南雲さんちのメイドラゴン   作:佐世保の中年ライダー

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誤字報告ありがとうございます。
新たにアルマジロ君様☆10評価ありがとうございます。


第四十九話

 

 過去と向き合うか、それとも過去を捨てて新たな生を生きるか。どうするのかとトールにそれを問われたユエは躊躇いを見せたものの、決断する。

 

 「そうですか覚悟は決まったんですね。」

 

 「ん。」

 

 努めて事務的に淡々と覚悟の程をトールが問うと、ユエも端的に返事をする。あんな寂しい空間に何百年もの間封印された挙句、監禁放置されていたユエを知るハジメは決意の表情を見せるユエを心配し、いたわりの声を掛ける。

 

 「おい、本当に良いのかユエ?辛いのなら無理をしなくても良いんだぞ。」

 

 「ん。少し辛い、でも、私は知りたい。」

 

 視線を逸らさずハジメの目を見て、ユエは己の心情と決意とを伝える。

 

 「そうか。ユエがそう決めたんなら、俺から言う事は無い。」

 

 ハジメは迷宮攻略の旅を共にし此処まで来た相棒の意を汲んで、そう応える。そうして次はトールへと目を向けて先を促すと、コクリとトールは頷いて語り始める。

 

 「では、ハジメさんに倣って私もユエと呼びますが、そうですね……貴女がこの迷宮に閉じ込められた事に理由があったとしたら、貴女がただ決して裏切られた訳では無いと言ったら、それを信じますか?」

 

 しっかりとユエの目を見据えてトールがそう問い掛けると、ユエは想像もしていなかった問い掛けに目を見開き驚きを顕にする。隣でそれを聴いていたハジメもまた、ユエと同様である。

 

 「っ!?」

 

 トールの問い掛けに躊躇いを見せるユエ。この数百年間彼女が抱いていた思いと受けた現実とは真逆な状況を突きつけられたのだ、然もありなん。同時にハジメもトールに問いを返す。

 

 「トール、そりゃ一体、本当なのか?って事はトールもあの部屋に入ったのか、じゃあ彼処で俺達が見落としていた何かを見つけた訳か?」

 

 トールの言葉からハジメは自身の推察を述べると、コクリと頷き「はい」とトールは答える。トールの返答にハジメは、やはりかと得心する。

 

 「なら、尚の事私は知りたい。トール姉さま、教えてほしい。」

 

 少しの躊躇いは見せたもののユエの決意は揺るがず、トールに対して改めてユエは懇願する。彼女が知る、真実を求めて。

 

 「トール、俺からも頼むよ。俺も関わっちまった事だからな、出来りゃあ知っておきたいんだ。」

 

 「分かりました。では、此処で話すよりも現地で直接見たほうが早いですし、行ってみましょう!」

 

 更にハジメからの要請も加わった事で、トールは立ち上がって二人に呼び掛ける。

 

 「そうだな。頼むトール。」

 

 「はい!」

 

 「?」

 

 自身も立ち上がりつつ、トールの能力を知るハジメが事も無げに頼むとトールは微笑んで元気な返事を返す。そんな二人の言動に、はてどういう事だとユエは疑問を抱く。

 

 「まあ見てろよ、ユエ。」

 

 はてな顔のユエに苦笑しつつハジメは彼女にそう伝えると、ユエはその言葉に従いトールへと目を向ける。ユエとハジメから数歩ほど離れた場所に立つトールが徐に前方へ手を翳すと、その先の空間がまるで陽炎が立ったかのように淡くボヤけたかと思うと、次の瞬間には、まるで空間に円形の窓でも形作られるかのように広がる。

 そうして出来上がった直径一,五メートル程に広かった円形の窓。その先に見える景色は此処とは違う空間が映されており、その空間の景色はユエのよく知るアノ忌まわしき場所の景色だった。

 

 「っ……あの部屋が、これもトール姉さまの魔法……凄い。」

 

 その景色を目の当たりにしほんの少しユエは怯んだものの、トールの魔法の凄さに対する感嘆の思いの方が強く、ユエは直ぐに気持ちを立て直す。自分はもう決心したのだ、過去と向き合い真実を知り、未来へと向かい歩んで行くと。頼もしい人達と共に、その人達と並び立てる様な自分になる為に。

 

 「だろう。トールは魔法のエキスパートなんだが、こう言った空間魔法は特に凄いんだよ。何たって、自力で異次元に渡る事が出来るんだからな。それにしても久しぶりに見たなコレ、初めてエルマさんが家に来た時にトールがコレでエルマさんを家から追い出したっけな……ははっ。」

 

 トールが発動した魔法に驚嘆するユエに、何故かハジメが得意気に説明と解説を加えるのだが、その魔法をトールが最初に披露した時の事を思い出して、ハジメはエルマに同情し笑顔が次第に乾いたものとなって行く。

 そんなハジメを尻目に、ユエは何やらブツブツと独り言を呟き始めた。あまりに小さな声なのでハジメには彼女の言葉が聴き取れないが、どうやらユエは何かを考えていると言う事はハジメにも察しが付く。

 そうして見守っているとユエは結論が出たのか、ハッとその顔を上げてトールへと問い掛ける。

 

 「空間に関する魔法………トール姉さま、あの魔物を殺した魔法も、空間魔法?」

 

 「気が付きましたか。」

 

 ユエの推察は正解であったようで、彼女の言葉を受けてトールはユエに答える。ユエが魔法を得意としている事はハジメより聞いていた。それが真実であるのならば、魔法に対する知見があれば、その程度は気が付くだろうとは思っていたトールである。

 『まあ、及第点くらいはあげても良いでしょう』とトールは心中でユエに対する評価を付ける。中々に辛口な評価と言えようか。

 

 「ん。あの魔物って、あのヒュドラモドキの事だよな、何をやったんだトール?」

 

 対ヒュドラ戦最終局面、気を失い倒れていたハジメはトールが如何にしてヒュドラを屠ったのか、その過程を見ておらず非常に興味を唆られてトールに尋ねる。ハジメに問われたトールはニパッと微笑み質問に答える。

 

 「別に大した事はしてませんよ。ただあの三下がハジメさんを傷付けたかと思うと、ものすごくムカつきまして、思わず“ガオン”してやりましたよ!」

 

 傷付き倒れ臥していたハジメの姿を思い出してか、プンスカと怒りを顕すトールだったが、ヒュドラ討伐に付いては、事もなげに当たり前の事ですよと言わんばかりに、トールはハジメの質問にそう答えた。

 

 「ん!?あのですねトールさん?そのガオンと言うのはもしかして、ヴァニラ・アイスのクリームとか虹村億泰のザ・ハンドとか、それ系統に関係していたりするのかな?」

 

 トールの返答にハジメは思わぬ回答にポカンと少し間抜けな顔を晒し、そして自身が抱いた疑問を問い返すと、トールはニンマリと微笑み、そして。

 

 「はい!そうですよ。こうやって手のひらの上に魔力を集中させて異空間を形成して、それをあの三下魔物にぶつけてやったんですよ。」

 

 笑顔のままに実演して見せる。トールの右掌な上に、彼女が形成した小さな異空間ボールが浮かんでいる。その様を眼前で見せられたハジメとユエは宛ら、開いた口が塞がらない状態と言ったところか。

 

 「はぁ〜、マジかよ!まぁ、トールが凄いのは知ってはいたが、そんな事まで出来んのかよ、凄すぎだろう……」

 

 パチクリと数度の瞬きと溜息を一つ吐いてハジメは感嘆と呆れとを混ぜ合わせた様な声音で、トールが展開して見せた驚異的なまでの魔法をその様に評する。その隣では、ユエがトールの掌のうえに浮かぶ球体をマジマジとガン見していたが、やがてその顔を複雑な表情に変じて呟く。

 

 「ハジメ、私のアイデンティティが……クライシス……帝国………」

 

 魔法の使い手として確かな自信を持っていたユエだけに、己を遥かに越える実力を持つトールに対して越えられない壁の様なモノを感じたのだろうか。しかし、ちょっとした小ネタを挟める辺り、精神的には余裕がある。   

 それは先のヒュドラとの戦闘の一部始終を見届けたユエが、魔法の使いとしてトールに心からの敬意を抱いており、機会があればトールに魔法を学びたいと密かに願っているからなのだが。

 

 「そしてお前は、何でそんなネタを知ってるんだよ!?教えてないよな俺、一体いつ何処で不思議な事が起きたんだよ!」

 

 迷宮攻略行の最中の休息時間、色々な事を語り合ったハジメとユエだったが、ハジメが教えた覚えの無い小ネタを披露するユエに突っ込みを入れる。

 

 「それも、ゴルゴムの仕業。」

 

 それに気を良くしたユエが更に小ネタを畳み掛ける。無表情なからも、ユエが少し口角を曲げている。そんなユエの態度にハジメの蟀谷をピクリと引くつくかせて、ダメ押しのツッコミを入れる。

 

 「んな訳()ぇだろ!」

 

 「もう、ハジメさん!ユエの相手ばかりしてないで、後で私の相手もしてくださいよ。まあ、それは兎も角二人とも行きますよ!」

 

 仲良くじゃれ合っているハジメとユエに、トールは僅かばかりの嫉妬心を抱き自分の相手をと求めるが、それは後に回して今は片付けるべき事を優先すべく二人を促す。

 トールが先行してゲートを潜り、ハジメとユエがその後に続いてゲートを潜る。

 

 「すごい、本当に一瞬で着いた………」

 

 三人が潜り抜け、着いた先のアノ部屋を見渡して、ユエが感嘆の思いと共に呟く。ハジメに救われこの部屋を後にして一月と少々、もう二度と戻る事は無いと思っていたこの場所に、再び帰ってこようとは、しかも文字通りに一瞬での帰着である。

 

 「さあ、此方ですよ。」

 

 呆けていた所にトールの声で我に返り、ユエはトールに付き従いハジメと共に歩む。その距離はほんの十数メートル程度、トールが先導して歩いた先にはちょっとしたオブジェが拵えられており、おそらくはこのオブジェこそが目的の場所なのだろう。

 

 「着きましたよ、コレです。」

 

 予想は当たりトールが立ち止まって、そのオブジェを指し示す。遂にその時が訪れる。覚悟はしていたが、それでもやはり緊張してしまうのは致し方無かろう。一体此処で自分は何を見せられるのだろうか、それを見たあと自分はどうなってしまうのだろうか。

 

 「心配するなよユエ。俺もトールも一緒なんだ、これから何が起ころうとも一緒に乗り越えていこうぜ!」

 

 無言でオブジェを見つめるユエの肩にハジメが軽く手を置いて発破をかける。そうだ、ハジメが言う様に自分は一人では無い。共に迷宮を戦い抜いてきたハジメがいる。自分とハジメの窮地に颯爽と現れ救ってくれた偉大なドラゴンがいる。この二人と共にあるならば自分は、何を恐れる必要があるというのだろうか。

 

 「ハジメ……ん!」

 

 顔を上げてユエはハジメと目を合わせる。ハジメの野性的な笑顔が眩しくも頼もしく、ユエは少しだけ常より元気な声で応えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わり一方その頃。オルクス大迷宮にて実戦訓練を切り上げて王城へと帰還した勇者一行は、王城謁見の間にて王国ならび教会幹部連に対し、引率責任者でるメルド団長により今遠征の顛末の報告がなされていた。

 国王が座する一段高い玉座を中心に宰相と教皇イシュタルがその両隣に控え、文官武官と有力貴族ならびに司教や司祭と言った者たちが左右に分かれて並び立っている。

 その中央メルド団長を先頭に、その後方三列横並びで、今遠征に参加した天之河達勇者一行、その後ろには畑山教諭を始めとした遠征不参加組、そして三列目には遠征に随伴した騎士団員達。

 

 「なんと、その様な事が………」

 

 その顛末の説明を受け、謁見の間にはざわめきが起こる。その中で玉座に座する国王の口から驚愕に揺れる声が響く。

 

 「はい。言いました様に坊主……南雲ハジメを連れ帰る為だけに、恐るべき事ですが、ご報告通り単騎で次元を越えてこのトータスへと来訪して来たとの事です。」

 

 堂々たる態度でメルド団長は嘘偽りなく、トールから直に告げられた事実と己の目で見届けた事実を、もう一度報告する。それを受け謁見の間のざわめきが更に広がる。

 

 「異世界より来訪したドラゴンとは……竜人族とは別の存在なのだろうか?」

 

 「異世界より訪れた存在ならば、別物でありましょうな。」

 

 貴族の一人が発した疑問の言葉に、別の貴族が反応し答える。かつてかの世界に存在した、人の身でありながら巨大な竜へと変化する事が出来る竜人族と、異世界の人の身に変じる事が出来るドラゴン。其処に共通点を見出す者が居たとて不思議は無いだろう。

 

 「だが、その様な驚異的な存在と南雲殿に繋がりがあろうとは……」

 

 「しかし、南雲殿は以前の迷宮探索の折に奈落に墜落し、生存は絶望であろう……」

 

 そこから議論は南雲ハジメと異世界のドラゴンとの関係へと移る。中には未だハジメの死を悼む者も居り、その者達は表情に沈痛さを現し俯き黙している物も居るが、現実問題として奈落の底へと墜落して行ったと言う事実に、その生存はあり得なかろうと言う。

 事に、もう既に国家として南雲ハジメの国葬まで執り行なったハイリヒ王国としては、『今更ハジメに生きておられたとしても』との思いが強かろう。それはおそらく、正教教会としても同様の見解であろう。

 首脳陣のうちの幾人かの視線がメルド団長へと向けられる。それは幾分以上の非難がましい成分が含まれていた。

 

 「ですが、彼女はハジメが生きていると確信しておりました。我々にはその生死の程は定かではありませんが、二人の間には我々の知らぬ、何かしら特別な繋がりがあるのやも知れませんな。であればかの御仁はハジメが生存していると断定したのでしょう。」

 

 その同調圧力とまでは行かないが、雰囲気を読めよと言わんばかりの空気を敢えて無視してメルド団長は、トールの言動から推察した彼女とハジメとの繋がりに付いて、そして更なる駄目押しを続けて突き付ける。

 

 「それに、もしもハジメが既に、本当に死んでいるならば、そのドラゴンは我が国や畏れ多いことですが正教教会、更にはエヒト様に対してもその爪と牙を剥くやも知れませんぞッ!?」

 

 トールに取っては王国も教会も、絶対神エヒトさえもが自分からハジメを奪った憎きモノでしか無いのだ。メルド団長とてエヒト神に対する信仰心は持ち合わせているが、だからとてその信仰心を絶対のモノとして異なる世界の者達にもその信仰心が有効なモノであるなどと言った思考に陥ってはおらず、客観的な思考を有していた。それは一軍を預かる指揮官としては当然の資質であるのだが。

 

 「何を言うか!想像とは言えど、不敬にも程があろうッ!!」

 

 「そうだ、そうだ!」

 

 しかし、その様な思考能力を有していない者も当然ながら存在している。参列する正教教会の、比較的年若い司教の一人がメルド団長を糾弾する。彼からするとメルド団長の先の発言は赦し難き発言であったのだ。声に出して賛同を唱えこそしないが、幾人かの教会関係者と一部の貴族が厳しい目をメルド団長に向ける。

 表情に出してはいないが、教皇であるイシュタルも内心ではメルド団長に対して彼らと同じ思いを有しているのだろうが、この場においてその感情を面に出さないだけの分別の持ち合わせはあるのだろう。内心はさておくとして。

 

 「僭越ながら、無礼を承知で軍を率いる者として言わせていただきます。私は彼女とは絶対に敵対してはならぬと判断するものであります。迷宮に於いてベヒモスを瞬時に屠ってしまった技とて、あの御仁にとってはその力の一端を、垣間見せた、いや一端と言う程も無い、それこそ児戯に過ぎぬ程度の力なのだと思われます!であれば現状、我ら人間族と敵対している魔人族全体などよりも、おの御仁単体の方が私は余程脅威であると、推察するのであります!」

 

 だが、その者達の雑音を消し去る様にメルド団長が、その空気を震わせる如き一喝を入れる。メルド団長がその身で感じ取ったトールの脅威。それを言い聞かす。

 

 「私はこのハイリヒ王国の禄を食むものでありますれば、命令一つ下されればかの御仁との戦いにも赴きましょう。しかし、私の力などあの御仁の前では羽虫程度の存在でしか無いでしょうな。それは、この光輝をはじめとした勇者達も同様でありましょう!」

 

 「!?」

 

 眼光鋭くしてメルド団長は、その彼の覚悟の程を毅然とした態度で示してみせる。その態度の何と威風堂々たる事か。コレには彼を非難する者達もたじろぐ。絶対神エヒトが遣わせし勇者一行の力をもってしても勝つに能わずと断言されては、戦う力を持たない弱者たる者達は、その戦力を失った後に起こるであろう現実を想像し恐れ、顔を青くする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、紛糾しつつもトールに対する対策など立てようも無く、現状は静観する事との消極的決定がなされただけで、報告会は解散となった。現在王城内の一般食堂に畑山教諭を除いたハジメのクラスメイト全員が、そこに集っていた。その話題は当然地球からこの世界へと単身渡って来たと言うトールの事であった。

 

 「トールさんが強いのは街でも有名だったから知ってたけど、まさか異世界から来たドラゴンだったとはな。」

 

 「ああ、だけどそれなら納得行くって感じだよな。」

 

 まちの治安活動などにも参加する事のあるトール。窃盗や強盗犯の鎮圧や不良チームを実力により改心させた逸話などの武勇伝が、広く知れ渡っていた。その事に言及し、皆得心とばかりに話か弾む。そんな中で遠藤は一人黙して胸中、トールとハジメの事に想いを馳せる。

 

 『トールさん、今頃どうしてんだろう。さすがにまだ南雲とは会えてないよな。二人とも無事に合流できれば良いんだけどな』

 

 そしてハジメに恋心を抱く白崎香織も彼と同様にハジメの無事の帰還を願っていた。

 

 『トールさん、南雲君、早く帰って来て。無事な姿を見せて。トールさん、お願いします!』

 

 食堂の椅子に腰掛け胸元で手を組んで願う香織。願う対象は当然この世界の神であるエヒトでは無く、昨日圧倒的な実力を示して見せた、最強の恋のライバルでもあるトールにである。

 

 「大丈夫よ香織、きっと。だから信じましょう。」

 

 香織の左隣に座する雫が彼女の想いを察して背中に手を添え、語り掛ける。祈る姿勢から顔を上げて香織は親友の言葉に頷いて、彼女の心遣いに感謝を告げる。しかしそんな二人の思いなど他所にハジメやトールに対する不信感は募りゆき、クラスメイト達の議論も加速して行く。

 

 「でもさ、トールさんが異世界から日本に来たんだったら、もしかして南雲君って最初っから異世界があるって知ってたって事だよね!?」

 

 一人の女子生徒が発したその言葉は、クラスメイト達は知らぬ事であるが事実である。事実であるのだが、その声にはやはりハジメに対する不信感が滲み出ている。

 

 「そういや南雲って、俺達がこの世界に連れられた最初の頃から妙に冷静だったよな。」

 

 「それって、トールさんが迎えに来るって分かってたって事か!?」

 

 「そう言う事だよな……」

 

 その不信感が周囲に伝播して、生徒達の口からはハジメやトールに対する不躾な発言が表明されはじめる。寄る辺なき異世界に了承もなく無理矢理に連れて来られた子供達からすれば、そう思うのも無理からぬ事であるのだが。

 

 「だったらさ、トールさん、南雲君を助ける事が出来たらもしかしたら私達を日本に連れ帰ってくれるんじゃない!?」

 

 そんな中でトールの動向に対して希望的観測を述べる女子生徒の声が上がり、幾人かの生徒の顔に希望の色が浮かぶのだが。

 

 「いや分かんねぇぞ、ひょっとしたら自分だけトールさんに助けられて、俺達の事なんか見捨てて日本に帰っちまうかもだぜ!」

 

 下衆の勘ぐりでハジメを腐す小悪党組の一人である近藤礼一。ニヤついた表情が特に女子生徒達からの不快感を買っているのだが、お目出度い事に本人はそんな事にも気付きもしない様だ。しかし小悪党組のメンバーが合いの手を入れるものだから近藤は得意顔だ。

 更に悪い事に彼らの下衆な発言により、ハジメと積極的にコミュニケーションを取っていなかった生徒達は不安に駆られ表情に影が差し込む。そんな状況に嫌悪感を抱いた遠藤が“バシンッ”とテーブルを叩き付けて立ち上がり。

 

 「ちょっ、ちょっと待てよみんな!思い出してみろよ南雲が此処でやって来た事を。確かにトールさんが来てくれるって知ってたんだろうけど、でも、南雲は俺達がこの国で不利にならない様に教会や国に掛け合ったり、色んな発明品を提供したりしてただろう!それって俺達全員の事を考えてくれてたって事だろ。あの時だって俺達が生きて帰れる様にって、南雲は最後まであの橋の上に残って戦ったじゃないか!」

 

 何時もの影の薄さは何処へやら、声を大にしてこの世界でのハジメの功績を声高に言い聞かす。ハジメに協力し、その特技を活かし暗躍していた遠藤だけにハジメの考えを一番理解しているのは彼であったのだ。ならばこそ、小悪党組のハジメに対するヘイトに黙っていられない。

 

 「そうだよみんな、南雲君は何時だって先の事を読んでみんなの不利にならない様に頑張ってたじゃない!日本にいる頃からそうだった。南雲君は優しい人だから自分の得よりも人の事を思って行動出来る人なんだよ!」

 

 そして遠藤と同様この空気が赦せず、ハジメに想いを寄せる白崎香織も小悪党組の扇動により醸成されたこの場を沈静化する為に皆に語り掛ける。この場で彼女だけが知るハジメの為人を切々と伝える。

 

 「でも遠藤、白崎、それだって南雲は自分の立場を有利にする為だけにやったのかも知れないんじゃないか?例えば俺達が知らないところで、お偉いさんに賄賂を渡したりとかしてたのかもだし、あのバケモノの足止めだって、なんか秘密のチート策とか持ってたのかもだしよ。まぁ、橋から落ちたのは運が無かったんだろうけど。」

 

 のだが、小悪党組の斎藤新治が反論する。ハジメを知る者ならば、ありもしない事だと切って捨てる事も出来るだろうが、そうでなければ斎藤の様に負の側面にフォーカスして想像を膨らましてしまうのも致し方無いのだろうが、遠藤や香織の様にハジメに好意を抱いている者達に取っては、聞き捨てには出来ない発言である。

 

 「それ言えてんな!なんせトールさんがドラゴンだって事みんなに内緒にしてたくらいだしな!裏があっても可怪しく無いよな!」

 

 その発言に、香織に横恋慕している檜山が下卑た嗤い声でハジメを腐す様に同意する。この発言に一部生徒達は、あの日見せた反省の態度が嘘っぱちの擬態に過ぎないのだと気が付く者もいる。ハジメ憎しの感情だけで、こうもアッサリ化けの皮を剥がすなど、前世魔人も真っ青である。

 

 「なっ、何言ってんだよお前ッ!普通に考えて人前でドラゴンがいるなんて言える訳無いだろうが!てか、大体そんなモノがこの世にいるなんて、この世界に来るまでみんな想像もして無かっただろう!巫山戯た事言ってんじゃねえよ!!」

 

 「そうだな。遠藤の言う通りだぜ。普通にドラゴンがいるなんて言っても誰も信じなかっただろうよ。と言うか、そんな事マジで言ってたらアニメと現実の区別も付かない厨二病だと思われるのがオチだろうぜ!それに檜山ッ。第一お前があの時余計な事をしてくれたから、あんな事になっちまったんじゃねぇのか!?」

 

 ハジメに対する友情から義憤に駆られる遠藤が、檜山に殴りかかる様な勢いでツカツカと歩を進めて糾弾する。その拳は痛い程に強く握り締められており、遠藤と怒りの程が窺えよう。それに気が付いた坂上龍太郎が遠藤の肩に手をやり、遠藤の前進を押し留めるると同時に彼に代わって、眼光を鋭くして檜山を恫喝するかの様に糾弾する。

 

 「いや、それは………」

 

 まるで重力が増したかの様な龍太郎の威圧に恐れをなして、しどろもどろに勢いを減じて弱気の虫が顔を擡げる檜山。ゆっくりと歩を進めて龍太郎は檜山に迫る。だが。

 

 「ちょっと待て龍太郎。檜山も冷静になるんだ!今は仲間内で仲違いしている場合じゃ無いだろう。みんな其々に思う所はあるだろうけど、こんな状況なんだから信じ合う事が大切だろう!」

 

 天之河が二人の仲裁に入る。その発言は相変わらずの理想主義的価値観ではあるが、この場においては彼の理想主義的発言も有効であろう、この場の不和を治めるには。

 

 「光輝。チッ、分かったよ。」

 

 光輝に対し幼馴染みであり親友である龍太郎は、渋々ながらその矛を収める。

 

 「この先俺達も、南雲やトールさんがどうなるかは分からないけど、だからこそみんなで協力して一緒に日本へ帰る為にも、この世界に平和が訪れる様に頑張ろう!」

 

 最後にクラスメイト全員に自身の想いを伝えて、協力を呼び掛ける。その声に、現状の重い空気を嫌っていたクラスメイト達の大半は天之河に賛同する。それに気を良くする天之河であったが、他者の表層しか見えず、心の内面や感情と言った事を慮れない彼は、クラスメイト達の感情の内に大きな不安が燻っている事に気が付かないのだった。

 




覚悟を決めたユエと、久方ぶりの王国並びにクラスメイト達の状況でした。
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