南雲さんちのメイドラゴン   作:佐世保の中年ライダー

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謹賀新年
あけましておめでとうございます。
今年も本作を宜しくお願い致します。


毎度の誤字報告を有り難うございます。


第二十二話

 

 紆余曲折と述べる程に大袈裟では無かろうが、新たに訪れたこの世界でもハジメの行方に関する手掛かりは掴めず、トールはこの世界から早急に去ろうとしていたところにムコーダから共に食事をと誘われ、トールはそれを訝しみつつもご相伴に与る事とした。

 

 ムコーダは彼のスキル、ネットスーパーで取り寄せた生姜焼きのたれを用いて切り下ろした肉を移していたボールに投入し、よく味を染み入らせる為に暫し寝かせに入る。その間に彼は付け合わせのキャベツをアイテムボックスから取り出して、包丁を使い慣れた手捌きで千切りにする。

 トントントンと小気味良い音を立てながらまな板の上のキャベツがそろいの幅に切れた事にムコーダは内心満足げに頷くと、そんな彼の所作をジッと見つめるトールに気が付いた。

 

 「あの、どうかしましたかトールさん?」

 

 先程互いに軽く自己紹介を済まして知った、ドラゴンの少女にムコーダは問い掛ける。中身がドラゴンと言えども美しい少女の姿をした相手に注視されていると言う状況はどうにも照れ臭くもあり、そして彼女から妙に気不味い雰囲気を感じたと言う事もあっての問い掛けであった。

 

 「いえ、何と言いますか。随分と手慣れていると言いますか、その……貴方中々やりますねムコーダさん。」

 

 少し言い淀んだ感はあるものの、トールはムコーダの手捌きをそう評する。

 

 「そっ、そうですかね。まあ毎日みんなの食事の用意をやってますから、俺もそれなりに料理の腕も上がりましたかね……ははは。」

 

 トールの評価がムコーダにはとても照れくさく、それを誤魔化す様に苦笑しつつもテキパキと料理をこなしていくのだが、なおもそんな彼の作業を見つめるトールの身体がウズウズ、ソワソワとした様に小刻みに身体を揺らす様がどうにも気になり、彼は改めて彼女に問い掛ける。

 

 「そのですね。私としては一方的に施しを受けるのは誠に遺憾でして、なので私も何か一品なりとも作ってお出ししたいと思いまして、ですのでもしよろしければ食材と場所を提供して頂ければと。」

 

 すると、若干言いづらそうにではあるがトールは自分の希望をムコーダに伝えた。それを受けたムコーダは『えっ!?』と思わず疑問符を発してしまったものの、改めてトールの服装と先に彼女が述べていた“南雲家の台所を預かる”と言う言葉を思い出して、彼女は料理の心得があるのではと思い至りトールの要望を了承するのだった。

 

 

 「よし、完成!」

 

 二十分程たれに漬け込んでいた大量の肉を全て焼き終えてムコーダがそう告げると四体の従魔たちがそれぞれ喜びを露わにソワソワと身を捩り、よだれを垂らして生姜焼きを配られる時を待ち侘びる。

 

 「よし、じゃあこれを一旦アイテムボックスにしまってと。」

 

 言いながら彼は出来上がった生姜焼きをササッとアイテムボックスへと仕舞い込んでいく。その行動を間近で見ていた従魔達は主の思わぬ行動に抗議の声を上げるがムコーダは、彼らに対して食べるのはトールの作る料理が出来てからだと彼らに詫びながら待ったを掛ける。

 

 「お主よ!ここ迄待たせておいて、それは納得が行かぬぞ!!」

 

 従魔の内の一体であるフェルが尚も食い下がる様に抗議を続け、他の従魔達も追従するのだが。

 

 「そうは言うけど今回は俺がトールさんを誘ったんだからさ、トールさんの作る料理が出来てからみんなで食べようよ。」

 

 フェルが『ぐぬぬ』と恨みがましく不満を現すもムコーダは既に出来上がった料理をアイテムボックスへと片付けてしまっており、こうなってしまってはフェルにももうどうする事も出来ない。恨みがましく料理を作るトールに一瞥をくれてフェルは拗ねて、その場に身を屈めて丸くなってしまう。

 そんな彼の様子を年長のゴン爺や主のムコーダは困ったやつだと思いながらも彼の性分を思えば、仕方無いかと、声には出さずに苦笑するのだった。

 

 「じゃあ、お借りします。」

 

 ムコーダに場所を譲られて、トールは魔導コンロの前に立ち予めムコーダによって提供され下準備を行っていた食材の調理に取り掛かる。

 炊きたての白米にみじん切りに刻んだ玉ねぎと人参、三センチ程の大きさにカットした鶏肉(この世界の鳥類系の魔物)とオリーブオイルにバターと塩胡椒にケチャップとトマトピューレ、そして5パック分の鶏卵。肉以外はムコーダのスキルであるネットスーパーで取り寄せたものであり、その為に幾枚かのこの世界の貨幣を使用しなければならず、当然ながらトールにこの世界の貨幣の持ち合わせなどある筈も無く、これについてはムコーダの厚意に甘える事となったのだが。

 

 『ヨシ』と気合いを入れて、食材へと向き合うと大きめのフライパンを魔導コンロ上に置き、予めムコーダの作業の様子を観察して覚えた使い方に沿ってコンロに点火。十分にフライパンに熱が入った事を確認してトールは食材を投入してゆく。

 

 「これは出来上がりが楽しみだな。」

 

 トールの淀み無くスムーズに進められる作業工程を見ながらムコーダが感心と関心しつつその様に口にする。彼女からの食材の希望を聞いた時点で、彼もトールが何を作るつもりでいるのか想像が付いていた。そして、その出来上がりを最も楽しみにしているのも彼である。

 

 『ねぇあるじ、ドラゴンのおねえさんが何を作ってるか知ってるの?あるじほんとうに楽しそう!』

 

 そんなムコーダの表情のゆるみ具合に気が付いたスイが、興味本位から話し掛ける。信頼する主であるムコーダが楽しみにしている様子から、スイもトールが作る料理に期待出来ると判断したのだろう。

 

 「ああ、そうだね。トールさんが作ってる料理は俺はまだみんなには作った事が無いし、楽しみに待ってて間違いは無いよ。それに見た感じトールさんの料理の腕前は俺よりもずっと上みたいだしね。」

 

 『へえ、そうなのか。そりゃ楽しみだな!』

 

 「そうだのう。」

 

 自分の言葉を聴き入るスイにムコーダが優しく説明すると、スイ以外の従魔達もその言葉に敏感に反応する。何時も美味しい料理を作ってくれる自分達の主人よりも更に上の料理の技術を持っていると言われれば、食いしん坊な従魔達の期待も否が応でもにも高まろう。従魔の皆が口々に期待の言葉を述べる中で、しかし。

 

 「フン。だが、ただでさえ少ない肉をあんなに小さく刻んでしまっては食い応えが無くなるではないか!」

 

 フェルだけが自らの不満を態度と言葉とに表して悪態をつく。どうやら彼にはトールに対して思うところがまだある様で、ムコーダもそれを認識してやんわりと嗜めるのだが。「我は早く御主の作ったアレを食したいだけだ」と不満を露わにブゥたれるのだった。肉が大好きなフェルにとっては、それを小さく刻むと言う事が不満なのか、或いは。

 

 ムコーダと従魔達が注目する中で、やがてトールの料理は完成してゆく。最近他のパーティーと組んでダンジョンへと潜る機会が多い為にたくさん買い込んだ木皿の上に一つずつ盛り付けられたその料理の見た目にムコーダは感嘆の溜息を吐く。輝くような黄色い卵の衣を纏い赤いケチャップで彩られた、日本人にはお馴染みの家庭料理にして下町の料理。チキンライスのオムライス。その数は二十皿を超える。

 

 「はあ〜っ。匂いだけで判る!これは絶対に美味しいやつだ!」

 

 鼻腔を引くつかせてトールの料理の匂いを嗅ぎながらムコーダが力強く断言する。その目元に微かな雫を溜めて感動を込めてもう一言。

 

 「まさか異世界に来て、誰かが作ったオムライスを食べられる日が来るなんて想像も出来なかったからなぁ!」

 

 『ねぇあるじ、このご飯オムライスって言うの?すっごくいい匂いがするね!スイ、早くオムライス食べたいなぁ。』

 

 その言葉に反応しスライムのスイが、待ち切れないとばかりにピョンピョンと跳ねながら催促をすればドラちゃんとゴン爺もそれに続き、若干不貞腐れ気味ながらフェルもたちあがって催促をする。

 

 「おいお主よ!もう出来たのならば早くアレを出してくれ。我はもう待ち飽きたぞ!」

 

 「ははは、分かった分かったてば。」

 

 フェルからの催促に苦笑しつつムコーダはアイテムボックスから生姜焼きを取り出して、各々の皿へと盛り付けると待ってましたとばかりにフェルは従魔達の中でもいち早く生姜焼きへと齧り付く。

 口の周りを生姜焼きのたれでベタベタに汚しながら食いつく姿はいっそ清々しいと言えるかも知れないが、フェル達を風呂で洗うムコーダにとっては、ただでさえフェルは風呂嫌いなのだから、それは結構な苦労を伴う事だろう。

 

 「ふむ、コレがフェルのやつが初めて食した異世界の料理か。確かにこの香ばしい匂いが食欲を唆って堪らんのう!」

 

 『ああ!この甘辛いたれが絶品なんだせ!』

 

 『あるじ〜っ、お肉おいしい〜!ドラゴンのおねえさんのごはんも早く食べたい!』

 

 「待っててねスイ。俺もお腹空いたからちょっと食べてからみんなに配るからね。て言うかフェルは付け合わせのキャベツもちゃんと食べろよ!」

 

 美味な生姜焼きに舌鼓を打ちつつ食べ続ける従魔達の様子にムコーダは微笑みながら見守りつつ、ムコーダがアイテムボックスから取り出して設置したシートの上に腰を下ろして自分が作った生姜焼きを食しているトールへと目を向ける。

 

 「どうですかトールさん?」

 

 緊張気味にムコーダは料理の味の感想をトールに尋ねる。プロと呼んでも差し支え無い技術を持っているトールが自分の料理をどう評するか、彼としては気になる所である。

 

 「ふむ。この完成された生姜焼きのたれは勿論の事として、この豚肉もかなり良い素材を使っている様ですね。それに貴方の腕前も確かですね、と言うか私もこの豚肉をぜひ使ってみたい物です。ハジメさんにも食べてもらいたいですね!」

 

 そう言ってトールはムコーダの料理に高い評価を与え、その言葉にムコーダは大いに喜ぶ。

 

 「そうですか、そう言って貰えてホッとしましたよ。因みにですけど、この肉はこの世界のオークって魔物の肉なんですよ。」

 

 軽い会話を交わしながらもムコーダは、生姜焼き一皿を早く食べ終えると次にトールの作り上げたオムライスと、従魔達からの要望に沿って生姜焼きのお代わりを木皿に盛っていく。目の前に置かれる二つの皿、生姜焼きの茶色とキャベツの緑にオムライスの黄色とケチャップの赤、そのコントラストの何とも言えない美しさに従魔達の目も釘付けとなる。

 

 「ほう、卵で飯や肉を包み込み、その上に赤い調味料を掛けておるのか。焦げ目一つない卵の黄色とその上の赤い調味料との色合いが何とも華やかなものだのう。」

 

 「見た目よりも問題は味が美味いかどうかよ。それをあんなに肉を小さく刻んでしまってはな。」

 

 二体の年長従魔がトールのオムライスに対して、肯定的見解と否定的見解を述べる。先程からのフェルのトールの料理に対する言動にゴン爺も、些かながら呆れてしまう。

 

 「全くお主は。肉の歯応えを味わいたくば、主殿がこさえた料理があろう。」

 

 「フン!」

 

 ゴン爺の嗜める言葉が終わると、フェルは気分を害してます感を露わに拗ねて生姜焼きに齧り付く。他の者達はトールのオムライスに興味津々としているのにも拘らず、何とも天邪鬼なフェルであった。

 しかし、そんな天邪鬼なフェルを他所に他の従魔達とムコーダは早速とばかりにトールが作ったオムライスへと食を進める。

 

 「うおっ!フェルの言う様に確かに肉の噛み応えは無いが、しかしこの味はその様な事など些事だと言って良い程の美味さじゃわい!」

 

 『本当だぜ!外側のフワッとした焼いた卵もだけど、中身の味のついたメシもすっげぇ美味い!』

 

 『うん!卵もごはんもすっごくおいしい〜!ドラゴンのおねえさん、おいしいごはんありかと〜!』

 

 従魔達はオムライスの味の虜となり口々にその感想を表明する。スイなどはムコーダの躾が行き届いているのか、料理を作ってくれたトールにきちんと感謝の言葉を述べる。

 

 「気にしなくとも大丈夫ですよ。この食材は全部ムコーダさんに提供して頂いたものですし。」

 

 スイの感謝の言葉にトールは淡々と返答するのだが、その頬がほんのりと朱に染まっている事をムコーダの目はしっかりと捉えていた。

 

 「そうかぁ〜、良かったね。そんなに美味しかったんだねスイ。」

 

 口には出さず心でトールへ謝意を表し、ムコーダは親バカ全開のデレ顔と甘々な口調でスイに語り掛けると、ポヨンと跳ねてスイも応える。

 

 「うん!すっごくおいしいよあるじ〜。早くあるじも食べてみて。ねぇ、フェルおじちゃんも!」

 

 「ああ、そうだね。それじゃ俺も頂きます。」

 

 オムライスの美味しさにご機嫌なスイがムコーダとフェルに早く食べてと勧めると、ムコーダはその言葉に従い食べ始めようとした所でフェルがまたしても悪態を吐いてくる。

 

 「フンッ!少ない肉で我が満足すると思っているのか……」

 

 コレには流石のトールも気分を害して剣呑な雰囲気を醸し出し、“ギロンッ”と鋭い眼光と闘気とをフェルへと向けて放ちながら。

 

 「ああんッ!?食べたくなければ、食べなくて結構ですよ!こちとら食事に誘ってくれたムコーダさんに対する礼のつもりで作っただけですし。」

 

 その怒りを努めて抑えつつフェルへと反撃を兼ねてチクリと口撃を加える。彼女もまだまだドラゴンとしては若年であり血気盛んな部分も持ち合わせており、喧嘩上等な人間で言うならばヤンキー気質な部分もある。フェルもまたこの世界に於ける強者としての矜持を持っており、一歩も退くものかと気を張る。

 そんなトールとフェルの怒りの波動に一応一般人なムコーダは空恐ろしさを感じるのだが、こんな事でトールとフェルとを(あらそ)わせたくはなく、なけなしの勇気を振り絞り砕けそうな腰を必死に力付けながら立ち上がり、この場をなるだけ穏やかに収めるべくフェルを嗜める。

 

 「な、なぁフェル……お前が肉好きなのは俺も十分に知ってるから、不満に思うのも分からないじゃ無いけど、流石にちょっと言い過ぎじゃ無いか?そんなに嫌なら俺の分の生姜焼きと交換してもいいぞ。」

 

 へっぽこなムコーダが勇気を絞り出しながら、ジッとフェルに視線を合わせて己の間違いを嗜めるムコーダの思いを感じ取り、フェルは暫しの間を置いて自分からこの場は折れる選択を取る。

 

 「クッ、誰も食わんとは言っておらんだろう!」

 

 ムコーダの料理に胃袋をガッチリと掴まれているフェルとしては、ムコーダの言に折れると言う選択肢以外に取り様は無く従わざるを得なかった。

 折れてくれたフェルにムコーダは安堵のため息を一つ吐いてからトールへと向き直り頭を下げて謝罪する。トールは「気にしないで下さい」と一言、謝罪は不要と言葉には出さず食べかけの生姜焼きを食べる事を再開する事でムコーダにそれを告げる。

 ムコーダも腰を下ろして食事を再開する。トールのオムライスを載せた皿を左手で取り上げて、ケチャップが掛かった部分にスプーンを入刀して取り分けて、最初の一口を口にして驚愕し。

 

 「なっ!?こ……これはッ!朧塚商店街のメイド喫茶で食べた、あのめちゃくちゃ美味しいオムライスと同じ味だッ!!」

 

 声を大にして叫ぶ。日本に居た頃に評判を聞きつけて、食べに行ったメイド喫茶のオムライス。その味を気に入り何度か店へと通い、その味付けを真似できないかと思っていたが、この世界へと召喚された事により二度と食べられないと思っていたその味に期せずして再会出来た喜びにムコーダは感動に打ち震えるのだった。

 

 「へぇ、ムコーダさんうちの店に来店した事があるんですね。私一応アルバイトなんですけど、その店で料理長と呼ばれているんですよ。」

 

 思わぬところで自分の勤務先の顧客と出会いトールは少しばかり驚いたものの、自分の料理をベタ褒めされて悪い気がする筈も無く、表情を変える事無くその尻尾をユラユラと揺らす事で喜びを表している。

 

 「なッ、なんと!そうなんですかぁぁッ!!?と言う事は、あのオムライスはトールさんが作っていたんですか!はぁぁ………まさかこの味をもう一度味わえるなんて思ってもいなかった。」

 

 トールから齎された思わぬ情報。異世界へと召喚されてから初めて知った意外過ぎる事実にムコーダは驚嘆しつつも、食事を再開しオムライスの味を噛み締める。そんなムコーダの様子に“それ程のものなのか”と遂にフェルもトールのオムライスを口にするのだった。

 

 

 

 トールのオムライスはムコーダ一行全員に大好評で最初は渋っていたフェルも、何だかんだとオムライスを四回もお代わりする程であった。尤も、その態度は如何にも渋々ながら食べているのだと言う体を崩さない風を装っていたが、お代わりはいるかと尋ねられる度に尻尾をブンブンと振っていた様からフェルがオムライスを気に入ったと言う事が皆にも知れ渡ろうと言うもの。

 

 「短い時間でしたけど、お世話になりました。」

 

 食事も終わり、お土産にとムコーダからレッドボアの肉を始めとするこの世界の魔物の肉をお裾分けしてもらい、序にムコーダのスキルであるアイテムボックスの能力を彼に使用してもらう事で観察し、その仕組みを大凡理解してトールなりに解析して覚えマスターした、その中に収納するとムコーダ一行に感謝の言葉を伝え別れの挨拶を告げる。

 

 「いえ、俺もまたあのオムライスを食べられて幸せな一時でした、ありがとうございます。早くハジメ君と会えると良いですね。」

 

 「ええ。ありがとうございます。」

 

 『ドラゴンのおねえさん、おいしいごはんありがとう!』

 

 「どういたしまして。」

 

 『じゃあな、元気でな!』

 

 「貴方達も。」

 

 「もう行ってしまうのか、異世界のドラゴンがどの様なものか色々と聞きたかったのだがのう。」

 

 「そうですね、機会があれば。」

 

 ムコーダ、スイ、ドラちゃん、ゴン爺が順に別れの言葉を掛けるのたが。

 

 「………………」

 

 「ほら、フェルも何か言う事無いのか?」

 

 その中でフェルだけがトールに対して無言を貫いている。しかしそんなフェルも、その眼は確りとトールへと向けられており彼もトールに対して何か言葉をかけようとは思っているのだろうと見当をつけて彼を促す。

 

 「別に話す事も無いのなら、無理に話をする必要は無いですよムコーダさん。」

 

 「えっ、でも……」

 

 フェルから視線を外し、ムコーダの気遣いを不要と捨ててトールは彼に謝辞を伝えてお辞儀を一つ。

 

 「それではこれで……」

 

 別れの挨拶を口にすると、彼らから踵を返して数歩歩みを進めて、背中の羽根を展開する。彼女と彼らとの出会いもこれにて終了となったその時。

 

 「待て、待ってくれ異世界のドラゴンよッ!」

 

 それまで口を噤んでいたフェルが身を乗り出して去り行くトールに、待ってくれと呼び掛ける。その声にトールは歩みを止めて振り返って自分に呼び掛けたフェルを見やる。

 

 「………なんですか?」

 

 訝しみトールは暫し無言でフェルに目を向けていたが、中々用件を切り出さないフェルの事を面倒だと思いつつも自ら切り出す。

 

 「お主が目的の為に急いでいる事は重々承知しているが、頼みがある。行く前に、一つ我と闘ってはくれぬか!?」

 

 おそらくは彼の心中でそれなりの葛藤があったのだろうが、意を決して彼女の目を見てその思いをトールへと伝える。

 

 「ちょっと待てフェル!いきなり何を言い出すんだよ!?」

 

 それを聞きムコーダは大恐慌に陥る。自分に付いてきてくれる従魔達が、揃いも揃ってバトルジャンキーである事は十分理解していた筈だった。しかしまさか、異世界から来訪して来たドラゴンに迄喧嘩を売るとは思ってもいなかった。否、内心ムコーダの心の隅っこには或いはこうなる可能性があるのではとの思いもあった。何せバトルジャンキーなのだから。

 

 「止めるなお主よ!我は試してみたいのだ、異世界のドラゴンの力に我の力が通じるのかを!」

 

 「だけどなぁッ!そうは行かないだろう!」

 

 必死にムコーダはフェルを思い止めようと説得を試みる。今、フェルを止めないとバトルジャンキーっぷりが他の従魔達にも伝播して、次々とトールへ挑戦状を叩き付ける事態と成りかねない。トールをそっちのけでムコーダとフェルとの舌戦が繰り広げられる。

 しかし、二人の舌戦をトールが制する。いい加減うっとおしく感じたと言う事もあるのだろうが、トールもまた先程より自分に突っ掛かってくるフェルに対して思うところがあったのだ。

 ガン極まりの眼光を向けてトールはフェルと対峙する。二人?の間にバチバチと車田漫画的な紫電が奔る幻覚が、ムコーダの目には映っている様で彼は頭を抱えて悶える。

 

 「本気で言っているんですか?」

 

 トールがそう問えば。

 

 「無論だ!」

 

 フェルは簡潔に応える。

 

 「死んでも知りませんよ?」

 

 「その様な事、やってみねば分からん!」

 

 此処にフェルのトールへの挑戦が両者合意の元始まるのだった。

 

 

 

 

 ムコーダ達から距離を取りトールとフェルが対峙する。その二人?も十メートル程の距離を取って向かい合っている。トールと向かい合うフェルは強者であるトールに己の力をぶつけられる事にこの上なく興奮している様で、それなりに付き合いの長い仲間達は遠目からでもその様子が手に取る様に理解出来ていた。

 

 「感謝するぞ異界のドラゴンよ。しかし、何故元の姿に戻らんのだ、その姿では制約も多いのでは無いのか?」

 

 人間に当て嵌めて言うならば、口角を上げて笑っていると言っても良いだろう。上機嫌な声音でトールにそう呼び掛けて、前足で地面を数度抉り取る。

 

 「心配は無用、貴方などこの姿で十分ですよ。」

 

 そんなフェルの言葉をさも面倒だとばかりに平坦な声音でトールがそう返すと、半ば浮かれ気分であったフェルも流石に沸々とした怒りが湧き上がって来た。

 

 「その様な大口を叩きおって、後で後悔しても知らんぞッ!」

 

 「そう言うのはもう結構。さっさと掛かって来なさい!」

 

 「フン!その大口をあの世とやらで後悔するが良い!征くぞッ!!」

 

 言うが早いか全身に旋風(かぜ)の魔力を纏ってフェルがトールへと向かって超高速の突進を仕掛ける。その速力は優に音速を超えて音を置き去りにしてフェルの巨体がトールへと迫る。

 それは一秒にも満たない刹那の時間。旋風の魔法を纏った右前脚を掲げ、同時に火魔法の魔法陣を横一列に十個展開して高速射出。その総てが同時にトールの身へと殺到する。更にフェルはトールの眼前でフェイントを織り交ぜる様に急停止を掛けたかと思えばその直前で瞬間移動でも行ったかの如く高速移動でトールの背後に回り込む。

 

 『勝った!』刹那、フェルは内心そう確信するが、しかし。

 

 「はぁ、だから言ったでしょう。貴方程度この姿でも十分だと………」

 

 トールは突進して来たフェルの顔面を右手で掴んで軽く力を込めて握り込む。

 

 『何が起こったのだ!?』

 

 フェルは己の置かれている状況が理解出来ないでいるのだが、答えは至極簡単な事である。それはフェルよりもトールの方がスピードもパワーも魔力も総てが上回っていると云うだけの事。

 フェルが眼前で急停止から背後へと回り込む間に、トールは己に殺到して来る火魔法を瞬時に発動した魔法で全弾相殺し、同時にフェルが回り込む軌道を予測して先回り。フェルが勝ちを確信した時点でもう既にトールはフェルの顔面に右手を掛けていたのだった。

 

 「フンッ!」

 

 そのままトールはフェルを掴んだ右腕を大きく振り上げて、そのまま地面へと大音声を響かせて叩き付ける。その勢いに周囲には草木や木片に石や土が飛び散り、ムコーダ達の方へも降り掛かるのだが、予めフェルが掛けておいた結界により彼らにその被害は及ばない。顔面を掴んだままにトールは更に魔法を発動する、それはトールの右手を介してフェルの体全体へと浸透して行く。

 

 「ぐぁハァッ………ぐぁぁ……」

 

 突如我が身に起こった異変と苦痛にフェルは苦悶の声を出して悶える。否、悶える事さえもが出来ないでいる。それはトールが発動した魔法が重力を操る魔法であり、彼の身には今この世界の数十倍の重力によるプレッシャーが伸し掛かっていた。二人?の闘いが始まって十秒にも満たない時間で勝敗は完全に決したのだった。

 

 「フェルッ!!トールさん貴女の勝ちです。フェルを離してやって下さい。」

 

 フェルの危機に慌ててムコーダは駆け出してトールに寛恕を乞う。しかしその声を無視してトールは残る左腕をドラゴンのそれに変化させて鋭い爪をフェルへと向ける。

 

 「口出しは無用。始めからそう言っていた筈ですよ、ムコーダさん。それは、このフェンリルもそう覚悟していた筈。」

 

 そう言ってトールはムコーダの願いを遮り、ドラゴン化させた左腕に更に力を込めて、今正に振り下ろそうとしたその時。

 

 「そこを曲げてお願いします。どうか、フェルは俺の大切な家族なんです!」

 

 家族。その言葉にトールの、フェルの身へと突き刺さらんと繰り出された腕が急停止する。フェルの首筋、薄皮一枚程度のギリギリのところで。

 涙を流して土下座をしながら許しを請うムコーダに今一度トールは目を向ける。そして思う、もしもこの先自分がハジメと再会したとして、その時ハジメがトールや自分が識るドラゴンや神々をも超えるモノに手を掛けられようとしていたら、その時に自分はどうするのだろうかと……………

 

 『あー、取り込み中に済まんが異世界のドラゴンよ。此処は一つムコーダの願いを聞き届けては貰えんかのう』

 

 葛藤するトールの耳に突如老いた男の声が響く。

 

 「誰だッ!?」

 

 トールの口から誰何の声が響き渡る。

 

 『急に済まんのう。儂はこの世界の創造神デミウルゴスと言う者じゃ。』

 

 その声はこの世界の創造神デミウルゴス。ムコーダとも親交のある、少しお茶目な神様である。

 

 「神だと………」

 

 しかし、神と云う存在に対し良い感情を持たないトールはそれを訝しがる。何ならば彼女は神の存在自体が争い事の大元であると、その様に認識しているのだから。

 

 『如何にもそうじゃ。そのフェンリルの存在はこの世界の未来の為にも、ムコーダの為にもまだまだ必要なのじゃよ。』

 

 「そんな事は私には関係無い!」

 

 世界は兎も角、ムコーダの為に必要な存在だと言われてトールは躊躇うが、それを振り払う様に彼女はデミウルゴスに言う。

 

 『なぁに、タダで許せとは言わんよ。そうじゃのう一つ取り引きをせんか。もしもフェンリルを赦してくれるのならば、儂がお前さんの探し人の攫われた世界の場所を教えてやろう。』

 

 そして、デミウルゴスはどうやらかなりのやり手の様で、トールが今最も欲している物を提供すると持ち掛ける。

 

 「何ッ、どう言うことだ!?」

 

 『フォフォフォ、何と言う事も無い。お前さんがムコーダに写真とやらを見せた時にのう、地球の世界の主神に少しばかり尋ねたのじゃよ。』

 

 しかもその情報を神々のネットワークを使う事で既に把握していると云うのだから、トールとしては業腹も良いところである。しかし、幾千もの世界を巡って未だ掴めない最愛の想い人の行方の手掛かりが掴めるのならばと、トールは葛藤し。

 

 「…………解りました。その取り引きに乗りましょう。」

 

 フェルの命を奪うよりも、ハジメへの恋慕の情が遥かに勝り、忌々しくは思いつつもデミウルゴスの提案を飲むのであった。

 

 『話が早くて助かるぞい。』

 

 トールとデミウルゴスとの間に取り引きは成立しフェルは赦され、重力の軛を解かれるのだった。

 

 

 

 

 

 話は終わりデミウルゴスからハジメが居ると思われる世界の座標を聞き、トールは今度こそこの世界を去ろうとしていた。しかし彼女はもう一度ムコーダへと振り返ると、彼に問い掛ける。

 

 「ムコーダさん。私なら貴方を日本へと送る事が出来ますけど、貴方に日本へ帰る気持ちはありますか?」

 

 「…………お主よ。」

 

 『あるじ………』

 

 『おい!?』

 

 『どうするのじゃ主殿よ?』

 

 その提案はとてもムコーダにとって、途轍もなく魅力的な提案である。しかしムコーダは自分に呼び掛ける従魔達を順繰りに見て、そしてカレーリナの街で自分の商売を手伝ってくれている奴隷(従業員)達一人一人の顔を思い浮かべ、そして。

 

 場所は変わり再び、この世界の天界にて。

 

 「ぎゃ〜ッ、何を言っているのじゃぁぁ〜ッ、あのドラゴンは!?」

 

 「そうよそうよ!異世界人くんを連れ去るなんて許さないわよぉぉッ!」

 

 「ダメ……連れて行っちゃ……」

 

 

 「ざけんなよッ異世界のドラゴンッ!アイツは連れて行かせないぜ!」

 

 トールのムコーダに対する提案に天界の女神達は大恐慌に陥る。ムコーダがこの世界を去る、それは即ち彼女達が欲する地球の製品の数々がもう二度と手に入らないと言う事。そんな事態に、この地球の製品にドップリと浸かり切ってしまった駄女神達が耐えられよう筈も無いだろう。

 

 「これお前達よ。それはムコーダ自身が決める事じゃ、それを我らがとやかく言う権利は有りはせんのじゃよ。」

 

 「ですがデミウルゴス様。妾は……」

 

 そんな醜態を晒す女神達をデミウルゴスは諌めるのだが。女神達は尚も我儘を言うのだった。デミウルゴスはそんな女神達に溜息を吐くと、声を鋭くして彼女達に言い聞かせる。

 

 「第一ムコーダは望まずしてこの世界へと召喚されて来た、言わば被害者なのじゃ。しかもあのドラゴンはムコーダと同様に想い人を攫われておるのじゃよ。ならばあのドラゴンがムコーダに同情心を抱くのは当然と言えよう。であれば儂らはムコーダの選択を見守るのみじゃ。」

 

 問答無用とデミウルゴスは駄女神達の戯れ言をピシャリと止め、水面に映る地上の様子を見守るのだった。

 

 ムコーダは答える。

 

 「そうですね。正直に言うと、その提案はすごく魅力的です。でも、俺にはもう……この世界に大切な家族やたくさんの友人が出来ましたからね。有り難い話ではあるんですけど、遠慮しておきます。」

 

 ニコリと爽やかな笑顔で、トールの申し出を断わるのだった。

 

 「そうですか。まあそう言うんじゃ無いかと思ってはいましたけどね……それでは、これで。」

 

 ムコーダの答えに納得してトールは別れの挨拶を告げて空へと飛び上がる。その身を完全にドラゴンへと変えてトールは空間ゲートを展開しこの世界を後にするのだった。

 

 『行っちまったな。』

 

 「そうだね。」

 

 『また、会えるかなあるじ?』

 

 「どうだろうね。」

 

 ドラちゃんとスイが虚空に去っていつたトールの事を名残惜しそうに語る。

 

 「それは、デミウルゴス様でも分からないんじゃないかな。」

 

 「そうじゃな。世界を違えている者が出会うと言う事、それ事態が稀な事なんじゃからな。」

 

 「フン……次に会った時は………」

 

 

 

 

 世界の狭間をトールは翔ける。異世界の創造神デミウルゴスより得た情報を元にハジメが居ると言う世界へと向かって。

 

 「ハジメさん!」

 

 逸る気持ちを抑えられずにトールは翔ける。彼女がハジメのいる世界、異世界トータスへと至るのも、もう間もなくである。

 

 「ハジメさん!」

 

 何度も求めて止まない想い人の名を呼びながら。

 

 「ハジメさん!」

 

 しかし、彼女は知らなかった。この時既にトータスに於いてハジメが大迷宮の奈落の底へ堕ちてから三ヶ月を超える時が過ぎ去っていた事を。

 

 三ヶ月、それは過ぎ去ってみれば短い時間なのかも知れない。しかしそれは、サイド7を出航したホワイトベースが地球へと降下し、ジャブローを経て再び宇宙(そら)へと上がり、宇宙要塞ソロモンを陥落させるに至る迄の時間と等しい。

 

 

 

 

 

 

 

 深い深い、奈落の底に眩い閃光と不可思議な音が木霊する。その閃光と音とが現れる度に命が失われてゆく。幾度も続いたソレが終わった時。

 

 「よぉし!コレで此処いらの魔物は全部片付けたよな。」

 

 一人の人間の若い男の声が発せられる。優に百八十センチを超える身長に、獣の毛皮をバサリと翻してマントの様に纏い。右手にはこの世界には、否地球にも存在しない銃火器の様なものを持ち。

 その左腕は奇妙なスクラップにも見える金属や未知の素材で造られた義手の様な造りをしている。

 

 「ん。◯◯◯が全部片づけたから、また私の出番が無かった………」

 

 そして、その男の傍らには……………

 

 




放浪メシ篇終了です。
次回からは再びトータスへと戻ります。
さて、最後に現れた二人は誰でしょうね(すっとぼけ)
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