南雲さんちのメイドラゴン   作:佐世保の中年ライダー

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お待たせしました。トールさん、いよいよ迷宮へと赴きます。そしてハジメ君とユエさんはその頃何を!?


第四十二話

 

 異世界トータスへと到着しハジメのクラスメイト達と合流したトールは、そのクラスメイト達とその彼等をこの世界に拐かした国の騎士団の長たるメルドをはじめとした数名の騎士たちと共に、ハジメが消息を絶ったと云うオルクス大迷宮へと赴く事となった。ハジメのクラスメイト達との再会から、ここに至るまでアホが余計な茶々を入れるものだから、矢鱈と時間が掛かり漸くハジメを探しに行けるとトールは安堵の溜め息を一つ吐くと、気を取り直して一団と共に迷宮探索の為の受付を済ませ漸くトールはオルクス大迷宮へその足を踏み入れたのだった。

 

 「よし、もう認識阻害とやらを解いてもらっても構わないぞ、お嬢さん。」

 

 生徒たち全員が迷宮へ入場し、受け付けから十数メートル程離れた場所でメルド団長は認識阻害により姿を消しているトールへ呼び掛ける。その言葉を受けてトールは己に掛けていた認識阻害の術を解き、一堂の前に姿を現す。

 

 「おおっ!」

 

 迷宮の一隅にて、気配も何も感じさせず自分たちの前にごく自然にメイド姿の美少女がその姿を現した事に驚嘆の声が漏れる。透明人間の如く、その姿を消し去る事が出来る魔法に皆が興味津々と言ったところだろうか。

 殊に一部の男子生徒などは何やら下卑た卑猥な目と、だらし無く口角を曲げてニヤリと嗤っており、如何にも不埒な考えを抱いているのだろうと云う事が容易に見て取れる。そんな不埒者が誰かは敢えて語るまい。

 

 「分かってはいても凄いものだな。」

 

 一部の男子生徒達とは違い、メルド団長は姿を現したトールに戦慄を覚える。この様に簡単に、しかも自在に姿や気配までも完全に隠してしまえる魔法なのだ、場所さえ特定出来ればいくらでも敵対陣営の首脳部の暗殺さえも簡単に遂行できるだろう。

 

 「………さてお嬢さん。もう一度確認するが、俺達は実戦訓練を兼ねてこの場に訪れている訳でな、なので道案内はそれを兼ねてで構わないかね?」

 

 目の前の少女の底知れなさに慄く心を押し殺して、メルドはトールに改めて要請を兼ねて確認する。そう問われたトールは少し不機嫌な表情でメルド団長を睨めつけ、呆れ混じりの溜息を吐いた。

 

 「………この程度の迷宮など、私にとっては何程の事もありませんし、貴方達の事など無視して、さっさと降っていくだけで構わないんですけどね。」

 

 「それは承知しているのだがな。申し訳無いが、例の階層までは此方に付き合ってはもらえないだろうか………」

 

 何を勝手な事を!と、トールは激昂しそうになる。しかし先程目の前の男が見せた、ハジメの境遇に対する悔恨の念を強く抱いている様な、彼の表情を見ていたトールは昂る己の感情を抑えた。この人間は、この人間なりにハジメの危難に対する責任、或いはケジメと言うものを着けたいのではと、一年余の時を南雲家で過ごしたトールは多少なりとも、人間の感情と言うものを学んでいるのだ。

 

 「はぁ、しょうが無いですね。そこ迄は付き合いましょう。けれどその先はもう知った事ではありませんからね。」

 

 トールは渋々と言った気持ちも顕に、メルドに対して了承の意を示すのだった。だが、トールの返答に安堵の息を吐くメルドの様子がトールは何となく面白く無いと感じて、少し意地の悪い気持ちが身の裡に溢れてきた。その気持ちを持て余したトールは自分でも嫌味が過ぎるかと思ったが、言わずには居られないとばかりに告げるのだった。

 

 「でも、貴方達があまりモタモタする様ならその限りではありませんよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 此処で少し時と場所を移そう。トール達が入場したオルクス大迷宮の遥か地下深く、真の迷宮である超深層九十九階層。時は、その日の夕刻を過ぎて外界では空が青から紅を越え黒に近い濃紺に染まり、幾百幾千の小さな光が瞬く時刻。その階層の壁面をくり貫いて作られたスペースにて。

 

 「よし、出来たぞ。ユエあとは任せた!」

 

 トールが、ただ一心に探し求める想い人である南雲ハジメはその空間にて、得意の錬成の技能を用いてその空間に、入浴用のバスタブとプライバシー保護の為にその周りを囲う壁を作製し終えて、迷宮攻略の相棒である吸血姫ユエに、そのバスタブにお湯を溜めてくれるようにと彼女に仕事を振るのだった。

 

 「ん。」

 

 淡々と、それを受けてユエは小さく返答を返すと、水系の魔法で水を溜めて、炎系の魔法でその水を沸かして適温のお湯にする。ユエはその作業を一分にも満たない時間で終わらせて、変わらぬ表情ではあるが“むふぅ”と満足気にやり遂げた感も顕にして、ハジメに伝える。

 

 「ハジメ、終わった。」

 

 「おう!俺はちょっと消耗品の補充をやっとくから、ユエは先に風呂に入ってくれ。」

 

 壁の向こうから作業終了の報告を告げるユエの声に、胡座をかいて座っていたハジメは首だけをバスルームを囲う壁に向け顔を覗かせているユエに応える。日本人である南雲ハジメは、その日本人のご多分に漏れず風呂好きである。置かれている状況によっては致し方無い場合もあるだろうが、可能であるのならば出来るだけ風呂には入りたいとの欲求があるのだ。

 

 「ん。分かった。」

 

 ひょっこりと、壁際から顔をのぞかせユエはそう応えて壁の向こうに姿を消して、ハジメが魔物の皮から作ってくれた身を覆うマントの様な着衣を脱いで、これまたハジメが拵えた洗い桶にお湯を汲むのだが、ユエは一旦それを止めて再び壁際へと向かい、ハジメに声を掛ける。

 

 「ハジメ、お風呂、覗く♪」

 

 まるで小悪魔のようなニンマリとした悪戯な微笑を湛えてユエがハジメを誂うと、またかよとばかりに溜息を付いてから、ハジメはジト目をユエに向ける。

 

 「あのなぁ……エシディシとの闘いを終えてリサリサの元を訪れたジョセフじゃああるまいし、鍵穴から覗いたりしねぇよ。てか、大体覗き穴自体作っちゃいないってのッ!」

 

 如何にも呆れたと言う様な声音でハジメはユエに対応すると、ユエは悪戯っ子の様に笑ってハジメに一緒に入らないかと誘う。ハジメは『入んねぇよ!』と強めの声で突っ込む。

 

 「毎回毎回からかいやがって、からかい上手のユエさんかよ、お前はッ!?てか、早く風呂に入っちまえよ。」

 

 そう言ってジト目をむけるハジメにペロッと舌を出して微笑みユエは風呂へと向かうのだった。その様子を目で追い、ハジメは『やれやれしょうがねぇな』と言った心持ちで見送ってから、自らの手元に視線をやり補充作業に取り掛かる。

 

 「いよいよ百階層か。」

 

 呟くように小さな声でボソリとハジメは感慨を込めて、その言葉を口から紡ぎ作業を続ける。この大迷宮を攻略して外へ出て日本へ帰るための方法を探す為に。

 

 『父さん、母さん、イルル、カンナちゃん、俺は絶対に帰るよ』と胸の内で大切な人達に呼び掛ける。同時に脳裏によぎるのはその人達の姿だ。しかしハジメの内には不安もあった。果たしてこんなに変わり果てた自分をみんなが受け入れてくれるのだろうかと。

 そして、南雲家での暮らしに安らぎを見出しているトールが“変わり果てた自分のこの姿を見て”どう思うだろかと。再会した彼女がこれ迄と変わらず、親愛の念と屈託の無い笑みを自分に向けてくれるだろうかと。

 

 『いやいや、今更弱気になってんじゃねぇよ俺ッ!』

 

 ふるふると左右に顔を振って、ハジメは弱気に陥る気持ちを振り払い、キリッと表情を引き締め気を改めて作業を再開する。

 

 「トール、俺は帰る。君の元へ。」

 

 もう既に完全に自覚した此処には居ない想い人に呼び掛けて、ハジメは錬成と術式付与(プログラミング)を用いて消耗品を創り上げていく。

 

 

 

 湯につかり両手を使い身体の隅々までを解しながら、ユエはお湯の温度の心地よさに顔を蕩けさせる。チャプチャプと身動きをする度に響く水音がまた、心地良さを増している様に感じられる。

 

 「………明日、私はハジメ、とこの迷宮をクリアする……」

 

 ハジメと同様にユエもまた、決意を口に出して紡ぐ。味方の裏切りにより数百年の永い刻をこの迷宮の一隅にて、自由を奪われ囚わ続けていたこの忌まわしき世界。数百年の刻を経て、忌まわしき軛から解き放ってくれたハジメと共に、ユエはこの世界から自由になるのだ。

 

 「ハジメの世界で、私は、ハジメとみんなと生きていく。」

 

 今はまだ見知らぬ。ハジメから伝え聞かされただけのハジメの家族達と、ユエは新たな人生を共に歩んで行くのだ。だが、不安が無いと言えは嘘になる。不老不死に近い身の自分が、別の世界の人達に受け入れられるのだろうかと。しかし、ハジメの話によると人ならざる別の世界のドラゴンであるトール達をハジメの家族は受け入れていると云う。ならばきっと自分もとユエはそう希う(こいねがう)

 パシャっと、両手で湯船からお湯を掬ってユエはそれを自分の顔に浴びせて気持ちを切り替える。楽しい事を考えよう。素敵なな未来を思い描いて、新たな出会いに思いを馳せて明日の大一番に備えよう。

 

 「早く会いたい。カンナちゃん♡トール姉さま♡」

 

 

 

 

 

 

 そして刻と場所は再びトール達の動向へと戻る。生徒達の実地実戦訓練を兼ねた迷宮探索は、あの忌まわしきブービートラップを仕掛けられていた二十階層を越えて三十五階層へと至っていた。

 

 「よし見事だったぞお前達!前回の課題点も確りと是正できていたし、何より皆の技量も向上していたし、俺も些かの不安も無く安心して見ていられたぞ。」

 

 この階層に到着する迄の間に、一通り生徒全員が数度の実戦を経験し、しかも前回よりも少ない人員でありながら、より以上の短時間で此処まで到着したのだった。であればこそメルド団長が評すように生徒達の、成長度合いは十分に評価されるに値するだろう。

 メルド団長の評価に生徒達は少しだけ表情を緩めて小さく喜びを見せるのだが、表立って浮かれた様子は見せない。前回の遠征にてこの迷宮の恐ろしさを、その身と心に嫌という程に刻み込んだ生徒達は、気を抜き過ぎて楽観はしおらず、周囲の警戒は怠ってはいなかった、極一部を除いては。

 

 「この周辺の魔物も狩り尽くした事だし暫くは安全だろう。丁度今は昼時だろうしな、キリも良いところで休憩も兼ねて腹拵えをするとしよう。各自各々に食事を摂ってくれ。但し一応あまり気を抜き過ぎて油断をしない様にな。では、一旦散開しよう。」

 

 生徒たちを労いつつ、その様な粗忽者達にチラリと視線を向けつつメルド団長は休憩を取るようにと告げると、生徒達は各々に休憩を取り始める。各パーティ毎に集い其々に少し固いパンや、保存の効くこの世界の畜産動物の肉を加工した干し肉などの固い食料を、口内にて水で柔らかくして嚥下する。少し食べ辛いが平時では無いので贅沢は言えない。しかしそれでも生徒達は、ひと時のリラックスタイムを満喫する。

 

 「………………」

 

 それを遠目に迷宮の壁に背を預けて無言で佇んで、トールは内心の不機嫌さを抑えて眺める。此処に来るまでに見てきたハジメのクラスメイト達の稚拙さに苛立っていた。

 特に、彼らが使っている魔法の効率の悪さに付いては文句の一つも言ってやりたいと思っている。

 

 『何なんですかあの魔法を放つ前に唱える無意味な詠唱は!唱えるにしても、もっと簡潔にして、能率よく行使できないもんですかね全く………』

 

 数多存在するドラゴン達の中にあって、トールは殊魔法に対する造詣が深く、その道のエキスパートとさえ言える実力者である。であればこそ、この世界の魔法の歪さが不快でたまらなかった。

 

 『あの魔法陣にしてもそうでしたけど、何故あの様に無駄が多いのか、意味が分かりませんね。或いは、この世界の魔法の発案者は敢えてあの様に使い勝手が悪い魔法を広めたのでしょうかね。どちらにしろ馬鹿な事をしますね。』

 

 魔法や、それを発動する為のマナがほとんど存在しない日本は例外として、トールが生まれ育った世界でも、このトータス世界と同様に魔法はごく当たり前に存在しており、且つその世界の人間もかなり高度な魔法を使える者も居れば、それを専門とする研究職に就いているものも存在し、その者達は現在でも更なる魔法の研究や開発を続けている者達も存在するのだ。

 その様な事を踏まえて評すれば、この世界の住人達は与えられたであろうと思われる魔法等の力や理と言ったものを、ただ与えられただけで、それを自らの研鑽によって更に磨きを掛ける努力を怠っているとしか、トールには思えなかった。そして。

 

 『怠惰と言うか、呑気と言うべきか。ですけど、この世界の人間や遠藤さん達に掛けられているモノを見ると、この世界の管理する立場の者、まあ十中八九神を僭称する存在でしょうが、敢えてそうさせているのかも知れないですね。悪趣味な……と言うか、もしハジメさんにも同じ事をしていたなら、神だか管理者だか知らないですけど、私がこの手で跡形も無く消し去ってくれますがね!』

 

 トールはこの世界の人間達に、ある特徴を見つけ出しており(その特徴が何かは後に語る事になるが、此処では割愛させて頂く)その特徴が、遠藤を始めとするハジメのクラスメイト達にも施されている事もトールは看破していたのだった。故に、その悪辣なる施しがもしもハジメの身にも及んでいたならば、トールは己の能力を全力解放して、この世界の総てを灰燼に帰させる事だろう。沸々と、どうしようも無く湧き上がってくる怒りの感情のままに。

 

 

 

 

 

 

 昼食と休憩を終えて一行は迷宮探索を再開し、順調に階層を下って行った。四十階層、五十階層と、危なげ無く襲い来る魔物達を退治して行く生徒達の練度は、やはりメルド団長の目から見ても十分に合格点を与えられる程に仕上がっており、彼は生徒達の戦い振りに『うむ』と頷く。

 

 『光輝達一部の者は既に、完全に数値だけでは無く、真の実力でも俺を超えてたな。』

 

 これまでに学んだ事を実戦でも的確に駆使して戦う姿に感慨も一汐と、メルド団長は生徒達の成長を喜ぶ。彼らの育成に付いて、時に自分の方針は間違っていたのではないのだろうかと、自問自得する事も暫し。特にあの忌まわしい、前回の遠征に於ける一連の出来事などがそうだ。あれは己の立場上も私的にも心身に堪える物があった。自分の教育が行き届かなかったが為に、未来ある一人の若者の命をあの様な形で失う事になったのだと。

 しかし今回の成果を鑑みるに、これならば何ら問題無く彼ら共に戦場で轡を並べて戦えるだろうなと。

 

 『今のアイツらならば、きっとベヒモスでさえも斃せるだろうな。』

 

 確信を持ってメルド団長は内心に呟くのだった。

 

 

 

 

 着実にハイペースで階層を下りていく一行であったが、その一団の中に在りメルド団長の言葉に従い着いて行くトールの苛々は募るばかり。先にも述べたが彼女はメルド団長の評価とは違い、やはり生徒達の戦い振りが酷く稚拙なものとしか思えなく、我慢の限界も近付いていた。そして、その苛々の限界が訪れようとした時、遂に一行は到着する。

 

 「着いたな…………」

 

 メルド団長を先頭に、ぞろぞろと広まった空間に足を踏み入れる生徒達。その中で誰ががボソリと呟いたその声に含まれるのは、どの様な感情だったのだろうか。

 

 「後方の警戒怠るなよ!皆前衛班と後衛班に別れて陣形を組め!」

 

 メルド団長からの指示が出される。あの時は後方登り階段付近から現れた魔法陣から大量のスケルトンが湧き出して退路を塞がれ、その間を置かず直ぐに橋上に出現した魔法陣からベヒモスが現れたのだった。

 しかし、その石橋もあの日ベヒモスと最後まで対峙した南雲ハジメの手により、全長百メートルに及ぶ橋の一部が破壊され十数メートル程が崩落したはずであったのだが。

 

 「えっ!?嘘だろ………あの橋って、南雲が落としたはずじゃぁ……」

 

 何事も無かったかの様に、崩落したはずの石橋が、あの日と変わらぬ無傷な姿に修復されていた。その事実に驚きを禁じ得ない生徒達はざわつき始めるのだが、いち早くそれを察したメルド団長が声を張り上げて生徒達を諌める。

 

 「落ち着けッ!!二十階層でもそうだっただろう!この迷宮には、製作者によって何かしらの魔法的な仕掛けが施されているんだ。おそらくはその仕掛けによって、迷宮内のモノはある程度の修復機能が働いているのだ。それにより、二十階層もあの橋も修復されているのだ!」

 

 魔法、或いは魔力による修復。それは地球の技術に例えるならばナノマシンテクノロジーに近しいのかも知れない。尤も、地球上の現代の科学力では、崩落してしまったため壁面や橋梁等を修復してしまう程のレベルには至っていないのだが。

 

 「なるほど、そんな事もあるのか。流石は異世界何でもアリだなッ!」

 

 メルド団長の叱責の声に生徒達も気を取り直し、ちょっとした無駄口を叩く余裕が生まれる。コレは巨漢の格闘者坂上龍太郎の発言である。

 

 「龍太郎、無駄口を叩かない!あの橋が修復されているのなら、当然……あのバケモノも出て来るはずよ!」

 

 油断なく警戒し鞘から剣を抜剣しながら臨戦態勢を取りつつ、雫が龍太郎を窘める。メルド団長の言葉が正しければ、この先を橋に向かって進めば前回と同様に、スケルトンの大群とベヒモスが魔法陣から出現し、再び相対する事になるだろう。

 

 「うん、そうだね雫ちゃん。私達がこの先に進めばきっとあのバケモノが出てくるんだよね。でも、それを越えて行かなきゃ、南雲君を助けに行けない!だから、私は行くよ雫ちゃんッ!!」

 

 雫と横並びになって、周囲を警戒していた香織も、魔法発動の為のロッドを構えて臨戦態勢を取りつつ、ベヒモス斃して先へと進み南雲ハジメを救い出すとの、決意の言葉を確りと告げる。

 

 「おおっ、雫も香織も凄い戦意だな!俺も負けちゃいられないなッ!メルドさん、行きましょう!俺達はあの日を越える為に此処まで来たんだ!!」

 

 口々に決意を告げる幼馴染グループの戦意にメルド団長は頼もしさを感じる。恐れを知らない、否、あの日の絶望と言う名の恐怖をのり超えた、決意のほどを在り在りと顕した眼差しに、彼は今の子供達ならばと頷く。ならばとメルド団長は、全軍に前進を指示しようと身構えたその時。

 

 「団長さん。此処がそうなんですね!?」

 

 勇むメルドに声を掛けたのは、一行に付き従って、この場まで己の気持ちを押し殺してやって来たトールのものだ。

 

 「………お嬢さん………」

 

 彼女の質問の意味を察して、メルド団長は言い淀み返事を返せないでいる。だが、トールの方も質問の答えを聞く必要も無く理解していたのだ。

 

 「あの橋からハジメさんは………」

 

 トールは橋上を見つめて呟く。そして、湧き出て来る怒りにその身を染める。

 

 「っ……ああ、そうだ。坊主はあの橋の上でベヒモスをたった一人で抑えて、俺達の退路を確保してくれたのだ。」

 

 彼女から湧き出る威圧感に、メルド団長は気圧されそうになるが、それを抑えて彼女に応える。すると………

 

 「そうですか…………ならば、此処までですね。」

 

 ふつ、とトールはその身から発っしていた威圧を抑えて、此処まで案内してくれたメルド団長に告げる。

 

 「何を………」

 

 「最初に言いましたよね。ハジメさんが消息を絶った場所までは、貴方達に着いていくと。だったら此処から先は勝手にさせてもらいますよ!」

 

 そう宣言して、トールは一塊となった一団から抜け出して、一人石橋へ向かい歩みを進めゆく。その背を見送る者たちには彼女が颯爽として歩んでいる様に見えていたのだが、しかし実際には、彼女の表情は見ようによっては悪鬼の様にも見える、彼女の今の感情を体現した様な恐ろしい表情をしていた。正にその身より、怒りの電流が迸っているかのような。

 

 「と、トールさんっ!?何をするつもりですか?一人でなんて無茶ですよッ!?」

 

 石橋へと向かい、歩みを進めるトールに天之河が声を掛ける。その声に一旦歩みを止めて顔だけでトールは振り返り、鋭い眼光を向ける。

 

 「五月蝿い、自分の力量も測れない愚か者がッ………邪魔です。」

 

 ギンッと、効果音を初増しそうなほどの鋭い眼光と言葉のナイフが天之河を突き刺す。

 

 「っ………」

 

 その鋭さに怯み一歩後退る天之河、流石に馬鹿な彼もいくらかは学習したのだろう。それ以上の言葉を彼女に掛ける事を躊躇う。トールは後退る天之河に、もう一瞥をくれることも無く前進を再開する。

 

 「っ……俺達も前進するぞ!後方、魔法陣からスケルトンが出現するだろう。油断するな迎撃の準備を怠らず進むぞ!」

 

 ハッと我に返り、石橋へと進み行くトールの後を追うようにと指示を下すメルド団長。心中では、きっとベヒモスは彼女一人でどうにかしてしまうだろうとの予感があるが、王国騎士団の団長としては、例えそうであったとしても、その顛末を己の目で見届ける必要があるとの使命感から部下と生徒達に指示を下すのだった。

 

 「応ッ!!」

 

 それに応えて一団は臨戦態勢で臨み、一人のメイドの少女の後を追って進み行く。忌まわしきスケルトンとベヒモスとの再戦此れ有るを期して。

 

 「…………」

 

 間もなくして、トールは石橋の中央付近へと到達、メルド団長に率いられた一団も石橋のたもとへと到達する。すると。

 

 「後方ッ!魔法陣が出現しました!」

 

 後方警戒に当たっていた一人の騎士団員が声を高々と張り上げ、全員に聴こえる様に魔法陣の現出を報告する。もうすぐにでもスケルトンが現れるだろう。

 

 「よしッ!後方組はスケルトンへの迎撃態勢を取れ!前方、お嬢さんが中央へ到達したぞ!間もなく橋の上に魔法陣が現われるはずだ、前方組も戦闘態勢を取れッ!」

 

 メルド団長はスケルトンへの対応と、トールが一人で持ち堪えられなかった場合の為の態勢を指示する。

 

 「スケルトン現れましたッ!」

 

 スケルトン出現の報が上がる。光る魔法陣より現れるスケルトン。一体、また一体と時間の経過と共にその数が増してゆく。

 

 「了解したッ!後方組はスケルトン迎撃に移れッ!!」

 

 「分かりました!後方班、行くぞッ!」

 

 「ウォーッ!!!」

 

 メルド団長が指示を出して、後方を預かる騎士団員がそれに答えて小悪党組と永山重吾達のグループが、スケルトンを迎撃すべく引き返して走り行く。

 そして始まる、生徒達とスケルトンの群れとの戦い。前回と違い、生徒達も今回は組織立った連携を取って的確にスケルトンに対処している。三ヶ月間の訓練時間が彼らを着実に強くしていた。

 魔法陣からは止まる事無くスケルトンが湧き続けているものの、生徒達の対処が的確であり、やがて魔法陣より湧き出す数よりも生徒達が屠るかずの方が勝り、生徒達は魔方陣の前に陣取りスケルトンが現れる毎に叩き潰して行く。ある意味、此方は楽勝ムードが漂っていると言えるだろ。後は前方班がベヒモスを攻略出来ればこの階層もクリアとなる。

 

 一方、後方班がスケルトンと対峙し始めると同時に、橋上では巨大な魔法陣が出現しベヒモスが今にも顯れようとしていた。眩い光を放ち次第に形作られて行く異形のシルエット。朧だったそのシルエットが次第に明瞭となり始め、やがて光は鳴りを潜め巨大な異形の魔物が姿を顕すのだった。

 

 「グ、グルァァーーッ!!」

 

 巨大な魔法陣の上に顕現したベヒモスは重低音大音声の咆哮を上げて、眼前のメイド姿の少女を威嚇するが。その眼前の少女トールは、その咆哮に一切の怯みも見せずにベヒモスを睨めつける。

 

 「無駄に大きいだけの駄犬がッ!お前のせいでハジメさんが!!」

 

 「グルァァァーーーッ!!!」

 

 己の巨体と力強さに、何の怯みも見せない人間の女に、自尊心でも刺激されたのか、ベヒモスは再度怒りの咆哮を上げて、自分の存在を誇示する。しかし。

 

 「そんなチンケな虚仮威しが私に通用すると思うなよ、雑魚がッ!!」

 

 その言葉と共にトールの身の内から発せられるは、まるで質量を持っているかの様な重圧を伴った怒りの威圧だった。その威圧に十メートルを超える巨体のベヒモスは怯みを覚える。

 

 「ウ、グルゥゥ……ぅぅッ!?」

 

 それはベヒモスが持つ本能が、目の前の人間の女が放つ威圧が、己を遥かに超えた力を持っているのだと言う事を理解させ(わからせ)られたからだった。小さな人間の女を前にベヒモスは一歩、また一歩と怖気付いて後退る。勝てない、殺される。ベヒモスは恐れをなしながら、生き永らえる為に行動する。

 

 「ガァァァァッ!!!」

 

 その顎を大きく開いて口内に魔力のエネルギーを溜め始める。それは、恐るべき破壊のエネルギーを溜め込んだベヒモスが放つブレスの射出準備である。しかし。

 

 「ああ、もういい。そんなチャチなブレス撃つだけ無駄。」

 

 はぁっと、呆れの溜め息でも吐くかのようにトールは皮肉タップリに、人間の言葉を理解していないであろうベヒモスに向かって、そう告げる。

 

 「トールさん、何してるんですか!?危ないベヒモスのブレスが来ますッ!早く逃げて下さい!!」

 

 しかし、そんなトールの状況を知らず、雫が大きく声を張り上げて、トールに危機を訴える。

 

 「その必要はありませんよ、八重樫さん。こんな駄犬など………」

 

 雫に対して半身を向けてトールは平坦な声で答えると、ベヒモスに対して左手を横に真直ぐに伸ばして構えを取る。

 程なく、魔力を練り込んだベヒモスはトールへと向けて大口を広げ、その練り上げて作り上げた、破壊のブレスのエネルギーを放つのだった。

 

 「無駄無駄ッ!」

 

 瞬間網膜を破壊しつくほどの輝きと紫電を迸らせたブレスがトールの身を迫るが、しかしそのエネルギーはトールの身を滅する事敵わず、トールが掲げた左手により防がれた挙句に、消滅させられてしまったのだった。

 

 「なっ………嘘……だろ……」

 

 後方より、その一部始終を目撃していたメルド団長を始めとする騎士団員と前方班に組み込まれていた幼馴染みグループの口から驚愕の声が漏れる。三ヶ月前彼等を苦しめたベヒモスの攻撃が目の前のメイド姿の少女の前に、何の効果も示さず、剰えアッサリと消滅までさせてしまったのだから。

 

 「トールさん………」

 

その力の一端を垣間見せたトールに、香織は彼女の名を呟く。ハジメを助けに行く為に三ヶ月間、訓練を積んできた香織だったが、トールが見せたその一端は香織が身に付けた力など、児戯にも等しいと言わんばかりのモノであると見せつけられてしまったのだ。

 

 「さて、もういいでしょう。ハジメさんを苦しめた元凶、消えなさい!」

 

 そんな香織の感情などお構い無しに、トールは、ベヒモスに対して死刑宣告を告げ、半身の体勢そのままに構えを取る。グッと両の腕を後方へと引き下げて、その両掌に魔力のエネルギーを蓄積し始める。そして。

 

 「カァー……」

 

 一言に力を込めて刻むは、ハジメに教えられた必殺の技を自己流にアレンジしたモノ。

 

 「メェー……」

 

 気のエネルギーの代わりに、その身にあふれるマナを練り上げて作り出す。

 

 「ハァー……」

 

 それは、多くの日本人が一度は真似た事のある動作。

 

 「メェー……」

 

 詠唱は終わり、トールの両掌には光輝く魔力の光球が顕現する。そして。

 

 「波ァーーーーッ!!」

 

 勢いよく、両手を前方に突き出す。光輝く光弾が尾を引いてベヒモスへと着弾し、その身を一瞬の内にその光が飲み込み、瞬時に消し去ってしまうのだった。

 




生物としての格の違いによりベヒモス君はアッサリと退場してしまいました。ある意味出落ちです。
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