ハジメの行方を探索し続けて訪れた異世界で、思いがけずに出くわした日本の食材とソレを取り出して見せた異世界の人間の男に、驚きのあまりトールは思わず声を上げて問い掛ける。其処にもしかするとハジメの行方に関する手掛かりの一欠片でも掴めればと。
「其処の人間!今の映像は何だったのだ!?それにその“たれ”をどうやって手に入れたッ!!?」
突然に自分の直上から現れた巨大なドラゴンより問いかけられた言葉はその男、向田剛志にとってあまりにも意外なものであった。
とある事情によりこの世界へと転移させられてしまった自分と契約を結んでくれた四体の従魔達は、この世界に於いて強さの頂点に位置していると言っても過言ではない、それ程の能力と実力とを持ち合わせている事は彼もよく知るところだ。にも拘らずその四体にまるで気配を察知される事も無く、正体不明のドラゴンが自分達のテリトリーに侵入していたのだから、一般人的な感性を持つ向田=この世界ではムコーダと名乗る男が慌てふためいてしまうのも仕方が無いだろう。
腰を抜かして尻もちをつき自身が料理の支度を行っていた、システムキッチンの様な魔導コンロに背を預けて自らの直上低空に滞空し自分を見下ろしているドラゴンをガチガチと震えながら見やる。否、あまりの恐ろしさに視線を逸らす事さえ適わない有様であるが為に、現状彼がその問い掛けに答えられなかったのも止むを得ないか。
所変わり此処は風光明媚な佇まいの古代ローマ時代の建築様式を思わせる庭園。その中の清浄なる水を湛えた瀟洒な石造りの庭池、その水面に映る事象を眺めていた女性が慌てふためいて絶叫する。
「な、な、な、何なのじゃ!?何なのじゃ!?あのドラゴンは、一体何なのじゃぁぁッ!!?」
その姿はこの世の者とは思えぬ程に清廉でいて類稀無い程に美しく、まさに美の女神そのものと言った容貌をしており、その姿を目にした異性はその魅力の虜となろう。と言いたいところではあるがしかし、この慌てふためきパニックを起こしている様を見れば、百年の恋も一瞬にして冷めてしまうだろう。
彼女こそはこの世界の神域に住まう一柱の神であり風を司る女神『ニンリル』と言い、ムコーダに最初に加護を与えた者である。
「ちょっと、慌てる気持ちも分かるけど落ち着きなさいよニンリルちゃんッ!私達が慌てた所で此処から異世界人くんの事、どうにか出来る訳じゃ無いでしょう。」
それを嗜めるのは彼女の同僚でありこの世界に於ける豊穣と豊作の象徴である土の女神『キシャール』と言い、やはりムコーダに加護を授けた神の内の一柱である。
一見落ち着きがあり知的な雰囲気と同時に豊かなスタイルを持ち包み込む様な色気を醸す美女であるのだが、彼女もまたニンリル共々残念な一面を持っていたりするのだが、此処では割愛。
「そうキシャールの言う通り、今は落ち着いて見ていると良い。あの獣魔達に気付かれずあんなに近く迄来ていたドラゴンなら、何も言わず直ぐに殺す事も出来たはずなのに質問をして来た。ならあのドラゴンは何かの目的があって接触を図っただけだと思う。」
淡々とした口調でキシャールに次いでニンリルに冷静になる様に促すのは、この世界の清涼なる水を司る女神『ルサールカ』
その見目は一見すると年端もいかない美しい少女の様であるが、他の女神達と比して沈着冷静にして計画性も高く、精神的には一番確りとした性格を持っていると言っても過言では無い。しかし彼女もまた、ムコーダに加護を授けようとしたのだが生憎と彼に水の魔法の適性が無く、代わりに彼の従魔であるスイにその加護を与えたと云う経緯がある。
「そうだぜ、第一ここに居るオレ達がどうこう出来やしないんだからよ。第一アイツにはオレ達の加護とデミウルゴス様の加護まで付いてるんだ、そう簡単にどうにかなるなんて事は無いだろう。それにもし仮にマジでヤバくなったらきっと、デミウルゴス様がなんか手を打ってくれるはずだぜ!」
さらに追随して言葉を紡ぐのは火を司る熱き女神。その名を『アグニ』と言い、一人称をオレと称する男勝りで気っ風の良い姉御肌な良く言えば江戸っ子気質な、悪く言えばオヤジ臭いとでも評して差し支え無いだろう。そして彼女もまた故あってムコーダに加護を授けた女神の一柱である。
他にもこの場に集っては居ないが戦を司る神と鍛冶を司る神の二柱の男神、更にこの世界の創造主である神の加護をムコーダは授けられており、彼はこの世界に於いて絶対的な防御力を有しているのだが。
「うむぅ……そうかも知れんが、それでも不安は拭えないのじゃ!どう見てもあのドラゴンはこの世界のモノとは思えん。だとするならもしやこの世界とは違う
同僚である女神達の諫言に耳を傾けていたニンリルだったが、それでも感じる不安を完全に払拭するには至らずに己の推察した持論を彼女達に伝える。
「ニンリルちゃんはもしかするとあのドラゴンが異世界人くんみたいに別の世界から渡ってきたって言いたいの!?だとすると、確かにあの異世界人くんの便利なスキルだって、私達はおろかデミウルゴス様でさえもその能力がどんなふうに成り立っているのか解らないと仰られていたわね。」
「そう言われるとちょっと不安かも………でも、デミウルゴス様は異界へと渡る術式はとても危険だから本来は御法度だと、以前仰られていたしあり得ないんじゃ?」
「はは……まさかな。大丈夫だとは思うけど、この世界でも最強格のあの従魔達が全く気付かないんだからな。確かにそうだったらスゲェヤバいよな………だぁぁぁぁッ、もうッ、じゃあどうすりゃ良いんだよぉッ!?」
その推論を聴いた女神達は各々に思案しニンリルが呈したその推論が案外的を射ている様だと同意、各人がその顔色を青褪めさせてしまう。
「不味いぞよ、不味いぞよ!もし異世界人に何かあろうなら、妾はもう異世界の甘味を味わえ無くなってしまうではないか、どうすれば良いのじゃぁぁっ!?」
「私だってもう異世界のコスメ製品の無い生活なんて考えられないわよぉ!!」
「アイスとケーキが食べられなくなる………」
「だぁーーーッ!オレのビールが飲めなくなるなんて、冗談じゃねぇぜぇーッ!!」
この世界には存在しない地球のアイテムを購入出来ると云う、ぶっ飛んだムコーダのスキルによってもたらされたアイテムにドップリと浸かりきって依存してしまっている女神達の絶叫が神界に響き渡る。
四体の従魔達も突然の事態に対しどの様に対処すべきか逡巡する。それはこの世界に於ける最強種としての自覚を持っているエンシェントドラゴンとフェンリルをもってしてもである。否、その自覚があるが故にであろう。
「何処から顕れたのだ。じっ、爺よ、何なのだあのドラゴンは一体、お主、何か心当たりは無いか!?」
「むぅ……分からん。儂も永い事生きてはおるが、あの様な種類のドラゴンには
まさかその自分達がここ迄近付かれるまで、おそらくは暫く前から存在を消したまま己のテリトリーへ侵入されていた事にさえ気が付けなかったのだから、その衝撃たるや如何ほどのものか容易に推し量れよう。
驚愕の事態に二体は臨戦態勢を取りつつその身を微かに震わせ、事態の推移を見守る。
『ねえ、フェルおじちゃんゴン爺ちゃん、あのドラゴンさん悪いドラゴンさんなの?あるじをいじめてるのかな?だったらスイがビッーってしてあるじを守るね!』
しかし、まだ生まれて間もないスライムのスイは現状がどの様な事態なのかが理解出来ず、何時もならば直ぐにでも戦いを挑むであろう仲間の二体が上空のドラゴンに対して手を出さない事を疑問に思うと共に、自分の主を助けようとしない事に不満を覚えてか、勇ましくもそう二体に宣言する。
「待つのじゃスイよ。お主が主殿を思う気持ちは儂にも分かるが、今は不味い。あのドラゴンは今のところ儂らに対しての敵意は感じられんどころか、何やら主殿に対して質問をしている様じゃ。」
「そうだぞスイよ。我としてもこれ程迄に強者としての威を放つドラゴンとは対してみたいとは思うが、今はまだその時では無い。だが、あのドラゴンがあやつに対して良からぬ事を行おうと言うのであれば、遠慮は要らん!その時は思い切って殺るだけだ。」
しかし、二体はそれを諌める。主に迫る謎のドラゴンが攻撃の意思を示していないと言う事をもって。内心では二体共に、特にフェルなどは自身も闘争心溢れる性格故に強者に挑みたいとの思いを抱いているのだが、その思いを堪えて。
『でっ、でもよぉ……それじゃ遅いんじゃないのかフェル、ゴン爺?なんか俺達に出来ることは無いのかよ?』
謎のドラゴンから放たれる強者のプレッシャーに、身を震わせながらもドラちゃんはムコーダの為に出来ることが無いかとフェルに尋ねる。彼も彼我の能力差を戦わずともヒシヒシと感じてはいても、普段口には出さないが自分が気に入っている主の危機的状況に自分が出来る事が無い事を薄々と気付き歯がゆく思っているのだろう。
「なに、主殿には創造神様の御加護があるのじゃ、よもやちょっとやそっとでそれが崩れる事もあるまいよ。」
「うむ。爺の言う通りだドラよ。少々不本意ではあるが、此処は成り行きを見守るが賢明であろう。」
『チェッ、分かったよ、悔しいけど俺じゃあのドラゴンには敵わなさそうだからな。』
『うん、スイもわかった!』
年嵩の二体の言に、渋々ながらドラちゃんとスイも事の成り行きを見守る事にするのだった。
ギンっと眼に力を込めて、その目線をガチガチと震えている眼前の人間に合わせて、トールはその返答を待つ。
「……ぁ、ぁ、えっ!?」
しかしトールに睨まれたムコーダはあまりの事態に思考がままならず意味をなさない、途切れ途切れの単音が口から漏れるだけである。
「…………どうした?言葉は伝わっているだろう。もう一度聞く、その生姜焼きのたれをどうやって手に入れた!?」
暫し待っても返ってこない返答にトールは訝しみながらも、もう一度学び取ったこの世界の言語で人間に問い掛ける。その言葉に震えていたムコーダだったが、目の前のドラゴンが発した一つの単語が耳に届いたことで彼の混乱はさらに深まる。
「へっ!?」
この世界の存在ならば、それが魔物であれば尚の事知るはずの無い生姜焼きと言う日本の料理の名が目の前のドラゴンの口から発せられたのだから。しかもその『たれ』とムコーダが自らのスキルである、ネットスーパーから取り寄せた品物が何なのかまで知っているのだから、ごく普通の一般人的な感性しか無い彼が呆けるのも当然か。
しかし、この危機的状況に於いて何時までも呆けていては弱肉強食の世界では命が幾つあっても足りはしない。数カ月間に及ぶ異世界生活に拠ってムコーダもその事を学んでおり、正気を取り戻すべく彼は顔を左右に大きく振って再度眼前のドラゴンに向き直る。
「……あっ、あの今何と……」
驚きつつもムコーダはどうにか言葉を絞り出しトールに話し掛けるのだが、それは質問に対し質問を返すものとなってしまいムコーダはハッとして内心にこれは不味いのでは無いかと冷や汗を流す思いを味わう。
「言葉は通じた様だな、しかし混乱している様だな。全くこれだから下等生物は度し難い。もう一度問おう、その生姜焼きのたれをどうやって手に入れたのだ?」
しかし眼前のドラゴンはそれに怒りを覚えるでも無く、ムコーダの言に呆れた様に下等生物呼ばわりをするが根気よくもう一度同じ質問をムコーダに返す。
「あの、ドラゴンさんはこれが何か知っている様ですけど、これはこの世界の物では無くてですね……」
意外な事にも日本を知っていそうなドラゴンを相手に、おっかなびっくりとしつつムコーダは説明を始めるのだが、それに対してドラゴンは言葉を被せる。
「南雲家の台所を預かる身としては当然知っている。ソレが日本の、エ◯ラの生姜焼きのたれだと言う事は言われずともな。私が聞いているのは、何故ソレをこの世界で手に入れる事が出来るのかと言う事だ!」
しかもムコーダが手にする商品名までをも言い当ると云う驚くべき事実を突き付けて。その事実にムコーダは更に驚愕してしまい、呆気にとられポカンと口を開けたまま固まってしまう。
「………まさか、ドラゴンさんは日本を知っているんですか!?」
数秒の沈黙を破り、正気を取り戻したムコーダは眼前のドラゴンに問い掛ける。そして返ってきたドラゴンからの言葉は。
「ああ、私はその日本からこの世界へと訪れたのだから当然知っている。」
ムコーダが半ば予想していた答えがドラゴンの口から紡がれる。
「驚きましたまさか日本からなんて……じゃあ、俺の事を話します。もしかするとお解りかも知れませんが、俺はこの世界の人間じゃありません。本名は向田剛志と言って日本人です、この世界ではムコーダと名乗っていますが。」
予想はしていても、やはり驚きは禁じ得ないがそうと知っては眼前のドラゴンに対し己の事を紹介する。すると今度は眼前のドラゴンの方が愕然とする。
「薄々思っては居たが、やはり日本人かっ!?」
またしてもトールは異世界に於いて思い掛けず日本人と遭遇してしまったのだから、目の前の頼りなさげな風貌の人間はコクリと頷く。改めてその人間ムコーダを観察してみると確かに彼はトールの目から見ても日本人の特徴を備えている様に見える。
マジマジと自分を眺めやるトールの様子に冷や汗をかきつつもムコーダは言葉を続ける。
「はい。俺は日本人でサラリーマンをやっていたんですが、ある日突然この世界へと召喚されてしまったんですよ。まあ、俺の場合はその召喚に巻き込まれただけで、本命は俺と一緒に召喚された高校生の子達だったんですけどね。」
それは、彼がこの世界に存在する経緯と理由であり、その言葉はトールを驚愕させるのに充分過ぎる事実だった。
「何っ、高校生の子達!そんな、まさか!?」
トールは驚愕の声を発する。漫画的な表現ならばその背には黒い背景と幾つもの雷光が放たれている事だろう。
驚愕の声を発する眼前のドラゴンを眺めるムコーダと、わずかな距離を置きそれを見守る彼の従魔達。その彼らの眼前で突然正体不明のドラゴンはその身体から光を発し始める。何事かと身構える従魔達とオロオロと慌てふためくムコーダの前で、僅かな光を発しながらやがて小さく縮小し始める。
ソレは二メートル程のサイズにまで縮小すると発光現象は収束し、その場には背に羽を生やし尻尾と頭部に小さな角を持つ人型の存在が空に浮いていた。
「なっ!?何とあのドラゴン、形態を変化させたと言うのか。こりゃ驚いたぞい。」
『わ〜っ、すごいね。ドラゴンさんが人間さんになっちゃった!』
『マジかよ、すげぇなぁ。』
「ぬぅぅ……………」
四体の従魔がその様を見届けると四者四様にその感想を漏らす。それは彼らをしてもその事態があまりにも予想を超える事態だったと言う事の顕れだろう。そして、それは彼らの主と言う立場にあるムコーダもまた同様ではあるのだが、ムコーダの感想は彼らの思いとはかなり違ったものであった。
「何で、メイド服なんだ!?と言うかソレよりも、ドラゴンさん女性だったんですか!?」
と、あまりにも意外すぎる現実にムコーダは突っ込みを入れずにはいられなかった。
しかし、トールからすればムコーダ達の感想など知った事ではなく、変化を終えると彼女は直ぐ様降下してはムコーダの元へと駆け寄り、以前訪れた別の世界に居た日本人の少年に対して取った行動をそのままトレースする。
「その高校生の中に、この方は居ませんでしたかッ!?」
胸元から一枚の写真を取り出してムコーダに指し示してそう尋ねる。声量は極力抑えられてはいるが、その面差しからはとても深刻で真剣な様子がムコーダにも見て取れた。
人型に変じたドラゴンと主人とが相対する様を間近に見届けながら、フェルがゴン爺へと問い掛ける。
「爺よ、お主はその身の丈を自由に変えられるが、お主はあの謎のドラゴンの様にその身を人型へと、或いは全くの別物へと変じる事は出来るか?」
目の前でトールが変化して見せた事がどうやらフェルにとっては、衝撃の度合いが相当に強烈だったのだろう。そして、それ以外にも何やら胸中に思うところがあるのだろう。
「いや、無理じゃな。どの様な術法をもってして行ったのかも皆目見当がつかんわい。」
それなりに長い付き合いの有る、そんなフェルの胸中に気付いているのかは定かでは無いが、ゴン爺はチラリとその眼を一度フェルへと向けるが直ぐにその眼をムコーダ達へと戻してからフェルへと返答を返すのだった。
「うむ……そうであろうな……」
フェルは呟くようにそう一言吐き出す。ゴン爺からの回答は彼の予測していたものであり、そこに何の感慨も抱かなかった。
話を終えムコーダとトールに黙って目を向けるフェルの様子が、ゴン爺の眼には未だ屈託が拭えていない様に思え、そんな彼に皮肉では無いのだがゴン爺は尋ねる。
「まさかお主、あの様に人化してみたいとでも思っているのか?」
「フッ、ソレこそまさかよ。我はフェンリルと云う種族に誇りを持っているからな。別に他の何者になろうなどとは思っておらぬ……しかしまあ、人間の姿ならば飯を食うに際して手を使えるのは便利ではあろうがな。」
最後の一言は、何ともフェルらしい返答だなと思うもゴン爺はそれを口に出さず胸の内に留める。
真剣な眼差しで一枚の写真を提示してみせるメイド服姿のドラゴンであった筈の少女。しかしムコーダは目の前に突き出された写真よりも、それを掲げるメイド服姿の少女の方によりその目線が向かう。ソレは目の前の少女の肢体があまりにもふくよかで肉感が強烈すぎる。しかもその容貌もとびっきりの美少女とくれば、彼女居ない歴=(彼の名誉の為にも其処は伏せよう)年のムコーダには刺激が強すぎる。
『こっ、コレが万乳引力ってやつなのかッ!長年彼女が居ない独り身には堪えるよ……それに身形もすごく綺麗だし、目の前で見てもドラゴンが姿を変えたなんて信じられないよな』
しかし、彼も一応は良識と言う物を持ち合わせており、あまり下世話な眼を女性へ向け続ける事はよろしく無いと、理性をフルに動員し頑張って必死に己の眼を彼女が提示する写真へと向かわせる。
写真にはごく普通の容姿の一人の少年が写っていた。取り立ててハンサムと言う訳でも無く、美少年と言う訳でも無い。何処にでも居そうな少年と言った印象の少年だった。
『ああ、やっぱり違うな。あの勇者君じゃ無いな』
結論としてはこの写真に写っている少年はムコーダと共に、この世界へと召喚された高校生の少年勇者では無かった。
「……違いますね。俺と一緒にこの世界に喚ばれた少年と、この男の子とは別人ですね。」
その事実をムコーダはトールに告げるが、しかしそれを告げるに当たってムコーダの胸の内が微かにチクリと痛んだ。彼に写真を提示して見せたドラゴン少女の、その眼差しと表情から彼女の必死さがムコーダには見て取れた。それは彼女に取ってその少年の事をどれほど大切に思っているのかの表れなのだろうと、彼女居ない歴(以下略)のムコーダにも想像が出来たから。
「そう………ですか……」
結果を告げられドラゴンの少女はひどく落胆した様子で呟く。その反応はやはりムコーダの予想と違わないもので、解ってはいたが彼は奇妙な罪悪感に囚われてしまい。
「はい。すいません、力になれなくて。」
ムコーダは困り顔で後頭部に手を当てて、ペコリと頭を垂れる。そして元来がお人好しな彼の口からは自然と謝罪の言葉が紡ぎ出される。
彼からの謝罪を受けたトールは、俯き加減であった顔を上げる。其処にはつい今迄見せていた落ち込んだ様子が消え、何やら瞳をぱちくりと数度瞬きさせて戸惑った様な表情を現せて。
「変な人ですね。何故貴方が謝るのですか?」
彼女はそう問い掛ける。この時彼女には眼前にいるムコーダと言う男と、彼女が求めてやまない想い人である少年とが重なって見えていた。その少年もまた、彼と負けず劣らずのお人好しな為人をしていたから。
「えっ?あぁ、そう言えばそうですよね。ははは………」
そんなふうに苦笑するムコーダの姿を少し微笑ましく思いつつ見ている内に、トールは自分の心が幾らか和らいでいる事を感じ取る。
改めてトールはムコーダ達一行の様子を見る。システムキッチンの様な魔導コンロには食材と調理用具が用意されていて、仕込みの準備は整っていて、四体の従魔の前には各々に木皿が置かれてる。
「食事の途中に邪魔をしてしまいましたね。」
これ以上彼らの邪魔をすべきでは無いし、ハジメが居ないのならばこの世界にはもう用は無い。ならば早急に立ち去るべきだ。
トールは軽く彼らに頭を下げて背を向けて歩を進め始める。
「あの、ちょっと待ってくださいドラゴンさん!」
今にも背中に翼を展開し、空へと羽ばたこうとしていたトールにムコーダが声を掛ける。それを訝しく思いながらも彼女は動きを止めて振り向き、ムコーダに顔を向けた。
そして彼は朗らかな表情でトールに言った『せっかくだし、一緒に生姜焼きを食べて行きませんか』と。
当初予定に無かった神様ズを登場させてしまい、当初のストーリーをちょっと変更してしまいました。