南雲さんちのメイドラゴン   作:佐世保の中年ライダー

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奈落の底に落ちたハジメ君の運命は………


第二十三話

 

 昏く深い奈落の奥底にザーザーと音を立てて流れ行く水の道、それは長大な川幅と深度をもち豊富な水量を誇る河川だ。その川の水の影響もあるのだろうが、地の底であるが故か気温もかなり低くとても肌寒い。

 

 「はぁ……しかし我ながらよくも助かったものだよなぁ……」

 

 その岸辺に自らが作り出した魔導コンロに火を灯して暖を取っているのは、トールが幾つもの世界を渡って探し求めてやまない想い人である南雲ハジメその人であった。

 六十五階層の橋上にて遭遇した、あの恐ろしいベヒモスとの遭遇戦。最後まで殿としてベヒモスを牽制し続けていたハジメは、橋上からの脱出の際に突如として自分目掛けて飛来して来たクラスメート達の放った魔法の衝撃により、その橋上より墜落してしまった。

 

 「運が良かったのかな。まさか奈落の底がこれだけ肥沃な水を蓄えてたおかげで、何とか死なずに済むなんて、でも……」

 

 目の前を流れる川を何とも言えない気分で目をやりつつハジメはボヤキ節をたれる。事実落下の最中に運良くハジメは溢れ出す鉄砲水や、ソレが作り出した巨大な滝や長い年月を掛けて作られたであろう水圧によって削られて作られた、まるでウォータースライダーの様なスロープ状の水道。

 偶然か必然か、それらが幾重にも重なりその流れに乗ることが出来たが故にハジメは命を失わずに済んだのだった。

 

 「はっ、くしょぃっ……寒っ……まあ中身は幾つか無くなってるけど、バックパックも一緒に流れ着いてくれたのは不幸中の幸いだよね。」

 

 しかし、命は失わずに済んだものの長時間、温度の低い水に浸かりきっていた為にハジメは体温が相当低下していた。それこそ意識を取り戻すのが今少し遅かったら、ハジメはそのまま永久の眠りの中に囚われていた事だろう。

 ハジメは手元に置いてある、自分と共にこの深淵の奈落に落ちてきた背嚢を見やって、ほんの僅かな幸運に感謝して、首に掛け胸元に下がるエルマから貰ったペンダントを右手で触れる。

 そして、左手をそっと心臓付近に当ててみる。ハジメは心音とは違う暖かな感触をそこから感じる。

日本に居た頃は気が付かなかったが、この世界へと召喚されて手渡されたステータスプレート。そのプレートに記されていた、我が身に掛かる優しきドラゴン達の加護。それこそが自分の命を救ってくれたのだとハジメは理解し感謝する。

 

 「でも本当はきっと、トールとエルマさんのおかげかなぁ、は……はぁ、っくしょんッ……はぁ、出るのはくしゃみばかりなりか。でもいくらくしゃみを連発したって、魔法の壺がなけりゃ大魔王も召喚できないってのになぁ。」

 

 ズルっと、垂れそうになった鼻水を啜りながらぼやくハジメは、こんな時にもアニメのネタを差し込んで来る。流石は両親からの薫陶が厚く行き届く、オタク界のサラブレッド。だがしかしパンイチの。

 水に濡れたのは当然ハジメだけではなく、彼が身に着けていた着衣も同様に濡れていた。陽の降り注ぐ温暖な地ならばまだしも、此処は日の光の届かぬ奈落の底である、濡れた衣服を纏っていれば当然それによって体温は奪われ続けるし衣服も乾かないし、くしゃみも止まらないだろう。なのでパンツ以外の着衣を全部脱いで、ハジメは魔導コンロの火で暖を取りながらそれを乾かしているのだった。

 

 

 

 しばらく時間は掛かったものの魔導コンロから放たれる火とその熱のおかけでハジメの身体は健康な体温を取り戻し、濡れていた衣服も乾かす事も出来てハジメは手早くそれを身に着けてる。

 此処はハジメが落ちて来た階層よりも遥かに深い場所である。そうだとすれば此処に巣食っているであろう魔物達はもしかするとあのベヒモスよりも恐ろしいモノが存在するのかもしれないとハジメは思い至る。こうしてこの場で何時までものんびりと休んでいる暇は無いぞと、ささっと背嚢を背負うと行動を開始する。

 

 「と言っても、何をどうすれば良いかは解らないけど、取り敢えずは魔物に見つからない様に潜みながら上階に上がる階段的なものを探さないとな。」

 

 幸いにして現在ハジメが居る階層は、通路の様になっており、しかも起伏に富んでいて壁面にも至る所に凹凸があり身を隠す場所も数多くありそうだ。

 無言で頷きハジメは決意する。努めて慎重に限りなく気配を殺して身を隠して、階層の探索を進めようと周囲に気を配る。

 

 『トールの認識阻害とまでは言わないけど、遠藤君並に存在感が薄ければ、もっと安全に探索も出来るのかな?』

 

 胸のお守りを服の上からそっと触れて、胸中に大切なドラゴン(ひと)と仲の良い友人を思い浮かべてハジメは己の現状を鑑みてみる。無い物ねだりなのだとしても、その力を欲してしまうのは仕方が無いだろう。此処は深く仄暗い奈落の底、一寸先は闇を文字通り体現する世界であれば挫けそうになる心の均衡をとてもでは無いが保てないだろう。

 

 

 

 

 「うわっ……何だ此処は……」

 

 歩き始めて暫く、極度の緊張を強いられる状況下にて、いい加減心身共に疲れが見え始めた頃合いにハジメはこの階層に於ける最初の別れ道へと辿り着いた。縦横に別れた所謂四辻となった巨大な交差点である。尤も常に人間の手により整備がなされている訳では無いので、相変わらずの悪路ではあったのだが。さて何方へ進めば良いものか、この行く宛の探索行に於いて幾つもの選択を迫られてもハジメとしては面倒が増えるだけでしか無い。しかしどのみちハジメは目的の上階へと登る階段を見つけられなければ、その間は結局この階層全体を虱潰しに探し続けねばならないのだから、やる事は変わらない。ならば此処はどうしたものかと思案する。

 

 「どうする………って、考えても仕方無いし此処は取り敢えず前進してみようかな。」

 

 一分にも満たない時間思案し真っ直ぐに前進を続けると結論を出し、ハジメはそのまま歩を進めようと踏み出した、その時だった。

 ハジメの耳が此方へ向かい迫りくる物音と、只ならない気配とを捉えた。咄嗟にハジメはその場でサッと身を屈めてしゃがみ込んで身を潜めた。路上の小石を踏んで弾きながら歩いているのだろうか、微かに物音がハジメの耳に届く。

 

 『なっ、何だろう?魔物なのか、こっちに近付いて来てる!?』

 

 現状、この階層にハジメの他に存在するものなど魔物以外に居はしないだろう。口には出さずに内心でハジメは当然すぎる結論を想像し推察する。

 恐れつつもハジメは身を隠している岩陰から僅かに頭を上げて接近して来る音源の方を見やり、ハジメはそれに目を留める。前方ハジメが進もうと思っていた方向の通路から、ソレは現れた。

 ピョンピョンと飛び跳ねながら此方へと向かってくるソレは、白い毛玉に丸い尻尾に長い耳を持った生物。少し距離を置いたその場から見えた姿はウサギと形容して構わない、そのままの姿があった。

 

 『ウサギ!?何か可愛………ッ!!』

 

 遠目には可愛く感じられたウサギの様な姿の魔物だったが、ソレが近づくにつれ相対的な距離が近付きその全容が分かるにつれてハジメは驚愕する。

 その大きさが異常だった。そのウサギの身の丈は中型犬程もあり、その身体の表面には幾筋もの赤黒いラインが不気味に脈動している。そのウサギの“異様”にハジメの身の裡に得も言えぬ恐怖心が鎌首をもたげる。

 これは不味い、当然ながらこのまま前方へと進む選択肢は取れない。ならばとハジメは再度ゆっくりと身を屈めて右へ進むか左へ進むかと自問する。

 

 『右の方がみつかりにくそうかな。なら』

 

 ウサギをやり過ごして右へと進もうと、可能な限り息も殺してその場に潜む。どうか早く過ぎ去ってくれと祈りながら。しかし、その魔物はその場に立ち止まると地に鼻を近付け鼻孔をひくつかせて匂いを嗅ぎはじめた。暫し匂いを嗅いだ後、ウサギの魔物は身を起こして周囲を見回しながらハジメに対して背を向ける形となった。

 ハジメに背を向けてウサギの魔物は尚も鼻をひくつかせて匂いを嗅いでいる。これはもしかしてチャンスなのではないかとハジメは思い立ち、右側の通路へと向かうべく足を動かそうとしたその時。

 

 『ッぁ……不味いッ、気付かれた!?』

 

 鼻だけではなくウサギの魔物は耳をピクピクと動かし始めた。もしや魔物にハジメが身に付けている着衣の僅かな衣擦れの音でも捉えたのだろうかと思い動きを止めて息を呑み、ハジメは慄き軽くパニックに陥る。激しく鳴り響く心臓の鼓動、ブワッと溢れ流れ出る額の汗。もう駄目なのかとハジメの心は絶望感に支配されてしまう。

 しかし、どうやら幸運にもウサギの魔物が捉えたモノはハジメでは無かった様で、ウサギの魔物はその顔をハジメが居る方向とは別の方へと向ける。否それも厳密には幸運と呼べる様な物では無く、更なる危機がこの場に訪れる前兆でしか無いのだった。

 

 「グァァッ!!」

 

 ハジメの心胆を寒からしめる、恐ろしい咆哮が地響きの様に大きく木霊する。それはウサギの魔物とは別の魔物の咆哮。釣られる様にハジメはその咆哮が聴こえた方向へと顔を向けると、ソレは岩陰から飛び出してウサギへと向かい突進する。

 ウサギの魔物と近しい真っ白な毛並みの二尾の狼型の魔物だった。大型犬程の、ウサギの魔物よりも一回りは大きな体躯にやはりウサギと同様に幾筋ものラインがその身に走り脈動している。

 しかもそれは一体だけでは無く、更にもう一体別方向から現れてウサギへと向かい疾走り行く。震えながらウサギと狼との戦いを見つめるハジメは、二体の狼の魔物にウサギの魔物が無惨にも惨殺される光景を幻視する。

 だが、これはチャンスだとハジメは思い至る。このタイミングを利用してこの場から離脱出来るのではないかと、ハジメは腰を浮かせる。

 

 だがしかし。

 

 事態はハジメの予想と違い、且つ思い望んだ結果とも違うものになった。 

 

 「キュウ!」

 

 意外にも可愛らしい声でウサギの魔物は一鳴きすると、フワリと大きくその場で跳び上がって見事な軌道を描きながら空中で一回転、そこから更に横方向への一回転。強靭でありながら靭やかで大きな脚を振りかぶり回転のエネルギーを加えて放つのは回し蹴り、まさにリアル竜巻旋風脚。

 『ドヴァン!』とあり得ない音を響かせるウサギの蹴り技により響く打撃音は、ブ厚い鉄の扉に流れ弾丸のあたったような音など可愛らしい物だと思える程に鈍く、はらわた迄も震えそうな程に恐ろしい響きを放った。威力の程もそれに比例する様に空恐ろしい物で、そのたったの一撃でヒットした狼の頭部を百八十度以上も回転させてしまったのだった。

 

 『なっ………』

 

 それを目撃したハジメは声も出せず硬直。

 

 その反動を利用して返す刀でウサギは次の攻撃をもう一体の狼へと繰り出す。再びの空中回転から逆さの状態で地の狼を見据えるウサギの顔がその時ハジメには不敵に嗤っている様に見えた。

 逆さの状態からウサギは、まるで空中に壁でもあるかの様に其処を蹴って狼へと向かって突進する。一体目の狼をあっさりと殺してしまう程の威力を秘めた脚力に万有引力の作用が加わり加速したウサギは、更に縦方向への回転を加えて浴びせ蹴りを狼に見舞う。ヒットした狼の頭部は、ウサギの踵と地面との間で完全に引っ潰れてしまっていた。

 恐ろしい威力を発揮したそれは、音速の白い幻影の尾を引く黄金のカカトと言うべきか。

 

 この時『ああ、もし格ゲーにこのウサギがプレイアブルキャラとして実装されたら、多分持ちキャラとして使うだろうな』とその一部始終を見ていたハジメは場違いにもそんな事を思ってしまった。

 

 しかし、ハジメのそんな感慨を置き去りにしてウサギの元に更に複数体の二尾の狼が迫りくる。ハッと現実に帰りハジメは今度こそウサギの命運も尽きたかと予想する。だがハジメの予想はまたも覆される。迫りくる狼を眼前に捉えたウサギはその場で反回転して耳を地に着けて大きく横方向へと回転を始める。それは地球世界で云うところのブレイクダンスを思わせる動作で、飛び掛かってきた二匹の狼を嵐の様な無数の蹴りによって横壁へと弾き飛ばし叩き付けた。べチャリと音を立てて壁と抱擁を交わす狼から命の灯火は既に奪われてしまっていた。

 間違いなく超必殺技レベルを超えた破壊力を秘めているであろう。

 ウサギによって繰り広げられる狼に対する一方的な蹂躙劇も、いよいよ最終局面へと向かう。おそらくは勝てないであろうと理解しながらも、二尾の狼の最後の一匹がウサギへと向かい進む。狼はその身からビリビリと体毛を逆立てながら雷を発生させて、それを尻尾へと集積してウサギへと向けて連続して雷撃を放つのだが。

 脚力に物を言わせた、ハイスピードステップとスウェー移動で巧みにそれを躱しながらウサギは狼へと接近して行く。そして狼の放つ雷撃が止んだタイミングを見計らってウサギは狼の内懐へと最接近、そこからすかさず足腰の筋力を十分に乗せたサマーソルトキックを叩き込んだ。その光景を例えるならばタメ技をタメ無しでポンと高速対応してくる理不尽な対CPU戦時のアメリカ空軍所属のホウキ頭のマーシャルアーツ使いの如し。

 閑話休題。その威力の前に狼の肉体は安物のCG映画のワンシーンの様に仰け反り吹き飛ばされて地べたに叩き付けられる。狼の肉体はピクピクと末期の痙攣を起こすが、それも直ぐにおさまって狼はもう動かなくなってしまった。

 技を出し終えたウサギはシュタッと華麗なポーズで着地すると、前脚で自らの長い耳を気障ったらしくファサぁっとかき上げてドヤると勝利の雄叫びよろしく「キュッ!」とほくそ笑むかの様に一鳴き。その一連の出来事を見届けて、その現実を前にもうハジメの恐怖心のリミッターは既に天井が見え始めている。

 

 『嘘だと言ってよバーニィ………』

 

 溢れ出る恐怖から『は、はは、は……』と、乾いた笑いが小さくハジメの口から漏れるしかし、そんな状況下にあってしても、この様に脳内にネタが浮かんでくるのが南雲ハジメと云う少年のどうしようも無い性なのかも知れない。

 だが、そんな性がこの場において何らかの慰めにもならなければ、この絶望的な状況から逃れる為の好機となる訳でも無い。ハジメがやらなければならない事は、如何にしてウサギに見つかる事無くこの場から離脱するか。出来うる限り溢れ出る恐怖心を抑え込み、冷静さを失わず慎重に事に当らねばならない。

 満足の行く戦いの結果に悦に入っているウサギを視界の中に見留ながらハジメは慎重に後退る。無意識の内に右手を胸の前に当てながらジリジリと。だがそれはこの場に於いては悪手となってしまった。

 『カチャ』と小さな音を立てて小石が弾ける。足を動かした事によりハジメの靴が地を引きずり小石を弾いてしまった事で立てられた小さな音であったが、大きな耳とそれに比するだけの聴力によりウサギはやや離れている位置から聴こえた音を、その方角迄も確りと捉えていたのだった。

 

 「ウキュウ!」

 

 ウサギは小さく口角を歪めてハジメを視界に捉えた。その声は人間で言うところのニヤリした嗤い声なのかも知れない。例えるならば、かつてのマガジン系の暴走族漫画に登場する喧嘩ジャンキーな敵役キャラのキレながら愉悦に浸っている顔の様な物だろうか。

 

 『来る!』瞬間的に(さと)ったハジメは動き出す。余裕ありげな態度でハジメの行動を見ていたウサギも数秒の間を置いてハジメを追う。

 

 「れっ、錬成ェーッ!」

 

 僅か十歩程走ってハジメはその場の通路に左手を着いて唱える。錬成の能力によって地を隆起させて張出し、無数の剣山の様な尖閣を形作った防護壁を展開し身を守る。

 しかしそれはこの深淵なる奈落の底の魔物達にとっては大した障害物では無かった。

 

 「キュゥ……キュウッ!!」

 

 上層のレベルの低い魔物達にとっては脅威的であったハジメの錬成障壁を、ウサギは飛び蹴りで破壊した。

 

 「わっあぁぁっ!?」

 

 ウサギの蹴りによって瓦解し砕け散った岩塊や石礫と共にハジメは吹き飛ばされて、地面に強かに叩き付けられる。

 

 「うっぐぅぅぅ………」

 

 左手の肘を抑えハジメは呻く。吹き飛ばされた衝撃により強打した左肘がズキズキと痛む。治癒の魔法が使えればその痛みや怪我を癒すことが出来たであろうがハジメにその能力は無く、且つ又彼の持つ技能『術式作成(プログラミング)』を以てしても医療や人体に対する知識が乏しいハジメでは、それを再現する事が叶う筈も無かったのだった。

 

 「はっ、あぁ……」

 

 恐る恐るハジメは自分を吹き飛ばしたウサギの様子を確認するべくそちらに目を向ける。鋭く自分を吹き飛ばしたそのウサギが、ハジメが築いた錬成障壁の残骸の上にイキリ立ちハジメを睨め付ける様を見せ付けていた。痛みに疼く左腕を庇いながら生存本能に従い立ち上がるが、その眼に自分を捉えるウサギの姿に慄き身体が震えて動けない。

 

 『動け動けっ!』

 

 ハジメは震えながらそう唱える。ハジメのその姿に勝ちを確信したウサギがとどめの追撃を仕掛けるべく、その脚に力を込める。死ぬのかと脳裏にこれから自分の身に起こる運命を予感するハジメだったが、その瞬間が訪れない。何事かと訝しむハジメを他所にウサギはハジメから目を離して首を巡らせ他方に向けた。

 

 「ウ、キュッ!!!?」

 

 ハジメは見た。ブルブルと震えるウサギの姿を。まるで自分と同じ様に強者を前にして恐れ慄くウサギの姿に今の自分を映し見ている様にも思えるのだが、それはこの場に絶対強者であるウサギをも恐れさせる何者かが存在している事の証に他ならない。

 

 『何に震えてるんだ?』

 

 ハジメのその疑問は直ぐに答えが示された。

 

 「グルゥゥ………」

 

 通路右側から低く何者かの重厚な唸り声と共に地を踏みしめて歩み近付いてくる気配を感じ、ハジメもウサギが顔を向けた方向に目を向けた。

 そこから現れたのは全身を鎧の様にガッシリとした筋肉と脂肪を身に纏った巨体の魔物だった。灰色に近い白色の体毛に覆われ、狼やウサギと同様に赤黒いラインが幾本も流れる様に身体に走っており、両手には三十センチはあるだろう鋭く尖った鉤爪の様な禍々しい三本の爪を備えた、熊の様な魔物。

 足下にまで届きそうな長い腕をダラリと垂らしながら、少し前傾姿勢でゆったりと近付くその熊の魔物がウサギをも超えた圧倒的な強者であると言う事をウサギの状態からも容易に推察が出来よう。

 

 「グルゥ!!」

 

 悠々と歩き迫る熊の魔物、爪熊が立ち止まり睥睨する様に辺りを見渡す。その眼にウサギとハジメとを見留める。ウサギもハジメもその場に縛り付けられた様に硬直してしまう。期せずして訪れた異様な静寂に包まれる深淵の奈落、それを打ち破ったのは爪熊の地響きの様な咆哮だった。

 

 「グルァァァッ!!」

 

 その声にハッと我に返ったウサギが咄嗟に踵を返して逃走に移る。狼やハジメに対して絶対強者であったウサギが爪熊に立ち向かう事さえせずに只走り逃げ去る選択しか出来なかった。それを追う爪熊が背後に迫る、ほんの数瞬の追走劇。

 

 しかし、ウサギの回避も逃走も爪熊の前では無意味なものであった。

 

 逃がすものかとばかりに爪熊がその長大な爪の着いた腕を無造作に振るう。ウサギは持ち前の敏捷性をフルに生かして回避を試みる。流石の反射神経だとウサギの反応を見てハジメは内心でそう思うのだったが、しかし、ウサギの回避も逃走も爪熊の前では無意味なものであった。

 

 「えっ!?」

 

 爪熊の振り上げ下ろしたその攻撃はウサギには当たらず見事に逃げ切り遠間に着地したと思われたウサギの身体が斜に真っ二つに斬り裂かれ、その上半身がズルリと下がり落ち、下半身と永遠の別れを強制された。上半身が地に落ちると同様に残された下半身も力無く崩折れてしまい、それぞれ別方向を向いて倒れる。

 

 数歩の距離を無造作に歩みウサギの死体に近寄ると爪熊はその死体を爪で刺して持ち上げると巨大な口を開けてソレに食い付いた。バリボリと骨をも砕きながら爪熊はあっという間にウサギの死体を食い尽くしてしまった。食いながらもその視線をハジメから離さず鋭い眼光を向けて『次はお前の番だ』とその眼は無言でハジメに告げていた。

 




奈落のエピソードは基本的には原作の展開をなぞって行きますが、コピペとならない様に追加や原作の記述をカットしております。

蹴りウサギの能力もありますが、根塊格ゲーネタを多様してしまいました。話は変わりますが、その昔なろうにてありふれ原作を読み始めた当時、まだアニメ化の発表がされる前の事です。
ハジメ君の声を脳内再現するに当たり、どんな声が合うだろうかと思案した結果自分の中で奈落での豹変以降のハジメ君の声のイメージが対戦格闘ゲームザ・キング・オブ・ファイターズシリーズの初代主人公草薙京の声優を長く務められた初代声優、野中政宏さんの声がピタリとハマりソレからはずっと野中さんの演じる草薙京のイメージで再現していましたが、ありふれアニメ化発表後、さてハジメの声はどうなるか?まあ年齢的に野中さんがハジメ君の声優となる事はあり得ないだろう、しかしだとするとハジメ君に合う声の人が居るのかと思っておりましたが、それも杞憂と終わり深町寿成さんが見事にハジメ君を演じられている事は皆様ご承知でしょう。
そこでふと思いました。数年前に大抵のキャラの声優変更がされたKOFシリーズ、その草薙京役も逆に言うと深町さんならバッチリこなせるのではないかと!?少なくとも今のこe…………
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