毎回の誤字報告ありがとうございます。
また、はんたー様によりファンアートを頂いたことに感謝申し上げます。https://www.pixiv.net/artworks/135185907
pixivの方で表紙として設定しようとしましたが、スマートフォンからの投稿だからでしょうか設定が出来ませんでした。我ながらIT音痴も甚だしいですね。
魔法陣より顕現したベヒモスは、トールが放った
「…………」
一瞬にして葬り去った為に全く必要としないのだが、一応取っていた残心を解いてトールは前方へと突き出していた構えを解く。やがて、小さく迸っていた紫電も収まり、橋上の空間もクリアになる。石橋の表層に浮かび上がり紅く輝いていた魔法陣の輝きが次第に暗くなって行き、やがて静かに消失した。
「これで、この階層はクリアと言う事ですか。まあどうでも良いですけど……向こうの魔法陣も消えましたか。」
戦闘後に大きく息を吐く事もなく、微かな皮肉の成分を含んだ声音でトールは呟く。振り返ると、橋の向こうの広間に展開していたスケルトンを繰り出していた魔法陣も消えているようであった。
三ヶ月前、生徒達を絶望のドン底に叩き込んだ因縁の魔物ベヒモス。その因縁を越える為に訓練に励んで来た彼らであったが、その相手は今、日本に居るはずであった南雲家のメイドさんが放った、かめはめ波により跡形も無く吹き飛ばされてしまった。その現実の前に暫し言葉も失い呆然としていた彼等であったが。
「まっ、マジかよ!?」
「は……ハハッ、今のって、かめはめ波だったよな………」
「あ、ああ。けど、あれって……再現、出来る物なのか………」
「トールさん……凄い………」
その凄まじ過ぎた光景を思い起こして、慄きつつその感慨を口々に漏らし始める。そして、その声は全体に伝播して次第に大きくなって行き、遂には歓喜を爆発させたかの様に大きく声を上げながら、戦いを終えて石橋の中央付近に佇むトールの元へと一同が駆け寄るのだった。
「凄いっすよトールさん!!かめはめ波を撃つなんて思ってもいなかったっすよ。てか鍛えればマジで撃てるモンなんだったんですねかめはめ波って!!」
ゾロゾロと自身の周りに集い取り囲む、数十名の生徒達と騎士団員達が自分に対する称賛の言葉を口にするのを、トールは内心に鬱陶しく思う。
「あのッ、俺にも教えて下さい!俺も撃ってみたいです、かめはめ波ッ!」
この様に教えを請われるのも、鬱陶しいと思っても普段ならば何と言う事もなく適当にあしらえるのだが、一刻も早くハジメの元へと駆け付けたいとの思いが強い、今の彼女の心にその様なゆとりは無くイライラが募る。ワイワイガヤガヤと姦しくざわつく生徒達のさまにトールの額の側部に青筋が浮かび、そして。
「五月蝿いですよ、いい加減にしなさい。私は始めに言ったはずですよね。貴方達と行動を共にするのは此処までだと。」
騒ぎ立てる生徒達にトールはピシャリと釘を差して黙らせる。先程放ったかめはめ波だけでは無く、迷宮前の広場での再会から、この階層へと到着する迄に幾度かみせたトールの威圧や秘められた力の片鱗などから、彼女の恐ろしさを知らしめられた彼らは、その言葉に乗っている重圧感に中てられ押し黙る。
「いや、そうですけど、あんな凄いの見てしまったら…………」
しかし、男子ならば幼少期に一度は真似た事があるだろう『かめはめ波』を、目の前で再現させて見せられたのだから堪らない。叶う事ならば、自分もかめはめ波を撃ちたいと望むのもやむ無し、個人的に気持ちは理解出来るのだが。そんな生徒達の憧れなどトールの知った事では無いし、一々相手にしている暇もない。一刻も早くハジメを探しに行きたいのだ。
「そう言う約束でしたよね、団長さん。」
生徒達を相手取っていても埒が明かないとトールは、この一団の責任者であるメルド団長に確認を取る様に話を振る。
「ああ、そうだな。俺の立場上本来ならば君を止め拘束し、教会ならびに国王陛下の元へお連れするべきなのだがな。しかし残念ながら、俺達では君をどうにか出来るだけの力が無い。」
自身の立場を引き合いに出して、メルド団長は建前に本音成分を混ぜて答えつつも、トータス世界の人類がどう足掻いてもトールに対して、彼女の不利益になる行為を為せるはずも無いと理解しており、少し戯けて頭を掻いてそれが敵わぬ程度しかない能力の不足を嘆いてみせる。
「そうですね。もし、本当にそんな事を企んでいるなら、この世界ごと跡形も無く消し飛ばしてあげますよ。」
メルド団長が吐露した本音に内心の苦笑を隠しつつ、鹿爪顔でトールはその様に返答して返す。
「それは、ご遠慮願いたいな。」
お手上げとばかりに両手を上げてメル団長はシニカルに笑う。その様な事態を招かない為にも、彼ら王国騎士団はトールの行動の一切の妨げになる行動を起こさないと言う事を彼なりに示したのだ。
「では、もう止めないで下さいね。」
それを何となく察してはいるトールだが、中にはそれを理解出来ていない者もいるだろうと、これまでの経緯によりトールは予想が付いており、その者達を牽制する意味合いを含めてダメ押しとばかりにそう告げて、欄干のない石橋の端部へと向かい歩み行く。
『………待っていて下さいハジメさん。今行きますからね……』
その向かう先の昏く深遠なる奈落の底に、ハジメは落ちていったのだと言う。歩みを進め石橋の端部へと到着し、トールはその昏い闇をじっと見やり、その彼方にいるであろう想い人に心中で呼び掛ける。そして、今にも端部を越えてその身を奈落へと向かわせようとしたその時。
「えっ、ちょ、ちょっと待って下さいトールさん。何をするつもりですか!?」
トールの挙動に驚き、その行動を止めようと天之河が彼女に呼び掛ける。またしても自分の行動を止めようとする、天之河に苛つきを越えてトールは彼に呆れてしまう。否、一周回っていっそ天晴とさえ思ってしまいそうになった。
「はぁ!?何をと言われても、ハジメさんが此処から落ちたと言うのなら、私もその後を追うだけですよ。」
しかし、それはそれ。感情を極力排してトールは平坦な口調で天之河にそう答える。
「いや、何を考えているんです!こんな所から飛び降りるだなんて、危険ですよ。南雲を探す云々の前に、そんな事しちゃあ死んでしまいますよ!」
対して天之河は、本気でそれを止めようトールに呼び掛ける。その天之河に追従し幾人かの生徒がトールを止めに掛かる。これは純粋に天之河達がトールの身を案じての事であり、其処に他意は無い。
「まあ、貴方達なら死んでしまうかも知れませんが、私にとっては無用の心配と言うものですよ。」
その辺りの事はトールも理解が出来ており面倒に思いながらも、さっと右腕で彼らを押し留める様に突き出して、心配は無用であると伝えた。
「なっ……なにを、言っているんですか、トールさん……」
彼女の言葉の意味を咀嚼出来ず、天之河は更に問いを重ねるが、トールはこれ以上説明を重ねても面倒な事に変わりはなからうと判断し、生徒達から奈落の底へと向き直る。そしてトールは、フッと一つ息を吐く。
すると騎士団員達と生徒達が注目する中、トールの背中と臀部付近に小さな小さな光球が幾つも現れ、玉響の如くゆらゆらとたゆたいながら展開し何かを形作る様に広がってゆく。それは間もなくして彼女の背中に一対の翼と、臀部に長い尻尾として顕現する。
「えっ!?」
「嘘ッ!?」
「と、トールさん……まさか!?」
突然の事にハジメのクラスメイト達がざわめく。まさか、地元の商店街の有名人でクラスメイトである南雲家の名物メイドであるトールが人為らざる存在であったのだ。これを驚かずにいれるだろうか。
同様にメルド団長達、王国騎士団の一同もまたトールの変貌に驚愕する。その姿はこの世界に存在していると言うとある人類種、かつて正教教会により迫害を受け、この世界から姿を消したと言われる種族と。
「なっ、お嬢さん……君は一体……まさか竜人族なのか!?」
その疑問をメルド団長は一雫の冷や汗を垂らし、声を震わせながらトールに問う。もしメルド団長の予想通りだったならば、話はまた変わってくる。教会へ報告を行い、彼女を拘束する様に命じられるであろう。であるから、トールの恐ろしさをその目で目の当たりにしたメルド団長は、巳の内でそうであってくれるなと願わずにいられない。
切なる願い。メルド団長にとって途轍もなく長い、永久にも感じられる数秒間の時が流れる。
「はぁ?何ですか、その竜人族とは。」
トールの口から紡がれた言葉は、メルド団長の願いに通じるものだった。彼女の言に嘘が無いのならば、彼女は竜人族の存在を知らないのだ。しかし、それはそれとして、未知なる存在がこの世界に訪れたのだと云う事実を王国騎士団団長としては、報告を行わなければならないのだが。その結果、教皇や国王がどの様な決定を下すかはメルド団長の預かり知らぬ事である。彼はその決定に従うだけなのだ。
「私は、此処とも地球とも違う別の世界のドラゴン。戦いの日々の中で命を失いかけていた所を南雲家の皆さんに救われた、ただのドラゴンですよ。」
トールは自分が何者であるのかを答える。南雲一家に命を救われた異世界のドラゴンであるとの出自を、自ら告げたのだ。
トールの告白にざわめくハジメのクラスメイト達。それは今日一日で最も大きな衝撃を彼等に齎した。彼等彼女等の中にはトールに憧れを抱いている者もいる。その強さに、美しさにほのかな憧れを抱いている者も。
「異……世界の……ドラゴン……トールさんが!?」
「嘘、でしょ………」
「南雲に、助けられたって……」
トールが人外のものだった。俄には信じられない事だが、彼等は現実に地球ではない異世界に召喚されているのだ、であるならば地球やトータス以外の世界があったとしても不思議は無いだろう。解ってはいても、中々にそれを受け入れる事は困難であるのだろう、呟く声が方々から漏れ出る。
「まあ、そう言う事ですので私の事は放っておいてくれて結構ですので。」
そんなハジメのクラスメイト達や騎士団員達の事など後は知らぬとばかりに、トールは彼等に背を向け静かに、小さく羽根を動かしてホバリングする様に空へと浮かび始める。しかし其処に「待って下さい」と、トールを呼び止める声が掛けられた。その声にトールは迷惑そうな表情をみせて振り返る。
「何ですか、邪魔をしないでもらいたいんですけどね、白崎さん。」
声の主はハジメのクラスメイトの一人、白崎香織のものであった。彼女はクラスメイト達の一団から数歩抜け出してトールに近づいていく。そこで香織は緊張してか僅かな時間逡巡するも、それは数秒にも満たない時間。直ぐに気を取り直し、胸元に手を当てて真摯な眼差しと、強く真剣な表情で空に浮かぶトールを見上げて用件を伝える。
「トールさん。私も、私も連れて行ってください!私も南雲君を助けたいんです!」
奥深く果ての見えない奈落の底に自分も連れて行ってくれと、南雲ハジメを救いたいとの真摯な思いを、その思いの丈を香織はトールに伝えたのだった。
見上げる瞳と見下ろす瞳。二人の少女の二対の瞳が言葉なく見つめ合う。片方は切なる願いを込めて、もう片方はその覚悟の程を確かめるかの様に。
「なっ、何を言っているんだ香織ッ!?今は冗談を言ってる場合じゃ無いぞ!」
「そっ、そうだよ白崎!止めろよ危ないって、マジで!!」
だが、其処に水を差す様に二人の男二つの声が、対峙する二人の少女の間に割って入り込んでくる。もう、突っ込むのも馬鹿らしいと思うくらいに繰り返される行為に、幾人かの生徒は『またかよ』と声に出さず内心にそうぼやく。日本に居た頃は、文武両道を地で行き正義感が強く、曲がった事が許せない好男子と言った印象を持たれた人物だったが、このトータス世界に召喚されて以来、彼のその人格に歪な部分がある事に気付き、感じ取り始めたクラスメイト達も少しづつだが増え始めていたのだ。所謂“メッキが剥がれた”と言う事だろうか。
檜山は兎も角として、天之河は彼なりの善意と幼馴染である香織の身を案じて、彼女を諫めているだけなのであろうが、これまでの言動により残念な事にそう受け取ってもらえないでいるのだった。
二人の男の茶々により騎士団員達にも生徒達の間にも、なにやら白けてしまった様な気不味さが醸される、それは余りよろしく無い空気だ。トールもまた、香織に向ける目とは違い、酷く醒めて冷え冷えとした目を二人に向けている。
本当に良く無い空気だった。しかし、其処に本人は意図していなかっただろうが、結果として淀んだ不味い空気を、ほんの少し爽やかに換気する効果をもたらす。それは。
「おっ、俺も、俺も一緒に行きたいですトールさん!南雲は俺の親友です。俺達はアイツに色んなものをもらっていたんです。だから俺は、南雲を助けたい!」
クラスでもその存在感の薄さから、他者に認識されないと云う奇特な性質を持つ男子生徒、遠藤浩介。日本にいた時からも、ハジメとの間に信頼関係を築いております、尚且つこの世界に来てからも何かとハジメと共にこの世界で生き残る為の方策を共有していた、親友と呼んで差支えのない男である。
「えっ、遠藤!?」
「お前、マジで言ってんのかよ!?」
「止めた方が良いよ遠藤君!」
その遠藤の、香織の思いと遜色の無い強い決意の言葉であるが、彼と共にパーティ―を組むメンバー達も香織を止める天之河と同様に、その真意を問い、そして彼を思い止まらせようと諌める。
「ああ、本気だよ俺は!この世界に来てから南雲は、何時も俺達全員が少しでも不利益にならない様にって、心を配ってくれていたんだ。そんな南雲が苦しい思いをしてるかも知れないんだ、だったら俺は……だから、俺は南雲を迎えに行きたいんだよ!」
それに対して遠藤は確固たる決意を込めて彼らに答える。何があろうとも窮地にある親友を救いたいと、悔しいが自分一人の実力ではそれが叶う事も無いが、今目の前で見せつけられたトールの実力の一端。そのトールと共にあれば自分も友の元へと向かう事が出来るだろうと。
空に滞空しハジメのクラスメイト達を静かに眺めるトールは、白崎香織と遠藤浩介のハジメに対する想いを一応は受け止めた。香織のハジメに対する恋慕の情に付いては許容出来ないが、ハジメを救いたいとの思いには一定の理解はする。
「遠藤さん、白崎さん、貴方達の言い分は分かりました。」
「じゃ、じぁあ!」
だがしかし、理解した上でトールは彼らの同行要請に答えを出す。その答えは。
「ですが、お断りです!」
右掌を彼らに向けて示して、そう一刀両断の元に冷たく断りを告げる。
「えっ、なっ……!?」
二人にとってはまさかの返答。その答えを二人は俄には咀嚼出来ず、戸惑い言葉を失ってしまう。
「聞こえませんでしたか?だが断る。ってやつですね!」
戸惑う二人に駄目だしとばかりにトールはもう一度断りを告げる。冷ややかに告げられたその言葉を受けて、二人はその目を数度瞬かせ間もなく我に返り、その真意を確かめるべくトールに問いかけ直す。
「そんなッ!?」
「なっ、どうしてですか!?」
「どうしてって、単純に足手まといだからですよ。」
返ってきた答えは単純にして明快。寧ろこれ以外にあろうかと、問い詰められたとて他に答えは無かろうと言う程に当然と言える答えだった。
「そんな……私達、訓練して戦えるようになりました、そりゃあトールさんと比べたら全然でしょうけど。でも私は今日の為に、だから足手まといなんて。」
しかし当人達からしてみると、今日までの辛い訓練の日々と、その成果を全否定されてしまっているのだからたまらないだろう、反論の一つくらいしようと言うもの。だが、その様な反論などトールに対して然したる効果などあろう筈もなく。
「じゃあ聞きますけど、貴女にさっきの駄犬を一人で斃す事が出来ますか?あの程度の駄犬を斃せないのなら、この先に進むなんて無理ですよ。諦めてください。」
非情な現実を突き付ける。この時点で彼らに確証は無いが、この先に進むのならば確実にベヒモス以上に強力な魔物が現れる筈であろう。であれば、トールが言う様にベヒモスを単独撃破が出来るだけの実力を問うのは当然と言えよう。
「それは……いいえ……」
「一人では、無理です……」
そう問われてしまっては、香織と遠藤は無理だと答えるしかない。この場にいるクラスメイト全員で協力すれば、現時点での彼らの実力ならばベヒモスを撃破するだけの実力は備わっているだろうが、それでもまだ、その先へ向かうには実力が不足していると、トールは相対してみたベヒモスの力の程から勘案してトールはそう結論付けた、彼らでは能力が不足していると。
「そうでしょう。貴方達自身分かってますよね。今の時点での私との埋める事の出来ない差と言うものを。」
「……………」
「香織、遠藤君、酷な事を言うけれど、トールさんの言う通りよ。」
「っ、雫ちゃん!?」
「八重樫………」
どう足掻いても覆しようの無い現実を突き付けられて俯く二人に、八重樫雫はトールの言う通りだと告げる。その言葉は駄目押しの様に二人の心に突き刺さる。
「トールさんの力は見たでしょう。今の私達では、どう頑張ってみてもトールさんの足手まとい、いいえ足枷にしかならないわ。私も悔しいけれどそれが現実よ。」
更に重ねて雫は二人に告げる。力不足なのは二人だけでは無く自分自身を含めたクラスメイト全員がそうなのだと。その突き付けられた現実は二人にも分かっていた。分かっていてもそれだけ友を、想い人を救いたいとの思いは強かったのだ。そこにトールが続け様に被せて突き付ける。
「八重樫さんの言う通り、貴方達は此処から先に行くには邪魔でしかありません。だから諦めて下さい。」
チッチッチと右手の人差し指を立てて左右に揺らして告げられた最後通牒に、二人は意気消沈して俯く。二人の同行の申し出はトールによりキッパリと断られ、渋々と二人はそれを受け入れるのだった。
「おう!俺も雫と同意見だぜ香織、遠藤もよ。悔しいがマジで今の俺らじゃトールさんの邪魔にしかならねぇよ。本当によぉ!」
「龍太郎くん………」
「坂上……」
気落ちする遠藤の肩に自らの手を乗せて坂上龍太郎が、二人を慰めの言葉を掛ける。ニカッと漢の笑みを見せて微笑む龍太郎。
「俺だって気持ちは同じだぜ!もっと俺に実力がありゃあ、今直ぐにだって南雲を助けに行きたいぜ!」
笑いつつもその声音は真面目な響きを持って、龍太郎は二人に自身の本音を暴露する。この侠気のある少年もまた、ハジメを助けに行きたいと望んでいるが、それには己の実力が不足していると、認めるのはしゃくではあるが認めるしか無い。バシッと左の掌に右の拳を打ち付けて、龍太郎は悔しがる。
「トールさん……わかりました……」
「トールさん……」
雫と龍太郎の説得により、二人も現実を受け入れてトールへの同行を諦め、その旨を告げる。空から彼らの動向を見つめていたトールは“うむ”と頷く。
「やっと理解してもらえた様ですね。そう言う事ですので、地上で大人しく待っていて下さい。それにまあ、白崎さん。貴女は私にとってお邪魔虫なので、此方にいてもらった方が何かと都合がいいですし。」
ハジメに気がある香織を、此処ぞとばかりに挑発しつつ自らの本音を漏らす。
「そっ、それが本音ですか!人の事をお邪魔虫なんて、私に取ってはトールさんこそ!その言葉、そっくりお返しします!」
「あぁんッ!?」
「むぅッ!」
「がるるるぅ!」
場も弁えず始まった種族の違う二人の少女のキャットファイト。クラスメイト達の一団の中に紛れている檜山は彼女達のその姿を見やる。
『何で、何時も南雲ばっかりッ!!』
声に出さず心中でハジメに対する嫉妬心を燃やしている。だが、そんな事に二人の少女は気が付く事も無く、威嚇し合っている。しかしこのキャットファイトに最初から香織の勝ち目は無かった。トールは腰に両手を添えて勝利のポーズを決めて香織に告げた。
「フッフッフ、貴女、ハジメさんに頭を撫でてもらった事ありますか?自慢じゃあありませんけど、私は毎日ハジメさんに優しく撫でてもらっていましたよ。まあ、自慢じゃありませんけどね。大事な事ですから二度言いました!」
「ッ、ぐぬぬぬぬッ!!」
トールの自慢に香織は負け犬の様に唸る。一度たりとも彼女はトールの様に頭を撫でてもらった事など無かった。何だったらこの世界に召喚される直前にトールがハジメに頭を撫でられている光景に激しく嫉妬心を駆られたものだ。
「むふふぅ!第三部の完結を待つまでも無く、武舞台に上がるまでも無く、私の勝利はとっくの昔に確定しているんですよ。」
完全勝利。何の反撃も出来ない香織に一瞥をくれてトールは空で彼らに背を向ける。最後に一度トールは振り向いて彼らに告げる。
「それに貴方達はハジメさんの友人ですからね。その人達を危険に晒す訳には行きませんしね。ですから此方で待っていてくださいな。おっといけません、私とした事が。と言う訳ですので私はこれで!」
最後に少しだけ、彼らに対して思い遣りの情を示して別れを告げると、高速で奈落の底へと向かい突進して行ったのであった。
「あっ!待ってくださいトールさんッ、勝ち逃げは許しませんよッ!!」
去り行くトールに香織は声を掛けるが、その声が彼女には届かず、見る間にトールの姿は奈落の暗闇に溶けて行くのだった。
「行ってしまったわね。」
奈落の闇を見つめる香織の背に優しく手を添えて雫は感慨を込めて彼女に語り掛ける。
「雫ちゃん………」
「トールさんならきっと大丈夫よ。絶対に南雲君を連れて帰って来てくれるわ。」
「うん………そうだね。」
トールならば、圧倒的な強さを彼女達に見せ付けた異世界のドラゴン娘ならば、きっとハジメを絶望の底から連れ帰って来てくれるだろうと、彼女達は望みを込めて見送るのだった。
トールさん遂に奈落へと向かい進撃を開始しました。
急げトールよ二人の再会まであと◯〇日