誤字報告ありがとうございます。
時は前回より遡る。
「ふむふむ、なるほど。」
トールはハジメが居たと思われる部屋に隠されていた仕掛けを解放し、今現在ハジメと共に行動していると思しき相手の情報を得て得心したとばかりに頷く。
「やっぱり、神の座にある者は大抵碌でも無い存在ですね。そしてもし、ハジメさんに対して遠藤さん達に仕掛けた、あの巫山戯た仕掛けが施されていたら、私の全力を持って叩き潰してやりますよ!」
この部屋の中に隠されていた仕掛けを紐解きトールは忌々しげに、そして断固たる決意を持ってそう宣言し。
「そうと決まれば、こんな場所に何時までもいる訳にはいきませんね、一刻も早くハジメさんと合流しなくては!」
改めてハジメとの合流を急ぐ為にユエが囚われていた部屋を後に、全力疾走を開始するのであった。
「行きますよハジメさん。トール突貫します!」
ヒュドラの精神攻撃から回復したユエと共に新作の兵器、試作型荷電粒子ビーム砲『バスターキャノン』に魔物の皮と自家製の針金とを使って拵えた肩掛け、タクティカルスリングを通して右手に銃把を義手の左手で砲身の直前に取り付けた握把を掴み、両手に抱えて再び戦場へと躍り出る。これは、砲身長を加えた本体がハジメの身長を越える(210センチオーバー)全長を誇るデカブツで、取り回しはすこぶる悪いし、撃つ毎に時間を掛けて砲身冷却を行わなければならず、連射も利かないと来ているのだ。
故に、ユエによる魔法での援護攻撃が必要不可欠であり、それ無くばヒュドラの様な飽和攻撃に特化した様な敵を相手にするには向かないだろう。
「緋槍!砲皇!凍雨!」
意思の疎通を図り、己の為すべき事を十分に理解したユエが複数種類の魔法を次々とヒュドラへと向けて放つ。その波状攻撃をヒュドラは面倒臭げにしながら対応に追われる。
しかし、流石に六対もの頭部があるヒュドラだ、そんなユエの攻撃にもどうにか対応し間隙を突いて攻撃を加えていた様だ。
「……くっ、でも、もう惑わない!」
それは黒頭による再度の精神攻撃、その攻撃に一瞬ユエはグラつきそうになるが、しかし先のハジメとの会話によって彼女の心は満たされており、もう簡単にはくだらない精神攻撃には侵されたりはしない。眼差しも鋭く心を強く保ち、ユエは再度の魔法による波状攻撃でヒュドラに揺さぶりを掛ける。しかも更に手数を増やし、魔法の連撃を嫌がらせの様に放ち、ヒュドラはその対応に追われる。
結果、ヒュドラのハジメに対する警戒が疎かになる。そのお陰でハジメは慎重に、ヒュドラに対して狙いを定める時間を十分に稼げていた。狙うは回復を担当する白頭を含めた複数の頭部を一撃で吹き飛ばす事、それが最善であるが、しかしヒュドラの方もユエに対して迎撃を行っているとは言えど、そう易々と白頭を二人に献上する気も無いだろう。
『まあ、盾役もいる訳だし白頭を落とすのは容易じゃ無いだろうが、幾つか同時にぶっ飛ばしてしてやりゃあ、短時間での回復は厳しいだろう』
白頭の回復スピードがどの程度なのか、単体ならば、先のハジメの攻撃によるダメージの回復にはそれ程の時間を要さなかったが、しかし複数体同時回復がどれ程の時間で出来るのかは未知数ではあるが、少なくとも単体回復よりは時間が必要であるだろう。
二人が考え付いた作戦はこうだ。ユエが魔法の波状攻撃によりヒュドラのヘイトを稼いで注意を引き付け、其処にハジメが狙いを定めバスターキャノンにてヒュドラの頭部を複数同時に撃ち落とす。そうやって回復に時間が掛かるであろうと思われるヒュドラに対してハジメがドンナーでの連続射撃を行い、回復作業を遅延させ、その隙にユエによる止めの最上級魔法による殲滅。それが二人が吟味して決定した策である。それに懸ける。
『すまないなユエ、お前にばかり危険な橋を渡らせて。だが、もう少しだけ待っていてくれ!』
心のなかで奮闘するユエに対して感謝と謝罪の念を抱きながら、ハジメはバスターキャノンのターゲットスコープを覗き、その射線上にヒュドラの頭部が複数並ぶタイミングを見計らう。出来れば白頭も射線に収めたいが贅沢は言えない。ユエの魔力だって無尽蔵では無いし、最上級では無くとも連発していては魔力だって早期に消耗する。
『オイコラ!さっさと射線に収まれよ』とハジメはユエのコンディションを思いつつ、ターゲットスコープに複数体が同時に収まるタイミングを狙いながら毒付く。焦る気持ちも表れる。そんなハジメの逸る気持ちに誰かが祝福を贈ったと言う訳では無いだろうが、それから数秒程の後に二人が待ち侘びていた瞬間が遂に訪れる。
ユエの挙動を追ってユラユラと不規則に動き続けるヒュドラの頭部の動きを観察し、それが交わる位置とタイミングとを掴んだハジメは、その瞬間が訪れるコンマ数秒前のタイミングを把握した。
「ナイスだユエ、狙い撃つぜ!」
腰溜めに構えていたバスターキャノンを狙撃態勢へと持ち替えてハジメは、予め魔力をキャノン本体へと充填させて、粒子加速器を超高速回転させる事により臨界へと押し上げる。キャノンへと組み込まれたプログラムも送り込まれた魔力によって発動し、光のエネルギーと粒子が混ざり合い、射出される瞬間を今か今かと待ち侘びている様だ。そして時は来たトリガーを引いた。
その射線上、赤、黄、黒の三つの頭が、バスターキャノンより音も無く放たれた荷電粒子ビームの直撃を受けて、その瞬間に超高熱の粒子に焼かれ跡形もなく消え去った。
思いの外に上手く行った。一番厄介になるだろうと思われていた黄頭を屠る事が出来たのだ。コレは予想外の成果だった。これならばハジメの牽制射撃など必要無く、ユエの最上級魔法だけでヒュドラに対処出来るかも知れない。
そう、判断したハジメはホルスターからドンナーを抜き取らずに、十五メートル程離れた位置にいるユエに目配せをして叫ぶ。
「良しOK!後は任せたぜユエッ!」
構えていたバスターキャノンを腰元に戻して右手で支えて、左手の義手をグッと突き立ててハジメはユエにGOサインを出す。
「ん!」
瞬間的にユエはハジメとアイコンタクトを取って、ユエは簡潔に返事を返すと、体内に残された魔力を掻き集めて右手を上げて人差し指を伸ばし、最上級魔法をヒュドラに向かって放った!
「天灼!」
天へと向かい伸ばした腕が振るわれて、顕現する最上級の雷槌の魔法が、残った三つの頭の周囲に、ビシビシと音を発して放電する六つの雷球が取り囲む様に空中を漂う。それが次の瞬間、空に現れる稲光の様に光の線を伸ばし、互いに繋がりたいその中央に一際巨大な雷球を作り出した。
六つの雷球が檻の様に囲った、その範囲内は絶大な威力の雷撃を撒き散らされ。殺られてなるものかと三つの頭が逃げ出そうとするが、膨大な雷のエネルギーに拠って形成された雷球の檻に囲まれた、その範囲を抜け出せない。天より降り注ぐ神の怒りの如く、轟音と閃光が広大な空間を満たす。
「スゲぇじゃねぇか!決まったぜ。ユエの必殺パワー、サンダーブレイクッ!」
ハジメが雷の檻の中で繰り広げられる魔法のエネルギーによる蹂躙劇に感嘆の声を上げてニヤリと嗤う。弾ける雷撃の暴力はヒュドラの全員を焼いて行く。その暴力は十秒以上続き、ヒュドラは痛みに悲鳴を上げ続ける。やがて、最上級魔法に為すすべもなく、三つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。
「……………」
「……………」
全ての頭部を失い力尽きて崩折れたヒュドラの、残された本体の至る所からプスプスと雷撃の残滓が小さくスパークを放ち、焦げ跡からは煙を立ち込める。残心を解かず二人は暫し活動を止めたヒュドラを油断無く見つめる。二十秒程の時間ヒュドラに注意を払っていた二人だったが、もう大丈夫だろうとようやく一息を吐く。
「ふぁ……っ……」
全ての魔力を使い果たしたユエが力無く吐息を漏らしてその場にペタリと座り込む。ハァハァと小さく数度呼吸しハジメへと視線を向けて、ユエは余り変わらぬ表情で小さく口角を曲げて微笑むと、ハジメに向けてサムズアップを決めて見せる。
「おう!」
バスターキャノンを右肩から吊り下げた状態で、ハジメはニヤリと笑い、左手の義手でユエにサムズアップを返す。その傍らでハジメが手にしているバスターキャノンが砲身冷却の為のプログラムが発動し、本体部分の砲身へ向かい開口しているスリットから極冷風を吹かし冷却音を響かせている。未だ試作品段階にあるハジメのバスターキャノンは、発せられる荷電粒子ビームの超高熱の余熱を冷ますのに時間が掛かっているのだ。
しかし、取り敢えずは一段落が付いたと、ハジメはヒュドラの残骸に一瞥をくれて、へたり込むユエの方へと向かい歩き始める。
「ハジメッ!」
だが、驚愕に震えた声でユエがハジメの名を呼ぶ。名を呼ばれたハジメは何事かと見てみれば、ヒュドラの残骸を慄き見つめる彼女の姿が。それに釣られてハジメもそちらに目を向けてみれば、ヒュドラの本体から新たな頭部が、白銀色に輝く頭部が顯れてハジメを睥睨していた。
「なっ、何だと………」
白銀色の頭の眼に見据えられたハジメは戦慄する。そして己の迂闊さを悔やむ。この迷宮にて人格が変じてしまったハジメならば、此処へと到着するまでのハジメであったならば、動かなくなったヒュドラに対して駄目押しの一撃を加えていた事だろう。あまりに鮮やかで豪快なユエの魔法の威力の前に崩折れたヒュドラの姿を見て、完全に決着が付いたと思い込んでしまったが故の実態だ。
右手に持つバスターキャノンは未だに砲身の冷却を終えてはおらず、ハジメはどう対処すべきかと逡巡する。するとどうした事か、ヒュドラは睨めつけていたハジメから目を離して、次にその眼をへたり込んで青褪めた表情のユエへと向けた。
「ユエェェッ!!」
コレは不味いと、ハジメは絶叫を轟かせて彼女の名を呼びながらバスターキャノンを再び構えて、魔力の充填を始める。速さを重視してその魔力の充填も、砲身の冷却も不十分な状態でハジメはバスターキャノンのトリガーを引く。
しかし、全てが調わぬ状態で使用してしまったが為に、その銃身から発せられたエネルギーもまた不十分であり、ヒュドラの身に殆ど傷を付ける事も敵わず、しかもあろう事かバスターキャノンのその砲身は壊れてしまったのだ。
「何ぃッ!?」
ヒュドラに対しまともな傷も与えられず、また醜く縦に裂けてしまったキャノンの砲身にハジメは酷く焦る。魔力のほぼ全てを使い果たしてしまい動く事も叶わぬユエを、その眼に捉えて離さぬヒュドラは、今にも彼女にその攻撃を放つであろう。だが、その前にハジメは。
「ハジメ、ハジメッ!しっかり!」
ヒュドラから身を隠した柱の裏側でユエは必死にハジメに呼び掛けている。ヒュドラが放った極光の威力の前に、二人は十数メートル程吹き飛ばされた。気を失い倒れ伏したハジメにユエが必死の思いで呼び掛ける。満身創痍、酷い有様だ。生きているのが奇跡と思われる程の重傷。
身体の至る所が熱に焼かれて溶け爛れてしまい、一部では骨が露出しているところもある程だ。特に顔の右側面が酷い状況で、右目は熱によって損壊消失してしまっており、神水を持ってしても再生を果たす事は出来ないのではと思われる。更に左手の義手も完全に破壊されてしまっていた。ハジメは命を懸けて彼女を守ったのだ。先に約束した言葉の通りに、有言実行して見せたのだ。
それは、時間にすると十秒にも満たない僅かな時間の攻防であった。ユエを睨め付けるヒュドラがユエに向けて攻撃を放つ。この数ヶ月を戦いに費やしたハジメは本能でそれを察知。ハジメの本能が感じた通りにヒュドラはユエに対して、予備動作も無しに攻撃を放つ。それは眩いばかりの輝きを放つ極光。ハジメが放ったバスターキャノンのビームの光をも越える広範囲に渡る光の奔流。
ヒュドラからその光が放たれるよりコンマ数秒速くハジメは縮地と空力を用い、ユエの前方へと瞬間移動も斯くやというスピードで到着した。そこで砲身が壊れてしまったバスターキャノンを盾の様に前方へと掲げて、更にドンナーと同様に腰のホルスターに帯剣していたウォーターブレードを義手の左手に装備、義手の手首を内蔵モーターで高速回転させる事によって、超高圧の水の刃をもう一つの盾として活用し、その影に自分とユエの身を潜める。
ハジメが作ったバスターキャノンは長砲身なだけでは無く、粒子加速器や冷却機構が備わっており中々に大柄な武器だ、更にその素材はユエが囚われていた部屋の守護魔獣であったサソリモドキの外殻を使用しており、硬度的には現段階に於いて最強硬度を誇る白物だ。なので使い用によっては十分に盾の代わりにはろうと言う物。
本来の用途とは違うが、盾の代わりとして用いた事と自身が彼女の前に立った事で、ハジメは何とかユエの身柄だけは守る事が出来た。しかしヒュドラの極光を完全に防ぐには至らず、極光に依って回転式ウォーターシールドは左腕のシールドに覆われていない拳部及びウォーターブレードの柄部分が崩壊してしまい、左腕は損壊。結果ハジメ自身はその身に甚大なダメージを被ってしまった訳だ。
「ハジメ………」
ユエは、ハジメから渡されていた神水を気を失っている彼の身体に振り掛けながら、呼び掛ける。神水の治癒能力が発動しハジメが負った傷を癒やし始める。しかし、何時もならば然程時間も掛からずに神水の力が発揮されて傷は癒えていくのだが、今回は妙に治癒に時間が掛かっている。何かが可怪しい。
「なんで!?どうして?」
中々癒えないハジメの怪我にユエは疑問の声を上げる。実は、ユエは知らぬ事であるのだが、ヒュドラの発した極光には肉体を溶かしていく呪毒の効果が含まれていたのだ。なので普通ならば、ソレを受けた者は為す術無く溶かされてしまうのだが、しかしハジメが以前トールの尻尾肉を食べた事によって得た毒耐性と、この迷宮内に巣食う魔物の肉を食べた事で得た強靭な肉体に、技能や耐性も加わり、極光の溶解速度を上回り、ハジメの肉体を修復しているのだ。
「ハジメ飲んでッ!!」
遅々として進まぬ様に見えるハジメの肉体に焦りを感じてユエは、二本目の神水の封を切り、それをはじめの口元に添えて飲ませてやる。しかし、ハジメは上手く嚥下できず噎せてしまい上手くソレを飲み込めない。
そうしている間にもヒュドラは姿の見えないユエとハジメを殺すべく四方八方へと散弾の様な広範囲砲撃を行っており、周辺の柱や壁面の至る所が破損している。
早くしなければ、あまり時間は残されてはいない。早く何とかしなければ、自分は兎も角、せめてハジメだけでも。
「………ハジメ………」
もう何度目だろうか、自分は出逢ったその時から何度もハジメによって救われてきた。何度も何度も、もしかしたら最初に自分を助けた時、そうするにあたって彼の中に損得勘定があり、自分と行動を共にする事で彼に何かからの益があると考えてハジメは自分を救ってくれたのかも知れない。けれど、それだけでは無い。
出会ったばかりの人間とは違う吸血鬼の自分に、何処にも行き場の無い孤独な自分に、ハジメは自分の世界に一緒に行かないかと言ってくれた。ユエは理解出来た。ハジメのその言葉に損得勘定など微塵も無いのだと。少しぶっきらぼうだが、彼のその声はには不器用な気遣いが籠っていて、ユエの心を温かく包み込んでくれる様だった。
あの忌まわしい枷から解き放ってくれた時から、ユエは彼に全幅の信頼を寄せた。否、何時しか自分は彼に依存していたのかも知れない。それではいけない。自分とハジメは、この
「ハジメ、待ってて………」
ユエは意を決する。有言実行。己の発した言葉を、その言葉通りに自分を見捨てなかった逞しい少年。命懸けで自分を助けてくれた少年を今度は自分が!
ユエは三本目の神水の封を切り、ソレを一気に煽る。神水の驚異的な回復力が効果を発揮して失われていたユエの魔力と体力を回復していく。
「ハジメ、……私………行ってくる。待ってて、私絶対にハジメを両親の元に……トール姉さま達の所に、帰す!」
未だ意識は戻らぬものの、少しづつ傷が癒えていくハジメに己の決意を語り掛ける。そして、ハジメが腰のホルスターに差しているドンナーを手にして立ち上がる。ヒュドラに立ち向かう為に。
散弾となったヒュドラの光弾がブチ当たる事に造形物を崩していく。速くしなければ。攻撃の止むタイミングを見計らって、ボロボロ今にも崩れてしまいそうな柱の影から飛び出すのだった。
「っ!こっち!」
あまり大きな声では無いが、ヒュドラの気を引こうとユエ声を張って叫ぶ。その移動速度はハジメと比較すると決して速いとは言えない。なのでスピード勝負となれば、ユエには分が悪いだろう。彼女がヒュドラに勝つ為には最高の一発、最上級魔法をぶち込む事。
『ガァァァァーーーッ!』
ヒュドラは奇声を発して、柱から飛び出したユエを目掛けて光弾の散弾を放つ。収束した極光と比べると威力自体は然程強くは無いが、不死身とは言えどハジメと比して身体の耐久性が低いユエでは、いくら身体強化が使えても、当たってしまえば結構なダメージを被ってしまうだろう。それを十分に理解しているユエは散弾に当たらない様にと、その攻撃を避けながら走るのだが。
「あッ……っ!」
しかし一分も経たぬ内にユエは無数にばら撒かれた散弾の一発を、左太腿に食らってしまい、苦鳴を発して躓く。痛みに顔を歪めながらもユエは懸命にドンナーを構え、その銃口をヒュドラへと向ける。
ドンナーの破壊力を担うのは拳銃としての完成度も然ることながら、ハジメが持つ纏雷の技能による処が大きい。しかしユエには纏雷を扱う事は出来ないのだが、彼女無には持って生まれた魔法の才があり、勿論当然の様に雷系の魔法もお手の物だ。
「当たってッ!!」
痛みを堪えて雷魔法を発動して電力を賄い引き金を引く。ドパンと鈍く大きな音を響かせて、超音速の弾丸がヒュドラへと向かい紫電を放ちながら飛ぶ。ユエ自身は弾丸の射出による反動で身体を大きく仰け反り後ろにひっくり返り、着弾確認も出来なかったが。
『ギャァァァーーース』
所謂ビギナーズラックだったのか、ユエが放った弾丸がヒュドラの白銀の顔の頬側面に微かに掠り、その一部を剥ぎ取った。痛みを感じたのか、はたまた弾丸を食らってしまった怒りからか、奇声を放ちヒュドラは顔を無軌道に振り動かす。
ドンナーを撃った反動でふっ飛ばされたユエは体勢を立て直しながら、ヒュドラの散弾を食らった左太腿に目をやる。何時もならばこの程度の傷、もうとっくに治癒しているはずなのだが、妙に治りが遅い。これによりユエは理解する。自分を庇い極光を食らったハジメの傷の治りが遅かったのは、白銀の頭の攻撃には継続的なダメージを与え続ける効果があるのだと言う事を。
これは不味い。戦いに不測の事態は付き物ではあるが、この様な魔法効果による変則的な傷を負っている状態にある事は、ユエにとって非常によろしくない。身体能力での戦闘では無く魔法での戦闘を得手とするユエにとって、その傷を癒す為に魔力のリソースを其処に割く事はそれだけ魔力を消費してしまうと言う事。それを行えば自ずと攻撃に使用する為の魔力の残量が、目減りしてしまう事になるのだ。
『治って、早く!』
治癒の進まぬ状況がもどかしく、ユエは詮無い事とは承知しながらも心中で己の左足に念じる。ドンナーの弾丸が掠めた事による痛みに怒りを見せるヒュドラが、直ぐにでも体勢を立て直し報復攻撃を行って来るだろう。
そうなれば足を使えず思う様に動けぬユエでは回避も儘ならず、奴の極光を今度はその身に直に浴びる事となるだろう。何もしなければ。其処でユエは方針を切り替えた。上手く動けないのならば、あまり動かなければ良いのだと、左太腿の回復を待ちつつ連発の効く魔法の連打をヒュドラに食らわせてやれば良いのだと。その上で残った魔力を使い再度ドンナーで止めを食らわせれば良いと、ユエはそう判断し実行を開始する。
「緋槍!緋槍!緋槍!緋槍!緋槍!」
「凍雨!凍雨!凍雨!凍雨!凍雨!」
戦闘後の事など考えず、ひたすらに魔法の絨毯爆撃をヒュドラに加える。おそらくは、ただ一度のドンナーによる逆転の一撃を放つその時の為に。
『グォォォーーンッ!!』
息吐く暇も無く繰り出される魔法攻撃に、さしものヒュドラも辟易としたのか、鬱陶し気に苦鳴を上げる。威力よりも手数を重視した攻撃と言えど、食らっていれば受けるダメージも馬鹿にはならず、大小様々な傷がヒュドラの体躯の至る所に生じている。
手数を重視したユエの戦術が成果となって表れ始めたのだろうと、ユエ自身も油断している訳でも相手を軽んじている訳でも無く、状況を見てそう判断する。
「緋槍!砲皇!凍雨!砲皇!」
ならば、もう一押しだと確実に目減りして行く自身の残存魔力と相談しながらの連続攻撃を継続し、遂にユエはその時が来たと判断を下した。明らかにヒュドラの回避行動も判断力もスピードが衰えている。此処だ!とユエは心の内で叫び、最後の魔法をヒュドラに撃ち放つ。
「凍柩!」
これまで使用しなかった魔法、水属性の魔法『凍柩』は相手を氷の檻に閉じ込めてしまう魔法である。止めとして使用するドンナーに添加する為の魔法一発分を残して、ユエは残存魔力を思いっ切り乗せ、氷の密度を高めてヒュドラを通常よりも硬い氷の檻を作り上げた。
一瞬、シンと静まり返る空間。氷の柩に囚われ完全に身動きを封じられてしまったヒュドラを前に、ユエは『勝った』と勝利を確信する。後は最後の仕上げにドンナーによる一撃を食らわせる為に、傍らに置いてあるドンナーを取り寄せようと手を伸ばしたその時、彼女は見た。
一度は光を失っていた白銀の頭の瞳孔が、ボォっと淡く光を発した。その光る眼光は明らかにユエを捉えていた。それは恰も『引っ掛かったな間抜けめ!』とでも言ってユエを嘲笑しているかの様だ。
「…………ぁ………」
絶望がユエを襲う。最後の最後でユエは詰めを欠いてしまったのだった。まさか、魔物がこの土壇場で心理戦を仕掛けて来るなど、想像できようが無かろう。絶望の中ユエの頭に過ぎるのは、ハジメと共に過ごしたこの数週間の出来事。解放の喜びと新たな希望に輝いた、ほんの僅かな期間の出来事。
『ハジメ、ごめんなさい。私、ハジメを故郷に帰してあげられなかった………』
白銀頭から放たれるであろう最後の極光が降り注ぐ直前、ユエはハジメに心の中で謝罪し、その目を静かに閉じるのだった。その瞬間にも自分の存在はこの世界から消え去るのだろうなと、彼女は確信を持ってそう思う。
しかし、その瞬間が訪れる事は無かった。
目を閉じ視界からの情報を遮ってしまった為に、ユエはこの場で何が起こったのかは解らないが、耳を劈く恐ろしいまでの轟音がこの空間に響き渡り、そして自分がまだ生きているのだと言う事だけだった。恐る恐る、ユエは自ら閉じた目をそっと開いた。
その目に映った光景は、夢か現か幻か。ユエとヒュドラとの間の直線上、直径凡そ三メートル程の円形の穴が天井と床とに穿たれていたのだった。
ユエは知らぬ事だが、ヒュドラが命を諦めたユエにとどめを刺そうと極光を発したと同時に、その射線を遮る様にヒュドラの極光を越える極光が上階より天井を穿ち、ヒュドラの極光を飲み込み消し去ってしまったのだ。
「……………」
『……………』
何事かと、ユエもヒュドラも戦いを忘れて天井を見上げる。そして一人と一頭が見上げる中に、それは顕現する。天井から静かに降りたつのは、頭部を飾るホワイトブリムに両サイドに伸びる角。フワリと揺れる美しい金色のツインテールに背中から生えているコウモリの様な翼。白と黒のコントラストが映えるメイド服に包まれた肉感的な肢体に太めの尻尾。ユラユラと長いスカートを翻して遂に彼女が、真のオルクス大迷宮、第百層に到達したのだ。
「…………」
空中、床まで凡そ十メートルほどの高さで滞空し彼女は、その目で捕らえる。一人の金髪の小さな吸血姫と、それと対峙しているであろう醜い木っ端魔物。そして、少し離れた場所に倒れて眠っている、変わり果てた愛しい人の姿を。
張り詰めた緊張感の中、空に佇む幻想的なまでに美しいメイド姿の女性を見て、ユエが囁くように呟いた。
「トール………姉さま………」
ギロリとトールはその声の主を一瞥して言い放つ。
「誰が姉さまか!」
此処に二人のヒロインが遂に邂逅を果たすのだった。
遂に、二人のヒロインが出逢いました。
ヒュドラ戦次回クライマックス(本当)で御座います。