛ばされてしまった。
「ぐぁ〜ッ……」
「きゃぁっ!?っう…」
吹き飛ばされた衝撃により悲鳴や苦悶の声をあげるハジメ達。しかし全員が少なからずダメージは負っているものの、幸いにもちょっとした打ち身や擦過傷程度で済んだ。それはハジメの魔力量が豊富だったおかげで、かなり強固な防壁が築けたからであった。
「皆大丈夫かッ!?大きな怪我は無いな!?」
頑健なプレートメイルを着装していた事も幸いし、メルド団長は逸早く体勢を立て直してみんなに呼び掛ける。
「はい!問題ありませんッ!」
「こっちも大丈夫だぜ!」
「こっちは鈴が足を挫いてしまったわッ!」
「う……っ……」
「……っ、私は大丈夫です!」
騎士団員や天之河一派がメルド団長の呼び掛けに応える。その声音からも彼らが無事健在である事が確認出来、メルド団長としてはホッと安堵の溜め息を吐きたい所であろう。ベヒモスと云う脅威が近場に存在していなければだが。
「グルァァァァァッ!!」
力技で障壁を粉砕し、力の余りバランスを崩したベヒモスが体勢を立て直し、咆哮を上げる。
「龍太郎は鈴を抱えてくれ、それと南雲ッ、さっきのヤツをもう一度頼むッ!!」
「応ッ!」
天之河が坂上に谷口を託し、ハジメには先の様に防護壁の構築を依頼すると同時に、天之河自身ははベヒモスに向かい構えを取る。一見すると天之河のこの行動は、まるで先のハジメの言葉を無視するかの様な行動とも思われるかも知れないが。
「天之河君!?解った、やってみる!錬成ッ!!」
ハジメは天之河が何を考えて、それを依頼して来たのかを瞬時に理解して行動に移す。瞬く間にハジメ達の周辺を大きく囲む百五十センチ程の高さの防護壁が構築される。
防護壁の完成を待っていたとばかりに天之河は迫りくるベヒモスへと対峙して、精神を研ぎ澄まし力ある言葉を紡ぎ始める。
「神意よ、全ての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!神の慈悲よ、この一撃を以て全ての罪科を許したまえッ、神威!」
現時点で天之河が持てる全力の攻撃をベヒモスへと解き放つ。それは詠唱と共に聖剣を真っ直ぐ前方へと突き出して放つ極光。それが狙い過たずベヒモスへと向かい翔ぶ。
「今だ!みんな此処から離れるんだッ!」
天之河は技を放ち終えると直ぐにハジメ達へと振り返り、着弾確認も行わずに撤退を促す。天之河自身、自らが放った技でベヒモスを撃退出来るとは思ってはいなかった。それはあくまでも、みんながこの場から撤退する時間を稼ぐ為に放った、言わば牽制の為に放った物なのだった。
「モタモタするなッ、みんな疾走れぇーッ!」
天之河の真意を知り、メルド団長もまたすかさず叱咤し撤退を促す。その声に反応し騎士団員と天之河グループがベヒモスに背を向けて石橋を階段方向へと向かい走ってゆく。
「グゥォォォッッ!!」
天之河が放った神威がベヒモスへと迫る。それを迎え撃たんとして、ベヒモスもまた甲冑の兜の様な意匠の頭部から突き出した大きな角を灼熱の紅に染めたソレを、まるで天之河が放った極光へと頭突きを喰らわす様に振り下ろした。
真紅に染まり高熱と迸るエネルギーを発するベヒモスの角と、天之河が撃ち出した神威とがぶつかりあった衝撃で階層全体に轟音が響き渡る。
拮抗するエネルギーの衝突は数秒間続き、その間に騎士団員と天之河グループが階段側へと向かい離脱して行く。
そう、ベヒモスの側から撤退して行く者達の中にハジメとメルド団長が居ないのだ。より厳密に言えば、メルド団長は途中迄は生徒達を守る為に殿を努めていたのだが、その一団の中にハジメの姿が無かった事に気がつき後方を確認し、ハジメの姿が先程彼自身が錬成により構築した防護壁にベヒモスと天之河が放った神威の衝撃から身を守る為に伏せていた。
「何をしている坊主ッ!?」
慌ててメルド団長はハジメの元へと引き返す、ハジメをベヒモスの元から逃がす為に。甲冑を纏っている事もあってか、メルド団長の駆けるスピードはあまり速くはない。故に彼はハジメに対して声を大にして呼び掛ける。衝撃波が収まりかけた石橋の上に構築した防護壁をハジメは瞬く間に消し去り元の状態へと戻してしまった。
「そいつは不味いぞッ!坊主!」
今この状況で防護壁が失われるとは、ベヒモスに対して無防備が過ぎると言う物。たちまちの内にベヒモスに蹴散らされてしまうだろう。なればこそメルド団長がそう言うのも当然であろう。しかし。
「錬成ッ!」
衝撃によるノックバックからベヒモスが立ち直るよりも早く、ハジメは防護壁を消し去ると、間髪を入れずに再度石橋に錬成を掛けた。
ハジメが手を着いた場からベヒモスのいる場所全域に至る範囲に拡がり行く魔力の奔流。ややあって充満した魔力がベヒモスの周辺を囲い込む様に、錬成の技能で石橋の石材が液状化し数十トンにも及ぶであろうベヒモスの巨体を沈み込ませる。
「グァァァァーンッ……」
悲鳴の様な呻き声を上げ、ワタワタと藻掻きながらベヒモスが粘度の高い液状化した石橋の中に沈む。
「なっ!?」
ハジメの元へと駆けるメルド団長は、思わぬその光景に言葉が詰まり絶句してしまう。見た感じベヒモスの巨体の五割ほどが沈み込んでいる様に見える。
「錬成ッ……」
ベヒモスが石橋に沈み込んだ事を確認しハジメはもう一度”錬成“と口にする。すると今度は液状化していた石橋の石材が急速に硬化し、頭部を含むベヒモスの身体を固定してしまうのだった。
「はぁ、はぁ、ふう……」
コレで、限界までの魔力を消費してしまったハジメは、息も絶え絶えで小刻みに荒い呼吸を繰り返して息を整える。
そして、少し呼吸が正常に戻ると背嚢を降ろして中から小瓶を取り出して封を切り、その中身を一気に煽る。
「くっ……」
魔力回復ポーション。ハジメは限界まで消耗してしまった魔力を回復する為に、ソレを口にした。急速に尽きかけた魔力が回復してゆく事を感じハジメは深く息を吐く。
「坊主ッ!これは一体!?」
メルド団長は巨体の大半を石材の中に囚われてしまったベヒモスが、其処から脱しようと身を捩って藻掻いている様を眼前にハジメに問う。
「団長、この魔物は僕が抑えておきます。流石にあんなデカイのは倒し切れ無いとは思いますけど。だから今のうちにみんなであっちをどうにかしてください!」
尚も石橋に片手を着いたままのハジメを前に、そんな状態のハジメをこの場に一人残しておく事なメルド団長は躊躇いを覚えずにはいられる筈もなかろう。
「しかしだな、坊主一人にベヒモスを任せきりにしてしまうのはどうもな。それでは俺達の不甲斐が無さ過ぎだろうよ。」
ハジメの傍らに膝をつき、その肩に手を添えて、錬成の為に魔力を使い続けるハジメを慮るのだが。
「大丈夫ですよ。まだ魔力回復ポーションも余裕がありますし、それに僕に考えがあります。」
そうハジメに返されるのだった。ならばとメルド団長は、ハジメの言う考えとやらを問い質す。でなければ、メルド団長としては教え子一人をこの場に残して行くなど考えられないのだ。
「成る程な、そう云う
ハジメの語る策にメルド団長は納得し頷く。今聞かされたハジメの策はメルド団長からしても、現状最も成功の可能性が高いと思われる。内心ではたった一人の生徒に一番危険な役割を任せなければならない事に忸怩たる思いを抱いているのだが。
「はい。でも今言った様に、失敗の可能性もあります。だからその時は。」
此れ迄にハジメが見せた、天之河とは違う極めて現実的な行動を鑑みて、十分に信頼するに値するとメルド団長はこれを是とする。
「ああ、その時は出来る者全員でベヒモスに攻撃を加えて、坊主の退路を確保する。解った、これで行こう。」
「はい。」
ハジメがメルド団長の返答に頷くとハジメの肩をメルド団長は二度軽く叩くと立ち上がり、フッと男臭い笑顔を見せる。それはこんな場面で不安気な表情など見せようならば、少年のメンタルに要らぬ陰りを与えかねないと思っての事である。
「すまんな坊主、一番危険な役をお前にやらせてしまうな……なぁ坊主、此処から帰れたら、ホルアドの飯屋でみんなで美味いものをたらふく食おう。だから生きて戻るぞ!」
表情を引き締めて、最後に一言メルド団長はハジメにそう言って労うのだが、ハジメ内心その言葉に苦笑する。年季の入ったオタク的な観点から観て、メルド団長の言葉は所謂フラグ的なセリフにしか聴こえなかった。
「大丈夫ですよ団長。あいにくと僕の辞書には玉砕とか自滅とか自己犠牲なんて言葉は無いですから。」
メルド団長はハジメの返答に苦笑しつつもみんなが戦う階段側へと向かい走る。その背中を見送りつつも床に着いている右手からは、ベヒモスを捕らえる石橋の牢獄に魔力を送り続ける。捕らえられていて尚、ベヒモスは自由が利く露出部分を中心に身を捩り、脱出を試みている。
さすがの巨大とパワーに石橋の牢獄が罅割れ拘束が緩む。その度にハジメはその部位を液状化し直してから再硬化させると云う、かなり高度な魔力操作を行う。
「ふぅ……流石に、これはちょっとキツイものがあるかな……」
これ程の巨体と力を持つバケモノを捕らえ続けるには、相当な魔力や精神を消耗するのだろう。決して弱音を吐いている訳では無いのだが、ボヤキともつかない言葉が口を衝くのも仕方無かろうか。
「そろそろ良いかな……」
メルド団長がクラスメート達と合流し骸骨騎士との戦いに参戦する姿を目に捉え、ハジメは頃合いと次の行動に移る。
「先ずは確認の為に。」
ベヒモスを抑える為の右手はそのままに、ハジメは左手をベヒモスとは逆側階段方向に、同じ様に石橋の床へと着けると魔力をその左手にも集中し始める。
「錬成……」
静かに呟く様に唱えて意識と魔力をそちらにも割いて、錬成を開始する。
「……くっ……ヨシ!」
しばらくの時間そのまま集中して魔力を流していると、ハジメは手応えを感じて魔力を注ぐ作業を取り止めて、その成果を確認する。
「うん。上手く行った。」
ホッと一息、ハジメは眼の前に開いた直径二十センチ程の孔が、最大厚が十メートルは優に超えているであろう石橋をくり抜いている様を確認、自分の策が実行可能だと確信し笑みを浮かべる。
「つづけて……錬成!」
確信を得たハジメは同じ様に石橋に孔を穿つ。自分の位置から1メートル程前方の階段側に、横並びに穴と孔の間を五十センチ程置いて。
そうやって十数個の孔を穿ち終えてハジメは一呼吸置いて次に移る。
「錬成……」
自分が錬成によって開けた孔の周辺の石橋の分子構造を弄り、その密度をスカスカにして脆くする。
即ち、ハジメの策とはベヒモスを斃せ無いのならば石橋から落としてしまえば良いと云う、かなり大雑把な策である。孔を穿ち密度を下げて脆くすればベヒモスの巨体を石橋が支えきれず崩落してしまうだろう。
『出来た。本当は、あの魔物の周囲全体を完全に液状化させて直接落としたいんだけど、今の僕じゃ其処までは無理そうだから』
この策は言わば次善の策であったのだ、現在のハジメの錬成のレベルと魔力総量と精密に技能行使を行う力があれば、ハジメが心中独り言た様に、ダイレクトにベヒモスを奈落に落とせたかも知れない。だからこそハジメは今回の方法を選択したのであった。
「ハァ、ハァ……後は……」
一連の作業によって消耗した魔力を回復する為に、ハジメはもう一度魔力回復ポーションを呷る、まだやるべき事は残っている。ハジメは右手を着いたまま階段側のクラスメート達を見やる。
「流石だな。やっぱり天之河君達とメルド団長達が合流した成果が出てる。」
ハジメ以外の全員がトラウムソルジャーの討伐に当たる光景を見て、ハジメはこの様な状況ながら安堵し口の端を少しだけ和らげる。
技量は当然として、全体を見通して的確に指示を出す事が出来るメルド団長に、一撃の元に多数の敵を屠れる実力とカリスマ性をもつ天之河が居る。力強い精神的支柱を得た事で生徒達の気力も向上し、組織だった動きも取れる様になっている。
「なら、僕も最後の仕上げに!」
石床に着いたままの右手に更に魔力を込めて、ハジメは「錬成」と口にする。ソレは石橋の石材の原子の密度を更に高めて、より硬度を高める為に流す魔力。ハジメがこの場から脱する為の時間と最後の仕上げの時間を確保する為の最終段階。
ハジメはトラウムソルジャー達と戦う皆の状況を再度確認する。魔法陣からは今も尚トラウムソルジャー達が湧き出て居るが、それ以上に戦う騎士団員やクラスメート達がトラウムソルジャーの数を減らして行く速度の方が早く、向こう側には多少の余裕が生まれている事が判る。
「ヨシ……すぅ〜っ、ハァ〜……メルド団長ぉッ!今から動きまぁすッ!!」
これならば直ぐに動けると判断しハジメは大きく深呼吸し声を大にして。メルド団長に呼び掛ける。乱戦の最中に於いて、彼我の距離もありハジメの声が確実にメルド団長に届いているかは定かでは無いが、あの中の誰かしらがハジメの挙動に気が付いてメルド団長に報告してくれるかも知れない。
「せぇ……のッ!!」
多分に博打的である事は否めないが、この様な状況にある中で何時までも時間ばかりを消費していてはジリ貧になってしまうだろう。その判断を元にハジメは意を決して、右手を石床から離してクラスメート達が居る階段側へと走り出す。生産特化の偏った能力故に、クラスメート達と比べて身体能力には劣るが、それでも一応は異世界人ボーナスが付いているおかげでトータス世界の一般人よりも多少はマシな数値を持っており、ハジメはそれなりのスピードで十数メートルを走って止まる。
「っ!」
立ち止まりハジメは後方を、石橋の堅牢な牢獄に藻掻くベヒモスを振り向く。ベヒモスの挙動に併せて石材がミシミシと音を立てて、少しずつ罅割れ崩れ始めている。このままならもう数十秒も経たずに、ベヒモスは牢獄から解放されてしまう事だろう。もう、残された時間は無い。
ならばもう一瞬の躊躇いも許されないと、ハジメはクラスメート達に背を向けてベヒモスがいる通路側へと向かい、膝を折って背を屈めて石橋の床に両手をつけた。
「錬成ッ!!」
両手いっぱいに魔力を込めてハジメは石床に送り込む。左右両手を使っている事もあり、且つ先程とは違い一種類の操作に集中している事もあり、ハジメの錬成速度は先の比ではなく石橋の床に複数の小さな穴を穿って行く。二個、四個、六個と横一列に穿たれ続ける孔。
石床に孔の数が増えて行くのに比例する様に、ベヒモスも徐々に石橋の牢獄からその身を解かれようとしている。
「くっ、早くッ!」
十個、十二個、これで石床へ穴を穿ち終えた。ベヒモスの方も既にその身の九割程を石床から解き放っており、後はもう頭部だけを残すのみと云う状態だ。
「……次ッ、錬成ぃ!」
孔を穿ち終えてハジメは空かさず次の工程、孔の周囲の密度を薄くして行く。そしてベヒモスの頭部もまた今にも石の牢獄から解放されようとしていた。
「くっ……もっと、速くッ!」
ベヒモスが再び動き始めようとしている状況に逸る気持ちを抑えながらも、ハジメはコレが最後と気力を振り絞り錬成を続ける。数秒間の時間が数十分にも感じられ焦燥感に苛まれそうになるが、それをグッと堪えて作業を続け遂に。
「グルッ、ガァァァァアッッ!」
「終わったッ!」
ほぼ同時にベヒモスが石牢から解き放たれ、ハジメの錬成による作業が完了した。
「………」
魔力を使い過ぎた為に疲れ虚脱感を感じているが、此処でその感覚のままに集中を切らしてしまう訳には行かない。ハジメは今にも動き出そうとしているベヒモスを見据える。
「グゥルゥゥ………」
ベヒモスはもう既に体勢を整えており、怒りを込めた眼でハジメを睨み低い重低音の唸りを上げている。自らをあの忌々しい石牢へと閉じ込めた張本人が眼前に立っているちっぽけな存在であるのだと本能で理解している様だ。
ハジメの頬を冷たい汗の雫が滴り落ちていく。眼前の巨大な魔物はハジメを怨敵と狙いを定めているのだと云う事がヒシヒシと伝わる。
眼光鋭くハジメを睨め付け、怒りの唸りを響かせながら頭部の角に灼熱のエネルギーを蓄えている。今直ぐにでも逃げ出したいと、ベヒモスが発するプレッシャーのあまりの恐ろしさに気持ちが折れそうだ。しかしそれは今では無い。
「動けよ……」
ハジメは待っているのだ、ベヒモスが動き出すことを。自分を殺さんとして此処にベヒモスが突進してくる時を。
「ブルゥッ、グァァァァッ!!」
空間を揺るがす咆哮を響かせて、ベヒモスは二本の後ろ脚で石橋を踏みしめて、前脚で石橋を蹴り上げて上半身を大きく宙に浮かせてハジメを威嚇しながら、勢いのまま後ろ脚で力を込めて石橋の床を蹴って飛び上がった。赤く輝く角のエネルギーで忌々しき小者の存在を、この世から無惨に消し去ってしまうために。
「来たッ!」
だが、ソレこそがハジメが待ち侘びていた瞬間であった。自分を殺そうとベヒモスが襲い掛かって来てくれる事が。
ハジメはタイミングを計る。空に上ったベヒモスが放物線を描きながら降下軌道に移るタイミングを。
王城の図書館の資料にも然程詳細な情報が記載されて居なかったが為に、ベヒモスがどの様な生態を持つのか詳しくは解らなかったが、一部の格ゲーキャラやゲームの様に、この巨体が二段ジャンプなど出来るとも思えない。降下軌道にのれば尚更だろう。
待っていた瞬間が訪れた。ベヒモスが降下軌道に移り引力に従いハジメを目掛けて特攻して来る。タイミングはドンピシャ、ハジメはベヒモスに対して踵を返し走り出す。
「逃げるんだよォ!」
プレッシャーに負けじと恐怖心を振り払い、オタクらしくネタを口に出して大声を上げてとうそうする。
降下軌道を降りてくるベヒモスは直ぐにハジメの逃走に気が付くも、時は既に遅く。この一撃が目標を捉える事が叶わないのだと、悟り怒りがこみ上げる。しかしならばと、ベヒモスはこのまま着地次第体勢を立て直して追撃に移れば良いと本能的に考えているのかもしれない。或いはこのまま着地し、己が発する灼熱のエネルギーによって破砕するであろう石材の破片が飛び散り、運良く忌々しい小者にダメージを与えるのではとも考えてはいないだろうが。
「グォォォォォォンッ!」
逃走するハジメを睨め付けながらベヒモスは、自身が飛び上がるまでハジメが立っていた場所に着地し灼熱のブレードを喰らわる形となってしまったが『まあ良かろう次こそは』と体勢を立て直そうとするものの、それは叶わず。
「グルォ!?!?」
孔を穿たれ構造材を脆くされたうえに、ベヒモスの自重と落下の衝撃も加わり石橋の両端ベヒモスが乗っている石橋の十五メートル程に渡る長さが、あっさりと崩壊し崩れ落ちて行く。
「ガァァァァッ!!?」
石橋の建材と共に自らの身体が落下してゆく奇妙な浮遊感にベヒモスがまるで戸惑っているかの様な声を上げながら墜ちて行く。
ハジメは、その様子を自分が崩壊させた位置から五メートル程離れた場所から呆然と見ていた。
「やったのかな……………は、はははっ……はぁ~っ、疲れた。」
緊張が途切れハジメはその場に腰を落として座り込み乾いた笑いを発する。もう、こんな博打は二度と御免だと深い溜め息と共に染み染みと思うのだった。
「ウオォォッ!南雲がやったぞぉぉッ!!」
「おおぉぉぉぉ!!」
橋の向こう側から歓声が聴こえてくる。ハジメがベヒモスと相対していた間にも、クラスメートと騎士団員達とがトラウムソルジャーの撃退をほぼ成し得ていた様だ。座ったままで後ろを振り向いて、クラスメート達の喜びと興奮する様を見て、ハジメは終わったのだと実感し安堵の溜め息を吐き、ノロノロと立ち上がりクラスメート達が待つ階段側へと歩き始める。しかしその時、石橋を揺るがす衝撃が疾走る。
「えっ!?」
何事かとハジメは立ち止まって後ろを振り返る。ガシンッ、ズシンッと石橋を振動が響き、やがて崩れ去った石橋の突端に轟音を立てて巨大な鋭い爪状の物が突き立てられる。
「まっ、まさか……」
もう一つ、石橋を抉り突き刺さる爪状の物体が増える。ここ迄くればハジメにもそれが何を意味するのかを理解する。同時にハジメの合流を待つ騎士団員とクラスメート達も。
それは、あの恐ろしい魔物ベヒモスが奈落より這い上がって来た事を意味するものである。何故、どうしてと疑問が浮かぶ。
「南雲君ッ!早く其処から逃げてぇぇ!」
香織の悲痛な叫びがこだましてハジメの耳朶を打つ。その声にハジメはハッと正気を取り戻し、這い上がってくるベヒモスに背を向けて走り出した。メルド団長と打ち合わせた時にコレに近い状況を考慮して、ハジメの退路を確保する為にメルド団長の号令一下、クラスメート達がベヒモスに対して魔法による攻撃を加える事を。
落下して行く石橋の建材の上で、ベヒモスはそうはなるまいと四肢に力を溜める。グッと膝関節を曲げると一気にその力を乗せて大きくジャンプして前脚の爪を石橋の側面に突き立てた。それを橋頭堡としてベヒモスは自らの爪でロッククライミングを行い、帰ってきたのだ。忌々しき怨敵を消し去るために。
「撃て、撃てぇッ!!」
メルド団長の号令に従い疾走るハジメを避ける様に、クラスメート達が放つ魔法攻撃がベヒモスに加えられる。その攻撃の殆どが見事にベヒモスの脚の爪に着弾し、何とかベヒモスの登頂を妨げているのだが、苦し紛れにベヒモスが爪を振るって石橋を叩いている為に、その衝撃に石橋が震えてハジメはまるで千鳥足の様にふらついて、まともに走れずに欄干の無い石橋の端の方へと追い込まれていた。これは非常に不味い事態だ。
「みんなッ!石橋の縁の手前ベヒモスの爪が刺さっている辺を集中して狙えッ!坊主がやった様に今度はみんなでベヒモスを落としてやるんだッ!」
歴戦故に逸早くそれを察したメルド団長の指示する声に、皆が反応して指示通りに其処に攻撃を開始する。狙いは奏功し、ベヒモスがそれを嫌がっている事が伝わってくる。
このままなら上手くベヒモスを落とせるかも知れない。殊勲者であるハジメを救えるだろう。
「えっ………!?」
しかし、ベヒモスへと殺到していた魔法攻撃が暴発でししたのか、誰かが発した魔力の弾丸がハジメの目前に着弾し、その衝撃にハジメの身体が弾かれ僅かに石床から離れてしまった。
『何が……?』
ハジメは状況が咄嗟に飲み込めずに呆然と、もう後十メートルを切った距離にいるベヒモスに攻撃を加えているであろうクラスメート達を見る。
『まさか……!』
呆然とする者、悲痛な表情を見せるもの、そして歪んだ笑みを湛えている者がいる。そして察する。
「嫌ぁぁーっ、ハジメ君っ!?」
「南雲ぉぉぉッ!!」
ハジメが石橋から足を踏み外すとほぼ同時にベヒモスもまたクラスメート達の魔法攻撃により、足場を奪われてしまう。
ベヒモスの断末魔の様な声と、クラスメート達のハジメを呼ぶ悲痛な声とを聞きながら、一瞬では把握出来なかった誰とは知らない悪意ある口の端の形を脳裡に浮かべて、南雲ハジメはベヒモスと共に深い奈落へと落ちて行った。
ハジメ君が奈落に落ちました。そろそろトールちゃんの動向を近い内に挟みたいと思ったております。