南雲さんちのメイドラゴン   作:佐世保の中年ライダー

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二十四話です。
誤字報告ありがとうございます。


第二十四話

 

 バリボリと爪熊が己が斃したウサギを喰らう咀嚼音だけが迷宮内の一隅に響き渡っている。健啖家ぶりを発揮して爪熊は肉だけでは無く、皮も内臓も骨も軟骨も余すこと無く噛み砕き腹の中に収めていくその様を見ている事しか出来ないでいるハジメの心は絶望に支配されていた。『死ぬ、死んでしまう、殺される………』と募りゆく絶望感が遂にオーバーフローを起こしハジメは遂に正気を失い絶叫してしまう。

 

 「うわぁぁぁぁあぁぁッ!!」

 

 絶叫を上げると同時にハジメは爪熊に対して背を向けて逃走を開始する。ウサギによって大ダメージを被った左腕の痛みも忘れて、ただ眼前にいる人生最大の絶望感を自らに与える脅威、確実にハジメの命に終止符を打つ存在から少しでも遠くへ遠くへ離れなければと、ただソレだけしか今のハジメには無かった。

 

 「あぁぁぁあぁぁッ…………」

 

 恐怖のあまり涙と鼻水を垂れ流している事にも、ハジメは自分で気付いてさえいないだろう。それ程にハジメの精神は追いつめられていたのだった。だがそんなハジメの精神状態など爪熊には何の関係もある訳も無く、余裕綽々な態度でハジメを見据えている。ウサギをもアッサリと屠ってしまう爪熊の魔の手から、他のクラスメート達と違い異世界特典で肉体的なチート能力を獲得出来なかったハジメの脚力では、否例え天之河クラスのソレがあったとしても現在の能力では逃れられる筈も無かろう。

 

 「がはぁッ!?」

 

 逃げるハジメは突然です身体の左側から衝撃を受けて弾き飛ばされてしまった。そして後から数瞬遅れてハジメの耳に轟ッ、と空気を切り裂いて迫る風の音が聴こえてきた。それは爪熊による音をも超えた速度の攻撃、それによりハジメは強かに壁面へと叩き付けられる。遅れて沸き起こる痛みがハジメの精神を僅かに現実へと回帰させた。身体のあちこちから訴え掛けられる痛みを耐えてハジメは振り返る。

 自分を弾き飛ばした攻撃が爪熊からのものであるのだとは理解できるハジメだったが、しかし振り返り見た爪熊が今取っている行動がハジメには理解出来なかった。

 

 『何で追撃して来ないんだ?てか何を食べているんだ!?』

 

 爪熊は先に自分が斃したウサギを余すこと無く食い尽くした筈だった、なのに今爪熊は何かを食べている。ソレが何なのか解らずハジメは食べる爪熊を凝視する。

 

 『えっ、アレって人間の腕!?』

 

 緑光石が放つ光のおかけで遥かな深淵の底でありながらも視界が確保されており、それにより見えた人間の皮膚の肌色をしたモノに齧り付く爪熊の姿を視認して疑問が沸き、そして直ぐ様その答えを嫌が応にも理解する。その瞬間にハジメの身体が右側へと傾げる。人間は四肢の何処かを失うと肉体のバランスが崩れて傾げてしまい、そのバランスを取れる様になる迄にはそれなりの時間を要すると言う。

 

 ハジメは見やる、軽くなった自身の左側を。そして知った。自分の左腕が肩から十センチ程を残してバッサリと切断されている事を。

 

 「は…はは……ハハハッ……何だコレ!?……うぅぅっ………わぁあぁ!?がぁぁうわぁぁ!」

 

 見て認識してハジメの中に最初に沸いたのは何故か込み上げてきた乾いた笑いの衝動、その後にやって来たのは凄まじいまでの痛みと恐慌(パニック)による絶叫。自分の肉体の一部が無惨に絶ち斬られてしまったと言う現実が、平和な世界で生まれ育ったハジメにはあまりにも重かった

 しかしこれでもまだ、ハジメは十分に幸運だったと言えよう。音速の衝撃を受けて壁面へと叩き付けられていながら、身体全体的には所々に打ち身や打撲、ちょっとした擦過傷を負った程度で済んでいるのだし、しかもあの強者であったウサギの肉体をもアッサリと断ち割り屠った爪による斬撃を腕一本の損失で済んだのだから。それもまたトールか或いはエルマから貰った御守の加護が働いたからなのかも知れない。

 

 「ひぃぃぃぃぃぃ………腕がぁ……」

 

 だが、それとは知らぬハジメに取っては単にこの絶望の中で身体的欠損を被ってしまった事実が心身共に重く伸し掛かってしまう現実だけをコレでもかと突き付けられるだけなのだから。

 ハジメが痛みと恐怖の絶叫を上げている最中にも爪熊はハジメに見せ付けるかの様にでは無く、ハッキリと(わざ)とハジメに見せ付けながらその腕をかっ喰らい胃の腑の中に収めてゆく。

 数秒程でハジメの腕を喰らい尽くし、爪熊はユラリと動き始めた。音速に喃々(なんなん)とする速度の斬撃を放てる爪熊なれば、彼我の距離僅か十メートル程度の距離であればハジメに逃げられる事も無いと高を括っているのだろう。

 

 「グルルァァッ!!」

 

 ハジメを睨め付けながら一吠えしつつ、爪熊が右腕をゆっくりと振り上げる。

 

 「あ、あぁぁあぁッ!」

 

 ハジメも爪熊が今から自分に対して攻撃を加えて来ると言う事を嫌が応にも理解する。恐怖に怯え叫びながら爪熊から、何故かハジメは背を向け壁の方へと身体を向ける。それを目視した爪熊は振り上げた腕を大きく斜に斬る様に振り下ろした。

 

 「ガァァッ!!」

 

 それは、あのウサギをアッサリと屠った攻撃と同一のモノ。ハジメの命運がこの瞬間に尽き果てても可怪しくは無いだろう。しかし、最悪のこの状況をハジメは運良く躱すことが出来た。

 

 「わぁぁッ、れっ錬成ぃッ!!」

 

 それは左腕を欠損した事により機能障害を来したバランス感覚が奏効したのか、或いは生き残ろうとする足掻くハジメの精神と肉体がハジメの直感をプッシュしたのだろうか。傾げる身体の動きを止めずに身を任せ、そのまま右手を地面スレスレの壁に膝を地に着いてしゃがむ事によりハジメは爪熊の斬撃を躱し、そのまま錬成の技能により高速で壁面に穴を開けて爪熊の追撃を躱してその穴の中に素早く入り込む。

 

 「錬成ッ!錬成ッ!錬成ッ!錬成ッ!………」

 

 続け様にハジメは声を発して穴を掘り進める。その穴はしゃがみ込んだ人間が這って進める程度の大きさ。その程度の大きさならば二メートルはあろう爪熊がその中に入って来る事が出来よう筈も無く、ハジメは見事に自分の命を刈り取りに来した具現化した悪夢から逃れる事に成功したのだった。

 

 一方、ハジメを(すんで)のところで取り逃した爪熊は、ハジメが開けた小さな穴の前で苛つき大声で荒ぶり吠えたてていた。

 

 「グガァァッ!グルァァッ!………」

 

 爪熊がハジメが逃げ込んだ壁の穴に八つ当たりの様に腕を振るい、その穴を大きく拡げようとしてか斬撃と打撃を加える。しかし幾らあり余るパワー任せに壁を壊そうと試みても堅牢な壁は爪熊の思い通りに崩れる事は無く暫くの後、爪熊はその行為が無駄だと言う事を悟り忌々し気に壁を一瞥するとその場を去って行く。

 

 

 

 

 どれ程の時間だったのだろうか、実際の時間はほんの僅か数十秒程度だったのだが直面した死の恐怖に晒されているハジメには、ソレが永遠にも等しく感じられていた。何度も『錬成』と唱えて穴を掘り進め、もう既に爪熊の魔の手から逃げ切る事が叶っているのだがそうとは知らないハジメは奥へ奥へと逃げ込む。進まなければ殺されるとの強迫観念がハジメを駆り立てる。

 

 「錬成ーッ、錬成ッ、錬せ………」

 

 しかし、やがてそれも肉体と精神との許容限界を迎えてしまいハジメはゼンマイの切れた玩具の様に力尽きて倒れ伏してしまった。かてて加えて爪熊により左腕を切断された、その傷口から少なくない量の血を流した事も影響していた。

 

 『父さん、母さん、カンナちゃん、イルル、そして僕は……トー………あっ、っぁ………』

 

 意識の途切れてしまう直前、ハジメの脳裏には懐かしき光景が浮かんでいた。身勝手な神の手により引き離されてしまった大切な家族達とのありふれた日常、ハジメが今最も求めその手に取り戻したいと望んで止まない愛すべきヒト達との日々の幻影。

 その幻影にハジメは残された右手を伸ばし掴もうとする、しかし左腕を失っていた為にハジメは身を崩して地面に突っ伏してしまっい其処で意識を失ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 一方その頃ハジメのクラスメートと騎士団は。

 

 「着いた、やっと。俺達助かったんだ………」

 

 長い長い道程を経て一行はようやく地上へと辿り着き、オルクス大迷宮からの脱出が叶い安堵の吐息と共に染み染みとした声音で生ある事の喜びを噛み締める様に、一人の男子生徒がそう漏らした。

 それは紛れも無く生徒達の大半の思いを代弁する言葉である事は間違い無いだろう。夕暮れの朱に染まった疎らに雲の浮かぶ空と、迷宮上がりの冒険者や通りを行き交う人々に露店で商売を行っている商売人達とで賑わう通りを見渡し、ハジメと云う犠牲を出しながらもこの日常の景色の中に生き残り帰還を成し得た自分達を、世界が優しく赦してくれたのだとそう思えたのだから。

 

 「みんなここ迄よく頑張ってくれた。あんな事があったのだから皆、さぞ心身共に相当疲労している事だろう。今日は宿屋でゆっくりと休んで回復に努めてくれ!」

 

 全員が迷宮から退去した事を確認しメルド団長が労の言葉を皆に掛けるが、メルド自身自らが発した言葉がほんの些細な気休めにしかなっていない事は十分に理解していたが、今の消耗し切った子供達に掛けられる言葉がこの程度でしか無い事をメルドは胸中忸怩たる思いで一杯だった。

 

 「よし、ではみんな二列に並んで隊列を作って宿屋へ向かおう。バラけての移動は周囲へ迷惑になるからな。」

 

 メルド団長から引き継いで副官が生徒達へ行動を促すと、疲れを引きずった生徒達はノロノロとしながらも副官の指示に従い隊列を作る。騎士団員が隊列が形成された事を確認し、団員の先導の元全員纏まって宿屋へと向かい歩いてゆく。

 生徒達が宿屋へと向かい進む隊列の殿に着いたメルド団長は先に確認した、生徒達の疲労や恐怖心や色々な感情が綯い交ぜとなった表情にこれから先の事を考えると居た堪れない気持ちとなってしまう。

 

 『今日の事で心を折られた者もいるだろう。それでも俺はこんな子供達を戦場に送れる様に鍛え上げねばならんのだな。まあしかし、今回の件で俺は何らかの責任を取らねばならんだろう。最悪この首を刎ねられる事も覚悟して置かなければな………』

 

 二十階層での転移のトラップ発動から六十五階層でのベヒモスとの遭遇戦、その戦いに於いて失ってしまった南雲ハジメと云う一人の少年。彼等の召喚より一月を越え、その間に彼が開発に携わり世に出た商品と技術は職人達にも多くの仕事と富を齎し、商人達も国境を越えて他国まで商売の手を伸ばし販路を拡大、その税収により王国に多大な富を齎し始めていている。農業により食糧事情を飛躍的に向上させている畑山愛子と並びハジメは既にこの国に必要不可欠な存在となっていた。それだけでは無い。

 

 『あの坊主は、あの場に於いて誰よりも冷静に状況を見定めて動いていた。身体能力では光輝達には及ばんが、自分の長所を最大に発揮してあのベヒモスをも単独撃破を成す寸前まで追い込んだのだからな、あれは見事な戦術だった。だからこそあまりにも惜しまれる、あいつは戦士としては最強になり得無くとも最高の軍師になれる素質があったのだ。それを俺はみすみす………』

 

 一階層から二十階層までの征路での訓練でも、ベヒモスとの戦いに於いてもハジメが見せた戦術眼をメルドは高く評価する。そのハジメを高々(結果としては大事となってしまったが)訓練の為の遠征で失ったのだ、王家からの評価も高いハジメを失う事は国家にとっても巨大な損失となる。であれば責任の所在ははっきりとさせなければならず、となればこの遠征の責任者であるメルドが責任を取らせられる事は避けられぬだろう。

 引責辞任などでは生ぬるく懲戒解雇でもそうであろう。おそらくは自死、或いは処刑となる可能性が高いと思われる事をメルドは既に覚悟している。

 

 『ただ惜しむらくは、俺の手でこの残った子供達が一人も死なずに済む様に育ててやりたかった。それが、戦に子供を駆り立てる側の大人の最低限の責任だろうからな』

 

 メルドの子供達に対する思いは、武人である彼らしく戦場に於いての身の処し方が基本であり政略等の内政面での思慮は戦に対するそれと比すと低くなる事は仕方が無い。貴族間の派閥や宮廷闘争などとは些事として自ら遠ざかっていたのだから。

 

 『願わくば、俺の後任が子供達を私利私欲の道具とする様な者では無い事を祈るばかりだな……』

 

 しかし、このメルドの処遇はある意味では杞憂と終わるのだが、この時の彼にはその様な事を知る由もなく。ただ王国に今回の一件を報告する為の報告書の作成で今夜は徹夜になるだろうとの予想がたっているだけであった。

 

 

 

 

 皆が迷宮から帰還した時は朱色だった空のキャンバスも今はもう黒に塗り替えられて、星に火が灯され細やかに淡く優しく瞬きながら黒の夜空を照らす時刻。命からがら這々の体で帰還を果たしたハジメのクラスメート達も、今は宿屋の各人の部屋にてその疲れ切った心身を休めていた。その一室、八重樫雫は親友の白崎香織と共に充てがわれた部屋にて眠る彼女の様子を悲痛な表情で見つめていた。布団に包まれた穏やかな顔で眠る香織を雫は部屋に備え付けられている椅子に腰掛けて彼女を見守っている、身動ぎもせず横たわり微かな呼吸音だけを口と鼻から漏らし静かに眠る香織をいたわる。

 

 「香織、今は静かに休んでいなさい……何も考えずにゆっくりと………今は……」

 

 ハジメが奈落へと落ちて行く様をその目で見てしまった香織は、想い人が事故により墜落してしまうと云うあまりの事態に彼女は正気を失いハジメを追って自らも奈落に飛び降りようとした程であった。

それを雫達幼馴染達がそれを抑え込み思い留まらせようと香織を必死に諭すが、彼女はそれを聞き入れずあくまでもハジメを追うのだと喚き散らかすばかりで半ばパニック状態であった。

 已む無く、それを見かねたメルド団長が香織の首筋に手刀を落とす事で意識を刈り取り強制的に眠らせ現在に至るのだった。

 

 額に掛かる香織の前髪を優しく手櫛でかき分けながら語り掛け、雫は思う。今は眠れ、眠りの園と云う楽園(エデン)に心を預けて穏やかにと。そして、目を覚ました時はどうか現実から目を背けずに前を向いて欲しいと願う。たとてそれが香織に取ってどれ程に残酷な現実であろうと。

 

 「けれど、望みは皆無に等しいのでしょうけど南雲君が生きていくれたなら………」

 

 あの状況で底の見えない奈落に落ちて行ったハジメが生存しているなど、先ず有り得ないなろう。けれども、もしハジメが生きて帰って来たならばきっと香織は笑顔を取り戻してくれるだろうと、いつしか雫は取り留めも無くそんな事に想いを馳せるのだったが。

 

 「タラレバを幾ら考えても仕方が無いのかもだけれど……はぁ。」

 

 しかし稍もするとその様な思考に囚われている場合では無かろうと、自分を戒める。今考えるべきはこれから先の自分達の今後の身の振り方だろう。

 

 

 

 

 ホルアドの街の宿屋にほど近いとある場所、薄暗い闇の中で人通りも無い一角に一人の男が膝を抱えて座り込んでいた。顔を下に向けて地べたをぼんやりと見ていたその男はやがて、何かを面白い事でも思い出したのか口の端がニヤリと曲ったかと思えば頬がヒクヒクと引きつりだし、そしてクククッと小さな笑い声をたて始めた。

 

 「クヒヒッ、クククッ!あっ彼奴ツが悪いんだ。雑魚のくせによぉ、ちょっと工作が得意だからって調子に乗るから……だから俺が、そうだよ、あれは天罰だ。天誅ってやつだ!……俺は間違ってない白崎のためだ、あんな雑魚に白崎もトールさんも勿体無いってんだよ。彼奴はもう居ないんだ、白崎もトールさんももうかかわらなくていいだよ……俺は正しいんだ、俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ、クヒヒッ………白崎、白崎ぃぃぃ………」

 

 仄暗い、否、あまりにも身勝手なゲロ以下のヘドロの溜まったドブ水以下の自己弁護と自己肯定をぶつくさと呟いているは、ハジメのクラスメートの一人である檜山大介。

 正気を失った夢遊病者の様に戯れ言をほざく愚者は己の脳内で目障りな存在が消えた事によりこれから訪れるだろうと、本人は思い込んでいる意中の相手とのアレコレを想像して悦に浸る。その姿は第三者から見るとあまりにも気持ち悪過ぎるのだが、そんなモノは当人に取っては何らの意味も無い事だし第一に今はこの場に自分しか居ないのだから、そんな醜態を誰かに見咎められる事も無いと高を括っていたのだったが、それは甘すぎた。

 

 「へぇ~、やっぱり君だったんだ、檜山君!異世界最初の殺人がクラスメイトか……中々やるね?」

 

 不意に背後から聴こえてきた声に檜山はビクッと身動いで驚き背後を振り向きながら『誰だ!?』と誰何の声を上げた。そして彼のその目に止まった相手は檜山もよく知る人物だった。

 

 「おっ!お前何で此処に居るんだよ!?」

 

 驚きと焦る気持ちが連動して檜山は首筋に冷たい汗の雫をツーっと滴られながら、その相手に問い質すのだが、問われた相手は余裕の笑みを讃えて座り込んでいる檜山を見下ろして微笑んで。

 

 「そんなことはどうでもいいよぉ。それよりもさぁ、人殺しさん!ねぇ今どんな気持ち?ねぇねぇ恋敵をどさくさに紛れて殺すのってどんな気持ち?愉しかったぁ?てかさ、迷宮からここ迄戻る間君ってみんなと合わせて神妙な顔してたけどアレも演技だったんだね。いやぁだとしたら“キ・ミ”も中々やるもんだよねぇ!」

 

 対照的に焦り余裕の無い檜山を、面白いイジリ甲斐のある玩具を見つけたとばかりに笑いながら煽り散らかす。その容貌はサイコパスそのものと評しても差し支えなかろう。それ程にその相手の言動には相手を小馬鹿にしている事が明らかである。しかも見開かれた目には光が宿ってはいない様に見えて檜山は相手に対し底しれない恐怖感を抱く。

 

 「なっ……お前本当はそんな性格だったのか、ソレが本性なのか!?」

 

 檜山の知る目の前の人物の、普段周りに見せている態度と今現在檜山に見せているソレとがあまりにかけ離れていて、檜山は戸惑い現実をありのままに受け入れる事が出来ないでいた。

 

 「本性?アハハッ、やだなぁそんな大層なものじゃないってば。誰だって猫の一匹や二匹被ってるのが普通しゃないの?。特に好きな人の前ではさ!」

 

 飲み込みの悪い相手をちょっと小馬鹿にする様な表情と口調で、自分に自説を開陳する相手のテンションに圧を感じて檜山は口内に溜まったツバを飲み込む。それを解ってか、チチチと右手人差し指を立てて手首を左右に振って畳み掛ける。

 

 「そんなことよりさぁ……このこと、僕が皆に言いふらしたらキミ、どうなるかなぁ?と・く・に・ッ……あの子が聞いたらね♪……特にキミはさ、彼女の前でいつも南雲の事ディスってた前科があるしねぇ、きっと殺されちゃうね!」

 

 「そんなの………証拠も何も」

 

 この言葉の前に檜山は相手が自分の行いを完全に把握している事を悟るが、それを認めてしまう訳にも行かず否定を試みるのだがその言葉を遮る様に追撃の言葉を掛けられる。

 

 「無いって?でも、僕が話したら皆、信じるんじゃないかな?二十階層でのあの窮地を招いた君の言葉を誰が信じてくれるかなぁ?」 

 

 此処に来て突き付けられるあの取り返しの付かない自分の失態。言われた通りに、確かにアレを招いた自分の言葉など誰の耳にも届かないだろう。目の前の相手によって檜山は、言うなれば追い詰められた袋の中のネズミも同然に追い込まれた、否、クモの巣に捕らえられた蝶とでも言うべきか。

 

 「お前っ、脅迫し……てるのか!?おっ、俺にどうしろってんだよ?」

 

 それを自覚し焦る檜山は更に自分が犯人だと告げる様な事を口走っているのだが、それを本人は気付いているのやら、しどろに問う。

 

 「おやおや心外だねぇ。まるで僕が脅しているようじゃないのさ?ふふふっ、別に直ぐにどうこうしろって訳じゃないよ。まぁ、取り敢えず僕の手足となって従ってくれればいいよ、丁稚奉公の様に!」

 

 相手から提示されたのはまさに事実上の奴隷契約である。しかし檜山にコレを覆させる手段などまるで皆無であり、唯々諾々として受け入れざるを得ないだろう。この事態どう打開するかと思案するも檜山の頭には何も浮かばず、ドス黒い思考だけが溢れ出てくる『いっその事コイツを始末してしまうか』と、幸いにしてこの場には自分と目の前の相手しか居ないのだから上手く運べばと。

 しかし、その事もどうやら想定済みだったらしく相手はニタリと嗤いながら悪魔の囁きを持って檜山に呼び掛ける。

 

 「フフフフッ、ねぇ、欲しくない?白崎、香織の事を、さ!」

 

 檜山の耳元に顔を近づけ囁くように、態とらしく言葉を切りながら、檜山の耳朶と脳内に染み込ませるかの様に。

 

 「なっ!?お前………何がしたいんだよ!」

 

 バッと相手から身を反らして距離を置いて檜山は恐れ慄きながら、目の前の化け物の様にも思える相手に問い掛ける。

 

 「ふふっ、何ねぇ、僕も君と一緒でさ、どうしても欲しいモノがあるんだよね。その為にはどうしても白崎香織が邪魔になるんだよね。だけど、流石に邪魔だからって君の様に相手を殺すってのも後々不味い事になりそうだから、それなら彼女には誰かとくっついてもらった方が僕には都合がいいんだ!」

 

 「………………」

 

 「僕に従うんなら、絶対に彼女が手に入るよ。どうかな、返答は!?」

 

 意中の彼女が手に入る、その悪魔の囁きに嫉妬する相手を手に掛けて理性の箍の外れた檜山の心は容易に傾く。此処に檜山は完全に悪魔に魂を売ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

 




ハジメ君の左腕の被害が原作よりもちょっと大きめになってしまいましたが、多分何とかなるでしょう。きっと。
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