また新たに、神祖様、玉咲つかさ様、完全無欠のボルト野郎様、☆9評価ありがとうございます。
風を切り大気を斬り裂いて超高速で、濃紺よりも深く暗い紺色に小さな星々と複数の月を映す空を駆けるは、一頭の巨大な生物。その生物は左右両翼の羽を展開して飛んでいるが、その羽は体躯と比して然程大きく無く、とても空を飛ぶために役立つものとは思えない。
それもそのはず、この巨大な生物が空を駆ける事が出来る秘密は、その翼だけには非ず。それはその生物の身の裡に内在する魔力と言う(我々地球に住まう人類の大多数には、その存在はフィクションの中のものとして、それが実在している事を知る者は極めて少ない)力があってこそのもの。
その身の裡から溢れる膨大な魔力を使い、地球とは違う別世界の空を駆けるのは、誰知ろう、我らがヒロイン。
南雲家がドラゴン三人娘が長女にして、数多の世界を渡り最愛の少年を探し求めるストレンジャー。終焉帝と呼ばれる最強格のドラゴン、ダモクレスが一人娘、トールである。
その最愛の少年が攫われた日から二月余りの日々を、彼女はほぼ不眠不休で探し求めたが、その行方は杳として知れなかった。人間とは違い然程に睡眠を取らずして、長期に渡って活動が出来るドラゴンのトールであったが、そんな彼女でも二ヶ月間と言う時間は長い。しかもハジメを見つけられないと言う心労もあり、流石に疲労が蓄積している事を自分でも自覚していた。
『不味いですね。流石に少し休まないと。』
疲労により、開く力を失いかけている瞼を意識して下げない努力を続けているが、限界が間もなく訪れるだろう。しかし。
『不甲斐ない!せっかく父様にハジメさんの手掛かりを示してもらえたのに………』
一月ほど前、途中経過の報告へと彼女は一度日本へと帰還し、其処でハジメの父南雲愁の手元にあった、ハジメのクラスメイトの遺留品のスマートフォンに残されていた動画をヒントに、ハジメ捜索の方向性を確立する事が出来たのだった。義理堅い彼女はその様に、未だハジメを発見出来ない事を己が不甲斐ないからなのだと考えているのだった。
『ハジメさん………』
ハジメへの思慕の情が溢れ疲れを押し殺す様に、トールは彼の名を呟く。そして蘇るのはハジメがトールに掛けてくれた優しい言葉。
『ねぇトール、僕の好きな、ある人物がこんな唄を歌ってるんだ。“世の中やっても駄目なことばかりどうせ駄目なら酒飲んで寝よか”ってね。トールは頑張りやさんで、何時も一生懸命家のことやってくれてるけど、時には適当に手を抜いてくれても良いし休んだって構わないんだよ。そんな時は僕が代わりにやるからね。』
今は、何事も卒無く熟すトールだが、育ってきた環境の違いや価値観の違いもあり、地球で暮らし始めてから暫くの間は、そういったちょっとした行き違いなどから小さな失敗も経験してきた。根が生真面目な彼女はそんな失敗を取り返す為により一層の努力で持って、完璧に熟そうと集中するのだが、そんな彼女にハジメは優しく声を掛けて、時に感謝の言葉を時に称賛の言葉を、時には諌めてくれた。
そんな時、彼は何時もトールの頭を優しく撫でてくれた。それが心地良くて彼女はハジメから撫でられるのがとても好きだった。そんな暖かなハジメとの日常を思い出してトールは。
『そうですよね、ハジメさん。日本では、急いては事を仕損じるとも言いますし、此処は一つ少しだけ休憩を。』
体力よりも気力や精神力の回復の為に、暫しの休息を取ることにしたのだった。トールは周辺を観察してみる。どうやら然程人類の文明のレベルも高くは無く、人口もそれ程多くは無いこの世界は、トールの巨体を休ませる事が出来る場所は幾らでもありそうだ。差し当たり手っ取り早く、トールは目に止まった山間のそこそこ大きな洞穴に身を休めることにして降下して行き、洞穴の内部を確認して蝙蝠程度の極小さな生物しか棲息していない事を確認すると、その洞穴の入り口から三十メートル程内部の開けた空間にてその身を休めた。
『こうやって身を休めるのも久しぶりだな。』
ドラゴンの巨体を広間に合わせて丸め腕に顔を乗せて、休息の体勢を整えながらトールはそんな事を思っていた。それこそ彼女が本来の竜体で屋外で睡眠を取るのは、南雲家の皆と出会ったあの日以来であった。
『………ハジメさん、待ってて下さいね……』
疲れに薄れゆく意識の中でトールはハジメの名を呼び、静かに深い眠りにつくのだった。その深い眠りは、トールの心身に堆積していた疲労を次第に癒してゆく。ノンレム睡眠からレム睡眠へと、眠りの中で脳が活動しトールは何時しか夢を見ていた。
戦いを挑んだトールの身体に深々と突き刺さっていた神剣を引き抜いてくれた三人家族、二人の男女の
「いいよいいよ、そんなに改まらなくても。僕らだってまさかドラゴンに会えるだなんて思ってもいなかったし、すごいとんでもない経験をさせてもらったからね!」
「そうよそうよ!貴女と出会えたお陰で、私も作家としての新たな境地へ到達できそうなんだから。そんなに畏まらないでちよまうだい。」
酔っぱらい二人のあけすけ無い態度にトールは若干戸惑いを覚えつつも『はぁ』と、曖昧と言うよりも困惑感を漂わせた返答をかえす。その戸惑いのままにトールは少年の方に目を向けると、彼は何やら苦笑しながら二人とトールを微笑ましそうに見ている、いや見守っているかの様にも見える。
「それより貴女!あの大きな剣が抜けたのなら、生命の心配はもう無いのよね。だったら貴女の事もっと沢山話して頂戴な!」
「おお!それは良いな。僕も君の話を是非とも聞かせて欲しいよ!出来れば家の別荘で酒でも一緒に飲みながらね。」
二人の呑兵衛は更にグイグイと積極的にトールへとアプローチを図る。眼前の小さな二人の人間に巨大を誇るドラゴンである自分が、こんなにもタジタジに押されている事に奇妙な戸惑いを感じつつも、その二人にも少年にも欠片はおろか素粒子程の悪意も感じられず、トールは何時しかそれも悪くは無いと感じていた。
「そうよね。でも流石にこの大きさじゃ家には入れないわよね。でも、創作物だと大抵ドラゴンって人間態になれたりするものなんだけど。」
「母さん、それは幾らなんでも。」
オタクあるあるで創作物を引き合いに、調子に乗ってとんでもない事を言い出した母をハジメはやんわりと窘めるのだが。
『いいえ、出来ますよ。』
そのハジメの諫言を蔑ろにする訳でも無いが、トールが事も無げに出来ると言うと、呑兵衛二人の表情には興奮が、少年の表情には驚きの色が表れる。
「本当なのッ!?じゃあ早速だけど早くやって見せてッ!!」
「たはは、もうしょうが無いなぁ、二人共。」
呑兵衛な二人の番が、本当かと隠し切れぬ好奇心と興奮とを顕に、トールに人化する様に異口同音に催促すると、少年は困った様に苦笑しているが彼もまた両親と同様に、それを見てみたいと思っているのだった。トールもまたその事に気が付いており、何よりも自分を死の淵から救うべく最初に手を差し伸べてくれた少年の想いに応える事に否やは無く、直ぐ様人化に取り掛かった。
「お、おおっ!?」
巨大な竜体が淡い光に包まれ、それが小さく縮小してゆく。地上から数メートル程浮いたそれは、次第に人の様なシルエットを取り始める。ほんの数秒間の間にその光は完全に人の形を作り上げると、発光を終えて、下着や衣服を身に着けていないが、半身に灰色のマントを纏った長く美しい金色の髪と頭部に左右一対の角を備えた、長身で年若い美しい少女の姿が顕現した。
「……………」
「貴方は見ちゃ駄目よッ!!」
「ぬをッ!?」
その美しい肢体に釘付けになる二人の男、その片方の番の男をその番の女が男の両眼を直ぐ様手で覆って目隠しをする。流石に中年の男がうら若き女性の裸体をガン見するのを良しとはしなかった、否、己の番が他の女をスケベ心丸出しで見やるのが許せ無いのだろう。
「綺麗だ…………」
一方の少年は、トールのその姿に神々しささえ見いだしたのか、そのめを彼女から離すことも出来ずに、ただその美しさに対する率直な想いを口から溢すと、その後の言葉を失ってしまっていた。
「ハジメ!あんまり女の子の裸をガン見しちゃ駄目よッ!」
母親にそう窘められて少年ハジメは、ハッと慌てて「ごめんなさい」と謝罪しつつトールから目を背ける。トールの目に映る少年の横顔は羞恥心からか赤く染まっていた。その様子から少年が自分に対して特別な感情を向けてくれているのだと感じて、トールはそれがとても喜ばしく思えた。
何故ならば、彼女も既に彼に対して特別な感情を抱いていたからに他ならなかったからだ。それを自覚してトールも、己の顔に朱が差している事を自覚する。この時既にトールは少年に対して、これ迄に感じた事の無い、自身初めての感情を抱いていたのだった。即ち、それは恋。
「……………」
「……………」
二人は互いの顔をきちんと直視出来ず、チラチラと相手の顔に目を向けたり背けたりと、傍から見ていてなんとも初々しい事この上ない。現に少年の両親はそんな二人をニマニマと、生暖かな目で見守っていたりする。
眠りの中、薄ぼんやりとだがトールは自分が夢を見ているのだと自覚するのだが。
『これは夢だ………私はまだハジメさんを……でも今だけは………』
愛しい人達との、懐かしき日の思い出に浸っていたいと願う、ほんの僅かなこの時間だけはと。
三人に案内されて、トールは彼等が所有する別荘へと邪魔をする事となり、時間も遅かったので、細やかな料理と酒のご相伴に預かり語り合う。とは言えもっぱら、南雲一家がトールのこれ迄の
「神に喧嘩を仕掛けるねぇ。そちらの世界の事は分からないけど、随分と思い切った事をやったもんだね。」
南雲家の家長でありハジメの父親でもある『南雲愁』が、トールがこの世界へと転移して来る事となった出来事の顛末を聞くと、感心と関心、そして嘆息が混じった様な声音でそう述べると、トールは少し自嘲気味に顔を顰めてそれに答える。
「そうですね。それで結局は返り討ちにあったんですから、我ながら間抜けだとは思いますけど。」
その身の裡に戦う本能を持ち、やる時はヤル気質ではあるものの、だからとて彼女は決して無意味な戦いや殺戮を、常に良しとはしない性質も持ち合わせているし、人間とは価値観などは違えど高い知性と理性がある事は、この僅かな時間の語らいから南雲一家も少しだけだが理解が出来る。だから、そんな彼女が何故にその様な無謀な戦いに身を投じたのかを、気にならないと言えば嘘になるだろうが。
「う〜ん、トールちゃんの世界の事情は私には分からないけど。でも、トールちゃんにだって何か思うところがあって、そんな神に喧嘩をふっかける理由があったんでしょ?」
「それは、まあ………」
尋ねられたその言葉にトールが言い淀むのだが、愁の妻であり、ハジメの母親の『南雲菫』はその瞳に作家として、オタクとしての好奇心の色は見て取れるし、そこそこ深く酒に酔ってはいるが、その欲求を努めて抑えた、優しい声音で彼女に答える。
「ふふふ、良いのよ言いたくなければ言わなくても良いのよ。」
「誰だって言いたく無い事の一つや二つは持ち合わせている物ですものね。例えばそうね、家の旦那のヘソクリの隠し場所だとか、ハジメの部屋のエッチな本の隠し場所とかね!」
パチンとウインクをして見せて、トールを慰める序とばかりに菫が男の秘密を暴露する。すると南雲家の二人の男は、驚愕し何に顔色を変えて、故知っているのだ!?と冷や汗を垂らす。
「ちょっと母さん、なんで知ってるの!?と言うか僕達に流れ弾を被弾させるの止めてよねッ!!」
そして異口同音二人の声と言葉が被り、妻であり母である菫に抗議の声を上げる。それを受けて菫は澄まし顔で「やっぱりね」と一言。二人はトールの前で菫にカマかけを食らい、自らの秘密を暴露してしまったのだった。
「勿論、知らなかったわよ。
菫は荒木チックな表情を作ってキメると、二人にとどめの一言を突き付け、二人もそれに合わせて荒木顔で驚愕の表情を作るが、直ぐにあまりな現実の前に力なく項垂れる。もう二人には反撃する力は残っていない様であった。
そんな三人の茶番劇をぽけっと見ていたトールだったが、時が経つに連れてそれがなんだかとても面白く思えて、何時しか口角がやんわりと緩みだし、ぷふっと可愛らしい笑声が溢れ出した。そんな彼女の様子に南雲一家も釣られる様に、緩やかに口角を崩す。
「笑ってくれたねトールちゃん。まぁうちの家族は何時もだいたいこんな感じで馬鹿ばっかりやっているからね。君も肩肘張らずに気楽に構えてくれて良いからね!」
「はい。」
年長者として家長として、愁が優しくトールに語り掛けると、彼の思いを察してトールも素直に返事を返す。
暫しの歓談、集う皆の笑顔と笑い声が深夜の
「ところでトールちゃん。君の身体に突き刺さっていた剣も取り除かれたし、その怪我だって癒えた訳だけど、これから君はどうするのかな?やっぱり自分の世界に帰って、もう一度神にリベンジマッチでも挑む気なのかい?」
「…………いいえ、今は帰る気はありませんし、奴らと戦う気もありません。」
愁はさり気なく平静な態度を崩さず、トールの今後の身の振り方に付いて尋ねてみた。それを受けトールは静かに顔を横に振って、質問の答えを返す。端的に否定の答えを。
「じゃあ、どうするのこれから?」
彼女の答えに何処となく不安と寂しさを混ぜ込んだ様な声音でハジメがトールに尋ねる。もしかするとトールが此処を去ってしまうと、もう二度と彼女と会えないのではないかと、ハジメはそれが淋しくて、そして不安で仕方がないのだ。
「そうですね……ずっと前に、私、お父さんに言われたんです。自分の眼でいろんな物を見て学んでみろと、だから、まあ暫くそうしてみようかと思っていますよ。この世界でも、また別の世界でも。」
ハジメに目を向けてトールは、そう言ってみる。己の中にある思いに蓋をして。先述した様に彼女もハジメに対して好意以上の感情を抱いているのだ。
「そうなんだ………」
彼女の言葉にハジメはひどく落胆する。ハジメ自身は己が彼女に対して抱いている感情が、どの様なものなのか今は自分自身でもはっきりとは解ってはいないのだが、間違いなく好意以上の感情を彼女に感じている事は確かであるのだ。だからこそハジメは彼女の言葉に落胆しているのだ。
しかし、そんな息子の萎れる様子を苦笑しつつも優しく受け止めた菫が、ハジメに代わり少しだけ惚けた態度でトールに語る。
「う〜ん。でもねぇ、これは私達も人の親だから言えるんだけどね、トールちゃんが何時までも親元に帰らなかったら、それはそれでお父さんも心配すると思うのよ。それが異世界って言うのなら、尚更トールちゃんのお父さんの心配も募ってしまうんじゃないかしら?」
「はい……そうかもですね。」
その言葉に躊躇いながらもトールは素直に頷く。この様な事で、このお人好しな一家に嘘など付きたくないし、また付くべきでは無いとトールの中の矜持が語る。
「だったらこうしましょう。トールちゃんがこの世界にいる間はトールちゃん、貴女家で暮らしなさいよ!」
ポンっと左掌を右手で打って、菫はコレでどうだとばかりにトールにそう提案する。その言葉にトールは驚き、ハジメは表情を明るくする。それを見届けてから愁が“うむ”と頷いて、妻の言葉に賛成の票を投じる。
「そうだね。うん!僕も賛成だね。まぁ尤も無理強いはしないけどね。あくまでもトールちゃんが良ければって事で。」
母の提案と父の賛成票にハジメは二人に感謝の念を心の中で送りつつ、トールへと向き直って微笑むと自分の意見を述べるのだった。
「僕も賛成かな。キミさえ嫌でなければ、家で暮らしてみたらどうかな?」
その言葉に、トールの身中から深い喜びの感情があふれ出てくる。生命の危機に瀕していた自分を、何の見返りもなく(?)救ってくれただけに留まらず、行く宛のない自分に居場所を与えてくれると言う彼等の言葉に。しかしその彼等の気持に素直に甘えて良いのだろうかと、トールの中に懸念が浮かん出来て、彼女はそれを言葉にして問わずにはいられなかった。
「ですが、私はドラゴンなんですよ。人間とは根本的な価値観も違えば、生態や寿命だって違いますし………」
「そうだね。違いは多々あるだろうから、きっと難しい部分もあると思うよ。でもそんな事は、互いに暮らしながら時間をかけて擦り合わせて行けば良いんだよ。まぁ、それでも互いに譲れない部分もありはするだろうけど、そう言った事も互いに強制的に押し付ける様な真似はしない様に気を付けながらと言う事でね。」
それに対する愁の答えは至極真っ当であり、トールとしても確りと腑に落ちるものであった。その言葉は彼女が欲し、求めていた言葉の一つであり、トールの中の喜びが溢れる程に湧き出てくる。
「まあ父さんは面倒臭いことを言っているけど、私としては娘が欲しいと前々から思っていたし、トールちゃんが家の娘になってくれたらすごく嬉しいんだけどね。それに……将来ハジメとトールちゃんが良い関係になってくれたら、地球史上初の異世界異種間カップルの誕生って事になるかも知れないんだから、そっち方面でも私は大賛成よ!」
そして更には菫がトールの想いの全てを知っているかの如く、ハジメとの関係を押し進めてくれてさえいる。
「かっ!母さんッ!?いきなり何をとんでもない事言うのさッ!?」
しかし、思春期真っ只中のハジメには母が宣う発言があまりにあけすけが無さ過ぎて、思わず悲鳴さえあげてしまいたくなる程に小っ恥ずかしかった。
「あら、何言ってるのよハジメ。ハジメだってトールちゃんの事、満更でも無いんでしょ?母さんもうとっくにお見通しなんだから!」
「うんうん。母さんの言う通り!大体ハジメは解り易すぎなんだよな。トールちゃん、すごく綺麗で可愛いからな、父さんだって母さんと出会って無ければコロッと行ってたかも知れないよ。」
そんなハジメの内心などお構い無しに、夫婦二人して更に追い討ちまでま掛けてくる始末。
「わぁーッ!!父さんまで、やめてくれーッ!なんて事をーッ!」
左右の蟀谷に手を添えて顔を高速で横振りしながら、暴走機関車と化した両親のアレな発言に現実逃避をしたい気分を味わいつつも、その暴走を止めるようにと雄叫びの如く絶叫する。
「それにトールちゃんだって、ハジメの事悪くは思っていないよね!?」
「ハイ!勿論です父様。ハジメさんは、その、とっても素敵な殿方です♡」
そんな彼の思いなど知った事かと、愁がトールに話を振ると、トールは表情を蕩けさせてまるで褒め殺しの様にハジメをベタ褒めにする。
「…………」
彼女の好意に満ちた言葉にハジメは恥ずかしさから黙ってしまう。半ば、このノリだけで生きている両親の暴走を止める事など、無駄なのだと改めて知らしめられて。
「けれど、それで良いんでしょうか?私は皆さんにとてもこんなに良くして頂いているのに、ただそれに甘えるだけと言うのもドラゴンとしての私のプライドが許さないと言いますか………」
しかし、根が生真面目なトールは南雲一家の厚意に甘えるだけでいる事を良しとは出来ずにいる。
「あははっ、何もそんなに深く考えなくても良いのに。」
そんな彼女の生真面目さを、ハジメはとても好意的に受け取り、改めて彼女を家族として迎えたいとの想いを強くする。
「そうよねぇ。う〜ん……でも、そんなにトールちゃんが気に病むのなら。そうね、実はねトールちゃん、私も父さんも二人共仕事を持っていて、それが結構忙しいのよね。だからコレはその言い訳になってしまうのだけど、その関係で家の事が疎かになってしまってハジメに負担を掛けている部分が多いのよ。だからもし、トールちゃんが良ければなんだけど、ハジメの事と家の事をトールちゃんにお願いしたいんだけど、どうかな?」
両親もハジメと思いは一緒であり、トールを留め置く為に一つの提案を菫が提示する。菫が言う様に共働きの両親故に家事はおざなりになっている事は否定出来ない。付け加えて、ハジメもまた趣味人故に料理や家事に時間を割くくらいならばと、簡単にレトルトやエナジー系の飲料などで手早く済ましてしまう様な性格である。
「おお、成程ね。それは僕としても願ってもない提案だけど、でも、それだとトールちゃんの負担にならないかな?」
息子が心配な父親として愁もその意見には肯定的ではあるのだが、しかし客として迎えたトールに押し付けてしまう形になるのではとの危惧を思えてしまうのだ。内心で、自分もできる範囲で家の事をもう少し顧みてみようと反省しながら。
「確かに貴方の言っていることも、尤もだと私も思うわよ。でもね、考えてご覧なさい!こんな可愛いドラゴンが家の中で、笑顔で毎日家事に勤しんでくれているなんて現実を、今まで何処の誰が想像できたかしら?否!フィクションの世界以外ではきっと私達だけが経験する事が出来るのよ!ハジメも想像してみなさい!その上こんな可愛い娘がメイド服なんか身にまとった日にはどうなるかッ!」
しかしそれを遮り、菫は己の欲望を並べ立て、それをハジメと愁にも想像してみろと言う。
「おおっッ、確かにそれは想像が捗るねぇ!」
「でしょう!」
「……………」
菫の言葉に従い、想像を膨らませる男性陣。愁は嬉々としてはしゃぎ、ハジメは少し顔を紅くして黙ってしまう。そんな自分の息子の様子が可笑しくて菫はハジメを誂う。
「ふふふ、そんなに顔を真っ赤にして押し黙ってしまうなんて、ハジメは一体どんな事を想像したのかしらねぇ!!?」
「なっ、そんな破廉恥な事なんて想像してないからね!僕はただ、メイド服を纏ったドラゴンのメイドって、どんなものなんだろうかって考えて、何となくコスプレっぽい感じになるんじゃないかなって思っただけだからッ!!」
母からのおちょくりに、少しむっとしながら反論を試みるハジメであっが、その反論が既に墓穴を掘っていた事に慌てているハジメはまだ気が付いていない。そして、ハジメのその一言から何やら愁はインスピレーションを得たのか、ふむっと下顎に手を当てて考え始める。
「ふむふむ……メイド服を纏ったドラゴン。ドラゴンのメイド、メイドのドラゴン……おおっッ、略してメイドラゴンだね!」
十秒にも満たない思考の末に愁はポンっと手を打ち自らの発想を開陳する。
「あら!良いんじゃないそれ!なんかコメディマンガのタイトルに出来そうな感じだわッ!」
「だよねぇ!良いよね母さんッ!」
パニクっていたハジメや当事者であるトールを他所に、愁と菫は仲良く大いに盛り上がる。この二人はノリと勢いで生きていると言っても過言では無かろう。やれトールに似合うメイド服はアレだろうコレだろうと二人で議論を始める。
パニックから復帰して、我に返ったハジメはトールへと向き直って両親の醜態を謝罪すると、トールは鷹揚に頷き「大丈夫ですよハジメさん。何もお気になさらずに」と寛大さを示す。彼女の寛大さに安堵するとハジメは続けて彼女に問い掛ける。
「ねぇトールさん。うちの両親って本当に何時もこんな感じなんだけど、やって行けそうかな?」
「ハイ!問題ありませんハジメさん。人間の生態についてはまだよく分かりませんけど、父様も母様も私は大好きですよ。」
どうやら本当に、トールは心の底からこの状況を楽しんでいるのだと彼女の返答と、その屈託の無い笑顔から伺い知れる。
「そっ、そっかぁ……トールさんがそれで良いなら、それならまぁ、良かった、のかなぁ?」
だが本当にそれで良いのだろうかと、ハジメの心配は未だ尽きない。そんなハジメの心情に沿ってトールは大きく頷く、そして。
「勿論良かったんですよハジメさん………あのですねハジメさん。私の事は是非、トールとお呼びください!」
「私としてはそう呼んで頂きたいのですが、駄目でしょうか?」
トールとしてはハジメには、自分に対して気軽に呼び捨てにして欲しいと希う。少し切なそうな表情を浮かべてハジメの情に訴える様に。この辺りは、種族も違えど女性としての本能的に備えている対男性用の強力な武器なのだろう。
「………駄目、じゃない………です。」
美しい少女の懇願の前に、初心なハジメには断りの言葉は存在しなかった。ハジメの返答にトールの表情に輝くような明るさがよみがえり、ニッコリと微笑んで潤んだ瞳でハジメを見つめる。
「では、そうして下さい。あと敬語も要りませんからね。だってハジメさんは大切な、トールの未来の旦那様なんですからね。」
そして、芽生えたばかりの自分の気持ちを、己の欲望の成分を混ぜ込んでハジメに伝えるのだった。
「えっ、ええ〜ッッ!?」
予想外に程があり過ぎるトールの意思表明に、ハジメの素っ頓狂な絶叫が木霊する。
眠りから覚醒へ、微睡みからトールは目覚める。時間にして数時間程度の休息は、トールの心身を幾分かリフレッシュしてくれている様だ。スッキリとした目覚めにトールはそう自覚する。
「ハジメさん………待っていて下さいね。絶対にトールが迎えに行きますからね。」
洞窟の入口からほんの僅かに射し込む陽の光に、トールは未だ出会えぬ想い人の暖かな笑顔を重ね合わせ、己の決意を伝える。静かに身を起こし洞窟の入口へと歩を進めて陽に満ちた世界へと身を躍らせると、全身に魔力と気力を漲らせて閉じていた翼を展開して空へと羽ばたく。空間移動の魔法陣を展開して其処へと飛び込む。その瞬間にトールの姿はこの世界から完全に消え失せ、次の世界へと旅立つのだった。
これは、とある世界でトールがハジメの消息の最大の手掛かりを得る、二ヶ月程前の出来事であった。
次回からは再びハジメ達の迷宮攻略道中記となります。