時は前回のエピソードよりも数刻ほど巻き戻す事をご容赦願いたい。
南雲家の朝のリビングはトールの朝食を作る音から始まる。
コトコトと味噌汁や時によってはスープを煮込む音、トントンとまな板の上から刻まれる食材を切る包丁が奏でる響と、そして。
「下等で愚かな愚者共は抹殺しましょう!殲滅しましょう♪」
随分と不穏当で物騒な発言を鼻唄にのせて唄うトールの声。
「はは……今日もまたトールちゃんは物騒な詩を唄うねぇ……」
「……でも父さん、そんなトールの唄に慣れてしまって笑って済ます僕達もどうなんだろうね。」
時刻は月曜日の早朝午前六時半、普段ならまだ惰眠を貪っている時刻であるにも拘わらず、南雲ハジメが父親の南雲愁と共に自宅のリビングの椅子にもたれ掛かり自嘲しているのには理由があった。
「いや、まあトールちゃんはコレで良いんだよ、それよりも父さんもう色々と限界だよ。眠くって頭が八割は働いて無い状態だよハジメ。今なら多分父さんの前に白いワニが現れても不思議じゃないって感じだよ。」
「うん、それは僕も同意するよ父さん。でも父さんはこれからちょっとは眠れるんでしょう、でも僕は今日も学校に行かなきゃだしさぁ、所で白いワニって何の喩えなの?」
「ああ、それはなハジメ、白いワニってのは都市伝説の存在でな、昔締切に追われ極限状況に追い込まれた漫画家の前に現れては、奇怪な行動をおこして原稿を落とさせるという恐ろしい存在なんだそうだ。」
「へぇ、じゃあもしかして母さんの前にも現れたりするのかな。」
などと他愛無い会話を続ける親子二人、彼らはこの数時間前まで南雲愁が経営するゲーム制作会社で土日を費やして完成間近の新作ゲームの制作を行っていたのだった。
高校生であるハジメもアルバイトとして父の仕事に駆り出され昼夜を徹して家業を手伝っていたのであった。今時何とブラックな職場環境である事か。
しかし今は繁忙期であるが故にハードな状況下にはあるのだが、コレを乗り切り制作を終えれば愁は社員全員に特別休暇とちょっとしたミニボーナスを以て、その労を労うつもりで居る。それは経営者としては当然の責務だと愁は考えており確実に実行されるだろう。
「ハジメさんも父様もお疲れ様でした、お二人共昼夜を徹してのお仕事を終えたばかりですから朝食は軽目にしておきますね。」
少しずつ出来上がった料理をテーブルへと運びながらトールが二人を労うと、疲れてはいるが腹はそれなりに空いている健康な男二人はその優しい香りに胃が刺激を受け食欲を唆られる。
「何時もありがとうトールちゃんは優しいね。しかも料理上手に家事上手ときたもんだ、きっと良いお嫁さんになるよトールちゃんはね!」
出会いのその日より娘同然に思っているトールの変わらぬ優しい思いやりに、愁は目尻からホロリと露が零れそうになるが其処は我慢、冗談めかしてトールを褒めそやすが紡いだ言葉は彼の嘘偽りない本心だ。
「えへへ~、ありがとうございます父様。と云う事ですのでハジメさん、トールは何時でも準備はOK、バッチ来いですよ!」
愁の言葉に喜びいっぱいのトールは“にへらっ”と表情を崩して感謝の言葉を述べると、次いでハジメに向かい不敵に微笑みグッと右腕を突き出して肘を直角に曲げて上へ向け、その上腕に左手を添えて宣う。
「うっ……うん、まあそう言った事は大人になってから……追々とだね。」
「え〜っ、だったら私と御一緒に大人の階段登りましょうよハジメさんっ!!」
顔を赤くしながら、トールからの誘いを言葉を濁して回避を試みてはみるも、更なるトールの追撃にハジメは眼の前の対面に座る父に無言でヘルプを求めるも、その当の父はニヤニヤとした下世話な笑みを浮かべてサムズアップをしてくる始末。
『この裏切り者!』トールにベタつかれながらハジメは父に恨み言をぶつけるのだった。
「さてと、ハジメさん成分もたくさん補充出来ましたし、時間も時間ですしカンナとイルルを起こしてきますね。母様も昨夜は遅くまで起きていらしたみたいですし、今朝はゆっくりしてもらいましょう。」
暫しトールはハジメと愁にジャレつき、一頻り楽しいひと時を過ごすと、気を引き締め居住まいを糺しつつ南雲家に同居する同族二人を起こしに行くと告げると、件の二人が眠る二階へと向う。
「あっ、そうでしたハジメさん。今日のお弁当はちょっと時間を掛けて作りますので後程トールが学校まで届けますね。」
その途上、トールは思い出したかの様にハジメにそう告げると、二階の自室で眠る同族を起こしに向かったのだった。
「うん、了解。ありがとう、面倒を掛けるねトール。」
トールが淹れてくれた煎茶を啜りながら、ハジメはトールに謝辞を告げる。それがこの日の朝の南雲家での一幕であり、トールがハジメに弁当を渡す為に学校へと訪れた
恭しく、御手製の弁当をハジメに手渡したトールの表情には溢れんばかりの幸福感とハジメに対する情愛とに満ちており、その事が今現在進行系でハジメに対する男女を問わない多数の生徒の嫉妬心を煽っていたりする。
その様な有象無象の感情などトールには取るに足らぬ些事ではあるのだが、しかし事が自身が情愛を寄せる対象である南雲家の人々に奇禍でも及ぼうものなら話は変わる。
「ハジメさんは徹夜でのお仕事明けのお疲れのお体ですし朝食同様あまり内臓の負担にならない料理にしていますから、安心して食べてくださいね!」
「うん、ありがとう。トールの料理に不安なんか感じたりしないよ。今はもう、ね。」
『今はもう』とは、出逢って間もない頃、実はトールが南雲家で暮すようになって暫く、彼女はやたらと自らの肉体の一部である尻尾の肉をハジメ達に食べさせたがっていたと云う事情があった。なのでその様な事もありハジメは暫しの間トールの料理を心配していたのだった。
詳しい話は後に語る機会を作るとして“人ならざる存在の自分”を暖かく迎え入れてくれた南雲家の皆、殊に異性として想いを寄せているハジメに対し悪感情を向ける者がいる。
その者達の中からハジメに対し何やら不埒な行いを為す者が現れぬ様にと、トールはこうして時々弁当を届けると理由を付けてこのハジメのクラスの様子を確認の為に訪れていたりするのだった。
「えへへ~、いやぁそれ程でもありませんよぉ、もうハジメさんったらぁ。」
クネクネと頬に手を当てハジメの言葉に喜びも顕に蕩けた顔で微笑むトールの姿にハジメと教室内に居る生徒達は、まるで彼女の後背にユラユラと見えない(隠蔽しているだけで実際にはあるのだが、南雲一家以外は知らない)尻尾が揺れる様を幻視した。
『全く、懲りもせずに。やはりあの下等生物一派が最も強い悪意を放出していますね、雑魚のくせに度し難い。』
しかし、そんな蕩けきった様に見えるトールだが、人知を超越した感覚によりハジメに対する悪意を、負の感情を発している者に対する警戒を怠ってはいなかった。まあ大半は先も述べた様に取るに足らぬ嫉妬心程度であり、蚊ほどの脅威にも足り得ない程度のモノに過ぎないが。
『ハジメさんにはやり過ぎない様にと釘を刺されていますし自重はしますけど、そのうち
心中トールは『ヤルべき時は躊躇せずにやりますよ』と、ほくそ笑みつつ決意する。
「それ程のモノだよトール、僕にとってはね。」
ハジメはトールにそう応えると椅子から立ち上がって、彼女の柔らかなサラサラの頭髪に覆われた頭部に手を遣り優しく撫でつける。二人の身長差が十センチ程ある為にハジメがトールを若干見上げる形となり、見ようによっては弟が姉に対して親愛の情を示している風にも見えるのだが。
「「嫌ぁぁーっ、トールお姉様がぁぁっ!?」」
「「げっ!南雲巫山戯んな、俺と代われぇ!!」」
「な、な、な、な、な、南雲くん学校でそう言うのイケないと思うなっ、それにそう言うのは出来れば私にし「コラッ、ちょっと香織は自重しな、いえ黙りなさい!」うっ、でも雫ちゃん…」
しかしハジメのその行為はクラスメート達の嫉妬心を意図せずして顕在させてしまった。怒声と悲鳴と羨望の声とが汚くミックスされ廊下の外にまで響き渡り、ハジメは思わず耳の穴を塞ごうとしたがどうにか思い留まる。
しかし何故これ程までにトールの事が騒がれるのか、それにはちょっとした
実はこのトールと言う女性は、このハジメが所属するクラスだけでは無くこの辺り一帯における有名人だったりする。女性にして百七十五センチを越えるファッションモデルも斯くやあらん高身長に、人目を引きつけて離さない見事な迄の堂々たるメリハリボディのプロポーションを誇り、且つ偶に毒舌を吐く事はあれども基本的に人当たりも良く、頭の角の様な飾りがある為にコスプレ的ではあるがメイド服に身を包んで街をゆく姿は、たちまちの内に商店街の人気者となったのは当然の帰結と言えるだろう。
更に女性(ドラゴンだが)にして腕っぷしも強く、ある時など商店街で起こった窃盗事件の犯人を疾風の如き身のこなしで鎮圧し、またある時は街に屯する素行不良の少年達の行いを、いともたやすく肉体言語を用いたO・H・A・N・A・S・Iで以て解らせ、改心させたりと三面六臂の活躍を見せれば、それはもう世のそちら側の少女達のハートを掴んでしまうのも当然であろう。
「うっ、良いなぁ南雲……」
そして自分の側で羨ましそうに呟く声があるのだが、その声は他の人の耳に入る事は無かった、唯一の例外を除いて。
「フッフ〜ン!良いでしょう遠藤さん、でも残念ですけど私にこうして良いのはハジメさんと南雲家の皆さんだけですからね。」
しかし人ならざる存在であるトールの耳にはその声が確りと届いていて、遠藤に対して得意気にその豊満な膨らみを堂々と張り上げる。
「えっ、トールさんって、やっぱり今日も俺が此処に居るって事判るんですか!?」
この教室や街中問わず、遠藤が彼女と会う度にトールは的確に遠藤の存在を察知し自分に挨拶をしてくれる、存在感が薄く他者や機械にまで認識されにくい自分を。
そんな経緯もあり遠藤はトールに対して感謝と尊敬と憧れと密かな恋心を抱いているのだが、友人であるハジメに対して彼女が想いを寄せている事を知っている為、遠藤はその想いは永久封印するつもりであるのだが、それでもこうして今日も自分の存在を認識してくれて語り掛けてくれる彼女と会えた事が純粋に嬉しかった。
「ふっふっふ!ええ、そりゃもう私から見ればその程度の認識阻害など児戯にも等しいってな物ですよ、何なら真の認識阻害の真髄をお見せしましょうか!」
そしてトールの方も、ハジメに対して友好的な態度を示していて、且つまた(トールから見て)不完全ながらも人の身で認識阻害のスキル?を身に着けている遠藤の事を存外高く評価していたりする。そんな事もありトールは遠藤に対して他者よりも若干甘めの対応を取っている。
右手で“ぽふんっ”と自らのその豊満な膨らみを叩いて撓ませ得意気にトールは、トンデモ無いスキルを遠藤に披露しようなどと言い出すものだからハジメはヤバいと背筋に冷たい雫が伝うのを感じ。
「ちょっ、ちょっとトールさすがにそれは不味いからッ!それはちょっと自重しなさい。」
ハジメは慌ててトールを嗜める。いくらなんでもトールの持つ異界の能力を大っぴらに衆目に晒す訳にはいかない。この世界に於いてはトール達の持つ
「ハイ分かりましたハジメさん!ハジメさんがそう仰るのなら、この話は無かった事にしますね。と言う事ですので遠藤さん、認識阻害の真髄にはご自身で到れる様頑張って下さいね。」
ハジメの説得にトールは遠藤に対し己の異能を披露する事をあっさりと取り止め、遠藤に断りをいれる。
言われた遠藤としては、認識阻害などと聞いた事も無い単語を出されてもどう返事をすれば良いのか判断もつかずにいたし、ハジメの慌てぶりから『結構ヤバめな事だったのだろうな』と心中安堵していた。
「ちょっとトールさん!南雲君にお弁当を届けるだけならもう用事は済みましたよね、だったらもう授業も始まるんですから帰った方が良いんじゃないんですか!?」
そんなタイミングで、いきなりプリプリと不機嫌そうな白崎がトールに対して突っ掛り出した事にハジメは『うわぁ……やっぱりまた面倒な事になりそう、僕もう知らん振りしていいかな』と天を仰いでそんな事を思わずにはいられなかった、そして案の定。
「香織止めなさいって、そんな事位はトールさんだって理解ってるわよっ、一々香織が突っ掛からなくたってね!」
暴走機関車と化した白崎を良識人である八重樫が嗜めるも、其処に更に乱入してくる、外見だけなら爽やかイケメン。
「イヤ、だけど雫。南雲に弁当を届ける為にとは云えこうも部外者が頻繁に学校を訪れると言うのも、あまり良い事では無いだろう。いくらトールさんが街や商店街の治安維持に貢献している人だとしても此処は学校、ならば領分は弁えるべきだと俺は思うけどね。」
所構わずお得意の正論砲をぶっ放して事態を引っ掻き回すものだから雫のテンションゲージはイライラ感が爆上がりだ。
「あぁあっもうッ!光輝あんたまで、よしなさいよ何であんたは何時もそうやって、しゃしゃり出て来てそうやって一方的に人に押し付ける様な事止めなさいって言ってるでしょうがもう!」
しかも二人が(天之河にはそのつもりは無いだろうが)喧嘩を吹っ掛けている相手がトールともなれば、雫の精神は崩壊寸前と云った具合だろう。
「トールさんすみません、この馬鹿達には私から言い聞かせておきますから、どうか此処は……」
何故ならば、実は雫は先にも触れたトールによる商店街での引ったくり犯鎮圧の一部始終を、偶々祖父と父親の三人で目撃してしまい、その人知を超えたトールの行動に驚愕してしまったのだった、しかも其れを共に目撃した祖父から一つの忠告を受けた。
『うぬぅっ……恐ろしいモノよのう、あの御仁の動きの何とも異様な事よ。もはや只者では在るまいな。その気ならば今の一撃で、あの下手人は塵一つ残らずにこの世から消滅しておろう。あの力おそらく我等只人が生涯を掛け、どの様に高度な修練を積もうとも、あの御仁のその足元にも及ぶ事は無かろうよ。良いか雫、決してあの御仁を無用に刺激なぞする事の無き様に振る舞うのだぞ、儂との約束じゃぞ良いな。』
と、強く念押しをされた。孫である雫から見ても、その強さの底が知れない祖父が両の拳を握り締め、小刻みにその身を震わせていた姿を間近で見てしまった雫は、その忠告の言を違えるつもりは無い。故にこの何も知らない命知らずの幼馴染の愚考と愚行に恐慌状態に陥りそうな精神を必死に保ちつつトールに対し、代わりに謝罪するのだった。
「……………はあ、まあ私としてもハジメさんの手前。事を荒立たせるつもりはありませんけど、しかし八重樫さん、貴女も苦労しているんですね。」
問題児二人を蔑んだジト眼で一瞥するとトールは溜息を一つ吐く、そして雫に対し労るように応える。トールは雫がハジメに対して負の感情を抱いていない数少ない人間である事を知っているので(ハジメがこの場に居る事も多分にあるが)彼女に譲歩して見せたのだった。
その言葉に雫は心底安堵し小さく息を吐き、トールに一礼すると幼馴染二人の背を押して其々の席に着席させる。その様を確認し終えるとトールは改めてハジメへと向き直ると微笑み帰宅する旨を告げる。
「ではハジメさん、私は家へ帰って母様の朝食と父様の昼食を作らなければいけませんから、もう行きますね!」
少女漫画家であるハジメの母『南雲菫』は職業のせいだけでは無いが不規則な生活を送りがちで、この日も朝の食卓に顔をだせずにいた為トールは帰宅後、彼女の為の朝食の用意とハジメ同様前日に貫徹勤務を行ったハジメの父『南雲愁』とその彼の経営する一部社員の為に昼食を準備し会社に届けるつもりでいた。
「うん、僕も流石にもう眠いからさ………ふぁ〜っあっゴメンね、トールも気をつけて帰ってね。」
トールに返事をしつつも欠伸を漏らし、ハジメはちょっと照れ隠しに頭を掻いて誤魔化す。
「ちゃんとお体を休めてくださいねハジメさん、あっ!そうだハジメさん。父様が言ってましたよハジメさんがお仕事を手伝ってくれたから随分捗って助かったと。今の懸案が片付いたら今度の休暇はみんなで別荘か海外旅行へ行こうって。」
優しくトールはハジメに労りの言葉を掛けると、ついでとばかりにハジメのクラス内に於ける地位向上に繋がればと思いその様な事を口にしたのだが、それによってクラス内の生徒達がザワつき出す、特に女子生徒が。
それはそうだろう、トールの言が本当ならばハジメの実家は別荘を所有し海外旅行へと行けるだけの資産がある金持ち、もしハジメとそれなりに友好関係を結べれば何某かのおこぼれに与れるかも知れないし、そのハートを射止めれば玉の輿等と非常にリアルな打算が女子生徒達の脳内では展開される。
「南雲君のお父様って結構有名なゲーム制作会社の社長だしお母様は何本ものアニメやドラマの原作になった有名な漫画家なんだよね。」
自席で椅子に座っている白崎が何故が得意気にハジメの実家、南雲家のプライベートな情報を暴露してしまう。
『何故その事を白崎さんが知ってるんだ!?と言うか何気に人の家の情報を流出させるのってどうなのさ白崎さん!!?』
ハジメはトールの言葉に便乗し、更に白崎香織に依って拡げられてしまった個人情報の事でこれ以上自分の安寧が破壊されるのではと気が気でなくなってしまった。
そして騒ぎが拡がったクラスの女子達をザッと見渡すと、ハジメを見つめる女生徒達の目には¥マークや$マークが浮かんでいる様に見える。何とも現金な事だとハジメは辟易とする。
しかしトールはと云うと、己と言うこれ以上無い鉄壁の防護壁が存在している事もあり、さしたる心配など無しと高を括っている。まあ実際トールを害せる存在など人外の相当レベルの存在で無ければ無理な話なのだし。
「ではハジメさん、トールはこれより自宅へと帰還します、朝昼は軽めに作りましたから夕飯はちょっと豪勢なモノにしますから期待して下さいね!」
右手をフリフリと振って去りゆくトールに、ハジメも同じ様に手を振り返す。扉をくぐり廊下へと出たトールは一礼すると扉を閉めて帰宅の途に着いた。
『ふぅ……やっと休めるよ…』ハジメは今度こそはと再び机に突っ伏すと「お疲れさん」と遠藤の労いの声が聞こえた様な気がしたが、まあ良いかとそのまま意識を手放した。
『チィッ!ムカつくぜ南雲のくせによォ、何でお前ばっかりトールさんの料理を食えるんだょぉッ!』
そして心中、ハジメへの怨嗟の念を更に深める檜山は机の上で爪が肌に食い込む程に拳を握り込む。
自分の意中の相手である白崎に構われた上に、自分がその味の虜となってしまった商店街のメイド喫茶のオムライスを作る(バイトなのに初日にコック長へと祭り上げられた)トールの手料理を毎日食べられるハジメにこれ以上に無い程檜山はドス黒いオーラを放つ。もし今、檜山の手元に赤い糸の付いた藁人形が有ったならば、彼は躊躇いなくその糸を引いただろう。其れ程までにモテナイ男の僻みとは恐ろしき物なのか。
しかし奇しくも檜山がハジメを敵視する原因の内の幾許かはトールにもあった訳で、もし彼女が其れを知る事があったなら果たしてどの様な思いを抱くであろうか。
程無くして、校内に始業のチャイムがなりHRの時間を告げた、それから間をおかず教室の扉が開かれ担任教師が入室して来るがハジメは目を覚ます事は無かった。
そして、やがて彼らはその時を迎えてしまう。
アダマン勝様、胴長太様を、rnaとユースト様、意想外の高い評価を頂きありがとうございます。
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