二十七話です。爪熊戦を前に原作との違いが現れますが、ご容赦願います存じます。
オルクス大迷宮〜神代の時代に神に背きし反逆者達の一人により創られたとされる、全百階層からなる迷宮。しかしその更に深層に真の迷宮が隠されている事を知る者はこの現代には存在しなかった。
その真の迷宮に偶然迷い込んだ一人の
ハジメが次の標的として選んだ魔物は蹴りウサギである。狼を食べた事で身体能力の大幅な向上を成したとは言えど素早さ、スピードに於いてはウサギの方が上だとハジメは冷静に分析していた。ならばどう戦うかと思案し、ならば有利に戦えるフィールドを整えてから事にあたるべきだとハジメは結論付け、それを為すために行動を開始した。
兵を用い勝利を納めるには『天の時、地の利、人の和』こそが肝要だと言う。曰く、天(天候)による好機も土地の有利な条件には及ばない。土地の有利な条件も人々の強いつながりには及ばない。事をなすには人の和が第一である。
たった一人、頼るべき相手もいない。謂わばワンマンアーミーと言えるハジメには人の和なぞ端から望めない。また、天の時に地の利も同様この迷宮で産まれ育ち、そして弱肉強食のサバイバルを生涯続けていくであろう魔物達に及ぶべくも無い。
「よし、まぁこんなモンだろう。」
ならばどうするか、それは知恵を絞って考案した策略を巡らす事。人間の箍が外れたと言えどハジメはまだ現時点では、身体能力に於いてはこの迷宮内における底辺であるのだから。そして、迷宮の一角にて一通りの用意を済ませ終えハジメはニヤリと嗤う。罠としては至極単純なモノではあるが、上手く嵌まれば大した苦労無くウサギを倒せるだろうとの思いが溢れての笑みである。
「後はウサギのヤローがこの辺りへ来てくれ次第作戦決行だな。」
そう独り言ちてハジメはもう暫く後に始まるであろう戦いをより確実にする為に、罠を張った場所から少し移動して壁の窪みへと身を隠して静かに時を待つ。
待ち時間は僅か数分程度だった。ハジメは燻製にしたが、味の程は変わらず不味い狼の肉を齧りながら時を待っていた。肉を食い終わり、最初に自分が流されて来た奈落の中の川から汲んだ水で喉を潤していたところで、その気配を感じた。
「おっと、来やがったな。丁度お目当てのウサギが………一匹か。」
窪みからひょこっと首を覗かせて迷宮通路を窺うと一羽(と言うべきか)のウサギがぴょんぴょんと飛び跳ねながら近付いてくる。近づきウサギはハジメから三十メートル程手前の距離で立ち止まると、前に見たウサギと同様に鼻を引く付かせ耳をピクピクと動かしながら辺りの様子をうかがっている様だった。それは魔物の本能か若しくは能力によってかは定かでは無いが自分以外の気配か匂いでも嗅ぎ当てたのだろうか、ウサギはその場で警戒行動に移った様だ。
「待ってたぜ!覚悟なんざする必要もねぇ、今から俺がお前を狩ってやる。へへへ、何か別の意味で心が“ぴょんぴょん”して来やがったぜ。」
戦いを前にして恐れを為すどころか、ハジメは逆にテンションが上がり心が躍るのを感じてそんな戯れ言をほざいてみせる。其処にはウサギと爪熊によって植え付けられた恐怖と絶望に染まり、小さな穴蔵で蹲って脅えていた色など、微塵も感じられなかった。
「さてと、じゃあやるか!名優北島マヤとか長瀬優也とまではいかないが、南雲ハジメの演技の程をとくとご覧あれってな。」
ハジメは以前、商店街経由でトール達に話が来た老人慰問会で行った舞台演劇の事を思い出して不敵に口の端を歪めながら独り言ちて、ウサギ狩りの為の行動を開始する。こちら側、ハジメが居る方向に対して反対を向いているウサギの姿を確認してハジメは、極力音を出さない様に静かにその場から動き始める。一歩、二歩、三歩と歩みを進める。そして通路の中央付近ウサギが振り返ればそのの姿を遮る物無く、バッチリと捉えられる空間にハジメは飛び出した。
「わっ……うわっぁッ!?」
そして恰も突然出会した魔物の姿に怯え慄いているかの様に装い、ハジメは恐怖の声を上げる。すると空かさずその声にウサギは反応して振り返り見てハジメの姿を捉えた。
「くっ……来るなぁーッ!!」
あたふたとしながらウサギに背を向けて、ハジメは叫びながら駆け出して逃走する振りをする。その演技はお世辞にも名優と言えるレベルには無く、セリフは若干棒読みで感情の起伏を演じるにはイマイチである。しかしそれでもどうやらウサギにはハジメの演技が通用したのだろう。口の端をニヤッと歪めてウサギはハジメを追跡する体勢をとると直ぐ様弾丸スタートで突進して行く。
狼の肉を食べた事により格段に向上した身体能力によりかなり速く走れる様になったハジメではあるが、それでもウサギの方が走行速度は上であり追い付かれるのも時間の問題であるのだがハジメはそれも織り込み済みである。
『よし、ココだッ!!』
ハジメがウサギ対策に作り上げた罠のフィールドが目の前に迫り、ハジメは走り幅跳びの要領でジャンプする。ひとっ飛びで軽く十五メートル程を跳んで罠を飛び越えて。
「わっ、うわぁ〜っ………」
着地と同時にハジメは派手に転んでみせる。それを見たウサギは『ウキュッ!』とまるで嘲り笑いの様に鳴き声を発すると、何を思ってかハジメから八メートル程の距離を置いて急停止して着地する。
「あ……あぁ……くっ、来るな!」
後ずさりながらその場にある小石を力無く投げ付けながら、そうして怖気付いた体を装いハジメはウサギの慢心を誘う。
『キュキュキュウ〜ッ!』
ハジメの狙いは見事にハマりウサギはハジメ相手に勝ちを確信して嘲りの鳴き声を上げて一歩一歩ゆっくりとハジメへと接近して来る。
「ヘヘッ、お前今俺に対して勝ちを確信して勝ち誇ってやがるな。全く馬鹿なやつだぜ。調子こいてそんな真似しなきゃ本当に勝てただろうによ、残念だったな。ジョセフ・ジョースター曰く『相手に対して勝ち誇った時そいつは既に敗北している』らしいぜ!」
小石を投げるのを止め、不敵に笑ってハジメがウサギへと忠告めいた台詞を投げかけると、ウサギは目の前の座り込んでいる初めて出会った見たことの無い奇妙で矮小な獲物が、何やら突然妙な
「お前が今立っているその場所は、俺が用意したトラップゾーンでな。お前は間抜けな事に自らそのトラップに嵌まッちまったって訳だ!そしてぇ!」
ハジメが戦いを前にして築いたソレは縦横五×五メートル四方に、深さが十センチメートル程の水溜まりだった。錬成の技能で表面を加工して地面が水を吸わない様に作成したソコにウサギは自ら立ち入ったのだ。時は来た!
「食らいなッ!
その水溜まりにハジメは拳を叩き込み纏雷をフルパワーで発動する。纏雷に依って生み出された電力は瞬間的に水溜まり全体へと拡散しウサギの身体を強かに襲う。
『う、ギャギャッ!?!?!?ギャぴ!?』
全身を襲う雷に堪らず悲鳴を上げるウサギだが、その声も直ぐに消え去りウサギは全身の至る所からプスプスと煙を上げながら痙攣していた。同時に雷のダメージはウサギのその意識さえも途切れさせて行動の自由を奪い去った。
「勝負あったな。あばよウサ公。」
意識を失ったウサギに告げて、ハジメは懐からドンナーを取り出して構え撃鉄を起こす。照準を合わせて纏雷を発動して超電磁エネルギーを溜める、そして引き金に指を当てる。
「“食らえぇッ”!」
掛け声と共に引き金を引く。ドパンと鈍く腸に響く音を伴い超電磁加速された弾丸が射出されると、超近距離故に瞬間ウサギの頭部が跡形も無く吹き飛ばされる。断末魔の悲鳴も何も残さずウサギは遂に意識を取り戻す事も無くハジメと言う死神によってその命を刈り取られてしまったのだった。
ウサギの命が尽きた事を確認してハジメは構えを解いて、ドンナーの銃口を口元近くに持ってくる。弾丸を飛ばしたその銃口からユラユラと立ち昇る煙をハジメは軽く口で吹き飛ばすと、ニヤッと嗤って宣言する。
「“俺のォ、勝ちだ!”」
然程大きな声では無くしかし力強く勝利の宣言を行ったハジメは、もう此処には用は無いとばかりに手早くたった今殺したウサギの亡骸をヒョイと肩に担いで根拠地へと帰って行くのだった。
「しかし、自画自賛になっちまうが、ドンナーの威力は大したもんだな。もしかすると最初っからドンナーだけで片が付いてたかもな。」
歩きながらハジメは今しがたのウサギとの戦いを振り返る。ドンナーの威力と弾丸の射出速度を考えると、ハジメの素の身体能力がウサギに今一つ及ばなかったとしても、ドンナーの性能があればトラップと言う小細工など必要としなかったのではと。
「けどまぁ、エレクトロファイヤーも結構スカッとしたし、今回は良しとしとくか。」
拠点へと帰還するとハジメは早速ウサギの肉を食す為の段取りを行った。狼同様に血抜きから部位の解体を経てコンロを使用して焼いて行く。焼きを進めて行く間に立ち昇る肉の焼ける匂いを嗅ぐハジメだが、やはりあまり美味そうには感じられない。
調味料でもあれば多少は違うのだろうか、などと考えながら肉が焼けるのを待ち、表面に軽い焦げ目が着いた事を確認してハジメはウサギの肉を食い千切る。
「むぐ、むぐ……見た目がまんまウサギだからちっとは期待してたんだが、コイツもマズイことに変わりねぇな……多分トールの腕でもコイツを美味くは食える様には出来ねぇだろうな………つうか思い出したらめっちゃトールの作ってくれた料理が食いたくなっちまった………はぁ。」
その狼の肉と変わらぬ不味さに辟易としながら不満を述べつつも食べ進めるが、ふとハジメはトールの料理の味を思い出して気分がダウンする。一度甘露を味わってしまうと、それに舌が慣れて贅沢になってしまっているのは如何ともしょうが無い。
味気無いウサギの肉を凝視して、何やらハジメは心中で葛藤する。暫しの間肉を見ながらの黙考の末にハジメは首を左右に振って自分に喝を入れる。
「おっと、いかんいかん。今は贅沢は言うまいってな。此処を生きて脱出出来りゃ、トールの料理は何時だって食える様になるさ、絶対にな。」
気を改めてハジメは残りのウサギの肉を食らっていく。今はただ強くなる為に。十五分程掛けてウサギを食い尽くしたハジメは胸のステータスプレートを取り出して、恒例のステータス確認を行う。
南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12
天職:
筋力:250
体力:495
耐性:410
敏捷:570
魔力:2000
魔耐:2200
技能∶錬成・[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査]
「ビンゴだッ!やっぱり魔物の肉を食えばステータスもアップするし、その魔物の特殊技能も取り込めるって寸法だ。」
ステータスプレートに記された自分の能力値の向上と、新たに加わった技能とを確認して呟くハジメの顔は狼を食べた後に推察した事がズバリ正解であった事を喜ぶ。そして、改めて押し黙ってステータスプレートをマジマジと見つめる。
「天歩ってのは字面からするとまんま天を歩くだよな。天を歩く、天は言い換えれば空とも取れるから空歩で、スカイウォークで、スカイウォーカーって事か。ハハハッ、遂に俺もフォースに目醒めたかっ、てまぁ違うか。いやいや何言ってんだよ俺。真面目に考察するか。」
一人寂しく奈落の底で過ごしているからか、どうにも独り言が増えてしまうハジメだったが此処から仕切り直しだと真面目に新たな技能の考察から、実験などに時間を割いて二日程の時間を掛けて技能の習熟を図るのだった。そんな鍛錬二日目のある時間の事である。ハジメの脳裏にふと、ある考えが過った。それは………
「そう言えば、人間の肉体ってのは脳から発せられる電気的な信号によって動いてるって何処かで聞いた事がある様な気がするが………もしかして纏雷による電力と俺のプログラミングを組み合わせれば義手を造れるんじゃ無いか!?」
義手を造り装着すると言う案であった。
「そりゃ自分の本当の腕や指程に精密な動きは出来ないかもだが、ある程度の動作なら可能性はありそうだな!」
思い立ったが吉日とばかりにハジメは早速設計に取り掛かる。それに合わせて動作を行う為の
「良いぞ!中々良い感じになりそうな感触だ!後は造形だが、やっぱりオタク的には義手って言ったらアレだろうな。まぁ、右手と左手の違いはあるけどな。」
作業を進め手応えを感じたハジメは思いっきり良い笑顔で笑いながら頷く。この階層で集められるだけ集めた幾種類かの鉱石から部位ごとに強度などを考慮して配合を変えた部材を形成して、要所に動作をスムーズに行う為の魔石と術式を組み込んだプログラムチップを埋め込んで徐々に義手の部品が出来上がる。
「そんじゃま、少しずつ組み上げていくか!」
出来上がった部品を生み出して次第にハジメの義手が形作られる。それから数時間を要して遂にハジメの義手が完成した。
「良し完成だ!後はコイツを左腕にセットするだけだが、ちょっと最初は痛むかもな………」
自分の肉体と機械である義手との接続の為には擬似的な神経を形成する必要がある。その為には最初に纏雷によって擬似的な電気信号を使用しなければならない。実際にやってみなければ分からないが、もしかしたら電力のオーバーフローによって自分自身に肉体的なダメージが返って来る可能性が無きにしもあらず。
「はっ!だがそんなモノ最初に狼の肉を食った時の痛みに比べりゃ屁みたいなモノだ!」
あの時の、狂い死にしそうな激烈な苦痛を思い出しハジメはアレに比べれば、コレから起こる事など大したモノでは無いと意を決して造り上げた左腕の義手を右手で掴むと、早速とばかりに左肩部に接続する。
「そんじゃ行くか!
義手とそれを接続する自身の左腕の切断面とを合わせる。自分の腕側を覆う様に義手側の接続スリーブに入れ込んで、錬成の技能によりスリーブのサイズの調整を手早く済ませて馴染ませる。更にその上に義手が外れないように肩部に落下防止用の小さなプロテクターを装着し、義手とプロテクターとを接続する。一通りの作業を終えると、ハジメは残された自身の左腕の肩部を軽く動かして確認する。
「よし……着けた感じの違和感は無いな。後はコイツに火を通してみてどうなるかだな……躊躇っていても結果は五分だ、さっさとやるぜ!」
自らに言い聞かせる様に決意を口にして、ジッと左腕を睨め付けてハジメは意識を集中して纏雷の力をその身に発生させて左腕へと向かわせるイメージを練る。
「………ッ!?」
失った腕の断面と、本来は異物である金属の義手とが反発し合うかの様に、鋭い痛みが其処から波紋のように肉体に伝わる。しかし当初ハジメが想定していたよりも、その痛みは小さなもので内心にハジメは安堵するが集中を切らさず作業をつづける。それから十分程の時間を掛けてハジメは創り上げた義手に擬似的な神経が発生した事を感じだった。
「………プハァ〜ッ。やれた筈だよな、あぁ疲れた。」
ほとんど手探りで行った作業に集中力と魔力を注ぎ込んだ影響でハジメを疲労が襲う。暫くその場で呼吸を行い軽く疲労感を和らげてから少しだけ神水を口にして、一息つく。三分程度の休憩の後、ハジメは義手に目を向けて凝視する。
「それじゃ。」
ポツリと呟いてハジメは、出来立ての義手の試験動作を始める。肩の上下動、前後への振り子運動から肘関節の屈伸から手首や五指の動作確認。
「おっ、おおッ!!ちょっとばかり違和感はあるけど、コイツは十分に使用に耐えうるな!」
自分で述べた様に、多少の違和感は拭えないものの当初想定していた通りに義手が可動した事にハジメは歓喜する。
「まぁ流石にコイツで全力パンチとかは無理だろうが、ドンナーへの弾丸の装填とか荷運び程度なら余裕でこなせるな。」
ハジメは肘を曲げて自身の目前で義手の五指を、グーチョキパーと形作ってみたり、手首のひねり運動をやってみながら満足気に頷いた。コレなら行ける!ウサギの肉を食べて更に上昇した能力値とドンナーの破壊力に自身最大のウィークポイントであった隻腕のハンディキャップを補えて、爪熊へのリベンジには十分だろう。
「シッ!!待ってろよ!
パンチを放つ様に、たった一人拠点でハジメは其処に居ない爪熊に対して“宣誓”布告する。機は熟した!後は爪熊へのリベンジを果たしてこの迷宮からの脱出経路を探すだけだ!ハジメの心は躍動する。
因みに何故爪熊に対して金田と呼ばわったかと言うと、それは自身が造り上げた左腕の義手の見た目が、1980年代に一世を風靡した大友克洋氏原作の漫画『AKIPA』の登場人物『鉄雄』の右手の義手を意識して造ったからに他ならない。
「それじゃ行くか。」
ハジメは拠点を後にして気分よく、爪熊の捜索へと向かうのだった。しかしこの時はさして気にしてはいなかったのだが、後にハジメは左腕の義手の出来に若干不満を漏らす。それは鉄雄の義手に見た目を近づける為に労力を割いてしまい、オプション武器として側腕にブレードを付け忘れた事である。
「ちッ、ブレードを付けてりゃあ『ハジメ・リスキニハーデン・セイバー・フェノメノン』とか『輝彩滑刀の
とは、後にボヤいたハジメの言である。
迷宮の広くも仄暗い空間を疾風の如く駆け抜ける一陣の旋風。その旋風が通った後には無数の魔物達の屍が大量に生産される。それはウサギの肉を食べた事により、その技能である“天歩”を用いて乗り越えるべき仇敵である爪熊を探す、復讐者“南雲ハジメ”が生み出している惨劇の跡である。
爪熊を探す傍らに遭遇した狼やウサギを片っ端からドンナーやウォーターブレードを使って遠距離からの射殺とミドルレンジからの惨殺と武器を使い分けての蹂躙劇を、誰一人観客の居ないステージで披露する。
「もう一つ、コイツもオマケだぜ!」
左腕の義手にはウォーターブレードを右手にはドンナーを装備して戦うハジメは左側側方より跳んで来た二尾の狼をウォーターブレードの超高圧の水の刃で一刀両断に斬り捨てる。これでこの場に潜伏していた狼の群れを全滅を完了させ、ハジメはふぅと息を吐く。
「さっきっから、出くわす魔物は狼とウサギばっかりで一向に熊の奴とは出会さないが、やっぱどう考えても、この階層の頂点は彼奴で間違い無いって事なんだろうな。」
これ迄の道すがら、ウサギと狼には何度も遭遇していたが爪熊とは未だに出会わない。その事からも爪熊こそがこの階層のトップが爪熊だとハジメの推察を裏付けるには十分であるだろう。自然界においても弱い個体ほど一度の出産で沢山の子を産むが、強い個体は一度の出産による数は比較的少ないそうだ、世界が違えどその法則はこの異世界の迷宮にも当てはまるだろう。狼>ウサギと、これ迄確認できた範囲で生息数は狼の方が多数でウサギの数も狼程では無いがそこそこの数を確認したハジメであった。
「居るとすりゃ、俺の左腕を食った彼奴とその番にあたる個体くらいだろうか。或いはセックス必要なしな魔物って可能性もありゃするが、そうなると繁殖とかはどうやってるんだ?」
駆けながらも魔物の生態について考察する辺り、ハジメはこの驚異の迷宮に対して馴染んで来ているのだろう。それがハジメの精神的な成長の現れなのかは現時点では何とも判断出来ないところでは有るのだが、この後に控えている爪熊との一戦を前に硬くならずにいる事は良い事かも知れない。それが慢心に繋がらなければとの注意事項が付けられはするのだが。
『天歩』を完全にマスターして我ものとしたハジメは、『縮地』で地面や壁、時には『空力』で足場を作って高速移動を繰り返し仇敵たる爪熊を探し続ける。そして迷宮のとある辻道で遂にハジメは再び出会うのだった。
“スチャ”っと天歩の能力を解いて着地する。正面おおよそ十メートルの距離を置いて、探し求めた怨敵を見据える。
「よぉ、爪熊。久しぶりだな。俺の腕は美味かったか?初めて食っただろう、狼とウサギ以外の肉だっただろう。ちったぁグルメな気分でも味わえたんじゃねぇか!?熊大好きフリスキー的によ?」
目の前に突然現れた、貧相な生き物を爪熊は訝しく見やる。その鋭い眼光を細めて。目の前の生き物は一体何だと。なぜ、己を前にして背を見せないのか、なぜ恐怖に身を竦ませてその瞳に絶望を映さないのだと。しかも何やらその口から妙な鳴き声を発して、まるで絶対強者たる自分を挑発でもしているかの様に不適な佇まいを見せている。かつて自分を前にしてこんな行動を取る相手は存在しなかった。その状況に爪熊は微かな困惑を覚える。
「リベンジマッチと行かせてもらうぜ。まずは、俺が獲物ではなく敵だと理解させてやるよ!」
「殺して、食ってやる………“行くぜ!”」
また鳴いた。相手が、自分に何を言っているのか爪熊には理解出来なかった。その瞬間、しかし爪熊は何か言いしれない予感を感じるのだった。
「“食らえぇッ”!」は百八式闇祓いを「“俺のォ、勝ちだ!”」は勝利宣言のパターンの一つ「“行くぜ!”」は対戦前の名乗りの台詞を草薙京役の野中政宏さんの発音をイメージしていただければ幸いです。